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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第167話

夕方前に、王都からの迎えの馬車が到着した

馬車はリュバンニの町の入り口に到着して、そこで待っていた

ギルバートはアーネスト共に向かい、馬車に乗り込む為に町を出る手配をする

そこにはバルトフェルドも来て、出立の見送りをしてくれた

バルトフェルドの横にはフランツも来ていて、不満そうな顔をしていた


どうやらあの後に、しっかりと奥方に教育されたらしい

先程までの勢いは、今は無かった

それとギルバートに対しては、憎む様な鋭い視線は無くなっていた

どうやら彼としては、ギルバート負けた事は悔しかった

しかしギルバートを、強い者と認めてくれたらしい


ギルバートに向ける視線は、寂しそうな視線に変わっている。

これで会えなくなる訳では無い。

それでも何か言いたそうにしている。

それは謝罪の言葉なのか、それともまた会いたいう言葉なのか。

彼は何かを言いたそうにしていた。


ギルバートが乗って来た馬車は、迎えの馬車の後ろに着いて一緒に向かう事になる。

中には氷漬けにされた魔物が、献上品として載せられている。

馬車は出発前に点検していて、氷もしっかり確認されていた。

いよいよ出発するという時に、フランツが前に出て来た。

バルトフェルドに背中を押されて、何か言いたそうにしてギルバートの顔を見る。


「さあ

 フランツ」

「う…」

「言いたい事があるんだろう?」


バルトフェルドに促されて、フランツは意を決して声を出す。


「王都で待っていろ!

 必ず…

 必ずボクも行くから

 その時は…」

「フランツ」


予定していた言葉と違って、未だにフランツは好戦的な言葉を投げ掛ける。

しかしその視線は、泣きそうな悲しそうなものに変わっていた。

涙を滲ませながら、彼は思い切って顔を上げた。

そして少年らしい、負けん気の強い台詞を口にする。


「次に会った時は…

 必ずお前に勝ってやる」

「ああ

 楽しみにしているよ」

「フラッツ…

 はあ…」

「そうじゃないでしょう?」


ギルバートは微笑んで、小さな挑戦者の言葉を受け取った。


「そしたら…

 友達になってやる」


フランツは恥ずかしそうに、小声でボソリと呟く。

それは少年にとって、精一杯の言葉だった。

それ以上何か言うと、涙が零れそうになる。

フラッツの言葉はギルバートには聞こえていたが、彼は敢えて聞こえなかった振りをした。


「え?

 何だって?」

「な、何でも無い」

「はあ…」


フランツはそう言うと、顔を赤くして引っ込んだ。

バルトフェルドはやれやれといった感じに手を挙げて、首を振っていた。

あれから両親から、色々と言われたのだろう。

しかしまだ、心の整理が着いていない。

だからどうしても、憎まれ口を叩いてしまう。


「それでは、行って参ります」

「ああ

 気を付けてな」

「バルトフェルド様も

 ご壮健で」

「ああ」


それは旅の事ではなく、王都に潜む危険な者達の事であった。

いくらなんでも、王城からの迎えの馬車には何もしないだろう。

しかし王城に着いてから、何か仕掛けて来る可能性は十分にあった。

それがガモンの手の者か、それとも息が掛かった貴族の配下かは分からない。

しかし分からないからこそ、油断は出来なかった。


「無事に戻って来て、また話を聞かせてくれ」

「ええ

 オレも父上の事を、もっと聞きたいです」

「うむ

 その時はゆっくりと語り明かそう」

「はい」


バルトフェルドと固く握手を交わして、ギルバートは馬車に乗った。

あまり長引かせると出立しにくくなるし、仕事を代わりにしているマーリンが可哀想だ。

バルトフェルドと門番達は、去り行く馬車に手を振っていた。

ギルバートも窓から顔を出して、暫く手を振っていた。


「ねえ、父上

 あいつ…

 あの人は、本当に強いの?」

「うん?」

「父上の剣を…

 父上の剣もボクは見えなかった」

「そうだな」


バルトフェルドは、実は結構本気で振っていた。

大人気ないと思われるだろうが、簡単に避けられてムキになっていたのだ。

それでもギルバートは、まだ余裕がある様に見えていた。

それは本気でやれば、どうなっていたか分からないという事でもある。

バルトフェルドからしても、ギルバートの力量は計れていれなかった。


「ワシの本気の剣を、あれだけ躱せる

 フランドールでも無理だろうな…」

「本当に?」

「ああ」

「ボクが本気で頑張ったら…

 あんな風になれるかな?」

「そうだな

 彼が出来たんだ、きっとお前も…」


バルトフェルドはそう言いながらも、息子には無理かも知れないと思っていた。

あれだけの動きをしていたのは、帝国でも腕利きの将兵ぐらいだろう。

そこまでの腕となると、努力だけではなれないだろう。

才能があって、それで努力をする。

そうしてやっと、あそこまでの技術が身に着くのだろう。


バルトフェルドでも、今のギルバートに勝てる自信が無いのだ。

その息子であるフラッツでは、もっと難しいかも知れない。

バルトフェルドの経験と、力量でも難しいのだ。

フラッツがそれを超えるには、さらなる試練が必要だろう。


「彼は魔物と戦い、あそこまで強くなったと言っていた

 人間相手では、あそこまでは強くなれないのかも知れないな」

「なら

 ボクも魔物と戦いたい」

「はははは

 しかしそれには、ここが魔物に襲われる事になるぞ

 ワシはそれを望まんがな」

「う…」

「魔物を倒す事

 それも重要じゃ」

「…」

「しかしな

 領民が魔物に襲われない

 その方がもっと重要じゃ」


意気消沈するフランツを見て、バルトフェルドはダーナに修行に出そうかと考えていた。

フランドールが内戦の片を付けたら、彼の元で修行させるのも良いだろう。

兄と慕うフランドールの言う事なら、フランツも素直に聞くだろう。

それならばこの子も、もっとしっかりとした子に育つかも知れない。

親馬鹿かもしれないが、バルトフェルドはそう考えていた。


フランドールの元で、魔物と戦わせるべきか?

しかしそれには、先ずは眼前の問題を解決しなければならないな

内戦もそうだが、ギルバート殿との確執もある

問題は山積みだな…


バルトフェルドはこれから片付けなければならない問題を考えて、溜息を吐いていた。

そんな父の心情も知らずに、フランツは魔物を倒す自分を想像して胸を躍らせていた。

フラッツ自身は、まだ生きている魔物を見た事は見た事が無かった。

だから魔物が、どの様な生き物か理解していなかった。


倒された魔物は、リュバンニにも運ばれて来ていた。

しかしそれが、人間の様に生活して、人間を襲って来る事を想像出来る者は少なかった。

魔物は魔物で、人間とは異なる世界の生き物。

王都の人間ですら、その様な認識でしか無かった。


魔物がどの様な意図で、人間を襲っているのかは未だに不明である。

ダーナでは使徒が、女神の意思で解き放たれたとは聞いている。

しかし彼等の目的は、未だに不明なままである。

本当に女神や人間を憎んで、殺そうとしているのか?

それすら確認が出来ていなかった。


ギルバートを乗せた馬車は、何事も無く王都へと到着する。

王都に近い事もあって、数時間で王都の入口へと到着した。

途中に魔物も現れる事も無く、何事も無く到着する。

些か拍子抜けだったが、先ずは無事に着いた事で彼等は安堵していた。


王都の城門は大きく、高さは3m以上もあった。

その城門を囲む様に、4mほどの高い城壁が遠くまで伸びている。

聞いた話では、全長で2㎞はあるそうだ。

その高い城壁が、ぐるりと王都の周りを囲んでいた。


王都の城門に着くと、兵士達が引継ぎの話をしていた。

ここから交代して、他の兵士が城まで案内してくれるそうだ。

集まって来た兵士が、同行する兵士を追い払おうとする。

そこで迎えの兵士と、待ち構えていた兵士とが衝突しそうになていた。


「ここからは我々が案内します」

「待ってくれ、我々が頼まれた仕事だぞ?」

「聞いていないのか?

 ここからは、我々エストブルク様の兵が案内する事になっている」

「そんな話は聞いていないな」

「何処からの指示だ?」

「我々は国王様からの指示でご案内を…」

「良いからそこをどけ!」

「どうしました?」


何やら揉めている様子なので、ギルバートが窓から顔を覗かした。

それを見て、待ち構えていた兵士が態度を軟化する。

同行の兵士には、威圧的な態度を取っていた。

しかしギルバートは、廃嫡したとはいえ貴族の子息である。

だからこそ態度を変えたのだろう。


「いえ、どうやら手配違いの様で

 ここからは我々が案内します」

「いや

 我々が案内を…」

「良いから下がれ

 ここからは我々がご案内する」

「何でだ?」

「くそっ

 ふざけるな」

「貴族の私兵に逆らう気か?」

「くっ…」

「むう…」


城門で待ち構えていた兵士が、そう言って押し切る。

迎えの兵士達も何か言いたそうだったが、諦めたのかそのまま引き下がった。

相手が貴族の私兵である以上は、強行は出来ないのだろう。

彼等は不満そうにしながら、貴族の私兵達の為に道を開ける。


「手配違いって大丈夫なんですか?」

「ええ

 我々はエストブルク卿の兵士です

 安心してお任せください」

「エストブルク?

 誰なんだ?」

「良いから着いて来てください

 主がお待ちです」

「しかし国王様が…」

「それは後でご案内します

 先ずはこちらへ」

「ん?」


そのエストブルク卿というのが誰か分からず、ギルバートは首を捻っていた。

この時アーネストが横に居れば良かったのだが、アーネストは後ろの馬車に移っていた。

もうすぐ到着するので、もう一度氷の様子を確認しに行ったのだ。

それで迎えの馬車には、ギルバートしか乗っていなかったのだ。


そうこうする間に、ギルバートの乗った馬車は急に走り出した。

御者を変わった兵士が、有無を言わさずに勝手に出発する。

迎えの兵士を振り払う様に、彼等は強引に王都の中に向けて発車した。

それで迎えの兵士達は、慌てて道を譲る様に離れた。


「うわっ」

「な、なんだ?」

「危ないだろう!」

「どういう事なんだ…」

「国王様に報告するぞ」

「あ、ああ」


迎えの兵士達は、急な事で馬車を見送ってしまう。

それで迎えの兵士達は、慌てて国王に報告に向かう事になる。

それがどの様な結果を生むか、想像もしていなかっただろう。

彼等は結局、末端の兵士でしか無かったのだ。


急な発進で、馬車は大きく揺れていた。

ギルバートは何とか体制を立て直すが、馬車は速度を上げて進む。

それはどう考えても、異常な事態である。

ギルバートは席に座り直すと、乗り込んだ兵士達を睨む。


「はははは

 貴様は黙って着いて来れば良いのだ」

「そうだぞ

 我が主がお呼びなのだ」

「田舎者の貴族が

 王都での歓迎を受けるが良い」

「はあ…

 やれやれ」


やや時間が経過して…


「で?

 こりゃあどういう事なのかな?」


ギルバートは檻に入れられて、途方に暮れていた。

そこは暗い地下牢で、周りにも同じ様な牢屋が並んでいる。

その他の牢の中には、人の居る気配は無かった。

しかし腐臭がするので、その中に居た者がどうなったのかは容易に想像出来る。


「どうしたものだか…」

チチッ!


暗い牢の中には、何処からか来たのか鼠だけが居た。

連れて来た兵士達も、今ではここには居なかった。

ギルバートを牢に入れた後は、誰も居なくなっている。

そういう意味では、今は脱出するチャンスではある。

しかしここが何処か分からないので、ギルバートは思案していた。


馬車が着いた先で、ギルバートは武装した騎士に囲まれてしまった。

王都の騎士とはいえ、そこまでは強く無さそうだった。

しかし倒したとしても、建物の中にはまだ多くの騎士が居そうだった。

だからギルバートは、一先ずは大人しく従う事にした。


武器は後ろの馬車に乗せていたし、騎士の人数も多かったので黙って従うしか無かった。

アーネストの言う通り、人数が多くては下手に逆らうのは危険だ。

それに武器も無いので、迂闊な行動は取れなかった。

だからギルバートは、黙って騎士に連れらて行った。


そうしていたら、そのままこの牢屋へと入れられてしまった。

ここがどこなのか分からない。

そして何で牢屋に入れられたのかも、ギルバートには分からなかった。

しかし確実に言える事は、何某かの陰謀に巻き込まれたという事だろう。


「弱ったなあ」


ギルバートは独りぼやくが、今のところは情報が少なかった。

考えられる事は、ガモンとかいう奴か、王都に居るという選民思想者が原因だろう。

しかしこの者達が、本物の貴族の私兵かも分からない。

迂闊に動く事が出来ない以上は、事情が分かるまでは待つしか無かった。


その頃迎えに来た兵士達も、急な馬車の移送に驚いていた。

後を追おうにも町中の追跡では、馬で追うわけには行かなかった。

王都の町並みは人通りも多く、馬で走るには危険なのだ。

すぐにアーネストは、交代した兵士達に詰問した。


「どういう事ですか」

「さ、さあ?

 我々も詳しくは…」

「そうです

 エストブルク卿の兵士だとしか…」

「エストブルク卿?」

「この王都の東にある、小さな町の領主です」

「その領主が、何でギルを

 ギルバートを連れて行くんです?」

「さあ?」


兵士達にも分からなかった。

しかし相手が貴族である以上、迂闊には逆らえなかったのだ。

彼等は国王の命を受けて、ギルバートをリュバンニに迎えに行った。

しかし一介の兵士でしか無く、貴族には逆らえなかった。


「相手は小さな町の領主様ですが、貴族なんです

 私達では…」

「そうですか…」

「すみません

 国王様には報せに向かいましたが…」

「そうですね

 すぐにはどうにも…」

「せめて向かった先が分かれば…」

「そのエストブルク卿という貴族の元では?」

「それすらも…」

「今思えば、それも本当かどうか…」

「くっ

 それもそうか…」


アーネストは止む無く、王城へ向かう事にした。

先ずは事態を報告して、どうしてこうなったかを確認する必要がある。

彼等が本物の、エストブルクの兵士かも分からない。

そうなってしまえば、ギルバートの向かった先も分からないのだ。


「兎に角、王城へ急ぎましょう

 あなた達が案内を頼まれていたんですよね?」

「それはそうですが…」

「ここで交代と…」

「交代?

 誰と?

 その交代と言った奴等は、ギルを連れて逃げたんですよ?」

「それはそうなんですが…」

「兎に角、先ずは王城で報告を

 オレが国王様に面会します」

「ですがあなたは?」

「失礼ですが…

 貴族でもありませんよね?」

「一介の魔術師では…」

「アーネストと言ってください

 それで国王様もお分かりになると思います」

「アーネスト?」

「それかヘイゼル老師でも良いです

 兎に角急がないと」

「は、はい」


まだ口籠る兵士達を急かして、アーネストは王城へと急がせた。

アーネストの名を覚えているのなら、国王も面会を受け入れるだろう。

それに王城には、師匠の兄弟弟子のヘイゼル老師も在留している。

そのどちらかに話せば、何か事情が伺えるだろう。


「あの兵士達が本物なら、ギルは王城へいるでしょう

 しかし偽物なら…」

「偽物なら?」

「それを知る為にも、急ぐんです

 さあ、早く!」

「は、はい」


兵士を先導させて、アーネストは馬車で町中を急いで進んだ。

しかし町中なので、思うようには進めない。

買い物に出ている王都の民が、街中をのんびりと歩いている。

それを縫う様に、馬車は速度を落として王城に向かう。


「くそっ

 人が多過ぎる」

「奴等は何故?

 どうやって進んだんでしょうか?」

「分からん

 分からんが、相当危険な行為をしてでも進んだんだろう

 でなければ、これだけの人を避けさせて進むのは難しい」

「この時間では人通りも多いんです」

「無茶な進み方では、人を撥ねる恐れがあります」


しかし理由は簡単だった。

向こうは王家の紋章が着いた馬車だった。

その馬車が怒鳴りながら走って来れば、一大事だと思って人波も別れて進めた。

だからギルバートの乗った馬車は、それほど苦も無く進めたのだ。


しかしこちらは、貴族の紋章と言っても地方の貴族だ。

住民達は興味は持っても、わざわざ道を空けようとはしなかった。

知らない貴族の馬車など、わざわざ避けようとはしなかったのだ。

馬車はゆっくりと、人波を避ける様に進む。


「くそっ

 どうしてこんなに混雑…」

「アーネスト

 ここは王都だ、ダーナじゃないんだ

 今は我慢しろ」

「そうだぞ

 無理して押し通れば、今度はこっちの身が危なくなる」

「王都の民を馬車で轢いたとなれば…」

「重罪になるぞ」

「くっ…」


心配した王都の兵士達が、住民達に聞き込みをしてくる。

しかし入って来るのは、馬車がどけどけと怒鳴りながら走ったという情報だけだった。

肝心の馬車の行方は、王城の方へ向かったとしか分からなかった。

その王城の方角には、複数の貴族が住む貴族街も隣接している。


「王城の方向と言っても、こっちには貴族街もあるだろ」

「ええ、そうです」

「あのお…

 もしかして、以前にも王都へ?」

「ああ

 住んでいたから、その辺は分かっている」


アーネストは以前に、王都に住んでいた時期もあった。

そこまで詳しくは無かったが、大体の街の構造は覚えていた。

貴族街も父の仕事で、どの辺りにあるのかは知っていた。

魔道具を扱う職人であれば、貴族との取引もある。

だからアーネストは、王城の周りに貴族街があるのを覚えていた。


「それなら、貴族街ではこの時間帯は…」

「ああ、分かっている

 人通りも少ないから、目撃情報は無いだろう」

「ええ

 あの馬車が何処へ向かったのか?

 王城へ入ったのかも分かりません」

「くそっ

 どうしたら良いんだ」

「しかし、こんな堂々とした連れ去りは初めてで…」

「ん?」


兵士はここで、連れ去りという言葉を発する。

しかしアーネストは、その言葉に違和感を感じていた。

兵士の言葉は、こんな堂々とした連れ去りは初めてと言っていた。

しかし裏を返せば、連れ去り自体は行われているのだ。


「ですから…

 確かに貴族の令嬢やご子息が行方不明にはなっていますが、こんな堂々とは…」

「今、何と言った」

「え?」

「貴族の令嬢や子息が行方不明になっているのか?」

「は、はあ」

「まあ…

 確かにその様な事件が…」

「そんな事件が起こっているのに!

 お前達は奴等に、ギルを預けたのか?」

「え?」

「それは…」

「相手は貴族の兵士を名乗ったんですよ?」

「本物ならな」

「あ…」


アーネストは頭を抱えていた。

他にも何件か、貴族の子息や令嬢が連れ去られているのだ。

それも今の言いぶりから、その犯人は捕まっていないのだろう。

捕まっているのなら、ギルバートが連れ去られる筈も無いだろう。

犯人が分かっていないから、こうしてまたしても行われたのだ。


これがその、連れ去り犯の犯行なら簡単だろう。

いざとなれば、ギルバートが自力で何とか出来るだろう。

何せ身体強化を使えるのだ、並みの大人なら敵わないだろう。

しかし相手が連れ去りに見せかけた、別勢力だと問題だった。

相手が何者で、何を考えて行動したのかが分からないからだ。


数百mの街路を進み、町中を抜けて貴族街に入る。

予想通りここには人気がほとんどなく、馬車の姿も見えなかった。

当然ギルバートを乗せていた馬車も、この場には残されていない。

犯人も馬鹿では無いのだろう。

証拠になる様な物は、路上には残していなかった。


「やはり、王城に入ったんでしょうか?」

「それなら良いんだがな」

「急ぎましょう」


貴族街は人通りも無いので、急いで走っても問題は無い。

もし呼び止めて苦情を言われても、こちらは国王に呼ばれているのだ。

それを告げれば、相手の貴族も文句は言い難いだろう。

だからアーネストは、目一杯急がせて貴族街を駆け抜ける。


貴族街はすんなり抜けれたが、既に連れ去られてから1時間ぐらいの時間が経っていた。

町中で進めなかったのが、思った以上に時間を掛けていた。

既に日は傾き、そろそろ夕日が沈む時間になっていた。

これではますます、捜索は困難になるだろう。


王城の門は、跳ね橋を渡った先にある。

王城の周囲には堀が掘られていて、簡単には忍び込めない様になっているのだ。

その跳ね橋の前に詰所があり、兵士が見張りをしていた。

そこに馬を走らせ、馬車が走り込んで来た。


「こんな時間に、何用だ?」

「はい

 ダーナ領主アルベルト様のご子息、ギルバート様をお連れしまして…」

「うん?

 ダーナ?」

「はい

 辺境伯のダーナです」

「そんな話は…

 聞いていないな」

「え?」


王都の兵士は、驚いて絶句していた。

これは王命として下されており、兵士もそれで出ていたのだ。

それなのに肝心の、王城の衛兵がそれを知らないと言うのだ。

それならばこの命令は、誰が発した命令になるのだろうか?


「そんな筈は無い

 私達は王命で、リュバンニの町までお出向かいに出ていたのだ」

「それは…

 誰の指示なんだ?」

「それが宰相殿からだと…」

「本当か?

 確認をする」


番兵は詰所に入り、暫くしてから兵士が慌てて王城へ向かって行った。

国王の命令となれば、最上級の命令となる。

それが伝わっていないとなれば、大問題となるだろう。


もし国王で無く、宰相の命令でもそれは変わらない。

宰相クラスの重鎮からの命令である。

それを衛兵が知らないというのも、十分に問題であった。

だから兵士は、慌てて確認に向かったのだ。


「今、確認をしている

 悪いが暫く、このまま待ってくれ」

「それは良いが、他に馬車は来ていないか?」


衛兵の態度に苛つきながら、アーネストが馬車から顔を覗かせた。

彼等は何も知らないので、その態度も当然であった。

しかしアーネストからすれば、それは職務怠慢に感じられた。

それでは命令が、誰が発したという事になるだろう。


「このお方が、辺境伯のご子息か?」


番兵はアーネストの恰好に、不審そうな眼を向けていた。

それはそうだろう。

アーネストの恰好はローブで、如何にも魔術師らしい恰好をしていたからだ。

およそ貴族の子息の恰好には、見えなかっただろう。

しかし兵士の返答を聞いて、衛兵は納得した。


「いえ

 この方はお連れの方で…」

「そんな事はどうでも良い

 ここに馬車が来たのか、来なかったのか?」

「アーネスト殿

 落ち着いてください」

「一体どうしたと言うんだい?」


番兵は、今度は別な理由で訝しんで見ている。

どうやらこの魔術師は、貴族の子息の連れであるらしい。

友人か側近にする為に、彼を同行していると判断した。

しかしその魔術師は、何やら馬車を探していると言うのだ。


「実は…」

「そのご子息様が乗られた馬車が奪われて…」

「こちらに向かったとは思われるのだが、見ていないか?

 王家のお迎え用の馬車なんだが」

「何だと!

 それは問題ではないか

 しかし…」

「見ていないのか?」

「いや

 ううむ…」

「そんな!」

「一体何処に行ったんだ」

「王家の紋章を着けた馬車だぞ?

 そもそも我々が、それが出た事を知らないのも問題だぞ」

「マズいな…

 一体何が起こっているんだ?」


兵士が事情を説明して、それらしい馬車が通らなかったか確認する。

しかし残念ながら、馬車はここを通っていなかった。

そもそもが王家の馬車が、この門を通った事も知らされていなかった。

それは迎えに向かった事自体が、偽の命令だった可能性が高まる。


「今日はそういった話は出ていないし、見てはいないぞ

 いつ頃の話だ?」

「つい1時間ほど前の話だ

 我々は人波に飲まれてしまい、追跡が出来なかった」

「うーむ

 それなら私が入る前になるな

 幸い昼の者がまだ残っている

 事情を聞いてくる」

衛兵はそう言って、再び詰所に向かった。

程なく他の衛兵を連れて戻り、話を聞く事が出来た。

彼は昼から出ていて、間も無く交代の予定だった。

それでその衛兵に、迎えに出た兵士が確認する。

しかし馬車が出た事は知っていたが、その内容は伝わっていなかった。


「ええ

 確かに王家の馬車は出ました

 しかし…

 お迎えの話は聞いていませんよ」

「何だって?

 それじゃあ、我々が受けた命は?」

「それもだが、問題は馬車が何処へ向かったかだ

 王家の紋章がある馬車だ、目立つ筈なんだが…」

「そうですよ

 あれほどの目立つ馬車が、何処にも居ないなんて…」

「何処からの命令だったんだ?

 本当に国王様の命令なのか?」

「ああ

 宰相様から、国王様に命令があったと…

 そう聞かされていたのだが…」

「しかしそんな話は…」

「ええ

 聞かされておりませんよ?」

「ううむ…」


馬車は戻っておらず、その行方も分からなかった。

それを踏まえて、直ちに確認をする必要があった。

そこへ確認に向かった衛兵が、数名の兵士と走って戻って来た。

どうやら上に確認して、こちらに戻って来た様子だった。

しかしやはり、彼等も命令を聞いている様子は無かった。


「あなたがダーナの…

 ギルバート様ですか?」

「いえ

 私はアーネストと申しまして、ギルバートは…」

「え?

 何があったんです?」

「実は…」


アーネストと兵士達は、再び事情を説明する。

新たに加わった兵士達は、その話をじっと黙って聞いていた。

事情が分からないので、先ずはしっかりと聞こうとしたのだ。

そして事情を聞いた上で、彼等は慌てて捜索の手配をする事になる。


「それは大変だ!

 すぐに捜索の手配を」

「ああ

 警邏の兵士達にも伝達してくれ」

「それと、アーネスト様ですね

 国王様がお呼びです

 すぐに来て下さい」

「国王様が?」


事情は分からなかったが、アーネストは馬車を兵士達に預けて直ちに王城へと向かった。

いよいよ国王との面談になるのだが、問題はギルバートが居ない事であった。

果たしてどうなるのか?

アーネストは覚悟を決めて、兵士の後に着いて王城の門を潜った。

まだまだ続きます。

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