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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
プロローグ
2/190

第001話

聖王伝の修正中の原稿です

本編は別にあります

続きが気になる方は、そちらをご覧ください

また残酷な描写を伴なうので、苦手な方はお勧め出来ません

始めに

女神が我々を造られた

そうして、我々は女神の神話を生み出した

女神は我々を唯一の存在として認め、慈しみ、護ってくださった

されど我々は女神を忘れ去った

故に女神は我々を見放された

世界は女神を失い

我々は滅びに向かって歩み始めた


女神教聖典より


仄暗(ほのぐら)い森の奥にて…

その異変は起こった


元『ミッドガルド帝国』領の北西に、『クリサリス聖教王国』という小国がある。

世界を創り給うたのは、この世界を統べる『女神』である。

その女神を崇める『女神教』を国教とするのが、クリサリス聖教王国である。


女神を崇める女神教は、古よりあったとされている。

『女神が世界を創られて、今も見守ってくださっている』

女神教はそう教義を掲げて、宗主に選ばれた貴族が国を治める。

それが女神教の教えでもあった。


しかし帝国は独自の戦の神々を崇め始めて、女神教は弾圧を受けて辺境へと落ち延びていった。

それを境に、帝国の各地で異変が起き始める。

土は枯れ、川は濁り、不作が続く。

肥沃な穀倉地帯も、収穫量は例年の半分を下回っていた。

帝国は異変の対処に追われて、やがて地方で内乱が起き始めた。


帝国の弱体化に伴い、各地で貴族による圧政が行われる。

帝国の監視が弱まった事で、貴族は搾取と享楽(きょうらく)に溺れ始めたのだ。

この貴族の搾取に環境の劣悪化、次第に民衆の不満は高まって行く。

皇帝の権威は弱まり、帝国は衰退の一途を辿って行く事となった。


帝国の弾圧が緩んだ事で、地方に逃れていた女神教は息を吹き返す事が出来た。

彼等は北西の辺境を訪れると、クリサリス公爵を擁して再び台頭する事となる。

クリサリス公爵は民衆に寄る統治を行い、女神教の信徒を快く受け入れる。

これが後に、『帝国の動乱』という大きな内戦の発端になる出来事であった。

クリサリス公爵は帝国に対して、明確な反乱を起こしたのだ。


国内の不作に貴族の反乱。

帝国は既に力を失っていた。

そこに反乱を企てて、公爵が軍を起こす。

帝国は内乱を収める為に、軍を率いて西方に向かう。

()くして帝国と、辺境伯であるクリサリス公爵との内戦が行われた。


内戦には地方貴族と、西方の小国も参戦する。

彼等は帝国の、これ以上の拡大を恐れていた。

貴族は国内の異変を恐れて、小国は侵略戦争を恐れていたのだ。

彼等の助力もあり、公爵は帝国の軍勢を退ける事に成功する。


クリサリス公爵は帝国の西進を抑えた働きを認められて、クリサリス聖教王国の建国を認められた。

それが今から、約30年ぐらい前の話である。

その後に他国からの干渉を退けて、クリサリスが完全な独立を果たしたのはまだ10年ほど前の事だ。

まだ国境を狙う国はあれど、ようやく国として軌道に乗り始めた。

今はまさにその様な時期であった。

そうした理由もあって、国王は昨年の春から大規模な開拓に取り組んでいた。

この国を挙げた国事は、王国を栄えさせる念願の事業として期待されていた。


クリサリスの北に、海と山岳に囲まれた小さな領地があった。

自領の西側は海に面して、東は険しい山岳『竜の背骨山脈』に囲まれていた。

しかし温暖な気候に恵まれ、その小さな街はゆっくりと発展していた。

街の名前はダーナと呼ばれ、やがて北方に咲く花と例えられる長閑な街となっていた。


クリサリスの北の海は波が高く、荒れる事も多かった。

急峻な崖が多いので、そこからは漁に出る事には向いてはいなかった。

それに対して内陸部は肥沃な土地も多かったので、小麦や根菜、畜産等が盛んであった。

この度の開拓団も山岳の麓の森を切り拓き、肥沃な土地と大河の治水を目的としていた。

これは同時に山岳に通る首都への公道を整備し、集落を経由して安全に移動する事も目的にしていた。

大規模な公用道に仕上げる事も含まれた、まさに国を挙げた一大プロジェクトでもあった。


『竜の背骨山脈』の麓に、大きな森が広がっている。

(かつ)ては『ダーナの森』と呼ばれていたが、今は『ノルドの森』と呼ばれている。

『竜の背骨山脈』の中にノルド山という山があり、そこには『ノルドの泉』という大きな湖がある。

湖からは『ノルドの大河』という河が森に流れ込み、それに合わせて『ノルドの森』と改名されたのだ。


その森の周りには、既に5つの集落が造られていた。

そこを起点として、森の中にも幾つか集落が造られ始めていた。

しかしまだ外壁や公道へ繋がる道路等も、整備が間に合っていない状況である。

中には木組みの簡素な小屋を建て、仮の住居としている集落もあった。

そこには農民や職にあぶれた者、独立を希望する職人等が集められていた。


集落の治安と見張りには、近場の街や村の警備兵、ギルドから派遣された冒険者等が当たっていた。

勿論、雇われたのは田舎の小領主の抱える警備兵や冒険者だ。

彼等は凄腕の兵士でも、有能な冒険者でも無かった。

だが凄腕ではないのだが、野犬や猪、酔っ払いの相手ならその程度でも十分だったのだ。


そんな森の中の集落の一つで、突然一つの集落との連絡が途絶えた。

しかし小さな集落だったので、住民が行方不明になってもすぐには発覚しなかった。

彼等が行方不明になった事も、見張りの兵士の未帰還が無ければ発覚しなかった。

その集落の見張りが、たまたま近隣の砦の兵士であったからだ。


仄暗い森の中、公道から少し奥まった位置にその集落はあった。

12軒の小さな家に、住民と4人の警備兵が常駐していた。

彼等は近くの第2砦から、交代で来ている兵士達であった。

街から少し離れているので、砦の兵士が交代で派遣されていたのだ。


そこには前日から村からの依頼で、猪の討伐に来ていた冒険者の3人も小屋を借りて宿泊していた。

隣の集落から用事で来ていた者も居たのだが、彼は暗くなる前に帰っていて難を逃れていた。

彼が戻っていなければ、もっと早く異常を感じられていただろう。

しかし偶然とはいえ、集落はその当時は孤立していたのだ。


事が発覚したのは、翌日の昼を過ぎてからだった。

昼を過ぎたのに、警備に当たっていた兵士が帰って来なかった。

集落では早朝に、開拓地に住民を送り届けた後に警備兵の内の2人が非番となる予定であった。

そして近くの砦に戻って、交代の兵士が代わりに向かう事になっていた。

しかし昼を過ぎた今も、件の兵士2人が一向に戻って来なかったのだ。

遅くても昼前には、彼等は砦に着く予定だった筈なのにだ…。


第2砦は簡素な造りの砦で、外周は300ⅿ程であった。

中には兵舎と訓練場、そして周囲を見張る櫓が設けられている。

櫓には常時2名の兵士が上り、周囲を見張っていた。

通常は何か異常があれば、集落から信号の狼煙が上がる筈だがそれも上がってはいなかった。

不審に思った第2砦の警備隊長は、集落に向けて兵士を1部隊向かわせる事にした。


砦自体は小規模な物で、常駐の兵士は50名程度である。

二つの兵舎に兵士達が住み、その他には警備隊兵舎と警備隊長の宿舎が設けられている。

その他にも予備の兵舎が、2棟新たに建造されていた。

そして外周は、高さ1ⅿ50㎝程の外壁が囲っている。

その中で警備隊長と副隊長、それから部隊を率いる部隊長が指揮を執っていた。

彼等は1部隊24名の兵士を、交代で周囲への警戒に当たらせていた。


見張りの兵士

「あ!

 隊長」

隊長

「どうだ?」

見張りの兵士

「いえ

 まだ戻りません」

隊長

「ううむ…

 どうしたものか…」

見張りの兵士

「はは

 どうせサボってるんでしょう?」

隊長

「馬鹿言うな

 サボったら厳罰に処すぞ?」

見張りの兵士

「そりゃそうなんですが…」


周囲は長閑な森で、猪や山犬が現れる程度である。

狼の群れや熊の様な、危険な獣など見掛ける事は無かった。

だからこの砦の警備は、そこまで重要視はされていなかった。

あくまで開拓に来た住民達の、集落を守る為だけに存在していたのだ。

だから兵士達も、訓練を終えたばかりの新兵が主に配属されていた。


しかし如何に新兵とはいえ、厳格な隊長の指導の下に訓練を受けている。

余程の事が無ければ、彼等とてサボって帰還しないとはあり得ないのだ。

だからこそ隊長は、彼等に何かあったのかと心配していた。


件の集落には、簡素ではあるが木を組み合わせた防壁が造られている。

この辺りの集落では、大人の胸の高さぐらいの木の柵が組まれている。

野犬や狼の群れでは、それを摺り抜けて危険なのだが、猪の突進程度なら防げる筈だった。

兵士達の間では、熊か狼でも現れたのかと囁かれていた。


しかしここ数年では、熊や狼をこの辺りで目撃したという報告は少なくなっていた。

先の内戦の影響で、森の中の野生動物の数も減少していたのだ。

隊長は念の為にと、1部隊12名の兵士を送り込む事にした。

もし相手が熊や狼の群れなら、数人の兵士では却って危険だったからだ。


彼等は徒歩で集落に向かい、1時間ほどでその入り口近くまで来ていた。

警備兵達が集落の見える辺りに到着した時、その集落の中は静まり返っていた。

いや、彼等が森に近付く少し前から、この周囲は異様なほどに静まり返っていたのだ。

いつもならこの時刻には、集落の生活音以外にも野鳥の無く声や獣が動き回る音もしている筈だった。

しかし集落に近付いても、彼等には何も聞こえる事は無かった。


兵士達

「どう思う?」

「みんな作業に出てるんじゃないのか?」


集落のあまりの静けさに些か拍子抜けしたのか、彼等の中には入り口で私語を始める者も居た。

その姿に苛立ちながら、兵士の一人が小声で注意した。


若い兵士

「静かにしろ!」

その他の兵士達

「何だよ!」

「何も起こっていないだろ?」

「そもそも、何も居ないじゃないか?」

「アレンは臆病なんだよ」


その兵士の言う通り、集落はもぬけの殻なのか静まり返っていた。

いや、逆に静か過ぎたのだ。


兵士

「隊長は獣か何かの襲撃を警戒してたが…」

アレン

「しっ!

 静かにしろ、気付かないのか?」


先ほどの兵士アレンが、皆を黙らせようと注意する。

彼は周囲を見回し、警戒心を露わにしていた。

しかしいくら警戒しても、物音一つ立たない。

辺りは静まり返り、静寂に包まれていた。


兵士達

「あん?」

「なんだよ?」

「臆病風に吹かれたか?」

アレン

「馬鹿!

 おかしいと思わないのか?」

兵士

「はあ?」

「だから何がだよ?」


馬鹿と言われた兵士は苛立って聞き返した。

それに対してアレンは、辺りをキョロキョロと警戒しながら小声で告げる。

彼は村の入り口に立つ前から、異様な程に警戒していたのだ。

その様を見て、周りに居た兵士達は呆れた様子で肩を竦めた。


兵士

「何だって…」

アレン

「声がしない!

 音もだ!」

兵士達

「へ?」

「何を言ってるんだ?」


兵士達の様子を見て、アレンは困った表情で(かぶり)を振る。


アレン

「分からないのか?

 何も聞こえないだろう?」

兵士達

「そりゃあ…」

「住民達が居ないからじゃないか?」

アレン

「馬鹿を言うな

 全ての住民が居なくなるなんて事が…

 起こると思うか?」

兵士達

「え?」


ここにきて(ようや)く、他の兵士達も彼が言わんとする意味が分かってきた。

昼の食事の為の炊事の煙も無ければ、子供達の歓声も聞こえてこない。

集落に残って作業をしている筈の、職人達が出すであろう作業音すらも聞こえてこない。

集落からは、全く物音が聞こえてこないのだ。


それに集落には、少なくとも警備兵は他に2人居る筈だ。

彼等がこんなに騒げば、少なくとも(いぶか)しんで様子を見に来る筈だ。

それなのに集落からは、誰も様子を見に来る気配も無い。

ただ一切の物音も聞こえず、不気味なほど静まり返っているのだ。


兵士達

「アレン

 どういう事だ?」

「え?

 誰も居ないんじゃあ…」

「馬鹿

 それが異常なんだよ」

「誰も出て来ない?」

「少なくとも砦に戻っていない、エリンやマッシュが残っている筈だ」

「じゃあ何処に?」

アレン

「分からない…

 ただ…」

兵士

「ただ?」

アレン

「少なくとも息を潜めて隠れているのか?

 あるいは…」

兵士

「あるいは?」


誰かがゴクリと、唾を飲み込む音が辺りに響く。

それに続けて、他の者が震えながらその言葉を続ける。


兵士

「誰も居ないか…

 なのか?」

アレン

「ああ

 生きてる者が誰も居ない…

 という事だろうな」

兵士達

「と、兎に角!

 ま、まずは、な、中に、は、入って…」

「しっ!

 静かにしろ

 周囲には小鳥の声すら聞こえていないんだ…」

「黙れ!」


兵士の一人は引き攣り上擦った声を上げると、震えながら集落の入り口を覗き込む。

しかし集落の中は、不気味なほどに静まり返っている。

只ならぬ雰囲気に気圧されて、まるで鳥すらも鳴く事を忘れている様だった。

一人が押されて入ると、それに続けて他の兵士も身構えながら入って行く。

今や皆が警戒しながら、恐る恐ると周りをキョロキョロと見回していた。


地方の小さな砦の警備兵だ、無理も無いだろう。

ましては、ここ数年は他国からの潜入も越境も収まっていた。

その前の帝国との戦争の際にも、この辺りは野生の獣の多くが狩られるか逃げていた筈だ。

ここ数年は戦闘と呼べる物も少なく、明らかに彼等は実戦経験が乏しかったのだ。

だから警戒するよりも、何かを恐れて周囲を見まわしていた。


兵士

「見ろ!」


一人の兵士が、警備兵の宿舎の入り口で急に声を上げた。

囁く様な小声だったが、それは仲間の兵士には十分聞き取れた。

彼等は慌てて宿舎の中を見ようと、彼の周りに集まった。


兵士達

「これは…」

「どうやら寝込みをやられたようだな」

「うっ…

 これは血か?」


入り口の戸は何ともなっていないかったが、それは開け放されていた。

中を覗き込むと、そこは寝台を中心に血塗れだった。

恐らく寝込みを襲われて、頸動脈でもバッサリと切られたのだろう…。

壁に飛び散った返り血は、二人分飛び散っていた。

恐らく仮眠を取っていた、エリンとマッシュの二人だったのだろう。


兵士達

「しっ!」

「…」


彼等は隊を二手に分けると、各々が住居の中を検め始める。

どの家も中は荒らされており、住民の姿は見られなかった。

代わりに夥しい返り血が、建物の中のあちこちに飛び散っている。

恐らく多くの住民が、寝込んでいる間に襲われたのだろう。

しかし粗方見回ったが、どの家にも住民の姿は見られなかった。

残されていたのは前日の夜の営みの跡と、虐殺の痕跡だけだった。


アレン

「まずいな…」


先ほど入り口で冷静だったアレンが、渋い顔で一人愚痴っていた。

彼は苛立たし気に歩き回り、何かを懸念している様子だった。


兵士

「どうした?」

アレン

「まずいんだよ!

 誰も居ないじゃないか!」

兵士達

「ん?」

「アレン

 何がまずいんだ?」


彼の苛立った様子を見て、仲間の兵士達は首を傾げる。

兵士達は状況をまだ理解出来ずに、アレンの様子に訝しんでいた。

それを見てアレンは溜息を吐くと、仲間に説明をし始めた。

住民が誰一人も居ないという事、それがどれだけ異常かと。

しかし他の兵士達は、それが意味する事を未だ理解していない様なので彼は続ける。


アレン

「誰の姿も見られないだろう?」

兵士

「そりゃあ虐殺されたみたいだからな」

アレン

「そうじゃ無い…

 生きている者の事じゃ無いんだ」

兵士

「どういう意味だ?」

アレン

「死体…

 エリンやマッシュだけじゃあない

 住民の死体も無いんだ」

兵士達

「ん?」

「死体?」

アレン

「そう!

 死体だよ!

 誰の死体も…

 一体も見当たらないだろ?」

兵士達

「へ?」


キョトンとする仲間を見て、アレンは頭を抱えていた。


アレン

「はあ…

 分からないか?

 死体が無いんだよ!」

兵士

「それがどうしたって…」

アレン

「一体もだ!

 何でだ?

 どうしてだ?」

兵士達

「え?」

「どういう事だ?」

アレン

「襲った奴等は…

 そいつ等は何の必要があって、わざわざ死体を持って行ったんだ?」

兵士達

「え?」


一同は彼の言葉の意図が分からず、困惑して沈黙していた。

生きている者が誰も居ない事は、明確であった。

しかし死体が無い事に、何が問題なのかが分からない。

だからアレンが次の言葉を続ける様に、兵士達は促した。


兵士達

「それが何だって…」

「バレない様に?」

アレン

「皆殺しなら…

 みんな殺してしまえば、わざわざ死体を隠す必要は無いんだよ!

 分からないか?

 持ち運びには嵩張(かさば)るし、わざわざ運ぶ意味が無いだろ!」

兵士達

「はあ?」

「どういう事だ?」

「訳が分からんぞ?」


しかし仲間達は、未だにその言葉の意味を理解出来なかった。

というよりは、意味が判らなかったのだ。

そもそも住民の姿が、どこにも見られていない。

だからここで何が起こったのか、彼等には推察するしか出来無かった。


それはここで、住民や兵士が虐殺されただけだという事だけだ。

それ以上は、彼等には分からない出来事だ。

しかしアレンは、その痕跡から更なる危険を感じ取っていた。

アレンは肩を竦めると、仕方が無いと仲間達に分かる様にゆっくりと語り始める。


アレン

「いいか、よく聞けよ…」

兵士達

「あ、ああ…」

アレン

「彼等は殺された…」

兵士達

「ああ」

「それは分るんだが…」

アレン

「しかし死体は無い

 何でだ?」

兵士達

「そりゃあ運んだからだろう?」

「そうだよ

 お前が言ったんだろう?」

アレン

「ああ

 しかし何でだ?」

兵士達

「え?」

アレン

「皆殺しにしたんだ

 誰にバレるんだ?

 わざわざ運ぶ必要があるのか?」

兵士達

「そりゃあ…」

アレン

「おかしいと思わないのか?」

兵士達

「…」


彼は仲間達にも分かり易い様に、ゆっくりと嚙み砕く様に説明した。

襲撃犯は何故、わざわざ危険を冒して死体を運んだのか?

そもそも襲撃が成功した時点で、死体を運ばなければならない理由がないのだ。

現にこうして、この集落の住民は全て虐殺されているのだ。


それなのに襲撃者は、わざわざ死体を全て持ち去ったのだ。

警備兵も殺しているのだから、わざわざ危険を冒してまで運ぶ必要はない。

殺すのが目的なのならば、既に目的は達成出来ているのだ。

そもそもがこんな辺境の地の、小さな集落を襲撃する理由も理解出来なかった。


これが野生の獣に襲われたのなら?

それなら餌にする為に持って行ったとも考えられるだろう

しかし現場の様子からは、獣が襲った痕跡には見えなかった

そもそも野生の獣が、刃物を持って襲う事など無いだろう


それなら、他国から攻め込んだ部隊の斥候が、この集落の住民を皆殺しにした?

しかしそれにしては、わざわざ死体を運ぶ意味が分からない

運んでいる途中に見つかる可能性もあるだろう

襲撃の痕跡を消すなら、先ず血の跡を消す必要があるだろう


それに他国の兵士ならば、住民を皆殺しにする理由が無いのだ

いくら憎しみがあったとしても、集落の住民を皆殺しにする意味が無い

それなら捕虜にして情報を聞き出すなり、人質にした方がマシなのだ

そして捕虜にするつもりなら、ここで殺す意味も無いのだ


そんな襲撃者が虐殺の痕跡は残したのに、死体だけご丁寧に持ち去っていた

痕跡を隠す必要性が、この虐殺には無いのだ

その行動の矛盾が、アレンには理解出来なかった

だからアレンは深く考えて、この襲撃を危険視していた


いずれにせよ、今回の襲撃者の意図や目的は、彼等兵士達には理解出来なかったのだ。

ただアレンだけが、警戒して考え込んでいた。

アレンはその思いを一息に捲くし立てる様に話すと、仲間である兵士達を見回す。

自分が感じている異常性を、どうにか解明出来ないものか懸命だったのだ。


アレン

「変だと…

 思わないのか?」

兵士達

「そりゃあ確かに…」

「変と言えば変だが…」

「だが、どうだと言うんだ?」

「そうだよ

 そもそも誰が…」


しかし仲間の兵士達にも、それは理解出来ない事であった。

そもそも異常性に気付かないのだ。

だから話を聞いても、彼等は首を捻るしか出来なかった。

アレンが解らない事を、彼等が理解出来る筈も無かった。


アレン

「はあ…」

兵士達

「アレン?」

アレン

「いや…

 いいんだ」

兵士達

「ん?」


アレンは諦めて、溜息を吐きながら頭を振る。

問題はそれだけでは無いのだ。


アレン

「それに…」

兵士達

「それに?」


アレンは再び辺りを見回すと、隠れ易そうな場所を何ヶ所か指し示した後に続ける。


アレン

「発覚を恐れるなら…

 隠れるのにうってつけの場所は幾らでもあるだろ?」

兵士達

「え?」

「うええ!」

「隠れるって…」


アレンの発言に、数名の兵士が警戒して険しい表情を浮かべる。

しかし見回してみても、誰も出て来る様子は無い。

そもそも隠れていたのなら、不意を突いて奇襲する機会は十二分にあった。

それが無いという事は、襲撃者はこの付近には居ないという事なのだ。


兵士達

「あ、アレン」

「隠れるって…」

アレン

「なのに待ち伏せは無かった

 誰も隠れていないだろう?」

兵士達

「あ、ああ…」

「そ、そうだな」

アレン

「でも死体は持って行った…

 何故だ?」

兵士達

「いや…」

「それは…」


彼の表情に気圧されて、兵士達はその周辺を調べ始めた。

確かに隠れ易い場所はあるのに、誰かが隠れていた痕跡は残されていなかった。

そうすると襲撃者は、単に殺して死体を持ち帰っただけになる。

それは集落を襲う事と同じぐらい、考えれない事だった。


襲撃者が他国からの潜入者なら、この機会を逃す意味がないのだ。

(つい)でに彼等を襲って、砦に奇襲を仕掛ける好機なのだ。

それなのに襲撃者達は、この場から立ち去っているのだ。

何故か全ての死体を運んで、持ち去るという事だけをしたのだ。


アレン

「おかしい…

 何故なんだ…」


アレンはブツブツと顎に手をやり、深く考え込んでいた。

それから周囲を見回して、念入りに調べていた。


兵士達

「なあ?

 それってそんなに重要なのか?」

「オレ達の任務は、仲間の様子を見て来る事で…」

「そうだよ」

「それにジャックスやニコラウスの姿も…」

「そうだよ!

 交代で向かった、ジャックスやニコラウスも居ないぞ?」

「あいつ等何処に行ったんだ?」

「そりゃあ襲撃で一緒に…」

「え?

 それじゃあ…」

「そうだな

 ここを襲った奴らに出くわしたとか…」

「待ち伏せに遭ったのか?」

「そうとしか…」

「そうだな…」


兵士達は緊張が解けたのか、早口で状況を確認し始める。

考えてみれば、朝早くに交代で向かった兵士もいたのだ。

その兵士達も姿が見られない。

そう考えれば、彼等も襲撃者に襲われた可能性が高かった。


しかしこうした状況になっても、誰もアレンが言う異常性を理解していなかった。

仲間がいなくなった事も、確かに異常な事態ではあった。

しかしそれ以上に、この集落への襲撃は異様であったのだ。

それでアレンは、再びその事を指摘する。


アレン

「そんな事よりも、死体が無い事が問題だ!」

兵士達

「どうしてだ?」

「むしろ処理の手間が省けて…」

「よせ!

 死者を冒涜するなよ!」

「だってよ…」

「はあ…

 仕方がない、一旦帰ろうぜ」

「そうだな

 分からない以上、これ以上ここに居ても無駄だぜ」

「そうだよ」

「そうだな

 隊長に報告しよう」

アレン

「むう…」


仲間達の楽観的な態度に呆れていたが、確かにここに居てもどうにもならないだろう。

相手の正体や目的が不明な以上は、これ以上ここを調べ様が無かった。

一抹の不安を感じるが、今はその懸念が外れる様に祈るしか無かったのだ。

彼はもう一度周囲を見回すと、仲間の後に着いて帰り始める。


兵士達は帰還するに当たって、周辺の片付けをする事にした。

このまま放置すれば、血の匂いに寄せられて野生の獣が来るかも知れないからだ。

死体が無かった事で、彼等がする事は井戸の水を汲んで血を洗い流す事ぐらいだった。

簡単にだが目立った場所の血だけを洗い流して、そこに土を被せて埋めてしまう。

死体が見当たらないので、墓を建てる事も出来ないからだった。


住居や遺留物は、今はそのままにする事となった。

証拠になりそうな目ぼしい物も無かったし、下手に触る事は躊躇(ためら)われた。

死者を辱める事になりそうで、怖いとも思っていた。

後で焼き払うかは上司に相談しようと話し合ってから、彼等は足早にその場を立ち去る事にした。


周りには人の気配も無く、隠れていた痕跡も、隠れている様子も無かった。

この様子では、襲撃者がこの場を立ち去って暫く経っているのだろう。

だから彼等が来てからも、誰も姿を見せていないのだ。


恐らく夜も更けてから、襲撃者達は夜襲を行ったのだろう。

この様な辺境の小さな集落だ。

兵士も警戒をするだけで、油断していたのだろう。

警備兵が殺された事で、住民達も気付かない内に殺されてしまったのだろう。


兵士達は念入りに、集落の中を調べて回っていた。

しかし襲撃者の正体は不明だし、その意図も分からず終いだった。

後はここで見た事を、上司である警備隊長に報告するだけである。

彼等はそう思いながら、砦への岐路に着いていた。


アレン

「ああ!」


帰路に着いてから暫くして、一人の兵士が突然声を上げた。

先程まで現場を、一番詳しく調べていたアレンだった。


兵士達

「何だ!」

「どうした?」


仲間達がその声に驚き、慌てて彼の周りに集まった。

何か見付けたと思い、彼等は周囲を警戒しながら見回す。


兵士

「何が起こった?」

アレン

「どうして気が付かなかったんだ?」

兵士達

「はあ?」

「何がだよ?」

アレン

「敵だよ!」

兵士達

「敵?」


アレンの問い掛けに、仲間の兵士達は首を傾げた。

敵と言うのは、恐らく集落を襲った襲撃者達の事だろう。

しかし、その言葉の意味が分からない。


アレン

「これだけの集落だ!

 しかも一気に皆殺しだったんだぞ!」

兵士達

「だから?」

「一体どうしたってんだ?」

アレン

「警備の者達もだが、住民を皆殺しにしたんだぞ!

 どれだけの規模の敵が居たんだ?」


それを聞いて彼等も、いまさらながらにその事に気が付いた。

住民が居なくなった事に意識が向いていて、敵の痕跡を探していなかったのだ。

本来ならば吞気に集落を見回している間に、襲われる可能性も十分にあっただろう。

だがあの時点では、もう敵の姿は周囲には見当たらなかった。

姿が見えない事で、彼等はすっかり安心していた。

敵は既に、集落を後にしていたのだ。


しかし問題は、集落を壊滅させた程の敵が存在する事なのだ。

小さな集落とはいえ、相当な数の兵士が襲撃に加わっていた筈なのだ。

しかし集落の周りには、それらしい襲撃者達の痕跡は見当たらなかった。

それだけの人数が居たにしては、あまりに痕跡が残されていなかったのだ。


兵士達

「そ、そんな…」

「いや…

 でも…」

「どれほどの兵士が居たと言うんだ?」

「確かに言われてみれば…」

「しかしそんな痕跡、何処にも無かったぞ?」

「そうだよ

 あったのは虐殺の跡と、住民の生活していた痕跡だけだ」

「それじゃあどうやって?」

「分からん」


誰も気付かなかったから、少人数でも殺せたのでは?

少数の精鋭部隊が、一気に殲滅したのでは?


そう食い下がる者も居たが、みんな気付いてしまっていた。

警備兵が先にやられたとしても、住民が物音に気付く筈なのだ。

少なくとも全ての住居を、一度に襲えるだけの人数が居た筈なのだ。

それも恐らくは、住居を囲んで逃げ出せない様にするだけの人数が必要だっただろう。

一人でも屋外に逃げ延びれば、事が周囲に発覚されるのだ。

現場の状況が、住民が屋外に逃げ延びる暇も無かったと示していた。


それにこんな集落を、敵国の精鋭部隊が襲う事など先ずは無いだろう。

かと言って、大規模の兵士で襲撃する事も意味が分からない。

そもそも集落を襲う事自体が、意味がある行為には見えなかった。

こんな辺境の開拓村を、襲うメリットが無いのだ。

事の異様さに気圧されて、砦に向かう兵士達の足は早くなった。


本来なら先に、砦に向けて誰かを走らせるべきだった。

しかし道中が見張られていたり、待ち伏せが居たらその者が狙われて危険だ。

本当に大規模の軍が侵攻していれば、どこに待ち伏せが潜んで居るのか分からない。

戦々恐々としながら、彼等は砦へと逃げ帰って行った。

小さな地方の砦に、兵役で勤めている程度の兵士達だ。

戦闘慣れをしていない彼等からすれば、それも仕方がない事だったのだろう。


兵士達は逃げる様に砦に戻ると、異様な事件を隊長に報告するのだった。

度量衡に関しては、私達の世界とほとんど変わりません

暦も日数は同じで、月の呼び名が何の月という呼び方になります

一の月の何日という呼び方です

時刻は24時間表記で、太陽や月の高さで判別しています

大きな街には時報もありますが、そちらは魔力で一定時刻を刻む仕組みです

(嘗て大陸に興った魔法王国の残した遺物です)

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