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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第158話

出発を控えて、ギルバートは兵士達を集めた

宿の一室を借りて、兵士達と集まって相談する

これから向かう先で、身分は伏せて行く事になる

そうした際に、有事には自分達で何とかしなければならない

その為には、事前にどんな状況か確認しておく必要がある


ギルバートはアーネストから聞いた、野盗や奴隷商人達の事を話した

兵士達は真剣になって聞き、ダーナと王都側での違いに驚いていた

ダブラスの件で予想はしていたが、事態は思った以上に良くない様だった

ダーナとは違って、こっちでは奴隷を目的に襲って来る者まで居るのだ

そうなれば貴族の紋章がある馬車は、狙われやすい的になるかも知れなかった


「どうしますか?」

「紋章を外されますか?」

「そうだなあ…」

「いや

 それはマズいと思うんだ」


ギルバートは、兵士の提案を聞いて考え込む。

しかしアーネストが、それに反対をした。

そもそも身分を隠すと言い出したのは、アーネストだった。

それなのに何故か、アーネストは紋章を掲げる様に提案して来た。


「何でだ?

 身分を隠す様に言ったのはアーネストだろ?」

「そうなんだが…」

「何か問題でもあるのか?」

「ああ

 お忍びで紋章を隠す貴族も多い

 しかし露骨に隠していると、その土地の領主を信用していない事になる」

「そうなのか?

 しかし危険なんだろう?」

「ああ

 確かに狙われる危険はあるのだが…」

「だったら隠した方が…」

「そうなんだけどな」


確かに紋章を隠して、お忍びで通る貴族も多い。

しかしあからさまに隠していては、逆に不信感を与えかねない。

だからこそアーネストは、紋章を隠す事は止めた方が良いと考えている。

だがそれでは、身分を隠せないだろう。


「どうだろう?

 隠していると叛意を持っていると勘繰られる可能性がある

 あくまで紋章は出したままで、そのまま行こうと思うんだが」

「叛意か…」

「そうですね

 印象は良くないでしょうね」

「変に勘繰られるよりは、堂々としている方が良さそうですね」

「しかしそれなら、身分を隠せないんじゃあ…」

「ううむ…」


兵士もその意見に賛同して、結局紋章はそのままとなった。

その代わり領主には、面会はしない事にする。

番兵に何か聞かれたら、急ぐ旅だと説明する。

その為に領主に会いに行けないと言えば、何とかなるだろうという判断だった。


「聞かれた時に、急ぐ旅なので領主に面会にお伺い出来ないと伝えよう

 それで何か言って来るなら、その時は従うしか無いだろう」

「それで良いのか?」

「ええ

 問題は無いでしょう」

「逆にコソコソ隠れていれば、必要以上に怪しまれますよ」

「そうだなあ…」

「事情を話せば何とかなるでしょう」

「分かったよ

 無理に隠すのは心象も悪いだろう

 あくまでも急ぐ要件が有るので、今回はお伺いが出来ないと伝えよう」

「そうしてくれ」


意見が纏まったので、兵士にはその様に答える様にお願いする。

そうしながらも、ギルバートは兵士達に注意はしておく。

それは領主よりも、道中の方が危険だからだ。

油断していれば、彼等でも後れを取る事になるだろう。


「恐らくは道中には、もう危険な魔物も野盗も居ないかも知れない

 だからと言って、町では羽目を外さない様にな」

「は、はい」

「分かっていますって」

「そうですよ

 王都に着くまでが仕事です」


兵士達も分かっているので、任せてくださいと返事をする。

冒険者達と違って、彼等は公務で来ているのだ。

だからギルバートを守る事こそ、彼等の仕事になる。

仕事だと割り切っているので、その辺はしっかりとしていた。


「まったく

 おじさんもこれぐらい、しっかりとしていてくれたらな」

「将軍はしっかりしてますよ?」

「そうでもないよ

 すぐに酒に手が出るから…」

「そ、それは…」

「そのう…」

「ま、まあ

 大人には付き合いというものがなあ…」


兵士達も、将軍の酒癖の悪さは知っている。

それで左遷されかけたり、昇進がなかなか出来ないと言われていたぐらいだ。

最近は結婚したお蔭か、少しは控え目になっている。

それでもエレンに見付かって、よく怒られているらしい。


「そうだぞ

 将軍にもなれば、付き合いで飲まないといけない事もあるんだ」

「そうそう

 夜の誘いは断る様になったんですよ」

「飲むのも大事な仕事なんだ」

「ふうん…」

「はははは…」


兵士達は将軍を庇って、何とかフォローしようとする。

しかしアーネストは、そんな大人達を冷やかに見ていた。

そうやって言い訳をして、また酒を飲むからだ。

自分も既に、そういう事をしているのには気が付いてはいなかったが…。


「まあねえ

 変な店には行かなくなったよな

 エレンさんにベタ惚れだもんな」

「そうそう」

「もう尻に敷かれているな」

「アーネストも惚れた女が出来たら…

 分かる事さ」

「分かりたく無いんだけど」

「くくくく」

「まあ

 そう言ってられるのも今の内だ」

「そうそう」

「大人になれば分かるって」


兵士は大人ぶって言っていたが、アーネストはジト目で彼等を見る。

そんな彼等は、未だに特定の恋人と呼べる相手も居ない。

毎夜酒場に出掛けては、誰彼構わずに声を掛けている。

アーネストとしては、そんな大人にはなりたくないと思っていた。


アーネストからすれば、一夜の恋を求めて酒場に向かう気持ちは理解出来なかった。

それはアーネストが、まだ初恋すら自覚をしていない子供だからだろうか?

彼は恋人に、優しさを求めていた。

それでまだ我儘なフィオーナに、恋をしているのか自信を持てなかった。

そういう恋に理想を求める辺りは、まだまだ子供なのだろう。


「ま、まあ

 オレ達はそんな事はしないさ」

「そうそう

 王都までは、真面目に仕事をするぜ」

「本当に?」

「ああ」

「本当だ」

「昨晩も出ていなかったかい?」

「あれは買い出しだ」

「そ、そうだぞ

 すぐに帰っただろう」


兵士は必死に取り繕うが、王都までと言った事に気が付いていない。

王都に着いたなら、どんな店があるのか期待しているからだろう。

無意識に王都に着いて休暇を貰えたら、ゆっくり遊ぼうと考えているのだ。


それに昨晩も、兵士の二人が外出していた。

確かにすぐに戻ったが、それはそういう店を見つけられなかったからだ。

アーネストはそれが分かっているので、兵士達にそれ以上は言わなかった。

これ以上話せば、ギルバートが何の話か気にするからだ。


ギルバートはその事に気付かずに、兵士達への注意も十分だろうと判断していた。

兵士が息抜きの為に、夜の店に向かうのは容認していた。

そこで何をしているのか、ギルバートが分かっていないからだ。

しってしまえば、もっと注意をしていただろう。

知らないからこそこれ以上の注意は不要と考えて、出発の準備に掛かる様に告げる。


「それでは、そろそろ出立しようか」

「はい」

「そうですね」

「これ以上の無駄な話しも必要無いだろう」

「え、ええ」

「そ、そうですね」

「は、早く支度をしましょう」

「ん?」

「やれやれ…」


兵士達はうんうんと頷くと、すぐさま準備に掛かった。

それをまだジト目で見ながら、アーネストは頭を振った。

アーネストもここで、無駄な話しも不要と考えていた。

何よりも下手な事を言えば、またギルバートに質問されるだろう。

詳しくない以上は、下手な話題は避けたかった。


「ん?

 どうした?」

「何でも無い」

「そうか?」

「ああ

 早く支度をしよう」

「そうだな」


ギルバートの質問に何でも無いと答えてから、アーネストも準備に向かった。

準備と言っても荷物は少ないので、重要なのは魔物を凍らせている氷だ。

馬車に乗り込むと、さっそく氷を確かめる。


「うん

 まだまだ十分に凍っている

 これなら…」

ギギ…!

「って問題はこっちかな?」


言いながら床板が軋むのを見て、アーネストは顔を顰める。

まだ割れてはいなかったが、水を含んだ床板が歪んできている。

町に宿泊した事で、氷が少し溶けているからだ。

このまま溶けて水を出せば、そろそろ限界を迎えそうだった。


王都までもつかは、微妙なところである。

しかし替えの馬車も無く、荷車に載せるわけにも行かない。

このまま無事に着ける事を祈って、慎重に進むしか無いのだ。


思わず試しに踏んで、強度を確かめたくなるのをぐっと堪える。

下手にやってみて、床が抜けたら修理に時間が掛かるからだ。

だから手で押してみて、まだ大丈夫か確かめてみる。


ギギ…ギギギ!

「大丈夫…

 だよな?」


誰に聞く事も無く、アーネストは独り言を呟く。

答えは無いのは分かっているので、溜息を吐きながら呪文を唱える。

再度氷の強度を増してから、足元の水を集めて掻き出す。

水を掻き出した後に、魔法で板を乾かそうとする。

しかしあまり暖めると、また氷が溶けてしまうだろう。


「精霊よ

 水と風の精霊よ

 また力を貸してくれないか?

 この氷を頑丈に凍らせたいんだ

 出来るかな?」


その問い掛けに応える様に、アーネストの魔力が吸い取られて行く。

そして魔力が循環して、氷に注ぎ込まれた。

それで氷に魔力が送り込まれて、再びしっかりと氷付かされる。


それを確認してから、アーネストは今度は床に魔法を掛ける。

こちらは氷に影響しない程度に、暖めて木を乾燥させる。

そうして床が乾燥したのを確認して、アーネストは再び床を押してみる。

先程とは違って、今度はしっかりとした感触が伝わる。


ギ…!

「これで良し」


満足したのか座席に腰掛けると、アーネストは書物を開いて調べ物を始めた。

そのままギルバートが乗って来ても、生返事で書物から顔を上げる事も無かった。

たまに顔を上げるのは索敵に魔力反応があった時か、昼や到着で馬車が停まる時だけだった。

アーネストはそのまま、暫く書物に目を通す事に集中していた。


それから用意が出来次第出発して、再び一行は公道へと向かった。

魔物も野盗も出る事は無く、そのまま昼過ぎに野営をした後に、3時頃にはノフカの町に到着した。

何も無かった事で、思ったよりも早く進む事が出来る。

本来は数日の日程を、僅か1日で走破した事になる。


ノフカも田舎の町らしく長閑な場所で、小高い丘の上に城壁が広がっていた。

城壁とは言っても田舎の町なので、それは石を組み上げた簡素な城壁である。

外周は半径700mほどの円形に近い形で、ぐるりと町を囲んでいる。

高さも2mぐらいで、ここも魔物よりは人間に攻められた時を想定して作られていた。


「ここもそんなに大きな町じゃあないんだな」

「そうだな

 次のトスノとリュバンニは大きいが、ここは子爵が治める小さな町だ

 主要な産業も小麦と野菜になる」

「へえ…

 それなら食料には…」

「ああ

 困らないな

 補充もしておこう」

「そうだな」


アーネストが顔を上げずに、書物を見ながら答える。

あまり町には興味が無いらしく、そのまま城門を潜るまで書籍を見詰めていた。

何を調べているのか、アーネストは熱心に書物を見ている。

しかし馬車が停まったところで、彼は不意に顔を上げる。


「さて

 ここからは、ボクは別行動だ」

「どうしてだ?」

「ギル達は宿で待機してもらうが、ボクはギルドに用事がある」

「魔術師ギルドか?」

「それもあるが、冒険者ギルドにも用事がある」

「何があるんだ?」

「報告と確認だ

 ギル達は先に宿に入っていてくれ」

「分かった」


その用事が気になったが、アーネストは何も語らない。

仕方なくギルバートは、兵士と一緒に宿屋に入った。

宿には田舎の貴族の息子で、急ぎ王都に向かう途中だとだけ告げた。

詳しい内容は言えないとして、それ以上は話さない。


宿屋の主人も慣れていたのか、それ以上は追及しなかった。

ただ、領主には挨拶はしないのかとだけ聞いて来た。

ここの住民としては、そこは気になるのだろう。


「挨拶はしたいんですが、そうすると滞在が長くなりそうなので」

「はあ」

「急ぎますんで、領主様へのご挨拶は帰りにでも伺います」

「そうですか

 では聞かれた際には、その様に伝えますね」

「ええ

 それでお願いします」


宿屋の主人も、それ以上は失礼に当たると考えたのだろう。

貴族の子息が滞在している事は、内緒にしておくと告げて引き下がった。

ただし衛兵に聞かれた際の為に、確認だけはしておきたかった。

それで領主への面会の話しだけは、念を押して確認していた。


「これで安心だな」

「ええ」

「顔ぐらいは出したいでしょうが、今はマズいですね」

「そうだな

 知らない貴族の領主だしな」


湯浴み用のお湯をタライで受け取ると、各自部屋で汗と埃を落とす。

大きな町ではないので、公共の浴場といった施設も無いのだ。

仕方が無いので、それで各自済ませた。


ギルバートが汗を拭きとってスッキリした頃に、アーネストがギルドから戻って来た。

その顔は思わしく無いのか、表情を曇らせている。

どうやらギルドに赴いた際に、善くない報せを受け取った様子だった。

ギルバートは気になったが、先ずは湯浴みを勧める。


「何か報告がありそうだが、先ずは汗を流して来い」

「ああ、そうだな」


アーネストは何か言いたそうだったが、諦めてお湯を貰いに向かった。

例え嫌な報せでも、先ずはゆっくりと寛ぎたかった。

報告に関しては、その後でも良いと考えたのだろう。

その背中を見送りながら、ギルバートは何か良くない事が起きそうだと思っていた。


その報告は、夕食の後に行われた。

湯浴みをした後にすぐに、食事の支度が出来たからだ。

アーネストとしても、心の整理を着けたかったのだろう。

溜息を吐きながら、言いたく無さそうに始める。


「善くない報せがある」

「ああ

 その顔を見れば、予想は着く」

「ああ

 だが、内容は最悪だ」

「そうか…」

「フランドール殿が…

 ダーナが兵を上げた」

「え?」

「早く無いですか?」

「ああ

 思ったより早かったな」


ダーナが挙兵したらしいという情報が、冒険者ギルドを通して入って来ていた。

内戦自体は、いずれ起きるだろうと思われていた。

しかし思った以上に、フランドールの行動は早かった。

詳細は不明だが、どうやら内戦が始まったらしいという話だった。


「詳細は不明となっていたが、先ず間違い無いだろう」

「そうだな

 ノルドの砦だな」

「ああ

 そこに攻め込んだらしい」


みなが頷き、間違い無いだろうと確信していた。

如何な理由があろうとも、勝手に貴族同士で戦争を始めたのだ。

王都もそれに対して、直ちに兵士を集めるだろう。

場合によっては内戦を静める為に、軍で攻め込む必要があった。


「今、王都でも兵を集めているらしい

 王都に入るまでには、軍とすれ違うだろう」

「そんなにか?

 早いな」

「そうだな

 ダーナとはいえ、内戦は早めに鎮静化したいだろう

 それにフランドール殿を疑うわけでは無いが、王都としても軍は出しておきたいだろう」

「それはそうだろうが…」

「内戦が長引けば、公道も閉鎖されます」

「ダーナの港の事もあります

 外国との交易も考えれば…」

「交易が止まるのはマズいか」

「ええ…」


それは内乱の早期鎮静化というよりは、王都の面子を守る為だ。

辺境とはいえ、領主だけに任せて国が何もしないのはマズいからだ。

それにダーナの港には、外国から交易に訪れる船もある。

それが交易を出来ないとなれば、海外との問題も生じ兼ねない。

だからこの戦争を、早期に収めたいと考えているだろう。


「そうなると、フランドール殿も慌ててるだろうな」

「どうだろう?

 そこは考えているんじゃ無いのか?」

「そうかなあ?

 それにしては早計だぞ?」

「勝てる自信があるからなのか?」

「それはありますね」

「今のダーナの兵士なら、そこらの貴族の兵士には負けないでしょう

 それならば、ノルドの砦も落せると考えているでしょうな」

「それでこんなに早く?」

「早期に攻め込んで、準備が整わない内に攻め落とす

 そういう考えなんだろう」

「なるほど…」


フランドールとしては、まだノルドの砦が油断している間に攻め込みたかった。

それならば砦であっても、簡単に攻め込めるだろう。

王都に介入される前に、攻め落として確保をしておきたいのだ。

そうなれば王都の軍が来ても、自領の問題だと突っ張ねれるという考えなのだ。


「国王様が軍を出すのだ

 失敗は許されないだろうな」

「それに

 統治の問題も追及されるだろう?」

「そこは大丈夫だろう

 フランドール殿はまだ代行でしかない

 責められるなら、アルベルト様の落ち度という事になるだろうな」

「父上の?

 何でまた?」

「元はアルベルト様の領地なんだ

 それにダモンと諍いを起こしていたのは、元はアルベルト様だからな」

「そりゃあまあ、そうだろうけど…」

「それをアルベルト様の代わりに、収めたとも言えるだろう?」

「それって卑怯じゃないか?」

「そうも言えないだろう?

 事実アルベルト様は、あの地を諦めるしか無かったんだ

 争っていれば、国軍が介入していただろうし…」

「それで良かったんじゃ無いか?

 国王様が入られた方が…」

「甘いな

 国軍とはいえ、実質は他の貴族が集まった軍になる

 そうなれば攻め落とした後には、その貴族の土地になってしまう」

「そうなのか?」

「ああ

 だからアルベルト様は、攻め込むのを我慢していたんだ

 それをフランドール殿は…」

「マズいな…」

「ああ」


ギルバートは不満そうだったが、実際にアルベルトの見通しが甘かったのだ。

その為にダモンが増長して、今回の結果になっている。

だからといって、迂闊に内戦は起こせなかった。

内戦になれば、他の貴族も介入して来る。

そうなればこの地が、その貴族に奪われてしまう。

だからアルベルトは、砦に兵士を送れなかったのだ。


「一番悪いのは、部を弁えないダモンだろう?」

「そうなんだが…

 それを事前に察知出来なかった、アルベルト様も責を問われるだろう」

「そんな…」

「だからダモンが威張っていたんだ

 まんまと砦を奪えたからな」

「くそっ

 確かにそうなんだろうが…」


そんなものなのか?と思いながらも、ギルバートも思うところはあった。

もっとしっかりと見張っていれば、あんな不法な事も防げたのだから。

しかし当時は、ダーナも魔物の侵攻で大変であった。

その状況で森の向こうにある砦を、見張る事など当時のダーナには無理であった。


ましては肝心のアルベルトも、魔物によって殺されてしまった。

そこでダモンも、増長する事になったのだ。

それを武力で制するのも、領主としては正しい行いなのだ。

ただし正式な領主で無い事と、国王の許可を得ていない事が問題である。


「まあ色々思う事はあるだろうが、今は急ぐしかない

 国王様に報告はしなければならないからな」

「ああ」


アーネストは不満そうな顔をするギルバートを見て、一応フォローする様に言葉を掛けた。

それが分かっているので、ギルバートもそれ以上は何も言わなかった。


しかしこの時に、もう少し調べておけば良かったのだ。

そもそもがこの内戦が、ギルバートの救出が目的であったのだ。

アーネストの使い魔は、王都には到着していた。

しかし何者かによって、その伝言は奪われていた。

だからギルバートが、出発した事は国王には届いていた。

しかし砦を抜けた事は、国王には届いていなかったのだ。


それでフランドールは、ギルバートが砦に捕らえられた事にしていた。

彼はその為に、ダモンにギルバートの出立を報告していた。

それで捕らえさせた上で、攻め込もうと軍を起こしていたのだ。

先代の領主の息子を助ける為にと、ダーナの兵士達を集めていたのだ。

しかしギルバートはおろか、アーネストもその事を知らなかった。

そこまでの情報が、まだ届いていなかったのだ。


「ギルドでの用事とは、その事か?」

「ん?

 いや、それは序でだ」

「そうか

 それで?

 何をしに行っていたんだ?」

「この後の警備体制の確認だ

 公道の状況を知りたくてな」

「公道の?」

「ああ

 それは問題は無かったんだが…」

「フランドール殿の事か」

「ああ

 だからギルドで、魔術師達に情報を提供して来た」

「情報?」

「魔法書の一部を公開してきた

 魔物との戦いに備える必要もあるからな」


アーネストがギルドに向かったのは、周辺の警備体制を知りたかったからだ。

ここから警備も強化されるだろうが、それでも野盗等が出る可能性はある。

最近の様子を聞いて、被害が出ていないか確認したかったのだ。

だが、結果として問題も無かったので、その事については触れなかった。

代わりに、魔術師ギルドで魔法書の一部を公開してきた事を話す。


「魔法書の一部?」

「ああ

 一般的に知られている、ファイヤーボール以外の魔法についてだ」


アーネストはマジックボルトやフレイムピラー等の呪文を公開して、指導する様に促したのだ。

これから魔物が増えるかも知れないので、その対策として魔術師も強化する必要があるのだ。

既に伝わっている魔法もあったが、ほとんどが知られていない魔法ばかりだった。

それは王都の方で、一部の魔法しか公開しない様に指導していたからだ。

アーネストはその魔法の一部を公開して、魔物との戦いに備える様にお願いしてきた。


「そんな事して大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかと言えば…

 王都とダーナからは文句が来そうだな」

「ダーナから?」

「フランドール殿なら…

 ダーナで発見された魔法だから、ダーナだけで秘匿すべきだと言うだろうさ」

「あー…

 そりゃあ言いそうだな」

「だが、ダーナで秘匿すれば、叛意があるとしか思えないだろう?」

「叛意か…」

「ああ

 強力な攻撃手段を、自領にのみ抱え込む

 それは国軍に対して、使おうとしているとも取れるだろう?」


アーネストはそれも考えて、他のギルドにも情報を公開する事にしたのだ。

何も伝えないよりは、少しでも公開した方が良いだろう。

そうすれば少なくとも、ダーナの魔術師達に王都への叛意が無いと示せるからだ。


「なるほどね

 それで?

 冒険者ギルドへは?」

「そっちも同じだ

 スキルの説明と、魔物との戦闘が一番の訓練だと教えて来た」

「そうか…」


アーネストはアーネストなりに考えて、こうして行動していたのだ。

本来ならば、迂闊に公開するのは早計だと思える。

だからこそギルドでは、王都から公開を停められていた。

下手に強力な攻撃手段を教えれば、王都に反抗する恐れがあるからだ。

しかし現状を考えれば、そうも言っていられない。

フランドールがダーナの兵を使って、こちらに攻め込む可能性も出て来たのだ。


「だが、それなら

 何でオレには黙っていたんだ」

「え?」

「それならそうと、行く前に言えば良いだろう?」

「いや

 行く前にお前に言ったら、反対しただろう?」

「オレがか?」

「ああ

 ギルの事だから、フランドール殿に遠慮しただろう?」

「オレが?」

「ああ

 ギルは甘いからな」


そうだろうか?

フランドール殿に対しては、もう遠慮するつもりは…


ギルバートはそう思っていたが、そこは自信が持てなかった。

確かにまだ、フランドールに対して贔屓しているかも知れない。

アーネスト以外で、初めて気が合う友人が出来たと思っていたからだ。

だが当のフランドールは、既にギルバートを敵とみなしていた。


フランドールは先の魔物の侵攻以来、態度が急変していた。

それが元からの性格なのか、それとも何か原因があるのかは分からなかった。

しかしあからさまに、敵視する様な態度を取っていた。

そしてダモンの話しからも、フランドールはギルバート達の情報を流していた。

それでもギルバートは、それを信じれないと思っていたのだ。

それだけ無意識に、彼を信じたいと思っていたのだ。


「確かに…

 そうなのかも知れないな

 以前のフランドール殿なら、挙兵の前にもう少し話し合いをしていたのではと思ってしまう

 そういう意味では、まだあの人の事を信じたいんだろうな」

「ああ

 気持ちは分かるよ

 どういう心境の変化か分からないが、今のフランドール殿は危険だ」

「危険か…」

「ああ

 ダモンの話だと、こちらの動きも漏らしていたんだろう?」

「ああ

 信じたくは無いが…」

「ほら

 そこが甘いんだよ」

「ぐぬう…」

「今の彼は…

 オレやギルを憎んでいる様に見える」

「憎んでいる?」

「ああ

 選ばれた者…

 そう思っているんだろうな

 実際にギルは、王太子だし…」

「選ばれた…者か」


選民思想を危険だと言っていたのに、今は彼も似た様な思考をしている。

自分が選ばれなかったのが、納得出来ない。

だから選ばれたギルバートを、殺してしまいたいと思っているのだろう。

そうすれば、自分こそが本当に選ばれた者だと証明出来る。

そういった感情を表に出して、無意識に他の者を見下しているのだ。


「内戦が本格的になる前に、上手く鎮静化出来れば良いんだが…」

「しかし距離があるんだろう?」

「ああ

 オレ達は身体強化で早く進めたが、国軍はそうはいかないだろう」

「身体強化を教えては?」

「今さらだろう?

 それに間に合わないさ」

「そうか…」

「何とかダーナの街自体が、巻き込まれない様に祈るしか無いさ」

「そうだな

 母上達が…

 無事なのだろうか?」

「信じるしか無いな」

「ああ…」


そう思ってはみるが、それは難しいと分かっていた。

恐らくフランドールも、あの砦は自分が持つに相応しいと考えているだろう。

そうなれば、砦をめぐって両者がぶつかる事になる。

いや、王都から軍も出るので、三者で取り合いになるかも知れない。


そうなってしまえば、国軍がダーナに攻め込む可能性も十分に高くなる。

フランドールが反抗的な態度を取れば、国軍も黙ってはいられない。

ダーナを囲んで、攻め落としてでも討伐しようとするだろう。

そうなってしまえば、ダーナに残してきた者達も危険になるだろう。


嫌な予感を胸に、一行は早目に休む事にした。

王都に早く着かなければならないので、翌日も早めに起きる必要があった。

まだまだ続きます。

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