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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第134話

ギルバートが王都へ向かう日まで、後5日と迫っていた

出立の準備と共に、国王への献上の品の準備も進んでいた

白熊から獲れた大きな魔石も磨かれて、しっかりと美しい布に包まれる

皮は立派なマントと鎧に仕上がり、表面も白い熊の骨から作った装甲が組み込まれた

また牙と爪から加工された短剣とナイフも、磨かれて仕上げがされている

これらはフランドールの装備と共に仕上げて、フランドールにも一式送られていた


そんな折に、アーマード・ボアが発見されたと報告が入った

ギルバートはアーネストと共に、森の中へと分け入って行った

捕まえて冷凍して、その肉を国王に献上する為だ

その為に確実に狩る事を目標として、アーネストも同行していた


「本当に居るのか?」

「ああ

 兵士達が蹄の跡を見付けて、その後を追っている

 間もなく合流する筈だ」

「大丈夫なのか?

 逃げられたってオチじゃあ…」

「うるさいなあ

 そんなに嫌なら帰るか?」

「ここから帰れって言うのか?」

「嫌なら黙って着いて来いよ

 お前のペースに合わせて、遅い行軍になっているんだからな」

「へいへい

 黙って着いて行きますよ

 全く…ぶつぶつ…」


ギルバートは愚痴るアーネストと、森を分け入って行く。

既に日は天頂に昇り、もうすぐ正午になるだろう。

アーネストは空腹をワイルド・ボアの干し肉で誤魔化しつつ、ブツブツ言いながら後を着いて行く。

それを守る様に、数名の騎士が周囲を警戒する。


「しかし、早過ぎじゃないか?」

「そうか?

 次に見つかるのがいつか分からない

 なら、今の内に捕まえておかないといけないだろう?」

「そりゃあそうだけど…

 保存役はオレなんだぞ…」

「だけどお前じゃ無いと、そこまでの氷の魔法は使えないんだろう?」

「そりゃあそうなんだが…」


アーネストは不満そうだった。

なんせ保存する為に凍らせるのは、アーネストの魔法なのだから。

その為には、アーネストが近くで見張る必要がある。

実際に見張るのは他の兵士だが、それでも解け始めたら魔法を掛け直さなければならない。

それは非常に面倒臭い仕事だった。

食材を凍らせたまま保存する、そんな便利な魔道具は未だに作られていなかったのだ。


「お前達は捕まえるだけだけど、オレは見張ってないと

 それがどれだけ面倒臭いか…」

「ほら、愚痴るな

 もう少しで到着だ」


木々の向こうに、目印の旗が見えた。

斥候に出た兵士が、目印に立てた物だ。

それを目印に、ギルバートはそっと兵士達の集まる場所に向かう。

兵士達は集まって、アーマード・ボアに見付からない様に灌木の後ろに隠れていた。


「大体、5日ももたせるとなると…」

「ほら、着いたぞ」

「坊っちゃん

 無事に合流されましたね」

「ああ

 獲物は居るのか?」

「ええ

 あの木の向こう側に、1匹が草を食べています」


兵士達が指差す先に、草が生い茂った場所がある。

そこの野草を、アーマード・ボアが熱心に食んでいる。

その光景を見て、ギルバートは首を傾げる。

聞いた話では、アーマード・ボアは何でも食べる雑食である。

特に肉を好んで食べる傾向があって、小型の生き物を襲って食べていたそうだ。


「草か?

 確かアーマード・ボアは雑食で…」

「そうです」

「どうやら薬草を食べている様子で

 腹下しに備えているのか?

 あるいは食べて元気になるのか…」

「それは興味深いな」


ギルバートはアーマード・ボアが薬草を食べていると聞き、興味を持った。

まさか魔物が、薬草を食べるとは思わなかった。

そもそも魔物にも、薬草が効果あるとは思えなかった。

それが現実には、こうして薬草を食んでいるのだ。


「おいおい

 魔術師みたいに生態を調べたいとか無しだぞ

 さっさと倒して帰るぞ」

「お前も魔術師だろ」

「え?

 そりゃあそうだけど…」

「ぷっ

 アーネスト…」

「お前が言うと説得力が無いぞ?」

「うるさい」


アーネストは面倒臭い事は嫌だと、さっさと終わらせようと不満そうに言う。

ギルバートも興味はあったが、ゆっくり調べるゆとりは無い。

すぐに狩らなければ、アーマード・ボアは逃げ出すだろう。

それに帰還してからも、出立の準備がまだ残っている。

アーマード・ボアにばかり、構ってはいられないのだ。


「では、手筈通り」

「ああ

 先ずは足元を凍らせて、動きを封じる

 そうしたら、暴れ出す前に一気に仕留めてくれ」

「みなも準備は良いな?」

「はい」

「よし

 先ずは回り込むぞ」

「はい」


兵士だけで向かわなかったのは、アーマード・ボアの突進を警戒してだ。

素早く突進してくる厄介な相手なので、下手に手を出すと散々突っ込まれた挙句に逃げられてしまう。

だから発見したら、先ずは足止めをする必要がある。

今まで狩れたのは、運よく足止め出来る者が居たからだ。

だから今回も、先ずはアーネストの魔法で足止めを狙ったのだ。


「先ずは後方に数人回ってくれ

 その間にアーネストは呪文の準備をしてくれ」

「ギルはどうする?」

「オレは正面に立って、いざとなったら突進を押さえる」

「大丈夫か?

 将軍は力任せで抑えれたみたいだけど…」

「ああ

 新しいボーン・クラッシャーがある

 こいつで抑え込む」

「無理はするなよ

 あまり暴れさせたら、肉質も落ちるだろうから」

「ああ

 任せておけ」

「水の精霊よ

 我が声に応え給え

 我が目の前に立ちし敵に、泥土の罠を敷き給え

 風の精霊よ

 我が声に応え給え

 凍て付く凍気を持って、目の前の敵を縛め給え…」


兵士が指示に従って移動し、アーネストが呪文を唱え始める。

アーマード・ボアはまだ気付いていないが、辺りの空気が変わったのには気が付いた様子だ。

顔を上げて鼻を鳴らし、辺りの空気を嗅ぎ始めていた。

このまま時間を掛ければ、逃げられてしまうだろう。


フゴフゴ


しかし風向きは横に向いており、兵士の臭いは見付かっていなかった。

風下から回り込むと、兵士は逃げられない様に囲み始める。

兵士が配置に着いたのを確認して、ギルバートはアーネストに合図する。

今回は氷系の、拘束をする魔法が用意されている。


「準備は出来たぞ」

「よし、行くぞ

 フロスト・バインド」

ヒュオオオオ!

パリパリパキン!


これは泥濘を作って嵌め込み、そこを凍らせて封じ込める魔法だ。

先ずは泥濘の魔法が発動して脚を取り、そのまま氷の魔法が発動して凍らせるのだ。

二種類の呪文を唱えて、それぞれの魔力を込めた状態で止めておく。

そこから結句を唱える事で、二種類の魔法が同時に発動するのだ。

アーマード・ボアの四肢が泥濘に埋まり、悲鳴を上げて藻掻く。


ブギイイイ


そこで泥濘が凍って、がっしりと脚を固定した。

これが並みの魔術師なら、脚一本がやっとだっただろう。

アーマード・ボアの身体は大きく、その四肢も大きいのだ。

しかしアーネストなら、範囲も広くて強力な魔法を発動出来る。

四本とも脚を捕らえて、しっかりと固定出来た。


「今だ、掛かれー!」

「おおおお」


兵士達が飛び出して、アーマード・ボアを囲い込む。

今や獲物は脚を取られて、動く事も叶わない。

後は頭を振り回して、鋭い牙を突き立てる事しか出来なかった。

兵士達は慎重に近付いて、魔物の脚や腹を狙って剣を突き立てる。


「しっかりと狙って止めをさすんだ

 焦って余計な傷を付けるなよ」

「はい」


血抜きは必用だが、余分な傷は獲物の価値を下げる。

肉も使えない無駄な箇所が増えるからだ。

兵士はしっかりと狙いを付けて、首と心臓がある腹の辺りを突き刺した。

ギルバートが出れば、一撃で首を刎ねる事も出来ただろう。

しかしギルバートは、兵士が倒すのを黙って見守った。


これは今後の事を考えた結果で、兵士達に実戦を積ませる為だ。

これから王都に向かうので、これからは将軍とフランドールだけになる。

そうなれば兵士が、今よりも技量を積まなければ戦いが苦しくなるだらろう。

だからギルバートは、兵士に戦いを慣れさせる為にも手を出さなかった。

これぐらいの事は、彼等だけで出来る必要があるからだ。


ブギイ…


「よし、止めは刺せたぞ」

「倒せました」

「よくやった」


アーマード・ボアは四肢を固定されて、立ったまま絶命していた。

走り回らない為に、楽に仕留める事が出来た。

それもアーネストの魔法があったからだ。

今後はアーネストも居なくなるので、他の魔術師で同じ様な事が出来るか心配である。

しかし心配をしても、後は残された者達で解決すべき事なのだ。


「欲を言えば、こうする前に自力で倒して欲しいものだが…」

「それは…」

「まだ我々だけでは、危険な事です」

「だよな」


悔しいが、兵士だけではアーマード・ボアでも困難な強敵だ。

下手に手を出せば数人が重傷を負うか、最悪落命していただろう。

もっと実戦訓練が必要だった。


「それで…

 どうされます?」

「そうだなあ

 先ずは魔法を解除して…」

「おいおい

 解除してもすぐには氷は解けないぞ?」

「え?」

「当たり前だろう?

 こうして凍っているんだ」

「消えて無くなるとか…」

「そんな便利な訳あるか

 溶けるまで待つか…」

「掘り出すしか無いか」


ギルバートは魔法を解除すれば、氷も無くなるものと思っていた。

しかし実際には、氷はすぐには無くならないらしい。


「弱ったなあ…」

「取り敢えず、掘り起こしましょうか?」

「そうだな

 頼む」

「はい」


兵士はアーマード・ボアの足元を剣でほじくり、氷を叩いて壊した。

そうして横にすると、首元を切って血抜きを始めた。


「こうして血抜きをしておけば、臭みが抜けて極上の肉になります」

「猟師の…ハンターの知恵ですね」

「はい」


脚は半分凍っていたので少し影響が出そうだったが、他は状態は良さそうだった。

このまま暫く血を抜いて、その後荷車に載せて凍らせる予定だ。

十分に血抜きをするには、逆様にしたり水に浸ける方法もある。

しかし今回は、近くに手頃な木や川も無い。


ギルバートが兵士達と、漁師の肉の保存の仕方などを話していた。

なかなか興味深い話もあり、肉の保存には工夫が必要だと思い知らされる。

アーネストの様に凍らさせなければ、他の方法も必要になるだろう。

その知識が兵士にも役立てられている事を聞いていると、一人の兵士が慌てた様子で駆けて来た。


「すいません

 その魔物の肉なんですが…」

「ん?」

「どうしたんだ?」

「領主様が凍らせるのを待てと…」

「領主とはフランドール殿ですか?」

「なんでまた?」

「その魔物を…

 献上しろと…」

「はあ?」

「これは国王様に献上する為に捕ったんですよ?」

「それを寄越せだなんて…」

「そうなんですが…」


これは非常にマズい発言である。

そもそも狩りに出る際に、国王様に献上するという話は伝わっている。

それを領主とはいえ、横から取るのは問題のある行為だ。

ましてやフランドールは、まだ領主代行でしか無い。

そういう権限は、未だにギルバートの方にあるのだ。


「そもそも

 彼はまだ領主ではないでしょう

 正式な辞令が降りるまでは、彼は領主代行です」

「それに…

 いくら領主でも、そんな横暴は…」

「何でまたそんな事を…」

「マズいな…

 その発言だけでも問題だぞ」


兵士達はフランドールの私兵の出では無かったので、彼の言動には納得出来なかった。

しかし相手が領主では、迂闊に反抗は出来なかった。

例え代行とは言っても、兵士達では反抗出来ないだけの権限は持っている。

もし反抗出来る者が居れば、それはギルバートぐらいだろう。

ギルバートが反対するのならば、その命令も無効に出来る。

しかしそうなれば、フランドールと対立する事になる。


「これは…

 一度真剣に話し合う必要があるな」

「そうだな」

「このままではマズいですよ?

 なんせ国王様への献上品を、横取りしようとしているんですよ?」

「そうだなあ…

 事は魔物の肉だけの問題じゃあ無い

 領主代行と前領主の息子との問題となる」

「それだけじゃあ無いだろう?

 国王様への反逆まで疑われるぞ」

「それもそうですね…」


ギルバートはアーネストと向かい合うと、頷いて帰還する事にした。

このままではフランドールは、領主権限を勘違いして振舞うだろう。

いかな領主といえども、そこまで我儘を通す権利は無いのだ。

一度真剣に話し合い、注意しなければと思ったのだ。


「しかし、なんでまた…」

「こう言ってはなんですが…」


兵士は言い難そうにしながら、フランドールが言った言葉を繰り返した。

彼としてはフランドールに、思うところがあったのだろう。

特に最近のフランドールは、領主である事を鼻に掛けていた。

そしてギルバートに対して、挑発的な発言までしている。

それもこれも、先の使徒との件が気に食わないのだろう。


「そんなに旨そうな獲物が獲れるのなら、先ずは領主である私に献上すべきだ

 アーマード・ボアなどいくらでも居るだろう

 また獲れば良いだろう

 そう仰ってて…」

「そんな簡単そうに…」

「アーマード・ボアなんてなかなか居ないんだぞ」

「それはそうなんですが…」

「仕事に疲れた領主を、労わる様な気持ちは無いのかって

 そうも仰っていました」

「まったく、勝手な…」

「これは困った事になったな…」

「私も滅多に獲れないと進言したのですが…

 一兵卒が生意気なとか言われて…」

「そんな事を?」

「まずいな…」


兵士達は不満そうにしていたが、一部の者は困った顔をしていた。

彼等はフランドールの私兵上がりで、フランドールは尊敬する主でもあったからだ。

しかし今の発言を聞いても、彼が兵士を馬鹿にしている事は問題である。

魔物の肉の件も問題だが、その際の発言にも問題があった。


「仕方が無い

 取り敢えずはこいつを持って帰ろう」

「そうだな

 ここでどうこう言っても始まらない」

「ええ

 先ずは戻られた方がよろしいでしょう」


一行は止む無く、アーマード・ボアの死体を荷車に載せて帰還した。

本来は冷凍して持ち帰る予定だったが、冷凍は諦めてそのまま持ち帰る事となった。

死体はそのまま持ち帰り、解体した肉はフランドールに献上されるのだろう。

その際には素材も献上されて、フランドールの従者の武具等に使われる事になる。

本来は国王に献上されるべき物だが、倒した兵士はフランドールには逆らえない。


「しまったなあ

 これならオレが倒せば良かった」

「そうすれば、所有権を主張出来るからか?

 なら、今からでも兵士に話して…」

「いや

 バレたら兵士達が責められるだろう

 そんな危険は冒せない」

「それならどうする?」

「もう一体…探すか?」

「ええ!」

「見つかるんですか?」


兵士は絶望を顔で表現する。

これまでも必死に探していて、やっと1匹見つけたのだ。

それをもう5日以内に探し出すと言うのだ、見つかる可能性は低いだろう。

それでも奪われてしまう以上、他を探すしか無かった。


それに次のアーマード・ボアは、ギルバートが狩るつもりでいた。

そうすれば、さすがに所有権を主張出来ないだろう。

いくらフランドールでも、他の貴族が狩った獲物まで要求は出来ない。


「それでも探すしかないだろう

 今度はオレが狩る」


兵士はガクリと項垂れて、また森の捜索をするのかと溢していた。

それを見て、アーネストは提案をしてみる。

兵士達の落ち込み様を見て、可哀想になったのだ。


「それなら、保存が出来ないから運べなかった事にしないか?

 取り敢えずはそう言って次回に持ち越しては…」

「それもありだろうが…

 出来れば献上した方が良いだろう

 探すだけ探した方が良い

 その方が印象は良くなるだろう」

「だってさ

 仕方が無い、探してください」

「はい…」

「頑張ってみます…」


兵士達はアーネストの気遣いに感謝しつつ、項垂れながら捜索を約束した。

どの道献上する必要があるのだ、探すだけはする必要があった。

それにこれまでとは魔物の分布が変わっている。

もしかしたらと、一縷の望みを賭けてみるしか無いのだ。


街に戻ると、事情を説明してアーマード・ボアの死体は職人達に預けた。

そこで兵士と別れると、ギルバートはアーネストを伴って邸宅へ向かった。

フランドールに面会する為だ。

彼等は急ぎ足で、領主の邸宅に向かって帰って行く。


邸宅の執務室へ向かうと、そこには書類の山と格闘するフランドールの姿があった。

従者の者達が、先ずは中に入って声を掛ける。

しかしフランドールは、そのまま待たせておけと言うだけだった。

それでギルバートが、堪り兼ねて部屋のドアを開ける。


「失礼します」

「何だ!

 今はご覧の通り、話している暇は無いぞ!」

「暇は無いって…」

「その割には勝手な命令を…」

「しっ

 先ずは確認が先だ」


フランドールは不機嫌そうに、顔も上げずに返答をした。

一瞬アーネストが、不満を爆発させようとする。

しかしギルバートが、先に命令を出したのかを確認する。

兵士はフランドールが言ったというが、先ずはそこを確認する必要があった。


「フランドール殿

 どういう事ですか?」

「ああん

 何の事だ?」

「国王様に献上する為に捕らえた魔物を、寄越せと命じたでしょう」

「何だ、その事か」

「何だって…

 どういうつもりですか」

「どういうつもりもない

 極上の肉が取れたのだ

 先ずは領主である私に献上すべきだろう」

「あなたはまだ、領主ではないでしょう?」

「実質は、もう私が領主だ」


フランドールの言い方に、さすがにギルバートも苛立ちを隠せない。

彼はまるで、ここの主の様に振舞っている。

しかし実質は、彼はまだ領主代行でしか無いのだ。

前領主の子息である、ギルバートの方が立場が上なのだ。

それなのに何故か、フランドールは強気の発言をしている。

何が彼に、そこまでの自信を持たせているのだろうか?


「それにしても、国王様への献上はどうするんです?」

「そんな物、残りの肉で十分だろう」

「はあ?」

「そんな事で邪魔しに来たのか?」

「そんな事って…」

「国王への献上を、余り物の肉で済ます気ですか?」

「うるさいなあ

 あまり物でも分かりはしないだろう?

 私は忙しいんだ

 そんな下らない事で煩わせるな」

「下らないって…」

「国王様への献上品だぞ?」

「下らない事だろう

 それに余り物で嫌なら、また狩ってくればいい」

「またって

 アーマード・ボアはそんなに居ませんよ

 滅多に出ない魔物なんです

 だから極上な肉なのに…」

「滅多に出ないじゃないだろ

 すぐに見つかったし

 ちゃんと探していないからだろうが!」


フランドールの傲慢な態度に、二人は呆れて顔を見合わせた。

つい先日までは、こんな傲慢な態度はしていなかった。

ここ数日で、彼に何の心境の変化があったのだろうか?


「話にならないな…」

「くだらん話は終わりか?

 だったらとっとと出てってくれ

 こっちは忙しいんだ」

「話はまだあります」

「こんな強引な事をしてると、あなたの心象が悪くなりますよ?」

「なんだと?」

「忙しいのは分かりました

 しかし今のあなたは、些か行動が…」

「説教のつもりか!

 歳派の行かぬ子供のくせに!」


ダン!


フランドールは怒りに任せて、机を思いっきり叩く。

それで書類の山が崩れて、尚も苛立って喚き散らす。


「そもそもお前達は何だ!

 オレに指図しやがって!」

「指図だなんて…」

「煩い!

 それが指図だろうが!」


二人は困惑して、顔を見合わす。

これは話になりそうにない。


「そもそも、そんなに忙しいのなら何で誰も手伝わせないんです?」

「そうですよ

 オレやアーネスト、ハリスも手伝えますよ?」

「煩い!

 指図するなと言っただろうが!!」


フランドールは怒りに顔を歪ませて、顔を赤くして睨みつけて来る。


「従者の方は居ないんですか?」

「一人でその量は無理ですよ?

 アルベルト様でも…」


「煩い!うるさーい!

 出て行け!」


二人は尚も忠告しようとしたが、フランドールは激昂していて話にならなかった。

仕方が無いと肩を竦めると、ギルバートは黙って部屋を出た。

アーネストはもう一度フランドールを見たが、その様子を見て溜息を吐くとギルバートの後を追った。

最早今のフランドールは、先日までの面影は無かった。

まるで何かに憑りつかれたかの様に、憔悴した顔をしていた。


二人が出て行ったのを確認してから、フランドールはイライラしながら書類を集める。

それをブツブツ文句を言いながら、再び机の上へと積み上げた。

そうしながらも、彼は狂気に憑りつかれたかの様に何かを呟いていた。


「何がアルベルト様だ…

 オレの方が優秀なんだ…

 あんな訳の分らぬ弱小貴族なんぞよりも…」


フランドールの言葉は続く。

それはギルバートや、アーネストに対する不満と妬みが籠って居る。


「街の住民までギルバートやアーネストの名前を出しやがる

 これからは私が領主なんだ

 私が全てを決めるんだ

 私が…く、くふふふふ…」


フランドールは尚も呟きながら、時折不気味な笑い声を出す。

最早狂気じみていたが、それだけフランドールは追い詰められていたのだ。

これで誰かが手伝いながら、彼の心情を汲む言葉を掛けていれば…。

あるいは結果は違ったかも知れないだろう。

しかし誰も彼に近付こうとはせず、忠告すらも出来ずにいた。


アーネストやギルバートの言葉も、もうフランドールには届かない。

そして兵士達の声も、フランドールには届いていなかった。

彼等は先代のアルベルトの名を出したり、アーネストやギルバートを比較にしてしまっていた。

その事がより、フランドールの心をささくれ出させていた。

彼等の名を聞く度に、フランドールはますます荒れ狂っていた。


フランドールはそのまま、何日も徹夜で書類と格闘する。

それはギルバートが出発した後も続き、当面の安静は訪れないのだった。

まだまだ続きます。

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