第160話
無事に記帳を済ませて、宿泊料を支払う
ここは町だが、宿の宿泊料は相場より安く、一人につき銀貨5枚であった
ここまで大きな町なら銀貨10枚でも安いのだが、宿の様子を見ればそれが相場に相応しく思えた
お世辞にも綺麗では無く、空いていたのも恐らくは見た目も原因であろう
お世辞にも大きな町の大通りに在るにしては、些か見た目がお粗末であった
見た目は…まあアレだったが、出された食事は上等であった
肉と野菜を煮込んだスープは上品な味わいで、焼かれた鹿肉も上等なソースがかかっていた。
パンは無かったが、代わりに上品な香りがするリンゴのパイが用意されていた
それらを美味しく召し上がりながら、一行は旅の疲れを癒していた
「いやあ、これは美味い」
「確かに
これで銀貨5枚で泊まれるなんて、勿体ないですよ」
「食事だけなら、銀貨5枚でも安いかもな」
「坊っちゃん…」
「ギル
それは失礼だぞ?」
「ん?」
「構わんさ
いつもそう言われている」
ギルバートの言葉に、兵士達は思わず顔を顰める。
確かにそうなのだが、言い方に問題がある。
しかし宿の主人も、手入れが行き届いていないのは感じているのだろう。
見ればあちこちに、片付けの手が足りていないのが分る。
この規模の宿を回すにしては、宿には主人しか居ないのだ。
そして料理に関しては、主人は自信がある様に見られた。
料理の見た目もだが、味も十分に王都でやって行けるレベルであろう。
この料理なのにこの価格では、果たして宿屋としてやって行けるのか疑問であった。
宿泊施設としては、綺麗さが足りない事が問題なのだろう。
「あ…」
「ほら
失礼な事を仰るから…」
「でも、何でこんなに客が入らないんだ?」
「坊っちゃん…」
ギルバートはしきりに首を捻っていたが、他の者は気が付いていた。
それはここの見た目が問題で、綺麗な建物であったのならもっと繁盛していただろう。
理由は不明だが、建物がおんぼろな為に客着きが悪いのだ。
せめて掃除だけでも行き届いていれば、もう少しは繫盛していただろう。
「こんな美味い飯が食えるのなら、王都でもやって行けるだろうに」
「ギル
それ以上は駄目だ」
「さすがに失礼ですよ」
「え?」
「はあ…
お前はそういうところが…」
「良いんだ
確かにそう言われている
だが…」
宿屋の主人はそう言うと、悲しそうに俯いた。
「何か事情があるのか」
「ギル
いい加減にしろ」
「そうですよ
さすがに踏み込み過ぎですよ」
「しかし気になるだろう?
こんなにいい宿なのに…」
「それは…」
「確かにそうだが、オレ達が気にするべき事では無いだろう?」
「ここの息子が悪いんだ
商人になるだなんて言って、王都に出たっきり…」
「止せ
ロジャーが悪いんじゃない
悪いのはガモンの奴らだ」
「ロジャー?
ガモン?」
どうやら複雑な事情があるらしく、他の客は出て行った息子の名前を上げていた。
しかし、その名前には聞き覚えがあった。
「ああ
出て行った息子の名がロジャーなんだ」
「えっと…
ロジャーってまさか…」
「あんた、ロジャーの奴を知っているのか?」
「あいつは今、どこに居るんだ?」
「王都の店は潰されたって聞いたぞ
あいつは無事なのか?」
知っているロジャーがその人なら、彼は無事である事になる。
しかし彼が王都に店を構えていて、潰されている様な話は聞いていない。
彼が同じ人物かは、確信が持てなかった。
「落ち着いてください
オレ達は確かに、ロジャーと名乗る商人には会いましたが…
しかしその人が、お探しのロジャーさんと同じ人かは…」
「そうか
そりゃあそうだよな」
「考えてみれば、ロジャーって名前もそんなに珍しく無いし」
「ああ
あっちじゃ当たり前の様に使われている名前だ」
「そうなんですか?」
「ああ
こいつは西から旅して来たんだ」
「向こうにゃ多い名前だとさ」
「そうなんだ…」
実際にはこの地方では珍しい名前で、もう少し西の土地で多く使われる名前だった。
宿屋の主人が西方出身なので、その息子も西方の名前を付けたのだ。
だから商人のロジャーとなれば、西方出身でなければ珍しかったのだ。
「そのロジャーさんは…
無事なのかい?」
「ええ、まあ
今は王都に向かっている筈なんで、数日中にはここにも立ち寄るんじゃないでしょうか?」
ギルバートがそう言うと、客たちは主人に話し掛け始めた。
彼等からしても、ロジャーの事は気になっていたのだろう。
嬉しそうに、宿の主人に報告する。
「おい、こっちに向かっているんだってよ」
「それが本当にロジャーなら、無事に帰って来るんじゃないか」
「あ、ああ…」
「おい
嬉しくないのかよ?」
「息子が無事だったんだぞ?」
「それにこっちに向かっているんだ
ひょっとしたら…」
しかし宿屋の主人は、あまり嬉しくないのか微妙な表情をしていた。
「あいつは…
ここを捨てたんだ
帰って来る筈がない」
「おい!」
「そんな事を言うなよ」
「そうだぞ」
集まっている客のほとんどが、家族が行方不明になっている。
主人の息子が無事だった事は、彼等にとっても重要な事だった。
もしかしたら自分達の家族も無事なのかも知れない。
だからロジャーが無事な事は、彼等にとっても嬉しい事なのだ。
「息子さんが生きているのかも知れないんだぞ」
「良かったじゃないか」
「そうだぞ」
「素直に和解して、手伝ってもらいなよ」
「う、うるせえ」
そして彼等はその事で、他の者も見ていないか気になり始める。
もしかしたら、自分達の仲間も見ていないか?
そう思って質問して来た。
しかしギルバート達は、そこまで詳しくは知らなかった。
「なあ
オレの息子を見なかったか
シングって言うんだ」
「私の彼は?
アランと言うんです」
「待ってください
オレ達はロジャーと言う商人には会っていますが…
彼がその息子さんとは限りませんよ?」
「それに…
他の仲間がどういった方なのかも知りませんよ」
「その方達が、あなた方の言う人かどうかは…」
「そりゃあそうか…」
「しかしそれじゃあ…」
「本当に知らないのか?」
「ええ
全員の名を聞いている訳ではありませんし…」
「確認もしていません
あくまでも行きずりですから」
「申し訳ありませんが、ボク達ではお力には…」
「彼がここに着いたなら、改めて聞いてみてください」
「はあ…」
「そうか
手掛かりは無いか…」
ギルバート達からすれば、そう言うしかなかった。
彼等がこの町の住民だったのかは、当人達しか分からない。
だから確認しようにも、当人達が来ないと分らないだろう。
「すまないね
彼等も必死なんだ」
「ええ
お気持ちは分かります」
「そう…か…」
「家族の生死が不明では…
心配でしょうね」
「う…
ああ…」
アーネストも家族を失っている。
家族を亡くした気持ちは、痛いほど分かった。
無事かも知れないと思ったら、探したくなるものだろう。
ギルバートも父親を思い出し、悲しい気持ちを思い出していた。
あの時アルベルトは、確かに息を引き取っている。
それがもし生きているとすれば、ギルバートも懸命に探しただろう。
だから彼等が、こんなに必死になるのは分る様な気がした。
「私も…
先日、父を失いました」
「え?」
「その事を伯父に伝える為に、王都に急いでいます」
「そうなん…ですね」
「ええ
ですから生きていればと…
そう思えば…」
「ああ
探したくもなるさ」
それは真実であった。
他にも急ぐ理由はあるが、父の訃報を伝える必要もあるからだ。
国王であるハルバートは、ギルバートの伯父に当たる。
だからアルベルトの訃報は、国王に伝える必要があった。
「あんたらには悪い事をしたな」
「いえ
みなさんが希望を持てたのなら…
ただ、それが絶望に変わらない様に祈っています」
ギルバートは心からそう思い、それを聞いた客達は涙を流しながら俯いていた。
しかしやはり、一言余計であった。
アーネストも兵士達も、ギルバートの言葉に頭を抱える。
もう少し配慮して、言葉を選べよとは思う。
しかしそこは、ギルバートの素直な性格が影響しているのだろう。
配慮に欠けているのは、彼がまだ子供だからだ。
もう少し経験を積んで、言葉に注意できる様になれば…。
今の様な言葉は発しなくなるだろう。
そう思って兵士達は、黙って話を聞いていた。
「すまない」
「無神経な質問だった」
「いいえ
オレも気持ちは分かりますから」
「そうだよな…」
「だが、だが…」
家族を思う気持ちは、誰でも同じだ。
それが分かるだけに、ギルバートは責めようとは思わなかった。
「良いんです
お気持ちは分かりますから」
ギルバートはそう言うと、一人で寝室へ向かった。
アーネストは独りで泣く時間も必要だと思って、黙ってそれを見送る。
しかしその胸の内は、友の心を思って悲しんでいた。
だがそれと同時に、やはりギルバートが上に立つべきだと改めて思っていた。
ギルは優し過ぎる
しかしそれだからこそ、人々はあいつが君主に立ったなら…
支えたいと思うだろう
民衆の悲しみを知り、共にそれに涙する事が出来る
それこそ理想の君主像だろう
だからギルには…
そう思いながら、だからこそ汚い仕事は自分達がしようと思った。
それを知れば、きっと彼は悲しむだろう。
しかし人間の裏の顔を知って、ギルバートが汚れて行く事は許容出来なかった。
そんなのは自分だけで十分だと、アーネストは思っていた。
「みなさんに、話しておきたい事があります」
「え?」
「何だい?」
アーネストはギルバートの為に、意を決して話し始めた。
「ボクはギルドに、今回の行方不明について話しています
すぐには無理でも、ギルドでは冒険者に依頼して捜索隊を立てると思われます」
「捜索隊?」
「それは本当かい?」
「ええ
既にボルのギルドでは、行方不明者のリストの作成に掛かっています」
「おお…」
「それじゃあ?」
「ええ
こちらでも行われるでしょう」
「それは助かる」
「是非ともお願いします」
「ええ」
アーネストの言葉に、宿に集まっていた人達が顔を上げる。
そして希望に縋る様に、彼等はアーネストの周りに集まる。
「ギルドに依頼すれば、捜索隊は作られるでしょう」
「それなら…」
「あの人が…」
「そこでみなさんにお願いしたいんです
どうかギルドへ訴えて、家族の名前や特徴を伝えてください
その事が、行方不明者の捜索に役立ちます」
「そうすれば
そうすれば息子は、息子は帰って来るのか?」
「彼の行方が分かるのね?」
先ほどの、息子を探していると言っていた男がそう叫ぶ。
そして婚約者を探す女性も、縋る様にアーネストを見詰める。
しかしアーネストは、悲しそうに頭を振った。
それはあくまでも、行方不明者を捜すだけである。
無事かどうかは、保証出来るものでは無いのだ。
「いいえ
苦しめたく無いので…
正直に話しますが、既に数組の隊商が行方不明でして…
彼等に関しては絶望的です」
「そんな…」
「それじゃあ、あの人も?」
「その人達が誰なのか?
それを知る為にも、あなた達の情報が必要なんです
家族の方なのか?
それとも別の隊商の方なのか?
それがハッキリとしないと、捜索は難航します」
「ああ…」
「しかし希望があるのなら…」
「あの人なの?
そうなの?」
アーネストの言葉に、みなが俯いて考え込んだ。
「良いんですか?
あなた達が悲しんでいる様に、他の方々も悲しんでいますよ」
「え?」
「それはどういう…」
「それだけ行方不明になっているのなら、他にも犠牲者が居る筈です
その方達の家族も…
あなた達と同様に、悲しみに沈んでいるんじゃないですか?」
「それは…」
「そうだな
他にも居るのか」
「だったら余計に…」
その言葉に、彼等はハッと気づかされる。
悲しんでいるのは自分達だけではない。
他の町や村でも同じ様に、家族の安否が不明で苦しんでいる人達が居るのだ。
その人達の為にも、行方不明者をハッキリとさせた方が良いのだろう。
「分かったよ」
「明日にでもギルドに掛け合ってみるよ」
「そうしてください
その方が、みなさんの家族の安否にも繋がります」
「ああ」
アーネストの言葉に、客達はギルドに相談する事に決めて宿を後にした。
これで一安心と、アーネストは溜息を吐きながら腰を下ろす。
そこへ葡萄酒の入ったカップが、そっと出される。
顔を上げると、優しい笑みを浮かべた宿屋の主人が立っていた。
「お前さんは優しいな」
「いえ、残酷ですよ」
「そうか?」
「ええ
結果としては、残酷な結末を突き付ける事になります」
「そんなに行方不明者が居るのか?」
「ええ
そして見付かっていません」
「ううむ…」
主人はアーネストの前に腰掛けて、その顔をじっと見詰める。
「だが…
友達の事を考えて、辛い役割をしているな」
主人は何かを察したのか、そう呟く。
確かにアーネストは、ギルバートの事を考えていた。
そして今の提案も、本来は必要な事では無かった。
あくまでもギルバートが、彼等の事を気にしていたからだ。
「そんなんじゃあ…」
「あの子が居る時でも、さっきの話は出来た
違うか?」
「別に…」
「聞かせたく無かったんだろ?」
「…べ、別に…
あいつが騒ぐから…」
「ふふふ」
アーネストは、それ以上は答えなかった。
しかしそれが真実を示している。
ギルバートには内緒で、親族には辛い事だが安否を確認する為に相談に行かせる。
それもすぐには捜索出来ず、却って行方不明者である事だけが確認される可能性の方が高いのだ。
それでも何もしないよりは、マシな選択なのだろう。
それにアーネストは、既にギルドであらましを確認していた。
だからさっきの名前に、聞き覚えのある名前も含まれていた。
それが当人である可能性は、少なくない。
それでも知らされた方が、彼等には良い事なのだろう。
「お前さんは知っているんだろう?
恐らくあいつ等の家族は…
もう…」
「そうかも知れない
でも、希望は…
希望は…」
「そうだな」
アーネストの様子に、主人は納得した様に頷く。
その仕種から、彼は答えを察していた。
それでも宿の主人をしているだけあって、その事には触れなかった。
主人は黙って立ち上がると、そっとアーネストの肩を優しく叩く。
「息子の事、知らせてくれてありがとう」
「っ!」
アーネストはハッとして、思わず顔を上げる。
「どうするんです?」
「どうもしないさ
あいつの道は、あいつが決める」
「それでも!
それでも帰る家があるのなら…」
「そうだな」
主人はそう言いながら、奥の厨房に向かった。
彼がここに戻るかは、彼自身に決めさせるつもりだ。
その背中がそう語っている気がした。
最後に一言、彼は優しい声を掛ける。
「明日も早いんだろ
飲んだらさっさと寝ろ」
アーネストは主人の心遣いに感謝しつつ、葡萄酒を呷ると立ち上がった。
それは彼の心を示す様に苦かったが、胸の中から暖まる気がした。
その温もりを感じながら、彼は友の待つ部屋に向かった。
そろそろあいつも、泣き止んでいるだろうと思いながら。
兵士達はそんなやり取りを見ながら、すっかり背景になっていた。
アーネストが部屋に向かったのを見てから、彼等は食事の片付けを始めた。
宿の主人の気遣いに、応えようと思ったのだ。
「何だ?
お前等まだ居たのか?」
「親っさんこそ」
「はははは
すっかり忘れられていましたがね」
「ふん」
そう言いながら、兵士達は食器を集めて片付けを手伝う。
「そんな事はしなくても…」
「オレ達の主を気遣ってくれたんだ」
「そうそう」
「これはほんの気持ちさ」
「そう…か
良い部下を持っているな」
「良い主ですからね」
「そうそう」
「優し過ぎる様な気もしますがね」
「そりゃあ…」
「はははは」
兵士は押し切って、食器の片付けを手伝う。
普通はこうした酒場では、主人以外に手伝いの給仕が居るものだ。
しかし奥さんは居ないし、給仕も居なかった。
地元民に愛されているのか、客が率先して手伝っていたからだ。
「奥さんは?」
「居ない
もう…
10年は経ったかな」
「そうか」
「それじゃあ息子さんが?」
「あいつが出て行ったのも、女房が無理して倒れたからだ
女房が死んでから、あいつは変わった」
「あ…」
主人はポツリポツリと語った。
宿は繁盛していたが、それで無理が祟って奥さんは倒れてしまった。
そこから借金が溜まって、売り上げを借金に充てるので精一杯なのだと。
それを見た息子は、一旗揚げると出て行ったんだと語った。
「そうなのか」
「でも、それは息子さんが…」
「分かっている
分かっているが…」
「っ…」
主人は悔しそうに顔を歪めて、ポツリと呟く。
「ガモンめ…」
その名を聞いて、兵士達は黙ってしまった。
彼もまた、ガモン商会の犠牲者なのだ。
そして恐らく、息子であるロジャーも目を付けられている。
しかしその事を告げるのは、主人には酷に思えた。
「大丈夫さ」
「きっと息子さんは、元気に戻って来るさ」
「そうそう
彼がそのロジャーなら、今頃は元気に…」
「なら…
良いがな」
そう慰める様に言うと、兵士達は片付けを終えて部屋に引き上げた。
その足でアーネストの元へ向かうと、先の会話を伝えた。
アーネストは部屋を出て、ギルバートに聞こえない様に報告を聞く。
これを聞かれれば、また何か言いそうだった。
だからアーネストは、ギルバートには内緒にする事にした。
「そうか…」
「どうやら、宿の借金もガモン商会の仕業かと」
「その可能性が高いでしょう」
「確証が欲しいが…
難しいだろうな」
「ええ」
「何せ何年も前の事ですし」
アーネストはそう言ったが、何事か考えている様子だった。
宿の借金の話は、恐らく10年以上も昔の話だ。
その頃からガモンが、商会を立ちあげていたのかは不明だ。
それでも彼なら、繁盛している宿を接収しようと考えるだろう。
そう考えるのならば、不当な借金をさせたとも考えられる。
「オレ達としても、あれだけの腕を持つ主人だ
ここが潰れるのは面白くない」
「ここが不当に扱われているとなると、黙って見ていられないな」
「何か良い知恵は無いのか?」
兵士達も宿の主人の人柄を見て、どうしても力になりたかった。
それにこれほどの宿が、潰れてしまうのは惜しいとも思っていた。
立て直されるのならば、どうにか立て直して欲しかった。
そうなれば、次にここに来た時にも泊まる事が出来るだろう。
「確約は出来ないが、ガモン商会とはそのうちに遣り合う事になるだろうさ
その時には、せいぜい仕返しが出来る様にはする」
「本当か?」
「確約は出来ないと言っただろ」
「う、うむ…」
「ガモンにはオレも、腹が煮え繰り返る気持ちだ
しかしだからと言って、不当に追い込む訳にいかんだろう?」
「それは…」
「だけど!
奴は不当な…」
「しっ
ギルに聞かれるだろう?」
「はっ!」
「静かにしろ」
「す、すまん」
そう言いながらも、アーネストも主人を助けたいと思っていた。
それはロジャーの事もあったが、あの主人を気に入ったからだ。
今度ここに訪れる事があれば、是非ともまた泊まりたいとまで思っていた。
先ずはこの建物の状況を、どうにかしたいと思っていた。
宿を立て直すにしても、これでは客も入らないだろう。
「ここが荒れているのも、その借金が原因なんだな?」
「恐らくは…」
「ロジャーが隊商に居たのも、それが原因だろうな」
「多分な」
「ガモン商会
選民思想も問題だが、その経営も怪しいな」
「選民思想?
あいつもなのか?」
「ああ
恐らくな
その息子のダモンもそうだったんだ
ガモンもそうなのだろう」
「そうか…」
「厄介だな」
一介の商人が、貴族に太いパイプを持っている。
その上でこうした他の商売にも関与して、借金で苦しめているのだ。
それも王都だけでは無く、こうした離れた町にまで影響を及ぼしている。
他にも余罪が、たんまりとありそうだった。
「これは王都に着いたら、忙しくなりそうだ
ふふふふ…」
「お、おい」
「アーネスト?」
アーネストは不気味な笑いをしながら、腹黒そうな笑顔を浮かべる。
普段は見せないその様子に、改めて兵士達は戦慄を覚える。
相当悪い事を考えている様子だった。
これはマズい事を、問題のありそうな者に相談したと後悔し始める。
それでもこれは、どうにかしなければならない問題なのだろう。
ギルバートに相談するよりは、アーネストに相談するしか無いのだ。
「みんなの気持ちは分かった
オレもここには潰れて欲しくない」
「ああ」
「だからガモン商会の方に、派手に潰れてもらうさ」
「は、派手に潰れるって…」
「どうする気だ?」
「さあ
王都に着いたら忙しいぞ
君達にも…
当然手伝ってもらうからな」
「え?」
「何をさせるつもりなんだ?」
「さあ?
それはお楽しみって事さ」
「おい!」
「ぶるぶる
怖い事は勘弁だぜ」
兵士達は、凶悪に笑うアーネストを見て思わず身震いする。
彼は時々、こうして悪い笑顔を浮かべる事がある。
それはギルバートの前では見せない、彼の裏の顔を象徴している。
そしてこの様な笑みを浮かべると、大概碌でも無い企みをしているのだ。
裏の顔を見た事がある者ならば、また巻き込まれると引き気味になるだろう。
「詳しい事は、王都に着いてからだ
先ずは奴の実態を調べなくてはならないからな」
「マズい事は勘弁してくれよ」
「オレ達は単なる兵士なんだ」
「大した事は出来ないぞ?」
「大丈夫
そんな難しい事じゃあ無いさ
くくくく…」
アーネストはそう言うと、明日も早いからさっさと寝る様に告げた。
しかし兵士達は珍しく垣間見た、アーネストの悪そうな顔を見てなかなか寝付けなかった。
将軍からアーネストが、時々悪い顔をするとは聞いていた。
しかし実際に目の当たりにすれば、戦慄してしまう様な怖い顔をしていた。
後日彼等は、その笑顔の意味を知る事になる。
それは知らない方が良かったと、思い知る程の事であった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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