第020話
遂に魔物討伐の、遠征軍が立ち上がる
人々は魔物の恐怖を押さえ、戦う事を選択する
それが如何に長く、苦しい戦になるかも知らずに…
魔物の討伐軍は、ゆっくりとノルドの森へ向かって進んだ
魔物の群れの不意討ちを警戒していたからだ
そこから北へ向けて、公道沿いに北の森に向かうのだ
進軍は緩やかに続き、何事も起こらずに砦の近くまで辿り着く
それはまるで、罠に誘い込まれた兎の様に
討伐軍は歩兵の進行速度も考慮に入れて、ゆっくりと進軍した。
それでも3日目には砦から数㎞の距離まで到達して、そこへ陣を張った。
時刻は夕刻少し前で、夕闇にも砦の方から上がる煙が見えた。
「今日はここで陣を張る」
「はい」
「各自天幕の用意をしろ」
「はい」
将軍の言葉に進軍は終わり、部隊長が兵士に指示を出す。
各自で天幕を張ったり、野営の準備が進められる。
部隊長が見回り、斥候の兵士も慌ただしく周囲の様子を探る。
未だ魔物の姿は見え無いが、油断は出来ない。
砦のあった方向には、黒く煙が上がっているからだ。
「ここでは魔物に狙われませんか?」
「どこに居ても、これだけ開けた場所では同じだろう
警戒して休息を取るしかない」
「しかしあの様に…」
「煙が気になるか?」
「はい」
兵士の中には、砦の方向に見える煙を、気にする者も少なからず居た。
しかし砦に何かあるにしても、今煙が上がるのは不自然だろう。
砦は放棄されてから、少なくとも1週間以上が経過されている。
そうなればあの煙も、魔物が何かを燃やしている煙なのだろう。
「師匠
大丈夫なんですか?」
「こら
ここでは将軍と呼ばんか」
「は、はい」
「大丈夫じゃ
どうせ食い物になる、獣か何か焼いておるのじゃろう」
「しかしそれなら…」
「攻め込む気ならば、既に来ておるじゃろう
大丈夫じゃ」
「はあ…」
心配する大隊長を他所に、将軍は開き直って見張りの指揮をする。
変に不安に思って騒ぐよりも、襲撃に警戒して万全に備える方が安全だと考えていた。
実際にこれだけの規模の軍に、下手な手出しは出来ない。
もし危害を加える気なら、相手もそれだけの兵力が必要だからだ。
守備隊だけで24名ずつの騎兵部隊が5組居る。
さらに歩兵が120名、弓を持った兵士も60名待機している。
それに加えて騎士団の精鋭が、12名編成で5部隊ずつ、3名の隊長に従って居る。
総勢500人近くの武装した兵士が居ては、魔物でも迂闊に近付きはしないだろう。
「それに、な
お前の報告では、奴らは馬鹿では無いんだろう?」
「へ?」
「聞いたぞ
わざわざ決闘の真似事の様な事をして、砦を勝ち取っていたんだろう?」
「ええ、まあ
あの様子では、そうとしか考えられなくて…」
「なら
この状況を見たら、馬鹿な奴は向かって来るだろうが…
そのボスは様子を見るだろうな」
「それならいいんですが…」
大隊長は、直接魔物とやり合っていた。
だからあのボスは知恵があって、無闇に突っ込んではこないだろうとは思ってはいた。
問題はあの決闘の時にも、ボスに従わない頭の悪そうな魔物が居た事だ。
どれぐらいが従わないか分からないが、結構な数で不意を打たれたら危険だ。
師匠は…将軍はその辺を、考えているのだろうか?
「ししょ…」
「将軍と呼べと、言っておるじゃろが」
ゴシャ!
将軍の容赦のない、拳骨が振り落とされる。
兜を被っているとはいえ、革製の兜に鉄製の籠手の拳骨だ。
それは傍から聞いても、痛そうな音がしていた。
「痛え」
「ここでは将軍じゃ」
「はい
痛てて…」
「で?
何じゃ?」
「将軍は…
本当に大丈夫だとお考えで?」
「ああ
一部は突っ込んで来るかも知らんが、少数なら蹴散らせるであろう
その為に、騎士団も要所に控えておる」
見ると危なそうな場所には、騎士が2人一組で見回っている。
「いざとなったら、体制を立て直すぐらいはこちらで時間を稼ぐ
その間にお前は指揮を取って犠牲を減らせ
まあ、そこまで馬鹿とは思えんがな」
「はあ…」
「じゃから今は、安心して野営に慣らせておけ
遠征はこれからじゃ」
「はい…」
今は下手に警戒して疲弊するよりも、本番に備えて力を蓄えておくべきだ。
事実将軍の言う通り、その夜には大きな争いは起きなかった。
散発的な少数の襲撃はあったものの、襲ってきた魔物もすぐに片付けられた。
そうして野営の火を絶やす事無く、兵士達は交代で休息を取って、無事に朝を迎えていた。
一方その頃、ギルバートとディーンは寝袋で眠っていた。
ジョナサン達は野営は慣れてるからと、交代で見張りに立っていた。
アレックスも見張ると言い張ったが、そのうち木の根元で眠りこけていた。
一度まだ眠りも浅い時に、小さな騒ぎが起きた。
しかしギルバート達も起きて来たが、すぐに魔物は倒されて騒ぎも収まりってしまった。
その後は朝まで、彼等はすっかり眠ってしまっていた。
だからジョナサン達は魔物の死骸を見たが、ギルバートとディーンは魔物を見る事はなかった。
「お、おはよう…
ございます
ふわああ…」
「おう」
「おはよう
起きたか?」
「はい…」
ギルバートが起きた頃には、ジョナサン達も起きていた。
彼等は焚火を囲んで、朝食の準備を始めていた。
簡単な物だが、昨晩の煮込んだスープを温め直している。
その野菜を煮込んだ香りが、少年の胃袋を刺激する。
「すいません
手伝います」
「ああ、いいよ
そっちの坊やも起こしてやんな」
「それから、顔も洗ってきな
まだ眠そうな顔をしているぜ」
「は、はい
ディーン」
「ううん
母ちゃん…
むにゃむにゃ…」
「おい
何が母ちゃんだよ…」
「はははは」
リックはそう言いながら、水で顔を洗っている兵士達の方を指す。
ギルバートは言われたままに、ディーンを起こそうとする。
ディーンは寝惚けていて、すぐには起きなかった。
しかしランディ達の笑い声で、眠そうに目を覚ます。
それから二人は、少し離れた水汲み場へ向かう。
「ふわぁぁ
まだ眠いよ」
「しっかりしなよ
アレックスはもう起きてるよ」
二人は樽から汲んだ水で、顔を洗って眠気を吹き飛ばそうとする。
ここは公道のすぐ側で、開けた場所になっている。
しかし井戸や小川も無いので、持って来た樽に入った水で顔を洗うのだ。
冷たい水が、頭をすっきりと目覚めさせる。
「うわっ、冷たい」
「気持ちいいな」
そろそろ初秋を迎え、朝は肌寒くなっている。
二人は顔を布で拭うと、元の場所へ戻った。
既に他の者は起きていて、朝食を食べ始めていた。
焚火の火で炙った黒パンに干し肉、昨晩作った野菜を煮込んだスープの残りを温めた物だ。
ギルバートもスープを受け取り、すぐに朝食に取り掛かった。
「ぷはあ…」
「温かい…」
「こうした場所で飲むスープも
なかなかの物だろ?」
「はい」
「今はまだ大丈夫だが、襲撃されたら危険だ
こんな物でも、作る暇も無くなる」
「そうそう
今の内に堪能しておけよ」
「は、はい」
本格的な戦闘が始まれば、満足な食事は取れない。
いつ敵が襲って来るか、分からないからだ。
だからスープを作ったり、焚火で暖まる余裕すら無くなるだろう。
温かいスープに一心地着き、焚火の周りで身体を温める。
この時期の早朝は、肌寒く身体が固く強張ってしまう。
彼等は焚火に当たりながら、昨晩の襲撃について話をしていた。
「昨日のあれは、やはり魔物ですか?」
「う、あー…
そうだがな…」
「見なくて良かったな」
「ああ
あれはな…」
「どうしてです?」
「あまり見て、気持ちいい物じゃないぞ
寧ろ不気味で、子供には早いと思ったよ」
弟がいたリックは、まだ子供であるギルバートとディーンには刺激が強過ぎると思っていた。
「そうですね
しかし、この遠征に居る間には慣れていただかなくては」
「子供に見せる物では…」
「た、隊長」
「そのまま
私も温まりに来たんだ」
「は、はあ…」
「周囲は問題無い
今暫くは、焚火で身体を温めていなさい」
「はい」
「身体も強張っているでしょう」
「ははは…」
エドワード隊長は見回りを終えて、彼等の焚火の輪に加わる。
そうして干し肉とパンを取り出し、軽い食事を始める。
リックが慌てて、残り物のスープを手渡す。
隊長は礼を言って受け取ると、それを美味そうに飲み干す。
「はあ…
温まるねえ」
「はあ…」
「それで?
慣れるとは?」
「ああ
アルベルト様も魔物とは戦っていらっしゃる
彼も次期領主だ」
「そうか…
魔物と戦う必要が…」
「そうだね
子供とはいえ、彼はいずれは領主にならねばならない」
「魔物はこれからも?」
「ああ
今後も魔物も現れるだろうね
その様な現状では、今からでも慣れていただかなくては…
困るのですよ」
「はあ…
大変だな」
「え?」
「そうだな
領民を守らないとな」
「領民を…
守る…」
リックは同情した表情で、ギルバートを見る。
そんなギルバートは、困った様な顔をしていた。
彼はまだ少年で、領民を守るという実感が湧かなかった。
しかしいずれは、領主として戦う必要があるだろう。
「そんなに…
気味の悪い物なんですか?」
「ああ
姿、形はお前らより小さいぐらいの子供だ」
「子供…
ですか?」
「ああ
遠目には子供に見えるだろうな」
ランディがギルバートの、胸辺りの高さを示す。
ディーンはそれを聞いて、目をぱちくりとしていた。
そんな小さな者が、大人を圧して殺しているとは、俄かに信じられなかったのだろう。
しかしアレックスは、それを聞いて顔を強張らせていた。
彼は牧場を手伝っていたから、大きさが当てにならない事を知っていた。
「そいつが大人みたいに、しっかりと筋肉が付いててな」
「肌は話に聞いた通りの、緑色をしている」
「顔は口が大きくて…」
「口が…」
「緑色の肌?」
リックが口を頬の辺りまで引っ張り、裂けているのを手振りで示す。
ディーンは怖くなったのか、顔を蒼くして聞いていた。
「頬まで裂けた口に、黄色く濁った鋭い目付き」
「耳は尖っていたな」
「見た目もだけど、子供の惨殺体みたいで…」
「こら」
「仕方が無いだろ
そういう表現しか出来ない」
「だからって…」
「怖がらせる為じゃあ無い
理解させないと」
「ははは
そうですねえ
所見では怖くなるでしょうからね」
「ええ
気持ちの良いもんじゃありませんよ」
アレックスも見たのか、蒼い顔をして追従する。
背丈が子供ぐらいなので、肌の色が違うとはいえ、子供が切り殺された無残な姿に見えたのだろう。
それを思い出してか、彼は身震いしていた。
「ワタシ達は魔物を討伐に来たのですよ
ここからは、沢山の魔物の死骸を見る事になります」
「そうだな…」
「嫌でも慣れないとな」
隊長は静かに語る。
「見慣れろとは言いません
ただ魔物に魅入られたり、死骸に動揺しない程度にはなってください
そうしないと、ワタシ達も君達を守れませんから」
「は、はい」
「慣れれるのかな…」
「慣れるのです
ゆっくりとでもね…」
そう言って隊長は、焚火で温めたハーブティーを静かに飲んだ。
「ここからは魔物のテリトリー
いつ襲われるか分かりませんよ」
「はい」
隊長は愛用の鉄製のカップを片付けながら、静かに語る。
「君達の安全は、他の騎士達が責任を持って護衛をするので保障出来ますが…
それはこうして、周りに騎士が居る状況で、です」
ギルバート達も、隊長に続いて片付けをしながら話を聞く。
「彼らが居れば安心なんですが、彼らから離れるのは危険だと思ってください
決してパニックになったりして、野営地や我々の側から離れない様に」
「そうだぞ」
「最悪
オレ等からは離れるな」
「そうそう
いざという時に、守ってやれないからな」
「はい」
支度を終えた隊長は、静かに、しかし威圧感を込めて告げる。
「でないと、たちまち魔物に囲まれて…
死にますよ」
「死…」
ゴクリ!
隊長は自分の首を掻き切る様に、ジェスチャーをして見せる。
その仕種に、ギルバートも我知らずに唾をゴクリと飲み込む。
「さあ、支度が出来たら出発しましょう
騎士団も出発の準備は、済ませていますよ」
「はい」
打って変わって明るい声で、隊長はみなを連れて集団の中へと入る。
野営の火は、土を被せて消してはあるが、跡はそのまま残してある。
目印と敵を警戒させる為に、敢えて残して置くのだ。
こうして焚火をしていれば、本来は狙われてしまうだろう。
しかし多くの焚火がある事で、敵も警戒して近付けなくなるのだ。
「またみんなで、無事にここへ戻れますよね?」
「さあ?
それは君達の行動しだいですね」
隊長は不自然に積まれた、焚火の燃えカスを示す。
「幸い、昨晩まではアレは、魔物の遺骸を焼いた物でした
ただしこれからは、油断した味方の者になるかも知れません
くれぐれも注意してくださいね」
「はい」
隊長は優しく、しかし寂しそうに微笑んだ。
歩兵部隊の準備も整い、各部隊で点呼が行われる。
出発の準備が整い、各部隊長が報告に向かう。
エドワード隊長も報告に向かい、それから列の先頭に戻る。
先ずは騎士団が2部隊、砦の方へ向けて準備をする。
先行して進み、魔物の斥候を蹴散らす為だ。
その後方へ、守備隊から騎兵が配置される。
次いで歩兵、弓兵、その周りを護衛する様に騎士団が広がる。
殿にも騎士団から1部隊が出て、後方の安全を確認しつつ進む。
出発の準備が整ったところで、先行して斥候が砦に向けて走る。
ここで油断すれば、魔物の不意討ちを受けて危険なのだ。
彼等はみんなの安全を守る為に、危険を冒してでも周囲の状況を把握する必要があった。
勿論、魔術師が複数人同行していれば、魔術を使った周囲の探索も出来る。
しかしクリサリスは、抱えている魔術師の人数は多くはないのだ。
斥候が戻って来ては、一人ずつ報告していく。
将軍はその報告を聞き、大隊長と相談しながら作戦を練る。
斥候の報せでは、どうやら魔物は砦までの公道上には居ない様だ。
残る問題は、砦の中にどれほどの魔物が潜んで居るかだ。
「どう思う
直接奴らに対峙した、お前の感想を聞きたい」
「はい
砦の中に拠点を構えているのなら、最大で千を超える可能性は十分にあるかと」
「うむ
そうだな」
「千ですか?」
「ああ
それぐらいの可能性はある」
「そんなに?」
「魔物はそれ程の数だと?」
「あり得ん」
「先に一当てした、こいつの意見じゃ
信用してやれ」
「は、はあ…」
騎士達は、大隊長の証言を信用していなかった。
それは大隊長を侮るというよりは、その規模に納得出来なかったからだ。
いくら何でも、千人もの兵士が突然現れるなど、彼等からすれば信じられなかった。
ましてや彼等が、見張っている北の国境に近い場所に現れたのだ。
それはなかなか、納得の出来る事では無かった。
「しかし、我々の見張る国境を抜けて…」
「そうじゃな
ワシもそこが気になっておる
本当に隠れておったのか…
あるいは…」
「それに、どうして砦なんですか?」
「そうですよ
魔物ならば、砦を避けるのでは?」
「そうじゃな」
将軍は暫し、髭を扱きながら熟考する。
文献に於いても、小鬼の魔物は繁殖能力が非常に高いとされている。
数日から1月に1回、複数匹の子供を生み出すと記されている。
最初の襲撃から、既に1月近くの日数が経っている事になる。
女性が攫われたとの報告は無いが、可能性は十分にある。
それに文献では、小鬼のみの繁殖は、他の種の雌を使った繁殖には劣ると書いてあった。
だが報告にあった規模になっているのであれば、ペースが落ちても十分に繁殖し得るであろう。
そう考えれば、小鬼が安心して繁殖する場所を求めていた可能性は高い。
それで砦を無傷で奪おうとしていたと、その様な意見も上がっていた。
「お前のとこの小坊主
あれがな…」
「あー
アーネストですか」
「ああ
どうやら魔物は、繁殖に適した場所を探していたんじゃないかって」
「アーネストがですか?」
「うむ
洞窟より大きな、砦に目を着けた可能性があるとな」
「砦ですか?」
「ああ
じゃがのう…」
昨日の夕刻程ではないが、今も砦の方に煙が上がっているのが見える。
あれだけの煙が上がるなら、相当な規模の集団が居る事になる。
しかも獣と違って、火は怖がるが焚火は作れるという事だ。
思ったよりも、知恵は回る様だ。
「あの小坊主の言った事、案外的外れではないかも知れん」
「え?」
「見ろ
昨夕もだが、あれだけ煙が上がっている
それだけ数が多いという事だろう」
将軍の指し示した方を見やり、大隊長も頷く。
「確かに
規模だけならこちらよりも大きいかも」
「野営でなく、建物を使う知恵があったなら…
更に規模が増えているかもな」
「まさか!」
「そのまさかかも知れん」
将軍は最後の報告を受け、少し考えてから決断をくだす。
「こうして突っ立っていても始まらん
少し藪を突っ突いてみよう」
将軍はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべる。
大隊長は言い知れぬ不安を感じて、慌てて止めようとする。
「何をなさるお積もりで?」
「なあに
山犬が巣穴に籠っているのなら、煙で燻し出すまでさ」
「ちょ!
師匠?」
「将軍と呼ばんか!」
ゴチン!
「痛え!」
そう言うと将軍は幾つかの指示を出し、出発の合図を出す。
「これより、魔物が潜むと思われる砦を急襲する」
「おお」
「いよいよですか」
「うむ」
将軍は盤上の駒を動かし、その一つを砦の位置に動かす。
「先ずは予定を変更して、巣穴をとつつく」
「巣穴ですか?」
「うむ」
将軍は立ち上がると、天幕を出て兵士達の前へ出る。
兵士達は慌てて、将軍の天幕を片付け始める。
将軍は兵士達の前へ来ると、長剣を抜き放って頭上に掲げる。
そのまま大音声で、兵士達を鼓舞する様に指示を出す。
「ダーナの領民を護る為
クリサリスの平和を脅かす魔物を討滅する」
「おう!」
「うおおおお!」
「先ずは我が騎士団が護衛するので、諸君らの中で弓の扱いに長けた者で砦へ攻撃を願いたい」
「弓兵ですか?」
「砦に攻撃を?」
「うむ
その後砦から出て来た魔物へ、騎兵部隊で攻撃を仕掛ける」
「山犬の巣穴狩りですね?」
「うむ」
将軍はここで、一旦言葉を切る。
「それから騎兵部隊で敵の攻撃を切り崩しつつ、騎士団が砦への突撃を敢行する」
「おお…」
「歩兵部隊はその後ろに着いて侵入し、砦内での敵の殲滅に掛かって欲しい」
「はい」
「やるぞ!」
「砦を取り返すんだ」
「魔物を許すな!」
「やり返してやるぜ」
兵士達の士気は上がり、武器を掲げて声を上げていた。
彼等は作戦を理解して、先ずは巣穴から燻り出す事になる。
それから逃げ出した魔物を、騎兵や騎士団が攻撃して撃破するのだ。
それを理解した上で、歩兵たちは身震いしていた。
彼等は危険な、魔物を追い出す役目を担っている。
騎兵部隊が居るとはいえ、魔物と直接戦う事になる。
恐れで震える者も居たが、多くは戦いへの興奮で震えていた。
歩兵の多くは小剣を掲げて、気勢を上げて応えていた。
将軍は後ろに下がると、各部隊長に細かい指示を出す。
作戦の概要が伝えられ、次に注意点が告げられる。
「歩兵部隊の諸君が一番危険な任務となろう」
「ええ
しかしやる気は出しています」
「そうです
彼等ならやれるでしょう」
「うむ
我々騎士団も一緒に入るが、騎士では小柄な魔物を狙うのは難しい
作戦の成否は、彼等歩兵部隊の働きに大きく左右されるじゃろう」
「はい」
機動力の無い歩兵は、魔物の恰好の的になる。
しかし標的の小さい魔物では、騎兵や騎士の突撃は効果が低い。
小さな身体では、躱されて反撃を狙われてしまう。
そこで歩兵の小剣による攻撃が、効果を発揮するのだ。
危険ではあるが、素早く効果的に魔物を倒すには、騎兵より歩兵が有利なのだ。
「騎兵部隊は騎士団と歩兵が潜入した後、砦の正門を固めて逃げる魔物を殲滅して欲しい」
「はい」
「また、弓兵として志願した者は騎士団を1団残すので、そちらで護衛させる
彼等には隙をみて、援護射撃を行ってもらう」
「はい」
「あくまで援護射撃なので、射撃は各自個人の判断で行うものとする」
「はい」
将軍の説明が終わり、いよいよ出撃となる。
野営地跡に緊張が走り、空気が重苦しくなる。
興奮していた兵士達も、今では緊張で無言で真剣な表情になる。
将軍は再び剣を引き抜くと、攻撃の号令を発した。
「全軍、出撃!」
『全軍出撃ー!』
各部隊長の復唱が響き渡る中、一斉に兵士達の怒号が響き渡る。
「うおおおおお!」
「わあああああ!」
「行けええええ!」
「突撃!」
作戦の指示通り、先ずは騎士団が2組先頭を走り、次いで弓兵がその後に従う。
砦前へ騎士団が展開すると、盾を構えて魔物の攻撃に備える。
弓兵がその後方へ展開して、弓に矢を番えていた。
騎士団は弓兵が襲われない様に、周囲にも警戒をする。
「構え!
撃てー!」
「おう!」
「撃て撃て!」
「当たらなくても良い!
次々に放ってやれ」
「山犬を巣穴から、燻り出せ!」
「わああああ!」
ビュン!ビュン!
空気を切り裂き、次々と矢が宙を貫く。
その先は弓なりに、砦の防壁を飛び越えて中へと消えていく。
矢が消えて一呼吸後に、くぐもった悲鳴が聞こえて来た。
防壁越しでよくは聞こえないが、中で矢を受けた魔物が叫んでいるのだろう。
数回目の矢が放たれた後に、砦の正門がギシギシと音を立てて開かれる。
人の手にある間は、守備隊の兵士が手入れを怠らなかった。
しかし滑らかだった正門は、たった一月で軋んだ音を立てる。
魔物は手入れをしないので、錆て動きも悪くなっていた。
「騎士団前へ!
弓兵は後退しろ!
騎兵部隊、突撃!」
「行くぞ!」
「うおおおおお!」
「やあああああ!」
怒声を上げて、騎兵部隊が砦へ向かって突っ込む。
殺気立った魔物達は、小剣やダガー、棍棒を持って飛び出してくる。
しかしそれは、騎兵部隊の蹄に蹴散らされる。
向かって来る魔物に、騎兵部隊は容赦なく突撃を敢行する。
「うおおおお!」
「食らえええ!」
ドシュッ!
ザヒュッ!
グギャアア
ギャピイイイ
騎兵部隊は突進すると、クリサリスの鎌を縦横無尽に振り回す。
突撃の勢いで蹴散らして行き、正門前で左右に広がる様に展開する。
そのまま魔物に襲い掛かり、向かい来る魔物を嬲り殺す。
しかし小柄な為に、騎兵の攻撃を摺り抜ける魔物も多くいる。
「第1、第2は左翼を
第3、第4は右翼を切り崩せ!
第5は我と共に、正面を抑える」
「はい」
「こっちは任せてください」
「うおおおお!
通すな!
少しでも削れ」
「はい」
「殺せ!
殺せ!」
大隊長の音頭に、各部隊は出て来る魔物を押さえつつ左右へ展開する。
それから魔物が逃げ出さない様に、そのまま砦の入り口を押さえる。
「わああああ!」
「うおおおお!」
クリサリスの鎌を右へ左へと振り回し、騎兵達は必死に魔物達を屠って行く。
しかし小柄な魔物は、それを必死に躱そうとする。
小さな身体を狙うので、なかなか成果は上がらない。
それでも騎兵部隊は、魔物を通さぬぞと鎌を振り回す。
既に正門の前は混戦しており、出て来た小鬼も100を軽く超えていた。
中には魔物に接近を許し、懐に入られて、鎌を放り出して剣を振う物も居た。
「りゃああ!」
「ふうぬうう!」
シュザッ!
グギャアアア
ガギャアア
ズガッ!
「ぐはっ」
しかし魔物も、ただやられる訳では無い。
中には攻撃を躱して、騎兵を引き摺り降ろす者もいた。
そうして魔物に囲まれて、命を落とす者も少なく無かった。
歩兵がその周りを固めて、懸命に魔物を倒す。
しかし混戦になり、歩兵たちも騎兵の補佐を出来ないでいた。
正面でも混戦になり、大隊長は鎌を振り回していた。
彼の大振りに振り回す鎌に、一刀の元に3匹の魔物が切り裂かれる。
大隊長は吠えて、魔物を威嚇する。
「小癪な魔物め!
今度こそオレの、鎌の錆にしてくれるわ!」
グギャア
アギャア
大隊長は、振り抜いて鎌の血を払っていた。
それを好機と見て、数匹の魔物が突っ込んで来た。
それは宙を舞い、まるで放り投げられた様に飛んで来た。
大隊長は面食らったが、そのまま鎌を振るって攻撃した。
「ぬう!」
アギャアアア
ギャワワワ
「ふうんぬうう」
ズガッ!
ゲピャッ
大隊長は咄嗟に、鎌の石突で打ち払った。
鎌の刃で切り裂くには、魔物は懐に近過ぎた。
振るわれた石突が見事に命中し、魔物はゲピャッと声を上げて吹っ飛ぶ。
頭の拉げた小鬼は、そのまますっ飛んで行く。
小鬼が飛んで来た方を見やると、そこには少し大きい魔物が、ニヤリと笑って立っていた。
周りの小鬼達は、自分が投げられるのは嫌だと逃げ出す。
それを見て、大隊長はゆっくりと馬を魔物の方へ向ける。
第5部隊長がそれを見て、止めようとする。
しかし大隊長は、それを片手を挙げて制した。
「大隊長!」
「案ずるな
ロンの仇だ
オレがここで決着を付ける」
「しかしそいつは!」
「案ずるな
オレは負けん」
そう言って大隊長は、馬を下りて魔物の前へと立つ。
魔物の側近と、1対1の対決だ。
「大隊長」
部隊長はそれでも、止めようと大隊長に近付いた。
「これは1対1の決闘だ
誰も邪魔はするな」
「しかし…」
「お前は部隊を率いて、歩兵たちを守れ」
「ですが!」
「くどいぞ!」
大隊長は静かに、力強く言った。
そして鎌を地面に突き立てると、愛用の長剣を引き抜く。
戦場の真ん中で対峙する、魔物と大隊長。
辺りの激戦が別世界の様に、二人の周りだけが静寂に満たされる。
「我が愛刀、ヴォルフ・スレイヤーに賭けて誓う
貴様を…討つ」
グホッ!
ゲハハハハ
大隊長はそう静かに呟くと、剣を正眼に構える。
それを見て魔物も、腰から剣を抜いて構える。
先の戦場で拾ったのか?
それは少し錆て、ところどころ欠けている。
しかし魔物は、気にする事なく身構えていた。
どうやら多少の加工は出来るものの、研いだり手入れをするほどではない様だ。
武器が傷んでいるのなら、こちらにも勝機が十分にある。
「ロンの仇!
行くぞ!!」
ゴギャア!
ギャヒイ!
大隊長の言葉に返す様に、魔物は声を上げた。
そうして二匹の獣が、戦場で激しくぶつかる。
二匹は激しく咆哮し、激しく切り結んだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。