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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第159話

翌朝も早くから起きると、朝の7時の鐘が鳴る頃には出発の準備を終える

今日も魔物の氷漬けは無事で、床板も大丈夫そうだった

荷物を確かめて、兵士達は朝市で食料を買い求める

すっかり準備も整えた頃には、8時の鐘が鳴ろうとしていた


ノフカは農業が中心の町なので、食糧の備えは十分であった

新鮮な野菜と干し肉を買い求めて、昼食の心配もしなくて済む

準備が整ったところで、城門に並ぶ隊商と農民の列に並んだ

城門では警備兵が立っていて、これから北部で戦闘が起きるかも知れないと緊張していた

その為に城門でも、簡単な誰何が行われていた。


「ふむ

 こちらは貴族のご子息が乗っているのだね」

「はい

 急ぎ王都に向かっていますので、領主様には面会は後程窺うとお伝えください」


兵士から話を聞きながら、警備兵はメモを取っていた。


「そうだな

 それではその方のお名前を記してくれ」


兵士は渡された羊皮紙に、ギルバートの名前を記入する。

その横には、アルベルトの嫡男と追記をする。

誰の息子なのかという事も、確認事項に含まれていた。


貴族であれば、簡単に通れる訳では無いのだ。

確認が取れなければ、町の外に出す事は出来ない。

それは犯罪者や逃亡者が、貴族の名を出す可能性があるからだ。

だからこの場では、正確な情報を出すしか無かった。


「ほう

 アルベルト様と言えば、ダーナの前領主様ではないか」

「はい

 領主交代の挨拶と、南東の砦での不穏な動きを伝える為に、王都へ急いでいます」

「砦か…」

「それは山脈の向こうの?」

「ええ」


砦と聞いて、警備兵が苦い顔をする。


「それでは、砦で蜂起が起きた話は聞いたのか?」

「ええ

 昨日、報が入ったと伺っています」

「うむ

 どうやら独立しようとして、領主へ反旗を翻したらしい」

「そうですか…」

「それでダーナの側でも、兵を挙げたらしいな」

「これは内緒で頼むぞ

 あなたが前領主の息子であるから話すんだ」

「ええ

 承知していますよ」

「うむ

 頼んだよ」


これは内緒だぞと言いながら、警備兵は蜂起の話を伝えてくれた。

それで普段に比べて、城門での検閲が厳しくなっているからだ。

ギルバートはこれから、王都に状況を報告する事になる。

その為にも、この程度の情報は共有すべきだった。


「それでは、子爵へはこちらで伝えておく

 旅の無事を祈っているぞ」

「はい

 ありがとうございます」


兵士は丁寧に頭を下げて、無事に城門を抜ける。


「ふう

 やれやれ、一時はどうなるかと思ったよ」

「そうだな

 ここの警備がまともで良かったよ」

「ここの子爵はまともな方だからな

 これが選民思想者だったら…」

「おい

 止めてくれ

 しゃれにならないぞ」


向こうの砦の町では警備兵も腐っていて、ギルバートも攫われてしまった。

それに比べるとここは仕事を真面目にしているし、変に勘繰ったりしてこなかった。

それは子爵が、真面目な貴族であるからだろう。


「ダーナから来たからと、変に捕まってしまったらどうしようかと思いましたよ」

「それは無いとは思うが?

 こっちは貴族の紋を掲げているんだぞ」

「いや

 逆に前領主だからこそ、変に勘繰られたかも知れないんだ

 素直に話したからこそ、疑われなかったんだ」


アーネストは、ギルバートの言葉を否定した。

平時なら、貴族なので変に拘束される事も無いだろう。

しかし内戦が起きようとしている今、そこから来たのだから怪しまれるだろう。

ここが田舎だから良かったが、次のトスノは大きな町だ。

無事に通過出来るかが不安になっていた。


疑われない為にも、事前に話を通しておく必要がある。

アーネストは次の町でも、ギルドに立ち寄る予定であった。

そこで情報を集めて、同時に根回しをする必要があるだろう。

次の町の貴族が、まともな貴族である事を祈るしか無かった。


道中では隊商が行き交い、公道にも兵士が立って警戒していた。

これまでの公道に比べると、駐屯地まで設けてしっかりと整備されていた。

そういう意味では、この辺りの貴族は有能なのだろう。

変に貴族の利権を掲げて、平民を虐げる事は無いのだろう。

だから隊商達も、安心して駐屯地で休息を取っていた。


「こっちでは、警備の駐屯地まであるんだな」

「公道の警備も厳重だ

 まあそれだけ、以前は野盗等が多かったんだろうな」

「多かったのか?」

「ああ

 だからこそ、これだけ公道を警備しているんだ」

「そうですな

 警戒をする必要があるんでしょう」

「王都に向かう道でもありますしな」

「なるほど

 それだけ整備する必要もあるのか」

「そうだ

 だからこそ魔物も、なかなか攻め込めないんだろう」

「ふうん…

 そうなのかな?」


警備の兵士の練度は、ダーナに比べるとそこまでには見えなかった。

しかし数㎞起きに駐屯地が設けてあるので、並みの魔物なら抜けられないだろう。

兵士の練度が低くても、これだけ見張っていれば抜けられ無いだろう。

そして魔物を見付ければ、兵士が町から派遣される。

人数さえ揃っていれば、それ程の練度で無くても勝てるのだろう。

だがギルバートは、兵士程度で大丈夫か心配していた。


「あれでもゴブリンやコボルトぐらいなら、倒す事は出来るだろう」

「大丈夫なのか?」

「ああ

 人数に勝るものは無い

 例え魔物でも、多くの兵士に囲まれれば…

 厳しいだろう」

「なるほど

 だが…」


いくら兵士が居ても、相手が大型の魔物では敵わないだろう。

オーガが単騎で来ても、彼等では勝てるかは怪しい。

いや、オークが群れで来ても、人数を集めただけでは危ないだろう。

あくまでも勝てるのは、コボルトやゴブリン程度に限るだろう。

他の駐屯地との連携が出来るのかが、彼等が生き残れる道に繋がりそうだった。


「いくらなんでも、オーガが相手じゃあ…」

「それなら逃げ出すだろう?

 そこまで守る程の道じゃあ無い

 それに人が居なければ、魔物も素通りだろう?」

「それもそうか…」


大型の魔物になれば、それだけ食事も多く摂る必要がある。

そうなれば、相応に大きな獲物が必要になるだろう。

隊商等を狙うのならば、オーガも向かって来るだろう。

しかし逃げられてしまえば、この道に固執する必要も無い。

次の獲物を求めて、他を探しに向かうだろう。


「連絡手段はあるのか?」

「どうだろう?」

「狼煙ですかね?」

「それは晴れの日だけだろう?

 雨が降っていたらどうする?」

「使い魔も居ませんでしょうし…

 魔術師が常駐しているとは思えませんね」

「後は伝令ぐらいだろうな

 雨でも馬なら…」

「それしか無いか」


魔術師が常駐している様子は無く、連絡手段は伝令だけの様子であった。

昔の帝国なら兎も角、今のクリサリスにはそこまで魔術師は居ない。

だから馬を使うか、走って伝令をするしか無いだろう。


「緊急の時にはどうするんだ?」

「それは断然、狼煙でしょう」

「それ以外無いでしょうね」

「ううむ…」


兵士が横から、緊急時の説明を始める。

緊急時であれば、伝令では限界がある。

雨で狼煙は上がり難くなるが、それでも使う必要がある。

狼煙であれば、見ただけで判断出来るからだ。


「こうした公道では、狼煙の方がよく見えます」

「確かに雨が降っていては、あまり効果的ではありません

 しかし離れているのなら…」

「それしか無いか」

「ええ

 伝令も出すでしょうが、狼煙も上げるでしょうね

 その方が確実ですから」


ダーナでは森や起伏が大きいので、狼煙では見えない事が多い。

それで結局、狼煙は一部の場所でしか使われていなかった。

伝令が走った方が確実だし、それ以外では鳩を飛ばす事で対処していた。

訓練をした鳩なら、時間は掛かるが人間より安全に届けるからだ。


しかし山脈のこちら側では、公道を敷く場所は起伏が少ない場所が選ばれていた。

だから伝令も送られるが、狼煙も同時に行われるだろう。

伝令だけでは、途中で魔物に襲われる可能性がある。

それに強い雨で無ければ、狼煙の方が早く見付けられる。


「アーネストぐらいの魔術師が居れば…」

「伝令に使い魔か?

 しかしあれには、相当な魔力と修練が必要だぞ」

「そうなのか?」

「ああ

 オレが簡単に使っているからって、誰でも使える訳じゃあ無いぞ?」


使い魔が定着しないのは、それを使えるだけの魔術師が少ないからだ。

王都でも数人しか居ないので、王都からの伝令には使う事が出来た。

しかし領主ですら、使える魔術師が居なければ使えない。

ましてや公道の警備や、見張りに使える程の人数は居ないだろう。

だから公道に魔術師を配置するなど、出来る様な貴族は居なかった。


「オレは特別にダーナに住まわせてもらっていたが…

 普通は王都に集められて、管理されるからね」

「管理されているのか?」

「ああ

 その方が安全だしな

 使い魔は便利だからな」

「それじゃあアーネストも?」

「オレはダーナに住みたかったんだ

 それに師匠が居たからな

 師匠が居なかったら、王都の学校に行っていたさ」


実力がある魔術師は、王都でギルドに管理される。

能力のある魔術師なら、どの貴族も欲しがっただろう。

特に使い魔や攻撃魔法となれば、戦争が有利に行われる事になる。

だからこそ王都のギルドでは、そうした魔術師を登録して管理していた。

そして彼等を守る為に、ギルドや学校には護衛の兵士が立っていた。


アーネストもガストン老師が引き取らなければ、王都で暮らしていただろう。

ギルドに所属して、専門の学校に通うのだ。

そうすれば普通の魔法は、学校で教えてもらえた。

しかしその程度では、アーネストは満たされなかっただろう。


「その方が、アーネストは勉強出来たんじゃないのか?」

「いや

 ダーナだから良かったんだよ

 アルベルト様の下に居たから好きに学べたんだ

 それにあそこに住んでいたら、どうなっていたか…」

「あそこ?」

「ああ

 思い出したくも無い」


アーネストは嫌がり、それ以上は話さなかった。

それは王都の事なのか?

それとも魔術師ギルドか学校なのか?

よほど嫌な事があったのか、アーネストはそれ以上は何も言わなかった。


公道に警備が立っているので、旅は何事も無く進む。

昼食を作る為に、駐屯地の傍で野営もさせてくれる。

だからこうした場所には隊商も集まり、賑やかな昼が楽しめるのだ。

そうして集まった場所では、色々な噂も聞く事が出来た。


「ダーナの新しい領主は、いつも不機嫌で怒鳴っている」

「ダーナの治安は将軍が保っているが、将軍派と領主派で険悪になっている」

「ノルドの砦がダモンの街と名乗ったそうだ」

「その街で軍が組織されて、ダーナや王都へ反旗を画策しているらしい」

「街はダモンと商人が牛耳っていて、市民は家畜同然の扱いらしい」


等といった、どれも不穏な噂話ばかりであった。


「どう思う?」

「どうも何も、どれも真実味があるな」

「しかしダモンの街とは…

 悪趣味な名前だな」

「しっ

 坊っちゃん

 それは大声では…」

「隊商の中には、ガモン商会の息の掛った者も居ます

 聞こえてはマズいですよ」

「とは言え

 隊商のみんなも大分不満に思っているみたいだぞ」

「そうですね…」

「この分でしたら、離反する者も多いでしょうな」


実際に通って来たので、住民の扱いは兎も角、叛意や挙兵の話は恐らく真実だろう。

それにダーナの近況も出立前の状況から比べても、事態は悪くなっている様子だった。

フランドールは既に、領主気取りで威張っているらしい。

それを不満に思った領民が、処罰されたという噂も伝わっていた。


「このまま状況が悪くなれば、フランドール殿は解任されるな」

「そうですな

 いくら王都で実績があっても、自領の軍すら纏められない様では…」

「その前に、内戦を始めましたから」

「国王様も怒っていらっしゃるみたいだ」

「国軍も集まっていますからね」


魔物の侵攻の折に、フランドールの私兵とダーナの兵士は仲直りをしていた。

しかしギルバートの事で、再び両者は対立しつつあった。

それが今回の挙兵で、大きな亀裂を起こしたらしい。

その事で、ダーナの中でも内戦が起ころうとしているらしい。


ノルドの砦を攻めている今は、さすがに内戦は起こらないだろう。

しかしノルドの砦が落とされれば、次はダーナの中で内戦が起こる可能性がある。

その際には、ダーナの兵士とフランドールの私兵が戦う事になるだろう。

そしてダーナの街中が、戦火に襲われる事になる。


「しかし将軍の陣営の方が、魔物との戦いで実力を示している

 いくらフランドール殿に実力があるとはいえ、そうすぐに戦闘になるだろうか?」

「いや、分からないぞ?

 なんせ選民思想者に関しては、全てが捕まったとは言えないからな

 どこに火種が残っているかは分からない

 ひょっとしたら既に、オレ達が発つ頃から動いていたかも知れないぞ?」

「そんな馬鹿な

 どこにそんな奴等が…」

「ハリスも警戒していたが、全ての犯罪者を捕まえた訳じゃあ無いんだ

 どこかに隠れていれば、そいつ等が…」

「そんな奴等が、まだダーナに居たと言うのか?」


アーネストの言い分も確かだが、それでもギルバートは納得出来なかった。

ギルバートとしては、みなダーナの愛すべき領民であった。

そんな犯罪者の様な者が、領内に居たとは思えない。

いや、思えなかったのだ。


「選民思想は危険なんだろうが、それでも簡単に行くのか?

 フランドール殿も選民思想には辟易していたんだろう?」

「だが彼もまた、選民思想に毒されている可能性はある

 それに言っただろう?

 彼は自身を、領主だと認めさせようとしていた」

「それは…

 確かにその様な事は言っていたが…」

「それでギルを…

 それにギルを追い出した事で、自分が一番だと思っているかも?」

「そんな馬鹿な事…」

「馬鹿な事か?

 事実ダモンに、ギルの事を伝えていただろう?

 あれもギルを処分させようとしていたとしたら?」

「むう…」


確かにフランドールは、ダモンにギルバートの行動を知らせていた。

それがギルバートを、邪魔だと思っての行動なら筋は通っている。

その前にフランドールは、確かにギルバートを化け物と言っていた。

そして自分こそが、この街を治めるに相応しいと考えている節も見えていた。

その事を繋げて考えれば、彼が何らかの影響を受けている事は明白だった。


「例えば…

 誰かがフランドール殿に、何か吹き込んでいたら?

 自分こそが、選ばれるべき人間だとか吹き込まれれば…」

「そんな!」

「あり得ない話じゃ無いだろう?

 ギルを追い出そうとしていたし」

「それは…」


フランドールの嫉妬に燃える昏い瞳を見た後では、それも否定は難しかった。

確かにあの時、フランドールは殺意を込めた眼で見ていた。

あの時は意味が分からなかったが、今なら理解は出来た。

あれは失意と嫉妬に燃えた、昏い殺意の籠った眼だったのだ。

ギルバートを追い落として、ダーナを自分の手にする。

その為にもダモンに、ギルバートの事を漏らしていたのだ。


「オレと将軍、それにギルの三人の持つ力に…

 彼は嫉妬していたからね」

「力って…」

「ボクは魔法があるし、将軍も腕力と兵士を纏める力がある」

「ああ」

「ギルの場合は、剣の才能と貴族の血筋さ」

「どれも自分の力じゃ無いじゃないか」

「そうでも無いぞ」

「どういう意味だ?」

「確かに血筋はアルベルト様の…

 いや、正確には国王様の物だから、自分じゃどうしようも無かっただろう

 だが、剣の才能は違う」

「だがオレは…

 それに身体だって弱かったんだぞ?」

「ギルは否定するかも知れないけど…

 頑張ってここまで来たからな

 それに身体強化に関しては、努力すればフランドール殿も使える筈だ」

「そうなのか?」


努力に関してはよく分からないが、身体強化は違っていた。

ギルバートはそんなに意識しなくても、使いこなす事が出来ていた。

それは恐らく、スキルか称号の影響なのだろう。

彼はすんなりと、身体強化も使う事が出来た。


それならば、フランドールも使えて不思議は無いのだ。

彼もオーガと戦った事で、称号を得ていたのだ。

それに魔物の侵攻を防いだ際にも、何某かの力を得ていた筈なのだ。

しかしそれでも、フランドールはギルバートに差を感じて嫉妬していた。


「対人ではどうか分からないが、魔物に関してはギルの方が上だったからな

 年上としては悔しかったんだろう」

「そうなのかな?」

「そうなのかな?って…

 彼にとっては重大な事だぞ」

「え?

 オレには分からない」

「そうだな

 彼には手っ取り早く、強く力を持った者になる必要があったんだ」

「どうしてそこまで?」

「それは…」


ギルバートには理解出来なかったが、フランドールはかなり焦っていた。

ギルバートが魔物を簡単に倒せた様に見えて、フランドールは相当悔しがっていたのだ。

自分も努力して騎士に上り詰めたので、それを簡単に越えて行く事が我慢出来なかったのだ。

彼からしてみれば、年下のギルバートに負けた事が許せなかったのだ。


それにもう一つ、彼が焦っていた理由がある。

これはアーネストも、自信を持って言えなかった。

アーネスト自身も、それが理由とは思えない。

しかしミスティが今では、領主邸宅に住み込みで入っている。

それが全てを、証明している様に見えた。


「まあ

 こればっかりは、個人の感覚の問題だからな

 嫉妬するのは彼の自由だろう

 それが行動に出るのは問題だが…」

「確かに問題だよ

 それが嫉妬だなんて…」

「それだけじゃあ無いんだがな…」

「え?」

「いや、何でも無い」


確かに、そこが問題であった。

街を上手く治めれないと焦り、それで苛ついているのだ。

それが表に出ているので、住民からの信頼も下がって来ている。

これでは遠からず、住民との間で衝突するだろう。


そして今回の挙兵で、それは時間の問題となっている。

その根っ子が、ギルバート達に対する嫉妬が原因なのだ。

あまりに大人気ない事だが、それで戦争を起こす者は少なくも無い。

少なくとも貴族には、その様な者が多く居るのだ。


「ダモンやデブだすの事は兎も角、フランドール殿の事はどうする?」

「どうするも何も、報告するだけだろう?

 後は国王様が決めなさるだろう

 それに従うだけさ」

「そうか

 それなら良いのだが…」

「ん?」

「ギル

 お前はあんな貴族にはなるなよ

 相手を嫉妬したり、それで戦を起こす様な…」

「そんな馬鹿な事をするものか」

「それなら良いんだが…」


アーネストはそう言って、それ以上は追及しない方が良いと思った。

今のところギルバートは、真っ直ぐな心根を持って育っている。

暗い仕事はアーネストが請け負い、彼にはその様な事はさせない様にしていた。

だからこそギルバートが、その様な感情に支配されないか心配していた。

権力を持った者が、その様な感情に流される事は歴史が証明している。

だからこそアーネストは、彼がその様にならない様に祈っていた。


「オレ達では彼の事を判断出来ない

 なんせここでは、彼は魔物と戦った英雄的な騎士だからね

 彼の事は国王様の方が、よくご存じだろう」

「そうだな

 国王様の方が知っているだろう」

「ああ

 後は大人に任せるさ」


アーネストはそう付け加えて、この話はこれ以上はしなかった。

それはフランドールはここでは有名で、ダーナの心象の方が悪いからだ。

だがアーネストは、自身が大人である事は棚上げにしていた。

ここではアーネストも、大人の扱いになるのだ。

彼等は都合の悪い時には、子供のふりをして任せる事にしていた。

それで結果が、最悪になるとは思っていなかったのだ。


雑談をしている内に、馬車は平原を抜けて町へ近付く。

身体強化を使った事で、今回も想定以上の速さで移動していた。

それで二日は掛かる距離を、一日で走破していた。

時刻は間もなく夕刻を迎えようとしていて、夕日が下りて来ていた。


「ほら、あれがトスノの町だろう」

「そうですね

 城門が閉まりますので急ぎましょう」


兵士が促して、馬車の速度を上げる。

今も結構な速度だが、このままではギリギリの到着になるのだ。

既に辺りは夕焼けに染まり、後続の馬車は居なかった。

それで速度を出しても、周りに驚かれる事は無かった。


一番後ろに到着して、日が沈みきる前に何とか順番が回って来た。

何とか城門は、まだ閉じられる前に入れそうだった。


「こちらは?

 見たところ貴族の方の様ですが?」

「ええ

 さる貴族の子息様が乗っておられます

 王都へ向かって急いでいますので、明日も早くに出ます」

「そうですか

 それなら、朝は7時から開門します

 早めに並ばないと、すぐには出れませんよ」

「そうなんですか?」

「ええ

 戦争の話は…

 聞いていますか?」

「ええ

 なんでも内戦が起こりそうだとか」

「実際には起こっているみたいですよ」

「そうなんですか?」


兵士達と門番の話し声が聞こえて、ギルバートは顔を顰める。

ここでも内戦の話が上がっている。

どうやら内戦に関しては、既に起きていると判断して良いようだ。

これだけ距離が離れていても、既に起きていると話が届いている。

それならば現地では、既に戦闘が行われているのだろう。


「ダーナの話ですか?」

「ええ

 山脈の麓の砦が、蜂起して立て籠もっている様で…

 交易も停まって困っています」

「そうなんですか…」


どうやら既に、交易も停まっている様子だ。

事態は悪い方に進んで、既に戦闘は行われている様子だ。


「そうなんですか」

「ええ

 そちらも急ぐ様子で

 お気を付けてください」


他にも何かありそうだと感じているが、門番はそれ以上は追及しなかった。

ダーナの情報なら歓迎だが、他の地域の問題ならなるべくは関わりたく無いのだ。

下手に聞くよりは、問題があるなら領主と話すだろうと判断したのだ。

彼等としても、いちいち報告を聞いている余裕は無かったのだ。


身分証と通行手形をチェックして、そのまま素通りさせてもらえる。

一行は無事に町の中に入れて、安堵の溜息を吐いていた。


「良かったな」

「ああ

 何事も無くて良かったよ」


そのまま宿を探して、入り口のそばの広場に入る。

既に時刻は夕刻を回っているので、酒場の方が開いているのでそこへ向かう事になる。

そこで確認して、部屋が空いていれば泊まれるだろう。

兵士が何軒か入っては、暫くしてから首を振りながら出て来た。


「駄目です

 どこも満室で、残るは…」


見た目も地味な酒場が、1軒だけ残っていた。

そこは馬車も停まっていなくて、人もあまり入っていなかった。

それでも建物の大きさから、何とか全員が泊まれそうだ。

他に宿が見当たらない以上は、選択肢は無いだろう。


「どうしてそんなに満室なんだ?」

「どうやら内戦の噂を聞いて、商人達も王都へ戻っている様子です

 それで道中の宿も、ほとんどが満室になっています」


兵士はそう報告すると、最後の1軒に向かった。

暫くして出て来ると、にこやかに手を振った。


「大丈夫です

 部屋はあれですが、十分に空いています」

「あれで悪かったな」

「あ…いや…」


顔を覗かせた宿の主人が、憮然として呟く。


「すいません

 彼に悪気は無いんです」


ギルバートが慌ててフォローするが、主人はチラリと見ただけでそのまま引っ込んだ。


「ギル、それじゃあフォローにならないぞ」

「すいません

 オレの言葉が悪くて…」


兵士が恐縮するが、ギルバートは気にするなと言って宿の入り口を潜った。

そこは酒場の入り口にもなっており、中にはそこそこに人は入っていた。

しかし人が居る割には、些か活気が無かった。

どうやら中に居る者達は、この町に立ち寄った商人達らしい。


「どうしたんだ?」

「どうやら、知り合いの商人達が戻らないみたいで」

「あ…」


中に居たのは隊商の仲間か、その家族が集まっていたのだ。

彼等はこの辺りの町の人間で、今夜も隊商が戻らない事を心配してこうして集まっていたのだ。


アーネストがギルバートの肩を掴むと、小声で素早く告げた。


「良いか

 隊商が行方不明な事は話すな」

「何でだ」

「良いから、黙っていろよ」


アーネストは念を押して言うと、兵士達にも同様の指示を出していた。

兵士は頷くと、何かを理解して押し黙っていた。

まだまだ続きます。

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