第132話
慰霊祭が行われた翌日から、街は本格的に忙しくなっていた
それは多くの兵士が亡くなった事と、魔物が残した多くの素材が原因だった
街には兵士の募集が掲示されて、冒険者と成人した若者が宿舎に集まっていた
またギルドや工房では、ワイルド・ベアの素材をめぐって論争が起こっていた
部隊長や隊長に支給される事にはなったが、余った素材をめぐってここにも冒険者達が集まったからだ
強い魔物の素材は、高額で取引される
それは付与される魔法も強化されて、より戦闘が有利に出来るからだ
良い武器や防具を求めて、冒険者は奪い合いの騒ぎを起こしていた
魔物の侵攻の影響で、兵士は100名以上の者が命を落としていた。
それも前線に出れる腕利きが主に犠牲になったので、街の警備にも影響が出ていた。
普段は歩く兵士も少なかったのに、腕が未熟な者が回るのでその分人数が増えていた。
それに慰霊祭での不満があった者が、あちこちで事件を起こした事も影響していた。
大きな事件では無かったが、生き残った兵士に切り掛かる事件も起こっている。
「昨日は大変だったな」
「ああ
まさかあの母親が暴れるなんて、思いもしなかったよ」
「そうだよな
あんなに温厚だったのにな」
「やはりあいつが亡くなった事が…」
亡くなった兵士の母親に、仲の良かった同僚の兵士が襲われる事件が起こっていた。
見舞いに行った折に、いきなり襲われたのだ。
幸いにも怪我は軽かったが、襲われた兵士は顔面蒼白になり酷くショックを受けていた。
彼は何もした訳では無いのに、死んだのは彼のせいだと言われたのだ。
『この!人殺し!』
開口一番にそう罵られて、兵士は母親に切り掛かられた。
魔物を前にして、息子を見捨てて殺したと言うのだ。
それで父親が押さえに入るが、母親の振り回したナイフで怪我をしてしまった。
それに激昂してさらに激しく振り回して、押さえようとした兵士が刺されてしまった。
幸いにして刺された傷は軽くて、すぐに治療がされた。
しかし母親は兵士を殺そうとした事で、捕縛されてしまった。
父親も激しく抗議していたが、兵士に不備は無かった事を説明してその場は何とか収まっていた。
だが怪我をさせた事は事実で、母親は暫く拘束される事となってしまった。
そのまま解放しては、また事件を起こす可能性があったからだ。
「おばさん…
軽くて良かったな」
「ああ
しかし刃物を振り回したのは事実だ
今後は監視されるな」
「オレのせいで…」
「馬鹿
お前のせいじゃ無いだろう?」
「そうだぜ
あの時もお前は、あいつとは違う部署に居たんだ
助ける事はできなかったさ」
見殺しにしたと言われたが、彼はその兵士とは別の場所に居たのだ。
守るどころか、彼の死も後で知ったぐらいだ。
しかし母親としては、そんな彼を許す事は出来なかった。
だから父親が見張っていても、二人が会えばまた事件が起きそうだった。
それで兵士の彼は、当面はその母親に近付けなくなっていた。
亡くなった兵士の事を思っても、母親は許してくれない。
「あの戦いから、まだ1週間しか経っていない」
「ああ」
「それなのに、こんな事件が起きるなんて」
「そうだなあ…」
「これだけで…
済めば良いが」
「おいおい
不吉な事を言うなよ」
「だが、多くの兵士が亡くなったんだぞ?
それだけ不満を持った者が居るだろう」
「そうだな…」
今回の件は、あくまでも一部の被害者でしか無い。
他にも亡くなった者が多く居て、それだけ不満に思う者は居るのだろう。
そんな者達が叛乱を起こせば、兵士達だけでは押さえられないだろう。
騎士団や他の部署の兵士にも、応援を呼ぶ必要もありそうだ。
「しかしそれなら
何で前回はそうならなかったんだ?」
「ん?
そう言えば…」
「前回って?」
「アルベルト様が亡くなった時とか…」
「その前の侵攻の時もだな」
一般の兵士達は気が付いていなかったが、前回の侵攻と今回では大きく違う点がある。
先ずは領主のアルベルトが存命だった事だろう。
アルベルトが遺族を1軒1軒回り、頭を下げていたのだ。
勿論合同の葬儀も行われていたが、その際の慰霊祭でも色々と気を使っていた。
無論今回もハリスが動いて、戦闘が終わって犠牲者が確認されるとすぐに謝罪に向かっていた。
しかしフランドールは同行しておらず、ギルバートもまだ意識を取り戻していなかった。
だがそれを一般の家庭の者達が知る由もなく、結果として軽く見られていると感じていた。
だから不満を持つ者達が、少なからず現れている。
「アルベルト様が1軒1軒回っておられたからな」
「それで不満の声も収まっていた」
「オレの親父の事も、アルベルト様は涙を流して悲しんでくれた」
「そうか…」
「それじゃあ…
アルベルト様が亡くなった時はどうなんだ?
あの時にも犠牲者が…」
「それこそアルベルト様も亡くなっている」
「それに坊っちゃんも悲しんでいたからな…
あれじゃあ責められんだろう」
「そうだよな
それに対してフランドール様は…」
「ああ
あまりに軽く見られていたからな」
「あれで悲しんでおられれば…」
フランドールが少しでも、亡くなった兵士に対して悲しんでいれば…。
あるいはもう少し、亡くなった者達を悼んでいれば違っただろう。
しかしフランドールは、あまりに貴族らしい態度を取っていた。
兵士が亡くなるのは当たり前の事で、その後の保証をすれば良いと思っていた。
それでは反発する者も現れるだろう。
また、他にも理由はあった。
それは酒の席とはいえ、フランドールがアーネストやギルバートを詰った事だ。
フランドールも今回の功績で、一部では評価が上がっていた。
しかしその彼が、酒で評価を落とす事となった。
しかも住民が敬愛しているギルバートと、その友であるアーネストを公の場で詰ったのだ。
住民達の印象は、かなり悪い物になっただろう。
折角使徒に戦士として認められる言葉を貰ったのに、領主としては駄目な印象を与えてしまった。
その上で、将軍に気絶させられて退場となった。
あれが自分で下がったのなら、まだマシだったかも知れない。
しかしこれ以上の醜態を晒せないと、将軍が止めて下がらせた。
これで上下関係が疑われ、将軍の株が上がってしまった。
その上でミスティが飛び出した事で、彼女との仲も疑われている。
付き合っている事は問題は無いだろうが、彼は領主代行なのである。
先ずは公にして、堂々と表で付き合えば評価は違っていた。
しかしコソコソと付き合っていたと思われて、さらに評価を落す事となってしまう。
これでフランドールの評価は、更に落ちてしまったのだ。
フランドールは気が付いていなかったが、彼の評価は悪くなる一方であった。
戦士としてはまあまあだが、人としての評価はかなり低くなっていた。
アルベルトに比べられる事は勿論、将軍やギルバート、アーネストにまで比較されていた。
これはフランドールが来てから、まだほとんどの裁決を他人任せにしていたからだ。
それが為にフランドールの領主としての能力を疑う者も現れ、将来が危ぶまれていた。
「フランドール様…
大丈夫かな?」
「大丈夫だろう?
坊っちゃんやアーネストが居るから…」
「そのアーネストを詰ったんだろう?」
「それに坊っちゃんに対しても…」
「でも、その坊っちゃんは彼を守ろうと…」
「ああ
だがその事が…
さらにフランドール様の評価を落している」
「ああ
そんな坊っちゃんを詰ったんだからな…」
「ああ…
そうなるか…」
ハリスは今日も、忙しく書類の山を抱えて歩いていた。
本当は走ってでも届けたいのだが、領主の邸宅内で走るのはマナー違反だ。
額に汗を浮かべながら、早足で執務室を目指す。
そんな彼を労う事も無く、フランドールは冷たい態度で応対していた。
そんな現場を見られれば、彼の評価はますます下がるだろう。
コンコン!
「フランドール様
次の決済の書類を…」
「もう来たのか!」
「はあ」
そこは机の上の羊皮紙の山に囲まれた、フランドールが怒鳴る姿があった。
慰霊祭の翌日から、ここ数日書類の山と格闘していた。
「もう、置く場所も無いぞ!」
「そうは仰いましても…」
苛立つフランドールを横目に、ハリスは困った様な顔をして書類の山を置く。
そうしながらも、宥める様に優しく告げた。
「フランドール様
こう申しますのもなんですが」
「何だ?」
「書類が片付かないのは致し方ありません
戦後すぐですから」
「ああ
そりゃあそうだろう」
「しかし、苛立ちをあまり口にするのは…
感心しませんなあ」
「ぐっ…
それはこの山が、いつまで経っても片付かないからだろ」
フランドールの苛立ちは仕方が無い。
しかしそれを怒鳴ってみせても、事は片付かないのだ。
今は従者も額に汗を浮かべて、懸命に処理を手伝っている。
「どうでしょう?
少しは仕事を分けられては?」
ハリスは優しく宥める様に言ったが、フランドールの苛立ちは収まらない。
「どう分けろと?
これを誰が仕分けるんだ!」
「はあ」
ハリスは再三申し上げたが、フランドールは聞く耳を持たなかった。
「アルベルト様は些事を、私やアーネストに任せておりました」
「だが、私はそうは行かない
これから街を治めるのに、詳細を知らんでどうする」
「それはそうですが…」
「それに、アーネストはこの街を出るんだろう?
なら任せるわけには行かない」
「でしたら、私や従者の方々に…」
「任せれるか!」
「フランドール様…」
「オレはオレ
アルベルトはアルベルトだ!
一緒にするな!」
「しかし、それではいつまで経っても…」
「黙れ!」
ダンダン!
フランドールは苛立ち、机を激しく叩く。
書類の山が、一部崩れてしまい、慌ててハリスが積み直す。
その後は黙って頭を下げて、執務室を後にした。
「あれでは…
駄目だ
このままではマズいな」
ハリスは勝手に抜き出しておいた書類を持って、アーネストの元へと向かった。
そこには反乱を起こそうとする、危険な住民のリストと報告書があった。
これを元に、冒険者ギルドに依頼を出すのだ。
騒ぎが起きる前に、芽は小さい内に摘むのが良い。
しかしこれをそのまま手渡す事は、今のフランドールには危険に感じられる。
それでこっそりと抜き取って、一旦アーネストに相談する事にしたのだ。
ハリスは再び早歩きになると、そのまま邸宅を出て行った。
アーネストは魔術師ギルドで、新たな魔法の研修と、武器や防具への付与の説明をしていた。
多くの素材が入った事で、より良い装備が作られている。
それに付与させる魔法を、効率よく刻み込む為の指導もしているのだ。
アーネストがしても良いのだが、これから少なくとも数年は街から離れる事になる。
その為に、新たな魔術師を募集して、付与や魔術の指導をしているのだ。
自分が居なくなっても良い様にする為に…。
「ここへいらっしゃいましたか」
「やあ、ハリス…」
「少しよろしいですか?」
「むう…」
アーネストが抗議を終えて、一息吐いているところへハリスが訪れる。
「見ていただきたい書類が…」
「どれどれ…
って、駄目駄目!」
「駄目ですか?」
「危ないなあ
これからはフランドール殿が裁決しないと」
「しかし、これは緊急です」
「まさか…」
「はい
そのまさかです
ですので、いつもの様に私が…」
「はあ…
マズいな」
アーネストは溜息を吐くと、書類の束を受け取った。
こうなったらハリスは、勝手に始めると聞かないだろう。
それにこうして持ち出したのも、フランドールでは裁決出来ない内容だからだ。
それならば自分が居る間に、さっさと済ませてしまった方が良いだろう。
「ふむふむ
これがこっちと…
ああ、そうか」
アーネストはブツブツ呟きながら、書類に訂正を加えて行く。
普段から街に顔を出すので、ある程度の事情は把握している。
なんならハリスが知らない情報も持っている。
だからハリスは、アーネストに相談しに来るのだ。
「こことこっちは任せて
ボクが行って宥めておくから」
「では、残りは…」
「ああ
残念ながら、彼等は選民思想にどっぷり浸かっている
そんな息子達が平民の為に死んだんだ
当然黙っていないだろう」
「選民ですか
ただの騎兵と歩兵なのに」
「それでもさ
いつかは偉大な騎士団長様になる筈だったんだとさ
何人使えない騎士団長様が生まれる予定なんだか
はははは」
「アーネスト」
「だって、そうだろ?」
馬鹿にした笑いをするアーネストを嗜めるが、ハリスも思いは同じだった。
騎士団長は一人だし、使えない者がなったら悲劇でしかない。
そもそも辺境の一般家庭から、騎士団長などという人物が出るとは思えない。
そんな馬鹿げた夢を、本気で考えている事の方が恐ろしいだろう。
あまりの誇大妄想に滑稽ですらある。
しかし笑い飛ばす事もまた、恐ろしい事である。
彼等はそれらの損失を、領主達の命で贖おうとしているのだ。
それで領主が亡くなれば、得する者達が後押しをしている。
彼等を実行犯にして、後に彼等を切り捨てて利益を得ようという魂胆だ。
その辺の裏付けもして、一斉に捕らえる必要があった。
「それで?
手筈は如何致しますか?」
「そうだねえ
いつもの様に、レインのパーティーで対処してもらって…」
「こっちはアリサですね」
「ええ
ギルド長に渡せば分かります」
「かしこまりました」
アーネストはそう言うと、依頼書を出して記入を始めた。
それは冒険者ギルドから預かっていて、緊急のクエストを領主命令で出す為に持っている。
街に問題が起きそうな事案を、闇から闇へと葬る為だ。
その為の専属の冒険者達も、ギルドで選任してもらっている。
このパーティーもまた、暗殺や裏方の仕事を専属でこなす者達だった。
「それでは私は」
「ええ
いつもの様にお願いします」
「何も知りませんから」
「ええ
くれぐれも、お願いします」
「はい」
ハリスは依頼書を持って、冒険者ギルドへと向かった。
そこでギルド長に頼んで、腕利きの冒険者達に依頼する為だ。
いつもの様に、闇から闇へと処分する為に…。
「さあ
次は例の白熊か…」
アーネストは果実水を飲み干すと、次の仕事へと取り掛かった。
白熊から採れる素材は2人分しかないので、慎重に付与しないといけない。
1つはフランドールに差し出し、今一つは国王への献上品だ。
これでフランドールが、少しは機嫌を直せば良いのだが…。
「献上品は失敗出来ない
先ずはこちらからだな」
アーネストは何気なく呟くと、素材の付与をする為に鑑定を始めた。
周囲には魔術師が行き来していて、そんなアーネストの様子を興味深そうに見ていた。
本来ならば、先に加工するのは失敗を前提にしてだ。
フランドールに献上する事を考えれば、それは勿体ない事である。
「まあ…
失敗した方が面白そうだけどな」
しかし最近の様子を聞けば、失敗しても良いかなと思えてきた。
これで失敗すれば、成功させた国王への献上品だけになる。
それを見たフランドールが、悔しがる様も見てみたい気がする。
それでも真剣になって加工するのは、それだけ危険だと思っているからだ。
素材が素材なだけに、失敗した際に何が起こるか分からない。
アーネストは慎重に魔法陣を描いて、効果が表れるか魔力を流して確認する。
「何してんだ?」
「ああ
例の白い熊の素材に、どんな力が秘められているか調べてるんだとよ」
「へえ…」
「静かにしてくれよ
危険な作業なんだ」
アーネストは周りに集まった魔術師達に、うんざりした様な顔をする。
ここで騒がれたら、集中力を欠いて失敗してしまう。
そんな事になれば、どんな魔法が暴発するか分からない。
だから先ずは集中して、魔法陣に魔力を流して鑑定する。
「一体何をしてるんだ?」
「前に教えた、鑑定の魔法があっただろう」
「ああ」
「あれは繰り返して使っていれば、そのうち見える情報も増えてくるんだ」
「え?
そうなのか?」
「教えた時にも言っただろう…
しかり勉強しているのか?」
「そりゃあ…」
「そいつじゃあ、すぐに忘れますよ」
「そうだそうだ」
「うるせえ!」
彼は物忘れが多くて、注意力が散漫だ。
揶揄われて、既に何を話していたかも忘れている。
しかし時々、途轍もない集中力を発揮するので、上手く集中出来れば難しい魔法も使えるだろう。
それまでにどれだけ失敗するかが問題ではあるが…。
「ダリウス
君は的当てが上手だったよね?」
「ん?
ああ」
「そうだなあ」
「弓兵なら良かったのにな」
「揶揄わない!
君達より、ダリウスが素晴らしい点があるんだ」
「え…」
「そりゃあ…」
「コリンは呪文を覚えるのは早いけど、魔力のコントロールが雑だよね?
バートンも暴発はしなくなったのかい?」
「ええっと…」
「まだ駄目だ」
アーネストは順番に見回し、彼等のそれぞれの問題点を指摘する。
一人一人の問題点なら、覚えている事もあるだろう。
しかしアーネストは、集まる魔術師達の欠点を全て指摘していた。
それは彼が、それだけ彼等の始動に当たっていたからだ。
さらに今後を心配して、問題点の改善も考えていた。
「良いかい
ダリウスは集中出来たら強力な魔法も使える可能性がある
だから…
的当てをする時みたいに、集中する練習をするんだ」
「的当て…みたいに?」
「ああ
呪文を唱える時は勿論、魔力を使って何かをする時、その結果を想像しながら集中するんだ
そうすれば、難しい呪文でも成功する様になる」
「ほ、本当か?」
「ああ、本当だ」
「なら、オレ頑張る
的当てみたいにするんだな」
「ああ…
って分かってるか?」
「ああ」
その遣り取りを見て、他の二人はクスクス笑う。
「コリンもバートンも
集中力が足りて無いからだぞ
集中してれば魔力も練れるし、暴発なんてしないんだ」
「はあい」
「へえい」
「しっかりしてくれよ
ボクは来週には、王都へ向かう事になるんだ」
「そうだぜ
オレが追い抜いちまうぜ」
「ダリウスは先ず、呪文を覚える事から始めよう」
「あ…うう」
この新しく入って来た三人は、元は職人や魔道具造りをしていた。
しかし魔術師の需要も増えて来たので、思い切って転職をする事にしたのだ。
適性があったので認められたが、まだまだ呪文を覚えていない。
実戦に出るのは当分先だろう。
それでも戦場に魔術師が出る事は、大きな期待を持たれていた。
そしてアーネストは、先ずはこの3人の欠点を指摘する。
しかしその後にも、周りの魔術師達の欠点も指摘した。
これは何も、作業を邪魔されたからでは無い。
先にも述べていたが、彼はこれから王都に向かう事になる。
そうなってしまえば、彼等を指導する事が出来なくなる。
だからこそ今の内に、彼等に指導しているのだ。
「分かっているのかい?
オレは居なくなるんだぞ」
「はい」
「ええ…」
「それは分っているけど…」
「そしたら教えてやる事は出来なくなるんだ
分かっているのか?」
「それは…」
魔術師に憧れる者は、少しずつだが増えていた。
先の戦闘での活躍もだが、素材の分け前が貰える事も魅力的だった。
良い素材が貰えれば、それだけで良い収入になる。
それに素材を使って、自分なりの作品を作る事も出来る。
今まで職人や魔道具造りをしていた者からすれば、それだけでもとても魅力的だった。
自分が作った魔道具や装備で、魔物と戦って活躍する。
その上で、得られた素材を使ってまた作品造りが出来る。
彼等にとっては願ったりの職場であった。
「早く森に出て、狩がしてえな」
「それにゃあ、先ずは呪文を覚えんとな」
「そうそう
アーネストも言っとるが、何も見ないで唱えられんとな」
「そういうお前も、言い間違えをしない様にな
また暴発するぞ」
「そりゃあ、書き間違えたからじゃ
アーネストがもっと、分かり易く教えてくれれば…」
「あのなあ…」
バートンが予想外の不満を溢す。
「おいおい
ボクはちゃんと、呪文を板書してから説明してたぞ
それを書き間違えたのはバートンだけだろ?」
「そうじゃぞ」
「あれは基本の呪文じゃぞ」
「基本の句を覚えておれば、多少は間違っていても発動する
それが暴走するとなると…」
「そうだぞ
呪文は多少違っていても問題は無い
多少はだけどな
暴発するとなると…」
「あうう…」
アーネストは壁に呪文を書き記し、その上で説明をしていた。
バートンの場合はメモの文字が汚く、自分で何を書いたか覚えて無いのが問題だった。
多少の言い間違いがあっても、精霊が理解出来れば問題は無い筈なのだ。
それが上手く行かないとなれば、それだけ多くの間違いがあるという事になる。
そこまで呪文を間違えるという事は、全然覚えていないという事だ。
それでは暗記で唱えるどころか、見ながらでも無理だという事になる。
「アーネストがみんなに、手書きで渡せば良いのでは?」
「無茶を言うなよ
何枚書かせる気だよ
とてもじゃ無いがそんな暇は無いぞ」
「そうじゃぞ
自分で書かねば意味が無い」
「自分で書いた方が覚えれるしな」
呪文はそこまで複雑では無いが、人数分となれば相応の量になる。
それを一々書いていたら、大変な作業になるだろう。
そういう意味では、本を造る職人は大変な作業だろう。
一言一句間違えずに書き写し、その上で装丁しているからだ。
「いつか魔術書を、専門に作る作家が現れないかなあ」
「それは重要じゃろうが…」
「大変な作業だな」
「だが…
儲かりそうだな」
「バートン
お前には無理だぞ」
「そうそう
先ずは簡単な呪文を覚える事が出来んとな」
「あうう…」
それは魔術師が、もっと暮らしが楽にならないと難しいだろう。
それ専門に作るには、魔術師の様に専門知識がある者が書かないといけない。
そしてそれを買い求める魔術師も、相応の収入が無いと買えないだろう。
いつかは魔術書が、安価で出回らないかと一同は願っていた。
その前に先ずは、本の価格が下がる必要がある。
それはまだまだ、先の事になりそうだった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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