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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第146話

馬車は野営地を抜けて、険しい山道を登って行く

そこには細い隘路が続き、上に向かって伸びている

ここを登れば、やがて山脈に入って行けるだろう

馬車は上を目指して、ゆっくりと隘路を登って行った


ギルバート達は、馬車の中で話をしていた

それは昨晩の事と、フランドールの事であった

馬車の中には、ナンディも同乗していた

それでナンディは、どうしてフランドールが狙うのかギルバートに聞いて来た


「それで坊っちゃん

 どうしてフランドール様はあなたを狙うんですか?」

「それは…」

「ナンディ

 ここで話した事は、王都まで秘密だぞ」

「秘密ですか?

 それは重要な事なのですか?」

「ああ

 聞くからには、秘密を守ってもらう必要がある」

「そうですか…」


ナンディは、暫く考え込んでいた。

話しを聞いてみたいが、それには秘密を守る必要がある。

出来得る事ならば、このまま聞かない方が良いのだろう。

しかし彼は、好奇心に負けて聞く事にする。

頷いてから、彼はアーネストに問うて来た。


「分かりました

 私も商人です

 守秘義務は守ります」

「守秘義務って?」

「秘密を守るって事だ

 商人の間では、儲けに関する秘密を守る決まりごとがある

 それが守秘義務ってヤツだ」

「なるほど…」

「それで?

 どういった経緯なんです?」

「そうだなあ…」


今度はアーネストが、少し考え込んでいた。

しかし意を決したのか、彼は話しを始める。

ここで下手に隠しても、いずれは王都で公開される事なのだ。

今は下手に秘密にするよりも、ナンディに全てを話して味方になってもらった方が良いだろう。


「ナンディ

 ギルが王太子なのは…」

「聞いております

 なんでも王都に着くまでは、秘密にしておけと…

 ギルド長から伺っております」

「うむ

 ガンドフが話したんだな」

「ええ

 今回の件に関わるに当たって…

 これだけは知っておいて欲しいと」

「賢明な判断だな」


商工ギルドのギルド長、ガンドフはナンディを信用していた。

それでハリスに、王都に向かう旅の同行を勧めて来た。

それは良い判断だったと思う。

ナンディはギルド長の期待通り、ギルバートに協力的であった。

それもこれも、彼が王太子だと知っていたからだ。


「それではギルが…」

「ええ

 亡くなられたアルフリート殿下その人だと…

 そう伺っております」

「そうか

 そこまで知っているのか」

「その事はフランドール様は?」

「ああ

 知っている」

「そうですか…

 それなのに彼は…」

「ああ

 ギルをダモンに売り飛ばしたんだ」

「そうですねえ

 何でまた…」

「そこなんだがな…」


ここでアーネストは、自身の勘で話を進める。

あくまでもフランドールからは、詳しい事は聞いていない。

しかし彼の話しから、ある程度の推測はしていた。


「フランドール殿は、ガモン商会の息子…

 それは間違い無い」

「ええ

 恐らく間違い無いでしょう

 王都での噂と、彼の養子になった時期

 それらを考えても…」

「そうだな

 間違い無いとみて問題無いだろう」

「そうですか…

 彼があのガモンの…

 そう考えれば、ダモンに協力するのも…」

「いいや

 それは違うぞ」

「え?」


ナンディはフランドールが、ダモンの兄弟だから助けていると考えた。

しかしアーネストは、それは違うと思っていた。

それはフランドールが、彼等の事を恨んでいたからだ。

彼は父親の事を話す時に、あいつと呼んでいた。

そして捨てられた事を、今でも許していなかった。


「ナンディ

 彼は今でも、父親の事を恨んでいるんだ

 協力なんてあり得ない」

「それじゃあ何で?

 何でこんな事を?」

「彼はギルの事を恐れている」

「恐れて?

 それは何故です?」

「それは…」

「オレの力が怖いんだろう

 確かに…

 怖いのかもな」

「ギル…」

「坊っちゃん…」


ギルバートは、昨晩の事を思い出していた。

奴隷にされた少年少女達は、ギルバートの事を恐れていた。

鎖を引き千切って逃げろと言ったのに、彼等は逃げ出さなかった。

ギルバートの事を恐れて、震えて蹲ってしまっていた。

その事が、ギルバートの心を暗くしていた。


「ギル

 こう言うのはなんだが…」

「そうですよ

 気にしない方が良いです

 彼等は坊っちゃんを怖がったのでは無く、ダモンを恐れていたのでしょう」

「それは無いだろう

 オレの方を見て震えていたんだ」

「ギル…

 そんなに自分を責めるなよ」

「そうですぞ

 原因はダモンのしてきた事ですよ

 夜伽を強要するなんて…」

「そのよとぎってのは…」

「ギル

 それはいずれゆっくりと説明するから…」

「何でです?

 それぐらい教えても…」

「そうだよ

 何で教えてくれないんだ?」

「それは…」


アーネストは、何とか話題を変えたかった。

ギルバートは恐らく、男女の秘め事など知らないだろう。

だからここで、下手な知識を教えたくなかった。

変に知ってしまえば、悪影響が出そうだからだ。


「ナンディ

 ギルはまだ知らないんだ」

「知らないって…

 まさかアルベルト様は?」

「ああ

 教えていないんだ」

「はあ…」

「なあ

 おい!」

「アルベルト様が、キチンと教えていれば…」

「そうですなあ…」

「何を知らないって?」

「ああ

 知る必要がある事を、アルベルト様が教えていなかったんだ

 だから問題があるんだよ」

「え?」

「そうですなあ

 ここで変な事を教えるよりは…」

「ああ

 正しい知識を、時間を掛けて学ぶ必要がある」

「え?

 そんなに難しい事なのか?」

「ええ

 そうですねえ…」

「ああ

 人生に於いて、最重要な事なんだ

 それを教えていないなんて…」

「え?

 そんなに問題のある事なのか?」

「ええ」

「ああ」


ナンディもアーネストも、真剣な表情で頷いた。

確かに男女の秘め事は、重要な事なのだろう。

そして時間を掛けて、じっくりと知る必要があるのだ。

変に中途半端な知識を得ると、誤ってしまう恐れもあるのだ。

ここは下手に教えずに、王都でしっかりと学ばせる必要があるだろう。


「ここでは…

 なあ」

「そうですねえ」

「そうなのか?

 それじゃあオレは…」

「王都まで我慢しろ

 王都でなら、国王様が何とかしてくれる」

「そうですな

 国王様なら…」

「ぷっ

 くくく…」

「国王様に頼むとか…」

「そこ!

 笑わない」

「そうですぞ

 これはデリケートな問題なんです」

「それはそうなんだが…」

「なあ」


兵士達は話を聞いて、吹き出しそうなのを堪えていた。

確かに横から聞いていれば、大袈裟な話しだった。

しかし変に教えるよりも、国王に任せた方が良いだろう。

彼が本当の父親だし、こういうのは親が教える事なのだ。


「それよりも…」

「そうですね

 話が逸れてしまいました」

「フランドール殿が、ギルの事を怖がっている…

 これは間違いが無い事実だ」

「しかし何でです?」

「それは皇家の血のせいだ

 皇家の者達は、人並み外れた力を持っていた

 それは今でも同じだ」

「皇家?

 まさか!」

「ああ

 そのまさかだ」

「なあ

 その皇家って…」

「お前は王族の血を引いている

 そしてそれは、帝国の皇家の血筋でもあるんだ」

「帝国?」

「ああ

 ハルバート様は、元々は帝国の貴族である

 それは知っているな」

「ああ」

「そしてその貴族とは、今のハルバート様とアルベルト様の様な関係だったんだ」

「ん?」


ハルバートは帝国の貴族であり、皇帝の親族でもあった。

だからハルバートにも、皇家の血が流れている。

そして皇家の血には、大きな秘密が隠されている。

アーネストはそう信じていた。


「つまりハルバート様は、皇帝の親族でもあるんだ」

「それって…」

「皇帝の継承権もあるって事だ」

「そうですなあ

 まあ順位は低いでしょうが…」

「力もあって、それほどの地位も保証されている

 フランドール殿にとっては、脅威だろうな」

「なるほど

 そういう事ですか」


フランドールからすれば、ギルバートは雲の上の様な存在である。

それが目の前に居て、これから王都に向かおうとしている。

それが彼には許せない事だったのだ。

彼は嫉妬に駆られて、ギルバートを貶めようとしていた。


「つまりは嫉妬ですな」

「ああ

 そういう事だ」

「嫉妬?

 フランドール殿がか?」

「ああ」

「信じられない

 オレとしては、フランドール殿の方が色々と持っている様に見えるが?」

「そうは言ってもな

 力はギルの方が上だろう?」

「ああ」

「そして王太子だろう?」

「そうらしいな」

「その上皇家の血も流れている」

「それは本当なのか?」

「間違い無い

 ベヘモットもそう言っていたからな」

「そうか…

 しかしそんな事で?」

「そんな事だからだ

 あれは持たざる者が、持つ者を羨望する視線だったぞ」

「羨望…ねえ」


ギルバートからは、その気持ちは理解出来なかった。

理解出来ないからこそ、なおさらフランドールは許せないのだ。

持っているからこそ、その様な余裕があるのだ。

そして持たない者は、嫉妬の炎を胸に燃え上がらせるのだ。


「しかしそんな事で…

 って言ったら余計に怒るのか?」

「そうだろうな

 持っていない者からすれば、それは羨望する様な物なんだ

 そして持っていないからこそ、持つ者に深く暗い情念を向けるんだ」

「そうなのか…」

「理由は分かりましたが…

 それでどうして、坊っちゃんの事を報せたんでしょう?」

「ここからはオレの推測なんだけどな」

「ええ

 それで構いません」

「ああ

 フランドール殿は、ギルを捕らえさせようとしていた」

「それは分っています

 しかし何の為になんです?」

「それはフランドール殿が、ここを攻めようと考えている…」

「馬鹿な

 そんな事をすれば…」

「そうだぞ

 それこそ反逆行為になるだろう?

 アーネストもそれで、父上が動けなかったって…」

「そうなんだよな

 フランドール殿が、そこを見落とすとは思えないんだ

 しかし考えれる事は、ギルを救出するという名目で攻め込もうとしている…

 それぐらいしか無いんだ」

「確かに…

 そう考えれば腑に落ちますが…

 ですがそれで、そこまでしますか?」


フランドールの立場から考えれば、確かにこのノルドの街を狙っていると考えられるだろう。

しかし王国に反抗してまで、この街を狙う意味があるのだろうか?

個人的な恨みは、彼等にはあるのだろう。

しかし王国を敵に回してまで、それをする意味があるのか?

そう考えれば、とてもする意味があるとは思えない。


「どうなんでしょう?

 そこまでするんでしょうか?」

「さあな

 でも…

 もしそうなら…」

「案外子供なんだな」

「ぷっ」

「坊っちゃん

 それは酷いですよ」

「だってそうだろう?

 怖いから…

 負けたくないから人質に出す?

 それで助けて、恩でも売ろうって事なのか?」

「それは…」

「あり得るのか?」

「ううん…」


どう考えても、子供じみた理由である。

しかしその子供じみた理由で、彼は戦争を仕掛けようとしているのだ。


「街の者達には、迷惑な話だな」

「そうですな…」

「この街の者達にしても、迷惑な話だろう

 なんせダモンの欲望の為に、奴隷まで取られて…」

「そうですな

 奴隷の件は、国王様には?」

「報告するつもりだ

 許される事では無い」

「でしょうな

 それで?

 フランドール殿の方はどうされます?」

「そっちは…」

「まだ確証が無いからな」

「ああ」

「一応報告はするけど、攻め込むかは分からないからな」

「向こうに着く頃には、何らかの動きがあるだろう?」

「冬が近いのにか?」

「でも、兵を集めているんだろう?」

「そうだなあ…」


森に囲まれているとはいえ、この街も山脈の影響を受ける。

冬になれば、山脈からの吹き下ろしで冷たい風が吹き荒れるだろう。

そうなってしまえば、攻め込む事も困難になる。

それまでに決着を付けるには、今のダーナの兵力では難しいだろう。


「いずれにせよ、先ずは王都に無事に着く事が重要だ

 後はそれからの事だろう」

「そうだな

 報告をするにしても、王都に入らなければな」

「分かりました

 それまでは不肖、このナンディが手助けします

 無事に王都を目指しましょう」

「ああ

 頼んだよ」

「はい

 お任せください」


ナンディとしては、ここは王太子に恩を売っておきたかった。

それで何か得をする目的では無く、純粋に若い王子を応援したいのだ。

これまでの行動を見て、彼ならこれからの王国を任せられる。

そう感じているから、応援したいのだ。


「先ずはこの先の…」

「この先に何があるんだ?」

「険しい崖が続くんだ」

「崖が?」

「ええ

 それはもう、厳しい道が続きますので…

 暫くは昼の間に移動します

 暗くなれば、足元が危険ですから」

「そうか…」


この先の道は、危険な崖の多い道になっている。

だから進むのも、昼間だけ進む事になる。

暗くなってから進むのは、崖が見え難くて危険なのだ。


「それから…

 これは未確認なんですが、魔物も居ます」

「そうだな

 魔物が増えている今、ここにも当然居るだろうな」

「魔物か…

 コボルトやゴブリンか?」

「いいえ」

「違うぞ

 確か山脈には、昔からオオトカゲが住んでいるよな」

「ええ

 それと死霊も出るとか」

「死霊か…

 亡くなった者達か?」

「でしょうね」


険しい山脈で、足を滑らして滑落する者もいるだろう。

崖で足を滑らせたり、魔物に殺される者もいるだろう。

そういった者達が、死に切れなくて死霊となる。

ナンディの話が本当なら、そういった者達が迷い出るのだろう。


「なあ

 近道は無いのか?」

「馬車で進みますので…

 無理でしょうな」

「しかし時間が掛かるぞ」

「致し方無いでしょう?」

「しかしこれは…

 大変だなあ」

「ええ

 これでもマシにはなったんですよ

 昔は徒歩でよじ登っていたそうですから」

「よじ登って…」

「ええ

 それを徒歩で登った者達が、少しずつ崖を削って行ったんです

 ですから昔と比べれば…」

「これでも楽になった方なのか」

「ええ」


ギルバートは言われて、思わず横の壁面を見る。

ここはまだでこぼこが多くて登れそうだが、上の方は凹凸も少なくて切り立った岸壁も見える。

あれを登るとなると、例え身体強化が使えても厳しいだろう。

しかも距離からみて、1日2日で登れそうには見えなかった。

それに休めそうな場所も見えない事から、そのまま登らないと越せないだろう。

開けた場所に出るまでは、一気に崖を攀じ登らなければならないのだ。


「無理…」

「だな」


馬車の道はそこを避ける様に、大きく迂回して違う山へと向かっている。

そうやって登れそうな場所を繋いで、少しずつ少しずつ上へ奥へと向かって行くのだ。

そうして通れる道を作って、少しずつ繋いで行く。

昔の人が頑張ったから、ここまでの道が出来上がったのだ。

これよりも楽な道となれば、この先の者達の開拓が必要になるだろう。


「で?

 今日はあとどのくらい昇るんだい?」

「あそこまでです」


それはそんなに離れている様には見えない、少し上の開けた場所だった。

しかし目で見た距離と、現実の距離は違っている。

そこまで向かって行くのに、グネグネと大回りの隘路を進んで行く。


「え?

 あんなに近くの?」

「そうでも無いですよ

 あそこまででも30㎞ぐらいありますし、高さも10mも上がるんですから」

「10m…」


10mと聞けば、そんなに高くは感じない。

しかし山を登る山道で考えれば、それなりの高さにはなる。

1日に70㎞ぐらいを進み、標高も20mぐらい上がるのがやっとなのだ。

それほどに竜の背骨山脈は、険しく超えにくい山であった。


「随分とゆっくりに感じるんだが、それでも2週間ぐらいで越えれるのか?」

「ええ

 寧ろ早く着く様に、距離は長めにしています

 本来ならもう少し休みながら進みますからね」

「そうなのか…」


馬車で進むのだから、当然馬が疲れてしまう。

だからあまり長い距離を進むのは、馬の負担になってしまうのだ。

それでも事態を重く見ているので、少しでも距離を稼ぐと言うのだ。

あまりゆっくりしていては、街からの追っ手も迫って来るだろう。


「これでも馬に負担が掛かりますからね」

「そうか

 人の代わりに、馬に負担が…」

「ええ

 ですから野営の時には、馬をよく労ってください」

「ああ

 そうするよ」


ギルバートはブラッシングもだが、蹄や(くつわ)の調子も見てやろうと思った。

少しでも馬に負担が掛からない様にする為だ。

本来は砦に入り、街で2、3日ぐらいは休息出来たのだ。

それを取りやめてまで、こうして登って来たのだ。

それぐらいはしてやらないと、急がせた馬が可哀想だろう。


それから岩肌の多い隘路を登り、馬車はゆっくりと進んで行く。

スピードこそ遅くはなったが、その分勾配はきつくなり、馬への負担も大きくなってきた。

冒険者達の乗る馬も、苦しそうに引かれて登っている。

この辺りに来れば、馬に乗って登るには厳しい勾配になっている。

だから冒険者達も、馬から降りて引いて登っているのだ。


「こうなると、やはり魔物1匹は大きかったのかな?」

「そうだなあ

 専用の馬車にしているからな」

「まあ、仕方が無いでしょうな

 なんせ国王様への献上品ですから」


アーマード・ボアの遺骸を、アーネストが凍らせている。

それを1台の馬車に載せて、時々アーネストが確認している。

今は涼しくなっているので、そこまでは氷を張り直さなくても大丈夫だった。

それでも少しずつ、氷が解けていた。


氷が解けた水が、馬車の外壁を濡らしている。

あまり無理な動かし方をすると、濡れた外壁が壊れてしまうだろう。

馬車を動かす御者も、注意して馬車を進めていた。


「そうだよな

 仕様が無いんだ

 国王様に献上するんだ、まさか肉だけにする訳にもいくまい?」

「ああ

 そうだよな」


アーネストの言い分も尤もだ。

その為にフランドールと揉めたのだし、その後にもう1匹狩る事になったのだ。

無事にそれなりの大きさの獲物が狩れたのは、幸いだったと言える。

しかし大きな猪の魔物は、大型の馬車でも運ぶのが困難だった。


「馬が大分苦しそうだな」

「ああ

 今日はやはり、あそこの野営地までが限界だろう」

「ええ

 あそこで野営にしましょう」


時刻はまだ、夕刻になったばかりである。

日の傾きから5時過ぎと思われたが、肝心の馬の歩みが遅くなってきていた。

残りの数百mを、ギルバート達も馬車を降りて後ろから押す事となった。

そうしてようやく、辺りが暗くなる頃に野営地に到着した。


「はあはあ」

「ふうふう」

「これはキツイ…」

「しかし、何とか登れた…」


ギルバートも息が上がっていたが、直ちに周囲の様子を見回す。

幸いにも魔物は居なくて、周囲にも気配は感じられない。

アーネストも息を整えると、索敵魔法で周囲を調べ始めた。

周囲には魔物を示す様な、魔力の大きい生き物は居なかった。


「坊っちゃん

 申し訳ありません」

「すぐに野営の準備に掛かりますので…」

「そんなに急がなくても良いぞ

 どうせもう進めないんだ」


兵士達が周囲の偵察を終えて、野営地に引き返して来た。

これまでとは違って、ここは遮蔽物になる物が無い。

だから魔物の発見も容易だが、同時に魔物からも無防備になってしまう。

遠目からにも焚火をしていれば、簡単に発見されてしまうだろう。

しかし初秋とは言え、ここは標高が高くなっている。

焚火をしなければ、寒くて夜は明かせないだろう。


「しかし冷え込んでいます」

「汗を搔いた後ですし…」

「良いんだ

 君達には警戒の仕事があるし、それに二人が降りた方が馬車にも負担が少ない」

「そうだよ

 その分、周囲の警戒は十分にしてくれよ」

「はい」


兵士達は返事を返すと、すぐに集めた枯れ枝を組み始めた。

隊商の方でも冒険者達が集まり、焚火と天幕の準備を始める。

ギルバートは約束通り、馬たちを馬車から外して側の岩に括った。

それからアーネストに水を出してもらって、馬の世話を始める。


彼等は邸宅に居た時から面倒を見ていて、行軍の際にも世話になっていた。

優しく声を掛けつつ、1頭1頭にブラッシングをしてやる。

冷たい水で洗ってやりながらなので、馬も気持ち良さそうに声を上げていた。


ブルルル

「そうかそうか

 気持ち良いか

 頑張ったもんな」


ブラッシングが終わったら、積んであったニンジンやイモを持って来て手ずからに与える。

ギルバートが、そうして馬の世話をしている間に、アーネストは焚火に火を点けていた。

周囲が焚火の火に照らされて、暖かい空気が流れる。

そうして兵士達が鍋を用意すると、洗った野菜と野草が放り込まれた。


町での補充が出来なかったので、あまり多くの食材が残っていない。

ここから先は山脈に入るので、自生の野草や野菜も少なくなるだろう。

誰も何も言わなかったが、食材の確保も重要になりそうであった。


いざとなったら…


ギルバートは、氷漬けにしたアーマード・ボアを見る。

ここで食べれる魔物や、野生の熊や猪が見付かれば良いが、そうでなければ食材が尽きるだろう。

そうなれば、このアーマード・ボアを解体するしかない。

出来ればそうならない様に、明日からは魔物の索敵もしなければならない。


ギルバートはそう思いながら、アーネストの方を見ていた。

魔物を探すとなれば、この友の魔法が重要になる。

明日からの事を考えると、食べられる魔物が現れる事を祈るしか無い。

そんな都合の良い願いを、女神が叶えてくれるとは思えなかったが…。

ギルバートは女神に祈るのであった。

まだまだ続きます。

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