第147話
翌日から魔物の索敵に加えて、食料に出来そうな獲物の捜索も始まった
しかしここが標高が低かった為に、思わぬ収穫があった
荒れ地に住む陸生のオオトカゲ、ロックリザードが住み着いて居たのだ
これは噂には聞いていたが、本当に大きなトカゲだった
ロックリザードは見た目が大きなトカゲで、その動きはトカゲ同様に緩慢だ
主な植生は苔や草を好んで食べるが、縄張りに入り込む者には容赦が無い
ゆっくりと近付くと、その長い舌で攻撃をしてくる
そして近付けば、鋭い牙と爪で襲って来る
しかし身体強化をした兵士の前には、その程度の動きでは容易く倒せる
兵士達はオオトカゲを、素早く踏み込んで切り倒していた
見た目に反してロック・リザードは、その表皮はそこまで固くは無かった。
皮を剥いでみると、その肉質は柔らかく美味そうだった。
そして焼いてみた結果は、淡泊な味で食感は野鳥の肉に似ている。
煮物には向いていないが、焼いて食べれば旨い肉であった。
また岸壁に生える苔や野草が主な主食なので、ロックリザードの近くには野草や香草も見付かった。
これで肉と野菜の確保は出来る事になった。
さっそくロック・リザードを狩って、その周りの野草も確保する。
それを使って、野営の夕食では焼き肉が振舞われた。
兵士達はそのトカゲの美味さに驚き、積極的に狙う事にする。
ロックリザードはそれなりに居て、日に数匹は狩る事が出来た。
しかしここから標高が高くなれば、その分生き物の数も減るだろう。
今の内に狩っておいて、一部は氷漬けにして取っておく事になった。
隊商の商品の中に、塩の結晶も持ち込まれている。
何よりも岩場を探せば、稀に塩の結晶も発見出来た。
岩塩は希少な塩分だが、持ち運びには注意が必要だ。
だから湿気ってしまう前に、古い岩塩の結晶から料理に使われた。
しかし問題は、穀物である黒パンが不足しそうな事であった。
公道を通る隊商も居るので、多少は金を払って譲ってもらえるだろう。
しかし向こうも砦や町までの食料が必要なので、そこまで多くは譲ってもらえなかった。
それに交易が再開したとはいえ、まだまだ通る隊商は少ない。
それも考えると、穀物の不足は深刻であった。
「坊っちゃん
あちらの隊商から、事情を話して分けてもらえました」
「そうか
それはありがたい」
「しかし、これから先では難しいですよ?
今の分で1週間はもちますが、それ以上は…」
「そうだなあ
また隊商に会えるかは、運任せだからなあ」
「ええ
それに、あまり求めてますと…」
「足元を…見られるか?」
「はい」
「しかし、背に腹は代えられん
なるべく上手く話して売ってもらうしかないな」
「そうですね
そう考えれば、町で交易出来なかったのは痛いですね」
「ああ
しかし不満を言っても仕方が無い」
「そうですね」
町は領主気取りのダモンが支配していた。
そしてギルバートは、ダモンに狙われていた。
正体を隠して、潜伏するという方法もあったかも知れない。
しかしハドソンが、裏切る可能性は大いにあった。
「ダモンの件が無ければなあ…」
「そうですね」
「まさかハドソンが…」
「自分の奥さんが人質だったんです
仕方が無いでしょう?」
「しかし…」
隊商のリーダーであるナンディも、ハドソンの奥さんの件は知らなかった。
知っていたならば、事前に何らかの対策を練っていただろう。
まさか幾つかの宿の者を、奴隷にしているとは思わなかったのだ。
そしてその奴隷も、無事でいるのかも分からない。
分かっているのは、それを笠に着せて要求をしている事だ。
それだけでも、ダモンの悪辣さが現れている。
このままでは、交易で訪れる隊商にも影響が出るだろう。
そもそもダモンは、奴隷にして攫っては売っている疑惑も上がっているのだ。
そういう意味でも、ダモンの件は深刻な問題であった。
このまま放置しておけば、ノルドの森での行路が閉鎖されかねない。
「どうしたもんだか…」
「やはり早々に国王様へ上申して、ダモンを討つべきでしょう」
「だが、そうなると集落や砦はどうなる?
後を見る者が必要になるだろう」
「それを含めて、国王様に上申されるのです
国王様なら、なにか手を打ってくださるでしょう」
「そこは任せるのか?
まるで丸投げの様で、心苦しいな」
「そもそも王国の対応に問題があったのでしょう?
いくら包まれたのか分かりませんが…」
「そういう事を言うな
国王様は関係無いかも知れない」
「しかしですね
実際に賄賂は送られていたのでしょう?
そうで無ければ、あの様な者に砦を任せるとは…」
「そうだな
どんな遣り取りがあったのか…
しかしあの街は、ダモンが作ったのも事実だ」
「それだって、金で人々を集めたんでしょうよ」
「かも知れんが…
分らん事を、憶測で述べるもんじゃあ無い」
「はい…」
それは丸投げであるが、ギルバートは砦の責任者でも無ければ、その上である辺境伯でも無いのだ。
何かすべきなのは、本来であればアルベルトだったのだ。
そのアルベルトも、今では亡くなってしまっている。
そして領主代行であるフランドールでは、そこまでの権限が無かった。
そのフランドールは、どうやら砦を奪い取ろうと考えている様子である。
このまま行けば、砦とダーナの街とで戦争になるだろう。
いや、既にフランドールは軍備を進めている。
そしてダモンも、今回の件でフランドールとぶつかるだろう。
なんせギルバートを、奴隷にしようとして失敗したのだ。
その事を巡って、恐らくはぶつかると考えられる。
「どちらにせよ…」
「急いだ方が良いな」
「そうですな
巻き込まれれば厄介です」
二人は眼前にそそり立つ、険しい山脈を見上げた。
それには先ずは、この山脈を越えなければならない。
そしてそれは、糧食と馬の維持が前提となる。
馬はまだまだ元気だが、これから先は厳しくなるだろう。
通常より大きい4頭立ての馬車なので、荷物が大きいのもあって速度はあまり上げられない。
「どうしますか?」
「うーん」
「なんなら少しでも、距離を稼ぎますか?」
「そうしたいのは山々なんだが…」
「こう時間が掛かるのでは…な」
「時間ですか」
「ああ
暗くなっては進めない
そうなってくると、明るい時間にどれだけ進むか…」
「しかし休憩場所を考えると、あまり無茶は出来ないな」
「そうですね
開けた場所も、そう多くは無いですし」
そうしたいのは山々だが、肝心の馬の様子が心配だ。
それに移動するには、どうしても明るい時間に限られる。
そして何よりも、野営の出来る場所は限られている。
次の野営地までに、明るい内に進む必要がある。
そう考えれば、どこの野営地まで進むかも問題になるのだ。
ギルバートはアーネストの方を見るが、思うような答えは帰らなかった。
アーネストにしても、何とか急いで進みたくはある。
しかし肝心の馬車が、この隘路ではなかなか上手く進めない。
せめて馬が、もう少し力強ければ助かるだろう。
しかしこの馬にしても、ダーナではそこそこの馬なのだ。
これ以上の馬は、辺境では探すのも難しいだろう。
「どうにか…
馬の調子を…
ペースや力を上げられ無いかな?」
「無理だろ?
馬車は特製の頑丈な物を使っているが、馬は普通の馬だぞ
それが急に力強く…」
「力強くか…」
「ああ
人間は兎も角…」
「身体強化…とか?」
「え?」
ここでアーネストは、何かを思い出す。
それは騎兵のスキルで、素早く敵に向かって突っ込んで行く物がある。
それを応用して、何とか出来ないかと考えたのだ。
「確か…
騎兵のスキルのチャージ
あれは突進する間は馬も強化されるんだよな?」
「ええ
そうですが…」
「まさか?
チャージを掛け続ける気か?
それこそ無理だろう?」
「だよな」
「ああ
あれは短距離だし、続けては発動しないだろう?」
「ええ
精々が数mから数十mでしょう
それに連続で使えば…」
「疲労で騎兵の方が先に潰れるぞ」
「だよな…
でもチャージを使えば、馬は強化されるんだよな?」
「ああ
それはそうなんだが…
乗っている者がスキルを使えれば、その間だけな」
「その間だけ…か」
結局スキルでは、その間しか効果が無い。
いくら便利なスキルでも、限度はあるのだ。
そのまま走り続けるなど、馬にも人間にも無理なのだ。
「じゃあ、これならどうだ?
御者が身体強化を使えば、馬も強化出来ないか?」
「え?」
「身体強化をですか?」
「馬鹿だなあ
そんな事が…」
「しかし剣でも効果があるんだろう?」
「それは剣だから…」
「それにですよ、一時的に耐久力や切れ味が上がる程度ですよ
剣が強くなる訳では」
「試した事は無いんだろう?」
「え?」
「それは…」
ギルバートはとんでもない思い付きをしたが、確かに試した事は無かった。
武器で試した事はあるが、多少はマシ程度だった。
しかし馬上で身体強化を使う時も、確かに自身の周りに魔力を張り巡らせている。
それを自分だけでなく、馬まで入れると言うのだ。
それを試した者は、未だに居なかった。
「試してみる価値はあるだろう?」
「うーん」
「そうですかねえ…」
「何もやらないよりはマシだろう?」
だが例えそうだとしても、それなら誰がやるのか?
休憩が明けてから、ギルバートが御者台の横に座った。
アーネストの魔力を使う事も考えたが、氷漬けの魔物の事もある。
迂闊に魔力を使って、必要な時に使えなくては困るだろう。
取り敢えずはギルバートが、その実験を試す事にした。
「良いか?」
「はい
ですが急に上げるのは勘弁してください
何が起こるか分かりませんし」
「分かったよ
慎重にやってみるよ」
「お願いしますよ」
ギルバートは頷き、身体強化を少しだけ使ってみる。
全力で掛ければどんな事になるか分からないし、魔力がもたないだろう。
少しだけ力を上げるイメージで、魔力を馬と自分に与える様にイメージしてみる。
それで少しづつだが、魔力が循環し始める。
「お?
どうやら…
魔力は行き渡ったみたいだ」
「では行きますね
はいよー!」
ピシリ!
ヒヒーン
馬が嘶き、馬車が走り出す。
走り出したのだが、明らかに速度が上がっていた。
ほんの少しだが、先ほどよりも早くなっていた。
これは思わぬ発見だった。
「は、早い!」
「凄いぞ
成功だ!」
「あ…
坊っちゃん
申し訳ございませんが、集中してください
強化が解けています」
「あ…」
ブルルル…
強化が解けて、明らかに速度が落ちてしまう。
馬も急に馬車が重くなった様に感じて、不満げに鼻を鳴らした。
どうやら全身だけでなく、馬まで行き渡る様に発動させる必要がある。
そうなれば、使用者は集中する必要があった。
気を取り直して、ギルバートは再び強化を掛けてみる。
今度は先ほどとは違って、一度試したので要領は分かっている。
ゆっくり魔力を流すと、徐々に速度が上がって来る。
先ほどは少し速過ぎたので、今度は調整しながら流す。
無事に馬の足並みは上がり、速度は速くなった。
「これなら、これからの行程は大幅に見直せますよ」
「そうだな」
兵士は感動して、これは移動が楽になると喜んでいた。
そしてそれを見て、ナンディも喜んでいた。
彼等隊商からすれば、移動に時間が掛かる事は、以前から問題に上がっていた。
それで馬車を改造したり、丈夫な馬を買い求めていたりしたのだ。
それが身体強化があれば、今までよりも楽に早く運べる。
「これは革命ですよ!
物流が大きく変わります!」
「そうです…が…」
「ん?
どうしました?」
「いや、向こうは良いんですが、こっちはどうするんです?」
「あ…」
「そうなんだよな
1台だけ早くなってもな」
隊商の御者は只の御者で、当然魔法など使えない。
また冒険者達も、身体強化に関しては満足に使えなかった。
いや兵士ですら、今はまだ武器の効果で少し使えるだけだ。
自前の身体強化を使える者は、他にはアーネストしか居なかった。
「こりゃあ…」
「まいったな」
進みかけたところで、一行は再び止まった。
隊商を置いて行けば、それだけ早く着けそうだ。
だがそれでは隊商に何かあった時に、後味が非常に悪い事になる。
それに他の隊商とすれ違った時に、物資の融通を出来るのはナンディが居たからだ。
出来ればこのまま、一緒に王都まで向かう方が良いのだ。
「どうしますか?」
「出来れば、私達も一緒に行きたいんですがね
こっちは馬車が3台もありますよ
総勢で8台もあるんです
人数が足りませんよ」
ギルバートの方でも、兵士が乗った馬や物資を運ぶ馬車もあるのだ。
それらを残して行くのは、これからの旅に不安があった。
彼等も連れて行くとなると、どうしても人数が足りなくなる。
「うーん」
「せめて身体強化が使えればな
状況は変わるんだが」
「そうだな
ここは…」
アーネストは冒険者達の方を見て、意味ありげに見詰める。
そしてアーネストは、ニヤリと笑顔を浮かべる。
その様子に何か嫌な物を感じて、冒険者達は思わず身震いをする。
そしてその勘は当たっていた。
「な、何ですか?」
「なんだか…
とっても嫌な予感が…」
「なあ
どうせならもう1日ぐらいここに留まり、稽古をしないか?」
「稽古?」
「ああ
身体強化を使える様にする為に、ここで練習するんだ」
「やはり…」
「マジかよ…」
アーネストの提案は簡単なものだった。
戦闘訓練をしながら、武器ではなく自身の魔力で身体強化を維持する訓練をするのだ。
それは一時的な物でも良い。
要は最初の取っ掛かりが出来れば、後は馬車に施しながら慣れれば良いだろう。
そうすれば冒険者の技量も上がるし、移動の速度も上がる。
1日、2日の遅れも取り戻せるし、逆に時間を多く稼げるかも知れない。
「魔力が多そうな冒険者を選んで、身体強化の説明をするよ
その方が効率が良いだろうから」
「頼めるか?」
「ああ
だが、実際の訓練には、ギルにも手伝ってもらうぞ」
「ん?
ああ、そうだな」
魔力を纏いながらの行動をするなら、冒険者なら戦闘の訓練が一番だろう。
それならばと、ギルバートは兵士達にも参加する様に要請した。
そうすれば兵士達の技量も上がるし、ギルバートでなくても出来るようになる。
自身の技量を上げれると聞いて、兵士達もやる気を出していた。
「幸い、食料は多少ではあるが補充出来た
今は魔物も周りに居ないし、ちょうど良いだろう」
「そうだな
しかし、あまり時間は掛けれないぞ
ぶっつけ本番で学んで、早く身に着けてもらわないとな
時間と食料が惜しい」
「それもそうだな…」
アーネストの言い分も尤もだった。
時間が掛かれば掛かるほど、王都への到着が遅れるし、食料もそれだけ多く消費する。
ここは少しでも早く身に着けて、旅の時間を短くしたいのだ。
その為の訓練で時間を掛けて、遅くなっては意味が無いのだ。
「うーん
君とそっちの彼、それから彼女も高めだな」
アーネストが選んだのは前衛の剣士と槍使い、弓を持った女性と後衛の剣士が2人だった。
他にも数名が選ばれて、その様子を他の冒険者が見守る。
彼等も説明は聞いていて、少しでも自分の物にしようとしていた。
それはパーティー全体の底上げになるし、自身の技量を上げれるチャンスだからだ。
「諸君は運が良いぞ
王都ではまだ、この身体強化は広まっていない」
「そうみたいですね
しかしオレ達冒険者では…」
「そこも運が良かったな
ダーナでも現在では、数名の選ばれた冒険者にしか教えていない」
「そこなんですよ
オレ達はまだⅮランクで…」
「教えてもらえないんですよね」
「それは危険だからさ」
「え?」
「危険?」
それは二重の意味で、危険だと判断されていた。
先ずは冒険者の、素行の問題である。
高位の冒険者ともなれば、普段から注目を集める事となる。
それで悪い素行も、いつの間にか改善されている。
しかし低ランクの冒険者では、まだまだそこまで指導はされない。
いつ命を落とすか分からないのだ。
多少の我儘は、大目に見られているのだ。
だからこそ低ランクの冒険者に、過度の力を与えるのは危険だと判断されている。
その力を誤った事に、使わせてはいけないからだ。
もう一つの危険は、身体強化に身体が耐えられるかだ。
本来ならば、時間を掛けてゆっくり指導すべきなのだ。
そして高位の冒険者ならば、多少の無茶も耐えられる。
だからこそ高位の冒険者だけに、身体強化を教えていたのだ。
アーネストは先ず、その事を説明する。
「へえ…」
「それじゃあオレ達は、ギルドに信用されていないと?」
「そこまででは無いだろう?
事実君達は、今回の護衛に選ばれている
これは重要な任務なんだ」
「だったら何故?」
「さっきも言っただろう?
身体にも負担があるんだ
危険なんだよ」
「危険って…
具体的には何が危険なんですか?」
アーネストは少し考えてから、足元の木の枝を手にする。
「この枝が君達だとする…」
「そんな細っこい枝だなんて…」
「いくらオレ達でも…」
「まあまあ
その辺りは適当に…
嫌ならもう少し太い枝でも良いんだが…
この方が分かり易いからね」
アーネストはそう言って、枝を軽く振り回す。
「身体強化って、こんな感じだ」
「え?」
「それってどういう意味なんですか?」
「まあ黙って聞いていなよ
次にもう少し強い身体強化を…」
アーネストは力任せに、木の枝を振り回す。
アーネストの力でも、細い木の枝だった。
力任せに振り回せば、それは途中から折れてしまう。
「これが無理な身体強化を行った結果だ」
「結果って…」
「そんな細っこい枝なら、簡単に折れるんじゃあ…」
「そうかい?
それなら見方を変えるかな」
「え?」
アーネストは、今度はもう少し大きな枝を拾った。
それに先ほどとそう変わらない、細い枝も拾った。
そして太い方の枝で、細い枝を叩き折った。
当然太い枝なので、簡単に細い枝を叩き折れる。
「それが?」
「こっちが君達にしよう」
「太い方がオレ達なのか?」
「ああ
そしてこっちの細い方が…
街の市民という事にしよう」
「え?」
「あ!
まさか…」
「そう
そのまさかだ
危険性が分ったかい?」
アーネストの例えは、太い枝の冒険者達が細い枝の市民を折った事になる。
それは身体強化をすれば、それだけ危険だという示唆である。
勿論注意していれば、その様な事は起こらない。
しかしそこまで若い冒険者達は、注意深くは無いのだ。
一般市民に対して、油断して身体強化のままで接してしまう。
それがこの様な、大きな事故に繋がるのだ。
「つまりオレ達が…」
「一般市民を傷付けると?」
「ふざけるな!」
「ふざけていないさ
身体強化をしている事を忘れて、軽く肩を叩いたら…
どうなると思う?」
「あ…」
「そういう事か!」
「それはマズいな…」
「確かに危険だ」
「分かってくれたかい?」
「はい」
「オレ達が間違っていました」
こうして冒険者が納得したところで、アーネストの説明が始まる。
「先ずは身体強化なんだけど…
これは実際は、魔法とは言えないかな」
「え?」
「これは魔力がある程度有る者では、無意識に使っている事なんだ」
「そうなのか?」
「ああ
無意識に振るった剣が、昨日よりも軽い事が無いか?」
剣士は話を振られて、そういえばと考える。
確かに体調が万全な時に、偶に調子よく剣が振れる時があった。
それは剣に限らず、歩く速度や壁を登ったりする時にもある筈だ。
身体に力が漲り、いつもよりやれる気がする。
そんな時に実力が発揮出来るのが、魔力が充実して身体を強化しているからなのだと。
アーネストの説明はそう続いていた。
「全身に力が漲り、普段は出来ない様な事も出来る
それは調子が良いのもあるが、魔力が充実して全身に行き渡っているからだ」
「そう…なのか?」
「ああ
だからそうした全身に魔力を行き渡らせる事を意識して…
そうすれば出来る様になる…筈だ
それが身体強化だ」
「筈だって?」
「そんないい加減な」
「仕方が無いだろう?
個人で感覚が違うんだ
これでも分かり易い方の説明だぞ?」
「分かり易い?」
「ああ
魔力量と身体の強化バランスに関する公式とか…
そんな話を聞きたいか?」
「え?」
「あ…」
「うう…
聞きたくありません」
「よろしい」
説明は簡単だった。
簡単にしか説明出来なかった。
冒険者相手では、あまり複雑な話は出来ないのだ。
だが実際にそれをやるのは、思ったより簡単ではない。
「先ずは基礎から
魔力循環を覚えてもらおう」
「魔力循環?」
「何だそれは?」
「循環ってのは、水の流れみたいな物かな
川に水が流れて、やがて海に入る
それから雨になって、再び地面に降り注ぐ
それが川に流れ込んで…
ってそういう事だ」
「ふうん…」
「つまり自分の魔力を、どこかからどこかへ流すって事か?」
「そう
そして流した魔力を、再び身体に戻すんだ」
「ふうん
簡単そうだな」
「果たしてそうかな?」
アーネストはそう言うと、魔法で宙に水の玉を出して見せる。
それを器用に動かして、細長く伸ばしたりする。
「これが魔力だとする
先ずは…
こういう風に、魔力が全身を流れていると思ってくれ」
これは魔法使いの基礎で、魔力が何たるかを可視させる為の実演だ。
魔力を水に例えて、身体の中に流れていると認識させる。
細くした水は、上から下へと移動する。
「魔力は…ここ
下半身のお臍の辺りから生み出されている」
アーネストはそう言って、自身の臍の下の辺りを指差す。
これは本当は嘘なのだが、分かり易い感覚を掴む為に初心者にはこうして教えている。
実際は大気中に充満していて、呼吸の様に全身で魔力を取り込んでいるのだ。
それを体内で纏めて、魔力として力に変換するのだ。
その際に呪文を唱えて、手や指定の身体の部位に集めて魔法として発動させる。
今回は身体強化なので、魔力を全身に行き渡らせるイメージで巡らせる。
それによって身体が活性化されて、力が上がったり耐性が高まるのだ。
だから厳密には、これは魔法では無いのだ。
「こう…
水が流れる様に、魔力を全身に流す
そうすれば全体に魔力が行き渡るんだ
後は力にして出したり、攻撃を防ぐイメージで強化が出来る」
「いや、無理だって
そもそも全身に水が流れるってなんだ?」
「あ!
私は分かるかも?」
剣士の抗議に、女性の弓使いが反論する。
「それって水浴びと同じじゃない?
頭から足先まで、水が流れて行く…」
「そうだな
確かにそれがイメージし易いかも
ただ足先からまた頭に戻って行く事もイメージ出来ないと、足から漏れて行くぞ」
「あ…
そうか」
しかし女性の言葉が効いたのか、全員が一応の納得をしていた。
これで魔力が流れるイメージは、おおよそ理解が出来た。
次はこれを、任意で自分の魔力でするのだ。
それがなかなか難しかったりする。
「先ずは二人ずつになって、互いの手を握って」
みなが指示に従って、両手を繋いで向かい合った。
これも初心者向けの訓練で、互いに魔力を送り合う訓練だ。
慣れればこれだけでも、魔力の強化を訓練出来る。
ただしやる際には、同じぐらいの魔力量である事が重要だ。
片方が膨大だと、一方的に送られる事になる。
だからアーネストは、この訓練を行えないでいた。
「そのまま右手から力を放出するイメージを…
そして左手から受け取るイメージをして」
「こう…か?」
「ん?
何か変な…感じが」
「うわっ!
何だか入って来る」
「目を瞑った方がやり易いかな?
慣れたら簡単な事だぞ
それで魔力を流す訓練をして、互いの魔力を高めるんだ」
初心者向けの訓練なので、そうは難しくは無かった。
これで使われた魔力も、当然総量を使用した事になる。
上手く繰り返す事が出来れば、少ない魔力で訓練が出来る。
だから魔力が少ない魔術師は、先ずは念入りにこの訓練を行う事になる。
「よし
みんな出来ている様だな」
夕日が沈み始める頃には、全員が何となくではあるが、魔力の流れを実感出来ていた。
アーネストは慣れてきたのを見て、今度は逆に回す様に指示する。
左手から出して、右手で受け止める。
その流れが逆になった事で、より魔力を体感出来て流せた。
「おお…」
「本当だ
何か温かい様な…流れが…」
「これが魔力か…」
手が空いている者達で野営の準備は進められて、その間も訓練は続く。
魔力の流れが体感出来たところで、今度は自身の体内の中で流れを作る。
これは少し難しかった様で、意味は理解出来ても実戦は上手く行かなかった。
先の様に、他人に送り込むのとは訳が違うのだ。
「うう…」
「よく分からないな」
「私も
上から下は出来るけど、足から頭ってのが…」
全員が目を瞑って、突っ立ってうんうんと唸っている。
その光景は異様で、傍から見たら不気味な姿に見えていた。
夕食の準備が出来る頃には、彼等は魔力を使い果たしていた。
体内を巡らせるだけなのだが、基礎魔力が高いとはいえ外へ漏れて出て行く。
それで少しづつ魔力を浪費して行くので、すっかり魔力枯渇に陥っていたのだ。
思わぬ魔力枯渇に、全員が倒れて唸り声を上げている。
「ああ…」
「うう…」
酷い頭痛と倦怠感で、訓練を受けた者達は顔面蒼白になっていた。
これがしっかりと睡眠を取れれば、翌日には回復して基礎魔力も少しだが上がるだろう。
見張りは他の者が担当して、訓練を受けた者達はぐっすりと眠っていた。
まだまだ続きます。
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