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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第151話

野営地は暗く沈んでいた

作業は無事に済み、証拠は全て土の下に埋まっている

しかし楽観は出来なかった

いつ他の隊商によって見付かるか分からないし、魔物が掘り返すかも知れない

明日からは急いでこの場所を離れて、知らないふりをするしかなかった


確かに証拠は、しっかりと埋められていた

残されたのは運ぶのに問題無さそうな食料と、幾ばくかの資材であった

冒険者は予備の武器や矢を確保して、予備の皮鎧等も馬車に積まれた

幸いにも紋章や視認出来る特徴も無いので、他で使われても問題は無さそうだ


それでも…

後味の悪さは否定出来ない

ギルが怒るのも、無理は無いか…


アーネストはそう思いながら、自前の葡萄酒を木製のカップに注ぐ。

いくら慣れていると言っても、陰鬱な気分を消す事は出来ない。

だからアーネストは、酒に逃げる事にしていた。

彼が子供ながらに葡萄酒を飲み慣れていたのは、実はこの仕事が原因であった。


「やってしまった事は消せない

 だから今の我々に必要なのは、後味の悪さを忘れる酒かな?」


アーネストはそう呟くと、木製のカップから苦いそれを飲み干した。

酒を飲む事で、嫌な気分を少しでも紛らわそうとする。

それでも少女達の悲しみに満ちた瞳の色は、記憶からは消せそうに無かった。

苦みに顔を顰めながら、アーネストはその液体を飲み干す。


「それだからこそ、兵士は女を求めるんです

 一時の不安や後悔を忘れる為に、快楽を求めてね…」

「そうなんだろうけど…」

「アーネストにはまだ早いかな」

「そうですよ

 変な事を教えないの」

「とは言え、後味の悪さは消せないからな」

「結局消せないのかい?」

「そうだなあ…」

「それに、それだけの為に娼館に通うのもな…」

「良く無いよな」

「まあ、女体の味に溺れては…」

「あのデブみたいになりますがね」

「それは嫌だな」


そうだ

一時の快楽に溺れて不当な行為に及べば、道を踏み外す事になるだろう

あのダブラスとかいう商人の様に…

そうならない為にも、ギルには明るい道を進んでもらわないと…


アーネストはそう考えて、やはり汚れ仕事は自分がすべきだと思っていた。

友であるギルバートに、その様な道を進んで欲しくない。

そう考えていた。


アーネストは親友が休んでいる天幕を見て、自身が盾にならなくてはと思った。

汚い役割は自分が引き受けて、ギルバートには光差す王道を進んでもらう。

それこそが亡くなったアルベルトへ、報いる事だと思っていたのだ。

それでも、友に拒絶される様な反応をされるのは辛かった。


「オレが…

 ボクがギルを守るんだ

 そしてギルに近付こうとする闇は、ボクが振り払ってやる」

「アーネスト?」

「何を言っているんだ?」

「何でも無い

 少し酔っただけだ」

「そうか?」

「なあに

 アルベルト様の為に、こういう事はやり慣れている」

「そりゃあそうだろうが…」

「こういう事は、大人のオレ達がする事だ」

「本当は子供のお前には…」

「いいや

 ギルの為にも、オレがやるべきなんだ」

「アーネスト…」


兵士は険しい顔をしながら、拳を握っていた。

代わる事が出来るのなら、自分達がやってやりたかった。

しかしアーネストは、進んでこの様な後ろ暗い事にも手を染めて来ていた。

兵士達が知らない事も、アーネストはこなしていたのだ。


「そうだぞ

 子供のお前が背負う必要は無い」

「指示したとは言え、それは坊っちゃんを思っての事

 全ての責任は、同行したオレ達が背負うべきなんだ」

「お前は責任なんて感じなくて良い

 坊っちゃんの為にも…」

「でも…

 オレが指示を出したんだ」


兵士達はそう言って、アーネストに優しい言葉を掛けた。

出来得る事ならば、すぐにでも止めさせたかった。

しかし現実には、兵士達よりもアーネストの方が詳しかった。

そしてアーネストだからこそ、非情な決断もしているのだ。

兵士達では、代わる事は出来ないだろう。


「それにオレの両手は既に…」

「なあに、その手で女を抱けば、今の気持ちは失せるさ」

「そうそう

 なんならあいつ等に、良い店を紹介してもらいな」

「こら!

 いい加減にしなさい

 子供に変な事を教えないの」

「そうは言うがな」

「男はそういうもんなんだ」

「あんた等とアーネストちゃんを、一緒にしないでよ」

「おい

 お前…」


兵士達はアーネストを慰める為に、その様な事を言っていた。

しかしアーネストは、まだ成人前の子供である。

そして酒を飲んでいるとはいえ、まだまだ子供らしくしているべきなのだ。

それなのに、兵士達は悪い大人の見本の様な事を言っていた。

それで冒険者の一人の女性が、それを窘める様に横から口出しする。


よく見れば、その冒険者も酒を飲んでいたのだろう。

顔を真っ赤にして、多少呂律が回っていなかった。

そして酔った女冒険者は、アーネストにベタベタ引っ付いていた。

それは彼女からすれば、アーネストは可愛い弟の様に見えるからだろう。


「そうだな

 オレ達が王都で使っている、行きつけの店もある

 辛い時には気軽に相談しな」

「そうだぜ

 嫌な事があったなら、全てを吐き出せば良い」

「はあ

 全く、男どもは…」

「そういうお前は、酒を飲んでいるじゃないか」

「飲まないとやってられないわ」


男の冒険者達は、嫌な事は欲望と共に吐き出せば良いと言っていた。

しかし、女性の冒険者は違っていた。

彼女はまだ大人になりきっていないアーネストに、その様な話を吹き込ませたく無かった。

今からこんな考えでは、将来に悪影響が出るだろう。

しかし肝心の彼女も、嫌な事は酒で誤魔化している。

それで良い感じにアルコールが入って、彼女は真っ赤な顔をしていた。


「こんな子供に、変な教育をしてんじゃないよ!」

「そうは言っても…」

「そうだぜ

 男は出して、嫌な事も忘れられるんだ」

「馬鹿!

 それなら、相手の女はどうするんだい?

 無責任な男どもに抱かれて…

 それこそあの子達と同じじゃないかい」

「あ…」

「う…」


確かに男の方は、それで嫌な事は忘れられるだろう。

しかし無理矢理されたり、お金で買うのではダブラス達と変わらないだろう。

酔っているとはいえ、彼女はそこまで考えて発言していた。

そして先輩冒険者として、アーネストにアドバイスを送る。


「そんなに抱きたいんなら、先ずは愛する女を見付ける事ね

 アーネストは…

 聞かない事にしましょうか」

「う、うるさいな」

「ふふふ

 その気持ちを忘れない様に」


愛する女と言われて、アーネストは真っ先に少女の笑顔を思い出す。

それで思わず、酒を飲んだ以上に顔を赤くする。

その様子を見て、女冒険者は思わず微笑んでいた。

アーネストの反応を見て、可愛いと思ったのだろう。

それから女冒険者は、他の冒険者達の方を睨み付ける。 


「尤もあんた等じゃあ…

 それも難しいでしょうけどね

 金で女を買うだなんて…」

「くそう!」

「正論を…」

「お前はどうなんだい?」

「私は嫌よ?

 そんな事する訳ないでしょう?

 それにあんた等より良い男を、これから見付けるんだから」

「そんな言い方は無いだろう」

「ちょ!

 それじゃあ、まるでオレ達が…」


女冒険者は勝ち誇った顔をしていたが、一人の兵士が思わず呟く。


「それでその年まで…」

「ああん?」

「ひっ!」

「言わなきゃ良かったのに…」

「くっ…ふふ

 はははは」


兵士の余計な一言に、思わず女冒険者は顔を険しくする。

彼女としては、そこまで年を取っているつもりは無かった。

それに彼女は、未だに白馬の王子の様な男を待っている。

現実には、そんな男は現れる筈が無いのに…。

そして兵士や冒険者達の遣り取りで、ようやくアーネストの顔に笑顔が戻った。

彼等の遣り取りを見て、思わず笑ってしまう。


「アーネスト?」

「そうだよな

 いつまでもクヨクヨしていられない

 お前達の事もあるからな」

「アーネスト…」

「ギルの為にも、ボクがしっかりとしてないと駄目だ

 二度と下を向かない様にしないと」

「そりゃあ無いだろう?」

「それじゃあオレ達が…」

「どうしょうもないのは…

 否定がしようが無いわね」

「お前が言うなよ」

「はははは」


アーネストは決心をすると、上を向いた。

確かにギルバートに、あんな姿を見られるのは辛かった。

出来れば裏の姿を、親友には見せたく無かった。

彼の前では、いつもの自分のままで居たかった。


そして見られた結果が、予想通りの事になってしまった。

ギルバートは自分の行いに、酷く腹を立てていた。

彼の性格からすれば、あの様な行いは許されないだろう。

それはアルベルトを見ていても、同様に感じられていた。

だからハリスと共に、彼等には知られない様に処理をしていた。


「明日からはもう、迷わない

 例えギルに嫌われようとも、危険な奴等は排除して行く」

「そうか…」

「見付かっても…

 仕方が無いな

 それはアルベルト様の時にも、思っていた事だ」

「そうだよな

 アルベルト様でも、許さないだろうな」

「あの方は真面目だからな」

「その息子である、坊っちゃんもだよな」

「ああ

 怒るのも当然だよな」


アルベルトだとしても、勝手に処刑すれば怒っただろう。

それでもアーネストは、彼等の様な存在は許せなかった。

だから例え叱られようとも、犯罪者には容赦しない。

それはこれからも、同じ事をするつもりだった。


「例えギルに嫌われても…

 あいつに危険が及ぶよりはマシだ」

「そうだな」

「その時はオレ達も…」

「ああ

 魔術ではどうにもならない事もあるだろう

 その時は頼むよ」

「ああ

 任せておけ」


アーネストの決心した様子に、兵士達も協力を申し出る。

アーネストは確かに、頭では兵士達よりも優秀だろう。

しかし力では、兵士達の方が上なのだ。

戦う力が必要な時は、彼等の力が必要になる。


「オレ達も協力するぜ」

「汚れ仕事は冒険者の役目だ」

「そうね

 私達にも出来る事があるわ」

「その時はお願いするよ」

「任せろ」

「ええ

 お姉さん達に任せなさい」

「お姉さんって…」

「その年で?」

「ああん!」

「ひいいい」

「こ、怖っ!」

「はははは」


冒険者達も頷いて、アーネストの方を見る。

彼等も兵士達と同様に、力を貸そうと思っていた。

それはギルバートもアーネストも、まだまだ子供だからだろう。

彼等の頑張りを見ていれば、自然と助けたくなるのだ。


「そうですなあ」


そこへ酒の入ったカップを持って、ナンディもやって来た。

彼は赤らんだ顔で、真っ直ぐにアーネストを見詰める。


「話は聞こえました

 子供だけに危険な事はさせられません

 私達も強力します」

「そうですぞ」

「オレ等も協力させてください」


少し顔は赤らんでいたが、ナンディははっきりと宣言した。

それに頷く様に、他の商人達も手を挙げていた。


「ギルバート様には王都を変えていただく必要がある

 今の腐りきった貴族と、それに群がる商人達

 それを排して政道を正していただく」

「このままでは、腐った商人だらけになってしまう」

「そうなれば、オレ達商人達の信用までも無くしてしまう」

「奴等は排除せねばな」

「そうだな

 それには少しでも早く、王都に向かう必要があるぞ?」

「ええ

 今夜は早く寝て、明日も頑張りましょう」

「おお!

 そうとなりゃあ、さっそく」

「ええ

 見張りの順番を決めましょう」


兵士と冒険者達は、火の番を決める為に集まった。

それを横目に見ながら、アーネストも天幕へと向かった。

天幕の中では、先にギルバートが休んでいる。

彼は気付かなかったが、彼は先程まで起きていた。

酒が入っていたので、そこまで気が回らなかったのだ。


「オレが…

 オレ達が必ず守るからな」


アーネストはそう言って、隣の寝具にその身を任せる。

その隣では、ギルバートがそっと涙を堪えていた。


外ではその後も、暫く酒が進んでいた。

彼等の様な表の仕事に慣れた者達には、人を殺す事は慣れていなかった。

勿論冒険者達は、野盗を殺した事もあっただろう。

しかし商人や子供達を、殺す事には慣れていなかった。


「あんな子供達が…

 奴隷にされるだなんてねえ…」

「ああ

 全くふざけてる

 殺されても当然だろう」

「そうねえ

 でも…」

「ああ

 王都も荒んでいるのかもな」

「そうは見えなかったけどな」

「でも、商人達の間では…

 ガモン達の横暴ぶりは問題視されています」

「だろうな」

「でしょうね」


ガモン商会の横暴ぶりは、既に問題になっている。

国王としても、何とか対処したいと思っていた。

しかし貴族の一部が、既に彼等に取り込まれている。

だから排除するには、相応の証拠が欲しかったのだ。


「王都に向かったら、多少は変わるのかな?」

「そう願いたいわ」

「そうですなあ

 ギルバート坊っちゃんが王太子になられれば…

 あるいは…」

「そいつ等に対抗してくれるかな?」

「それにアーネストも居るだろう?」

「あの子がもう少し年が行ってりゃあ…

 素敵な冒険者になれそうね」

「よせよせ

 お前じゃあ釣り合わないぜ」

「それにあいつは、坊っちゃんの側を離れないだろう」

「そうそう

 お前はオレ達みたいな冒険者と…」

「馬鹿!

 そんな事は考えていないわよ!

 それにそこは…

 妥協は出来ないわよ」

「妥協って…」

「まだ白馬の王子様とか言っているのか?」

「そ、そんな事は…」

「やれやれ」


冒険者の彼等は、既に家族の様な関係になっていた。

だから王都に戻れば、そこで安定した暮らしをするつもりでいた。

彼等は何と言っても、昔からの冒険者仲間なのだ。

王都に定着しても、同じメンバーで行動する事になるだろう。

だから先ずは、無事に王都に辿り着く必要がある。


しかし王都に向かうには、この先にある山脈を越える必要がある。

それには魔物を倒しながら、追っ手を振り切る必要もあるだろう。

ノルドの街では、未だにギルバートを探している筈なのだ。

その追っ手に見付からない様に、無事に山脈を越える必要があった。


彼等はアーネストの決意を見て、もう少しだけ頑張ろうと思っていた。

このまま引き下がるのは、彼等にとっても後味が悪い。

出来れば王都に入っても、ガモン商会を倒すまでは手伝いたかった。

王都や知り合いの生活を守る為に、それぐらいはしたいと思っていた。


酒が入った事で、野営地の雰囲気は少しだけ和らいでいた。

そしてアーネストの決意を聞いて、兵士達もやる気を見せていた。

ようやく暗い雰囲気も払拭して、野営地は明るい雰囲気に包まれていた。

そのまま何事も無く朝が訪れて、日が差す頃には兵士達は再び起き上がっていた。

そして彼等は、やる気に満ちて準備をしていた。


「これも…

 奴等から得た食料のお蔭か」


朝から黒パンが出ていたが、昨日までの物より上質だった。

ダブラスは性格は最悪だったが、贅沢をしているだけあって食料は上質な物を集めていた。

干し肉や干した魚も補充されて、当面の食料には困らないだろう。

それを見て、これで良かったんだとギルバートは思う事にする。


殺した者達には悪いが、この資材は無駄にはしない

そうしなければ、殺した事まで無駄になるだろう

これで王都へ早く着いて、必ず不正を正してやる

それがあの子供達への…


ギルバートも彼なりに決心をして、王都に向かう決意をしていた。

それは昨夜に、アーネスト達が話す声が聞こえていたからだ。

だからもう、アーネストを責める事はしなかった。


「もう、大丈夫な様だな」

「ああ

 気持ちは切り替えた…

 つもりだ」

「そうか

 なら、王都に着いたら」

「ああ

 不正は全て正すつもりだ」

「それなら良い」

「ああ」


ギルバートの目には、昨日と違った輝きが宿っていた。

それは怒りでは無く、何かをやろうという決意の目だった。


「ただし無理はするなよ?

 何かする時は、オレにも相談する事」

「それをお前が言うのか?」

「え?」

「お前も勝手にするなよ」

「それは…」

「不正を正す為には、時には非情な決断も必要だ!

 そう思っているんだろう?」

「…」


アーネストはギルバートが背負う物を心配していたが、ギルバートも心配していたのだ。

友が暗い道を進んで、道を踏み外さないだろうかと。

そう心配するからこそ、勝手な行動は許せなかった。


「お前が間違っていたら、オレが引っ叩いてでも正気に戻してやる

 だから勝手に、全てを背負おうとするな」

「ギル…」

「お前から見れば、オレは甘ちゃんで心配なのかも知れないな

 でもな…

 それでお前だけが道を間違えるのは…

 耐えられ無いんだ」

「分かったよ…」


それを聞いて、ギルバートはアーネストの胸を小突く。


「今の言葉、忘れるなよ?」

「ああ」

「今度勝手な事をしたら、フィオーナに会わせなくするからな」

「え?」


ギルバートはそれだけ言うと、さっさと馬車に乗り込んだ。

それを追い掛ける様に、アーネストも馬車に向かう。


「お、おい

 ちょっと待て

 何だよそれは…」


慌ててアーネストも馬車に向かうが、それを見て兵士達は微笑む。

ああ、坊っちゃんは昨夜の話を聞いていたなと思いながら。

そして笑いを堪えながら、彼等も支度を始めた。

ギルバートは馬車の窓を開けると、兵士達に声を掛ける。


「さあ、出発するぞ」

「そりゃあ良いが、さっきのは何だ?」


アーネストはなおもしつこく、ギルバートに質問する。

しかしギルバートは無視を決め込んで、兵士や隊商へ声を掛ける。

ここでその意味を伝えては、彼に対する仕返しにならない。


「準備は良いか?」

「はい」

「こっちもよろしいですよ」

「それでは出発だ

 魔力を流してくれ」

「はい」

「出発!」

「なあ

 フィオーナと会わさないって何だよ?」

「早く座れよ

 揺れるぞ?」

「教えろよ

 気にな…うわっ」


馬車には冒険者が同乗して、身体強化の為に魔力を流す。

魔力を受けた馬は、力強く嘶いて走り始めた。

それで馬車が揺れて、アーネストは転げそうになる。


ヒヒーン

ガラガラ!

「ちょ

 くそっ」


アーネストは何か言い掛けて、仕方なく腰を下ろした。

これ以上は聞いても、ギルバートは答えないだろう。

席に腰を掛けると、馬車はガラガラと音を立てて進む。

その速度は速く、とても荷物を満載にしている様には見えなかった。


「どうやら上手くいってるみたいだな」

「ああ

 速度も申し分ない

 このペースなら、王都までは10日も掛からないだろう」


そう答えながら、アーネストは周囲の魔力に神経を注ぐ。

返って来る反応には、ロックリザードらしき物と小さな栗鼠や野鳥の物しか感じられない。

今は魔物の様な、強い魔力は感じられなかった。


「近くには反応は無いな

 いや…」


少し離れた場所で、小さいが強い魔力が感じられる。

恐らくはゴブリンだろう。


「向こうの通りを通っていたら、ゴブリンが待ち伏せていたな」

「なら、こっちの少し険しい道を選んで、正解だったのかもな」


普通は登りに向かない険しい道を、少しでも時間を短縮する為に選んでいた。

それが功を奏して、隊商を待ち伏せる魔物を避けられたのだ。

このまま進めば、少しでも早く山脈に入れるだろう。


たかだかゴブリンだが、戦闘をすれば時間も掛かる。

それに思わぬ怪我をするかも知れない。

後始末も考えれば、ゴブリン相手でも戦闘は避けたかった。


こうして予定の行程より、倍近くの距離を稼いで進めた。

冒険者達も魔力操作に慣れてきたのか、問題無く進めている。

昼になって2つ先の野営地に到着すると、そこで休憩を取る事となった。

このままペースを早める事が出来れば、明日には山脈の入り口に入れるだろう。


「ふう

 やっと飯が食える」

「オレはもう、空腹で死にそうだ」

「そんな簡単に死ぬなよ

 アニスが怒って…」

「私が何か?」


冒険者同士が馬鹿な問答をしながら、昼飯の準備を始めていた。

冒険者達は昨日の事もあって、女冒険者の事を揶揄っていた。

しかし当の本人は、腰の短剣に手を添えて睨み付ける。

こうした冗談が通じない辺りが男が寄り付かない原因でもあるのだが、彼女は気付いていなかった。


「ひいっ

 冗談だよ」

「そういう冗談は好かないねえ」

「そういう所が…」

「なあに?」

「な、何でも無い」

「はあ…」


冷たい微笑を向けられて、言い掛けた冒険者も肩を竦める。

それを見ながら、兵士達も首を振っていた。


「それで?

 ペースとしてはどうなんだい?」

「そうですねえ

 遅れた分は、この調子でいけば明後日には取り戻せそうです」

「そうか」


訓練に使った時間もあるが、荷物が増えた分の負担もある。

その分食事の心配が無くなったのだが、馬車が壊れないかが心配だった。

負担を減らす為にも、無理な速度で進むのは控えた方が良いだろう。

いくら身体強化を使っても、馬車への負担は減らせないのだ。


「こうなると、昨日の馬車は欲しかったな」

「ですがあれには、商会の紋が刻まれていましたからね

 どこで誰何されるか分かりませんよ?

 危険は冒せません」

「そうか…」


ギルバートは少し考えて、再び質問する。


「紋章を削っても…」

「却って怪しまれるでしょうね」

「だろうな」

「せめて補強が出来たのは良かったが…

 それでも…」

「王都まででは心配ですか?」

「ああ

 思ったより氷が解けた水が、底の板を痛めているからな」


隊商の馬車は問題無かったが、魔物の遺骸を載せた馬車が心配であった。

凍らせた魔物から出る水が、馬車の底板を痛めているのだ。


「兎に角、麓までもつと信じよう

 そうすれば麓の村か街で、修理も出来るだろう」


既に山の頂上は見えている。

明後日にはそこまでは行けるだろう。

そうすれば後は、山脈を渡って移動して下るだけになる。

山脈を出れば村や街があるので、そこで補給や修理が出来る。

そこまで掛かる予定が、後10日から7日までに短縮出来ていた。

このまま問題が無ければ、7日よりも早く抜けれるかも知れない。


昼を取り終わってから、一行は早々に出発した。

目標は3つ先の野営地で、夕暮れまでに到着する予定だ。

馬車はガタゴト音を立てながら、速度を上げて進んで行く。


「ちょっと待て!」


しかい突然、アーネストが声を上げて進行を止めた。


「どうしたんだ?」

「魔物だ」

「魔物か…」

「1、2、3…

 全部で7匹は居るな」

「それぐらいなら…」

「いや

 これは…

 襲われている?」

「何だって?」

「どうやら隊商が居るみたいだ」

「それは不味いぞ」


どうやら魔物の反応以外に、人の魔力も感じられていた。

それでアーネストは、隊商が襲われていると判断していた。

冒険者と兵士は、直ちに救出に向かうべく準備を始める。


「魔物は恐らく…

 ゴブリンか小型の魔物

 フォレスト・ウルフの可能性がある」

「それは厄介な…」

「だから隊商も逃げれなくて、少数に囲まれているんだろう」

「それでは助けに」


ギルバートは頷き、すぐに向かう様に指示を出した。


「私はここで…

 アーネストと待機している

 他の魔物が来るかも知れないからな」

「分かりました

 それでは我々が」

「ああ

 冒険者と向かってくれ

 良いか?

 くれぐれも無理はするなよ?」

「はい」

「では、向かいます」


兵士達は馬を走らせると、すぐに公道の向こうへと駆けて行く。

それを追う様に冒険者達も続き、馬車はペースを落として後を追う。

そのまま向かっても、戦闘の邪魔になるからだ。

だから戦闘中は、近付かない様にする必要があった。


「どうだ?」

「ああ

 さすがは慣れている

 反応が消えて行くぞ」


アーネストが魔力を感じているので、それで様子は伝わって行く。

どうやら身体強化も使い始めた様子で、兵士達の魔力が高まっている。

それで彼等も、魔物を難無く倒す事が出来ていた。


「彼等も身体強化のコツを掴んだ様だな」

「そうなのか?」

「ああ

 魔力が高まっているのが感じられる

 冒険者達は…

 まだ訓練が必要かな?」

「そうか…」


どうやら冒険者達も使っている様だが、その様子ではまだまだ上手く扱えていない様子だ。

それでも何も無いよりは、大分マシにはなっている様子だ。


「お?

 最後の反応も消えたな?」

「良かった」

「どうやらそれ以上の犠牲者は、出なかった様だな」


ギルバートは魔力が感じられていないので、向こうの様子は分からなかった。

しかしアーネストの言葉から、何人か犠牲者が居る様子だった。

それは残念な事だが、仕方が無い事なのだろう。

アーネストが気が付いた時点で、犠牲者は出ていたのだから。


「行こう

 そろそろ合流出来るだろう」

「そうだな

 負傷者の手当ても必要だろう」


馬車は脇道から登って、急な勾配を越えた広場に出た。

そこには1台の馬車が破壊されており、周りには商人と冒険者の死体が転がっていた。


「これは…」

「ああ

 最初の襲撃で亡くなったんだろう」

「すまない

 助けられなかった…」

「仕方が無いだろう?

 それよりも生き残った者達を…」

「ああ

 手当てをしよう」



冒険者達は首や腕を噛まれており、商人も逃げられない様に足をやられていた。

この様子から、魔物はやはりフォレスト・ウルフであろう。


広場の向こうを見れば2台の馬車が並んでいて、そこに商人達の姿が見えた。

こちらの冒険者達は、魔物の死体を片付けに行っている様子だった。

商人が手を振り、無事を確認する。


「今日はこのまま、ここで野営かな?」

「ああ

 仕方が無いよ

 彼らをそのままには出来ないだろう」

「そうだな」


欲を言えばもう一つは先の野営地に行きたかったが、これでは仕方が無い。

ギルバートはナンディに声を掛けて、ここで野営する事を伝えた。


先ずは野営の準備をする前に、馬車を1ヶ所に集めて犠牲者を埋葬しないといけない。

このまま放置しては、報われない魂が亡者と化すからだ。

ナンディと共に馬車を移動して、残された隊商と合流する。

長い夜の始まりであった。

まだまだ続きます。

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