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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第172話

ギルバートは王城のホールに戻り、右側の貴族用の客室に案内される

荷物は既に運ばれており、そこで着替えてからもう一度案内をされる

客室の通路の奥に、貴族用の浴室が用意されている

そこで衣服を脱いでから、広い浴室へと向かった


浴室は大きく、湯船はゆったりと寝そべるだけの大きさがあった

そこでゆっくりとお湯に浸かって、薬草から作られた粉石鹼で全身を擦る

それから熱いお湯で流して、再び湯船に浸かった

暖かいお湯に浸かると全身に倦怠感が起こり、疲れていたのだと改めて感じられた


「ふう…」


風呂から出て、汗とお湯をタオルで拭き取る。

そうしている間に、メイド達がお湯を捨てて新しいお湯を張り直す。

次に入るアーネストの為の準備だ。


「はあ…

 さっぱりした」

「おう

 疲れは抜けた様だな」

「ああ

 良い湯加減だった」

「そいつは良かった

 次はオレが入るからな」

「ああ

 ゆっくりして来いよ」

「そうするよ」


アーネストが笑顔を浮かべて、外で待っていた。

それからアーネストも風呂に向かい、ギルバートは休憩場所で休んでいた。

そこにもメイドが立っていて、ギルバートの出て来るのを待っていた。


「冷たい冷水です」

「ありがとう」


メイドに冷水を渡されて、ギルバートは笑顔で礼を言った。

メイドは静かに頭を下げて、その場を退出する。

渡された冷水は、冷たくて美味しかった。

何かの果実の絞った汁が混じっていて、後味も爽快であった。


「ふう…

 こいつは美味いな」


暫くして、アーネストも休憩室に出て来た。

アーネストは出て来るなり、気持ち良さそうに溜息を吐く。


「はあ…

 生き返るな」

「死んでいたのか?」

「まさか?」

「はははは

 それだけ元気が良い、死人はいないか」

「だから死んで無いって…」


ギルバートの苦笑いを見て、アーネストも笑顔で答える。

そうしながら、アーネストも冷たい果実水を受け取った。


ひと息ついてから、二人は食堂に案内される。

既に時刻は深夜を越えているので、そこには簡単な夜食が用意されていた。


「捕まっている間は、食事が無かったからな」

「そりゃあそうだろ

 これから殺そうって奴に、食事なんて出さないだろう」

「そうだろうけど、何か食べたかったよな」

「ははは

 それならたらふく食べろよ」

「夜も遅いからな

 ほどほどにしておくよ」


改めて腹ペコだと主張しながら、ギルバートは夜食に出された食事にかぶりついた。

それは簡単な物で、少量のサラダと干し肉、パンと野菜のスープであった。

アーネストはスープとパンだけ食べて、ギルバートは全部平らげていた。


「アーネストは食事は…」

「ボクも食べていないぞ

 だが夜中だしな…」

「そうか?」

「それにしても…

 ほどほどって…」


アーネストが思ったよりも食べないので、ギルバートはてっきりもう食事はしている物だと思っていた。

しかしアーネストは、逆に食べていないので食欲が無くなっていたのだ。

それに待っている間も、ギルバートの身を案じていた。

彼の無事を見届けるまで、生きた心地がしなかった。

それで食事に関しては、既にほとんど無くなっていた。


食事が終わって、執事が酒が必要か尋ねて来る。

いつものアーネストなら、その場で何杯か飲んでいただろう。


「どうされますか?

 ご要望でしたら葡萄酒もございますが」

「私は良いです」

「オレは…

 いや、止めときます」


アーネストは一瞬迷ったが、断った。

明日は謁見が控えているし、酒が無くても寝れると思ったからだ。

ギルバートが戻った事で、今は安心している。

それに魔法も使っていたので、既に眠気が強くなっている。


「飲まないのか?」

「ああ

 今夜はな」

「今夜は…か」

「それでは寝室にご案内します

 今日はそのまま眠られますか?」

「ええ」


執事は一瞬迷いながらアーネストを見たが、アーネストは黙って首を振る。

それで執事も判断出来たのか、二人をそのまま客室へ案内した。

二人は隣り合った部屋に案内されて、執事はその部屋の前で離れた。


「私はここまでで

 明日は、何時頃にお伺いすればよろしいですか?」

「そうですね…」

「起こしに来るのも着替えも良いので、8時に来て下さい

 食事の後で、謁見と考えて良いんですよね?」


ギルバートの代わりに、アーネストが手早く話を詰める。


「はい

 それでは8時に食事で、その後に謁見の手配を致しましょう」

「はい

 それでお願いします」

「アーネスト?」

「それで良いな?」

「そうなんだが…

 随分と手慣れているな」

「そうか?」


アーネストの答えに満足して、執事は頭を下げて戻って行った。

アーネストはアルベルトに、貴族としてのマナーも教わっていた。

それでこうした場面でも、物怖じせずに応対出来た。


二人は部屋に入ると、さっそく今日の話を始めた。

先ずは城門に着いて、拉致されたところからだった。


「しかしよく無事だったな」

「ああ

 奴等は私を、誰にも気付かれない場所で殺そうと思ったんだろうな」

「だろうな」

「心配掛けたな」

「ああ

 すっごく心配したぞ」

「そうか?

 その割には…」

「いや

 お前が死体の山の上に居るんじゃないかって…

 それが心配だった」

「何だよそれ?

 酷いなあ」

「はははは」


計画は杜撰だったが、彼等はバレたく無い様子だった。

だからこそギルバートを、人目の付かない場所に送り込んだのだ。

それでアーネストは、最初は見付けられずに焦っていた。

しかし殺されるとは、微塵も思ってはいなかった。

なんだかんだと言って、友の力を信用していたのだ。


彼等は事前に計画して、準備はしていたと思われた。

だからこそ馬車も用意して、兵士も買収していたのだ。

ただ、王都から迎えが来るのは想定外だったと思われて、慌てて対処した様子だった。

そこから今回の作戦も、穴が空き始めたのだろう。


「奴等はギルが来るのは知っていたが…

 詳細は知らなかったんだろう」

「そうなのか?」

「ああ

 だから使い魔を殺した奴と、ガモンは直接連絡を取れていなかったんだろう」


使い魔を捕まえて、処分した者が居る筈だった。

しかしそいつは、王城に勤めていた事になる。

それが誰か分からないが、情報の全てがガモンに伝わっているわけでは無さそうであった。

そうで無ければ、全ての情報が伝わっていただろう。


王城からの迎えに関しては、慌てて用意した様に見えた。

そうで無ければ、もっと兵士らしい者が用意されていただろう。

彼等が準備不足だった為に、城門で騒ぎが起こってしまった。

そうで無ければ、アーネストも一緒に捕まっていたかも知れない。


「使い魔か…

 それじゃあ到着の報せは?」

「恐らくバルトフェルド様からの使いだろう

 それを王城で聞いて…」

「それで慌てて用意したと?」

「そうだな

 それでいい加減な計画だったんだろう」

「いい加減って…

 それにしては手慣れていないか?

 貴族の名も出していたし…」

「貴族の名を出したのは、逆に慌てていたからだろう?

 貴族の名を出したからこそ、逆に奴等の仕業と判明したんだ」

「そうなのか?」

「ああ

 名前を出された貴族は、国王派の貴族だったんだ

 だから逆に、反国王派だって判ったんだ」

「そうだったのか…

 国王派と反国王派か…」

「ああ

 反国王派の筆頭が、ガモンと親交のある貴族だ」

「なるほど…

 そういう事か」


反国王派の貴族は、王国の転覆を企んでいた。

それで国王派の貴族の子息を、誘拐して殺していた。

ギルバートの事も、恐らくはアルベルトの息子として誘拐したのだろう。

アルベルトの息子ならば、国王派にダメージを与えられると考えたのだろう。


「お前は国王様の甥であり、アルベルト様の息子だ

 だから殺したかったのだろう」

「何でだ?」

「殺して適当な貴族の仕業にして、反目を狙ったのだろう

 国王派の貴族の仕業にすれば、よりダメージを与えられる」

「それがエストブルク卿か?」

「ああ

 彼は国王派の貴族だ

 彼の仕業となれば…」

「国王派同士で反目すると…

 そういう筋書きか?」

「そうだったんだろうな」


エストブルク卿は、国王派ではあるが小さな貴族だ。

だから発言権も無いのだが、国王派同士で疑い合う原因にはなるだろう。

それで彼の名を騙って、誘拐をしたのだろう。

しかしその事が、逆に反国王派の仕業と示していた。


「誘拐に関しては、何度もやって慣れていたんだろう

 実際に誘拐に関しては、貴族が絡んでいたからな」

「貴族が?」

「ああ

 反国王派の、大物の貴族がな」

「そんな人物がか?」

「ああ」


アーネストはベルモンド卿の事を話して、どういった事が行われていたかを説明した。

ベルモント卿自身は、反国王派の重鎮でもある。

それがこんな事をしたのは、単に国王への嫌がらせだけでは無かった。

ガモンに誘われて、誘拐した貴族の子息を融通されていたからだ。


「ベルモンド卿という貴族が居てな、こいつが今回の黒幕の一人だ」

「そいつは何者だ?」

「元は地方の町の男爵なんだが…

 今は王都の貴族街に、屋敷を持つだけの貴族だ」

「領地が無い貴族か?」

「ああ」

「それがどうして?」

「どうやら父親も選民思想にかぶれていてな、それで取り潰されたらしい」

「父親が?

 それなのにまだ、その息子も悪い事をしていたのか」

「そうだ」


ベルモント卿の父親は、選民思想にかぶれて悪しき行いをしていた。

平民を誘拐して、奴隷にしていたのだ。

今のベルモント卿も、その父親の真似をしている。

選ばれた貴族ならば、平民を奴隷にしても良いと考えているのだ。

それで今回も、ガモンの誘いに乗って誘拐を行っていた。

それも平民だけでなく、貴族の子息にまで手を出していた。


「奴は平民の誘拐だけでなく、貴族にまで…

 屋敷に貴族の子息を攫って来て、奴隷にしていたんだ」

「奴隷に…

 という事は…」

「ああ

 あいつも選民思想者だ」

「それじゃあ、自分は何もして良いと?」

「ああ

 そういう考えが、選民思想者の特徴だな

 選ばれた者だから、何をしても許されるとか考えているんだな」

「馬鹿な事を…」

「ああ

 許される事じゃ無いのにな」

「そうだな

 女神も許さないと言っているんだろう?」

「ああ

 その様な話しなんだが…

 女神も否定しているからな」

「はあ?

 それじゃあ、何を信じているんだ?」

「さあな?」


アーネストの説明を聞きながら、ギルバートは呆れていた。

選民思想者の多くは、女神の存在すら否定する者が多い。

そのくせ自分達だけは、何をしても許されると考えているのだ。

その結果が、他者を奴隷にして殺している。

そんな事が本当に、許される筈が無いだろう。


「父親がそれで失敗したのに、また選民思想か?」

「ああ

 自分達は選ばれた者なのに、こんな身分なのは納得出来ないという考えなんだろう」

「こんな身分って?」

「自分達こそが、この世界の支配者だとか思っているんだろう?

 だから国王様も、害しようと狙っているんだ」

「そんな事をすれば…」

「ああ

 当然貴族籍も剝奪されて、犯罪者になるな

 それなのに馬鹿なのか…」

「馬鹿なんだろうな

 そんな事が許される訳が無いだろう?」

「ああ

 だからこそ女神も…」

「そうだな

 そんな奴等なら、魔物に殺されても問題無いだろう」

「ああ…」


その説明を聞いても、ギルバートには理解が出来なかった。

ギルバートが父親に教えられたのは、貴族は力を持つ者なので住民を守る使命が有る。

それを上手くこなす為にも、住民とは仲良くしておく必要がある。

住民も同じ人間だが、貴族の様な力を持っていない。

だから貴族は、住民が安心して暮らせる様に心掛けないといけない。


その代わりに住民は貴族を尊敬して、守ってもらう代わりに力を貸してくれる。

生活を豊かにしてくれるし、様々な物を作ってくれる。

だから貴族は、住民を守っていかなければならない。

ギルバートは、そうアルベルトから教わっていた。


ベルモンド卿というのは、その守る義務を怠ったのだ。

そして領民や他領の貴族を、自分の欲望の為に奴隷にしていた。

そんな者が居るから、女神は人間を滅ぼそうとするのだろう。

彼等こそ、魔物に滅ぼされるべき者達なのだろう。


「何て愚かな…」

「ああ

 しかしその愚かさを、自分で理解出来ないんだろうな」

「そのせいで魔物が…」

「そうだな

 奴等こそ、魔物に滅ぼされるべきなんだろう」

「だな…」


ギルバートは、その貴族達の愚かさに溜息を吐いた。

そんな者達が居るからこそ、魔物が解き放たれたのだろう。

彼等こそが、魔物に襲われるべきなのだ。

しかし現実には、他の善良な者達に被害が出ている。


「しかし

 何だって奴隷なんかに…」

「奴隷は自由を奪われて、主の命令を忠実に聞かなければならない

 その為に隷属の魔法まで開発されている」

「そんなものが?」

「ああ

 魔導王国時代からある魔法でな…

 今も使われているらしい」

「そんなものがどうやって?

 確か帝国が書物を…」

「ああ

 焚書で焼かれた筈なんだがな

 どこかで残されていたんだろう

 未だに使われているらしい」

「その隷属魔法?

 厄介だな」

「ああ

 自分の欲望を満たす為に、他者を不当に扱う奴隷にする

 悪い欲望を叶える、危険な魔法だ」

「それがあれば国王様も…」

「それは無い

 条件が色々あるし

 そもそも国王様を奴隷になんか…」

「出来ないのか?」

「ああ

 出来ない事は無いが…

 難しいだろうな」

「そうか…」


アーネストも忌々しそうに呟く。

奴隷という慣習は、アーネストも認めてはいない。

しかし未だに、隷属の魔法は継承されている。

どこかで奴隷を専門に扱う、商人が保持しているのだろう。


「それで?

 なんだって貴族の子息を?」

「え?」

「何か目的があって奴隷にしてたんだろう?」

「あ、ああ

 そ、そうだよ

 自分の方が上だと示したかったんだろうな、うん」


アーネストの様子がおかしいので、ギルバートはさらに突っ込む。

しかしアーネストとしては、その詳細を伝えたくは無かった。

一応ギルバートには、彼を殺す為に誘拐されたと話している。

しかし実際は、ギルバートも奴隷として狙われていた。


そしてその目的が、夜伽の奉仕をさせる事が目的なのだ。

ギルバートも貴族の血が流れているので、見目は悪くは無かった。

だからこそベルモント卿に、奴隷として狙われていた。

そんな事を、友であるギルバートに話したくは無い。

アーネストはそう考えて、それ以上は黙っていた。


「本当か?」

「ああ

 そうだとも」


ギルバートの眼がジト目になっていたが、それ以上は突っ込まなかった。

何か隠している様子だが、それが何か分からなかった為だ。

それでギルバートも、話題を変える事にする。


「それで?

 ベルモンド卿というのは分かったが、もう一人のガモンは?」

「奴には兵士達が向かったから、どういった事になったかは分からない

 明日の謁見の時か、その後にでも説明があるだろう」

「そうか…」


アーネストはダモンやフランドールの事も知っていたが、それは報告しなかった。

まだ確認が取れていない事もあるので、詳しくは話せないからだ。

彼等の事に関しては、明日の謁見の際に話し合われるだろう。

それまでは彼等の事は、迂闊には話せなかった。


「そうなると、後は明日の謁見が終わってからか?」

「ああ」

「そうか…」

「ギル…」

「ん?」

「そのう…

 謁見は大丈夫そうか?」


アーネストはギルバートが、謁見を上手く出来るかを心配していた。

それは貴族のマナーもだが、国王様が父親だという事もあった。

先程の謁見では、何事も無く終わっていた。

しかし明日の謁見でも、上手く出来るか保証が無かった。


「大丈夫だと思うんだが…」

「本当か?」

「あ、ああ…」


道中もだが、ダーナに居た時も練習はしていた。

後は敬語等に気を付けるだけだろう。

しかしギルバートは、本当は自信が無かった。

国王を前にした時に、どう話せば良いのか分からなかった。

それは彼が、父親だと意識してしまったからだろう。


「それじゃあ…

 オレは部屋に戻るが?」

「ああ

 そうしてくれ

 明日は何とか…」

「無理はするなよ?

 オレも一緒に行くから」

「そ、そうだな」

「じゃあ、明日は8時に迎えが来るから」

「ああ

 それまでには起きるよ」


アーネストは部屋を出て、そのまま自分の部屋の前に来る。

そこで立ち止まると、アーネストは振り返って暗がりに顔を向ける。

そしてまるで、そこに誰かが居るかの様に話し掛けた。


「そこで見ているんでしょう」

「…」

「大丈夫です

 私も魔法で監視しています

 ヘイゼル様にはよろしくお伝えください」

「…」


アーネストはそれだけ言うと、そのまま自分の部屋に戻って行った。

後には暗がりに残された、見張りの密偵が黙って跪いていた。

彼はホッと溜息を吐いて、その場に跪いていた。

まさか自分が居る事が、バレているとは思わなかったのだ。

その事も含めて、後程報告しょうと彼は考えていた。


それから数時間して、朝の日の光が差し込み始める。

アーネストは伸びをしてから、ベッドから起き出した。

ダーナの領主邸宅のベッドに比べると、格段に寝易かった。

恐らくは羊毛と藁を使った寝台に、上等な野鳥の羽毛の布団が掛けてあった。

そのベッドでゆっくり休んだので、短い時間であったが眠気はすっかり抜けていた。


そのまま起き上がって、アーネストは時報の鐘が鳴るのを待つ。

時報の鐘が7回だったので、まだ7時だと気が付いた。

約束の時刻には、まだ1時間も早かった。


「少し早いか…」


アーネストが呟くと、それを待っていた様にドアがノックされた。

どうやらアーネストが、起きた事に気が付いた様子だ。

部屋の中の様子を、見なくとも気付けるのだろう。


コンコン!

「はい」


部屋に入って来たのは、若いメイドであった。

彼女がアーネストが、起きた事に気が付いたのだろうか?

彼女は軽く会釈をして、用件を告げる。


「すいません

 どうしても老師が、お話がしたいと申されて…」

「老師?」

「はい

 ヘイゼル老師様です」

「ヘイゼル老師が…」


アーネストは一瞬、怪訝な顔をする。

ヘイゼル老師は、この王城に住み込みで務めている。

それならば謁見の後にでも、話をする時間はある筈だった。

それなのにわざわざ、こんな時間に会いたいと言うのだ。


「こんな時間にですか?」

「はい

 そうなんですよ…」


メイドも困った様な顔をして、苦笑いを浮かべていた。

アーネストも溜息を吐きながら、その招待に応えた。


「分かりました

 ただ謁見もあるので、時間は短くしてくださいね」

「はい」


メイドは頷くと、老師の場所へと案内した。

そこはホールから回廊を通って、別の建物になっていた。

別の建物に入って、大きな部屋に案内される。

そこは倉庫の様に物が詰め込まれていて、空いている場所には羊皮紙が積まれていた。


「どうぞ

 こちらです」

「あー…」


そこはいかにも魔術師の部屋といった感じであった。

置かれた物もよく見てみれば、魔物の素材や魔術に使う触媒であった。

その奥に大きな机があり、書類に埋もれた老人が座っていた。

彼はメイドを見て、それからアーネストに気が付いた。


「おお

 よく来たな」

「お久しぶりです」

「うむ」


その老人こそ、ガストン老師の弟弟子のヘイゼル老師であった。

ヘイゼルは立ち上がって、アーネストの近くに来た。

アーネストが彼に会うのは、実はこれで三度目であった。


「7年ぶりか?」

「はい」

「あの時は…」

「国王様の御前でしたね」

「ん?

 それ以外にも…」

「王都を離れる時ですか?」

「ああ

 兄者に連れられて…

 心配しておったんじゃぞ

 あの兄者に、子供が育てられるのかと…」

「それは失礼でしょう?

 老師にはお子様が…」

「その子供達と、あの馬鹿は不仲に…」

「それはオレが原因で…」

「そうじゃ無いじゃろう?

 それ以前からなんじゃ」

「そうなんですか?」

「ああ

 じゃからお前の責任では無い」


アーネストは以前にも、ガストンに連れられてヘイゼルと会った事があった。

それはこの王都を、出立する時の事だった。

しかしまだ子供だったので、ほとんど覚えていなかった。

その後にガストンは、王都に戻る事は無かった。

それが二人の、今生の別れとなったのだ。


その後もガストンは、何度か使い魔で連絡を取っていた。

そしてアーネストも、ヘイゼルに宛てて使い魔を放っていた。

それは途中で、何者かに奪われてしまっていた。

しかしそれ以前の報告は、ヘイゼルに届いていた。


「さあ、話してくれないかな?

 向こうで何が起こっているのか」

「そうですね

 どこまで伝わっていますか?」

「そうじゃな

 最後に届いた使い魔には、ダーナを出立する事が書かれておった」

「それではその後は…」

「うむ

 使い魔は届いておらん」

「それでは、そこから話しましょうか?」

「うむ

 それで頼む」


ヘイゼルに促されて、アーネストはダーナで起きている事を語った。

それは魔物に関しての事もだが、魔導書や反乱についてもだった。

ガストン老師が亡くなってから、二人の親交は途絶えていた。

だからヘイゼルには、ダーナでのここ数年の出来事は伝わっていなかった。


アーネストは暫く、そこでヘイゼルと話していた。

部屋に戻った時には、ギルバートも起きて待っていた。

時刻は8時を少し回っていたが、執事はその場に控えて待っていた。


「アーネスト

 一体何処に居たんだ?」

「ヘイゼル老師様の元だ」

「ヘイゼル老師?」

「後で話すよ」

「あ、ああ…」

「それでは、朝食にご案内します」

「はい

 お願いします」


執事の後に着いて、二人は食堂へと向かった。

そこでは二人しか居なくて、静かに食事をする事が出来た。


朝食は新鮮な野菜のサラダと焼き立てのパン、それとスライスされた肉が焼かれていた。

肉は牛の肉の様で、しっかりと味付けがしてあった。

それとサラダを食べながら、二人はパンの旨味を楽しんだ。

この王都のパンは、ダーナの白パンとはまた違った物だった。


「このパンは柔らかくて旨いな」

「ああ

 焼き立ての上等なパンだな」

「これは?」

「牛だと思う」

「牛?」


ダーナには牛が居なかったので、ギルバートは知らなかった。

家畜用の豚や羊は居たが、牛はダーナの側には居なかったのだ。


「家畜用の動物で、大人しくて大きな生き物だよ」

「へえ」

「ダーナの側には居なからな」

「うん

 聞いた事が無いな」


二人は朝食を済ますと、お茶を飲んで寛いでいた。

そろそろ9時の鐘も鳴るので、それから謁見の準備に掛かる。

服を式典用の服に着替えて、時刻の少し前に待機しなければならない。

その時間も踏まえて、二人はゆっくりしていた。


9時の鐘がなり、二人は客室に向かった。

ダーナから持って来た荷物の中に、式典用の服も用意されていた。

それを着てから、二人は謁見の間の近くの控室に案内された。

そこで時間まで待ち、案内されてから謁見の間に入るのだ。


「少し…

 緊張するな」

「ああ」


ギルバートは緊張して、顔は強張っていた。

しかしアーネストの方は、まだまだ余裕があるのか平然とした顔をしていた。

そもそもアーネストは、平民の出であった。

それがギルバートの元に、頻繁に出入りしていたのだ。

目上の人に対する礼儀は、その際にしっかりと叩き込まれていた。

だからアーネストは、謁見に対しても余裕があった。


実際には謁見自体は既に始まっており、貴族が順番に顔を出している。

既に謁見の間には、主だった貴族が集まって並んでいた。

そこへ新たに用事のある者が登城して、国王の御前に進み出るのだ。

そうして挨拶を済ませて、登城の用向きを説明するのだ。


「昨日は誰も居ませんでしたが…

 今日は貴族のみなさまがいらっしゃいます

 くれぐれも粗相の無い様に」


執事が小声で、謁見に入る前の注意をする。

それに頷いて、ギルバートはもう一度衣服を確認する。

華美では無いが田舎者に見えない様に、最低限の衣服は選んでいた。

素材も上等なワイルド・ベアの毛皮を使って、毛皮を青く染め上げていた。

それにフォレスト・ウルフの牙や爪を使った装飾をして、見栄えも良くしていた。


「変じゃあ…

 無いよな?」

「ああ

 それだけ飾っているなら問題は無いだろう」

「では…」


アーネストの言葉に頷いて、ギルバートは正面のドアを見る。

ドアがノックされて、いよいよその時間が来た。

執事が頷き、ドアを開けた。


「では、行ってらっしゃいませ」

「はい」


ギルバートも頷き、その重厚な扉を見た。

騎士が両側に立ち、無言で頷いてから扉に手を掛ける。

それがゆっくりと開かれて、謁見の間の中が見えた。

貴族や文官が並んでいて、その奥はまだ見えなかった。


「さあ、どうぞ」

「はい」


ギルバートは頷き、ゆっくりと前に進んだ。

いよいよ国王との謁見が行われる。

長い旅が、これで終わるのだ。

まだまだ続きます。

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