第019話
遂に討伐部隊が、結成された
魔物に奪われた、砦を奪還するのだ
しかし彼らは、気付いていなかった
魔物は人間が思うよりも、賢かったのだ…
その日は早朝から快晴となり、朝早くから街は活気づいていた
先日突如現れた、魔物という謎の生き物
領主がその魔物の討伐に、遂に軍を遠征するのだ
これが成功すれば、再び開拓が出来るし、この遠征で潤う商人や職人も多い
その為市街の入り口である正門前では、朝早くから賑わっていた
さすがに武具は支給品だし、最低限の備品は準備されている。
だが予備のポーションや休息用の寝袋、保存食や水の入った革袋や樽等が売られていた。
支給品では足りないと判断した者は、自分の手持ちとして購入は許可されているからだ。
まあそれでも、あくまで持ち運びに問題ない程度ではあるが。
中には砥石がすり減っていたり、松明や投擲用のナイフを購入する者もいた。
ギルバートはアレックスに呼ばれて、ディーンと3人で正門へ向かっていた。
兵舎を出る前にアレックスに言われて、松明や砥石等の小物も用意した。
しかし足りない物が無いか、彼等はその場で再度確認をしていた。
「寝袋はまとめて用意してあるらしい」
「部隊によっては自前で用意なんだよね?」
「それは騎兵の事だよね
彼らは馬に積めるから」
「ポーションは足りそう?」
「沢山持っても割れたらそれまでだから
3本ぐらいを腰の収納に入れておけばいいよ」
「干し肉とポーション、包帯用の布…
こんなものかな?」
「護身用のナイフは持ったか?」
「護身用?」
3人が話していると、兵士の一人が近付いて来た。
元冒険者である新兵の、ランディだった。
彼の他にも、相棒のジョナサンやリックも一緒だ。
「ナイフですか?」
「ああ
いざという時の為のだ」
「それに投擲や食事にも使える」
ジョナサンがニヤリと笑みを浮かべて腰から投擲用のナイフと護身用のダガーを抜いて見せる。
ナイフは調理や投擲向けだから、小振りで片刃の物を持っている。
一方のダガーは護身用なので、普通のナイフよりも大きくて両刃、少し重たい物を持っていた。
「護身用となれば、やはりダガーだな」
「でも、大きいですよね?」
「ボクらには大きいので
これぐらいかな?」
アレックスはナイフを2本、両の腰に下げている。
ディーンは大きめの投擲には向かない、両刃のナイフを持っていた。
「ナイフだけだと柄が無いから、捌き難いぞ?」
「でも、ダガーでは重いんです」
「ああ…そうか」
「だが、いざという時にはあった方が良い」
「いざという時?」
「ああ
何も無いと油断している時に、ナイフ一本も持って無いのではな
仲間の命だけでは無い
自分の身も守れないぞ」
「は、はい」
リックは自分に言い聞かせる様に、そう言ってダガーを見せる。
それはダガーというには、少し大きな物だった。
少年兵達が腰に提げる、小型の小剣に近い大きさだった。
ギルバートは両腰に2本ずつ、小型の投擲ナイフを提げていた。
それから脇から下げた、護身用のナイフの刃も抜いて確認をする。
こちらは護身用なので、鉄の見栄えの良い鞘に納められている。
この鞘自体が、咄嗟に急所を守ってくれる事になる。
「お?
ギルバートは良いのを持ってるな」
「造りはしっかりしてるな」
「はい
父上に入隊祝いに貰いました」
「ふむ
柄こそ無いが、懐に入られても十分に使えそうだな」
「はい」
「それに鞘が頑丈だ」
「これを懐に入れておけば、急所を守る事が出来るな」
「ええ
ですから肩から提げて、胸に仕舞っておけって…」
「ああ
胸はヤバいからな」
「それにこれなら
いざって時にも自決に使えるだろう」
「え?」
「自決?」
アレックスとディーンの顔が強張る。
そこへリックが近付いて、余計な一言を発したジョナサンを小突く。
「馬鹿野郎
そうさせない為にオレ達が着いているんだろうが」
「そ、そうそう
ジョナサンはアレだが、オレとリックが居るからな」
「おい!」
ランディもニッコリと微笑んで、安心しろと頷く。
「オレがアレって…」
「馬鹿が
子供達を怖がらせてどうする」
「そうだぞ
オレ達がしっかりして、こいつらを護ってやらないとな」
「分かっているよ
けどな…
それでお前の仲間も…」
「いざって時の…
覚悟が必要か?」
「ああ…」
「でも、それな
冒険者の心得だろ?」
「あ…」
「オレ達は兵士」
「う…」
どうやら新人冒険者への心得で、自決の覚悟も教える様だ。
それを余計な事だと二人に注意されて、ジョナサンはしょんぼりとする。
そこで話題を変えようと、リックが明るく話しだす。
「まあこんな残念な奴だけど、近接での腕は確かだから安心しな」
「そうそう
話の的は外しても、投擲の的はそこそこ当てれるんだから」
「そこそこ?」
「ぷっ」
「はははは」
ディーンが変な声で突っ込んだのでアレックスが吹き出し、みなが釣られて笑い出す。
ジョナサンだけは、引き攣った様な笑顔になっていたが…。
「オレ…
そこまで下手じゃあないんだけど…」
「狙いを外したから、フラれたんだろ?」
「そうそう
子供ができてりゃな…」
「おい!
それはここでする様な…」
6人で和やかに話していると、集合時間が近付いたのか隊長が近寄ってきた。
「おはよう」
『おはようございます』
「お、おはようございます」
隊長は挨拶をすると、先ずは事務的な話から始めた。
「昨夜はみんな、よく眠れたかな?」
『はい』
「準備はよろしいかな?
忘れ物は?」
「丁度今、それを話していました」
「必要な物は揃っています」
「うむ
必需品は持ってきてるようだね」
『はい』
隊長は確認を済ませると、満足気に頷く。
それからギルバートの方を向いて、正門前の一団を示す。
「ギルバート君、お父上には挨拶はされたかな?」
「いえ
父上も忙しいでしょうから」
「そうか…」
領主であるアルベルトは、出立の壮行会の打ち合わせを行っている。
その周りには将軍や、ギルド長達が集まって話し合っている。
今回の遠征には、領主は同行する事が出来ない。
本来なら同行したいのだが、街での防備の問題もあるので残る事になっていた。
それに先の避難民の、ここでの生活の事もある。
住居は割り振れたが、今後の生活と仕事がまだ決まっていなかったからだ。
それらを割り振る為にも、毎夜遅くまで書類整理を行っているのだ。
ギルバートも挨拶には行きたかったが、父親が忙しくしているのには慣れていた。
変に声を掛けても、父親を困らせるだけだからと、いつしかそういう事には慣れてしまっていた。
隊長はそれに気付いて声を掛けたのだが、少年の様子を見て難しい顔をするしかなかった。
「おい、いいのか?」
「暫く会えないかも知れないんだぜ?」
「ありがとうございます
大丈夫です、慣れて…いますから…」
ジョナサンとランディが心配して、ギルバートに声を掛けた。
しかしギルバートは、少年とは思えない様な返答で返した。
それを対しては、二人共気まずそうににする事しか出来なかった。
それを見ていたリックが、横からギルバートの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「うりゃっ」
「うわっ」
びっくりして声を上げる少年の頭を、彼は更に乱暴に撫でまわす。
それからリックは、優しい声で言って後押しをする。
「良いんだぜ
お前はまだ子供だ
子供は甘えるのが仕事だ」
「え?
で、でも…」
「ほらっ
行って来い」
「は、はい…」
ポンと背中を押されて、少年は戸惑いながら大人達を見る。
隊長もリック達も、優しく微笑んでから頷く。
それを見て、少年は頷いてから父親の方へと駆け出した。
少年が父親に話し掛け、頭を撫でられながら話をしているのを眺める。
それからリックは、優しい笑顔でみんなの方へ向き直る。
見ればディーンも、同じ様に両親が見送りに来ていた。
それで彼は、ソワソワしているディーンの背中も押してやる。
「ほら
時間はまだあるから、お前も行ってこい」
「え?
でも…」
「行って来い」
「アレックスもだぞ」
「はい」
そうやって少年達を親元へ見送って、リックは振り返る。
その表情は、どことなく寂しそうだった。
エドワード隊長は、そんなリックを見詰めていた。
「年の離れた弟が居ましたから」
「ああ
なるほど」
「アレックス
お前の両親は?」
「来ていません
忙しいから…」
「そうか」
「牧場は魔物の影響で、獣の被害が出ているからな」
「そうか
牧場なら仕方が無いか…」
「はい…」
照れながらリックは答え、隊長もそれを見て優しく微笑みながら頷く。
アレックスも親が来ていないか聞かれたが、少年は残念そうに首を振るだけだった。
それを見てジョナサンが、アレックスの肩を優しく叩きながら言った。
「よーし
それじゃあ何かあったら、あっちのおじさんに話しなさい」
「おい
誰がおじさんだって?」
「いやあ
さすがにおじさん過ぎて…」
「おい
ちょっと待て!」
ギルバートとディーンが戻ってきた時、リックは叫んでいた。
「オレはおじさんじゃなーい!」
「どうしたんだい?」
「ははは…」
「いいか、お前らとは5歳ぐらいしか違わないんだぞ」
「そうか?
一回りは違うだろ?」
「そこまで年は食って…」
「まあまあ
はははは…」
二人は訳が分からずに、笑っているみんなを見ていた。
少し時間が経ってから、集合の時間になるので隊長が促す。
「さあ
そろそろ時間だ、集合しよう」
「はい」
「君達はここで
そう、縦列に整列していてくれ」
「はい」
隊長の指示で、ギルバート達は兵士の一団の中へ入る。
兵士は正門の前で整列していて、ギルバート達はその後ろへ並び始める。
そうして縦列で暫く待機していると、各部隊長が部隊の点呼を始めた。
エドワード隊長も点呼を取り、全員が揃っている事を再度確認する。
見れば分る程度の人数だが、ここは軍隊の中だ。
規律を守る為にも、こうしてわざわざ点呼を行って、人数の確認と注意喚起を行うのだ。
点呼が終わり、各部隊長が将軍へ報告に向かう。
将軍が頷くと、前へ出て声を張って宣言する。
「それでは、只今より
魔物征伐の遠征に出立する壮行会を行う」
将軍の大音声を聞いて、正門前は水を打った様に静かになった。
これは魔物を討伐に向かう兵士を、激励して送り出す儀式だ。
彼等はこれから、命懸けで魔物と戦う事になる。
そうした兵士達を、励まして送り出す為の儀式なのだ。
「領主様、アルベルト・ダーナ・クリサリス公より、お言葉を賜れる
一同、静粛に」
将軍の宣言に従い、ダーナ公アルベルトが前へ出る。
「諸君、おはよう」
『おはようございます』
「うむ
この様な重要な任務にあたる日に、斯様な晴天に恵まれて嬉しく思う」
アルベルトは晴天を仰ぐと、眩しそうに目を細める。
それから後方に並ぶ、見送りに来た領民の方を見る。
「また忙しい中、みなの見送りに集まってくれた領民にも感謝する」
そう言いながら、公爵は領民と兵士一同を順番に見る。
「既に公示しておるが、開拓領に於いて魔物が大量に出現した」
「おお…」
「やはり魔物が…」
「母ちゃん
魔物って何?」
「しーっ
領主様のお話の途中だよ」
領民の中には、まだ魔物の出現報告を知らぬ者も居た。
彼等は騎兵部隊が、出撃した事は知っていた。
しかし開拓に出た領民達が、亡くなった事までは知らなかった。
だからアルベルトは、この場でその事にも言及する。
「この魔物の群れに、既に領民の幾名かが犠牲となっておる」
「え?」
「犠牲って…」
「まさか帰って来ていない者達は…」
「いやああああ
兄さんが
兄さんは戻って来ていないのよ」
「しいっ」
「話をしっかり聞くんだ」
「そうだ
まだ全ての者が、亡くなった訳では無いだろ」
公爵の発言に、領民の方から不安に思ってかざわめきが起こる。
中には家族を、開拓団に送り出している者もいる。
彼等はまさか、そんな事態になっているとは知らなかったのだろう。
開拓団の住民の多くが、遺体も無く行方不明になっていたからだ。
「静粛に!
静粛に!」
「しかしどうなったんだ」
「そうだよ
まだ帰って来ていない者達もいるんだぞ」
「それに関しては、行方不明者も多く居る
未だ捜索も出来ない状態なのだ」
「そんな…」
「だからって…」
「先ずは魔物を…
危険を排除せねばならぬ」
「だけど…」
「うほん
みんなよく聞いてくれ」
それに対して、将軍が静粛にと声を上げるがなかなかざわめきは収まらない。
公爵はそれに構わず、よく通る大きな声で告げる。
「心配には及ばない
我らが精鋭達が、必ずや魔物を討ち、ノルドの森の平穏を取り戻すであろう」
「だけど行方不明者は?」
「そうだよ」
「それは魔物を退けてから、改めて捜索となる
先ずは魔物を退けねばな
この街にも危険が及ぶであろう」
「それは…」
「だからこその遠征である
みなも彼等に期待して、暖かく見送ってくれ」
「そうだな」
「ああ
魔物ってやつを倒さねえと」
「ああ
頑張ってくれよ」
「頼んだぞ!」
パチパチパチ!
この発言に、領民からは拍手と歓声が上がる。
これに再び将軍が注意をしようとするが、公爵は手で制してから発言する。
「一同、静粛に!」
再び領民は、公爵の言葉を聞こうと静まり返る。
「まだ、討伐はこれからだ
だからこそ、討伐が無事に成功する様にみなで祈り、盛大に送り出して欲しい」
「わあああああ」
「頼んだぞ」
「無事に戻って来いよ」
「ジョン
きっと、きっと帰って来てよ」
再び領民達から、盛大な歓声が上がる。
公爵はみなの興奮が冷めるまで、暫し待ってから再び手を挙げる。
「今回の遠征には、残念ながら私は参加出来ない
代わりに王都より援軍に来ている、ガレオン将軍が代行として出てくれる事となった」
「おお…」
「王都の騎士団…」
「将軍がいらっしゃれば安心だな」
「ああ
これで魔物も…」
さすがに騎士団は、今回の遠征には参加出来ない。
応援の部隊も、あくまでダーナの軍が出払った、街を守る為に来ているだけだ。
しかし将軍が居る事は、領民を大いに安心させていた。
公爵が後ろに下がると、代わりにガレオン将軍が前へ出る。
「クリサリス聖教騎士団、西部守備隊を任されているガレオンだ」
「おお…」
「本物だ」
「当たり前だろ」
「将軍が来たのなら…」
「ああ」
クリサリスは北にも海がある事もあり、西部、東部、南部の3方が主な守備範囲となっている。
それぞれに将軍が任命されており、首都である王都を護る騎士団が着任している。
各騎士団は国境の砦に入り、他国の侵攻を防ぐ任務に着いているのだ。
北西にあるダーナの守備は、西部騎士団の守備範囲にある。
その為に魔物の襲撃に対して報告を受けた際に、騎士団の半数がダーナの街に移動していた。
ここが落とされれば、国境を守る砦にも影響が出るからだ。
今回の遠征に於いても、国王からの王命もあった。
将軍がダーナの守備隊を率いて、遠征する様に指示が出ていた。
守備隊はダーナの守備隊の、大隊長が率いる事になっている。
しかし今回の遠征では、ダーナのほぼ全ての軍が出る事になる。
だから全体の指揮は、将軍が見る事になっていた。
「今回の遠征は、我が西部守備隊が中心として行われる」
これは正規の騎士団では無く、将軍の直下に配属された精鋭達だ。
彼等は人数が少ないが、将軍に認められた騎士達である。
街を守る騎士団から離れて、彼等は将軍と共に遠征に加わる。
彼等が戦う相手は、魔物のボスとその側近になる。
強敵であると判明しているので、こちらも精鋭が選ばれたのだ。
「勿論、こちらのダーナ守備隊にも出撃してもらうが、我々騎士団の指揮下に入ってもらう
といっても、指揮下に入ってもらうが合同の作戦だ
共に戦い、魔物の脅威を排除してもらう」
「おお…」
そこから守備隊の大隊長、その指揮下の部隊長がそれぞれ呼ばれて前へ出る。
彼等は領民達の前に出て、挨拶の敬礼をする。
「以上、ダーナ守備隊と、我々騎士団の合同討伐遠征となる」
「おおおおお」
挨拶が済んだのを見て、領主が再び前に出て将軍と向き合う。
「これより、ダーナ領主、アルベルト・ダーナ・クリサリスの名に於いて
クリサリス聖教騎士団西部守備隊ガレオン将軍、並びに、ダーナ守備隊ヘンディー大隊長
ノルドの森に於いて害を成す、魔物の群れの討伐を任命する」
『ははっ』
アルベルトが腰の剣を抜き放ち、将軍と大隊長はその前で膝を突き、頭を垂れる。
アルベルトは、その両名の右肩に剣の腹を当てる。
領主からの、遠征任命の儀式だ。
「頼んだぞ!」
『はっ』
立ち上がった二人は、右腕を胸の前へ当てて、腰を折って礼をする。
「全軍、出立の準備へ掛かれ!」
「出立の準備をしろ」
「はい」
領主の号令一下、隊長や騎兵は馬に乗り込む。
歩兵はその後ろへ向かい、指定の場所へ整列する。
全員が準備が出来たところで、順番に正門前へ移動する。
支度が出来た事を確認すると、アルベルトが号令を掛ける。
「全軍、出撃!」
それに合わせて、将軍が号令を復唱する。
「全軍、出撃!」
「わあああああ」
「頼んだぞ!」
「魔物なんて蹴散らしてくれ!」
「無事に帰って来いよ」
領民から歓声が上がり、兵士も声を上げて応える。
「わあああああ」
「うおおおお」
「行くぞおおおお」
「おう!」
盛大な歓声に見送られ、魔物征伐の遠征軍が出発する。
目指すは奴等に奪われた、第1砦だ。
先ずはそこを取り返して、残る第2砦と集落も取り戻す。
討伐軍は領民に見送られながら、ゆっくりと街を後にした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。