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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第175話

ギルバート達が王宮に入った頃に、北西のノルドの森には戦火が上がっていた

フランドールが指揮する、ダーナの軍が攻め込んだのだ

その勢いは収まらず、一気に砦を攻め落とす

そして戦火は、ノルドの町をも包んでいた


町は炎に包まれ、人々は焼き出される

多くの領民が、フランドールの私兵によって斬り殺されていた

そして彼等は、襲った町の建物から略奪を働く

最早歯止めも効かなくなり、町は荒らし尽くされていた


「どういう事だ!」

ダン!


ヘンディー将軍は怒りに顔を歪めて、自身の天幕の机を叩いた。

それは将軍が、略奪行為を認めていなかったからだ。

彼はダーナの兵士に、領民を襲わない様に指揮していた。

しかしフランドールの私兵が、好き勝手に街を荒らしている。

その行為を見咎めて、彼はフランドールに抗議に向かう事にする。


「ここから先は、領主様の天幕だぞ」

「分かっておるわ

 フランドール殿は居るのか?」

「領主を呼び捨てにするな」

「そうだぞ

 たかだか平民の騎士風情が」

「ワシは将軍だぞ」

「だからどうした

 貴様は平民だろう」

「フランドール様は貴族だぞ」

「だからどうした!

 貴族だからと言って、こんな非道が許されるか」


将軍は憤って、フランドールの私兵達を睨む。

彼等はフランドールの指揮で、町で略奪行為を行っていた。

しかし将軍がフランドールに面会を求めても、彼等が通そうとしない。

フランドールは将軍に会う事を、拒否していた。


「ええい

 ここを通さんか」

「ならんな」

「フランドール様は、貴様には会いたくないとさ」

「何?」

「うるさい貴様の顔なんぞ、見たくないそうだ」

「ふざけるな

 貴様等が勝手に…」

「町の略奪行為は、フランドール様の命令だ」

「そうだぞ

 これは正式な戦闘行為だ」

「何が戦闘行為だ!

 無力な領民を斬り殺し、略奪する事が戦闘行為だと言うのか?」

「ああそうだ」

「フランドール様の指示だからな」

「くそっ

 ふざけるな」


私兵達は天幕の前に立ち塞がり、将軍を通そうとしなかった。

無理に押し通るのならば、彼等を切り伏せるしか無かった。

しかし彼等が非道な行為をしているとしても、味方を斬る事は問題がある。

彼等を斬ってしまえば、この場で同士討ちが始まってしまうからだ。


「ええい

 どかんか」

「ここは通さねえぜ」

「はははは

 おととい来やがれ」

「くそっ

 フランドール」


将軍は声を上げて呼び掛けるが、フランドールは無視を決め込んでいた。

下手に顔を見せれば、将軍がうるさく軍規がどうこうと言うからだ。

町を襲った事は、フランドールもマズいとは分かっている。

しかし私兵達を満足させる為には、これぐらいは必要だと考えていた。


今回は内戦なので、勝利しても大した収入にはならない。

それならば彼等を満足させる為にも、略奪行為は許す事にしたのだ。

その代わりに、逆らったノルドの領民は皆殺しにする。

それはフランドール自身が、望んでいる事でもあった。


「フランドール

 良いの?」

「何がだ?」

「町を襲わせた事よ」

「ん?

 何だ?

 こんな小さな町の一つぐらい、無くなっても問題無いだろう?」

「え?」


ミスティはフランドールの事を心配して、気遣って声を掛けたつもりだった。

しかし当のフランドールは、町の事をまるで気にしていなかった。

あれ程の死者を出したのに、彼は歯牙にも掛けていなかったのだ。

その様子に、ミスティは不安を感じていた。


「どうしたの?」

「ん?

 何がだ?」

「おかしいわよ?

 以前のあなたなら、こんな事は…」

「以前とは?」

「え?」


フランドールは、ミスティの問い掛けが理解出来ない様子であった。

以前の彼ならば、こんな非道な行いはしなかっただろう。

しかしフランドールは、虐殺も略奪も当たり前の様に感じている。

一体彼に、何があったというのだろうか?


「変よ

 以前のあなたなら、こんな非道な行為は…」

「何が非道なんだ?」

「え?」

「あれはただの平民だろう?

 死んでも苦でも無いさ」

「ほ、本気なの?」

「ん?」

「あなた…

 それを本気で言っているの?」

「ああ

 当たり前だろう?

 オレは選ばれた者になったんだ」

「え?」


ミスティの問い掛けに、フランドールは予想外の答えを返した。

それは少し前まで、フランドールが嫌っていた言葉だった。

選民思想

彼の今の発言は、選民思想者がよく使う言葉だった。

彼が毛嫌いして、嫌悪していた選民思想者の言葉そのものだった。


「どうしたの?

 あなた変よ?」

「何がだ?」

「選ばれただなんて…

 それじゃあまるで…」

「選民思想者か?」

「そうよ

 あなたが毛嫌いしていた、選民思想者の言葉じゃない」

「そうか?」

「そうかって…」


しかしミスティが選民思想者と言っても、フランドールは動じなかった。

まるでそれがどうしたと言わんばかりに、彼は平然としていた。

その事に、ミスティは違和感を感じる。

ここ数日のフランドールは、明らかに以前と違っているのだ。


「どうしたの?

 何があったの?」

「ん?

 何を言っているんだ?」

「だってあなた…

 まるで選民思想者じゃないの」

「それがどうした?」

「それがどうしたって…

 本気で言っているの?」

「ああ

 そういう君こそ、選民思想者じゃ無かったのか?」

「それは…

 でも今は…」

「良いじゃないか

 これからはオレの妻になるんだ

 選ばれた者の妻になるんだぞ」

「ほ、本気で言っているの

 あなた…

 一体どうしたの?」

「どうしたもこうしたも無い

 オレは気付いたんだ」

「気付いた?」

「ああ

 欲しい物を手に入れるには、選ばれなければならない

 そしてオレは、選ばれる事にしたんだ」

「選ばれるって…

 誰に?」

「神にだ…」

「神?」

「ああ

 神に選ばれたのだ」


ミスティの問い掛けに、フランドールは神に選ばれたと答えた。

しかしその言葉を発する際に、フランドールはどこか目付きがおかしくなっていた。

それはまるで、何かに陶酔した様な恍惚とした視線を浮かべている。

その様子からも、ミスティは異常を感じていた。


何か変…

神ですって?

フランドールは今まで、そんな事は言わなかったわ

一体どうしたと言うのよ?


ミスティはフランドールの様子に、異様さを感じていた。

しかしそれが、どうしてなったのかが分からない。

それでミスティは、短く呪文を唱えた。

それは一種の、魔力感知の様なものだった。


「精霊よ

 風の精霊よ

 汝が息吹をもって、彼の者に憑りつきし者の正体を明かせ…」


それはミスティが得意とする、風の魔法の一つである。

アーネストが王都に向けて発つ前に、教えてくれた魔法の一つだった。

姿を隠す魔物を見破る為の、魔力感知の様な魔法である。

ミスティはフランドールの様子から、何か善くない者が憑りついていると感じたのだ。

それでその者の正体を、見破ろうとしたのであった。


「ふん

 看破の魔法か

 煩わしい」

魔力感(デティクティブ)…」

グギリ!


しかしその呪文は、結句まで唱えられなかった。

フランドールの天幕で、何が起こったのか…。

外で見張っていた私兵達も、何も気が付かなかった。

それは将軍が、表で騒いでいたからだ。


「フランドール!」

「うるさい」

「領主様はお会いにならないと言っているだろうが」

「くそっ」

「はあ…

 うるさいな」


フランドールは首を捻ると、ゴキゴキと音を立てた。

それから立ち上がると、天幕を開いて外に出る。


「何だ

 騒々しい」

「フランドール

 どういう事だ!」

「どういう?」

「略奪行為の事だ

 何であんな事を…」

「ふん

 平民を殺したぐらいで騒々しい」

「な?」


フランドールが顔を見せた事で、将軍は詰問した。

彼としては無辜の領民を虐殺し、略奪した事は許せない行為であった。

しかしフランドールは、それがどうしたと平然としていた。

そしてその答えに、将軍は信じられないと頭を振る。


「馬鹿な

 平民だと?」

「平民だろうが」

「そうじゃない

 この地の領民なんだぞ?」

「だからどうした

 所詮は使い棄ての平民であろう」

「な…

 貴様!」

「そ奴を取り押さえろ」

「え?」

「良いんですかい?」

「構わん

 取り押さえて跪かせろ」

「フランドール…

 貴様!」

「ひゃはははは」

「フランドール様の命令だ」

「覚悟しやがれ」


フランドールの言葉に、将軍は愕然とする。

ダーナの兵士同士が争わない様に、将軍がフランドールの天幕に出向いたのだ。

それなのにフランドールは、将軍を捕らえようとしている。

そしてフランドールの私兵達も、様子がおかしかった。


フランドールの命令は、将軍を捕らえる命令である筈だ。

それなのに私兵は、剣を抜いて明らかに殺気を持って構えている。

このままでは、殺し合いになってしまうだろう。

将軍は剣に手を掛けて、どうしたものかと思案する。


何だ?

これはどういう状況だ?

奴等は殺気を持って、剣を構えていやがる

どうする?

殺さなければこっちが殺られるぞ?


「騒がしいわね」

「ミステ…

 な!」


そこに天幕から、ミスティが姿を現す。

将軍は助かったと、ミスティに説得を頼もうとする。

しかし現れたミスティは、明らかに様子がおかしかった。

そのあまりな姿に、将軍は驚きを隠せなかった。


「フランドール!

 き、貴様!

 ミスティを…」

「目覚めたか?」

「ええ

 気分が良いものね

 生まれ変わった様な気分だわ」

「くはははは

 文字通り生まれ変わったからな」

「ええ

 すこぶる気分が良いわ」

「な、何て事だ…

 女神よ…」

「ふん

 その女神の力なのだよ」

「ええ

 そうね

 私も神に選ばれたのね」

「くっ…」


将軍は止む無く、剣を引き抜いた。

このままでは、将軍も彼等の仲間にされるだろう。

いや、最早敵わない以上は、彼も逆らえないだろう。

彼は覚悟を決めて、剣に命を賭ける事にする。


「エレン

 すまない…

 生まれて来る子の顔は、見れそうに無いな」

「くはははは

 さあ

 この忌々しい男も始末しろ」

「はい」

「あなたも仲間になりなさい

 気持ち良いわよ」

「アーネスト…

 坊っちゃん…

 すみません…

 うおおおおお…」


それから半刻後には、ノルドの町の略奪は終わっていた。

ダーナの兵士達も剣を手にして、一緒になって領民を斬り殺していた。

そうしてノルドの町は、すっかりと廃墟と化してしまった。

残されたのは、焼け落ちた建物と血の跡だけだった。


「くはははは

 ここからだ」

「ええ

 あなたの世界が始まるのよ」


その廃墟を眺めながら、フランドールは満足そうに笑っていた。

傍らにはミスティが、血塗れのドレス姿で立っている。

彼の周りには、血に塗れた兵士達が集っている。

それはノルドの町の民の、返り血で幽鬼の様な姿になっていた。


「フランドール様

 次はどうなさいます?」

「ダモンの死体はどうなった?」

「あちらにございます」

「ふん

 あのダモンも、今では肉塊となったか

 くはははは」

「ええ

 フランドール様の前には、どの様な者でも敵いますまい」

「だろう?

 くはははは」


楽しそうに笑うフランドールの横には、跪く将軍の姿が見える。

彼は兜を目深に被り、忠臣の様にフランドールに従っていた。

最早ダーナの兵士の中に、フランドールに逆らう者は居なかった。

みなフランドールに傅いて、ひれ伏して従っていた。


「将軍

 次はいよいよ…」

「ダーナ…」

「そう

 我が領土にして、我が意にそぐわないあのダーナだ」

「ダーナ…

 エレン…」


フランドールの横で、将軍がふらふらとする。


「ふん

 まだ抵抗するか」

「まあ

 でもね、攻め込んでしまえば…」

「ああ

 今は逆らえても、あと少しだな」

「エレ…ン」


将軍は何とか、正気を保とうと足掻いていた。

しかしフランドールの命令に、逆らう事は出来なかった。


「さあ

 ダーナに向かうぞ」

「は…い」

「将軍!」

「は…い」

「ふん

 まあ、あと一息だ

 そうすればあの生意気なギルバートも…

 くふふふふ」

「ほほほほ」


フランドールが剣を構えると、兵士達が前に進み始める。

彼等は返り血で真っ赤に染まり、ゆらゆらとダーナに向けて進み始める。

その様はまるで、物語に語られる幽鬼の軍勢の様であった。

そのままゆっくりと、彼等はダーナに向けて進む。

彼の地を血で染め上げる為に、ゆっくりと進軍して行く。


ノルドの町がその様な事態に見舞われているとは知らずに、国軍は竜の背骨山脈に向けて進んでいた。

山脈を越えるには、まだ数日が必要である。

魔物に遭遇しなくても、そこからもう1週間は掛かるだろう。

彼等が町に到着する頃には、町には死霊が溢れ返っているだろう。


そしてギルバート達は、故郷がその様な危機に見舞われている事を知らなかった。

まさかフランドールが、一気に町を壊滅するとは思ってもいなかったのだ。

それもダーナの兵士まで、その殲滅戦に参加するなど思ってもいなかっただろう。


フランドールの私兵だけならば、そこまで早くは無かっただろう。

彼等の技量は、そこまで上がってはいなかった。

しかしダーナの兵士は、魔物を倒した事で強くなっていた。

その上で身体強化も身に着け、並みの兵士では敵わなくなっていた。


ダーナの兵士が居なければ、砦はもう少しもっていただろう。

しかしオーガを倒す程の猛者が、ダーナの兵士の中には居るのだ。

そんな兵士が向かって来れば、さすがに砦も長くはもたなかった。

それがギルバート達や、国王も予想出来ない結果を招いていたのだ。


そして戦火は、ダーナの街をも巻き込んで行く事になる。

それは領主フランドールを先頭に、将軍が率いるダーナ軍によって攻め込まれるからだ。

屈強なダーナの兵士達が、同胞であるダーナの街に攻め込む。

そして領民達を、その手に掛ける事となるのだ。

その悲劇的な争いが、間も無く行われようとしていた…。

まだまだ続きます。

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