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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第133話

魔物の侵攻に無事に勝利してから…

ダーナの街は好景気に沸いていた

希少な魔物の素材が、多量に入手出来た事が大きい

それに加えて、多くの隊商が訪れた事もあった


隊商は魔物の素材を求めて、再びダーナに訪れていた

彼等は一時的に、ノルドの森の街に避難していた

しかし魔物が去った事で、再びダーナに戻って来ていた

ノルドの街に比べれば、ここの方が治安が良かった事もあるのだろう

彼等は喜んで、ダーナの街に帰って来ていた


「ノルドの森の街は、随分と評判が悪いんだな」

「何を暢気な…」

「え?」

「あそこはアルベルト様に反抗してたんだ

 危険な場所なんだぞ」

「そうなのか?」


ギルバートは忘れているが、その街は元々は砦であった。

竜の背骨山脈から攻め込まれない様に、入山の制限をする為に作られたのだ。

しかしそこを治める貴族が、上の貴族に当たるアルベルトに反抗したのだ。

普通は地方を治める、辺境伯の方が上の貴族となる。

その辺境伯を無視して、勝手に自分の領地と宣言したのだ。


「何だってそんな…」

「鉱山の収入が目当てだったのさ

 それに入山道を押さえれば、通行関税も得られるからな」

「そんな事の為に?」

「あのなあ…

 十分動機になるぞ

 なんせ関税を吹っ掛けられるからな

 大儲けだ」

「しかし辺境伯に反抗って…

 軍を差し向けられるぞ?」

「そうだな

 しかし砦だからな」

「あ…」


そう元が砦なので、なかなか簡単には攻め込めなかった。

それでそこを治める貴族も、いい気になって反抗をしていた。

それで王都から睨まれても、そう簡単には攻め込まれない。

なんせ王都からでは、そこは山脈を越えた先になる。

軍を送り込もうにも、そう簡単には送れなかった。


だから貴族も安心して、ダーナからの軍だけを警戒出来た。

それでアルベルトも、迂闊には軍を差し向けられなかった。

なんせ軍が敗ければ、ダーナを守る兵士が居なくなってしまう。

それで何とかしようと、街の増強を図っていたのだ。


開拓を行っていたのも、その為の街の拡大を狙ってだった。

しかし魔物が現れた事で、それも難しくなってしまった。

そして同時に、軍も動けなくなってしまった。

魔物が居る以上は、さらに警戒する必要があった。


「でもそれじゃあ…

 向こうから攻め込まれるんじゃあ?」

「そうだな

 それを警戒していたんだが、向こうもそうできないだろう」

「何でだ?」

「おい

 魔物が居るだろう?」

「魔物?」

「ああ

 魔物が居るから、こっちも軍を出せないが

 向こうもそう簡単には軍を動かせないんだ」

「あ…

 なるほど」


向こうの方も、魔物を警戒して事を起こせなくなっていた。

ここでダーナを取れれば、確かにさらなる発展も望める。

しかしダーナには、港湾に独立した海軍が常駐している。

それを警戒している間に、魔物が森に現れてしまった。

それで砦の街の方も、迂闊に打って出られなくなっていた。


「それじゃあ王都には…」

「いや

 こっそりと向かうのなら問題は無い

 問題はお前が、ギルバートとバレなければ良いんだ」

「どうしてなんだ?」

「お前がアルベルトの子息と知られれば、確かに危険だろう

 しかし隊商の護衛にでも扮していれば、奴等もそこまで警戒しないだろう

 それならば問題無く通れる」

「しかし献上品があったら…」

「バレなきゃ問題無い

 関税は取られるだろうがな」

「ううむ…」


多くの関税は求められるが、領主の子息とバレなければ問題無い。

アーネストはそう考えているからこそ、安全に通れると考えていた。

問題はギルバートが、ただの護衛と思われるかどうかだ。

同行する隊商には、上手く話しを合わせておく必要があるだろう。


「それで問題は無さそうなのか?」

「ああ

 下手に攻め込んで、倒してしまおうとか考えるなよ?

 逆に軍隊が出て来れば、そいつ等を倒せないと進めなくなる」

「そりゃあそうだが…

 バレないのか?」

「ああ

 こちらを出る時に、向こうに向かう間者が居なければ良いのさ」

「大丈夫なのか?」

「ああ

 おおよそは見当が付いている

 大丈夫だ」


砦の街から潜入した、間者の当たりは付いている。

後はその者が、報告に向かわなければ良いのだ。

バレたとしても、山脈に入った後なら何とかなるだろう。

なんせ竜の背骨山脈は、高低差もある大きな山脈だ。

そこに軍を率いて追い掛けるのは、至難の業になるだろう。

それが分かっているからこそ、アーネストは安心していた。


「むしろ警戒している方が危ないんだ」

「何でだ?」

「おい…

 こっちが向かうって言ってる様なものだろう?

 無関心なふりをしていれば、向こうもまさか通ろうとしているとは思わんさ」

「そんなものなのか?」

「ああ

 そんなものさ

 なんせあちらも魔物が現れているんだ

 こっちの事ばかり構っていられんさ」


向こうの様子は、隊商や冒険者達の情報で確認している。

隊商達も高い関税を取られて、彼等の行いには腹を立てている。

協力してくれる事はあっても、邪魔をする事は無かった。

むしろ喜んで、向こうの情報を提供してくれていた。


「なるほど…

 相当嫌われているんだな」

「ああ

 馬鹿みたいに高い関税を取っているんだ

 むしろ倒して欲しいと願っているぐらいだろう」

「それなら倒してしまった方が…」

「はあ…

 馬鹿な事を言うなよ

 どこにそんな兵士が居るんだ?

 この前の侵攻で沢山亡くなったばっかりだぞ」

「う…」

「そうで無くても、フランドール殿のお陰で問題が山積みだ

 割ける様な兵士は居ないぞ」

「はあ…

 そうだよな」


フランドールが慰霊祭で行った失態で、兵士の間には不信感が増していた。

それで以前の様に、王都の兵士との諍いが起こっている。

それでただでさえ兵士が足りないのに、あちこちで問題が起こっていた。

それを収拾する為に、余計に兵士達は奔走していた。


「困ったものだ…」

「ああ

 その困った状況で、あの方はさらに問題を起こしている」

「ああ

 ミスティの事だろう?」

「ああ

 相当入れ込んでいるな…」

「はあ…

 近頃はフィオーナも、その事で不機嫌になっている

 困ったものだ」

「オレは助かっているがな…」

「ん?

 何か言ったか?」

「何でも無い」


フランドールは魔物の侵攻以降、すっかりミスティに熱を上げていた。

当のミスティは、困った顔をしている。

それなのに連日の様に、魔術師ギルドに顔を出している。

それで領民の間にも、フランドールの領主としての資質を疑問視する声が上がっている。

それに気が付いていないのは、当のフランドール本人だけだろう。

ミスティもその声を聞いて、相当心配しているからだ。


「困ったものだ」

「ああ

 従者の者達の声も、今では届かないみたいだ」

「このまま旅立って、大丈夫なのか?」

「それは無理だろう?

 出立の予定は変えられない

 申し訳無いが、国王からの命令だからな」

「だろうな…」


心配ではあるが、王都への出立は変更出来なかった。

国王からの召喚の命令である以上、それに逆らう事は出来なかった。

出来る事といえば、出立の日取りを前倒しにするぐらいだ。

これは潜入した間者に、情報が漏れない様にする為の処置である。

後は冒険者に扮して、砦の街を抜けてしまうだけだった。


「来週の予定で…

 問題は無さそうか?」

「ああ

 母上は納得されている」

「フィオーナは?」

「少しむくれているが、問題は無いだろう

 オレの方はな」

「ん?」

「お前の方が問題だろう?

 フィオーナに言ったのか?」

「何でだ?

 そんな必要が…」

「本気で言っているのか?」

「あ、ああ

 何を怒っているんだ?」

「それなら構わないが…

 諦めてもらうぞ」

「おい

 何の話だ?」

「オレが分からないと思っているのか?」


アーネストはギルバートが、怒っている理由が分からないふりをする。

しかし本当は、彼が言いたい事には思い当たる事がある。

しかしそれを言ってしまえば、今の関係が壊れてしまうだろう。

アーネストはそう思って、自分の気持ちに蓋をしていた。

気付いていないふりをして、目を背けようとしていた。


「アーネスト

 お前…」

「さあ?

 何の事だか…」

「オレに遠慮はするな!

 そもそもフィオーナは…」

「止めろよ!

 例え血が繋がっていなくても、お前達は仲の良い兄妹なんだろ?

 そんな事を言うなよ」

「お前こそ…

 自分の気持ちを無視するなよ!」

「何を熱くなっているんだ?」

「もう良い!

 知らんぞ」

「あ!

 おい!

 ギル…」

「ふん」


ギルバートは怒って、アーネストを放って去って出て行く。

ここはギルバートの私室で、出て行かなければならないのはアーネストの方なのだ。

それなのにギルバートは、頭に血が上ったのか出て行ってしまった。

アーネストは肩を竦めると、そのまま追い掛ける様に部屋を出る。


「きゃっ」

「っと…

 フィオーナ?」

「あ、アーネスト…

 っと…」

「聞いていたのか?」

「っ!」

「待て!

 待ってくれ」


フィオーナは涙を流しながら、ギルバートの私室の前から駆け出す。

それを追い掛ける様に、アーネストも駆け出して行った。

しかし魔術師であるアーネストでは、例え年下の少女の足でも追い付けない。

みるみる距離が離されて、あっという間に置いてかれて行く。


「ま、待ってくれ

 フィオーナ…」

「待つのはあなたですぞ

 アーネスト」

「ちょ

 ハリス?」

「廊下はあれほど走るなと…」

「すまない

 今はそれどころでは無いんだ」

「あ!

 待ちなさい」


アーネストはハリスに、肩を掴まれて停まってしまっていた。

その間にもフィオーナは、みるみる遠くに行ってしまう。

アーネストはハリスの手を振り払うと、再びフィオーナを追って行った。

その時に彼は、冷静さを失っていた。


そもそも老執事とはいえ、ハリスを振り払う事など無理なのだ。

彼は護衛としての力もあり、そこらの兵士よりも強いのだ。

それに追い掛けても来なかった。

アーネストが振り返っていたら、驚いていただろう。


「良かったのですか?」

「ああ

 これで良いんだ」


部屋の入り口には、ギルバートが立っていた。

そしてハリスがアーネストを逃したのも、実はワザとであった。

そうした方が、より本気で追い掛ける事になる。

だからこそ部屋の前で、彼は一旦足止めさせる為に待ち構えていたのだ。

全てはアーネストに、本気の気持ちを打ち明けさせる為の芝居だったのだ。


「しかしフィオーナお嬢様には…」

「いう訳にはいかんだろう?

 違うかも知れないし」

「それは無いでしょう?

 あれだけ目で追っていたんですよ?」

「ああ

 そうみたいだな」

「そうみたいって…

 坊っちゃんはそういうところが…」

「ん?」

「いいえ

 何でもありません」


ハリスは溜息を吐いて、彼の鈍感さを嘆いていた。

この分では己の気持ちにも、気が付いていないのだろう。


「セリアお嬢様が不憫ですな…」

「ん?

 セリアがどうかしたか?」

「いいえ

 何でもありません」

「どうしたんだ?

 おかしいぞ?」


おかしいのは坊っちゃんの方ですよ

はあ…

これでは子息が生まれるのは、当分先の事でしょうな

私が存命の内にとは…

望めぬ事なのでしょうな


ハリスは諦めて、首を横に振ってから立ち去る。

後に残されたギルバートは、その意味を理解していなかった。

彼がそういう男女の恋愛の機微に気付くには、まだ早いのかも知れない。


「フィオーナ

 フィオーナ!

 はあ、はあ…」


アーネストはフィオーナを追って、廊下を必死に駆け抜ける。

必死とは言うが、それは普通の人の早足程度の速度だった。

普段から身体を鍛えていない魔術師にとっては、廊下を走る事も困難なのだ。

それでもアーネストは、フィオーナを探して駆け出そうとする。

既に彼女は、この近辺には居なくてもだ。


「フィオーナ

 どこに…はあ、はあ

 どこに行ったんだ…」


アーネストは珍しく、邸宅の中を走っていた。

こんなに走り回ったのは、アルベルトに叱られた時か、ギルバートを追っ駆けた時以来だろう。

息が上がって、呼吸をするのも辛かった。

だが、それよりも胸が苦しいのは、呼吸が苦しいからでは無かった。

そして今では、それを理解し始めていた。


オレは…

何を言っている?

既に理解していたじゃないか?

それでも諦めようとしてたんだろう?

それなのに何故?

何で今さら、彼女を追い掛けてどうする?


追い着けたとして、それでどうすれば良いのだろう?

彼はフィオーナを諦めて、王都に向かおうとしていた。

それはギルバートが、王太子になるからである。

彼が王太子になれば、側に居て支えるつもりだった。

そうなれば、ダーナに戻る事も難しくなる。


次にこの地を踏めるのは、何十年後かも知れない。

いや、もしかしたらそんな日は来ないかも知れない。

そんなあやふやな事に、彼女を待たせる訳にはいかない。

だからこそアーネストは、フィオーナを諦めようとしていた。

それなのに…。


「フィオーナ!」

「っ!」

バタン!


遂にアーネストは、フィオーナに追い付いた。

それは邸宅の裏庭にある、花畑の中だった。


「アーネスト

 何で?」

「君こそ何で…」

「それは…」

「話を聞いていたのかい?」

「それは…

 あなたは私に…

 興味は無いんでしょう?」

「そんな訳…」

「嘘!

 さっき言ったじゃない」

「だからそれは…」

「それは?」

「うう…」

「うじうじしてないで、ハッキリ言ったらどうなのよ」

「それは…

 ああ!

 もう面倒臭いな!」

「何よ!

 面倒臭いって何よ!」

「面倒臭いから面倒臭いんだ!

 大体な、オレは王都に向かうんだ」

「知ってるわよ!」

「だったら分かるだろ?

 危険な旅に出るんだ」

「だからどうしたのよ?」

「戻って…

 来れないかも知れないじゃ無いか」

「それはそうだけど…」


ここでアーネストが、ハッキリと気持ちを答えれば良かったのだろう。

しかし二人は、まだまだ子供だった。

気持ちはハッキリしているのに、恥ずかしいという思いの方が増していた。

だからこそアーネストは、気持ちを答えられないでいた。

そしてフィオーナも、どうして逃げ出したのか言えなかった。


「兎に角!

 オレは王都に向かう

 ここに戻れるか分からない」

「だから私の事は、どうでも良いって訳?」

「どうせも良くないから…

 ああ!

 面倒臭いなあ」

「面倒臭いじゃないわよ

 あなたの方が面倒臭いじゃないのよ

 ふん」

「何だと?」

「何よ?」

「あらあら

 何を言い争っているのかしら?」

「じぇ、ジェニファー様?」

「お母様!」


ここで二人は、ジェニファーがこの場に居る事に気が付いた。

二人の失敗は、この場に来てしまった事だった。

ここはセリアのお気に入りの場所で、ジェニファーもよく来ている場所だった。

今日もセリアと一緒に、花の様子を見に来ていたのだ。


「あら?

 どうしたのかしら?」

「うう…」

「えっと…」

「何の話か知らないけれど…

 私が居ちゃあ話し難い事かしら?」

「す、すみませんでした」

「あ!

 アーネスト!」


アーネストは頭を下げると、そのまま裏庭から出て行ってしまった。

気になる子の事を追い掛けて行って、その母親に見付かってしまった。

それで恥ずかしくって、居たたまれなくなってしまったのだ。

それで逃げる様に、裏庭から逃げ出してしまった。


「あらあら…」

「お母様

 何で!」

「良かったの?

 あのままではアーネストは…」

「それでも良かったの!」

「そう?

 それじゃあフランドール様の事は?」

「あの方は…

 私の事は見てくださらないわ

 それにアーネストは…」

「やっぱりね」

「え?」

「あなたの母親ですもの、気が付いていましたわよ」

「それじゃあ…

 それじゃあ何で?」

「それはあのままじゃあ…

 あなた達は踏み外しそうでしたもの

 止めていなければ、そのままの勢いで…」

「あ…」


ここでフィオーナは、あの場面がマズかったと自覚する。

勢いに任せて、お互いの想いを告白してしまうところであった。

こんな場所でそんな事をすれば、その場の勢いでどうなっていたのか分からない。

ジェニファーが止めていなければ、何をしていたか分からなかっただろう。


「それは…」

「ふふふ

 若いって良いわね」

「お母様…」

「でもね

 あなたは貴族の娘なの」

「はい」

「勢いに任せて、ここでアーネストと関係を持っては…」

「そ、そんな事は!」

「無かったって…

 言えるの?」

「それは…」


フィオーナは自信無さそうに、顔を赤らめて俯いた。

確かにあの勢いでは、だきあてってキスぐらいしていたかも知れない。

つい先日に、兄と精霊女王とやらの話を聞いたばかりだ。

その時も貴族として、それは不適切だと説教があったばかりだ。

ここで自分までもが、アーネストと抱き合ってキスなどしてしまえば、醜聞となるだろう。

貴族の娘だからこそ、それはしてはならない事だった。


「アーネストの事を…」

「す、好きではありません」

「あら?

 それじゃあなおさら…」

「え?」

「こんな場所で逢引きだなんて…」

「いや、逢引きなんて…」

「逢引きでしょう?

 こんな人気の無い場所に誘って…」

「あわわわ

 ち、違います」

「そう?」


ジェニファーは娘が、本当はアーネストを意識している事を知っていた。

鈍感なギルバートが気付くぐらいだから、相当に熱を上げていると周りにも気付かれていた。

フランドールが見向きしなかったのも、そんなフィオーナの様子を見ていたからだ。

だから彼は、婚約の話しも白紙に戻そうと考えていたぐらいだ。


「それなら良いんですけど…」

「そうです

 アーネストなんて…」

「そうかしら?」

「あうう…」

「あの子…

 戻らない気よ?」

「え?

 戻らないって…」

「ギルと一緒に王都に向かって、帰って来ないつもりみたいね」

「そ、そんな!」

「あら?」

「え?

 いいえ

 何でもありません」

「そう?」


母からも戻らないと聞いて、フィオーナは気が動転していた。

アーネストが言っただけなら、その内気持ちも変わるだろうと思えただろう。

しかし経験豊富な母が言っているのなら、そうなるかも知れないと思えて来る。

そう考えると、本当に二度と会えなくなると思えてきた。

それならば、アーネストがあんな事を言ったのも納得が出来る。

帰って来れないのなら、期待させる様な事は言えないのだろう。


「本当に…」

「ん?」

「ええっと…」

「どうしたの?」

「お母様

 本当にアーネストは、戻って来ませんの?」

「そうね

 あの子の考えでは、ギルの為にって戻らないつもりでしょうね」

「そんな…」

「そんな?」


ジェニファーは娘を不憫に思って、そっと背中を押す事にした。

思えば彼女も、夫であるアルベルトを追い掛けていた。

そう考えるのならば、彼女にも思い人を追い掛ける権利はあるだろう。

だからジェニファーは、そっと娘の背中を押してやる。


「あの子は戻って来ないつもりなのよ?

 あなたはどうしたいの?」

「私は…」

「ん?

 どうしたいの?」

「でも、私はアルベルトの娘

 貴族の娘なの」

「そう?

 それならば好きでもない、誰とも知らない男の元へ…

 嫁いで行っても構わないのね」

「え、ええ…」

「本当に?」

「お母様

 お母様は私に…

 何と答えさせたいの?」

「そうね

 本当の気持ちを答えなさい」

「それが貴族らしからぬ…

 答えでも?」

「ええ

 私は母親ですもの

 娘の幸せを願っていますわよ」

「それじゃあ…」


ここでフィオーナは、本当の自分の気持ちを告げる。

それを聞いた上で、ジェニファーは黙って首を振った。

それは彼女としても、諦めさせるしかない様な言葉だったからだ。


「それは…

 無理な願いね」

「え?

 でも、お母様は…」

「そうね

 背中を押そうとしたわ

 でもそれは…」

「そうですね

 私は貴族の娘ですもの

 無理な願いですわ」

「そうね…

 このままでは無理でしょうね」

「ですからこれは、私には当然の結果ですの」

「はあ…

 何とかならないものかしらね…」


ジェニファーはそう言って、頭を抱えるのであった。

フィオーナは確かに、アーネストの事を思っていた。

しかしフィオーナが嫁ぐには、アーネストが越えなければならない課題が幾つかあった。

それを乗り越えた上で、彼が迎えに来る必要があった。

それが出来るかどうかは、アーネストの今後次第である。

だからこそフィオーナは、自身の想いを諦めるしか無いと思っていた。


「アルベルト

 あなたが居なくなった事で、フィオーナが苦しんでいるわ」


ジェニファーは珍しく、亡くなった夫を責める様な言葉を呟く。

しかしすぐに思い直して、首を横に振った。


「そうね

 あなたのせいでは無いわね

 それに…」


アルベルトが存命でも、フィオーナとアーネストが結ばれるには、幾つかの試練があっただろう。

そう考えれば、状況はあまり変わりが無かった。

むしろアルベルトが亡くなった今、却って好都合な事もあった。

そこから手を付ければ、どうにか出来るかも知れない。


「フィオーナ

 例えどんな困難があっても、あなたは諦めませんか?」

「お母様?」

「良い?

 このままでは難しいわ

 でもね、私はアルベルトの妻であり、ハルバート様の友でもあるの」

「お母様?」

「今は無理でも…

 どうにかしてあげるわ

 例えハルをぶん殴っても」

「ええ?

 ハルって、国王様をぶん殴るつもりですの?」

「ふふ

 それぐらいしてあげますとも

 私の娘の為ですから」


ジェニファーは腹を括って、どうにかしようと考え始めていた。

それがどの様な方法になるかは、未だ分からなかった。

ただ、国王ハルバートは、この時に寒気を覚えてくしゃみをしていた。

それは偶然であったのかは、女神しか知らない事だろう。

まだまだ続きます。

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