表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
174/190

第166話

その少年はフランツと言い、このリュバンニの町の領主バルトフェルドの息子であった

彼は敬愛する義理の兄、フランドールに勝ったギルバートを憎んでいた

それはフランドールからの手紙に書かれており、その事でギルバートに勝負を挑んで来ていた

彼は勝負に不正があり、その事で兄が負けたと思い込んでいたのだ


それはそうであろう

自分とそう変わらない年の少年が、成人である義兄に勝ったと言うのだから

それは彼でなくとも、疑ってしまうだろう

しかしギルバートは、フランドールに勝っているのだ

それは実力であり、不正などしていなかった


少年は食堂に乱入すると、大声で勝負しろと喚いていた。

それが二日酔いのアーネストの頭に響いて、アーネストはグロッキー状態になる。

ギルバートはどうするかと、アーネストの方を見ていた。

しかしアーネストは、それは止めておけと首を振った。

ギルバートも同じ考えで、断ろうとしていた。


「申し訳ないが…

 こちらには君と勝負する理由が無い」

「うるさい!

 そんな事は関係無い」

「関係が無いって…

 そんな言い分が通用すると思っているのかい?」

「うるさい

 良いから勝負しろ

 それとも、負けると分かっているから怖いのか?」

「負ける…ねえ」


ギルバートは少年を見て、一目で勝負にならないと判断した。

それはスキルや称号ではなく、元々の体格にも出ていたからだ。

彼はどう見ても、まだまだ少年なのだ。

年齢から考えても、ギルバートには敵わないだろう。


ギルバートは14歳にしては、小柄で筋肉も少なかった。

それは2年間は封印されていて、実際に育った年数が12年だからだ。

しかし12歳として考えても、フラッツよりは年上だった。

それに年齢以上に、ギルバートは屈強に育っている。

それは魔物と戦った3年間が、彼を鍛えていたからだ。


今では身長は160㎝を越えており、筋肉も同年代の少年に比べれば付いていた。

並みの兵士に比べても、ギルバートは強かった。

一方のフランツは、まだまだ子供の身体をしている。

本物の剣を握ったら、恐らくは振れないであろう様子だった。


「ボクの命令が聞けないのか

 ボクは領主の息子だぞ」

「そんな軽々しく、領主の息子だなんて言うものじゃあない」

「そうですよ

 バルトフェルド様に知られれば…」

「お叱りを受けますよ」


ギルバートは、フランツの物言いに若干イラついていたた。

領主の息子だと言って命令を聞けだなんて、まるであの商人の様であった。

その様を見て、少し懲らしめようかと考える。

それで敢えて、彼との勝負を受ける事にした。


「良いだろう

 勝負してやるよ」

「ギルバート殿!」

「坊っちゃん」

「まあまあ

 木剣での勝負だ」

「だからと言って…」

「危険ですよ」

「そうですよ

 坊っちゃんとこちらの少年とでは…」


バルトフェルドの兵士達と、ギルバートの連れたダーナの兵士達が慌てる。

アーネストもギルバートの腕を掴むと、首を振って止めようとした。


「おい

 ギル…」

「大丈夫だよ

 アレは使わない」

「しかし…」

「ここで放っておけば、彼は勘違いしたままになるだろう?」

「はあ…

 放って置けば良いのに」

「そうはいかんだろう?

 彼が貴族の使命を、勘違いしているんだ

 オレが教えてあげるべきだろう」

「やれやれ…」


アーネストは諦めて、掴んでいたギルバートの腕を放した。

それを見て、兵士達も見守る事にする。

確かにこのままでは、フラッツの教育上問題である。

ここで一度は、鼻っ柱をへし折る必要があるだろう。


「訓練場で、木剣での模擬戦にしよう」

「真剣じゃあ無いのか?」

「真剣?

 君では満足に振れないだろう?」

「な!」


ギルバートは事実を突き付けたが、フランツは顔を真っ赤にして怒鳴る。


「ふざけるな

 ボクだってそれぐらい…」

「それぐらい、何だ?」


ギルバートは素早く飛び出すと、バルトフェルドの兵士の腰の剣を引き抜いた。

兵士は慌てるが、ギルバートは既にフラッツの前に移動していた。

そのまま踵を返すと、ギルバートは剣を鋭く振ってみせる。

その迫力に負けて、フランツは思わず腰を抜かした。


「ちょっと借りるよ」

「え?

 はあ?」

「ふっ」

「うわあああ」

「ほらね」

「ななな!」

「は、早い…」

「これほどとは…」

「実際の戦場では、こんな物じゃあないよ」


ギルバートは軽々と剣を放って、柄を逆に握り直してから剣を返した。

兵士はそれを呆然としながら受け取った。

まさかあれだけ素早く近付かれて、剣を引き抜かれるとは思っていなかった。

だから驚いて、剣をそのまま持って行かれたのだ。


「はい

 返すね」

「え?

 は、はあ…」

「勝負は正々堂々とだったな

 領主の息子だから負けろ…

 とか言うなよ」

「ば、馬鹿にするな!」

「フラッツ様」

「その格好のままでは…」


フランツはギルバートの言葉に、怒りで正気に戻る。

しかし腰が抜けていて上手く立てず、兵士に手伝われてなんとか立ち上がる。

それから食事を切り上げて、ギルバート達は訓練場へと向かった。

約束通り、模擬戦を行う為だ。


訓練場に入ると、ギルバートは慣れた手つきで木剣を選ぶ。

それから一本をフランツに放って、自分も一本を持って構える。

それは半身になった構えで、上級者が初心者に指導する時によくする構えだ。

相手との実力が離れていると、態度で示した構えになっていた。


「さあ

 どうぞ」

「な!

 ふざけるな!」

「ふざけていませんよ

 これで十分ですから」

「くっ!

 馬鹿にしやがって」


フランツは声に出して、怒りを露わにする。

そして怒りのままに、彼はいきなりギルバートに殴り掛かる。


「くそおおお」


開始の合図も待たずに、フランツは猛然と向かって行った。

それが腕の近い者同士ならば、不意討ちにもなっただろう。

しかし、結果は見えていた。

二人の間には、それほどの技量の差があったのだ。


「うわあああああ」

「はあ…

 甘いですね」

カン!

コン!


フランツは何度も打ち掛かるが、悉く簡単に受け止められる。

それもギルバートは実力差を分からせる為に、少し引きながら受け止めている。

だから剣は衝撃を吸収して、ほとんど音を立てていなかった。


上段からの叩き付け

袈裟懸け

横薙ぎ


フランツは思い付く限りの技を、必死になって繰り出す。

しかし、そこはまだ未熟な子供の剣技。

次第にむらが見えて来て、隙だらけの大振りになって行く。

やがてギルバートも飽きてきたのか、大振りに合わせて木剣の先で受け止め始めた。


「わあああ…」

「ふっ

 はっ」

カコン!

コツン!

「おお」

「これは…」


さすがにこれには、周りで見守る兵士達も驚いていた。

いくら相手が格下とはいえ、剣先で受けるには相応の実力が必要である。

相手の振る先を見極めて、そこに剣先を合わせる必要があるからだ。

これで兵士達の眼にも、ギルバートがかなりの実力者だと理解が出来た。


「これでは…」

「ああ

 フランドール様でも敵わない訳だ」

「くっ

 くそおおおお」


兵士の納得する声に、フランツはさらにムキになった。

しかし体力が続かず、肩で大きく息を吐く様になった。


「なんで、はあはあ

 当たら、はあはあ、いんだあ、はあはあ」

「それは無理だろう

 ワシでも敵わんからな」


いつの間に来ていたのか、バルトフェルドが兵士達の後ろに立っていた。

彼はニヤリと笑うと、傍らの兵士から木剣を受け取る。

そしてそれを構えると、ギルバートに剣先を向ける。

それは失礼な態度で、勝負する様に挑発する為に行う行為であった。


「どれ

 ワシも試させてもらえるかのう」

「え?」


それにはさすがに、ギルバートも困惑した顔を浮かべた。

いくら木剣とはいえ、相手はこの町の領主である。

その領主を相手に、勝負をする事など普通はあり得ない。

例え相手が、それを要望してもだ。


「本気でやってもらって構わない

 いや…

 それじゃあマズいのか」

「ええ

 さすがに…」

「ふむ

 困ったな」

「はははは…

 さすがに領主様相手には…」

「なら

 ワシの本気を…」


バルトフェルドは大きく踏み込み、裂帛の気合で切り掛かった。

それは木剣とは思えない様な、空気を断ち切る音がして上段から振り下ろされる。

さすがにギルバートもマズいと考えて、咄嗟に間合いを広げる。

それほどこの一撃は、気合の籠った危険な一撃だったのだ。


「はあっ!」

「ちょ!

 はっ」

シュバッ!

ザシュッ!

「ふむ

 今のを躱すか」

「さすがに不用意には受けれませんよ」


さすがにギルバートでも、これは安易に受けられなかった。

下手に受けようとすれば、木剣が折れてしまう。

それほどバルトフェルドの一撃は、気迫の込められた一撃だった。

だからギルバートは、素早く間合いから離れていた。


「なら、これはどうじゃ!」

「くっ」

ドヒュッ!

ガコン!


鋭い踏み込みと共に、裂帛の気合で突きが繰り出される。

しかし今度は、ギルバートも構えていたので受け流す。

力を抜いて、木剣の腹で突きを受け流した。


「やるな」

「バルトフェルド様

 楽しんでませんか?」

「がはははは

 分るか?」

「え、ええ…」


ギルバートは苦笑いを浮かべて、どうにかこの場を切り抜けようと思案する。

しかしバルトフェルドは、戦いを楽しんでいて聞こうとはしなかった。


「それはそうだろう

 これほどの相手はなかなか…」

「あなた!」


さらにバルトフェルドは、ギルバートに向けて踏み込んだ。

袈裟懸けに振り下ろしてから、逆袈裟懸けに振り上げてみせる。

それを躱したギルバートに向き直ろうとした瞬間、背後から冷たい声が響いた。

女性の優しい声が、冷たく突き刺さる様に響く。

その重圧に、バルトフェルドの身体が硬直した。


「止めに向かった筈ですよね」

「は、ははは…」

「私の眼に映っているのは、見間違いかしら?」

「い、いやあ…

 はははは…」

「はははじゃないでしょう?」


バルトフェルドは素早く振り返ると、木剣をどこかへ隠した。

まるで何も持っていないかの様に、両手を挙げてプラプラとして見せる。

その間に受け取った兵士が、素早く木剣を隠した。


「はははは

 見間違いだろう?

 何も起こっていない、何も…ね」

「はあ…

 全くもう…」


バルトフェルドは素早く目配せをして、ギルバートに話しを合わせる様に促す。

その振り返った顔は、救いを求める哀しそうな顔をしていた。

母を怒らせた時の父を思い出し、ギルバートは溜息を吐いた。

彼もまた、アルベルトの様に妻には弱かったのだ。


「何もありませんよ

 庭を案内していただいていただけですよ」

「そ、そうだよ

 庭を案内して…」

「ここは訓練場では?」

「えっと…」

「誤魔化すにしては、下手ですわよ」

「ははは…」


奥方の言葉には、まだ棘が残っていた。

それを聞いたバルトフェルドの顔は、みるみるうちに悲壮感漂う感じになる。

大好きな妻だけに、怒られたくは無いのだろう。

彼女の怒った顔を見て、しょんぼりとした様子になる。

それを見て、ギルバートは可哀想に思えて来た。


「私が気になったので、案内してもらったんです」

「そうですか?

 そういう事にするなら…

 仕方が無いわね」


奥方は溜息を吐き、やっと言葉から棘が抜けた。


「それでは、何事も無かったんですね」

「ええ」

「本当に?

 フラッツも粗相をしていないわよね?」

「え、ええ…」


ギルバートはチラリとフランツの方を見たが、既に彼は戦意を失っていた。

彼は母の言葉の重圧に、小さくなって震えていた。

普段は優しい母が、時折見せる怒った顔に震えていた。

だから叱られると考えて、小さくなっていた。

それを確認して、ギルバートはその場を去ろうとする。


「それでは、私達はそろそろ戻りますね」

「ま…」

「まだ何か?」

「い、いえ…」


フランツが一瞬何か言い掛けたが、母の視線に気付いて黙った。

こうなった女性は怖いので、黙って言う事を聞くしか無いのだ。

ギルバートは、内心でご愁傷様と思いながら、これ以上は余計な事は言うなよと思った。

そうしてギルバート達が立ち去ろうとする時、バルトフェルドとフランツも一緒に行こうとしていた。

さりげなく加わり、一緒に着いて来ていたのだ。


「さあ、ワシも仕事が…」

「ぼ、ボクも勉強の途中で…」

「二人共!」

「ひいっ」

「は、はい」

「説教ですわ

 すぐに来なさい」

「え?

 ええ!」

「そんな…」

「良いから来なさい

 まったくもう」


奥方は優しく、そして迫力のある声で告げた。


「ワシは仕事が…」

「ボクも勉強が…」

「良いから!

 黙って来なさい!」

「はい!」


二人は止む無く連れ去られて行った。

その様子を見送りながら、ギルバートは無事に済む様に祈っていた。

フラッツの態度には腹が立ったが、それでも可哀想に思えていた。

ギルバートも怒った母には、怖いと思った事があった。

だからこそ二人の事に、同情をしていた。


「良かったな

 奥方様がいらっしゃって」

「アーネストが呼んだのか?」

「ああ

 さすがにマズいと思ったからな」

「そうか…」


ギルバートとアーネストは、何とか自分達は逃げられたと安堵していた。


「大丈夫…かな?」

「問題無いだろう

 叱られるのはあの二人だけだし

 兵士のみなさんも巻き込まれただけだろ」

「そりゃあそうだが…」

「オレ達も戻るぞ」

「ああ」


ギルバートはむしろ、説教と言われた二人の顔を思い出していた。

この世の終わりの様な顔をしていて、それが父の姿を思い出させていた。

アルベルトも母を怒らせた時には、あの様な顔をしていた。


「父上も…

 偶にあんな顔をしていたな」

「ん?」

「何でも無い」


アーネストは本当は気付いていたが、知らない振りをしていた。

ギルバートは父を亡くしてから、まだそんなに時間が経っていない。

こうして思い出すのは、仕方が無い事なのだろう。

こればっかりは、時間しか解決する術は無かった。


それから昼までゆっくり庭を回り、二人は時間を潰す事にした。

出発の準備は、兵士達に任せてあった。

それに王都から、迎えの兵士も手配されている。

だから昼食に呼ばれるまで、二人は暇を持て余していた。


二人はバルトフェルドの兵士に、昼食の準備が出来たと呼ばれた。

それで先ほどの、食堂に再び向かう事になる。

昼食の席に着く前に、ギルバートはバルトフェルドとフランツの二人から謝罪された。

二人共先程まで、奥方に叱られていたのだろう。

すっかりと疲れた様子になっている。


「先ほどはすまなかった」

「ごめんなさい

 もう言いません」


二人はこってり絞られたのか、大人しく謝罪の言葉を述べた。

ギルバートは元より気にしていなかったので、謝罪を快く受け入れた。


「分かってくれたんなら良いです

 もう、あんな事は言わないでください」

「はい」


あんな事とは、領主の息子だからという言葉だ。

それが分かっているのか微妙だったが、ギルバートはそれ以上は言わない事にした。

それを奥方に聞かれれば、再び説教になり兼ねない。

だからギルバートは、そこは口にしない事にした。


「バルトフェルド様も

 反省しているのなら、私からは何もありません」

「おお

 それな…」

「あなた」


あまり反省してなそうな様子を見て、奥方の声が鋭くなる。

二人の顔がたちまち緊張して、真っ青になって強張っていた。


「は、反省、してるよ

 も、もちろん」

「そう?

 それならお客様には、これ以上のご迷惑は掛けないかしら?」

「当然さ

 既に王城へは伝えてあるし、夕刻には迎えの馬車が来る

 それまでは、フランツも大人しくしてるさ」

「父上?!」


フランツが裏切られたと思って、父親を涙目で見る。

それを見てバルトフェルドは、すまんと謝罪のジェスチャーをする。

それに気付いてはいるのだろうが、奥方は溜息を吐きながら続けた。


「申し訳ありませんね

 二人には後で、もう一度よく言っておきます」

「いえ

 お気になさらずに」


ギルバートはそう言いながらも、引き攣った笑顔になってしまっていた。

二人には申し訳ないが、これはもう一度叱られた方が良いだろう。

そう思いながらも、一つ疑問があった。


「そういえば、王都からの迎えって…」

「ああ

 国王様に伝えて、迎えの馬車が来る事になっている」

「それなんですが、献上品が…」

「ああ

 それも伝えてある

 なあに、そいつは兵士の方で運ぶ事になるだろう」


そういった手配も済ませてある様なので、ギルバートは感謝の言葉を述べた。

本来はそれらも、ギルバートが手配するべき事だった。

しかし王都には知り合いも居ないので、どう手配すべきか分からなかったのだ。

それらの全てを、バルトフェルドが手配してくれていた。

それは感謝すべき事であった。


「ありがとうございます」

「なあに

 こいつが仕出かした始末を考えれば、安い物さ」

「それでも、何から何までしていただき…

 感謝しています」

「うむ

 それならば王都であった事を肴に、また立ち寄ってくれれば良い

 がははは」


バルトフェルドはそう言って、豪快に笑った。


「さあ

 それでは昼食に致しましょう

 迎えが来るまではまだ時間があります

 それまでは、当館でお寛ぎくださいな」

「はい

 ありがとうございます」


ギルバートが礼を述べ、案内されて席に着く。

兵士達も別の食堂へ案内されて、ここで一旦別れた。

彼等は食事の後に、町で買い出しを済ます事になっている。

もうすぐ王都に入れるが、幾らか買い出しに向かう必要があるのだ。


「それで、王城へ向かう訳だが…

 登城の所作とかは大丈夫なのかい?」

「ええ

 アーネストに教わりましたので」

「ふむ」


バルトフェルドは、アーネストを見て首を捻る。

魔術師と聞いていたが、それにしても博識が過ぎる。

並みの魔術師では、そこまでの知識は無いだろう。

アーネストの知識の深さは、貴族の仕来りに関しても詳しかった。


「貴族のしきたりや王城での所作

 君は一体…

 何者なんだね?」

「それほどでも…

 アルベルト様に教わりましたから」

「ふむ

 あれにそんな者が居たとは…

 聞いた事が無かったが」

「そうですか?」


バルトフェルドは、ここでアーネストに疑問を持った。

それはそうであろう。

バルトフェルドも成り上がりとはいえ、貴族としては長くやっている。

しかしアーネストの様な少年は、貴族にも思い当たる者が居なかった。

そんな優秀な者が、アルベルトの側に居たとは知らなかったのだ。


「6年前…

 覚えていませんか?」

「6年…

 アルベルトが来た…」


バルトフェルドは記憶を掘り起こす。

そしてふと、思い当たる事を思い出した。

それはアルベルトが、王都に一度戻って来た時の事だった。


「そうか、あの時の

 あの子供か」

「はい

 ご無沙汰しておりました」

「そうかそうか」


バルトフェルドは、アーネストが引き取られた経緯を思い出す。

流行り病が収まり掛けた時に、アルベルトも王都に顔を出していた。

そしてその際に、被害に遭った者達に手を差し伸べていた。

その際にアーネストにも、彼等は面会をしていた。


「なら、君も確か…」

「ええ

 王都では両親が亡くなった際に、お二人にはお世話になりまして…」

「そうか

 あの時の少年か…」

「はい」

「それではガストン老師の弟子という?」

「はい

 その縁もありまして、アルベルト様に仕えておりました」

「では魔物の侵攻も…」

「はい

 それで叙爵となりました

 今回の同行も、その件がございます」

「なるほど」


バルトフェルドはすっかり思い出した様子で、しきりに頷いていた。

それを見て、フランツは不思議そうに尋ねる。


「父上

 あの少年は一体…」

「ああ

 すまんな

 お前は知らんだろうな」


バルトフェルドはフランツにも分かる様に、アーネストの事を紹介した。


「彼は両親を流行り病で亡くしておってな」

「流行り病って…」

「お前が生まれるよりも前じゃ

 フランドールも引き取ったばかりでな」

「そんな事が…」

「ああ

 それでアルベルトがな、何人か孤児を引き取りに来ていてな」

「オレもその一人でした」

「ああ

 そしてあの場には、ガストン老師もいらしていてな」


ガストン老師は、たまたまその場に居合わせていただけだった。

そもそもが流行り病の、処理はバルトフェルドが主導で行っていた。

しかし薬が必要な事もあって、ガストン老師もポーション作りの手伝いに来ていた。

そこで彼は、アーネストが並外れた魔力を持つ事に気が付く。


「ガストン老師は、ポーション作りに来られていたのだが…」

「そうですね

 それで子供達を集めて、ポーション作りを教えていらしたんですよね」

「ああ

 才能がある者が居れば、魔術師ギルドに引き取らせよう

 そう考えておった様じゃな」

「そうそう

 そんな話もしておられましたね」

「うむ

 そこで老師は…」

「はい

 オレは魔術の才能があると…」

「それでガストン老師が、彼を引き取ったのだ

 しかし老師も病に倒れられて…」

「まあ」

「そんな…」


奥方とフランツが、老師まで亡くなったと聞いて同情する様な視線を向ける。

しかしアーネストは、笑顔でそれを否定した。

アーネストとしては、それは仕方が無い事だと納得していた。

元々老師も、既に高齢で寿命も短くなっていた。

だからいつ死んでも良い様に、彼はアーネストをアルベルトに引き合わせていた。


「確かに老師も亡くなられました

 しかしアルベルト様が後見人になっていただき、私は無事に生活出来ました

 それに…」


アーネストは一瞬、ギルバートの方を見た。

それから彼自身が描いている、これからの事を語った。

それは王都での、彼の目指している目標である。

友であるギルバートの傍に、いつまでも居られる様に。

アーネストはその夢を叶える必要があった。


「王都では叙爵の話もいただいております

 そして貴族の学校に通う予定も…

 いずれは学校を出て、宮廷に勤める予定です」

「まあ」

「魔術の才能があるのか?」

「ええ

 これでも、王都の宮廷魔術師にも負けないだけの実力はあると…

 自負しています」


そんなアーネストの言葉を聞いて、フランツは憧れの視線を向けていた。

ギルバートに向けた視線とは、まるで違っていた。


「どんな魔法が使えるんだ?」

「これ、フランツ」

「駄目ですよ

 真の魔術師は、必要で無い限りは無闇に魔術を披露する物ではありません」

「嘘だあ

 王宮では、魔術を見世物にしてるって聞いたよ」


バルトフェルドと奥方は、子供らしく尋ねるフランツを窘めた。

しかしフランツは、どこからか聞いた噂話を信じていた。


「フランツ殿がどなたに聞いたのかは知りませんが、本物は無闇には使いません

 もし居たとするなら、それは紛い物でしょう」


アーネストはそう述べて、無闇には使えない事を強調した。


「ちぇっ

 つまんねえの」

「これ」

「すいません

 後でよく言っておきます」

「気にしないでください

 私が彼の立場なら、確かに見たいと思いますからね」


アーネストはそう答えながらも、王都では魔術師にも問題がありそうだと感じていた。

本来の魔術師なら、迂闊には魔法は見せないものだ。

自身が使える魔法を、迂闊に知られる事は死活問題である。

だから見世物に使っているとなれば、それは紛い物の可能性が高い。


そんな魔術師が、王宮に集まっているかも知れない。

そうであるならば、何やらややこしい事になりそうだ。

これから向かう王都で、どの様な災難が待ち構えて居るのか?

期待よりも不安の方が大きくなっている。

あと少しで到着出来るが、今さらながら行きたくないと思えて来ていた。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ