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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第七章 王都での生活
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第179話

その日ヘイゼルは、自分の自室のある東の塔で研究に没頭していた

ガストンとは違う部屋に住んでいて、兄弟弟子とは言え仲はあまり良くなかった

いや寧ろ競争して研究する、ライバルの様な関係だった

だから封印の研究も、別々の部屋で違う資料から研究していた


ここで共同で研究していたなら、結果は変わっていたかも知れない

その事を後悔して、後にガストンは宮廷魔導士の位を辞した

それに反発して、ヘイゼルもまた、宮廷魔導士の位は拒絶していた

それなので、未だに宮廷魔導士の位は空位のままだった


「ううむ…

 時間とは空間とは別の…

 しかし仮にそれをC軸としても…

 A軸とB軸との関連が…」


ヘイゼルは王太子に、掛けた魔法の解析を行っていた。

それは時間を空間の移動に見立てて、移動速度を遅らせる魔法であった。

しかし理論では理解出来ても、実践するのではまた違う。

そもそもが説明をするに当たっても、別の時間軸を説明する必要があるのだ。

それがややこしくて、ヘイゼルは書類の前で顔を顰めていた。


ううむ…

そもそもが、移動を遅くするという事が時間の停滞を示していて…

移動を遅らせるという事自体が、時間の停滞の魔法を意味している

それを説明するに当たって、時間を遅らせる魔法の説明が…


「ああ!

 ややこしいわい!」


後少しで、彼はその魔法の意味に気付けそうだった。

しかしその一歩が、なかなか進めなくて苛立っていた。

停滞の魔法の説明に、停滞の魔法を引用しなければならない。

それを代用する様な事例が、他に思い浮かばない。

そこでどうしても、彼は詰まってしまっていた。


ドンドン!

「あん?」


その時急に、彼の自室のドアが激しく叩かれた。

彼は不満そうな顔をして、ドアを開けてみる。

そこには興奮した様子のガストンが居て、ヘイゼルにいきなり掴み掛かって来た。

そして理由も分からずに、ヘイゼルはガストンに腕を掴まれて引っ張られた。


「すぐに西の塔に向かうぞ」

「何だ、騒々しい

 西の塔だと?

 あそこは殿下が封印されているだろう」

「ああ

 だからだ」

「はあ?」

「急ぐぞ!」

「急ぐって…

 おい!

 引っ張るなって」


訳も分からずに、ヘイゼルはガストンに引き摺られる様に連れて行かれた。

そこで堪らず、ヘイゼルはガストンに質問する。

このままでは、訳も分からず引き摺られて行くだけだ。


「一体何だって言うんだ」

「アルベルトが

 あの馬鹿もんが…」

「良いから落ち着け

 兄者がそんなに慌てるなんて…」

「これが慌てずにおられるか

 あの馬鹿もんが…」

「良いから

 先ずは順番に…」

「アルベルトが、息子を連れて塔に向かったんじゃ

 あのままでは…」

「どうしたって…」

「息子を生贄に使うつもりなんじゃ

 このままでは…」

「何だって!」


それを聞いて、ヘイゼルも急ぎ足になった。

既に方法はフェイト・スピナーから聞いていた。

関係する古文書も調べて、何とか生贄を捧げない方法を調べていたのだ。

それでヘイゼルも、時間の魔法の解明に躍起になっていた。


しかし当の赤子が、アルベルトによって塔に連れて来られていた。

このままでは、アルベルトは生贄の儀式を行うだろう。

だが儀式には、相当量の魔力も必要なのだ。

アルベルトにも魔力があるが、それだけでは到底足りないだろう。


早まった事をしていなければ良いが…

このままでは失敗するだけじゃ

それでは意味が無い


ヘイゼルは走ったが、すぐに息切れをして歩みも遅れる。

普段の運動不足が、ここで歩みを遅らせていた。

ガストンも息切れを起こし、二人でゼイゼイ言いながら這う様に進む。

ここで誰かが見ていたら、非常に滑稽な光景だっただろう。

しかし塔は厳重に封鎖されていて、その入り口以外には兵士も立っていなかった。


塔の中には、時遅れの魔法が敷かれている。

そこに迂闊に入れば、その者も魔法の餌食になってしまう。

だから塔の周りには、兵士も立たせていなかった。

迂闊に近付かない様に、国王の命令で人払いをしていたのだ。


その事が逆に徒となった。

番兵や巡回の兵士が居れば、アルベルトが赤子を連れて来るのを阻止出来たかも知れない。

しかしアルフリートに掛けた魔法が危険なので、塔には兵士は配置されていなかったのだ。

二人はその事を後悔しながらも、必死になって塔へと急いで向かった。


そこは塔の1階にある、大きな部屋だった。

そこにはヘイゼルが居室にしている部屋と対になる、大きな部屋が組まれていた。

そこには祭壇が設えられて、小さな赤子が息もしないで横たわって居る。

息をしていない様に見えるのは、呼吸すらゆっくりと行われているからだ。


周囲には蝋燭が灯されて、寂しくない様に木製の玩具や家具も置かれていた

しかし赤子は動かないので、その場はしんと静まり返っている。

誰も居ない部屋の中に、赤子から流れる血の臭いだけが充満している。

その生活感の無い部屋の真ん中で、赤子は身動ぎ一つせずに眠っている。


その祭壇の前に一人の若者が立っていて、赤子を天に向かって捧げる様に立っていた。

彼こそがアルベルトで、当時はまだ若き騎士団長であった。

彼は高々と赤子を捧げ持ち、女神に許しを請うていた。

そして今まさに、儀式が行われようとしていた。


「止すんじゃ、アルベルト!

 ゼイゼイ」

「そうじゃ、ゼイゼイ

 ワシ等が、ゼイゼイ」

「必ず、ゼイゼイ

 見付けるから、ゼイゼイ」

「だから、ぜいぜい

 早まるんじゃあ…」


二人は息も絶え絶えで叫ぶと、入り口から必死に呼び掛けた。

しかしアルベルトは哀しそうに微笑むと、静かに首を振った。

赤子の様子から、既に残された時間は短いと察していた。

赤子の顔色は青く、全身のあちこちに出血が見られる。


それは怪我では無く、膿の様な物が全身を覆っている。

そこからどす黒い血が滲み出て、赤子の命を削っているのだ。

このままでは早晩にも、赤子の命は潰えるだろう。

その前にアルベルトは、儀式で呪いを討ち払おうとしていた。


それが自身の、息子の命を捧げる儀式と理解している。

だが今行わなければ、もう間に合わないだろう。

だからこの赤子の胸を割いて、心臓を捧げるしか手は残されていない。

アルベルトは涙を流しながら、哀しそうに天を仰いだ。


「女神様

 この子の命をあなた様に…

 ですから代わりに、この子だけは…」

「止せ!」

「止すんじゃ!」

「すみません、お二人共…」

「他にも

 他にも方法がある筈じゃ」

「そうじゃ

 ワシ等が何とか調べるから…」

「でも、もう…

 時間が無いのです

 私は我慢が出来ません」

「止せ!

 アルベルト!」

「それだけは!

 くそっ!

 間に合わん!」

「すまない…

 ギルバート…」

シュラン!


そう言うと、アルベルトは静かに腰の短刀を抜き放った。

ナイフは蝋燭の灯を浴びて、鈍く暗闇で輝く。

そうしてアルベルトは、祭壇の下に赤子をそっと降ろす。

その際に優しく口付けをして、短く女神に許しを請うた。


「止せ!」

「止めるんじゃ!」

「女神様

 今あなた様の元へ…

 我が子ギルバートを送ります」


アルベルトは滂沱と涙を流して、短刀を構える。

流れる涙に、目の前の視界がぼやける。

それにも構わず、アルベルトは祈る様に短刀を構える。

そして天に向かって叫びながら、その短刀を深々と赤子の胸に突き立てた。


「その代わり…

 その代わりに、何卒、何卒!

 アルフリート殿下をー!」

「止めろー!」

「ああ…」

ズジュッ!


深々と短刀は突き刺さり、赤子は最期の一声を上げる。

そのままギルバートは、ぐったりと動かなくなった。

刺された胸からは、新鮮な血液が溢れる。

それを高々と掲げて、アルベルトは号泣した。


「ふぎゃっ…」

「あ!」

「ああ…」

「おお…

 おおおおああああ!

 ギルバート!

 ギルバート!

 案ずるな

 ワシもすぐにそこへ行くからな」

ブオン!

バシュッ!


不意に部屋の中に閃光が走り、一人の男が姿を現す。

男は真っ赤なマントを翻して、部屋の中を見渡す。

彼は異変に気が付いて、魔法を使ってこの場所に現れたのだ。

しかし一足違いで、彼も凶行に間に合わなかった。


「しまった!

 遅かったか…」

「どうしてくれるんじゃ!」

「そうじゃぞ」

「くっ

 間に合わなかったか…」


二人は腰砕けになりながらも、必死に男に掴み掛かった。

どうやらこの男が、禁断の儀式を教えて張本人であった。

彼は運命の糸(フェイト・スピナー)の一人で、名をエルリックと名乗っていた。

彼はアルベルト達の前に現れて、禁術の記された書物を手渡していた。


「どうして!

 どうしてこの様な禁術を…」

「そうじゃ

 他に方法は無かったのか!」

「待ってください

 私も他の方法を探していたんですよ?」

「だからと言って

 そもそも貴様があんな方法を示さなければ…」

「そうじゃ

 何であんな邪法を教えた」

「それは…

 いずれあなた方も行きついていたでしょう?」


エルリックは哀しそうに呟く。

そもそも禁術を記した書物は、王国の書庫にも隠されていた。

国王しか知らない、秘密の小部屋に隠されていた。

しかし彼等が本気で調べれば、いずれは見つかっていただろう。

だからこそエルリックは、この方法だけは使わない様に警告をしに来たのだ。


「私はあなた達が…

 いずれは行きつくと思って、それをしない様に言ったんですよ?

 それなのに…」

「じゃからと言って…」

「あんな物を見せるから…

 ハルもアルベルトも…」


しかしエルリックの警告を無視して、アルベルトは凶行に走った。

それは自分の息子の命で、王太子が救えると思ったからだ。

この禁術さえ成功させれば、王太子は救われる。

そう思い込んで、彼は儀式を行ってしまった。


「馬鹿な事を…

 あれでは不完全なんですよ」

「それをお前が見せるから…」

「そうじゃ

 少しでも可能性があると…」

「あれだけでは無理です

 女神の祝福ですよ?

 並みの呪いでは無いのですよ?」

「何が祝福じゃ

 呪いを掛けるなぞ…」

「そうじゃ

 祝福では無い

 呪いではないか」

「それはそうなんですが…」


普通の女神の祝福は、人間に祝福を与えて守るものである。

しかしアルフリートに与えられたものは、周りの者を巻き込んで不幸になる。

祝福を負にした呪いの様なものだった。

それを持って、アルフリートを呪われた子と示したのだ。


しかし実際には、アルフリート自体にはその様な呪いは元々掛かっていなかった。

女神がアルフリートが、危険な子であると示す為に掛けた祝福である。

その事もエルリックが、アルベルト達に明かしていた。

だからこそヘイゼル達が、その祝福の進行を停めようとしていた。


時間を止める事が出来れば、祝福の効果もすぐには現れない。

しかし祝福の効果自体は、徐々に周りに現れていた。

それが王国を襲った凶作であり、王都に流行り病を引き起こしていた。

時間を完全に止めれたとしても、その効果は周りに影響を及ぼしていたのだ。


完全に効果を打ち消すには、祝福を無効化するしか無かった。

しかしその方法は、エルリックですら思い付かなかった。

だから今分かっている有効な手段は、祝福を他者に移す方法だけだった。

そしてその対象は、同じぐらいの年の血の近い者だけだった。


だからこそ禁術で、ギルバートを見代わりにする方法が思い付かれたのだ。

その方法なら完全に、祝福をギルバートに押し付けれる。

そして同時に、ギルバートの魂がアルフリートを隠してくれる。

アルフリートが死んだ事になり、祝福の効果も打ち消せる。

方法としては、とても魅力的な手段であった。

それが赤子のギルバートを、殺すという手段で無ければだ。


エルリックとガストン達が言い争っていると、アルベルトは静かに言った。

彼の両腕の中で、既にギルバートは息絶えている。

後はこの赤子の死体を使って、女神を欺く邪法を完遂させるだけである。

アルベルトは、彼等にそれを行う様に促した。


「もう…

 遅いんです」

「う…」

「くそっ」

ドガッ!


エルリックは吐き捨てる様に言うと、壁を殴った。


「何で待てなかった!」

「良いから

 早くこの子を使ってください

 そうすればアルフリート殿下は…」

「しかし…」

「お願いします!

 もう、ハルやエカテリーナの哀しむ顔は、見たくは無いんです」

「だからと言って…」

「そうじゃ!」

「しかし…

 もうやるしか無いのでしょう?」

「ええ

 お願いします

 その代わり…」

「うむ」

「必ず成功させるぞ!」


二人は黙って頷くと、赤子の遺体を受け取った。


「これがあの日に起こった…

 出来事じゃ」


ヘイゼルは静かに息を吐くと、哀しそうに首を振った。

あの日の出来事は、今でも鮮明に思い出される。

心に深く刻み込まれて、夢にまで思い出される。

その懺悔を果たす為に、彼もこの地で待ち続けていたのだ。


「そんな…」

「すまない

 ワシ等が…」

「ヘイゼルのせいでは無い

 ワシも甘かったのじゃ」

「アルベルト殿

 彼も責任を感じて…」

「うむ

 あれには惨い事をさせた」


父であるアルベルトが、自らの手で息子に止めを刺したのだ。

その心中は如何な物であっただろう。

そして殺されたというギルバート自身は、何を思ったのだろう。


「今のお前の感情は、どっちの感情が出ているんだろうか?」

「え?」

「封印されたアルフリート殿下なら、そう問題は無いじゃろう

 しかしギルバートの方であるなら…」

「ギルバートは、オレ達を恨んでいるだろうな」

「…」


ギルバートの感情が残っているのならば、今も恨んでいるのだろう。

そうしてこの場に居れば、彼は怒りで襲い掛かって来るだろう。

アーネストが呟いたのは、そういう事だった。


「ワシ等は…

 アルベルトに手渡された赤子の、心臓を取り出して血を捧げた

 そうして邪法を施して、晴れてアルフリート殿下は息を吹き返した」

「キ・サ・マ・ラ・ガ…」

「ぬう?」


不意に空気が冷たくなり、ギルバートの雰囲気が変わった。


「ギル?」


アーネストが声を掛け、肩を揺すった。

しかしギルバートは答えず、代わりに急激に魔力が収束する気配が感じられた。

魔力はギルバートを中心に、どす黒い霧に変わろうとする。

それを見て、アーネストは慌ててギルバートを揺すった。


「ギル!

 正気を保て!」

「グ…

 ギガ…」

「ぬう!

 マズいぞ]

「何じゃこれは?」

「陛下

 危のうございます」


サルザードが異変を感じて、慌てて国王の前へ立ちはだかる。

そしてアーネストは、何とかギルバートを押さえ込もうとする。

魔力を両腕に集めて、ギルバートの周りに集まる負の魔力を払おうとする。

しかし魔力は、アーネストを弾き飛ばして収束し始める。


バシュッ!

「っ!

 マズい!」


アーネストが魔力に弾かれて、肩に置いていた手から血が迸る。

アーネストは傷にも目もくれず、必死にギルバートを押さえようとした。

しかしギルバートからは、背筋も凍りそうな不気味な声が発せられる。

それは深い闇の中から、響き渡る様な薄気味悪い声だった。


「キサマラガオレヲー!」

「ぐっ…

 ギル…」

「これは?」

「負の魔力か?

 死霊と同じ…

 あるいはそれ以上の…」


どす黒い霧の様な魔力が、ギルバートの周りに集まって纏わり着く。

アーネストが何とか押さえようとするが、魔力に阻まれて近付けなかった。

それを見ながら、ヘイゼルは懐を探った。


「やはり出おったか…

 最早押さえ切れんか」

「ヘイゼル

 本当に大丈夫か?」

「はい

 何とかしましょう

 ワシの…」


ヘイゼルはそう答えて頷くと、何かを取り出して呪文を唱え始めた。

その手に持った護符を掲げて、ヘイゼルは一心に呪文を唱える。


「いと深き深淵に住まう者よ

 闇の精霊よ

 汝が魔力を持って、この者に宿りし封印を鎮めたまえ

 混沌の封印(カオス・シールド)

バチバチバチ!


ヘイゼルが呪文の結句を唱えながら、右手を突き出した。

そこから青黒い魔力が迸り、ギルバートを包み込む。

黒い靄に包まれて立っていたギルバートを、更に青黒い光が包み込んだ。

激しく放電しながら、二つの魔力がせめぎ合う。


「グ…ガ…」

「ぬ…く…

 ふういんよ…

 おさまれ…」


ギルバートは苦しそうに呻くと、右腕を突き出しながら崩れた。

そのまま蹲っていると、青黒い光が徐々に小さくなって行く。

それに合わせて、黒い靄も小さくなって行った。

最後に一際大きな放電をして、黒い靄は消え去った。


「ぐぬ…

 これ…は…」


ヘイゼルも呻きながら、懸命に魔力を放出した。

その甲斐もあってか、黒い魔力の波動も消えていた。

最後にヘイゼルの掌の中で、護符は音も無く砕け散る。

それを確認してから、ヘイゼルは肩で息をしながら国王の方を見る。


「ゼイゼイ、ハアハア…」

「ヘイゼル、大丈夫か?」

「はあ、はひ

 何とか…」


ヘイゼルは何とか椅子に座ると、肩で息をしていた。

それほどこの魔法に、魔力を持って行かれていたのだ。

既に魔力切れに近くなり、意識を保つのがやっとだった。

そしてギルバートも跪いていたが、こちらも何とか意識を保てていた。


「ぐ…

 私は…」

「危うかったな

 封印に使われたギルバートの、魂に乗っ取られていたのじゃ」

「これが…

 封印の暴走…」

「ああ

 封印が堪えきれなくなると、封印に使われた魂が表に出て来る

 それに乗っ取られては、非常に危険な状態になる」

「前にアモンと戦った時と、同じ状況だな」

「具体的にはどの様な?」

「分からん」

「はあ?」

「何も分からんのじゃ」


国王は両手を挙げて、お手上げだと示す。

ヘイゼルも頷いて、この封印が未知の物だと認めていた。

そもそもが魔導王国時代の魔法で、記録しか残されていないのだ。

詳細はエルリックですら、分かっていなかった。


「そもそもが旧魔導王国の記録に出ておった封印じゃ

 詳しい事は分かっておらん」

「何も分からないんですか?」

「うむ

 祝福の肩代わりと、生きている者の存在を隠す

 それぐらいしか分かっておらん」

「それに無理矢理、封印に書きをしたからのう

 それが原因で、何が起こるかも分からない」

「分からないって…」

「今分かっている事は、アルフリート殿下がギルバートに乗っ取られる事になる

 それも恨みの感情に囚われて、破壊の衝動に駆られた危険な状態でな」

「そんな…」


アーネストは愕然としていたが、ヘイゼルはそんなアーネストの肩にに優しく手を置いて言った。


「じゃがな、封印を掛け直す手段は見付けた

 じゃからそなたが側に居て、封印が解けそうになった時は再び掛け直すのじゃ」

「エルリックも謝罪に現れてな

 引き続き封印をどうにかする方法を探すと言ってくれておる

 それが見付かるまでは、お前がどうにかするのじゃ」

「オレが…」


アーネストはヘイゼルと国王を交互に見て、小さく呟く。


「しかし、ヘイゼル様も封印は掛け直せるのでは?」

「そうじゃな

 しかしワシも年でな

 見ての通り、1回でこの様じゃ」


ヘイゼルは魔力をほとんど使い果たして、力なく座っていた。

内心は魔力枯渇で、頭痛で横になりたかった。

国王の手前、何とか堪えているのだ。


「お主の魔力なら、枯渇する事も無かろう」

「それも踏まえて、ギルバートの傍に居てやってくれんかのう」


二人に頼まれて、アーネストは頷く。

元より傍に居たくて宮廷魔導士になろうと思っていた。

それならば、この話は是非にでも受けるべきだった。


「分かりました

 自信はありませんが、ボクで出来る事があるのなら是非にでも」

「うむ

 頼んだぞ」


国王に頼まれて、アーネストは決意した。

しかしそうなると、どういった話でその役職に就くかが問題になる。

居並ぶ貴族に納得させて、宮廷魔術師になる必要がある。

宮廷魔導士となれば、さらに手柄が必要になるだろう。


「しかし、どうやって貴族達を納得させますか?」

「なあに

 ヘイゼルの推薦があって、そなたが宮廷魔術師となる手筈になっておる

 後は二人で、王都の学校を卒業すれば良い」

「そうすれば、王子は王太子として戴冠出来ます

 あなたも宮廷魔導士となり、王太子の傍に着けます」


宰相もそう言って頷き、手筈が整っている事を告げた。

問題は二人が、王都の学校に通う必要がある事だった。

アーネストには問題は無いが、ギルバートの学力では不安だった。

何とか学校に行けたとして、卒業をする必要があるのだ。


「では、後は学校ですね」

「ああ

 既に編入の手続きは出来ておる

 後は学校に…」


国王がそう言っているところに、ドアが激しくノックされた。


ゴンゴン!

「なんじゃ、騒々しい」

「ここへは誰も通すなと言っておっただろう」


国王と宰相が立ち上がり、ドアに向かって声を掛けた。


「申し訳ございません

 しかし急ぎの要件がございまして」

「どうしたと言うのじゃ」

「一体何があったと言うのじゃ?」


宰相がドアを開けると、そこに息を切らした兵士が立っていた。


「はい

 先ずはフランドール殿がノルドの砦に迫り、明日にでも開戦しそうになっております」

「うむ

 それは既に承知しておる

 だからダガー将軍が向かっておるじゃろう」

「はい

 しかし…」


兵士はここで言葉を切り、不安そうな顔をした。


「ダガー将軍が向かう先に、魔物の集団が現れました」

「何じゃと!」

「それは本当か?」


「はい

 いえ、まだ確認が取れていませんが、早馬にて報せが届きました」

「ううむ

 どうしたものか」


ダモンが反乱を企てているという報せは、フランドールから王都に届いていた。

それを阻止するべく、フランドールはダーナの軍を動かしていた。

しかし無断で動かしていたので、王都からそれを止める為にダガー将軍も軍を動かしていた。

出来る事なら、両軍がぶつかる前に仲裁に入る予定であった。


しかし王都からの指令が到着する前に、フランドールはノルドの砦に到着していた。

それだけでも問題なのに、さらに止めに向かった将軍の前に魔物の集団が迫っていた。

これでは将軍も、迂闊に先に進めなかった。


「どういう事じゃ?

 アーネストが聞いた話では、魔物は暫く来ないという話であっただろう」

「はい

 魔物を率いていたフェイト・スピナーの、アモンという魔王がそう言っていました」

「魔王…

 真に魔物を率いる魔物の王…

 それならば何故?」


国王達にも理由は分からず、ただ魔物にどう備えるかが問題となった。


「今はそれよりも、魔物の群れをどうするかじゃな」

「ええ

 将軍が押さえるにしても、どの様な規模なのか…」

「すぐに将軍に早馬を出せ

 魔物の侵攻を阻止させるのだ」

「はい」


兵士は慌てて部屋を出て、早馬を出させに向かった。


「将軍の部隊だけで、どうにかなれば良いのだが」

「ううむ」


国王と宰相も、不安になっていた。

今までは散発的に、ゴブリンやコボルトの集団が攻めて来るだけであった。

それでも数が多くては、苦戦を強いられていた。

もしこれがダーナを攻めた様な本格的な魔物の群れであったら、例え将軍でも危ないだろう。


「ゴブリンの群れぐらいなら良いが…」

「オーガなどが来たら危険ですな」

「早急に魔物の詳細が知りたいな」

「しかし早馬でも3日は掛かります」

「将軍の元に、使い魔を使える者が居ればなあ」


使い魔を飛ばせば、1日で到着するであろう。

しかし使い魔を作れるだけの技量を持った魔術師は、ヘイゼル以外には数人しか居ない。

そして将軍の元には、その様な魔術師は居なかった。


「ボクが行って来ましょうか?」


アーネストがそう申し出たが、国王は渋い顔をして答えた。


「そうしたいのはやまやまだが、そなたはギルバートの傍に居るべきじゃ」

「そうじゃぞ」

「ならば、私もそこへ向かいます」

「なんじゃと!」

「それはいかん

 危険ですぞ」


ギルバートがアーネストと、将軍の元へ向かうと進言した。

しかし宰相は危険と判断して、それを許可しなかった。


「私でしたら、一人でもオーガを倒せますし…」

「しかし…」


国王もその策には反対であった。

やっと再会出来た息子が、再び危険な場所に向かおうとしている。

親としては、そこへ向かわせるのは躊躇った。


「ですが、このままでは…」

「魔物の動向を探るのも苦労しそうですね」


再び話が戻り、一同は何か策が無いものかと頭を悩ます。

しかし結局は、良い策は思い付かなかった。

妥協案として、将軍の元には腕利きの魔術師が送られる事となった。

その魔術師が到着すれば、少なくとも今よりは情報が早く届くだろう。


「どうしても駄目ですか?」

「そうだな」

「王子の腕を使用しないワケではありませんが、危険です」

「それならば…

 騎士団と模擬試合をさせてください

 それで私の腕を見てください」

「それは…」

「良いじゃないか

 それで王子が満足するのなら」


ヘイゼルの進言もあって、ギルバートは国王の前で騎士団と模擬試合をする事となった。

これで認められれば、将軍の居る前線への進軍が許可される。

国王は気が進まない様だったが、何とかそこまで話を進める事が出来た。

しかしアーネストは、そんなギルバートを心配していた。


慢心では無いのだろうが、まだ封印が暴走する可能性はあるのだ。

不安と期待を抱えながら、試合は翌日に行われる事となった。

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