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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第143話

ダーナの街から東に向かい、ノルドの森の奥深くに分け入る

公道を抜けた先には、砦に囲まれた小さな街があった

そこはダモンという貴族が、勝手に作り上げた自治領であった

彼は自身が守る、砦に街を作ったのだ


王都に向かうギルバート達は、この砦の街に訪れていた

竜の背骨山脈を越える為には、この街の関所を抜ける必要があるのだ

それでギルバート達は、関所を抜けた先にある街に入っていた

そして隊商のリーダーの行き付けの宿に泊まっていた


夜も更けた頃に、不意に部屋に煙が入り込む。

それは意識を失わせる、特殊な煙であった。

それでギルバートは、まんまとダモンの兵士の手に落ちてしまった。

彼は兵士に連れられて、ダモンの寝室へと連れて行かれた。


「くふふふ

 こっちは武器屋のベンを殺した時の収穫

 こっちは商人のアエリナから奪った彫像

 そしてこっちは…」


その寝室には、ダモンが集めた収集物がかざられていた。

それは大小様々で、雑多に置かれていた。

どうやら奪って来た戦利品の様で、その自慢の為に飾っている様だった。

そしてその戦利品には、物品以外のものもあった。


「ああ

 それもワシの戦利品じゃ

 ベンの娘に…

 ジョンの息子

 いずれも見目の可愛い子供ばかりじゃ」


それはギルバートよりも幼い、見目の良い少年少女達である。

彼等に首輪をはめて、拘束しているのだ。


「いずれもワシに逆らった奴等から奪った…

 ワシに逆らう事を思い知らさせて、その上で奪った戦利品じゃ」


ダモンはそう言って、そのも達を殺した事を示唆していた。

自分の気に入らない者達を、殺して物や子供達を奪う。

そうして寝室に飾って、自慢して悦に入っていたのだ。

特に見目の良い少年少女を選んでいるのには、他にも理由があった。


「くはははは

 貴様もこいつ等と同じ様に、ワシの奴隷としてやる

 そして毎晩の様に、夜伽で可愛がってやるぞ

 じゅるじゅる」


ギルバートは理解していなかったが、ダモンは夜伽もさせていた。

それも少女だけでは無く、少年にも強要していた。

その為に見目の良い少年少女を狙い、その親を殺して奴隷にしていた。

ギルバートを狙ったのは、あくまでもアルベルトの息子であったからだ。

しかしギルバートの見た目を気に入り、彼は奴隷にしようと考えていた。


「くはははは

 貴様は今日から、ワシの奴隷となったのじゃ」

「な、なんだと?

 奴隷?

 王国の法では奴隷は…」

「何が王国の法じゃ

 間も無くワシ等ガモン一族が、この国を治めるのじゃ

 そんな法なんぞ関係無いわ」


クリサリス聖教王国では、奴隷を認めていなかった。

しかしダモンは、これだけの奴隷を集めていた。

しかも国王を倒して、王国を乗っ取ろうと考えている様である。

ダモンはギルバートを、拘束したので安心して話していた。


それはギルバートの見た目が、まだ子供なのも関係しているのだろう。

首輪をはめた事で、逆らえないと考えているのだ。

それで彼は、安心してベラベラと喋っていた。

ダモンは既に、ギルバートを支配していると思っていた。


「くそっ

 奴隷なんて認めないぞ」

「くはははは

 だったらどうだと言うのだ?

 ん?」

ジャラジャラ!


ダモンは良い気になって、鎖をジャラジャラ鳴らす。

ギルバートは悔しそうに、ダモンを睨んでいた。

このままでは、ギルバートは奴隷にされるだろう。

しかもよく分からないが、夜伽とやらもされるらしい。

ギルバートは嫌悪感に、顔を顰める。


「彼等を放せ!

 解放しろ!」

「い・や・だ

 何で貴様の言う事を聞かねばならない?」

「奴隷は違法だろう」

「だから?」

「な?

 違法な事をしているんだろう?」

「だからどうした?

 ここではワシが主じゃ

 貴様の言う事を聞く必要は無い」

「な…

 貴様は父上の下の貴族なんだろうが」

「はあ?

 ワシがアルベルトに劣るじゃと?

 アホな事を抜かすな

 ワシの方が偉大な人間なのじゃ

 それが証拠に、あれは魔物に殺されたじゃろうが」

「な!

 き、貴様!」

「うるさい

 黙ってろ」

ジャラジャラ!


再びダモンは、鎖を引いてギルバートを引き倒そうとした。

しかし今度は、何故かビクともしなかった。

ギルバートはそのまま、ダモンを睨み付けていた。


「あん?

 何で倒れない?」

「ふん

 いい加減に飽きてきたからな」

「はあ?」

「あのさあ

 オレがそんな簡単に捕まると思っていたのか?」

「あん?」

ジャラッ!


ダモンは鎖を引くが、ビクともしなかった。

それも首を絞めている筈なのに、ギルバートは平気な顔をしていた。

それが理解出来なくて、ダモンはポカンとした表情になる。


「そもそも、お前が優秀だと?

 馬鹿な事を言うな」

「な!

 生意気な

 この小僧が!」

ジャラッ!

ギギギギ…!


ダモンは思い切り、鎖を引いてみる。

しかし鎖はビクともせず、ギルバートは微動だにしない。

まるで壁の鎖を引いた様に、ビクともしないのだ。

ダモンは理解出来ずに、何度も鎖を引く。

しかし鎖は、音は立てるが動く事は無かった。


「何故だ!

 何で動かない?」

「ふん」

ジャラジャラ!

ジャラッ!


ダモンはここに来て、事態の異様さに焦りを感じる。

今まではこの鎖で、捕らえた者達を従えて来たのだ。

しかしギルバートは、鎖を引いてもびくともしない。

まるでそれが無意味だと言わんばかりに、平然としているのだ。


「そ、そんな馬鹿な事があるか!

 何で倒れない?」

「はあ…

 この程度でどうにかなると思ったのか?」

「なに?」

ドーン!

ズズン!


ギルバートが言うと同時に、何処かで何かが爆発する様な音がする。

宿を放火した筈だが、ここから宿までは距離がある。

それに火を付けただけでは、爆発する事は無いだろう。

爆発は他に、何か爆発する様な事が起こっているからだろう。


「な、何じゃ?」

「頃合いか…」

「な?」

「やれやれ

 ふん」

バキン!

ガランガラン!


ギルバートは首輪を持つと、力任せに一部を砕いた。

それはいとも容易く、力任せに砕かれていた。

首輪は布を巻いていたが、鉄製の丈夫な首輪だった。

それなのにギルバートは、それを片手で壊したのだ。


「はあ?

 な、何で?」

「だから言っただろう

 こんな物で、オレを拘束出来ると思ったのか?」

「ば、馬鹿な

 鉄製の首輪じゃぞ?」

「鉄ねえ…

 ただの鉄じゃあなあ」

「な?

 馬鹿な」


今のギルバートは、身体強化を使う事が出来る。

しかもギルバートの熟練度は高く、鉄製の首輪など簡単に握り潰せる。

それでギルバートは、簡単に首輪を握り潰してしまった。

ダモンにはそれが、理解出来ない光景だった。


「馬鹿な

 鉄の輪を…

 手で砕くなど…」

「魔物の素材も使っていないような、普通の鉄だろう?

 こんな物じゃあ、オレは拘束出来ないぞ」

「馬鹿な

 あり得ない」

「やれやれ

 色々聞き出したくて、捕まったふりをしたが…

 もう十分だろう」


先の爆発の音は、アーネストからの合図だった。

時間が来たら、ギルバートの救出の為に兵士達と向かう。

その時にアーネストが、魔法で火球を飛ばす予定になっていた。

先の爆発は、その火球が爆ぜた音だった。


「捕まったふり?」

「ああ、そうだ

 あんな事でオレ達が、捕まると思っていたのか?」

「あんな事じゃと?

 熊でも眠る、眠りの香を焚いたのじゃぞ」

「そういえば、アーネストがそんな事を言っていたな

 だけどあんな物では、オレ達は眠らされないぞ」

「そんな馬鹿な事があるか

 興奮した熊でも、昏倒する様な強力な香じゃぞ

 特性の香なのじゃぞ」

「そんな事を言われてもな

 効かなかったからな」


本当はまともに吸えば、昏倒する可能性はあった。

しかしアーネストが、事前に想定して対抗策を用意してあった。

アーネストはこうなる事を、予想して準備していたのだ。

それで香の効果を無効化して、眠らなかったのだ。


それでギルバートは、眠ったふりをして運ばれていた。

彼は兵士に抱えられたまま、周囲の状況を見ていた。

外に出るにしても、周囲の状況が分からないと何も出来ない。

だから眠ったふりをして、ここまでの道筋を確認していた。

そしてタイミングを見計らって、アーネストと合流するつもりだったのだ。


「効かないじゃと?

 何故じゃ

 どういう事なんじゃ」

「あのなあ…

 オレ達はダーナで、強力な魔物と戦っていたんだ

 だからお前達が思っている以上に、オレ達は鍛えられているんだ」

「鍛え…

 だからと言って、香が効かない訳が無い」

「効かない物は効かないからな

 仕方が無いだろう」

「それに鉄製の首輪を壊すだなんて…」

「ああ

 身体強化をしているからな」

「馬鹿な…

 馬鹿な馬鹿な」


ダモンは目の前の事実を、受け入れられ無かった。

それはある意味、当然な事なのかも知れない。

ダーナでは兵士が、身体強化を使って魔物と戦っていた。

だから鉄を握り潰すほどでは無くとも、兵士でも引き千切る事は出来たかも知れない。


ギルバートが片手で壊したのは、彼の身体強化が強力な事もある。

それに加えて、ギルバートの身体に流れる皇家の血も原因なのだろう。

皇家の者達は、嘗てその力で戦場で活躍していた。

ギルバートにもその血が流れているので、元々の力も強力なのだ。


しかしダモンの様な、普通の貴族ではそうもいかない。

身体強化も知らないので、その様な力が出せるとは理解出来ないのだ。

だからダモンは、鉄の首輪とギルバートを交互に見る。

そして次第に、恐怖を感じ始める。


それはフランドールが、ギルバートに感じた恐怖と同じ物なのだろう。

自分と違う異質な力を、理解出来ずに恐れる。

それは恐怖となって、ダモンの身体を震わせる。


「ん?

 どうした?」

「ひ、ひいいい」

「ん?」

「ば、化け物!」

「あああああ」

「きゃ、きゃあああ」

「うわあああ」


ダモンの恐怖が伝播したのか、奴隷の少年少女達も悲鳴を上げる。

彼等からしても、鉄を砕く等という事は異質な事なのだった。

だからダモンが悲鳴を上げた事で、彼等も恐怖を感じていた。

彼等は鎖を引き摺りながら、壁際に逃げ出す。


「え?

 あ!

 おい!」

「ひやああああ」

「きゃああああ」

「おい!

 何をそんなに恐れているんだ?」


しかしギルバートは、彼等の恐怖が理解出来なかった。

ギルバートからすれば、その程度の事なのだ。

しかし奴隷の少年少女達からすれば、それは異質で恐ろしい光景に映っていた。

だから壁際に逃げ出して、震え始める。


「おい!」

「ひやあああああ」

「いやあああああ」

「参ったなあ…」


少年少女達が怖がった事で、ギルバートは困惑していた。

ダーナではこの様な事は、兵士では出来る様になっていた。

だからいつの間にか、それを当たり前に感じていたのだ。

しかしそれは、異質で異様な事なのだ。


「う、うわああああ」

「あ!

 ダモン!」


そしてダモンも、その恐怖に逃げ出してしまう。

彼は首輪も鎖も無いので、自由に逃げ出す事が出来た。

それで彼は、反対側の壁に向けて逃げ出す。

その壁を押す様に身体を預けると、壁がくるりと回った。


「うわあああああ」

「へ?」

ガタン!


壁がくるりと回って、ダモンの姿が消える。

まさかこんな場所に、逃走用の仕掛けがあるとは思わなかった。

だからギルバートは、ダモンの逃走を許してしまう。


「しまった!

 くそっ」

ガンガン!


しかし壁の仕掛けは、一方行にしか回らないらしい。

ダモンが動かした今、その仕掛けは動かなくなっていた。

何か武器になる様な物があれば、そのまま壁を打ち壊しただろう。

しかしギルバートは、わざと捕らえられていた。

だから武器になる様な物は、身に着けていなかった。


ダンダン!

「くそっ

 参ったなあ…」

「ひ、ひいい…」

「あわわわ…」


ギルバートは壁を叩くが、その仕掛けは二度と動かなかった。

それに時間を掛ければ、砦の兵士が異変に気付くだろう。

今は外の爆発の音で、みな外に向かっているだろう。

しかしダモンが逃げ出した今、手勢を連れて戻って来る可能性も十分にある。


「おい!

 お前達」

「あひいいい」

「あうあうあう…」

「くっ…

 まともに喋れる者は居ないのか?」


彼等は長く奴隷にされていたのだろう。

まともに思考する事が出来なくなっていた。

それでギルバートが話し掛けても、恐怖で怯えるだけだった。


いや、もしかしたら恐怖に負けただけのかも知れない。

なんせ鉄を握り潰して、砕いてしまったのだ。

それでギルバートの事を、恐ろしい力を持つ化け物の様にみているのかも知れない。

いずれにせよ、彼等はまともに話せなかった。


「どうする?

 鎖は簡単に引き千切れそうだが…」


彼等を解き放つには、鎖を引き千切れば良い。

首輪に関しては、無理に壊すには危険だろう。

首に着いた首輪を、その場で壊すのだから危険だ。

だから首輪を壊すのは、危険な事と判断するしか無かった。


「ふん!」

バキバキ!

バキン!

チャリンチャリン!


ギルバートは鎖を、まとめて一気に引き千切る。

これがアーネストなら、そんな馬鹿な真似はしなかっただろう。

そんな事をすれば、彼等はますますギルバートを恐れてしまう。

案の定鎖を引き千切っても、彼等は壁際に集まって震えていた。


「おい!」

「ひいいい…」

「あひゃあああ」

「…

 参ったなあ」

「あうう…」

「鎖は切ったんだ

 逃げ出すぞ」

「あいいいい…」

「ひゃはあああ…」

「これは…」


ギルバートが声を駆けても、彼等は震えて悲鳴を上げるだけだった。

彼等は逃げ出すという事も、出来ないほどに判断力が鈍っているのだろう。

ギルバートが促しても、誰も逃げ出さなかった。

ギルバートは暫く、彼等を逃がそうと声を掛ける。

しかし彼等は、怖がって蹲り続けていた。


「おい!」

「ひやああああ」

「逃げるんだ」

「あひいいい」

「おい!」

「はひゃあああ」

「くそっ

 どうしたっていうんだ?」


しかしギルバートは、自身が原因だとは思っていなかった。

それで何とか、彼等を逃がそうと声を掛ける。

しかし奴隷達は、そのまま壁際で震え続けていた。

ダモンも怖かったが、ギルバートの方がもっと怖かったのだ。


「お…」

「ひやあああ」

「ちっ

 勝手にしろ」


ギルバートは諦めて、彼等を置いて行く事にする。

元々彼等を、連れて逃げる事は困難な事なのだ。

長い奴隷生活で、彼等の手足は細くなっている。

それに抱えて逃げ出したとしても、その後にどうやって連れて行くかも問題だった。

彼等を乗せて逃げれるほど、馬車は大きく無いのだ。


「これ以上は無理だな

 オレは行くぞ」

「あわわわ…」

「上手く…

 逃げるんだぞ」


ギルバートはそう言うと、寝室の入り口に向かう。

しかしそっとドアを開けると、扉の近くに兵士が立っているのが見える。

どうやら兵士は、まだダモンが逃げ出した事に気が付いていなかった。

普段から奴隷の悲鳴が聞こえるので、先ほどの悲鳴程度では持ち場を離れないのだ。


「くそっ

 まだ居るのか…」


ギルバートは扉を閉めると、中から鍵を掛ける。

ここで見付かって、兵士達が入って来てはマズい。

いくらギルバートの力が強くても、数人の兵士に囲まれては危険だった。

武器が無い以上は、素手で対処するしかない。

だからギルバートは、他の脱出口を探す。


「うーん

 参ったな」


このままでは、いずれ兵士が確認の為に入って来るだろう。

そうなる前に、他の脱出口から逃げ出す必要がある。

ギルバートは何か無いか、室内を見回す。


「うーん…

 これか?」


それはこの部屋に来た時から、目に着いていた場所だった。

それは寝室のベランダから、下の階に飛び降りるという方法だ。

しかもここから飛び降りれば、中庭を通って簡単に外に出られる。


「やはり…

 ここしか無いな」

カチャン!


ギルバートは窓を開けると、ベランダの手すりに上る。

そこから見下ろすと、先ほど通った中庭が見える。

ここから上手く飛び降りれば、簡単に逃げ出せそうだ。

敵に見付かる前に、さっさと飛び降りた方が早いだろう。


「よし」


ギルバートはベランダの手すりに近付くと、それをひらりと飛び降りた。

中には今は、兵士の姿は見えない。

どうやら爆発音を聞いて、外の様子を見に行ったのだろう。

ギルバートは着地すると、周囲を見回す。


「うん

 誰も居ないな」


ギルバートは周囲を見回し、敵の兵士が居ない事を確認した。

それで城門に向かい、中庭を抜けて行く。


「あいつ等…

 上手く逃げれば良いが…」


こんな状況で無ければ、彼等も連れて逃げただろう。

いくら怖がっていても、強引に連れ出す事は出来る。

しかしギルバートは、彼等を連れて行くのは困難だと察していた。

それで諦めて、彼等自身が逃げ出す事を期待する。


「まあ…

 逃げ出すのも留まるのも、彼等の勝手だもんな」


例え連れ出したとしても、ギルバート達はこれか竜の背骨山脈に入るのだ。

彼等を連れて、山脈を越える事は非常に難しいだろう。

そう考えるのなら、彼等が上手く街に逃げ出す事を期待する方がマシなのだろう。

ダモンを捕らえられなかった事が、残念である。

彼を捕らえられていれば、状況はもっと簡単だっただろう。


「しかし…

 まさかあんな仕掛けがあるとは…

 用心深いというか…」


ダーナの領主邸宅には、その様な脱出経路は無かった。

いや、あったのかも知れないが、少なくともギルバートは知らなかった。

だから貴族の寝室に、あの様な仕掛けがあるとは思わなかった。

思わないといえば、奴隷の事も予想外の事ではあったのだが。

それでも逃げられた事は、非常に残念であった。


「ギル!」

「アーネスト」


ギルバートが中庭を抜けると、城門を兵士達が制圧していた。

彼等からしてみれば、ここの兵士はコボルトよりも容易であった。

装備には金を掛けているが、訓練不足が目立っている。

彼等は弱者である領民を虐める事に執心して、碌に訓練を積んでいなかった。


本来ならば、森に出てコボルトの相手でもすべきなのだろう。

しかし兵士達は、安全な砦の中に引き籠っていたのだ。

それで魔物と戦う訓練もだが、他者と戦う訓練すらまともに受けていなかった。

だからオークをも倒せるダーナの兵士の前には、容易に鎮圧されていた。


「無事だったか

 今から救出に向かおうと…」

「はははは

 あんな運動不足のおじさんに、負ける訳が無いだろう?」

「しかし…

 もしもの事があるだろう?」

「もしも?

 首輪をはめられたが、別段問題も無かったぞ」

「首輪?」

「ああ

 奴隷にするとか言っていたな」

「ど、奴隷?」

「な!」

「奴隷は王国の法で禁止されて…」

「ああ

 だが国王倒して、王国の法を変えるとも言っていたな」

「何と不遜な」

「ふざけた野郎だ」

「はははは

 口先だけだったがな」

「そうは言うが…

 首輪だと?

 許せん」


アーネストはギルバートが首輪をされたと聞いて、怒りに顔を歪める。

友を奴隷にしようとした事もだが、それだけ馬鹿にしているという事だ。

だからアーネストとしては、それが許せなかった。


「おいおい

 あんまり怒っても…」

「それで?

 その豚は何処に行った!」

「豚って…

 オークじゃあるまいに」

「いいから!

 何処に行った!」

「逃げ出したぞ

 オレの事を化け物って言ってな…」

「へ?」

「はあ?」

「坊っちゃん…

 一体何をしたんです?」


ギルバートの言葉に、兵士達は呆れた顔をする。

その様な事を言われるのだ、また何かとんでもない事を仕出かしたと思われているのだ。

ギルバートは心外だと、憤慨しながら否定する。

しかし内容を聞いて、兵士達は再び呆れていた。


「失礼だな

 まるでオレが何かしたみたいじゃないか?」

「したんでしょう?」

「そうですよ

 化け物だなんて…

 そうそう言われませんよ?」

「失礼だなあ…

 首輪をこう…

 握り潰して壊してやって…」

「ああ…」

「やっぱり…」

「ん?」

「あのなあ…

 ギル…」

「え?」


アーネストは呆れた様に、溜息を吐いた。


「普通の人間は、鉄を握り潰せないぞ」

「え?

 そうか?」

「そうかじゃ無いですよ」

「そうですよ

 折り曲げるのがやっとでしょう?」

「でも…

 引き千切るぐらいは…」

「それは将軍ぐらいです」

「そうですよ

 部隊長達でも、引き千切れるかどうか…」

「そうなのか?

 だって身体強化を使えば…」

「使ってですよ

 使わなければ、曲げるのも大変ですよ」

「ええ?

 そうかなあ…」

「坊っちゃんの基準で考えないでください」

「そうですよ」

「…」


兵士達に言われて、ギルバートは困った様な表情をする。

そう言われてみれば、奴隷の少年少女達は怖がっていた。

それが兵士達の言う通りならば、怖がられても当然なのだ。

ギルバートは自身が、いつの間にか基準がズレている事に気が付いていなかったのだ。


「ええっと…

 それじゃあ鉄の首輪を壊したら…」

「まあ、怖いですね」

「そうですね

 オーガ並みの力かと」

「オーガ?

 そんなにか?」

「そんなにです」

「それじゃあ…

 それを見られたら…」

「見られたんですか?」

「それは怖がられるでしょうね」

「普通に怖いですよ」

「ギル…

 誰に見られたんだ?」

「奴隷の…

 子供達にだ」

「子供達?」

「奴隷に子供が居たんですか?」

「ていうか、どうしてその様な事に?」

「あ、いやあ

 ちょっと違うな」


ギルバートは、言葉足らずで意味が違っている事に気が付いた。


「オレが連れて行かれたのは、ダモンの寝室だったんだ」

「寝室?」

「何でまた、そんな場所に…」

「さあ?

 夜だったからか?」

「違うだろう

 ギル

 何か変な事はされなかったか?」

「いや?

 される前に首輪を壊したし…」

「そうか…」


アーネストは寝室と奴隷と聞いて、ある事を想定していた。

それはギルバートが、まだ知らないと思われる事だった。

アルベルトはあれで真面目なので、その手の教育はまだしていなかったのだ。

だからギルバートも、奴隷の意味を半分も知らなかった。


「その事は…

 いや、先ずは脱出が先かな」

「そうですね

 ここの兵士達は気絶させましたが…」

「また増援が来ては厄介です」


すぐには来ないだろうが、ダモンが逃げ出した事もある。

いずれ追手が、追い掛けて来る事になるだろう。


「ナンディさんは?」

「予定通り

 関所を破って山脈の入り口に向かってる」

「そうか

 上手く行ったんだな?」

「ああ

 ハドソンには悪いが、事が事だからな」

「ああ

 彼は裏切ったのだからな…」


ギルバートが捕らえられたのも、宿の主人のハドソンが裏切ったからだ。

アーネストは事前に、彼が裏切ると予想していた。

ナンディには悪いが、街の様子を見ればそうなるのが当然だろうと考えられた。

だから機先を制して、敢えてギルバートの素性を明かしたのだ。

そしてハドソンは、予想通りに裏切った。

ギルバート達の事を報告して、ダモンに恩を売ろうとしたのだ。


「まあ、ハドソンの事は仕方が無いさ

 それよりも…」

「ああ

 急いだ方が良いだろうな

 いくら弱いと言っても、人数が多いとな」

「そうですよ

 半数は向こうに行っているんです

 急ぎましょう」

「ああ」


同行の兵士の半数は、先行して関所を破る為に向かっている。

関所を強引に通り抜けて、後で合流する予定になっているのだ。

その為に兵士達が、関所の兵士を倒しにむかったのだ。

今の彼等ならば、関所も容易に破れるだろう。

関所の兵士でも、オークほどの強さは無いからだ。


ギルバート達、関所に向かって駆け出して行った。

時刻は既に、夜半を過ぎている頃だった。

街はハドソンの宿のボヤ騒ぎと、砦に向かった兵士に驚いて騒然としていた。

ギルバート達はその人波を掻き分ける様に、宵闇の中を関所に向けて走り抜けるのであった。

まだまだ続きます。

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