第171話
アーネスト達が商店の前に到着した時、そこは既に修羅場と化していた
店先には人が吹き飛んで来て、そのまま気を失っていた
見れば一撃で殴り飛ばされて、そのまま店先まで飛んで来ている様子だった
顔には大きな跡が残っており、白目を剥いて倒れている
外に3人が倒れていて、店の中では騒音が続いていた
アーネスト達が店に向かっている頃、ギルバートは地下から地上に出ようとしていた
牢屋は地下にあり、そこが何処かは分からなかった
しかしこれ以上、ここに居たく無くなっていた
それで脱出する事を考えて、ギルバートは階段を探していた
ギルバートは、ドアを開けると素早く部屋に躍り込んだ。
ドアが開いた音に、扉の近くの男が振り返る。
ギルバートはその男の顔を、手に持った棒で思いっきり殴り付ける。
男が呻いて倒れる隙に、すぐに次の男の前に踏み込む。
彼等はまさか、地下牢から逃げ出す者が居るとは思ってもいなかった。
それは今の地下牢に、ギルバートしか居なかったからだ。
他の者は死んでいたし、死霊化したとしても牢の扉は閉めている。
だから他には、牢屋から出られる者は居ない筈なのだ。
そのギルバートも、キツく麻縄で縛っていたのだ。
まさか逃げ出せるとは、誰も考えてもいなかったのだ。
だから部屋に待機していても、牢屋側から襲われるとは思ってもいなかった。
それで油断をして、彼等は寛いでいた。
頼まれた仕事も終えて、すっかり油断していたのだ。
「何だ?
貴様…がふっ」
ボガッ!
部屋は小さな倉庫の様になっていて、籠や木箱が積まれている。
そこに数名の男が、見張りとして待機していた。
ここから地上へ出られる階段が、上へと伸びている。
だから男達は、ここで逃げ出せない様に見張りをしていた。
彼等は仲間が、ギルバートの様子を見に行った事は知っていた。
しかしまさか、その男達が倒されるとは思ってもいなかった。
相手はまだ少年で、武器になる様な物は持っていなかった。
だからこそ少年が、地力でここに来るとは予想していなかったのだ。
「ば、馬鹿…ぐがっ」
「おい!
げはっ」
ドガッ!
ゲスッ!
男は棒で殴られて、そのまま白目を剥いて倒れる。
もう一人も棒で突き飛ばし、壁に叩き付ける。
結構大きな音がしたが、地上にはバレなかったのだろうか?
しかし上からは、誰も降りて来なかった。
「ふう…
これで上に上がれるな
この先は?」
階段を登ると、そこも小さな部屋になっている。
その部屋には人が居なく、小さな小部屋になっている。
どうやら壁に扉を作って、隠し部屋になっているらしい。
ギルバートはそのまま扉を蹴り上げて、次の部屋に向かった。
そこに出ると、周囲の雰囲気は変わっていた。
その部屋はカウンターに荷物が並んでいて、商店の様だった。
そのカウンターの一部が、隠し部屋の入り口になっているらしい。
カウンターの向こう側に、荒くれ者といった感じの男達が8人ほど席に座っていた。
どうやら酒盛りをしていた様で、酔った顔で壁の入り口の方を向いていた。
「何だ?」
「小僧…
どうしてここに?」
男達が気が付いて、一気に酔いが冷めた様子だった。
男達に囲まれる前に、ギルバートは一気にカウンターに飛び乗って店の入り口に向かった。
先ずは入り口に近付いて、退路を確保する事が重要だからだ。
そうしなければ、このままでは囲まれて危険だ。
「貴様!」
「逃がすか!」
男が二人、慌てて入り口の前に立ちはだかろうとする。
しかしギルバートは、先ずは左の男の顔を殴り付けた。
男は殴られた衝撃でドアに当たり、そのまま外へ投げ出された。
そのままの勢いで、ギルバートはもう一方の男の方へ向く。
「ふん」
「ぐはっ」
ドガッ!
ガシャン!
「くそお!」
「っと」
バギン!
右の男が手斧を振り被り、ギルバートは思わず棒で弾こうとした。
しかし棒は折れてしまい、慌てて攻撃を避ける。
そこへ後ろから、他の男が殴りかかって来た。
しかし男は声を上げているので、近付いて来るのが分かった。
「この野郎!」
「ふん」
「うわあああっ」
ガシャン!
ギルバートは躱し様に胸倉を掴んで、そのまま男を入り口に叩き付けた。
店のドアが壊れて、その男も気を失って放り出される。
男は投げ付けられた衝撃で、気絶したまま外に放り出された。
手斧を持った男が、再び斧を振り翳す。
それを受ける前に、ギルバートは踏み込んで鳩尾に打ち込んだ。
「ぐぇほっ」
「ふう
はあっ」
ドガシャン!
再び男が殴られて、そのまま店の外に放り出される。
振り返ると、残りの男達は手に武器を持って身構えていた。
先の戦闘の様子を見て、これは手強いと確信したからだ。
その様子を見て、ギルバートは焦りを感じる。
「かかって来い」
ギルバートは挑発するが、男達は身構えてゆっくり近付く。
このまま武器を構えられていては、迂闊には攻撃が出来ない。
敵もそれが分かっているので、身構えたままでこちらを見ている。
武器を手にしているので、素手のギルバートよりは有利だと思っているのだ。
そこでギルバートは、一気に踏み込んで右の男に近付く。
こちらが武器を持っていない以上、何もして来ないと油断しているだろう。
ギルバートは踏み込んで、剣を持った男に近付いた。
「くっ!」
「遅い!」
ボガッ!
男が剣を振り上げるよりも早く、ギルバートは男の顔を殴り付ける。
「ぐはっ」
「それっ!」
ギルバートは男の胸倉を掴んで、隣の男に投げ付ける。
男は急に仲間が殴られて、動揺していた。
そこに仲間を投げ付けられて、腰を落として座り込む。
「おわっ!」
「な!」
「それっ」
「げふっ」
ズガッ!
男が怯んだ隙に、そのまま座り込んだ男を蹴り飛ばす。
そして二人並んだ男の、右側の男にギルバートは殴り掛かる。
男達は武器を持たない、ギルバートの攻撃に怯んでいた。
それでギルバートが踏み込んでも、剣を振り回すだけだった。
「う、うわわわっ」
「危ない」
「はあっ!」
「げぼっ」
「うわあ」
男は剣を振り回すが、どうしても大振りになって隙だらけだ。
おまけに剣を振り回すので、他の仲間は危なくて近付けない。
そのままギルバートは、右側の男の顔を殴り付ける。
剣を大振りに振り回すので、隙が大きくて簡単に踏み込めた。
その男が殴られた拍子に、そのまま隣の男に叩き付けられた。
そのまま二人は倒れて、すぐには起き上がれなくなる。
彼等の動きは隙だらけで、コボルトの連携に比べれば簡単に攻撃出来る。
それでギルバートは、男達に攻撃を続けた。
「くそっ」
「こいつ、手馴れていやがる」
「ふん
コボルトに比べれば、隙だらけだぞ」
「な、何?」
「オレ達を魔物と一緒に…」
「それよりもこいつ…
今魔物がどうとか…」
「気にするな
兎に角押え付けるんだ
このままじゃあ…」
「あ、ああ」
残る二人の男が、剣を振り被って向かって来た。
彼等はここの主に、ギルバートの見張りを任されているのだ。
それなのに簡単に逃げ出されて、今は騒ぎを起こされている。
このままでは、警備の兵士が来てしまうだろう。
男達は慌てて、ギルバートを押さえ込もうとする。
しかし今さらながらで、既に遅かった。
ギルバートはそれを躱しながら、左の男を殴り付けた。
男はそのまま吹っ飛んで、入り口から外へ投げ出される。
そこで外が騒がしくなり、集団が入り口から入って来た。
「ギル
大丈夫か?」
「アーネスト?」
アーネストの声がして、救援が来た事が分った。
騎士達が駆け込んで来て、店の中に入って来る。
ギルバートも叫び返して、無事を相手に伝える。
その間に騎士達が、ギルバートの前に出て来る。
「大丈夫ですか?」
「後は任せてください」
「大丈夫だ
先ずはこいつ等を倒そう」
「分かりました
我々にお任せを」
「くっ
騎士だと?」
「大人しくしろ
ここは囲まれている」
「くそっ!」
「させるか!」
ザシュッ!
そう言うと騎士達が前に出て、残る一人の男に切り掛かった。
さすがにならず者では、騎士の相手は務まらなかった。
男は右手を切り飛ばされて、その場に蹲った。
「ぎゃあ!」
「そっちも押さえろ
一人はまだ気絶していないぞ」
「あ、あひい」
カラカラン!
倒れた男の下敷きになった男が、騎士達に囲まれる。
男は観念したのか、剣を素直に手放す。
そのまま騎士に拘束されて、男は連れ去られた。
「他の男達も拘束します」
「奥に向かってくれ
カウンターの奥に、地下への階段がある」
「はい」
騎士は頷いて、そのまま地下へと向かって行った。
程なくして、騎士が男達を拘束して戻って来る。
その顔には、無念そうな顔色が浮かんでいた。
男達を拘束したにしては、彼等は残念そうな様子だった。
「ギルバート殿
牢屋は確認しましたか?」
「いや
詳しくは見ていないけど?」
「そう…ですか…」
「ん?」
ギルバートは騎士達の様子を見て、腑に落ちなかった。
彼等は地下に居た、ならず者たちを拘束している。
それなのにその様子は、非常に悔しそうだった。
「何かあったんですか?」
「ええっと…
奥の牢屋の中なんですが…」
「何か見ませんでしたか?」
「布に包まれた物とか…」
「ああ
そういえば、布に包まれた物が幾つか…
え?」
「見ていないなら良いんです
報告は我々でしておきます」
ギルバートが尚も理解出来ずに佇んでいると、アーネストが小声で告げた。
それは牢の中で、亡くなった者達の遺体だった。
死霊になっても大丈夫な様に、遺体の手足は切り刻まれていた。
それに布を被せて、そのまま放置されていたのだ。
「亡くなった者がいたんだろう」
「え?
それじゃあ…」
「ああ
その包が全て、殺された者達だろうな」
「そんな…」
「悔しいが…
残念ながら間に合わなかったんだ」
布の包は、全部で5つ転がっていた。
そうなると、5人は死んでいる事になる。
その全てが、貴族の子息とは思えない。
しかし犠牲者が、それだけ居た事にはなる。
「良かったよ
お前がそうならなくて」
「アーネスト…」
「まあ
お前なら大丈夫だとは思っていたがな」
「ああ
オレなら大丈夫だ
いざとなれば…」
「そうだな
あんな野盗崩れの様な奴等に、やられるお前じゃあないもんな」
「ああ」
「しかし亡くなった者達は…」
「そうだな…」
アーネストは明るく話していたが、内心は焦っていたのだ。
それが証拠に、騎士達が止めるのも聞かずに商店に飛び込んだのだ。
何者が暴れているのか、確認もせずに飛び込んだ。
それがどれほど危険な事なのか、アーネストも気付いていた筈なのだ。
既にギルバートが暴れていて、ならず者が少なくなっていたから良かった。
しかし一歩間違えれば、アーネストも人質になっていたかも知れない。
それもあって現場に飛び込んだ騎士達も、そこが制圧間近であった事で安堵していた。
そうで無ければ、乱闘になって危険であっただろう。
「何はともあれ、無事で良かったです」
「さあ、王城に急ぎましょう」
「ああ
そうしよう」
「それは良いんだが…
こいつ等は何者なんだ?」
「ガモン商会が雇った、ギルを拉致して殺す為の者達だ」
「ガモン商会?
それならば、そのガモンを捕らえなければ…」
ギルバートは心配していたが、アーネストは安心する様に言った。
既に王城には報告されていて、兵士達がガモン商会に向かっている。
その兵士達も、商会の息の掛かっていない者達で選定されている。
今頃は彼等が、ガモンを捕らえているだろう。
「大丈夫だ
そっちにも兵士が向かっている
今頃は捕まえている頃だろう」
アーネストの言葉を聞いて、ようやくギルバートも安心した。
主犯であるガモンが捕まれば、彼等も抵抗は出来ないだろう。
間も無くこの騒ぎも、鎮静化するだろう。
「そうか
それなら大丈夫そうだな」
「ああ
だから今は、王城へ向かう事にする」
「ええ
先ずは王城に向かってください」
「国王様もお待ちです」
「国王様が?」
「ええ
あなたの到着をお待ちです」
「そうだぞ
やっとお前が帰って来たんだ
さぞかしお喜びに…」
「帰って?」
「ギルバート殿は、以前もこの王都に?」
「それは…」
「大変だ!」
アーネストがそう言っていると、一人の兵士が走って来た。
「どうした?」
「大変です
ガモン商会を見張っていたんですが…」
「奴等の応援の兵士が現れて、襲って来ました」
「何だと?
どこの兵士だ?」
「分かりません
しかし貴族の私兵だとは思います」
「貴族だと?」
「ええ
揃いの鎧を身に着けていました」
「ううむ…」
兵士の報告を聞いて、騎士は険しい顔をする。
向こうに向かった兵士達は、ガモンの関係者は居ない筈なのだ。
それなのに向こう側に、貴族の私兵が現れたのだ。
それは貴族が、ガモンが危ないと気が付いていた事になる。
「くそっ
こんな時に…」
「奴等にバレていたのか?」
「かもな」
「それで?
お前はどうしてここに?」
「はい
宰相様からの伝言で
このままガモン商会に向かって欲しいんです」
「宰相からか…」
「はい」
「合言葉は?」
「サルザートの口は臭い、です」
兵士は胸を張って、合言葉を口にする。
それで安心したのか、兵士はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
騎士もニヤリと笑うと、そのまま兵士に近付いた。
そして兵士の前に来ると、騎士はいきなり腕を締め上げた。
「ふん
甘いな」
「ぐっ
何をするんですか」
「何をするのかは、こっちが聞きたいな」
「へ?」
騎士の言葉に、兵士は驚いた顔をした。
彼はどうやら、バレていないと思っていたのだ。
合言葉も告げて、作戦通りだと思っていたのだろう。
そのまま騎士に締め上げられる。
「さあ
どこを通って案内する気だったんだ?」
「え?
いや、何を言って…
ぐうっ」
「あっちか」
兵士は青ざめながら、必死に顔を逸らそうとする。
しかし眼が向いた先を見て、騎士は指示を出した。
「あそこの路地に待ち伏せしている様だ
他の路地から回って、奇襲を掛けるぞ」
「おう」
「こいつは…」
「ぐふっ」
騎士は男を殴り付けて、気絶させてから縛らせた。
それから仲間を数名連れて、男が見ていた路地の向こうに向かった。
この辺りの地理は、騎士達も熟知している。
それで路地の向こうに、裏道から回り込む。
その間に残った騎士達は、男達を一ヶ所に集めて縛った。
後は兵士達に見張らせて、次の任務に取り掛かる事になる。
「これでよし」
「後は警備の兵が来るので、そちらに任せましょう」
騎士達が男達を縛っている間に、ギルバートはアーネストに確認していた。
「なあ
さっきの合言葉は?」
「ああ
会話を聞かれている可能性があったからな
偽の合言葉をわざと言ったのさ」
「なるほど」
「連中はまんまと引っ掛かって、こちらの策に掛かったのさ」
アーネストはそう言うが、ギルバートは気になっていた事があった。
「しかしそうなると、国王様の傍に敵が潜んで居る事になるのでは?」
「そうだな」
「そうだなって…」
「これが伝わった事で、聞き耳を立てていた者は分かる」
「そうなのか?」
「ああ」
アーネストは罠を仕掛けた事で、掛かった者から特定が出来ると思っていた。
だからこの事も含めて、国王に報告する必要があった。
「そうなると、国王様の身にも…」
「大丈夫だ
あちらにも騎士は控えている
今はそれよりも…」
「そうですぞ
王宮に向かいましょう」
「早く国王様を、安心させてあげてください」
「という事だ
一刻も早く無事な姿を見せて、国王様を安心さてあげてくれ」
「分かったよ…」
アーネストがそう言うので、ギルバートはそれ以上は問わなかった。
それに国王が心配しているとなれば、早く顔を見せて安心させた方が良いだろう。
何せ彼が、ギルバートの本当の父親なのだから。
彼は今も、ギルバートの無事を安じているのだ。
一刻も早く、無事な姿を見せるべきなのだろう。
「終わりました」
「やはり待ち伏せていました。
少し待っていると、奇襲に向かった騎士達が戻って来た。
彼等は返り血で、真っ赤になって戻って来る。
しかし負傷した者も居なく、無事に全滅させた様子であった。
「無事に済んだ様だな」
「はい」
アーネストの言葉に、騎士達は笑顔で応える。
「アーネスト殿の策が、見事に当たりました」
「あちらに20名ほど集まっていましたが、奇襲して制圧出来ましたよ」
「おかげでガモン商会に向かった兵士達も、背後からの奇襲を受けずに済みました
あちらも無事に片付きそうです」
「そいつ等は?」
「それは…」
「武器を持っていましたから
そのまま…」
「そうか」
彼等は武装して、騎士達を殺そうとしていたのだ。
だからこそ騎士達も、手を抜かずに彼等を斬り殺していた。
躊躇して殺さなければ、後になって仲間を危険に晒す。
それにこれ以上は、拘束する者は増やせなかった。
だから潜んでいた私兵達は、残らず殺していた。
「こいつ等をここで、殺す事は簡単です
しかし証拠を集めるには、こんな奴等でも生かしておかなければなりません」
「ええ
ですがこれ以上は…」
「さすがにこの人数では、見張れませんので」
「そうですか…」
予想以上に、潜んで居る敵兵が多かったのだ。
だから騎士達は、貴族の私兵を全滅させるしか無かった。
貴族の私兵なので、兵士達では拘束が難しい。
主である貴族が現れれば、兵士では逆らえないからだ。
「さあ、後は警備兵に任せて、我々は王城に向かいましょう」
騎士がそう言っている間に、騒ぎを聞きつけた警備兵達が集まって来た。
「これは…一体?」
「こいつ等は、先の貴族の子息の誘拐の犯人達だ
王城に連れて行ってくれ」
「こいつ等が…」
「あの事件の?」
「ああ
頼んだぞ」
「はい」
騎士に頼まれたので、警備兵達はすぐさま馬車を取りに向かった。
これだけの人数だ、引き連れて歩く事は難しいだろう。
それに引き連れるだけなら、騎士がやっても良かったのだ。
そうしなかったのは、まだ襲撃される危険性があったからだ。
如何に騎士の腕が立とうとも、男達を連れながら襲撃者と戦うのには無理があった。
それに下手に襲われては、この男達を殺される恐れもある。
証言させない為にも、彼等を生かしておく必要は無いのだ。
貴族がそう考えれば、彼等を殺す事を優先するだろう。
幸いにも道中では、それ以上の襲撃は無かった。
さすがに貴族も、騎士達が相手では手出しが出来ないのだろう。
こうしてようやく、ギルバートは王都クリサリスの王城の城門を潜った。
そこはリュバンニの砦よりも大きくて、豪華に飾り付けられていた。
大きなホールから入ると、正面に大きな通路が伸びていた。
その両脇には扉があり、そこには兵士や騎士が控えていた。
彼等が立っている事で、他の兵士達も手出しが出来ない。
そういう事も考えて、宰相が手配したのだろう。
ホールの両脇にも通路があり、そこには貴族達が控える部屋や、文官が仕事をする部屋もある。
今は夜も更けている事もあって、ほとんど誰も居ない状態だった。
部屋の横を抜ける様に、彼等は王宮の奥へと向かって行く。
そのまま騎士達は通路を進んで、大きな階段を登って行った。
階段を登ると、再び大きなホールがあった。
その奥に大きな扉があり、その扉には王家の紋章が刻まれていた。
この扉の向こうが、謁見の間になっている。
アーネストは先程入ったので、その前でギルバートに振り返る。
「いよいよだな」
「ああ」
「さあ、どうぞ」
ギギギギ…!
騎士が両脇に立ち、扉がゆっくりと開かれる。
時刻は間もなく夜中の零時なろうとしていて、そこには二人の男性が待っていた。
一人は玉座に座っていて、もう一人はその傍らに控えていた。
立っている男性は若くて、まだ中年といった感じである。
立っている男性は短く刈った金髪で、掘りの深い顔をしていた。
眼は強い意思を宿しており、鋭い眼差しをしていた。
彼がどうやら宰相のサルザートであるらしい。
彼はニッコリと微笑んで、無事に戻って来たアーネスト達を見詰めている。
玉座に座っているのが国王である、ハルバートであろう。
アルベルトよりも年が上であるらしく、金色であったろう髪は既に銀に近い色になっていた。
顔には皺が多く刻まれていて、その表情は深い悲しみを示していた。
彼はギルバートを見て、ハッとした表情になる。
「も、もしや…」
「国王様
無事にギルバート殿を発見致しました」
「お、おお…」
国王は顔を上げると、その顔から悲しみの色が消えて行く。
その表情は喜びに変わり、そしてギルバートに視線を注いでいた。
その顔は何となく、父親であったアルベルトに似ている。
彼等は従弟であり、血筋も近い関係にあった。
だからギルバートの感想も、あながち間違いでは無かった。
「おお…」
「ギルバート・クリサリス
只今登城致しました」
「お前が…
ああ…
さあ、もう少し近くに」
「はい」
ギルバートは一旦、謁見の間の入り口で跪いていた。
しかし国王に促されて、少し前へ出る。
その顔が燭台の明かりに照らされて、ハルバートの眼に映った。
それでも堪え切れずに、ハルバートはさらに近付く様に求める。
「ギルバート…
もう少し近くへ…」
「陛下!」
「構わん
彼は大丈夫じゃ」
「しかし…」
「おお…
まこと、アルベルトによく似ておる」
「はい」
騎士が咎めようとするが、国王はもっと近付く様に命じる。
国王からすれば、彼は長く離れ離れであった息子である。
しかし騎士達からすれば、ギルバートはアルベルトの息子でしか無かった。
国王に近付けて、安全かどうか判断出来なかったのだ。
「そんな他人行儀にせず、もう少し前に来ておくれ
お前は…」
「陛下!」
宰相が鋭く短く告げて、国王は正気を取り戻した。
未だギルバートが、アルフリートである事は公表されていない。
今ここで、それを告げるのは問題がある。
それでハルバートは、名残惜しそうにギルバートを見詰める。
「あ…」
「ギルバート殿
こちらへお越しください」
宰相が促すが、ギルバートは躊躇っていた。
相手は叔父に当たるが、それでも一国の王なのだ。
迂闊な事は出来なかった。
騎士達の目からしても、それは不安な事なのだ。
それでも国王は、もう一度前へ出る様に要求する。
「良いのだ
もう少し前に出て、その顔をよく見せておくれ」
「ギルバート殿
あなたに害意が無いのは承知しております
もう少し前に出られて、陛下にお顔を見せてあげてくだされ」
「は、はい」
再度二人に促されて、ギルバートは止む無く前へ出る。
そうして玉座の前に来て、跪いてから顔を上げた。
その顔を見て、ハルバートの両の瞳からは涙が流れ落ちる。
「誠に…
若い頃に見た、アルベルトにそっくりじゃ」
感極まった様子で、ハルバートは短く言葉を切る。
それはギルバートに、若き日の親友の姿を見たからだろうか?
それともその顔に、息子であるアルフリートの姿を見たのだろうか?
国王は言葉に詰まり、宰相が代わりに命令を告げる。
「陛下
今宵はもう、遅うございます
謁見は明日に、改めて行いましょう」
「しかしサルザート
ワシはもう少しこの子と話して…」
「陛下
ギルバート殿もお疲れでしょう
改めて、明日にしましょう」
「そ、それは…」
ハルバートは尚も何か言いたそうであったが、諦めて断念した。
ここで無理をするより、明日から時間を作れば良い。
そう考え直して、国王は頷いた。
彼は帰って来たのだ、これから時間は十分にあるだろう。
「分かった」
「ええ
それでは…」
国王はそう言うと、静かに玉座から下りた。
「明日は10時に謁見を行う
それまではゆっくりと休んで、旅の疲れを取ると良い」
「はい」
ハルバートはそう言って、玉座の奥の部屋に向かった。
そこが国王の居室であり、その奥に寝室があった。
時刻が時刻なので、そろそろ就寝すべき時間なのだ。
明日にも仕事が山積みなので、もう休んでおく時刻だった。
「さて
ギルバート殿もお疲れの様ですが…
先ずは湯浴みをされて、旅の埃を落としてください」
「はい」
サルザートがそう言って、手を叩いて合図をする。
奥から執事が現れて、畏まって挨拶をする。
「私はドニスと申します
ご逗留中は、私に何でもお申し付けください」
「分かったよ
それではドニス、浴場に案内してくれ
それと…」
「はい
食事の準備も出来ております」
さすがは王家の執事であった。
事情を聞いていたので、こんな時間でも食事の用意をしていた。
「それではアーネスト殿も
こちらで一緒に休んでください」
「分かりました
よろしくお願いします」
アーネストは丁寧に、ドニスに向かって頭を下げた。
アーネストはまだ、叙爵もしていないし、ここではギルバートのおまけであった。
それを理解しているので、ここまでへりくだった態度をしているのだ。
実際は王家にとっては、ギルバートを救ってくれた恩人になる。
それに貴族の子息を救った功績もあるので、賓客として扱っても良いのだ。
しかし物事には、何事も順番がある。
褒賞や叙爵の件も含めて、謁見してからでないとマズいのだ。
そうしなければ、貴族達が黙っていないからだ。
アーネストもそれが分かっているので、大人しくおまけとして振舞っていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。