第023話
討伐軍は、魔物に奪われた砦を奪還した
しかし魔物の襲撃を警戒して、砦の周りで野営する事となる
それは砦が、思っていた以上に破壊されていたからだ
このまま中で過ごすには、それは危険な行為であった
討伐の日が遠くなる事にはなるが、後の進軍を考えれば避けられない状況である
しかし時間が進む事は、同時に魔物にとっても有利になる事であった
ここで日を置く事が、魔物の繁殖を許す事になるのであった
夜になり、闇が辺りを包む
肉を焼く匂いに釣られたのか、数匹の野犬が野営地に侵入する
しかしすぐさま発見され、警戒していた騎士に切り殺された
その遺体は魔物と同様に、焼かれて埋められる事になる
夜も更けてから、大隊長は将軍と話し込んでいた。
「倒した野犬は焼いています」
「うむ」
「数匹は逃げたみたいですが…」
「構わん
魔物に比べれば、野犬数匹なんぞ」
「はあ…」
ヘンディーも雑なところはあったが、将軍の方がその上である。
まあ、彼の師匠でもある、似てしまうのは仕方が無いのだろう。
本来ならば、その後も警戒すべきであった。
しかし将軍は、野犬程度と放置していた。
「魔物は…
また来ますかね?」
「エドワードの話だと、この辺に獲物を探しに来ている可能性はあるな
一応警戒はしておいてくれ」
「はい」
焚火に温めたハーブティーを、将軍はカップに注いで飲む。
辺りはすっかり暗くなり、野鳥の鳴き声が聞こえる。
「少し冷えますが、幸いに魔物を焼いた後の火が残っています
このまま夜更けまでは、燃え続けるでしょう」
「うむ
結構な数であったからな」
魔物の遺骸は、夜までに何とか火にくべられた。
しかし今も、その遺骸は音を立てて燃えている。
夜明け前には、全て焼けてしまえば良いのだが…。
そうなれば後は、燃えカスを埋めるだけで済む。
翌朝には、第2砦に向けて出立出来るだろう。
「しかし多かったのう
報告で上がっていた数で考えると、先ので襲撃に来た魔物は、全滅した事になるが…」
「親玉と思しき魔物が居ません」
「そこなんじゃよな…」
少なくとも、大隊長が見たボスと数匹の隊長格の魔物が居ない。
ロンの仇と思われる、あの魔物は倒せた。
しかしあの魔物と同じ様な体格をした、隊長格の魔物が少なくともあの場に2匹は居た。
あの様な魔物が、後何体居るのだろうか?
今回は不意討ちで、さした被害も無く倒せた。
しかし魔物も、仲間が討ち取られた事を勘付いているかも知れない。
そうなれば、あの様な不意討ちは出来ないだろう。
今後はもっと、厳しい戦いになりそうだった。
「第2砦までに、もう1、2戦ありそうですね」
「そこじゃよな」
「ええ」
「今後はもっと…
厳しいじゃろう」
「はい」
将軍はハーブティーを飲みながら、続ける。
「少なくとも第2砦には、同じぐらいの魔物が待ち構えているじゃろう」
「ええ」
「後は…
ここには元々、どれぐらいの魔物が配置されていたか、だな」
「え?」
「資料によると、小鬼は2週から3週で成体になる
それならば、ここで数が増えていたとも考えられる」
「まさか?」
「いや
帝国時代以前に調査された、資料が残されておる」
「魔導王国時代の?」
「うむ
焚書を免れた資料じゃ」
「そんな物が何処に?」
「クリサリスの領主館…
王城の立つ前の話しじゃ」
「それじゃあ…」
「ああ
国王様が、皇帝に内緒で隠しておられた
それで焼かれる事無く残された」
「そんな貴重な物が…」
「ああ
情報は少なかったがのう」
しかし何も無いよりは、少しでもあるだけマシだった。
多くの魔導王国時代の書物が、皇帝によって焼き捨てられた。
魔導王国が滅びた理由が、過剰に魔法に頼った結果である。
だから皇帝は、魔導書を嫌って焼き捨てたのだ。
その結果が、後世の魔法の衰退に繋がってしまったが…。
将軍はここで、少し黙って考える。
今夜はここで夜を明かすとして、明日はどうするか?
迂闊に砦に向かって撃って出て、背後を急襲されるのはマズい。
最悪、今回と同規模の魔物に前後から挟撃されたら、あっという間に全滅させられるだろう。
だからと言って、ここに籠る訳にもいかない。
魔物は資料によれば、増え続ける一方であろう。
それにもうすぐ、季節は冬を迎える。
その前には、少しでも魔物を削っておく必要がある。
これ以上増えれば、ダーナだけでは抑えられなくなるからだ。
「先に集落を…」
「え?」
「先に集落を、確認しておくか」
「どうしてですか?」
「文字通りじゃ
先に集落を回り、潜んでいそうな魔物を潰しておく」
「ああ、なるほど
挟撃の危険がありますね」
「そうじゃ」
将軍はどちらかと言うと、頭を使う作戦は苦手だ。
そういうのは、全て副隊長のオーウェンに任せている。
しかしここぞという時の、彼の直感は鋭かった。
彼は集落を後回しにすれば、背後が危険だと感じていた。
将軍は副隊長を呼び、周辺の地図を用意させた。
そして大隊長と額を寄せ合い、どの集落から回るか検討する。
「先ずは…
どこが良いと思うかね?」
「こちらが近いんですが…
後方の安全を鑑みれば…」
「将軍の意見は?」
「ワシはこういうのは苦手じゃ
ヘンディーの方が得意じゃろう?」
「また!」
「師匠
いい加減に考える癖を…」
「良いから
早く選ばんか
それと将軍じゃ」
「へいへい
それなら先に、こっちを見ておいた方が良いでしょう」
近い集落は、この先すぐにある集落になる。
しかし逆に、行きは無視したが、少し戻った場所にも集落がある。
後方の安全を考えれば、ここを先に調べる必要がありそうだ。
エドワードが遭遇した魔物も、ここから来た可能性が高い。
森で遭遇した方角から、北では無く南の可能性が高かった。
本来ならなるべく時間を使いたくないから、先の集落だけにしたかった。
しかしこのままにしておけば、背後を急襲される恐れがあった。
「こっちの集落も怪しいか?」
「ええ
エドワードが遭遇した場所は…
ここです」
「なるほど
同じ森の中でも、そっちの集落に近いのか」
「ええ」
「しかし砦に向かう時には…」
「そうです
この辺りでは、魔物は見掛けていません」
「それならば…」
「ですが、遭遇した場所からも、ここから来た可能性が高いと思います」
「ふうむ…」
将軍は副隊長に、明朝斥候を出す様に指示を出した。
警備兵の側にも斥候は居るが、今回は騎士団の1部隊を偵察に出す。
そのまま少数ならば、騎士団で倒せるだろう。
そして数が多い場合は、撤退して本隊を動かせば良いのだ。
「しかしそれでは…」
「いきなり本隊を動かせば、また隠れるじゃろう?」
「その可能性はありますが…」
「じゃからこその偵察じゃ」
「しかし…」
将軍としては、なるべく騎兵部隊は消耗したく無かった。
彼の直感は、今後の激戦を予見していた。
だからこそ少しでも、騎兵部隊の消耗を抑えたかった。
「頼んだぞ」
「はい」
「いいな、くれぐれも無理はするな
引き退くのは恥ではない
無理をして命を落とす事の方が不名誉と思え」
「はい
肝に銘じます」
「うむ」
斥候役を任された部隊は、打ち合わせの為に集まって話し合いを始める。
それを見て将軍は、他の部隊を呼んで警備を交代させる。
「警備でしたら、うちでも巡回しましたのに」
「いや、お前らには明日も頑張ってもらわないといけない
騎士団は馬上で休む訓練もしているからな、馬上で休息を取れる」
「分かりました
では、今日のところは休ませていただきます」
大隊長は部下を呼び、当初の予定通りの休息を取らせる。
勿論、周辺の警戒をしながら、休息を取る事にはなるが。
不審な物音がした場合は、直ちに警告を発する。
決して一人では確認せずに、複数人で行動する様にも厳命する。
魔物が出た場合に、一人では危険だったからだ。
先にもエドワード隊長が、魔物に遭遇した件がある。
同様に集落から魔物が出て来ているのならば、この野営地に襲撃を仕掛けてくる恐れもある。
その懸念が当たったのか?
それとも群れからはぐれた魔物がいたのか?
夜明け前までに2回、10匹程度の魔物が、野営地に近付いて来て討伐された。
野鳥の鳴き声が途絶え、警戒した兵士によって早期発見となった。
被害こそ出なかったが、これで周辺の集落に、魔物が潜んでいる可能性が濃厚となった。
時刻は真夜中を過ぎていたので、将軍や大隊長には報告は無かった。
部隊長の指示で、兵士達よって早急に処理が成された。
これは休んでいる将軍達に、要らぬ心配を掛けたくないという部隊長達の配慮だった。
大隊長へは、夜が明けてから事後報告として挙げられた。
「以上が昨晩であった報告です」
「うーん
ご苦労と言いたいが、休息は取ったのか?」
「え?
あ、はい
交代で休んでますから」
「そうか…」
大隊長は伸び始めた顎髭を掻きながら、心配そうに部下を見る。
「無理はするなよ
先はまだまだ長い」
「はい
大丈夫です」
「そうそう
アレンはまだ若いから…大隊長と違って」
「こらっ
ジョンもオレとはそう違わないだろうが」
朝から野営地に、笑い声が響いていた。
少しでも気分を和らげようとする、部隊長なりの気遣いであった。
「どうだ?
アレンも少しは慣れてきたか?」
「はい
ジョンさんが色々手配してくださるので」
「おいおい
もう、お前も部隊長だ
ジョンでいいって言ってるだろ?」
「はあ…」
ロンが魔物に殺されてから、アレンが後を引き継いでいる。
彼は第3部隊の部隊長に昇進していた。
元々アレンを、部隊長へ昇進させる話は出ていた。
だからロンは、既に色々と着きっきりで教えていた。
その甲斐もあってか、アレンは何とか部隊を纏めていた。
ロンは新規で組まれる部隊の部隊長に昇進し、アレンが第3部隊を引き継ぐ。
当面はそのアレンを、第2部隊の部隊長ジョンが、サポートする事も決まっていた。
しかしそのロンは、先の魔物との決闘で殺されていた。
昨日、大隊長が倒した魔物が、その魔物だった。
アレンは出来れば、自分が仇を取りたかった。
尊敬する先輩である、部隊長を殺された。
悔しくてダーナに戻った時には、酒場で珍しく酔い潰れているのを目撃されるほどであった。
しかし部隊長が敵わなかった魔物だ、彼では無理であっただろう。
「大隊長
次に隊長格の魔物が出た時は、私達に任せてもらえませんか?」
「駄目だ」
「どうしてですか?」
「おい
何馬鹿な事言ってんだ!」
「逆に聞くが、どうしてだ?」
「隊長の仇は取れませんでした…
ですがこのまま、部隊長にはなれません」
「ケジメの…
つもりか?」
「はい」
大隊長は目を閉じると、深く長い溜息を吐く。
「ふーっ…
気持ちは分かる」
「なら!」
「だが…
駄目だ」
「どうし…」
アレンは反論しようとするが、ヘンディーはキッパリと告げた。
「先ず、アレはお前達では、まだ無理だ」
「そんな!」
「アレを倒せるには…
後数年は頑張って、修練に励まなければな」
「くっ…」
「それと、な
ロンは無茶してああなった
本当は部隊長が、挑むべきでは無いのだ!」
「な!」
「ですが…」
「お前達は、何だ?」
「へ?」
ヘンディーはアレンを、諭す様にゆっくりと告げる。
「お前達は、部隊長だ」
「…はい」
「この、ダーナ守備隊の、1部隊を守る責任がある」
「しかし!」
「分からんか?
血気に逸る、それで部下が指揮者を失う…
後に残った部下達は…
どうなる?」
「ぐっ…」
「分かったか?」
「はい…」
「言っただろ
まだ早いって」
「くっ
ロンメル隊長…」
ジョンはそう言って、優しくアレンの肩を叩く。
「オレ達は…
仲間の命を預かっている」
「はい…」
「だから、その命を預かる責任がある」
「はい…」
「納得は出来ないだろうが
我慢するんだ」
「はい…」
大隊長は、二人の様子を見て満足げに頷く。
ジョンもこの数日で、しっかりしてきた。
今回の経験が生きてくるなら、そのうち新たな役職を考えても良いだろう。
そうこうするうちに、他の部隊も起き始める。
騎士団の方でも将軍が起きてきて、部下へ指示を出し始めていた。
「そろそろ朝食の支度をするか
出立の準備もあるからな」
『はい』
大隊長達が朝食を取っていると、騎士団の一隊が離れていく。
昨晩将軍から指令を受けていた騎士達だ。
彼等は食事を済ませて、与えられた任務に向かって行く。
少し離れた集落に斥候として赴き、魔物が少数ならそのまま殲滅。
魔物が多数住み着いていたり、何も居ない場合はそのまま戻って来る手筈である。
「何事も無ければ、数時間で戻って来るだろう」
「ああ
先程話してた、斥候の…」
「ああ
場合によっては、その集落も戦場になるな」
「ええ」
「さて
こっちは食事が終わったら片付けじゃ」
「はい」
「埋め終わった頃には、あいつ等も帰って来るだろう」
「うへえ
そういえば、夜中の追加分があるんだった」
夜更けに向かって来た、魔物の遺骸もある。
その他の遺骸同様に、既に焚火に突っ込んで燃やしている。
ただ昨日の分も合わせて、まだまだ埋める燃えカスが山ほどあった。
兵士達は食事が終わった端から、燃えカスを処理に掛かった。
それは数時間に渡る作業で、昼少し前まで掛かってしまった。
彼等が片付けをして、出立の仕度をする頃には、出ていた騎士達は砦に戻って来た。
「只今戻りました」
「うむ
で?
首尾はどうであった?」
「はっ」
騎士は将軍の前で、軽く頭を下げてから、報告を始める。
「先ず、予想通り…
集落には魔物が居ました」
「うむ」
「遠目に見て、確認出来たのは…
数百の集団です」
「ううむ…」
「一当てしてみましたが…
周りに出ていた斥候は倒せましたが、これ以上は危険と判断し…」
「そうか…
いや、無理をせんで良かった」
「ですが本隊は健在で…」
「いや
下手に深入りして、逃げ戻れなくなってもな」
「それはそうなんですが…」
「お前らの目的は、あくまで偵察じゃ」
「はい…」
彼等としては、ここで少しでも削っておきたかった。
しかし報告に上げた通り、魔物の数はまだまだ多かった。
仲間の進言もあり、彼等は斥候だけ倒して来た。
それが彼等を、危険から救う事になっていた。
「ヘンディー」
「はい」
将軍は大隊長を呼び、騎士団から得た状況を話す。
「やはり居るようじゃ
それも数百とな」
「そうですか
数百…
となると先に、そこを潰す必要がありますね」
「ああ
正確な数が分からない以上、全軍で移動しようと思う」
「そうですね
それが賢明かと思います」
「うむ
すぐに支度に掛かってくれ」
「はい
部隊長、集合せよ」
『はい』
将軍と大隊長は直ちに出立の報を伝る。
各部隊は直ちに、出発の準備を始める。
準備が整い次第、直ちに砦を出発し、先ずは集落へ向かう公道の分岐点へと向かう。
2時間ほど掛けて、ここに全ての部隊が集まった。
将軍が前へ出て、これからの作戦を述べる。
「諸君
これから我々は、この先にある集落へ向かう」
「集落にですか?」
「馬鹿
聞いて無かったのかよ」
「魔物が居るんだ」
「後ろから突かれるぞ」
「うへえ…
それは勘弁だわ」
「だから先に、そこを攻めるんだよ」
「話をちゃんと、聞いておけ」
先の報告を、聞いていない兵士も居た。
そういった者は、この様な場でも不真面目な言動をする。
彼の様な兵士が、真っ先に魔物に殺されるであろう。
出来得る事ならば、仲間を巻き込まないで欲しいものだ…
将軍はそう思いながら、私語を続ける兵士を睨む。
兵士は静まり返った状況に、慌てて口を噤んでいた。
しかし部隊長は、その兵士の名前を思い返していた。
後で彼には、厳しい指導をする必要があるだろう。
その為にも、先ずはこの作戦の成功が必要である。
この頃から、既に兆候は現れていた。
冷静に考えれば、兵士がこの様な言動をする事は異常だった。
気持ちが高ぶっていたとしても、将軍が話している途中なのだ。
既に異変は、静かに起こっていた。
「騎士団2隊を先頭とし、先ずは周りへ潜む魔物を討伐する
速度と攻撃力を活かし、魔物を蹴散らすのじゃ」
「はい」
先ずは騎士団で、物見に出ている魔物を蹴散らす。
将軍が合図を出し、2部隊が集落へ向けて準備をする。
「騎士団の後方を、騎兵部隊と歩兵部隊で進む
これは騎士団では、倒しきれない魔物を掃討する為だ」
「はい」
「良いか
魔物を倒す事が目的では無い
逃がさぬ様に囲め」
「はい」
「それから歩兵部隊で、魔物に切り込め」
「はい」
騎士や騎兵では、足元の魔物は殺し難い。
そうして逃げ延びた魔物を、歩兵部隊が切り殺して回る。
今回は騎兵部隊も、魔物を追い込む役目を担っている。
無理に鎌を振り回すよりも、馬で魔物を追い込むのだ。
「弓部隊がその後ろへ続き、集落内への射撃を担当してもらう
その間、残りの騎士団が護衛に回る」
「はい」
「その後に騎兵部隊と歩兵部隊は、集落へ向けて突入してもらう」
「はい」
弓兵部隊が矢を放ち、集落に向けて攻撃をする。
これで数を減らしてから、残る部隊で攻撃を仕掛ける。
これで数百いる魔物も、その半数以上を殺せるだろう。
「盾役の騎士団はこの場に留まり、後方の安全の確保と討ち漏らしの掃討を任せる」
「弓兵はいかが致します?」
「撃ち切ったところで下がらす
その後にお前達が…」
「前に出て固める
ですね」
「うむ」
騎士団は役目を理解して、馬の背に載せた盾を手にする。
それは騎士が使う、馬上用の大楯だった。
金属で周りを加工しているので、武器としても利用できる。
これで接近する魔物を、殴り殺す事も出来るだろう。
「質問はあるか?」
「はい」
大隊長が前へ出て、将軍に尋ねる。
「しし…
将軍
騎兵と歩兵の全てを投入で?」
「ああ」
「少し多過ぎませんか?」
将軍は少し考えて、それから告げる。
「一部をここへ、残すか?」
「ええ」
「ならば人選は、そちらに任せる
残る者と突入する者、それで分かれてくれ」
「はい」
ヘンディーは頷くと、部隊長に向けて話し掛ける。
「聞いたな」
「はい」
「これから部隊を、二手に分ける」
「はい」
「攻撃部隊と、守備部隊ですね」
「違うぞ
後詰の部隊だ
それにお前等は、魔物を追い込む役目だぞ」
「アレン
逸る気持ちは分かるがな」
「そうだぞ
焦るなよ」
「は、はい…」
大隊長は指示を出し、騎兵の第1、第2、第3部隊を突入部隊とした。
残る第4、第5部隊を、後方での待機部隊とする。
アレンの言動は気になったが、ここに残すのもマズいだろう。
魔物が近付いた際に、突出する恐れがある。
それならば前へ出して、ジョンに見張らせた方がマシだった。
歩兵も半数を残す事にして、振り分けを各隊長に任せる。
残る歩兵部隊には、弓を扱える者が主に選ばれた。
突撃より討ち漏らしの、掃討の方が役に立ちそうだったからだ。
ギルバート達も居残り組に選ばれ、後方での待機を命じられる。
それは居残る方が、魔物に狙われないからだ。
「ボク、弓は引けないんだけど?」
「一緒にここへ居た方が、安全だからだろう?
向こうへ一人で入っても、戦闘なんて無理だろ?」
「うん…
無理…」
ディーンは弓が扱えないが、突入組に入っても足手まといにしかならない。
それよりは後方に控えて、ギルバートの傍に居た方が良いだろう。
人選が終わり、突入の準備が終わる。
時刻は昼を回り、2時を過ぎようとしていた。
再び将軍が先頭に立ち、右手を振り上げて号令を発する。
「騎士団
出撃!」
「うおおおお!」
「わああああ!」
怒号を上げて、騎士団が集落への道を駆けて行く。
声に驚いて飛び出した魔物が、馬の蹄に掛けられる。
攻撃するよりは、馬で蹴散らした方が効果的だったのだ。
他にもダガーや手斧を持って、向かって来る魔物も居た。
しかし騎士達の振った鎌に、魔物はあっさりと両断されて宙を舞う。
中には矢を射てくる魔物も居たが、粗末な矢はふらふらと真っ直ぐに飛ばなかった。
威力の無い矢は、騎士の振るった鎌に、簡単に切り落とされた。
集落の前の開けた場所に出た騎士達は、その場を確保する為に周りに広がる。
彼等は逃げ遅れた魔物を、次々と鎌で切り殺していった。
集落に近かった魔物は、中へと逃げて仲間を呼ぶだろう。
それまでに入り口を固めて、態勢を整えないといけない。
騎兵後方より駆け寄り、入れ替わりに騎士達は下がると、弓部隊の前へ移動して盾を構える。
歩兵部隊が続き、茂みや木陰に隠れた魔物を倒していく。
一人では危険なので、2人一組で魔物へ立ち向かう。
多少の怪我人は出るが、彼等はなんとか魔物の数を減らしていった。
やがて集落前に集まった、弓部隊から射撃が開始される。
集落へ向けて一斉に矢が放たれ、少し離れた集落の中から魔物の悲鳴が上がった。
矢は立て続けに放たれ、数度の斉射を終えた頃には、周囲の魔物の掃討も終わっていた。
騎兵隊が先頭に立ち、歩兵が集落への突撃の準備を整える。
大隊長は後方に残ったので、将軍が指揮をする為に前に出て来ていた。
彼は騎兵部隊を見回すと、頷いて右手を振り上げる。
「よし!
突撃!」
「うおおおお!」
「行けえええ!」
将軍の号令に従い、騎兵が集落へ向けて駆けて行く。
彼等は集落へ入ると、一気に奥まで駆けながら、順番に数ヶ所に陣取った。
彼等は歩兵部隊が、突入する場所を確保していく。
そこへ歩兵部隊が入って行き、一つ一つ建物の中まで確認しながら掃討していく。
「逃がすな!」
「一匹残らず殺せ!」
「そっちに行ったぞ」
ゲギャギャ
兵士達はまるで、狂気に駆られている様子だった。
目をぎらつかせて、逃げる魔物を切り殺して回る。
その顔は殺戮に酔い、興奮して笑っていた。
「殺せ、殺せ!」
「皆殺しだ!」
「な、何だ?」
「何かおかしぞ?」
中には仲間の狂気に、恐れを感じる者もいた。
彼等は我先にと、魔物を追い駆けて手に掛ける。
しかし後方の騎兵部隊は、冷静に魔物を追い込んでいた。
集落の外壁は、簡単な木の柵でしか作られていない。
だから逃げようと思えば、魔物は簡単に逃げられた。
将軍は逃げ出す魔物を追うのは、時間の無駄だと考えていた。
だから逃げる魔物は放っておいて、残って抵抗している魔物だけを掃討する事となった。
「よし
逃げる魔物は放っておけ」
「目の前の魔物だけ狙え」
「はい」
「いいか!
2人一組だぞ!
無理はするなよ!」
「はい」
各部隊長の声が響き、士気は更に上がっていた。
そうして小一時間も経つ頃には、辺りはすっかり静かになっていた。
歩兵達が建物の中や、物陰になっている場所も見て回る。
兵士達は隠れて、身を潜める魔物に止めを刺して回る。
そこへ将軍が、血塗れの鎌を担いで見回りに来た。
「これで全部か?」
「はい
逃げる魔物は追いませんでした」
「そうだな
無理して犠牲が出てもな…」
将軍は魔物の掃討が、終わった事を確認する。
それから静かになった、集落の広場に向かった。
そこには集落を守る為の、結界の祠が置かれていた。
彼は馬から降りると、部下の兵士達に確認する。
「ここも報告通りに、結界を壊されているな」
「そうですね」
「残念ですが、これでは…」
「うむ…」
不気味なオブジェクトこそ作られていないが、石には血がかけられていた。
血は黒く変色して、石も黒く染め上げられている。
結界から感じられる、厳かな雰囲気は感じられなかった。
恐らく結界としての機能は、最早果たしていないだろう。
「魔物の総数は?」
「見立てでは
討伐は300を超えています」
「うむ」
「しかし、結構逃げていると推測しています」
「となると…
500近くは居た可能性があるな」
「はい」
将軍は顎髭を掻きながら、暫し考える。
「ここで500
向こうの集落もそのぐらい居そうだな」
「ええ」
「まだ砦の奪還もある」
「はい」
「恐ろしい数です」
「そのうえ、他にも居るかも知れないな」
「はい」
「ここには隊長格は居なかったが、居れば死人も出たかもな」
「それは…否定出来ませんね」
「頭が痛いな」
「心中お察しします」
将軍は頭を振りながら、深く溜息を吐く。
「致し方ない…な
兎も角、ここは一旦離れよう
逃げた魔物が戻って来ると厄介だ」
「はい」
「そうですね
これですぐには、後方からの攻撃の心配はないでしょう」
「結界はどうします?」
「これはこのまま…
どうしようもないからな」
「ええ…」
部隊長が呼ばれて、撤収の準備に掛かる様に伝えられる。
将軍も騎士団へ指令を下し、後方の部隊へも伝令を出した。
その間にも兵士が、魔物の死骸を集めていた。
それは数も多く、これから燃やすにしても時間が必要だった。
「魔物の遺骸はどういたします?」
「うーむ
出来れば焼いておきたいが…
時間が惜しいな」
「ええ」
「これから焼くとなると…」
「一応、目に付く遺骸で、手足がある物は手足を切るだけでもしておくか」
「そうですね
道すがら片付けて行きましょう」
「おい!
魔物の手足を切り落とすぞ」
「うへえ…」
「大変な作業だな」
「不満を漏らすな
亡者になると厄介だぞ」
将軍と部隊長は、損傷の少ない遺骸の手足を切り落とす事にする。
兵士達は指示に、不満そうな者もいた。
しかし亡者と聞くと、慌てて作業に取り掛かった。
それだけ亡者は、恐ろしい存在であった。
彼等は処理をしながら公道へと戻り、公道へ出たところで一旦休憩する事となる。
「よし
一旦休息とする」
「しかし…」
「既に日が落ち始めていますよ」
「太陽があんなに…」
辺りは再び、夕刻へ近付いていた。
兵士の言葉を聞いて、将軍は顔を顰める。
「また夕刻になったのう」
「ええ」
将軍は忌々しそうに、傾いていく太陽を見やる。
出来れば第2砦に向かって、少しでも進んでおきたかった。
しかしこの状況で、夜道を進むのはあまりに無謀だ。
逃げ出した魔物に、後ろから切り込まれる恐れもある。
将軍は大隊長に、どうするか話し掛ける。
「昨日の砦前へ、戻るか?
それとも、ここで野営するか…」
「どっちも危険です」
「戻るとなると、野営の準備の時間が厳しそうですね」
「ああ
しかしここで野営するよりは、安全じゃろう」
「ううむ…
どうしますか?」
二人共どうすべきか、少し考え込む。
しかし戻って来る魔物の危険性を考えれば、砦の前で陣を張った方が安全だろう。
野営の準備は大変だが、止むを得ないだろう。
「止むを得ん
砦の前まで戻るぞ」
「そう…ですね」
すぐさま出立の準備に掛かり、再び移動を開始する事にする。
もうすぐ夕日になり、辺りもすぐに暗くなるだろう。
それまでに昨晩の野営地跡へ戻って、再び野営をする準備をする必要があった。
全体に疲れた様子は見られるが、怪我をした者は少ない。
被害を少なくする為にも、すぐに移動した方が良いだろう。
こうして討伐軍は再び、第1砦の前に陣を張り、そこで野営をする事となった。
これが功を奏したのか、この夜は魔物の襲撃は無かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




