第017話
少年は初めての訓練に出た
ダーナは大きい街であったが、学校等は無かった
少年にとっての集団生活は、初めての経験であった
不安と期待になかなか寝付けず
気が付けば朝を迎えていた
夜が明けて、秋晴れの澄んだ空気の中、街中を駆けて行く足音が響く
少年は今日から、騎兵部隊の訓練を受ける事になっていた
領主の館から騎兵部隊の訓練場までは、約１㎞近く離れている
そこへ向かって、早朝から走って向かっていたのだ
時刻は７時前であった。
勢いよく騎兵部隊の、詰所の扉が開かれる。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、坊ちゃん」
「おはよう
朝早くからどうなさったい」
「坊ちゃんは止めてくださいよ」
「ははは
それでどうされたんです？」
「また領主様に負けたんですか？」
「剣の稽古なら、付き合いますぜ」
少年の元気良い挨拶にニコニコとして答え、兵士達は質問する。
彼等からすれば、少年は大事な領主の息子である。
しかしその前に、ギルバートは兵士達に気に入られていた。
それで秘密の特訓を、手伝ってもらったりしていた。
しかし今日は、その為に来たのでは無かった。
「はい
今日からお世話になります」
「今日から？」
「おい
お前、何か聞いてるか？」
「え？
何も？」
「どういう事です？」
少年の言葉に、兵士達は怪訝そうにする。
そこへ２階から、大隊長がドカドカと降りて来る。
「おはよう、諸君
お？
丁度良いところへ来たな」
「あ、おはようございます、ヘンディー隊長」
「大隊長」
「どういう事ですか？」
「おはよう、ギルバート君
話はお父上から聞いている」
「え？」
「領主様から？」
ギルバートは大隊長に、ペコリとお辞儀する。
それに応えて、大隊長は一人の兵士を手招きする。
「今日から歩兵部隊に編入し、訓練する事になった
詳細はエドワード隊長に話してある」
「警備隊長にですか？」
「いや
元警備隊長だ
今日から新しい部隊の、隊長に就任する事になる」
「おお
では、いよいよ特務部隊が発足されるのですね」
「特務部隊？」
話の流れで、エドワード隊長という方に指導してもらえる事らしい。
しかもその隊長は、新しい特務部隊とやらの隊長らしい。
そうなると、自分もその特務部隊というのに入る為の訓練なのだろうか？
少年の怪訝そうな顔を見て、大隊長が答える。
「ああ
この度遂に、クリサリスの鎌を使った中距離武装部隊が発足するのだ」
「クリサリスの鎌って、あの鎌です？」
言われてみると、呼ばれた兵士は確かに鎌を持っていた。
「そうだ
主に領主様や要人を守る為の、特殊な部隊になる」
「はあ」
つまりは後方で、父である領主アルバートや参謀等の身の回りを守る任務だ。
その為に近距離の剣ではなく、中距離で威力を発揮する鎌を装備するのだ。
しかし、一つ問題がある。
「あのお
ボクはまだ、鎌の訓練は受けていませんが」
「ん？」
「まあ
ヘンリィー隊長が教えてくれるさ」
「はあ」
「それにな
坊ちゃんはまだ、正式な兵士では無い」
「そうですぜ
見習いってやつですよ」
「正式な兵士に採用されるまでは、小剣の帯刀のみになりますよ」
「先ずはその腰の、子供用の剣を卒業しないと」
「むう」
少年が不審そうな、ジト目になっていた。
いつもの事ながら、こういうところが大雑把でいい加減なのだ。
それに子供扱いされて、些か不機嫌そうにもなる。
それを見た兵士が、さあさあと先導して隊長の元へ案内する。
兵士の案内で着いた先は、街の一角に新たに作られた宿舎と、小さいながら訓練場もあった。
兵士達はその中で、木製の鎌を使って訓練をしている。
彼等は剣を持った歩兵でなく、馬上で鎌を携えた騎兵でもない。
だから少し広めに作られたスペースに、木人形が置かれていた。
まあ人形と言っても、丸太に横棒で腕として、皮鎧を着せているだけだ。
これに剣や盾、長柄の武器を括り付けて仮想の敵とする。
距離は鎌を振り回してもいいように、広めに設置してある。
その人形目掛けて、数人の兵士が鎌を叩き付けていた。
「いやあああ」
「とりゃあああ」
必死に鎌を振り回し、何とか的である人形に当てている。
お世辞にも上手く、振っている様には見え無かった。
「あのお」
「ん？
何だい？」
「あの人達は？」
「ああ
新しく募集した兵士達だ」
「と、言うと？」
「開墾に出ていた者や、腕自慢の者を集めて新規の部隊として…」
「訓練は？」
「今しているだろ？」
「え？」
腕自慢という事だったが、中にはへっぴり腰でフラフラと鎌に振り回されている者もいる。
木製の鎌でこれなのだ、本物の鎌では持ち上げる事も出来ないだろう。
腕自慢という事だったが、これでは街中の大人と変わらないだろう。
あ…ダメなやつだ
少年であるギルバートの目からしても、正直不安でしかなかった。
こんな素人ばっかりで、本当に大丈夫なんだろうか？
そう疑問視していると、一人の壮年の戦士が近付いて来た。
彼は少し前まで、兵士達の前で腕組みをして見ていた。
それがギルバートと兵士に気が付き、こうして話を聞きに来たのだ。
「この少年は？
おや？」
「領主様の嫡男、ギルバート様です」
「おお
やはり」
ギルバートは、連れて来てくれた兵士を見る。
「この方が、エドワード隊長ですよ」
「久しぶりだね」
「え？」
「うむ
あの時はまだ小さかったからな
覚えていないかな？」
「はあ」
どうやら隊長の方は、ギルバートの事を知っている様子だった。
「エドワードです
よろしく」
「はい
ギルバートです
よろしくお願いします」
隊長は右手を出し、少年もおずおずと握手する。
「そうだねえ
４年前の就任の挨拶の時、君は寝込んでいたから覚えていないのも当然かねえ」
「そ、そうなんですか
すいません」
「いやいや
構わないよ
あの時はまだ、小さな子供だったからねえ
うんうん」
「はあ…」
隊長はニコニコと握手した後、懐かしむ様に少年を見る。
「あの病弱だった子が、よくぞここまで元気に育った
うんうん」
「はあ」
「君には…
他の人達と一緒に、基礎的な訓練から入ってもらおうか」
「基礎？」
「そう、基礎」
よく見ると、鎌を振り回す人以外に走り込みや、腕立て伏せをしている人も居た。
走り込みは兎も角、腕立てはそんなに続かない。
どうやらここで、徹底的に体力作りをさせられるらしい。
「先ずは走り込みからしようか
取り敢えずはここの周りを…
20周から試してみようかな」
「え？
20周ですか？」
「ああ、20周
休まずに走ってみよう」
「うへえ…」
１周が300ｍぐらいある、訓練場の外周を走って回る。
大体６㎞ぐらいを、１時間掛からないぐらいで走る事になる。
それが終わったら休憩を挟んで、腕立て伏せや腹筋を行う。
ギルバートはまだ子供だから、10～12歳の見習いと一緒に10回ずつで合計100回を目指す。
30回辺りからペースが落ちてきて、80回を超える頃にはほとんど出来ていなかった。
見張りをしている兵士から、厳しい叱責の声が上がる。
なんとか終わった頃には、時刻は昼前になっていた。
頭上に差し掛かった太陽が、じりじりと焼ける様に暑い。
初秋を前にして、まだまだ暑い日が続いていた。
「うう
気分が悪い」
「はあ、はあ…」
「やっと、終わった」
「もう、駄目」
昼食は硬めの黒パンと野菜のスープ、干し肉が配られた。
食欲が湧かないが、我慢してそれを口にする。
この食事に慣れる事も、訓練の一端だと言われる。
少年達は干し肉も付くが、大人の兵士は干し肉は毎日では無いとも言われた。
これは遠征に出た時に、十分な食事が得られないかも知れないからだ。
少年達が干し肉を与えられるのは、まだ身体を作っている時期だからだ。
よく食べて運動して、しっかりとした身体を作ろうという目的があった。
「うう、しんどい」
「でも、食べないと…
しんどい…」
「家の食事の方がマシだよ…」
「文句を言うな！」
「そうだぞ
長い遠征に出れば、満足に食事も出来ない事もある」
「そうした時に、この方がマシだったってなるぞ」
「うう…」
「そんなの嫌だ」
「なら我慢しろ」
「食えるだけマシなんだ」
食べないと午後の訓練で、体力が持たないだろう。
しかし食べるのも、疲れているからか辛かった。
この辺は慣れている兵士は平気みたいで、ムシャムシャと食べている。
むしろこの量では、足りないと言いたげな様子の人もいた。
兵役に就けば、無料でこの様な食事が与えられる。
その為に食い詰めて、兵士になる者も居た。
そうした者は厳しい訓練に、音を上げて着いて来れない者も多かったのだが。
ここの兵士達も一部は、そうした訳ありの者達の様だった。
午後になってから、大人は再び素振りや案山子相手の訓練に向かう。
一方少年達は、隊長に連れられて訓練場の端に集められる。
「では、午後からは素振りの訓練をしてもらう」
「ええ」
「まだやるんですか？」
「当たり前だ」
「今は体力を作る時期だ
身体を動かして、少しでも力を身に付けるんだ」
「うへえ…」
「訓練に使う剣だが…」
隊長はそう言うと、一人の少年を手招きする。
「既に訓練に慣れている者も居るだろうが、このショートソードを使う」
そう言って訓練場の端に用意された、訓練用の重しの入ったショートソードを渡す。
少年はその剣を持って、素振りを始めた。
最初は頭上から振り抜く。
次に右上段からの袈裟懸けや、左下段からの切り上げ等を指示に合わせて繰り返す。
みるみる額や腕に汗が浮かび、滑らない様に腕に力が入る。
「次、切り上げを５本
よーし」
一通り繰り返してから、素振りが終わって少年は一礼をして下がる。
「これを繰り返すわけだが、ある程度力が必要だ
だが、握る力を入れ過ぎても駄目だ」
隊長は軽々と鋭い振りを見せるが、その握りは確かに緩められていた。
それを見て、一人の少年がおずおずと手を挙げて質問する。
「なんだね？」
「はい
どうしてしっかり握ってはダメなんですか？」
「そうだねえ…」
隊長は軽く振り抜き、握りを見せる。
「振る時は小指に力を入れる」
ビュン！
鋭い振りに、剣は唸りを上げる。
「当たる瞬間は全体に…
力を入れる感じで
それ以外の時は力を抜いて
無駄な力は疲労と、怪我の原因になるからね」
ビュン！
ビュン！
「慣れるまでは、コレの繰り返しになる」
ビュン！
「はい」
ギルバートは父から習っていたが、他の者はほとんど初めての経験だった。
隊長に言われた様に振るが、中には剣をすっぽ抜かしたりしている。
フラフラと振り抜いた後に、バランスを崩す者もいた。
「これは、実戦を経験すると分かるんだが、今の振り方に慣れないと大変だぞ
当分は、この素振りの練習になる」
「ええ…」
「さあ
始めるぞ」
「はああい」
隊長は順番に素振りをする、少年達の様子を見て回る。
時に握り方の確認や、振り方の指示や注意をしていく。
そうして一回りすると、ギルバートと慣れていない少年を手招きする。
「キミは流石に、お父上に鍛えられている様だね
まだ力が足りていないが、筋は良い」
「はい」
「キミと二人で、あの案山子に打ち込んでみなさい」
「はい」
もう一人の少年と一緒に、ギルバートは案山子を相手に打ち込みをしてみせる。
エドワード隊長は、そこで二人に問題点を示す。
「さあ、やってみて」
「はい」
「やああ」
びゅうん！
バシッ！
「えい」
びゅうん！
ベチン！
「この通り
慣れていないとバランスが悪いし、しっかりと当たらない」
次にギルバートが呼ばれ、打ち込む様に言われる。
「さあ、君の番だ」
「はい」
「いやあ」
ブン
バン
「はああ」
ブン
バシッ
最初の少年は跳ね返されていたが、ギルバートはしっかりと当てていた。
「この通り
威力はまだまだだが、基礎が出来れば的確なダメージを与えれる
音で分かるね？」
『はい』
「はい…」
「キミ
年下に負けるのは悔しいかね？」
「は、はい」
見ると先の少年が、下唇を噛んで悔しそうにしている。
その目尻には、今にも零れそうな涙が見えた。
「気持ちは分かるがね
この子は既に、２年はやっている」
「え？」
「領主の息子とは、皆の見本にならないといけない
だから６つか７つになるぐらいから、素振りはしている…
だよね？」
「はい」
少年はギルバートと隊長を交互に見て、不意に恥ずかしそうに俯く。
「悔しがる事も、恥ずかしがる事も無い
キミの方が年上なんだ
毎日しっかりやれば、すぐに追い抜けるさ」
「え？」
「今は負けていても、まだまだ追い抜ける時間はある
頑張りなさい」
「はい！」
隊長の優しい言葉に、少年は元気よく応える。
「さあ、みんなで素振りをやろう」
『はい』
本来ギルバートは、基礎が出来ているので打ち込みだけをしたいが、隊長はそうしなかった。
特別扱いは良くない。
隊の不協和音を生んでしまう。
打ち込みはもう少し、他の者が出来る様になってからするべきだ。
若干、ギルバートの素振りの音の方が鋭く、安定している。
しかしこれを見て、他の者も真剣にやれば、全体の訓練の成果も上がるだろう。
訓練場に少年達の、素振りの掛け声が響いていた。
隊長は満足そうにそれを見て回り、時々声を掛けては、姿勢や握り方の指導をした。
これを見て、一部の大人の兵士は贔屓してると不満そうだった。
しかし子供に負けてられないと、より真剣に打ち込む兵士も中には居た。
そうした者が、後に戦果を挙げるであろう者であろう。
大人は夕刻まで素振りをしてから、後は自主訓練なり休息となったが。
しかし少年達は、一足先に３時に素振りを終えて、再び外周を走り込んでいた。
今はまだ、基礎体力を付ける時期である。
終わりの走り込みは、全力ではないが夕刻まで続く。
そうして汗を流した後に、軽く水浴びをしてから食堂へ向かう事になる。
ギルバート達は、水汲み場の周りに集まっていた。
「うわっ、冷たい」
「はああ、気持ち良い」
「今はまだ気持ち良いけど、冬場はキツイな」
「ああ」
「家は風呂が無いからな…」
「馬鹿
普通は無いさ
持っているのは金持ちの商人と…」
「え？」
少年はそう言いながら、ギルバートの方を見ていた。
「領主様の…
息子なんだって？」
「え？
ああ…」
「甘やかされて、満足に剣も振れない」
「え？」
「そう思っていた…」
「そうそう
そんな息子が来るって聞いて、生意気だと思ってた」
「ああ
だから半端な奴だったら…」
「奴だったら？」
少年はそう言うと、握り拳を作って見せる。
どうやら彼等は、ギルバートを認めたく無かったのだろう。
自分達は苦労して、満足に風呂など入る事も出来ない。
そんな自分達のところに、生意気な少年が入って来る。
だからみんなで、とっちめてやろうと考えていたのだ。
「だけどな、違っていた」
「え？」
「そうそう」
「あんな上手いなんて…」
「そうだよ
それに２年も頑張ってるんだって？」
「え？
ああ…」
「オレなんて、最近始めたばかりなんだぜ」
「へへ
お前はそれまで、母ちゃんと野菜作りだっただろ？」
「ああ」
「家は牛を育てているからな
牛の見張りをしてたさ」
「ばーか
見張りだなんて、サボって寝てたくせに」
「あ！
おい！
バラすなよ」
「はは」
「はははは」
少年達はギルバートを、認めてくれていた。
先程の腕前を見て、負けられないライバルとして認めてくれたのだ。
「改めて、よろしく頼むよ
ええっと…」
「ギルバート」
「え？」
「ギルバートでいいよ」
「でも…」
「領主様の息子なんだぜ？」
「ここは屋敷じゃ無いんだ
だから大丈夫」
ギルバートはニコリ微笑んで、名前で呼んでくれと言った。
しかし領主の息子と平民の息子では、立場が違うのだ。
そう言われたからといって、易々とは呼び捨てに出来なかった。
「今日かみんなと同じ、兵士見習いなんだ」
「だけど…」
「駄目…かい？」
「だって身分が…」
「今のボクは、君達と同じ兵士見習いだよ？
それとも、ボクだけ仲間外れかい？」
「うう…」
「良いじゃねえか
オレはゴードン」
「ぼ、ボクはディーン
よ、よろしく」
「ギルバートだ
よろしく」
少年達は、そうして自己紹介をしながら握手をする。
それを見て他の少年達も、名前を告げて握手をしていた。
気が付くと、ギルバートとディーンを中心にみんなが仲良く話していた。
この二人の出会いが、後のこの部隊の命運に関わるとは、まだ誰も知らなかった。
彼等は自己紹介が終わると、再び水浴びを続けた。
バシャバシャと互いに、ふざけて桶で水を掛け合う者も居る。
頭から水を被って、すっかりびしょ濡れになってしまった。
彼等は汗を流し切ると、布で水を拭き取り始める。
早く拭かないと、身体が冷え切って風邪を引いてしまうだろう。
そうして水を拭き取ってから、食堂に向かった。
「ああ、腹減った」
「今日はなんだろう？」
「おい、ギルバート
キミは今日が初めてなんだろう？」
「うん
どんな食事なの？」
「期待しない方が良いぞ」
「そうそう
昼よりはマシだけどな」
「ああ」
「でも量はあるから」
「そうそう」
「へえ…」
少年達は順に並んで、係の兵士から食事を受け取る。
今日の夕食は、肉と豆を煮込んだ野菜のスープと黒パンだった。
そして少年達には、デザートにオレンジも出されていた。
大人達はエールを、一杯だけ用意されている。
「がははは」
「ぷはあー
美味え」
そんな大人達の様子を見て、ゴードンが小声で囁く。
「あんな大人に、なっちゃあ駄目だぜ」
「くくく
そうだな」
「どうして？
酒は美味しいんでしょう？」
「そうなのか？」
「飲んだ事があるのか？」
「無いけど…」
そんなギルバートを見て、ゴードンはニヤリと笑う。
「それじゃあ分からないだろう？」
「そりゃあそうだけど…
父上は美味しいって言ってたよ？」
「領主様が？」
「うん」
「だけどお母さんはどうなんだい？」
「母上は…
飲み過ぎは駄目だって…」
「だろう？
オレの親父なんて、酒を飲んじゃあ母さんやオレを殴るんだ
だから酒は、良くない飲み物だ」
「え？
ゴードン？」
ゴードンの父親は、酒を飲んでは暴れるらしい。
これまでも街の警備兵に、何度か注意されているらしい。
それでも止められないのは、仕事で色々あるからなのだろう。
彼の父親は、貧しい商家の出なのだ。
「オレは親父の近くに居たく無くて…
家を出たんだ」
「ゴードン…」
「なあに
家は弟が継ぐ
あいつの方が賢くて、親父に気に入られているからな」
「そうそう
オレの親父も酒を飲むと、人が変わるぜ」
「父上は違うけどな…」
「領主様だからな」
「そうそう
そんな簡単には、暴れないだろう」
彼等はそれぞれ、家に居たくない理由があった。
それで兵役に就いて、少しでも楽に稼ごうと思っていた。
それがこんなに、しんどいとは思っていなかった。
当ては外れたが、それでも続けようとは思ってはいたが…。
それは家に戻っても、父親との不仲が原因なのだろう。
話しが一段落したところで、アレックスがギルバートに忠告する。
「ギルバートは、酒に溺れるなよ」
「そうそう」
「あれで暴れるのは、良くない大人だ」
「次期領主様だから、大丈夫だとは思うけど…」
「う、うん」
ギルバートは、この話を聞いて酒を怖いと感じていた。
父の上機嫌な姿を見て、子供心には憧れていた。
しかしこうした光景を目にして、少年は酒を嫌いになってゆく。
彼は大人になっても、酒は飲まない様にしようと思っていた。
食事が終わると、兵士達は６人ずつで部屋に別れて就寝となる。
もっともまだ寝れない者は、自主訓練や遊びに出掛ける。
最終的には８時の点呼に、部屋に戻っていないといけないが、それまでは自由だった。
少年兵は全部で９人だったので、４人と５人に別れた。
それから彼等は、消灯の点呼までは一部屋に集まっていた。
集団生活が初めてのギルバートに、年長の少年が色々と教える。
それは善い事だけでは無く、所謂悪い遊びも含めてだった。
そうして他の少年達も、各々で意見を交換していた。
またギルバートは、父から教わった訓練法をみんなに教える事にした。
それは自主訓練として、剣の握りや構え方を教える時間になった。
こうして時間はあっという間に過ぎ、消灯の点呼の為に巡回の兵士が来る。
まだ話していたいと言う少年も居たが、兵士に叱られて部屋に帰る事になった。
「また、明日」
「うん
また明日」
「ほら
早く部屋に帰って寝なさい
明日も訓練はあるぞ」
『はーい』
こうして、初日の訓練は終わった。
ギルバートは初めての外泊に、ソワソワしながら床に入る。
それは兵士用の、藁を使った簡単な寝台だった。
家の上質な羽毛使った寝台に比べると、それは固くて痛かった。
「おやすみ」
『おやすみ』
蝋燭が吹き消され、部屋が暗くなる。
静まり返った部屋に、疲れていたのかすぐに寝息が聞こえる様になった。
ギルバートもまた、すぐに寝息を立て始めていた。
固い寝台は寝心地が悪かったが、初めての訓練で疲れていたのだろう。
彼はそのまま、泥の様に眠るのであった…。
夢…
それは夢だった
確かに夢と実感出来るのは、自分が大人になっているからだ
彼は精悍な顔をした、大人の戦士になっていた
それはどことなく、父親に似ている顔付きだった
「…眠れないの？」
「ああ
…こそ、こんな時間にどうした？」
夢だからなのか、お互いを呼ぶ名前は聞こえない
聞こえて来るのは、名前以外の会話の内容だけだった
「魔物の接近を感じるわ」
「そうか
魔力が満ちているからな」
「すぐ近くまで迫っているわよ」
もう一人の女性が、彼に話し掛ける
彼は頷くと、武器をてにして焚火の傍を離れる
そこには暗闇に、影の様な黒い集団が集まっている
どれも黄色くて、不気味な目を爛々と輝かせている
「夜も遅くまで、ご苦労なこった」
「ここは行かせないわよ」
彼は剣を腰から引き抜くと、それを正眼に構える
慣れた手つきで、その奇妙な剣を振って見せる
それは奇妙な剣で、細く長い剣だった
彼はその剣で、黒い影を次々と切り伏せる
「はああああ」
「…
デカいのが来るわよ」
「ボスのお出ましか？」
「何言ってんのよ」
「こういうのはな、経験値が美味しいんだ」
「またゲームの話し？」
「ああ
こんな遅くまでしてたら、母ちゃんに怒られるぞ…と」
彼はそう言いながら、大きな黒い獣の影に切り掛かる
それは見た事も無ない、獣の顔を三つ持っている
その一つからは、炎の息を吐き出していた
「効かないよ
オレには炎の耐性もあるんだ」
「雷が来るわよ」
「させない」
一人の戦士が、弓を引き絞って射掛ける
それは山羊の様な顔の、目に突き刺さっていた
ギャオオオオ…
「雷の耐性もあるんだがな…」
「馬鹿
私達には無いわよ」
「勇者の特権ってやつさ」
彼等が大型の獣と戦っていると、さらに数名の戦士が現れる
「遅くなったわね」
「向こうにも魔物が居たよ」
「さあ
後はこいつ等だけね」
「ああ
さっさと片付けよう」
「ええ」
「女神の元には…
行かせないわよ」
彼は別に、英雄譚に憧れが無い訳では無い
しかしこれは、聞いた事も無い様な戦いだった
そもそも魔物とは、人型のゴブリンやコボルトぐらいしか知らない
それがこの夢の中では、見た事も無い様な影と戦っていた
この夢が何なのか？
彼には理解出来なかった
そして夢は、やがてぼんやりと輪郭を失って行く
「…
人間の軍勢も来たわよ」
「ああ
みなでここを守るんだ」
「おう！」
そうして夢は、徐々にその輪郭を薄くしてゆく
やがて朝を迎える頃には、その光景はすっかりと消えていた
そして彼の記憶からも、それは消えて無くなっていた
少年は夢の光景を、すっかりと忘れて目覚めた…
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。
