第181話
ギルバートから聞いた話で、国王は改めて魔物の脅威を考え直していた
今まではギルバートでも戦えたと聞いて、過小評価をしていたのだ
しかし先の模擬戦でも、ギルバートは手加減をしていた
現にオーガの剣を持った時も、騎士達は二人掛かりで抱えていた
それを軽々と振り回すには、それだけの膂力が必要だろう
それを子供のギルバートがしているのだ
それには何か、スキルやジョブに秘密がありそうだと国王は睨んでいた
宰相は先程の話を聞いて、納得が出来ない事があった
それはオークには勝てるが、オーガでは厳しいという点だ
それを考えれば、ギルバートとジョブを得た騎士には差があるという事だ
そこを考えて、宰相はさらに質問をぶつけた
「殿下は確かにお強いです
それはこの眼でも見ました」
「はい」
「しかしそれならば…
我等がオーガに勝つには、どうすれば良いのですか?」
「それは…」
ギルバートは少し迷った。
アーネストが伏せている情報がある以上、自分が勝手に話す訳には行かない。
そこで考えながら、答えを返した。
「ダーナでは、オークを始めとして多数の魔物が現れています
それを相手に毎日の様に戦っていました
スキルやジョブは確かに強力です
しかしそれだけでは、魔物に勝ち続けるのは難しいでしょう」
「それはつまり…
スキルやジョブを得るのは、その入り口に立ったという事ですか?」
「はい」
「では…
スキルを磨けば…」
「ええ
それだけ強くなれる可能性があります」
「ふむ…」
宰相はまだ、ギルバートが何かを隠していると見ていた。
しかしそれでも、ここまでの話を聞く限りでは、オーガ相手にも何とか戦えるという事だ。
先ずはそれを信じて、騎士団の戦力を上げる必要があった。
そうすれば騎士達だけでは無く、兵士でも魔物と戦えるのだろう。
「殿下のお話を聞く前に、王都でもスキルの確認は行われていました」
「ええ
アーネストも使い魔から、その様な話を得ていました」
「そうですね
そもそもが、スキルはアルベルト殿の報告で得ていました
しかし使えていた者は、ごく少数の者でした」
そこまではギルバートも、フランドールとの会話で確認していた。
しかし使えるだけの者と、修得した者では大きな差がある。
現にフランドールも、最初は使えるだけであった。
そう考えてみれば、王都の騎士ではまだまだ力不足なのだ。
「失礼ですが、その方はスキルを使えただけですか?」
「と申しますと?」
「スキルを修得したのなら、天から声が聞こえた筈です」
「天から声?」
「ええ
世界の声
世界を総べる、女神様のお声と言われています」
「何と?
その様なものが…」
「はい
聞こえるそうです
確認してみてください」
「ええ
さっそく
おい!」
宰相は驚き、さっそく騎士団に確認を取らせた。
そこで騎士隊長の一人が呼ばれて、執務室に訪れた。
「隊長のアルミナです」
「すまんな
勤務時間外とはいえ、緊急の要件でな」
「いえ
ちょうど暇をしていまして、修練場に来ていましたから」
彼はギルバートの試合も見ていて、その膂力に驚かされていた。
その王子に会えるのだから、喜んでここに来ていた。
「殿下はあの大剣を、片手で振り回していましたね」
「あ…
見ていらしたんですね
お恥ずかしい」
「なんの
あれだけの膂力、私は正直、驚かされましたよ」
「いえ
それほどでも…」
ギルバートは照れて、頭を掻きながら説明を始めた。
「普通に鍛えていては、あそこまでの力は出せません」
「と申しますと?」
ギルバートは頷いてから、予想外の質問をした。
「隊長は魔力がありますよね?」
「ええ
人並みに生活するぐらいには」
「そうですか…
あまり多くは無いのですか?」
「ええ」
「帝国の時代には、魔力が無い市民も居ました
そうした者達は、肉体労働の奴隷として生活していたそうですね」
「はい
ですが今の王都では、大概の者が魔力を持っていますし…
そうした差別は行われていません」
「ええ
それもこれも、魔道具が一般住民にも使えるからです」
「殿下?」
ギルバートの質問の意図が掴めず、隊長は怪訝そうな顔をした。
ギルバートの質問は、隊長に魔力の意味を問うていた。
魔力がある事で、今の王都の民の暮らしは楽になっている。
そういう意味では、誰もが魔力を持って暮らしている。
「あ、すいません
それで魔力なんですが、隊長は火を着ける魔道具は使えますよね?」
「はい」
「その魔道具を使う時、どうやって使いますか?」
「それは魔道具へ向けて、魔力が流れる様にイメージして…
って、それが何の関係が?」
これは今の王都の民ならば、誰しも当たり前の事の様に行っている事だ。
しかし魔力が当たり前であるからこそ、みながそうした事を出来るのだ。
そして当たり前の様に、みなが魔道具を扱えている。
身体強化とは、その当たり前を自身の身体に行う事である。
「もし、その魔力を自分の身体の中へ流したら…
どうなると思います?」
「自分の?」
「ええ
自分の身体にです」
「ふうむ…」
隊長はそう言われて、改めて疑問に思った。
試しに意識してみるが、何も変化が起こらなかった。
それは隊長が、ただ魔力を流していたからだ。
身体強化を行うには、それに意識をする必要がある。
「普通の人はそこまで魔力はありませんし、そんな事は試しません」
「ええ
そうですね」
「しかし魔力を持つ者では、自身の身体に流す者も居ます
例えば魔術師とか」
「ああ
なるほど
しかし、それと先の話に何の関係があるんです?」
ここからが重要になる。
身体強化を教えるに当たって、この隊長が適任だと宰相は認めていた。
しかしギルバートは、彼の事をよく知らなかった。
信用しても良いのか、不安になって宰相の方を向いた。
宰相は黙って頷き、大丈夫だと微笑んでみせた。
それでギルバートは、彼に身体強化の極意を教える事にした。
「そこなんですが…
いずれ正式に発表があると思いますが、魔力で強化する方法があるんです」
「強化?」
「はい
魔力で魔道具を起動する様に、身体に魔力を流す事で身体を強化する
それが身体強化という魔法です」
「身体強化…」
ここまで聞いて、隊長は気付いた。
「まさか殿下も」
「ええ
それが力の秘密です」
「そんな方法が…」
さすがは騎士を率いる隊長だと、ギルバートは感心した。
しかしその頭の切れが、こういった事では邪魔になる。
所謂常識に囚われて、新しい発見に繋がらないのだ。
「しかし殿下
私では魔力が低いのか出来ませんが…」
案の定隊長は、身体強化が出来ないと思い込んでいた。
このままただ魔力を流してみても、身体強化にはならない。
身体に力を込める様に、魔力で力を底上げしてみせる。
それこそが身体強化に、必要なイメージであった。
隊長の言葉に、ギルバートは頷きながら答える。
「それは魔力が足りないのも可能性がありますが、やり方が間違っている可能性もあります」
「そうですか…
しかし魔力が足りないのなら…」
「さっき魔力の話をしましたよね」
「え?」
「どうして魔力が無い者が少なくなったのか」
「ええ」
「魔力の多い少ないで、なれない職業もあります」
「そうですね
魔術師がそうですが…
それとこれと、どういう関係があるんです?」
また意味不明な質問に、隊長は些かムッとして答える。
今の話しの流れに、それが重要だとは思えないからだ。
常識に囚われていると、こうした見落としをする事がある。
隊長の今の状況が、まさにそういう事なのだ。
「そもそも、魔力は変わらないんですか?」
「ええ
魔術師達の間では、それは常識でしょう」
「いえ
常識にしているだけです
魔力は増やせます」
「え?」
「何じゃと!」
これにはさすがに、国王も黙っていられなかった。
魔力が増えない事は、長く常識として広まって来ていた。
それが覆されるのだ。
それは魔力が少ない者にとっては、福音の様な言葉である。
「魔力を増やす方法は有るんです
ただし…
相当な苦行になりますよ」
「あ…」
「それが難しいと判断されたので、産まれた時の魔力が比較されています」
「なるほど
その苦行を行えれば、私でも魔力を増やせると」
「ええ
それか後程発表される方法で、魔力を増やせる可能性はあります」
「そうですか
その方法を使えば、私でもあの剣を振るう事が出来るんですね」
「ええ
ただ、相当な努力が必要です
私も苦労をしたので、その分力を身に着けました」
「ふむ…」
ギルバートの説明に、隊長は納得して頷いた。
「そうなんですね
それでは私にも?」
「ええ
頑張れば身に着く可能性はあります」
そこまで話してから、ギルバートは改めて呼んだ理由を話し始めた。
今までの話は、その前段階の基礎の話しになる。
身体強化にせよスキルにせよ、身に着ける為には越えなければならない壁がある。
それが女神に認められて、世界の声を聞くという事である。
「そこで質問なんですが
隊長はスキルを使えるんですか?」
「はい
スラッシュとバスターを最近、使える様になりました」
「その使えると言うのは、型を出せる様になったという事ですか?」
「え?」
「例えばスラッシュなら、その型で剣を振れる
そういう事でよろしいですか?」
「はい、その通りです」
隊長はそう答えながら、ギルバートの言葉に疑問を覚えた。
思えばさっきも、少し遠回りに確認していた。
今度も何か、隊長に気付かせようとしているのだろうか。
そう隊長は感じていた。
「もしかして…
型だけでは無いんですか?」
「はい
本当に使える様になれば、天から声が聞こえてきます」
「声が…」
「後程お見せしますが、本物のスキルは型をなぞるのではありません
スキルを発動させれば、その技が意識しなくても使えます」
「意識しない
つまりスキルを使おうと思えば、身体を動かさなくても」
「はい
自然と身体が動いて出せる様になります
ただし連発しますとその分身体が疲れますので、スキルの多用は禁物です」
「なるほど…」
ギルバートは振り返り、宰相に改めて確認した。
「スキルを使える方は、みな型を出せるだけなんですね?」
「はい
その様に聞いています」
「そうですか
思えばフランドール殿も、スキルを使えていませんでした
これは早急に、スキルを身に着ける必要がありますね」
「え?」
隊長は驚いてギルバートを見た。
ここに来た理由は、スキルを使えるかの確認だった。
しかしそれは、スキルを身に着ける為の前提条件としての確認だったのだ。
完全に修得していない以上は、それを身に着ける必要があるのだ。
「今まで王都の周りに出ていたのは、ゴブリンやコボルト程度でした
しかしそれ以上の魔物に勝つ為には、スキルを身に着ける必要があります」
「スキルを…」
「はい
それと、出来れば身体強化の修得も必要になるでしょう
そうでなければ、強力な魔物には打ち勝てません」
「そこまで…」
「ええ
そこまでする必要があります」
「そんなに!
そんなに魔物というのは…」
「私が勝てたと聞いて、みなさんは魔物を過小評価している様ですね
しかしオーガでも2mほどの巨人です」
「巨人…」
「この鎧の素材になった魔物は、ワイルド・ベアという巨人に匹敵する巨大な熊の魔物です
それに勝つには、スキルだけでは無理です
身体強化や魔物の素材で作られた、強力な武具も必要です」
「それをダーナでは…」
「ええ
既に魔物と戦っていて、武具やスキルも身に着けています」
そこまで聞いて、隊長は困った様な顔をした。
それはダーナの兵士が、そこまで強くなっているという事だ。
そんな者達が王都に攻め込めば、彼等では王都を守れないだろう。
そう危惧して、隊長はギルバートに質問する。
「もし…
もし、ダーナが王都に攻めて来たら…」
「そうですね
あっという間に落とされるでしょう
ダーナでは今、それだけの戦力が出来つつあります」
「なんと!」
「それはマズいですよ」
「はあ…
そうなるのか…」
国王も宰相も、その危険性には看過出来なかった。
フランドールがこのまま、ノルドの砦だけで満足すれば問題は無いだろう。
話しを聞く限りでは、ダモンがいくら有能でもそれだけの戦力では敵わないだろう。
そうなればフランドールが、王都に向けて進軍する恐れもあるのだ。
勢い付いたフランドールが、王都まで狙って来たらマズい。
王都は攻め込まれて、多くの住民が被害を被るだろう。
それに国王が敗ければ、この国は内乱で滅んでしまう可能性もある。
他の貴族が、そのまま大人しくしているとは思えないからだ。
「これは由々しき事態ですぞ」
「うむ
早急に騎士団に、このスキルとジョブを得る訓練を施さなければ」
「ジョブ?
何ですか?それは?」
「ああ
詳しくは後で説明する
先ずはスキルを見せてもらおうか」
「ええ
そうですね」
国王に促されて、ギルバートは頷いた。
「それでは、先ほどの修練場に向かいましょう」
「はい」
「お願いします」
隊長を先頭にして、ギルバート達は修練場に向かった。
そこには文官も数人着いて来て、スキルの詳細を記録しようとしていた。
彼等からしても、スキルの詳細は知りたかったのだ。
今のスキルが不完全で、型だけのスキルだと言うのだ。
そうなれば本物のスキルが、如何程の物なのかが気になるのだ。
ギルバートは先ず、訓練用の木剣を持って中央に出た。
そこで魔力を展開して、身体強化を発動した。
魔力に敏感な者は、それで何かを感じる事が出来た。
ギルバートの身体の中を、魔力が循環して満ちて行く。
「ふう…」
「こ、これは…」
「先ほども感じていたが、殿下から魔術師の様な魔力を感じます」
「これが身体強化です
上手く使える様になれば、大幅な強化も出来ます」
ギルバートはそれを説明すると、魔力の放出を止めた。
今から示すスキルに、身体強化は不必要だった。
スキル単体でも、かなりの威力があるのだ。
素振りと言っても、身体強化を使っては危険だからだ。
「次に、これがスキルです」
「これは…」
「同じ様に見えますが?」
「構え自体は同じです
よく見ていてください」
ギルバートはそう言うと、木剣を構えた。
正面に構えた状態から、力を抜いて少し下げる。
その構え自体は、確かに型をなぞった不完全なスキルと変わらない。
しかし問題は、その後に起こる現象である。
ギルバートはスキル名を叫んで、スキルを発動させた。
「スラッシュ」
ザシュッ!
空を切り裂く音がして、ギルバートが剣を横に振り抜きながら前へ出る。
しかし足はほとんど動いておらず、まるで何かに引っ張られる様に進み出ていた。
ほとんど突っ立った状態でも、これだけ前進をするのだ。
それだけでも、本物のスキルは違っていた。
「慣れればほとんど力を使わずに、大木を切り倒せるぐらいの威力を出せます」
「おお」
「凄い」
「あれだけ前に移動するのか?」
「そうだ
私のスラッシュでは、自分で踏み込んでいた
あんな引っ張られる様な、前身の仕方では無かった」
隊長も自身の使っていた、スラッシュとの違いに驚いていた。
彼等は型だけのスキルなので、自分で前進しながら剣を振り抜いていた。
それだけでも、十分な威力は出せていると思っていた。
しかし現実に見比べれば、それは大きく違っていた。
鋭く振り抜きながら、自然と身体が前に出ている。
それは滑る様に前に進み、隙の少ない動作で振り抜いている。
そして鋭い振り抜きも、大きな違いであった。
本物のスキルは、そこまで違う物だった。
「次は…
ブレイザー」
ズババッ!
二度空を切る音がして、縦に切った後に鋭く切り返していた。
あまり力を入れている様には見えなかったが、空を切る音からも相当な威力だと想像出来た。
「そして…
バスター
ダン!
地を蹴り跳び上がる。
そのまま2m近く上昇して、そこから大きく切り落とす。
そのまま地面に向けて、叩き付ける様に切り落とす。
本来はそれだけで、相手は頭から叩き切られるだろう。
何よりも大きな違いは、跳躍する高さにあるだろう。
通常の跳躍ならば、精々数十cm程度の跳躍になるだろう。
しかしスキルのバスターでは、最大5m近くまで跳躍出来る。
それだけでも、このスキルには価値があった。
ブン!
シュバッ!
地面に叩き付ける様に振り抜いた剣は、寸前で止められる。
そのまま叩き付けては、木剣が折れていただろう。
しかしそれでも、地面には剣圧で跡が残っていた。
それほどの勢いで、剣が切り下ろされていたのだ。
「これが…」
「本物のスキル」
「何という威力じゃ」
「それにあの跳躍
どうすればあんなに高く、跳躍出来るんだ?」
「スキルを真に発動出来れば、自然と出来ますよ」
「何と?」
「それではスキルの力で?」
「ええ
スラッシュと同じです
身体が自然と動くんです」
「そういえば、スラッシュも不思議だった
あんなに綺麗に前に進めるものなのかと…」
「スキルの力ですよ」
「そうなれば、スキルを修得出来れば…」
「ええ
誰でも使える様になります」
「ほう…」
「それは凄い」
「しかし危険では無いか?」
「ええ
そうですね
迂闊に広めますと、危険な者にも教えてしまう事になります」
「そうじゃな」
スキルは確かに便利だ。
そして力無き者にも、大いなる力を授ける恐れもある。
それが善き事に使われるのなら、何も問題は無いのだろう。
しかし悪しき者に使われれば、それは破滅を招く事になる。
そうした危険があるので、アーネストは慎重になっていた。
「それで…
どうすればスキルを得られるのじゃ?」
「繰り返し何度もスキルを使います」
「何度も?」
「ええ
何度もです」
「しかし…」
「私達は得られませんでしたよ?」
「後は…
魔物と戦う?」
「魔物とですか?」
「ええ
魔物と戦うという事は、それだけでも大きな経験になります
そうしてジョブや称号といった物を授かる事も出来ます」
「ジョブ?」
「称号…」
「ええ」
「それを得られれば?」
「あるいはスキルを得られるかと…」
「なるほど…」
「そういう事ですか」
ジョブや称号を得る事で、スキルを修得する事が出来る。
そういった方法で、スキルを修得した者も居た。
だから騎士達も、その方法で修得する事は可能だろう。
問題は騎士達が、その方法を出来るかどうかだろう。
「しかし一つ問題があります」
「問題?」
「ええ
大事な問題です
誰でも必ず、魔物を倒せば称号やジョブを得られるとは限らない…
そういう事です」
「そうか…」
「それも問題じゃな」
「ええ
真にスキルを…
ジョブを修得したのなら、天から声が聞こえて来ます
そうすれば、この力を使える様になります」
「真に修得…」
真に修得したのなら、世界の声が聞こえる筈である。
それは騎士達にとっては、新たな目標となった。
しかしここで、宰相が疑問に思った事を告げる。
それはこの場に居る、全員が思っていた事だった。
「しかし、それなら
ダーナの兵士達は?」
「そうだ
みんなこんな力を持っているのか?」
「ええ」
「スキルやじょ…」
「ジョブだろう?」
「ああ、そうそう
そのジョブという物も持っているんですか?」
「はい」
ギルバートの答えに、彼等は先ほど宰相が見せた様な怯えた様子を見せる。
「え?」
「恐ろしい…」
「こんな危険な力を?」
「え?
危険?」
ギルバートが困惑していると、宰相が静かに近付いて来た。
ギルバートは当たり前に感じていたが、それは持っている者だからだ。
持たざる者からすれば、それは恐ろしい力でもあるのだ。
「お分かりになりましたか?
普通の者なら、これに恐怖を覚えない者はいません」
「恐怖?」
「ええ
強い力とは、時に畏怖や憧れよりも脅威や恐れとなるのです」
「それは…
私が怖いという事ですか?」
「いいえ、それは違います
あなたに対してではありません
まだ見ぬダーナの住民達が、この力を持つ事を恐れているんです」
彼等が恐れているのは、ダーナの兵士が力を持つ事である。
彼等からすれば、ダーナの兵士は見知らぬ者達である。
そうした者達が、恐ろしい力を持っているのだ。
それに恐怖を感じない者はいないだろう。
「しかしそれは、ダーナの住民では無く、兵士達が…」
「いえ
そういう事では無いんです
事はそんなに甘くは無いのですよ?
見えない場所の、見えない者達が持つから怖いんです」
「しかし、ダーナの住民の全てがそういうワケでは無いんですよ?」
「それでも…
ダーナが脅威と感じるでしょう」
「そんな…」
宰相の言葉に、ギルバートは愕然とした。
良かれと思って行った行動が、結果としてダーナを危険な存在として認識させたのだ。
これではダーナを、攻める口実になってしまう。
知らぬとは言え、ギルバートは恐ろしい口実を与えてしまった。
「私は!
私は…」
「ええ
分かっております
しかし今は、この状況を変える事が先決です」
「そうだな
そうすれば、少なくとも脅威では無くなるだろう」
「え?」
いつの間にか国王も来て、宰相の言葉を訂正した。
「ダーナの兵士だけが強くては
それは脅威となるだろう」
「国王様?」
「陛下…」
「しかし、それが王都も同じぐらいの力を身に着ければ?
そうすれば恐れる事は無いだろう」
「ですが国王様、そうなれば今度はクリサリスが
我が国が周辺国に脅威と思われますぞ」
「そうだろうな」
国王はそう言うと、溜息を吐いた。
「はあ…
しかし魔物を退けねば、我が国はどの道滅びるであろう」
「さようでございますが…」
「そうならない為にも、是非ともこの力が必要じゃろう」
「危険ですぞ」
「どの道危険なのじゃ
それならば生きる道を選ぶべきじゃろう
違うか?」
「それは…」
「座して死を待つよりは、討って出て死ぬ方がマシじゃ
ワシはそう思うが…
他の者達はどうじゃ?」
「そうですな」
「このまま何もしないよりは…」
「その方が生きる可能性がありますな」
国王の言い分は尤もだった。
騎士達も頷き、その言葉に従うと言っている。
その様子を見て、宰相も肩を竦める。
どの道このままでは、魔物に襲われて死ぬだけなのだ。
少しでも力を得て、生きようとする方がマシなのだろう。
「それに、魔物の脅威はまだまだ続いておる
それが収まるまでは、周辺国も我が国に構っている暇は無かろう」
「それはそうですが…」
宰相は難しい顔をしながら、このどうしょうもない状況を悔やんでいた。
魔物を退ける為には、兵士や騎士の強化は重要な事だ。
それならば、スキルや身体強化は必用になるだろう。
アーネストもそれが分かっていたので、宰相に本を渡したのだ。
「やはり…
避けられぬのでしょうな」
「ああ
アーネストの言う通り、騎士達を鍛えなければなるまい」
「それでは」
騎士達はスキルや身体強化を、脅威と感じている。
それを踏まえた上で、身に着ける様に訓練を行うしか無かった。
「明日からでも、修練場で訓練を行う
そこではお前に指導を頼みたい」
「私にですか?
しかし将軍が…」
「将軍には、何とか奮戦してもらうしか無いな
そもそもが、どんな魔物かも分かっておらん」
「それに殿下だけで向かわせられません
殿下をお守りする騎士団も必要です」
「そうじゃな
彼等を鍛える必要があるな」
「え…
はあ…」
ギルバートは魔物の討伐に向かいたかったが、騎士を鍛える必要もあった。
ギルバートとアーネストだけで、魔物の討伐には向かえない。
当然王太子を護衛する、騎士団の同行も必要だ。
その騎士団が魔物に勝てないのでは、着いて行く意味も無いだろう。
だからこそここで、彼等を鍛える必要があった。
ギルバートもここは止むを得ないと、引き受けるしか無かった。
「分かりました
明日から訓練を承ります」
「うむ
頼んだぞ」
国王はそう言って、ギルバートの肩に手を置いた。
それを見ながら、騎士達はどんな訓練をするのか不安になっていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。