第156話
翌日の宿の食堂には、亡者の様になった冒険者達が居た
あれだけ注意していたのに、いつの間にか女冒険者まで加わっていたのだろう
みんなが死人の様な顔色をして、頭を抱えて呻いていた
しかし彼等も、王都で活動するベテランの冒険者である
出発前には、みながスッキリとした顔になっていた
髪が濡れているあたり、冷水を何度も被ったのだろう
彼等はすっかり、二日酔いから醒めていた
兵士はそんなんに飲んでいないので、起きてすぐに準備を始めていた。
それに対してナンディは、顔色が悪いままだった。
危険な場所を抜けて後は王都に向かうだけなので、すっかり気が抜けていたのだろう。
彼はしこたま酒を飲んで、酷い二日酔いになっていた。
意外だったのはアーネストで、飲んでいた筈なのに平気な顔をしていた。
実は最初だけは飲んでいたのだが、後半は葡萄ジュースに変えていたのだ。
それを気付かずに、ナンディは一緒に飲んでいたのだ。
「おはよう」
「おは…よう?」
「何だ?」
「いや、てっきり…」
「てっきり何だよ?」
「いや…」
アーネストが普通なのを見て、ギルバートは驚いていた。
「あのなあ
いくらなんでも、そんなには飲まないぞ」
「そ、そうか…」
説得力が無いなと思いながらも、二日酔いになっていない事に安堵する。
これから出発なのに、二日酔いでは心配だからだ。
これなら魔物の氷漬けも大丈夫だと、ギルバートは安堵していた。
さすがに見慣れて来た氷漬けのアーマード・ボアを確認して、二人は馬車に乗った。
「今のところ、氷は大丈夫だな」
「ああ
床板も心配したが、まだまだ傷んでいない」
「そうだな
これなら暫くは大丈夫そうだ」
「ああ」
氷が溶けた水が滴っているが、床板は腐ってもいなく、割れたりもしていなかった。
アーネストが氷に魔法を掛けて、強度を確認する。
ここ数日涼しかった事で、氷は思ったほど溶けていない。
それに山脈に居た事で、麓よりも気温が低かったのだ。
氷が溶けなかった事で、床板の傷みも軽くて済んだのだ。
「うん
大丈夫だ」
「それなら、さっそく出発しよう」
「はい」
兵士が返事をして、隊商にも声を掛ける。
ナンディは呻いていたが、他の商人はあまり飲んでいない。
彼等は無事に着いた事は喜んでいたが、まだ旅の半ばだからと遠慮したのだ。
冒険者も酔いが抜けているのか、既に馬に乗っていた。
農村の人々に挨拶をして、村の入り口へと向かう。
そこには昨日の村人も居て、今日も農作業に出掛けようとしていた。
「あれまあ
もう旅立たれるんですか?」
「ええ
急ぎますんで」
「そんなに急ぐだなんて、何かあったんですか?」
「そうだよな
戦争だったりして」
「ははは…
まさか」
農民の言葉に、一部の兵士はギクリとする。
それを気付かれない様に、ナンディが上手く誤魔化す。
「実はダーナで珍しい物が沢山取れましてね
陛下への献上品も頼まれているんですよ」
「ほおう」
「それはすごい」
「ここいらは野菜しか出来ないからな」
「羨ましいね」
「へへへ
今度獲れましたら、こっちにも持って来ますよ」
「それは楽しみだねえ」
「また来てくださいな」
「ええ
是非とも」
農民達はその言葉に納得し、先に出れる様に道を空けてくれた。
普通は町では、入り口の門には門番が居る。
しかし農村であるここでは、門番も居なければ番所も無かった。
農村の出入りで、誰何される事も無いのだ。
「門番が居ないのは不用心だな」
「ここいらは農村だからね
魔物は勿論、野盗の類もほとんど出ないんですよ」
「なるほど」
農民に事情を聞いて、ギルバートは納得した。
しかしそうなると、野盗紛いの隊商も自由に出入りしていたんだろう。
あんな危険な者が彷徨いていたなんて、農民達は知らなかったんだろう。
この農村の者達が、被害に遭わなくて良かったと思った。
一行が農村を出た後、ギルバートは兵士達に聞いてみる。
彼等には聞けなかったが、当然デブだすも出入りしていたのだろう。
「どう思う」
「は?」
「彼等は知らなかったんだろうか?
あんな野盗の様な隊商が出入りしていた事を」
「それは違うんじゃないでしょうか?」
「と言うと?」
「奴等がここに来たとは限らない…
というか、来てないんじゃないですか?」
「そうか
それも在り得るのか」
「ええ
あんな金ぴか成金が…
言っちゃあ悪いんですが、こんな辺鄙な農村に寄るでしょうか?」
「それもそうか…」
兵士の言葉は悪かったが、確かにこんな何もない農村には寄るとは思えない。
彼等は田舎の者を、馬鹿にして嫌っていた。
そんな者達が、わざわざ寄る事も無いだろう。
きっとデブだすは、ここを素通りして山脈に入ったのだろう。
「そうだな
あんな奴等なら、その辺の町でも嫌がるだろう」
「でしょうね」
アーネストも賛同して、立ち寄っていないと判断していた。
そうなると、彼等はどうやって食糧等を補充していたのだろうか?
あれだけの肥満した身体を維持していたのだ。
それ相応の食事を取っていた筈だろう。
「だが、食糧は?」
「それは…」
「言い難いんですが…」
「ん?」
兵士は口籠ったが、溜息混じりに語った。
「坊っちゃんもお気付きでしょうが、奴等は野盗の真似事をしていました」
「ああ」
「そこで金品を強奪して…
その上で皆殺しにしています」
「そうだな」
「それらを売ったりして、荒稼ぎをしてたわけですよね」
「恐らくは」
「それなら、当然持っていた食料も…」
「な!」
それは考えてみれば当然の事であった。
金品を強奪するのだ、食糧も奪っていて当然だろう。
「奴等は選民思想にどっぷり浸っています
選ばれた者は何をしても良い
それ以外の者は奴隷同然の扱いをする」
「だから邪魔な者は皆殺しで…
金品は勿論、食糧まで奪っていたんでしょう」
「そんな事が許されて…」
「いないから帝国は滅んだんですよ
そんな事は、許される筈がありません
このまま行けば…」
「我がクリサリスも危険でしょう」
そういえば、使徒のアモンやベヘモットも言っていた。
人間には、滅ぼされるだけの理由があると。
あんな者達が増えれば、女神も当然許さないだろう。
そんな一部の愚か者の為に、人間は滅ぼされようとしているのだ。
「ですから坊っちゃんには、奴等を裁いて欲しいんです」
「危険な思想を持つ者を、このまま野放しには出来ませんよ」
「国王様に上申して、是非とも裁いてください」
「うむ…」
兵士達は、ダブラスとの邂逅から選民思想が王都に根付いていると感じていた。
だからこそ一刻も早く国王に上申して、対策を取って欲しいのだ。
しかし問題があった。
彼等を裁くにしても、肝心の証拠が残されていないのだ。
「だが、証拠はどうするんだ?
全部埋めてしまっただろう」
「それは…」
「しかし埋めなければ…」
「ああ
後々面倒事になっていただろうな」
「ええ」
「しかしどうするんだ?」
ギルバートの問いかけに、アーネストが代わりに答えた。
「それなら問題無い
貴族であるギルの発言だし、なんなら別の証拠を出せば良い」
「別の証拠?」
「ああ
王都にある店や、奴等を捕まえて喋らせれば良い」
「そんな事が出来るのか?」
「やれるのが貴族さ
それこそ奴等が大好きな、選ばれた一族だからな」
「それは…」
「無ければ作れば良い」
「おい!
それはいくらなんでも…」
「奴等もしているんだ
こっちもしても構わないさ」
考えてみれば、貴族も選ばれた者達である。
選民思想であるなら、貴族を先ず敬うべきだろう。
それなのに彼等は、貴族を侮る様な発言をしている。
いや、国王すらも馬鹿にする様な発言をしていた。
「そう言えば…
奴等は選ばれた民とか言いながら、貴族を馬鹿にしているよな」
「そりゃあ…
選ばれるべきは自分達で、貴族を選ぶ事が間違っているって考えだからな」
「なんて都合の良い…」
「だからこそ、選ばれた王族の力を示してやれば良いんだよ
そうすれば、奴等も思い知るだろう」
「王族の…ねえ」
アーネストの言葉に、ギルバートは改めて王族や貴族の力の大きさを思い知っていた。
これまではダーナでは、そこまで貴族を称える主義思想は行われていなかった。
それは辺境である事と、アルベルトの統治のやり方が理由であった。
アルベルトは選民思想を危険視し、貴族は代表者であって住民とは対等であるとしていたからだ。
「ギルはまだまだ甘い
貴族や王族の権限は、王都ではもっと高いんだ
今の様に兵士が気軽に話していては、不敬罪で処罰される場合もあるんだ」
「え?」
「そうですよ」
「ここが旅先で、坊っちゃんですからね
他の貴族の方では…」
「そもそもダーナでは、その辺が緩いんですよ」
「そうだな
王都では許されない事だよ」
兵士達もその言葉には賛同していた。
下手な受け答えをすれば、それだけで不敬罪にされてしまう。
酷い場合はその場で処刑されてしまう。
そんな貴族が、王都には沢山居るのだ。
そして王都から来た冒険者達も、それが当然だと認めていた。
彼等は王都で、その様な遣り取りを見て来ていた。
だからこそ彼等は、ダーナの政策は甘いと考えていた。
王都では無く、辺境だから許されている事なのだ。
王都でその様な対応では、他の貴族から批判を受ける事になるだろう。
「それじゃあ、まるで帝国の貴族ではないか」
「そうだよ
基本は帝国も王国も、貴族と平民の身分には差がある
国王様がその辺を、上手く調整しているから問題が少ないだけだ」
「そうなのか?」
「ああ
だからこそ王都に入ったら、言葉遣いや応対には気を付けろ
甘くみられると、後々厄介な事になるぞ」
「はあ…
何だか面倒臭いな」
ギルバートはそれを聞いて、うんざりした様な顔をする。
それを見ながら、アーネストは真面目な表情で提案する。
前からギルバートの、貴族としての振る舞いに問題があると考えていたのだ。
だから王都に着いたら、しっかりと学んで欲しいと考えていた。
「王都に着いたら、先ずはその辺から勉強だな」
「お前は良いのかよ?」
「ボク?
ボクは既に、アルベルト様から指導されているからね
余程でなければヘマはしないさ」
「むむ…」
「ギルは貴族の慣習に関しては、勉強不足だからな
しかりと学んでもらわないと」
「はあ…
勉強か…」
アーネストは涼しい顔をして言った。
確かに彼は、公私をしっかりと区別していた。
親しき者達と居る時以外は、しっかりとギルバートを貴族として扱っている。
そして必要ならば、膝を着いて畏まる事も出来る。
しかしそれも、ギルバートの前では甘くなってはいる。
親友という事で、必要な時以外は甘い対応になっているのだ。
兎も角、王宮でのマナーについては、王都に着いてからと決まっている。
勉強が嫌いなギルバートだが、こればっかりは避けられそうになかった。
「安心しろ
王都には学校もあるし、ボクも一緒に通う事にはなっている」
「学校?」
「マナーや常識
それと武術や魔術を学ぶ場所だ」
「学校ねえ…」
ギルバートが大きく溜息を吐き、兵士達はそれを見て笑っていた。
こうしたやり取りも、王都に着けば出来なくなる。
それはとても寂しい事に感じる。
王宮に入れば、窮屈な生活が待っているのだろう。
「王都に着けば、みんなバラバラになるんだな」
「ん?」
ギルバートがポツリと呟くと、兵士が意外そうな顔をした。
「あれ?
坊っちゃんは聞いていませんのですか?」
「ああ、そうだな」
「何だ?」
「隊商は次の町までです
そこで別れます」
「え?」
「ナンディ殿にはやる事が出来たので、そこで別行動になるそうです
ですから冒険者も一緒に離れます」
「王都までは、我々兵士達が同行させていただきます」
「それ以外の者達は、次の町でお別れです」
「そうなのか?」
「はい」
それは音耳に水であった。
ギルバートはてっきり、彼等も王都に入るものだと考えていた。
しかしいつの間にか、別行動になる事になっていたのだ。
「いつから決まったんだ?」
「昨日です」
「アーネストと相談して、町までは一緒に来る事になりました」
「ですがそこまでですね
用事がありますから」
「ナンディは何で?
何の用事で離れるんだ?」
「それは本人から聞いてください
坊っちゃんに話していないのなら、何か理由があるんでしょう」
「そうか…」
兵士にそう言われて、ギルバートは黙った。
ここまでの旅で信頼関係を築けたと思っていたが、それは勘違いだった様だ。
彼はそこまで、ギルバートに腹を割っていなかったのだ。
責めるわけではないが、町に着いたら聞いてみようと思った。
それから町までは、特に何もない旅になった。
道中には何も無く、魔物はおろか見渡す限りの平原が広がっているだけだ。
この辺りは小麦が盛んで、それ以外はなだらかな平原があるだけだった。
幸い夕刻までには町の入り口に到着出来たので、門番にも怪しまれずに通過する事が出来た。
「旅の隊商だな」
「ええ
ダーナから王都に向かっております」
「うむ
ご苦労さん」
入り口の門は小さく、木製の頑丈な門が取り付けられていた。
城壁は高さが2mほどで、周囲をぐるりと囲っている。
この辺りにしては厳重な城壁だが、昔の帝国との戦闘に使われていた物がそのまま残されている。
だから半径700mほどの大きさであるにも関わらず、中は意外と建物が少なかった。
この辺りでは、それなりの大きさの町になる。
しかし交通の便もあるので、王都や辺境のダーナに比べれば小さかった。
それでも城壁があるのは、それがドワーフが作った物だからだろう。
少し崩れかけた場所はあるが、頑丈な城壁が続いていた。
「ここはダーナへの中継点にもなります
町と言うよりは商人が立ち寄る交易地と、兵士達が集まる砦といった感じですな」
ナンディの説明に、なるほどと思う。
確かによく見ると、城門に近い場所に建物が集中している。
そして城門から離れると、兵士の宿舎や訓練場が見えた。
中には大きな牧場や畑もあり、ダーナとはまた違った風景を見せていた。
どちらかといえば、砦の街に近い雰囲気であった。
「ダーナほどではありませんが、住民は結構居ますよ
ただ…」
「ただ?」
「定住する者より、移住や移動の途中に住んでいる者の方が多いですな
ですから町に愛着を持つ者は居ても、そこまで大切にしていないという感じが…」
そこに住み続けるわけでは無いので、何かあればすぐに逃げ出せる様にしてある。
城壁はしっかりしているが、それは攻め込まれなくされる為だ。
いざとなったらすぐにでも、町は捨てられる様に作られていた。
そこがダーナの様な、定住者が多い街との違いであった。
「その割には、兵士や守備設備が多い気がするが?」
「それはここが、砦でもあるからです
元は砦を造るつもりだったのが、今は町になっているんですよ」
交易が多い国境によくある話で、砦を造る際に集まった住民がそのまま町を作ったのだ。
それがいつしか、商人と兵士が集まる町へと変わって行った。
「向こうの砦の跡が、今はここの守備隊の駐屯地です」
そこは確かに砦であった様で、高い城壁と門が残っていた。
しかし、その周りに町が出来ているので、兵士が緊急で出るのは不便そうであった。
その駐屯地の近くに、町長の館とギルドの建物があった。
ナンディはここで別れて、商工ギルドの指揮下に入る。
行方不明の隊商達について調べる為だ。
町に入ってすぐに、ナンディからそう言われて、旅から離れる許可を求められたのだ。
「私達の兄弟が犠牲になっているんです
居ても立っても居られません」
ナンディはそう言って、商工ギルドで捜索隊を立てる様にお願いすると言っていた。
この兄弟とは、商工ギルドに入っている正規の商人仲間の事で、彼等は競争こそすれど、互いを尊重して仲間意識が強いのだ。
それが一部の貴族と繋がった、悪質な商人の毒牙に掛かって亡くなっているのだ。
せめて遺体の処理だけでもしたいと言うのだ。
勿論、これには冒険者ギルドも関わってくる事で、冒険者達もギルドの指揮下に入る予定だ。
ギルバートはこれを聞いて、快く返事をした。
「ナンディと別れるのは寂しいけど、仕方が無いですよ
しかし、当てはあるんですか?」
「それにつきましては、アーネスト殿がこれを」
それはナンディの作った地図で、そこには何ヶ所か印がしてあった。
魔物が居たとされる場所や、隊商が殺されたと予想される場所が記され、そこには投棄されたらどこに落ちるかも記されていた。
アーネストは魔力感知で索敵していたので、亡者になったと思われる反応も記していた。
「これが全てとは思えませんが、捜索する参考にはなります」
「アーネストが…」
「ええ」
ギルバートはアーネストが、隊商達を放置すると思っていた。
しかしこうして、事後処理もちゃんと考えていたのだ。
勿論、王都へ着けば当然、この事も上申するつもりの様だ。
その上で、国王様からも捜索隊を出してもらうつもりらしい。
しかし急ぐのは、砦で起きている不穏な動きへの牽制だ。
それが終わってから、改めて捜索隊が出されるだろう。
それまでは、商人や冒険者達での捜索が行われる。
アーネストは薄情な奴ではなく、合理的に考えていたのだ。
そんなアーネストは、ギルバートが振り返っても知らぬ素振りで清ましていた。
何か言われるのが恥ずかしくて、気付かない振りをしているのだ。
ギルバートは溜息を吐きながら、友の気持ちを嬉しく思っていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




