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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第一章 クリサリス聖教王国
20/190

第018話

魔物の群れは未だ現れず

されど、人々は魔物の脅威に怯えていた

領主はお触れを出し、討伐を決める

次期は10月の1週目

冬が来る前に、何か手を打たねばならなかった…


訓練が始まり、1週間が経っていた

少年兵の半数以上が素振りを出来る様になり、打ち込みも始められていた

魔物はまだ攻めて来てはいなかったが、森には野生の獣の報告が増え、被害が増えていた

それは魔物の群れに追われて、この街の近くに逃げ出したからだろう


小鬼の繁殖率から考えると、もう両方の砦が、小鬼に押さえられていると見てもいいだろう

冬が来る前には一度遠征をして、数を減らさないといけない

そうしなければ、このまま街にまで被害が出るだろう

軍ではそんな意見が出ていた


ギルバートは打ち込みをしながら、しっかりと握る練習をしていた。

まだ数回に一度は、握りが甘くなる事があった。

子供向けとは言え、9歳の少年にはまだ重過ぎるのだ。

両手の豆は潰れ、包帯を巻いてから握っている。

その包帯のせいで余計に滑りそうになるのを、彼は懸命に抑えていた。


「はあああ」

バシーン

「うむ

 大分良くなったが、まだ握りが甘いかな?

 もう少しタイミングを合わせて握ってごらん」

「はい」


痺れる手を握り締めて、再びギルバートは切り掛かる。

そうして当てる瞬間をイメージして、両手に力を加える。

先程よりも短く、鋭い振り抜きが出来た。

そうして案山子の鎧に、鋭い一撃が加えられる。


「はあああ」

バシッ

「報告します!」


そこへ隊長を探して、兵士の一人がやって来る。

兵士は小声で伝えているが、その会話の一部が聞こえて来る。


「…ええ

 それで魔物が…」

「となると、明後日には支度を…」


どうやら、出兵の支度の話の様だ。

ギルバートは自分達はまだ少年兵だし、訓練をしているから出兵は無いと思っていた。

危険な場所に、未熟な自分達を連れて行くなど無いだろう。

そう思って話を聞いていた。


「訓練を中止する」

「え?」

「全体集合」

「は、はい」


隊長は訓練を一旦中断し、少年達を休ませる。

何だろう?とみなが、不思議そうに隊長を見る。

そこで隊長は、ギルバートの方を見ながら手招きをする。


「ギルバート、アレックス、ディーン、こちらへ」

『はい』


ギルバートとディーン、年長の少年のアレックスが呼ばれて前へ出る。


「他の者は続けて練習しなさい」

『はい』


3人は連れられて、少し離れた場所へ移動する。

そこへ大人の訓練していた、兵士も3人呼ばれて来る。


「ああ

 すまないな

 訓練を中断させてしまって」

「いいえ」

「一体何の用ですか?」

「出撃なら着いて行きますぜ」

「そうそう

 魔物なんてこの剣で、こうして…」


兵士の一人が、ふざけて素振り用の剣を構える。


「この度、明後日を予定に、第1次魔物討伐に向かう事となった」

「え?」


この言葉が聞こえたのか、皆が訓練に集中出来ずにチラチラと見ている。


「君達を呼んだのは他でもない

 部隊を代表して、数名を同行する事となった」

『え?』


ざわざわとみなが不安そうに互いを見合わす。


「ちょ!

 本気ですか?」

「そうですよ

 いくら経験があるとはいえ…」

「そうです

 オレ等はまだ、見習い扱いでしょ?」

「ふむ

 先ほどの威勢はどうしたのかね?」

「ぐっ…」

「それはそのう…」

「とは言え、戦闘に参加するわけでは無い

 あくまでワタシの同行として、数人を連れて行く事になっただけだ」

「はあ…」

「ほっ」


隊長の言いたいのは、従者として数人の兵士を同行するというものだ。


「しかし、戦闘に慣れた者が行くべきではないですか?」

「あくまでも、ワタシの従者としてだ」


従者なので、基本は隊長の供周りの世話になる。

だが遊びに行くのでは無い。

魔物が棲む場所に向かうのだ。

当然危険もあり、安全とは言えなかった。


「それにな

 連れて行くのは本当の戦争と云う物を、君等に見せておきたいからだ」

「ではなおさら少年ではなく、大人の兵士が良いのでは?」


大人の訓練している者から、数名の声が上がる。

そうだそうだと、追従の声が上がる。


「ワタシとしても、皆を連れて行きたいが…な

 安全を考えると、このぐらいしか連れて行けない」

「それは…」

「それと、な

 少年兵を連れるのは、彼らにも学ばせたいからだ」

「はあ…」


気が付くと皆が訓練を中断して、この話に聴き入っていた。


「この子達は少年兵の中でも、中心になっている者だ

 大人の方も同様に、選んで決めておる

 腕の良し悪しではなく、見た事が伝わり易いかどうかでな」


隊長の言葉に、まだ多少の不満があるものが数名、ブツブツと言っていた。

しかし隊長に見られると、彼等は黙ってしまった。

なるほど彼等では、確かに選ばれなくて当然だろう。

隊長に見られただけで、黙ってしまう程度なのだから。


「ワタシとしては、贔屓はしてないが

 不満や他の意見があるなら、後でワタシの部屋に来なさい」


この一言で不満を言う者は居なくなり、訓練へと戻っていった。


「ではキミ達は、訓練が終わった後でワタシの部屋に来てくれ」

「はい」


そう言うと、6人は訓練に戻された。


その後の訓練は、浮付いたり集中出来ない者もいいた。

数人が武器をすっぽ抜かしたりして、怪我もしていた。

当然集中していないと叱られていたが、戦争が始まると思うとみなが落ち着かなかった。

魔物との戦いと聞いて、落ち着ける者はいなかった。


訓練が終わり、水浴びに向かう途中に、ギルバート達は仲間に囲まれた。

彼等はギルバートと、ディーンを羨んでいた。

アレックスに関しては、年長者だから当然だと考えていた。


「いいなー」

「やっぱり、次期領主様だからか?」

「違うだろ?

 ギルバートはお前より訓練してるぞ」

「でも、ディーンは?」


アレックスはギルバートを庇うが、ディーンは別だった。

彼は元々の性格は、大人しくて控え目なのだ。

ゴードンと一緒の時は、少しは強気の話し方をする。

しかし一人の時は、自信無さ気にそわそわしている。

どちらかと言うと、話し好きというよりは聞き上手だった。


「ディーンはやっぱり、みんなが話し易いからだろ?」

「アレックスは一番年長でリーダーだもんな」

「オレも上手くなったら連れてってもらえるかな?」

「次があるなら、連れてってもらえるんじゃないか?」

「次か…

 あるのかな?」

「魔物は増えてるみたいだからな

 こっちが負けない限りはあるんじゃないか?」


真面目な話をしてると、ゴードンがふざけて水をぶっかける。


「うわっぷ」

「このやろー」

「ははは

 そんな隙だらけじゃ、魔物に食われちまうぞ」

「言ったな

 こいつめ」

「おい!

 ほどほどにしとけよ」


まだ少年だ、たちまち水の掛け合いになる。

それを見てアレックスが、念の為に注意する。

あまりふざけていると、兵士達に叱られるからだ。

ただ、ギルバートだけが不安そうにしていた。


「どうした?」

「いや…」

「怖いのか?」

「うーん

 怖いのか分からない」

「ギルバートは一番年下だぞ

 オレ達より怖いに決まってるだろ」

「そうだよな」


そんな言葉に、ギルバートは首を横に振る。


「そうじゃない

 また、ここへ戻ってこれるのかな?

 みんなで集まれるのかな?」

「それは…」

「どういう事?」


その言葉に、浮かれていたアレックスも黙ってしまう。

来年は正式に徴兵で兵役に就けるが、彼はまだ12歳で子供であった。

そしてみんなまだ子供だから、仲良くなったみんなが居なくならないか不安だったのだ。

そこへ先ほど一緒に呼ばれていた、兵士見習いの一人が布を持って現れる。


「ほら

 風邪引くぞ」

「は、はい」

「ありがとうございます」


数人に布を投げ渡し、ギルバートとアレックスの頭を布で拭いてやる。


「お前らが不安になるのは分かる

 仲が良いもんな」

「は、はい…」

「だ、大丈夫です…よね?」

「だからな

 その為に俺達が居るんだ

 お前らぐらい、守ってやるさ」

「うわっぷ」

「じ、自分で拭けます」

「はははは」


そう言って彼は、少年達の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「さあ

 さっさと飯食って来い」

「は、はい」

「お前らはこっちだ

 隊長のところへ行くぞ」

「はい」


ギルバート達は、兵士見習いに連れられて隊長の宿舎へと向かう。

宿舎に入ると、1階の奥に書斎があった。

奥から兵士達の様子を、見守る事が出来る様に扉は開かれている。

元々は歩兵の宿舎として作られているので、造りはあまり大きくない。

書斎の中で、隊長は書き物をしながら待っていた。


「失礼します」

「やあ

 来たね

 まあ、楽にしてくれ」

「はい」


隊長の一言に、みな壁際に立って、楽な姿勢を取った。


「来てもらったのは、他でもない

 先に話した、討伐に関してだ」

「はい」


隊長は領主の出した、指令書の羊皮紙を出して話をする。

そこには魔物討伐に同行する事と、兵士を幾人か連れて来る様に書かれている。

そこにはギルバートの、名前も書かれていた。

今回の任務を、初陣として連れて行くと書かれていた。


「キミ達には先に話した通り、ワタシの従者として後方で待機してもらう」

「後方ですか?」

「何もしないんですか?」

「魔物と…

 戦わなくても良いんですか?」

「ああ

 あくまでも、実戦の空気を味わってもらうからだ」


それは安全な場所で、戦場の様子を見るという事だ。

危険な魔物との戦いは、戦闘慣れした騎兵部隊が請け負う事になる。


「戦闘には、基本的には参加させない

 というか、まだ戦闘なんて出来ないだろう?」」

「はい」

「無理ですよ」

「はははは

 魔物がそれほどでもなければ、我が軍である程度は削れるだろう」


隊長は先の襲撃で、魔物がどんな物か見ている。

しかし今回の戦闘では、先の倍以上の戦力で戦う。

それに準備も十分にしていて、騎兵部隊の訓練もしっかりとされている。

多分、負ける事は無いだろう。


「問題は、魔物の数がどれくらいなのかだ」


しかし一つだけ、懸案である問題があった。

それは魔物が、どれほどの勢力を持っているのか分からない事だった。

前回も詳細が分からず、それ故に消耗戦を強いられていた。

あれから時間も経っているので、さらに数は増えているだろう。

前回であれだけ苦戦したのだ、さらに増えているのなら楽観視は出来ない。


正直なところ、全滅どころか、数を少し削るのがやっとかも知れない。

特に、魔物のボスの実力が未知数だった。

大隊長が敵わないと言っていたが、あれに勝てる猛者がいるのだろうか?

あれが生きている限りは、盤面をひっくり返される恐れも十分にあるのだ。


「恐らく、正面から当たらずに…

 騎兵で攪乱して、弓兵で遠距離から攻撃する」

「弓兵ですか?」

「ああ

 魔法使いが当てになるなら、こんな事はしないんだがな」

「仕方が無いですよ

 ここでまともに魔法を使えるのは…」

「ああ

 アーネスト少年と、ギルマスぐらいだろう」

「アーネスト…」

「そうか

 彼は君の友人だったね」

「ええ」


思わぬところで、親友のアーネストの名前が挙がった。

それでギルバートは、驚いた顔をする。


「アーネスト?」

「誰だい?」

「ボクの親友で、領主館に出入りしている魔術師です」

「魔術師…」

「あ

 例の有名な子」

「そういえば、将来の宮廷魔術師とかなんとか…」

「ええ

 そう期待されています」

「へえ…」

「凄い奴がいるんだな」

「ふふ

 実際に私達は、彼の機転に救われましたからね」

「え?」


エドワード隊長は、砦での事を思い出していた。

しかし話が脱線していたので、慌てて元に戻そうとする。


「おっと

 すっかり脱線してしまった」

「いえ…」

「彼の事はまたの機会に…

 兎も角、こちらに攻め込ませない様に打撃を与え、可能なら砦まで退かせる

 それで冬まで持たせるのが上策だろうね」

「砦ですか?」

「うむ

 近い第1砦では無く、第2砦まで押し返す

 可能ならばさらに向こうに…」

「出来るんですか?」

「出来るかどうかじゃない

 やるしか無いんだ

 そうしなければこの街が…」

「街が…」


さすがに街の中までは潜入されないだろうが、囲まれる恐れがある。

そうなればダーナに、入って来る商人が居なくなる。

それに外に畑を持つ、農家は大打撃を負うだろう。

畑だけでは無い、放牧も出来なくなるし、狩りも出来ないだろう。


「どうにかして…

 追い払って

 春までもたせれば、都から出兵を願えるだろうしね」

「なるほど」

「王都の騎士団ですか?」

「ああ」

「しかし騎士団なら、国境の…」

「それは動かせない

 既に騎兵部隊を借り出している

 これ以上出せば、今度は国境が手薄になる

 そうなれば…」

「他国からの侵攻があると?」

「無いとは言えんだろう

 事実帝国では、兵を集めているという噂もある」

「帝国が?」

「ああ

 あくまでも噂だがね」

「そんな…」

「帝国が再び?」

「だから国境の騎士団は、睨みを利かせる必要がある」


国境の騎士団を動かせば、それだけ国境の警備が手薄になる。

そうなれば帝国だけではなく、他の国も侵攻して来るだろう。

他国は未だに、クリサリスの土地を狙っている。

帝国や他国に、魔物が現れているのか分からない。

だから侵攻しないとは、言えない状況だった。


「帝国や他国には魔物は?」

「現れているのか分からない

 分からない以上は、侵攻の恐れは否定出来ない」

「現れていないんですか?」

「そんな

 なんでここだけ…」

「まだ分からん

 あるいは兵士が集められているのも、魔物の被害が原因かも知れん

 しかし確証がな…」

「分からないんですか?」

「ああ

 今のところは…な」


現状では魔物は、ダーナの北の森にしか現れていない。

帝国や他国に、現れているのかも分からない。

その状況次第で、他国からの侵攻が行われる恐れもあるのだ。

だからこそ騎士団は、国境の護りをする必要があった。


「魔物は…

 魔物の群れは、それほどなんですか?」

「そうだ

 ワタシの見た限りでも、千を超える魔物が居た

 幾らか倒したとはいえ、あれが本隊なのか…

 それとも他にもいるのか?

 いずれにしても、油断は出来ないだろう」

「千を超える…」

「そんな数の魔物が…」

「ダーナの人口が…

 だいたい3000ぐらいでしょう?」

「その3分の1?」

「いや

 目視の予想だから、それ以上の可能性が高い」

「それ以上って…」

「ダーナの住民と同じか、それ以上の?」


ギルバートの挙げた数字は、あくまでも常駐して住んでいる住民の数だ。

実施にはその他にも、旅や商売で訪れる者も多く住み着いて居る。

しかし魔物は、それに迫る様な規模の可能性もある。

そうなれば、いくら雑魚のゴブリンでも脅威になり得る。

ましてや狂暴な、ボスの魔物が率いているのだ。

侮る事は出来なかった。


隊長の言葉に、みなは言葉を失う。

そんな魔物の軍勢に、これから挑もうと言うのだ。

いくら安全と言われても、それは気休めでしか無かった。


「まあ、キミ達は今回は見てるだけだから

 そんなに心配しないで、魔物がどういう物かよく見て欲しい」

「しかし、そんな規模の軍勢に…」

「本当に大丈夫なんですか?」

「ああ

 危険なのは、ボスが率いる本隊だ

 そこに向かうのは、将軍が率いるダーナの精鋭だ」

「え?

 将軍って騎士団の…」

「今回は騎士団は、留守番では…」

「ああ

 騎士団の本隊は出ない

 あくまでも将軍と、その旗下の騎士だけだ」

「しかし…」

「大丈夫だ

 君達には危険が及ばない様に、彼等も同行するんだ」

「ああ」

「任せておけ」


彼等は兵士の中でも、最近徴兵された新兵達だった。

しかし何故か、隊長は彼等を高く買っていた。


「安心しろ

 いざとなったらオレ達が…」

「そうそう

 魔物は初めてだが、オレ達も経験が無い訳じゃあ無い」

「しっかり守るからな」

「では、明日は通常通りの訓練とし、明日の訓練の終了と共に出立の準備に掛かる

 詳細は明日、もう一度ここへ集まってから説明する」

「はい」


隊長が締めの言葉を述べて、ここで解散となる。


「今日はもう、ゆっくり休むように

 解散」

『はい』


ギルバート達は、隊長の部屋を出て食堂へ向かった。

移動の道中に、大人の兵士見習い達から声が掛けられる。


「坊主が領主様の息子さんか?」

「はい

 ギルバートと申します」

「そう緊張しなくていいぞ

 オレらもまだ見習いだからな」

「はい」


「こっちの坊主は?」

「ボクはディーンと申します

 農家の三男です」

「オレはアレックスといいます

 牧場の次男です」


「そうか

 オレはランディ、こいつがジョナサン

 んで…」

「オレがリック

 みんな元は冒険者をやってたんだ」

「冒険者?」

「あの物語に出て来る…」

「ははは…」


冒険者と聞いて、アレックスが興味を示す。


「へえ

 冒険者ですか」

「ああ

 といっても、万年Dランクの下っ端冒険者だがな」

「お前と一緒にするなよ」

「そうだぜ、オレはC目指してたんだから」

「そうそう

 猪ぐらいなら、簡単に倒すぜ」

「へえ

 みなさんは何で兵士になられたんですか?」

「オレとジョナサンはクエスト扱いだな

 冒険者ギルドに兵士募集の触れが来て、クエスト扱いで短期の募集があったんだ」

「で、オレは冒険者家業に見切りを付けて、兵士になったんだ」


リックはそう言って、ニカっと笑った。

冒険者ギルドでは、様々な依頼をクエストと言って請け負っている。

それは猪の様な危険な獣の討伐から、溝浚いの様な物まで幅広く請け負っている。

彼等はその中でも、獣の討伐を主に行っていた。


「どうしてです?

 冒険者の方が楽しそうなんですけど?」

「いやあ

 そんなに甘くないぞ」

「最近では猪や野犬の討伐ばっかりだし」

「遺跡なんてこの辺じゃあ無いしな」

「そうそう

 物語のあれは、面白おかしく書かれているからな」

「現実は甘くない」

「はあ…」


この三人の話では、ダーナの様な地方では、冒険者も大した仕事が無いのだ。

野生の獣を倒すか、薬草集めぐらいしか主な仕事は無いのだ。

彼等は話に上がる様な冒険なんて、そうそう無いんだと肩を竦めていた。

現実の冒険者は、危険なばかりで実入りも少ないらしい。

物語になる様な冒険なんて、滅多にお目に掛る様な事では無いんだそうだ。


その後も食事の間に、彼等から色々と話をしてもらった。

彼等は冒険者がどんな物か、現実的な話を聞かせてくれた。

それは街の便利屋や、狩人とさして変わらない様な内容だった。

それを人手が足りなくて、冒険者ギルドに依頼していたのだ。

3人はその話を、部屋に戻ってから仲間の少年達に話した。

中には冒険者に憧れていた者も居たが、彼等は話を聞いてがっくりしていた。


「へえ」

「そんなもんなんだ」

「やっぱり、楽して稼げないんだな」

「ああ

 そんなに甘く無いって事だな」

「下手すりゃあ…

 宿代も満足に稼げないのか」

「ああ

 遺跡や化け物退治なんて、実際には無いってさ」

「そうそう

 あれは吟遊詩人達が、宿代稼ぎに話す物語なんだって」

「まあ、仮に本当にあったとしても…」

「そうだな

 魔物に震えている程度じゃあ…」

「ああ

 化け物退治なんて…」


そこで廊下から、コツコツと誰かの歩く音が聞こえて来る。

どうやら時刻は、消灯の時間を過ぎていたらしい。

少年達は慌てて、寝台に潜り込む。

入り口の近くに居たアレックスが、蠟燭を吹き消そうとする。


「やばい

 消灯の確認の巡回が来るぞ」

「続きはまただな」

「向こうで何があったか

 それも頼むよ」

「ああ」

「早く入れ

 火を消すぞ」

「こらっ

 時間だぞ」

「は、はい」

『はーい』


少年達は元気よく返事をして、アレックスが蠟燭の火を吹き消す。

それを見届けて、兵士は扉を閉める。

アレックスも自分の寝台に戻って、そのまま寝転んだ。

こうして少年達の、ダーナ兵舎での夜は更ける。


ギルバートは、その夜も夢を見ていた。

それが何なのか、朝には忘れ去っていた。

しかし何故か、少年は目元を涙で濡らしていた。

それが気恥ずかしくて、彼は慌てて袖口で拭った。

寂しくて泣いてしまったのだろうかと、少年は考えていた。

それが夢の影響だとは、少年はまだ気が付いていなかった。


翌日も訓練は、基礎の走り込みから始まった。

それから実戦での配置や、剣を振る際の間合いや注意点を教えられた。

それは少年達に、戦闘の基礎として教えられる。

まだ戦う事は無いが、これが基本の訓練になるからだ。


今回の遠征では、彼等は連れて行かれる事は無い。

ギルバート達だけが、後方で隊長の身の回りの世話をする。

そうしながら戦場が、どういった物なのか見て学ぶのだ。

剣の扱い方を学ぶのは、あくまで身を守る為に教えられる基本的な物だけだ。

不意を打たれて接敵された時に、闇雲に剣を振り回しては同士討ちの危険がある。

それを防ぐ為に、剣を振っても安全な範囲と振り方が指導された。


「これはあくまでも、味方が近くに居ない時に、敵に接近された際の訓練だ

 まずそういう事は、起こらないだろう

 大丈夫

 そんな簡単には、君達には近寄らせはしないからね」


隊長はそう言って、振り方の指導と練習を指示した。

少年達は等間隔に並んで、周りに当たらない様に注意して剣を振る。

広く間合いを取っているが、ふらつけば隣の肩や剣に当たってしまう。

そうならない為に、こうして素振りをして練習するのだ。

ギルバートも少年達に混じって、等間隔に広がって剣を振っていた。


「えい!」

「やああ!」

「せやあああ」


掛け声も元気よく、剣が振るわれている。

隊長の指示に従って、安全な範囲を守って振るわれている。

彼等はなんとか、怪我無く、剣が不意にぶつかる事もなく安全に行われた。


次に、今回の敵である魔物が小柄である事から、小柄な敵に対する剣の振り方も指導される。

案山子の大きさは、人間の大人の大きさに組まれている。

だがゴブリンの大きさは、彼等少年兵達と同じぐらいの大きさだった。

だからお互いを敵と見立てて、彼等は素振りの訓練をする。


「いいか!

 これは元々、狼や野犬といった小型の背の低い敵に対する戦い方だ」

「はい」



隊長は腰を屈めて姿勢を低くして、腰から下と足元に向けての剣の振り方を示す。

そうしなければ、足元から近付く敵に当たらないからだ。

そうして振りながら、隊長はさらに続ける。


「慣れるまでは、こうして…

 こういう振り方が楽だな」


縦に振るわず、横薙ぎや足元への突き、下方からの切り上げ等を見せる。

低い位置に向けての攻撃は限定されるが、これに慣れれば足元の攻撃にも応用が出来る。

普通の上半身の攻撃と組み合わせれば、攻撃の手札が増えるのだ。


「これは本来は、半年以上の基礎訓練をして足腰を鍛えてからするべきなんだが…

 今回の魔物が小柄だから、慣れておく必要があるな」

「はい」


再び少年達は剣を振るが、今度は低い姿勢をして振る為にふらつく者が多かった。

中には振った際にバランスを崩して、転げる者も少なからず居た。


昼まで素振りをして、昼食後は一旦集まって隊長から下方からの攻撃の対処を教わる。

先の振り方もだが、他にも有効な手段はある。

それは攻撃では無く、魔物の攻撃を避けるという事だ。


木剣を持った隊長が、最初はゆっくりと、慣れたら素早く足元や下半身に向けて切り付ける。

それをショートソードで受けたり、バックステップやジャンプで避けるというものだ。

一人ずつ順番に指導されて、一回りしてからは二人に別れて練習となった。


こうして夕刻前まで、訓練が行われた。

慣れない姿勢で訓練した少年達は、膝ががくがくして立てなくなっていた。

何とか立っていたのは、ギルバートだけだった。

これはギルバートが、父親からしっかりと鍛えられていたからであった。

それでも立つのがやっとで、足元はふらついていたのだが。


「ふむ

 さすがに起き上がるには、暫く時間が掛かりそうだな」


隊長は最初、みなを書斎に集合させようとしていた。

しかし無理そうなので、大人の兵士達も手招きで呼び寄せる。


大人の兵士達も、慣れない姿勢で足が攣る者も居た。

しかしさすがに大人なので、ほとんどの者が立っていた。

そこうして全員が集まった後、隊長が全員に行き渡る様によく通る大きい声で告げる。


「これから、明日以降の予定を伝える」

『はい』

「先にも説明したが、明日より軍の殆どが魔物の討伐に出発する

 従って、残る者は他の兵士と共に、基礎訓練を続けてもらう」

『はい』


居残りの兵士は、簡単な訓練予定を教えられてから解散となる。

彼等は足元をふらふらさせて、中には足が攣ったりしながら水浴びに向かう。

残された同行の兵士には、引き続き翌日の準備と装備の引き渡しが行われる。

その後で明日からの、行軍での注意点等が説明される。


「まずは明日だが、朝の7時までに街の正門に集合となる」

「はい」

「8時に領主から声明があり、その後に出立となる」

「はい」

「着替えは各自で準備となる

 武器は支給されるショートソード

 防具はレザーアーマー

 背嚢には食料と水、薬草、ポーション、包帯等が入っている

 各自中身を確認するように」

「はい」


ギルバートは元から、自前の装備を持っている。

その他にも持っている者は、自分の装備を確認し、隊長に確認をしてもらって許可を得る。

冒険者であるリックは、ブロードソードを武器として持っていた。

隊長は慣れた武器でもよいが、管理と使う際の注意をしていた。


ショートソードに比べると、幅広なブロードソードの方が重量がある。

その重量を使って、強烈な一撃を与えられる。

幸いにも攻撃範囲は同じぐらいなので、同じ間合いでも大丈夫と判断されていた。

それで隊長も、細かい事は注意しなかった。


鎧に関しては、銅製の鎧や鉄製のスケイルアーマーを持つ者がいた。

しかし隠密性や移動の速さを考慮して、今回はレザーアーマーで統一となった。

金属製の鎧の方が丈夫だが、重さで動きが遅くなる。

それに金属鎧なら、金属がぶつかった音や擦れた音で敵に見つかる可能性がある。

その為に歩兵は、主にレザーアーマーが支給されている。

コストを掛けたくないからではないのだ。


「オレのスケールアーマーは、あまり重たくないんだがな」

「だが、音がするのはマズいだろ?

 変に目立つと、敵の的になるぞ?」

「それは嫌だな…」

「レザーアーマーも、音がしない様にこうして…

 布を詰めて消音するんだ」


背嚢の中身も確認され、各自で足りない物が無いか確認される。

一応支給品以外にも、各自で持って行く物があれば、持って行っても良い事になっている。

あくまで、重量に負担が掛からない範囲でだが…。

大人はワインや、予備のポーションの許可を申請した。

ギルバートも自分の持っている、ポーションを持って行こうと許可の申請をした。


「持って行くのは許可するが、自分の荷物は自分で持って行く様に

 持てる範囲で持たないと、後で後悔する事になるからね」


その他にも、何点か行軍の注意が伝えられ、その後に解散となった。


「明日に疲れを残さない様に、今日はしっかりと休む様に

 では、解散」

「はい」


こうしてギルバート達も、食事に向かう為に、先ずは水浴び場へと向かった。

まだまだ続きます。

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