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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第150話

ギルバートは怒っていた

非常に憤慨していて、兵士が話し掛けても返事もしなかった

それを思ってか、兵士達はアーネストに指示を確認しながら作業をしていた

沢山の木が集められ、一緒に服や余分な荷物と一緒に焼かれて行く


それは嘗て、豪奢な服や金や宝石を飾った馬車だった物だった

焼かれた後の灰は、纏めて土魔法を使った穴に埋められて行く

土魔法のピットが、こういう穴掘りに使えるとはギルバートは知らなかった

魔物を追い込んで落とす穴ではなく、証拠を隠す物に使われるとは…


しかしアーネストは、慣れた手付きでそれをこなして行く。

その様子を見ても、彼がこの様な汚れ仕事に手慣れている事は確かだった。

それだけでもギルバートは、怒りを感じていた。

友だと信じていたアーネストの、隠していた姿を見てしまったからだ。


アーネストは証拠を埋めると、上から土や小石を投げ入れさせた。

魔法で出来るのは、穴を掘る事だけだった。

だから穴を埋めるのは、手作業でやるしか無かった。

その上でマッド・グラップを使って泥濘にして、見た目が分からない様にした。

そうした作業が一段落してから、アーネストはギルバートの元へと向かう。

ギルバートに事後報告を済ます為だ。


「一通りの作業は終わったよ

 これで誰も気付かないだろう」

「そうか…」

「まだ怒っているのか?」


アーネストは不安そうにギルバートの顔色を窺った。

作業をする間も、ギルバートは黙って見ているだけだった。

だからアーネストは、ギルバートに怒っていないか確認する。

しかしギルバートは、怒りを露わにしてアーネストを睨んだ。


「お前が大丈夫だと思ったんだろ?

 それで良いじゃないか」

「そりゃあそうだけど…」

「オレの判断ではなくて、お前の判断で良かったんだろ?」

「そんな言い方は無いだろう」


ギルバートの投げやりな言葉に、今度はアーネストが怒りだした。

アーネストは、ギルバートの為に良かれと考えて行動した。

しかしギルバートとしては、その様な事は望んでいなかった。

むしろ親友が、その様な汚れ仕事を嬉々としてするとは思っていなかった。

その事で、ギルバートは」腹を立てていたのだ。


「じゃあ何か?

 あのまま生かして連れて行く方が良かったと思うのか?」

「そうだ

 いくら最低な奴等でも、何も殺すなんて…」

「甘いな」

「なにい!」

「奴等は犯罪者だ

 これまでも、いや、これからも罪を犯しただろう」

「王都に連れて行けば…」

「いや

 それでも釈放されただろう

 奴等の後ろには有力貴族が付いている」

「本当か?」

「ああ」


アーネストには確信があった。

何よりもナンディがそう証言していたし、それでなくともあれだけの強気の発言があった。

後ろ盾が無ければ、あそこまで堂々と犯罪を犯さないだろう。

見付かっても赦されると、確信しているからこその言動だった。

彼等は過去にも色々やって、貴族の力で揉み消して来たのは確実だろう。


「あの発言は、貴族を従えさせられるという強気の自信があるからだ

 恐らく有力貴族の何家にか、付け届けや借金の貸し付けがあるんだろう」

「借金?」

「ああ

 高額な金を貸し出して、それを弱みに脅すんだ」

「そんな事が出来るのか?」

「ああ

 しているという話もある

 だろう?」

「ええ

 確かに噂されています」

「噂だろう?」

「そうなら良いのだがな」


ナンディだけでなく、多くの商人がその噂を知っている。

そしてそれを裏付ける様な事が、既に行われている。

ダモンの件が、まさにそれだろう。

ダモンが砦を街にした事も、王都の貴族が味方した事で不問となっているからだ。


「どういう意味だ?」

「ダモンの事があるだろう?」

「ダモン?

 あの砦の街の事か?」

「ああ

 それもだが、奴隷の件もあるだろう?」

「それはそうだが…」

「奴が自信満々なのも、父親がガモン商会の会長だからだ」

「それじゃあそのデブだすもか?」

「恐らくな

 貴族の後ろ盾があるから、犯罪を犯しても大丈夫だと思っているのさ」

「うーむ…」


アーネストの推察に、ギルバートは思わず唸り声を上げる。

言われてみれば、確かにダモンもそうだった。

彼はギルバートの事を、奴隷にしようとしていたのだ。

そして彼の周りには、奴隷にされた少年少女達が居た。

そこまで出来たのも、罪に問われないという自信があったのだろう。


「それじゃあ、付け届けってのは?」

「ああ

 ギルは知らないだろうな

 商家が高額な商品を渡して、自分の言い分を通そうって事さ」

「それって…」

「ああ

 賄賂さ」

「貴族が賄賂を…」

「ああ

 王都の貴族では、よくある事さ」

「そうなのか?」

「ああ

 王都で暮らすというのは、思ったよりもお金が掛かるんだ

 それで身分の低い貴族は、借金の返済にも苦しんでいる」

「王都の商家では、貴族に貸し出す者も多いのです

 まあ大概が、貴族が強引に誤魔化そうとしますが…

 ガモン商会はしっかりと取り立てますからね」


ガモン商会のガモンは、有力な貴族に金を貸し出していた。

その事で他の貴族に、しっかりと借金の返済を要求する事が出来た。

それで王都でも、貴族に強気の発言をしていたのだ。


その息子であるダモンも、父親の力で強気になっている。

だからこそアルベルトに逆らってまで、ノルドの砦に街を作ったのだ。

そして機会を伺って、アルベルトを倒そうとダーナに攻め込もうとしていた。

それを知っているのも、アーネストが裏の仕事を行っていたからだ。


彼はアルベルトの元に来る様になってから、ハリスに師事をお願いした。

それはハリスが、王都からの潜入者でもあったからだ。

彼は国王と繋がっており、ダーナの裏を探っていたのだ。

だからアーネストも、裏の事を色々と知っていたのだ。


「貴族って、そんな者達ばかりなのか?」

「そうでは無いですが…」

「そうだなあ…

 弱小貴族はそうだろうな

 そういう(しがらみ)が無いのは、有力貴族の一人バルトフェルド様ぐらいだろう」

「バルトフェルド様…

 そうですな

 ですがそのバルトフェルド様も…」

「ああ

 フランドール殿の事がある」

「はあ…」


ギルバートは頭を抱えた。

王都の有力貴族達は、商家に借金や賄賂を貰っている。

それで好い様に、商家の好き勝手を黙認しているのだ。

それが無かった筈のバルトフェルドですら、フランドールを養子に迎えている。

だからガモンの様な奸賊が、好き勝手に出来るのだ。


「それは問題だろう」

「そうだな」

「王都はどうなっているんだ…」

「仕方が無いんだ

 戦争が終わって平和になると、どうしてもそういった輩が現れるんだ」

「平和って…

 帝国との紛争が終わってから、そう長く経っていないんだろう?」

「王都の貴族では、力や権威を示す為に華美な装飾や貴金属で飾る傾向がある

 これはどこの国にでもあるし、いつの時代でもそうだ

 昔の文献からも、そう読み取れている」

「だからって…」


確かにそうなんだろうが、それは贅沢な暮らしに溺れているからだろう。

事実ダーナでは、そこまで煌びやかな生活を行っていない。

それでも力や権威を示せていたし、みなもそれに従っていた。

しかしそれは、アルベルトがしっかりと締めるところは締めていたからだ。


「言っておくが、ダーナは参考にならないぞ

 あそこは田舎の辺境なんだ

 だからみなで協力して行く必要があるし、そこまでの贅沢は出来ないからな」

「そりゃあそうだろうが…」

「それにアルベルト様がしっかりとされていたからな

 そうじゃない貴族は…」

「そうですな

 主である領主がしっかりとしていなければ…

 そういう領地は沢山ございます」

「そう…なのか…」

「ああ」


確かにアーネストの言う様に、領主次第なのだろう。

ダーナがそうならないのは、単にアルベルトがしっかりした領主だったからだ。

これがフランドールに変わった時に、どうなるかは分からない。

今の話を聞く限りは、非常に危険だと言えるだろう。

しかしギルバートは、まだ納得が出来なかった。


「それでも、安易に殺すなんて…」

「じゃあ何か?

 奴等を縛り上げて、そのまま馬車を引き連れて向かうのか?」

「ああ」

「お前なあ

 そうすれば誰が護衛するんだ?

 奴等を見張る必要もあるんだぞ」

「それは…」


犯罪者を縛り上げても、何かの拍子に逃げ出されるかも知れない。

もし魔物が出ては、彼等を守る必要もあるだろう。

それに逃げ出した者達が、そのままどこかへ行けば問題は無いだろう。

しかし仲間を解き放たれては、今度はこちらが危険になる。

そうしない為にも、手っ取り早いのは皆殺しだ。


「あのデブぐらいは…」

「生き残りが居れば、殺した事が明るみに出る

 そうすれば、こちらが犯罪者に仕立て上げられるぞ」

「そうなのか?」

「言っただろう?

 有力貴族が後ろ盾に居るんだ

 そいつ等が騒げば、こちらは犯罪者にされて投獄

 あるいはその場で処刑かもな

 証拠も消せるし」

「そんな無法な…」

「そうなんだから仕方が無いだろう?」

「むう…」


アーネストの言い分は、ギルバートにも分かった。

この先の街や王都へ入る際に、彼等の身分を恐れて自分達がその場で殺されるかも知れない。

そうならない為には、ガモンの息が掛かっていない者の領地で引き渡すしかない。

それは砦でも無ければ、この先の街でも無いだろう。


もしかしたらだが、王都の入り口でも危険かも知れないだろう。

それを考えても、危険な荷物を抱えるよりはここで全て処分した方が良いのだろう。

ギルバートの言い分は、所詮は理想論でしか無いのだ。

現実はもっと非情で、問題が多いのだ。


アーネストはギルバートが落ち着いて来たのを見て、安堵していた。

どちらかと言えば戦闘馬鹿な傾向はあるが、仮にも領主の息子なのだ。

アルベルトに育てられた為に、それなりの分別は付く筈なのだ。

だが一方的な虐殺に見えたので、今はまだ混乱しているのだろう。

アーネストはそう思っていた。


「デブ達の事は分かった…」

「分かってもらえて助かる」

「それでも…」

「ん?」

「それでも、あの子達まで殺す必要はあったのか?」

「あ…」

「それは…」

「必要があったのか?」


ギルバートが一番納得できないのは、この事だった。

あの子達とはダブラスが引き摺り下ろされた時に、チラリと見えた子供達であった。

アーネストは隠したつもりだったが、ギルバートはしっかりと見ていた。

ダブラスが奴隷として、引き連れていた子供も乗っていたのだ。


「あれはデブの奴隷だったんだ

 慰み物だぞ」


最早二人の間では、ダブラスの名前はデブに変わっていた。

ギルバートはそれに気にせず、また出て来た慰み者という言葉に食い付く。

よほど気になるのか、またもやアーネストに教えろと迫る。

それはギルバートが、ダモンに言われた時の不快感が強かったからだ。

それで慰み者というのが、よほど善くない事なのだと勘繰っていた。


「また出たな

 何だ?

 その慰み物ってのは?」

「そ、そりゃあ…

 そのう…」


アーネストは返答に困る。

話しには色々聞いていてが、実はアーネストもそこまで詳しくは無かった。

男女の夜の睦み事に興味はあったが、そこまで詳しくは無いのだ。

その事もあって、返答に困ってしまう。


「あー…

 えーっと…」


ギルバートが睨んで来るが、どう答えれば良いものか?

変に教えて、勘違いをさせるワケには行かない。

アーネストは救いを求めて、兵士やナンディの方を見る。

しかし彼等も、教えるべきではないと首を振った。


「それは王都に着いてから教える

 今はまだ、知らない方が良いからな」

「何だそれは?」

「兎に角、子供には知らなくて良い事だ」

「お前も子供だろう?」


ギルバートの言葉に、アーネストは固まってしまう。

言われてみればそうだろう。

寧ろ実年齢では、ギルバートの方が先に大人になっている。


ダーナでは11歳で成年と認められているが、実際の成年は13歳からだ。

そしてギルバートは、実際の年齢は13歳である筈だ。

既にそういった事を、両親から教えられていても良い年頃にはなっていた。

問題はアルベルトが、そういうところで真面目過ぎた事だろう。


なんでアルベルト様は教えていないんだ

恨みますよ…

弱ったなあ…


「すまないが…

 今は教えられない」

「そうか…」


ギルバートがそれで、何とか引き下がってくれる。

アーネストは内心、ほっとしながら話題を帰る事にした。


「だが、あの子達を殺したのは、決してそうしたかったからじゃあない」

「どういう事だ?」


アーネストは話して良いものか悩み、そうして意を決した。


「あの子達は奴隷だ」

「そう言ったな」

「この国には…

 奴隷制度は認められていない」

「ああ

 そうだな」

「何故だか知っているか」

「え?」

「そもそも、奴隷制度は選民思想に繋がっている」

「また選民思想か」


選民思想と聞いて、ギルバートはうんざりした表情を浮かべる。

フランドールの事以外にも、その他にも色々とあった。

アルベルトが倒れた時にも、選民思想者が裏で横行していた。

そう考えると、その思想者達は厄介な者達である。


「奴隷制度を広めたのは、あの帝国だ」

「そうらしいな」

「じゃあ、何故奴隷制度なんて出来たと思う?」

「え?」

「そもそも奴隷とは、自分達より身分が低い者が、その身で上の者に奉仕する制度だ

 その奉仕する相手が…」

「貴族か?」

「違う

 帝国民だ」


アーネストは奴隷制度の始まりを説明する。

これはギルバートも、触り程度は聞いている。

しかし帝国の詳しい風習の話は、アルベルトからは聞いていない。

だから奴隷制度に関しても、アーネストほどは詳しく無かった。


「帝国民がその他の国を攻めたのは、その国民を奴隷にする為だ

 奴隷にして働かせて、自分達は楽して贅沢な暮らしをする

 その為にな」

「な!

 そんな事が赦されて…」

「当然赦されないさ

 だから帝国は、女神様の怒りを受けて滅んだ

 それが真相さ」

「帝国が滅んだのは、その圧政からではないのか?」

「いや

 確かにそれで、周辺国が結託して反抗したよ

 でも決定的だったのは、女神様の怒りで封印が解かれたからだ

 魔物と他国の侵攻が重なったから、帝国は反抗出来なかった

 そういう事さ」

「そうか…

 女神様も奴隷は認めていないんだな」

「いや、違うぞ」

「へ?」


ギルバートは、さすがに女神様も赦さなかったのだろうと思った。

しかし赦さなかったのは、奴隷制では無いのだ。


「奴隷制度もだが…

 選民思想も認めていなかった

 そして一番怒っていたのは、他国を攻めて多くの人々を殺した事だという話だ」

「そうなのか?」

「ああ

 そういう記録が残されている

 神託の記録もあるから、まず間違い無いだろう」

「なるほど…」

「女神様は人間達に、再三に渡って警告された

 人間達は…

 取り分け帝国の貴族達は警告を無視して、女神様を蔑ろにしていたからな

 そこまですれば、滅びて当然だろう」


女神様への信仰を忘れ、警告を無視しての好き放題の略奪行為。

それと並行して、奴隷や他国民の虐殺行為が原因となった。

その辺は伏せられて、他国の正当性を示す事実だけが広められて来た。

それは勝者の都合の良い記録しか、残らないからだろう。

他国への謂れ無き侵攻の報復として、連合国家の軍に攻め滅ぼされたという記録だけ残されたのだ。


「当時の大人は、本当の理由を知っていたと思うよ

 でも、それは伏せられていたみたいだしね

 王家の権威とかもあるみたいだし…」

「そうなんだ…

 って、じゃあ奴隷は問題無いんじゃないのか?」

「いや

 選民思想に繋がるという意味では、問題があるだろう」

「選民思想ねえ…」

「勿論、借金で子供や奥さんを差し出す者もいるだろう」

「そんな奴が居るのか?」

「ああ

 実際に居るんだ」

「そんな事が…」

「ダーナにも居たんだ

 どこにでも居るさ」

「ダーナにも?

 そんな事があったのか?」

「ああ

 残念ながらな」


ダーナにでも居たので、アーネストはそれをよく知っていた。

ギルバートは教えられていなかったが、アーネストは知っていた。

それは奴隷制などは、影で内密に行われる事が多いからだ。

それでアーネストも、その後始末に参加して知っていたのだ。


「力がある者が、その私欲で弱者から搾取する

 それは赦される事では無い」

「貴族の家でなら、小さな頃から教えられている

 それは当たり前の事だろう」

「だが、奴隷制度は…

 それに反するだろう?」

「そう…だな」

「金で子供を無理矢理連れ去るんだ

 十分に罪だろう」

「でも、払えないんじゃあ…」

「払えないんじゃあない

 払えなくさせてから、払わせようとするんだ」

「え?

 そんな事…」

「出来るんだよ

 力がある商人なら、簡単にな」


全てがそうでは無いが、確かにその様な事をする者もいる。


「納める物を駄目にしたり、売り上げを妨害して売れなくさせる

 そうしてお金に困ったところで、高利の金を貸すんだ」

「そんな事、赦されないだろう?」

「赦されるか赦されないかなら、赦されているんだろう

 実際にそうした悪質な商家が、力を持っているからな」


アーネストの言葉に、ギルバートは納得が出来ない。

しかしダーナでも、そうした悪質な商家は多数あった。

内々に処理されていたが、それでも力を着けては領主や国に影響を与えている。

今回の様に…。


「ギルが知らなかっただけだ」

「じゃあ、父上も知って…」

「ああ

 先の選民思想者達の反乱も、それが影響している

 奴等は自分達が選ばれた者だと信じて、領主を排そうとしていたからな」

「だが…

 その事と、あの子供達と何の関係があるんだ」

「奴隷だからさ」

「ん?」

「国に認められていない奴隷

 どういう事だと思う?」

「え?

 違法な…奴隷じゃないか?」

「違法な奴隷を可能にしているのは?」

「あ…」

「それなりの貴族が後ろ盾になり、違法に奴隷にしているのを黙認している

 それも王都から来たのだから、王都でも堂々とやっているだろうな」

「それは…

 国王様も?」

「認めてはいないが…

 迂闊には手を出せない理由があるんだろう」


ギルバートはショックを隠せずに、顔を強張らせていた。


「まさか…

 そんな」

「ギルは救ってあげたかったのか?」

「そうだよ

 なんで殺す必要が…」

「隷属魔法」

「隷属?」

「奴隷を作るに当たって、帝国は便利な魔法を作り出したそうだ

 それが隷属魔法だ」

「何だ?

 それ…」

「文字通り隷属させるのさ

 言う事を聞かなければ、全身に酷い苦痛を感じさせる魔法さ」

「そんな物があるのか?」

「あったんだが…

 今も使われているんだろうな」


それは嘗て帝国や、魔導王国で使われていた魔法だ。

特殊な首輪や手枷等に、魔法陣を刻み込む。

そうする事で、相手を自由に出来るのだ。


「それでも、あのデブが死んだんなら」

「無理だろう

 あの子達はそれに慣れてしまって、自分で考える事が出来なくなっていた

 それに…」

「それに?」

「あの子達を解放して、お前はどうするつもりだった?」

「そりゃあ王都へ連れて…」

「連れて?

 それでどうするんだ?

 お前が養うのか?」


ギルバートはそこまで考えていなかった。

取り敢えず王都に連れ帰れば、何とかなると思っていた。

しかし現実には、その後の生活の保障も必要だった。

それは誰かが、その子供達の面倒を見る必要があるという事だ。


「それなら家族の元へ…」

「何処へ?

 その家族がもし王都へ居たとしても…

 年端も行かない娘を手放すほどだ、生活は出来るのか?」


「悪いが、生きているかも判らない

 それに生きていても、子供達を居まさら返されても…

 素直に喜べる状況なのか?」

「そんな!

 帰ってくれば…」

「生活が苦しくて、金の為に子供を奴隷に出す

 そんな状況なんだぞ?」

「ぬう…」

「それが子供を奴隷に取られる様な、親の状況なんだよ」

「だからと言って、殺すなんて…」

「これでも苦痛が無い様にしている

 寧ろ殺されると知った時、救われた様な安心した顔をしていたぞ」


それを聞いて、ギルバートは唇を噛んだ、

あんな自分よりも年下の子供が、デブの欲望の為に死なないといけないなんて。

それも死んで解放されると、安心した顔をしていたと言うのだ。

あの子供達は、その様な悲惨な状態で生きていたのだ。


「死んで救われる?

 そんな事が赦されて良いのか?」

「なら、お前がどうにかしろ」

「くっ…」


アーネストの声は、冷たくギルバートの心に突き刺さった。


そうだ

自分は何もせずに、兵士やアーネストにさせていた

オレがとやかく言える事では無いのかも?


アーネストの顔を改めて見ると、彼も苦しそうな顔をしていた。

アーネストもこの判断に、迷いを感じて悩んでいたのだ。

そして実行した兵士達も、恐らくは苦しんでいるのだろう。


「すまない…」

「どうやら、分かってくれたようだな」

「ああ

 納得は出来ないが、お前達の気持ちも分かったよ」

「そうか

 なら…

 今はそれでいい」


アーネストはそう言うと、再び死体や馬車の残骸を埋める作業へ戻って行った。

馬車の木材や布は燃やせるが、使われている金属はそのまま埋めるしかない。

それに燃やした後の骨も、結構な人数である。

そうした作業を黙々と熟す姿を、ギルバートは改めて見ていた。


それにしても…

妙に慣れているんだよな

一体いつからやっていたのか…


それはそうである。

ダーナの街にもこうした慮外者は居たので、その度に内々に処理していたのだ。

勿論死体は街の外で焼き、そのまま埋めてしまっていた。

兵士達は慣れてはいなかったが、アーネストの裏の仕事を知っていたので黙って従っていた。

そうした方が楽だし、余計な事に関わらずに済むからだ。


埋められた死体は、ガモン商会の商人であるダブラスと護衛の兵士が25名

他の商人が6名と奴隷の幼女が10名の、合わせて42名に上った。

それに余分な食料や荷物を一緒に燃やして、骨の上に被せる様に埋める。

こうして死体を燃やした匂いを隠して、痕跡をなるべく隠した。


こういった人気の少ない場所では、魔物や野盗に襲われた商人たちの死体が残っている事もある。

そういった犠牲者の亡骸を処分した様に見える様に、上手く証拠は埋められていた。

砦では不審に思うかも知れないが、王都では単なる行方不明になるだろう。

死体の処分をしてから、一行は疲れ果てて野営地に入った。


既に日は暮れていたが、これから野営の準備をしなければならない。

あまり会話も弾まないまま、野営の準備は黙々と進められて行った。

まだまだ続きます。

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