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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
137/190

第130話

夜が明けてから、街の住人は忙しく動き始めていた

今回は魔物の死体が残されていたので、多くの素材が取れるからだ

職人達は運ばれた遺骸を解体し、新たな武器や防具の構想に興奮して語っていた

特にワイルド・ベアが8匹も捕れたのも大きいが、白い熊が一番目を引いていた。

熊の毛皮も使えるし、大きな爪と牙が武器に使えそうだった

何を作るかで朝から議論が繰り広げられていた


街の入り口でも、住人達が集まっていた

亡くなった者達の死体が並び、合同の葬儀が行われるからだ

死体は階級や職種に別れて集められて、その装備と共に安置されていた

中には損傷が酷くて、布を被せられた死体もあった


「本来はすぐに焼くんだが…

 これだけの死体ではな」

「ああ

 それに別れの時間も必要だろう…」


兵士達は死体の列を前に、静かに警戒をしていた。

それは装備を狙った盗難を阻止する目的もあったが、何よりも亡者になるのを警戒していたからだ。

死者は戦闘で命を失い、無念と心残りを残して死んでいる。

だから通常の死より、亡者になる可能性が高いのだ。


「今のところ、亡者になりそうな者は居ないな」

「ああ

 だが、油断は出来ないぞ

 現れたらすぐに、手足を切り離さないとな」


亡者は死なない。

倒すには焼くしかないのだ。

だから亡者になったら、先ずは動きを封じる為に手足を切り離す。

そうすれば動けなくなるので、被害が抑えられる。


しかし亡者になる危険があるからと、全ての死体の手足を切るわけにはいかない。

死者の家族に、手足を切られた遺体と対面させるわけには行かないからだ。

その為に、危険は覚悟でそのまま安置させていた。

だからそれを見張る彼等には、それ相応の手当ても出されていた。


「早く日が昇らないかな?

 そうすれば、亡者になる可能性も下がる」

「おいおい

 あくまでも、それは日の光が苦手な亡者の話だろう?

 ゾンビやグールはそうでもないだろう」

「そうなのか?

 でも…日の光は浄化の作用があるって…」

「日の光に弱いのは、あくまでも身体の無い亡者だけだそうだ」

「それだって…

 アーネストが調べた話だろう?」

「ああ

 だが教会も認めている

 間違いは無さそうだ」

「むしろ日の光で死なない亡者となると…」

「ああ

 そんな者が存在すれば…

 この国はお終いだ」


それは教会も説明していた話だが、そもそもの根拠が無かった。

しかしアーネストからも、大概の亡者は日の光に弱いと報告が上がっている。

何でも魔導王国でも、その様な研究結果が上がっていたそうだ。

そこを修正出来た亡者は、戦術的にも利用できるからだ。


「その話も、眉唾物だからなあ

 本当に効くのかどうだか」

「え…」

「魔導王国だっけ?

 古代王国でも研究していたらしい」

「そうなのか?

 それじゃあ…」

「馬鹿

 それは研究されていただけだ

 そんな簡単に現れる訳が無いだろう?」

「そりゃあそうだろうが…」


言われた兵士は、不意に怖くなって周囲を見回す。

そろそろ明るくなって来たので、少し安心していたのだ。

それが効果が無いと聞いて、不意に不安が増してしまった。

左の兵士の死体を確認して、次に右に向いた時、不意にそこにあった布が動いた。

いや、動いた様な気がした…そう思いたかった。


「おい!

 そこの死体に掛かった布が…」

「おいおい

 止せよ」

「そうだぜ

 いくらお前が怖がりだからって、そんな…」

「亡者の話しだって、滅多に現れないって話だ」

「あくまでも負の魔力だっけ?

 そいつが集まっている時だけだ

 この前の時だって…」

「ああ

 亡者が現れたのは、奴等がその負の魔力を集めていたからだろう?

 だから死体が消えたんだ」

「そうそう

 死体やそいつ等が持っていた無念な気持ち…

 それを負の魔力ってヤツにするって…」

「それじゃあこいつも…」


兵士達が臆病な兵士を揶揄しようとした時、不意に布が盛り上がった。

それは丁度腕のある辺りで、まるで腕をあげたかの様だった。

盛り上がった布を見て、兵士達はパニックを起こす。

それはそうだろう。

亡者にはなり難いと聞いていたのに、こうして亡者が現れたのだ。


「お、おい!」

「ああ」

「う、うわあああ」


すぐさま、兵士達は臨戦態勢に入った。

剣や鎌を構手に隙無く構え、死体にゆっくりと近付く。

臆病な兵士は一番離れた場所に立ち、いつでも応援を呼べるように身構えた。

布の膨らんだ場所に剣を向けて、もう一人の兵士に頷く。

兵士は鎌の先をゆっくり近づけて、その先端で布を捲ろうと…。


みゃあ


布の中から小さな猫が顔を出した。

どうやら死んだ兵士の腕にすり寄っていた様だ。

その子猫は、亡くなった兵士の腕にすり寄る。

まるで彼に、撫でてもらいたいという様に。


「この猫…」

「ああ

 そう言えば、こいつが拾ったって」

「ああ

 部隊長は駄目だって言ってたよな」

「それでも捨てられなかったんだな…」


猫はまだ、ダーナの街では珍しい生き物だった。

どこかの隊商の荷物に紛れ込んだのだろうか、街に入り込んだのを兵士の一人が見付けた。

まだ子猫でどう育てれば良いのか分からなかったが、兵士が引き取っていたのだ。

部隊長は駄目だと言っていたが、こっそりと育てていたのだ。


『ヤギの乳を手に付けてやると、旨そうに舐めるんですよ』


そう言って、生前に兵士は嬉しそうに話していた。


「こいつも…」

「残されたんだな」

「ああ…」


兵士が死んだのが分からないのか、猫は寂しそうにその腕に擦り寄っていた。

その光景を見て、彼等は胸が締め付けられる様な気がする。

街に戻った時に、幾組かの家族でその様な光景が見られた。

亡くなった兵士の遺体に、家族が取り縋って泣き崩れる。

子供達は父親が亡くなった意味が分からず、その腕に縋っていた。


「どうする?」

「ああ…」

みゃあ


兵士達は見つけた小さな者を、どうしたら良いか思い悩んでいた。

間もなく葬儀の為に領主達がやって来る。

その時に相談する事にして、一先ずは臆病な兵士が抱き上げた。

しかし抱き上げた事で、兵士は情が移ってしまう。


みゃあ

「可愛い…」

「駄目だぞ

 お前じゃあ飼えないだろう」

「そうだぞ

 こいつは家があったが、お前は宿舎暮らしだろう」

「じゃあどうするんだ?

 こいつをここで投げ捨てろと?」

「そうは言っていないだろう?」

「そうだぞ」

「じゃあ…

 追っ払えと言うのか」

「いや」

「そこまで言っていないぞ」


兵舎では基本的に、馬以外の動物は飼えない。

飼えない事は無いのだが、共同の家畜用の柵の中で飼う事になる。

だから飼うとしても、やがて食用になる豚や牛ぐらいだ。

猫や犬といった愛玩動物となると、家を持つ者しか飼えなかった。

それも飼えるだけの余裕がある者だけだ。

ここに居る兵士達では、安い給金でとても飼えなかっただろう。


「家があるか、家族が居ればな…」

「あいつは婚約者に預けていたからな

 そこから来たんだろう…」

「家族に渡すのが一番だが…」

「ここに居るって事は…」

「ああ

 婚約者の所から来たのなら、捨てられた可能性も…」

「それじゃあどうすれば?

 このままじゃあこいつも…」

「うむ

 どうしたものか…」


考えられるのは、その婚約者の家から逃げ出して来た可能性だろう。

それならば、その婚約者が探している筈だ。

彼女が来た時に、渡してやれば良いだけだ。

問題は捨てられていた場合だ。


婚約者が戦死して、子猫を見るのも辛い。

それで家から追い出してしまった可能性もある。

それならば、この子猫は帰る家も失ってしまった事になる。

その場合は帰る家も無いので、保護する必要もあるだろう。


「やはり…」

「そうだな

 坊っちゃんに相談するのが一番だな」

「だよな…」

「よしよし…」

みゃあ


兵士達は猫を臆病な兵士に任せて、再び警備に戻った。

幸いにもそれ以上の騒ぎは起きずに、7時の鐘が鳴り響いた。

そろそろ人が集まり始める。

そうすれば警備する兵士も増えるので、警備にも余裕が出て来るだろう。


兵士達の予想は当たり、別れを惜しむ者が次々と現れた。

思ったよりも多くの者が訪れるので、非番の兵士までが呼び出された。

彼等は街角と広場の周りに立って、家族との死別を悲しむ者達を見守っていた。

多くの者達は、遺体を前に泣き崩れていた。


「思ったより多いな」

「ええ

 死者の数だけでも、150人を超えました

 それの家族や恋人となると、それ相応の人数になります」

「150か…」

「正確には…176名が現在の死者です」

「少し増えたな」

「はい

 あれから凍傷で2名、治療の甲斐なく亡くなった者が6名です」

「凍傷か

 将軍はどうなった?」


将軍は一番先頭で吹雪を浴び続けていた。

だから指や足先に凍傷を負っていた。

しかし将軍自体が頑丈だった為に、何とか完治は出来そうだった。

その代わりに昨日は夜遅くまで、ポーション入りの湯に浸けられて、今朝も包帯を巻かれていた。

その傍らにはエレナが付き添い、部隊長も近くに立っていた。


「どうやら問題無く始められそうだね…」

「なら良いんだけど…」

「坊っちゃん」

「おはようございます」


ギルバートが顔を出したので、兵士達は緊張して挨拶をした。

昨日の事は一部だけ伝わっており、それが変な誤解を与えていた。

使徒と互角に渡り合った事と、狂暴化して暴れた姿が湾曲して伝えられていた。

それで一部の兵士は、ギルバートが狂暴化して使徒を打ち負かしたと勘違いしていた。

間違いでは無かったが、それは多少の誤解が含まれている。


「どうしたんだい?」

「え?

 いやあ…ははは…」

「な、何でもあります、せんよ」

「ん?」


兵士達の様子に、ギルバートは疑問を浮かべていた。

いつもなら親しく話し掛けられ、陽気な笑顔も見せてくれる。

それが今朝は、どこか余所余所しかった。

中には恐怖に引き攣った顔をしている者もいる。

それも無理は無いだろう。


フランドールはそんな様子を見て、苦々しそうな顔をする。

無理も無い。

昨日は魔王と戦った姿を見たし、それが危険だとも思い知らされた。

その上でギルバート自身が、魔王やその仲間にもなれると聞けば気が気では無かった。


アモンが言っていたのは、恐らく使徒になれるという意味だ。

そうなれば、女神様の直属の眷族と言う事になる。

その辺の話が曲解されて伝わり、兵士達がそわそわしているのだ。


それに…

昨日の様な事が起きれば、そこは凄惨な戦場になるだろう

あれを止められる者が居るのか?


エルリックが再び封印を施したと言ったが、それでも危うさが残っている。

いつ何時、封印が解ける様な事が起きれば…再びギルバートは人類の脅威になり得るのだ。

人間を憎み、世界を滅ぼそうとする覇王。

それが解き放たれては、人間では太刀打ち出来ないだろう。


なんせ本気では無いと言っていたが、それでも使徒である二人を圧倒していたのだ。

その使徒が連れていた魔物にすら、人間では勝つ事も困難なのだ。

その使徒と互角に戦える存在を、人間が押さえ込む事など無理だろう。

少なくとも将軍やフランドールでは、足元にも及ばないだろう。


難しい顔をするフランドールを、アーネストが心配して声を掛ける。

以前の仲違いの後、二人は和解する事が出来た。

それでフランドールは、以前よりもアーネストに親しみを感じている。

それでもアーネストの楽観さが、こういった時には苛立ちを感じさせる。


「フランドール殿

 心配し過ぎですよ」

「そうは言うがな…」

「ほら

 あれが危険な覇王とやらに見えますか?」


ギルバートは兵士から子猫を受け取り、顔を緩ませて撫でていた。

子猫は最初こそ嫌がっていたが、諦めたのか大人しく撫でられていた。

その様子を見ながら、フランドールは複雑な顔を崩せない。

微笑ましく見えるのだが、いつ封印が解けるか分からないのが何とも不気味で不安だった。


みゃあ

「はははは

 可愛いな」

「坊っちゃん

 嫌がってますよ?」

「そ、そうか?」

「ええ

 猫はあまり抱き上げられるのを嫌がるんですよ」

「へえ…」

「そっと降ろしてあげてください

 それからすり寄って来たところを…」

「えっと…」

「そうそう

 そっと撫でてあげてください」

「臆病ですからね

 優しくですよ?」

「こ、こうかな?」


そんな様子を、アーネストは遠くから眺めていた。

昨日は暴れていたが、今日では子猫にあんな表情を浮かべている。

これが魔王と同格と言われても、信じられる者は少ないだろう。

そういう意味では、子猫は良い働きをしている。


「見てくださいよ…

 こっちの心配を他所に、あんなデレデレしやがって」

「それは…

 相手が子猫だからでしょ」

「子猫だからこそ、危険かどうか分かるんだと思いますよ?

 少なくとも、あの子猫は危険だと思っていませんよ」

「恐ろしいから逃げられ無いのでは?」

「それは…

 そう考えるのは捻くれた考え方では?」

「解けるかも知れない封印

 それが安全と言えますか?」

「確かに解ければ危険でしょうが…」

「解けないと保証されれば…

 それが安心と確認出来れば…或いは…」

「そうですか…」


仮にも領主と成らんとする者だ。

街の安全を考えれば、不安定な存在は脅威でしかない。

それが普段は温和で、街の者達と仲良く暮らしているとなればなおさらだ。

危険な状態になった時に、多くの領民が近くに居る事になるだろう。

それに理解出来ない領民達は、彼を止めようとするかも知れない。

そうなってしまえば、さらに被害が大きくなるだろう。


「分かりました

 引き続き、私が封印について調べます

 それで安全が確認出来れば、フランドール殿も安心出来ますか?」

「ああ

 だが…どうやって?」

「そうですねえ

 王城の書庫を調べようと思います」

「王城の?」

「はい」


それなら、何か書かれているかも知れない。


「ここの書物は粗方調べました

 それでも見付かりませんでした」

「それではやはり、危険なのでは…」

「王都になら何かあるかも知れません」

「見付かる保証はあるんですか?」

「それは…」

「それに見付かるまで…

 危険でしょう?」

「それは王都には一緒に行きますのでね

 ここは問題無いかと…」

「ここは安全でも、王都はそうじゃ無いだろう」

「それはそうでしょうが…

 フランドール殿は安心でしょう?」

「安心って…」


ギルバートとアーネストは、この後王都に向かう予定である。

例え封印が解けても、王都に向かう途中ならば問題は無いだろう。

それに王都に入れば、そこには多くの兵士や騎士が居る。

例えギルバートが狂暴化しても、取り押さえるというのだ。

そこまでの猛者が居るとは思えないが、それは説得力がある。


「それと…

 封印を最初にした人物を尋ねます」

「封印?

 あのエルリックではないのか?」

「ええ

 話によれば、最初にアルフリート殿下にギルバートの魂を封じた者が居ます」

「ああ

 そういえば、そんな事も話していたな」

「その理由もですが、何をしたのかも気になります」

「しかし、もう10年も昔の事だろう?

 それをした者は生きているのかい?」

「そうですねえ

 一人は亡くなっています」

「だろう?」

「ええ

 私の師匠だった人で、ガストン老師と言います」

「ガストン!

 あのガストン老師かい?」

「ええ…」


フランドールも王宮に暫く勤めていた。

だからガストン老師の尊名は、聞いた事があった。


曰く、人嫌いで偏屈な老魔導士

その腕前は西国一と言われていた

しかし弟子を取る事も無く、晩年は孤独に亡くなられたと…

その老師に、弟子が居たのだ

フランドールはその事を知らなかった


「だって、ガストン老師は人嫌いで…

 弟子は一人も取らなかったって」

「あー…

 それは王宮を出る為の口実ですね」


ガストン老師は、なかなか弟子を取る事は無かった。

それは弟子にするだけの、魔力を持つ者が居なかったからだ。

下手な者を弟子にしても、魔力が少なくて大成出来ないのだ。

だからアーネストを見た時に、彼は狂喜していたのだ。


「実際は子供も居ましたし、この街では3人の弟子が居ます

 まあ、魔力が少なくて大した魔術師では無いのですが…

 その最後の一人が私です」

「子供?

 そのお方も、高名な魔導士なのかい?」

「いえ

 ただの魔道具造りが好きな、道具屋の職人です」

「そ、そうか…」


フランドールはもしその人物が腕利きの魔導士なら、是非にでも配下にとは思った。

しかし魔道具を造れるみたいだが、道具屋の職人では期待は出来ないだろう。

魔法が使える様な者ならば、魔術師になっている筈だ。

高名な魔術師の子息といえども、必ずしも魔術師になれるとは限らないのだ。


「そうですね

 フランドール殿が想像する通りの、普通の職人ですよ」

「そうか…」


ガックリ項垂れるフランドールを見て、アーネストは話を続ける。


「それでですね

 王都にはもう一人の人物が残っています」

「もう一人?」

「ええ

 ヘイゼル様です」

「え!」


それも高名な魔導士だった。

彼は現役の王宮魔術師で、国王の懐刀とも言われていた。

その知識は豊富で、国政にこそ意見は出さないが事魔法の研究となれば一人者であった。

アーネストはその人物にも面識があったのだ。


「それはまた…」

「ええ

 そう簡単には会えないでしょう」

「会えないって言うか、会おうとしないだろう?」

「ええっと…

 そうですね…」


彼は人間嫌いと言うよりは、魔導の研究に全てを賭けてると言って良い。

言い寄る女性にも興味を示さず、普段は東の塔にある研究棟に籠って居る。

国王の要請が無ければ、塔から出る事も無いらしい。

らしいと言うのはあくまでも噂で、フランドールはあった事が無いからだ。

そんな偏屈な老師に、会いたがる様な者は居ないだろう。


「あの偏屈な老師に会える伝手は…

 有るのかい?」

「ええ

 老師の名前を出します」

「老師の?

 ガストン老師かい?」

「はい

 師匠は兄弟子でしたから、その名前を出せば…

 あるいは」

「ふうむ

 あのお二人が兄弟弟子だったとは…

 その師匠とやらはどんな人だったのだろう」

「さあ

 その辺は聞いた事もありません

 良かったら土産話に聞いて来ますが?」

「うん

 それは興味深い話だからね

 是非とも頼むよ」


フランドールは余程興味を引いたのか、話に食いついた。

そして昨日ぶりに、フランドールに笑顔が戻っていた。

それが何よりも嬉しくて、アーネストは必ず聞いて来ようと思った。

まさか話す機会が来ないとは、この時は思っても居なかったのだ。


このままフランドールに、ギルバートとの仲を戻して欲しいと思っていた。

またあの時の様に、仲良く3人で話せる日が来れば良いと思っていた。

だからフランドールの願いも、聞いてあげようと思っていた。


「しかし、フランドール殿がこんな話に興味があるとは…」

「いや

 ガストン老師とヘイゼル様だろ?

 王都では憧れる者が居ないほどの魔術師達だ

 私に魔術の才能が有れば、憧れていただろう」

「そう…ですか?」

「ああ

 剣か魔法で独り立ちする

 男なら憧れるだろ?」

「はあ?」


フランドールは気付いていなかったが、アーネストは実は、既に独り立ちしているのだ。

アルベルトに認められて、住居も職も与えられていた。

領主の相談役と、魔術師ギルドの顧問魔術師の職も持っている。

今も領主邸宅に出入りしているのは、何もギルバートと仲が良いからだけでは無いのだ。

相談役は頼まれればするだろうが、裏で色々と裁決も行っていたのだ。

それは領主にも見せられない様な、内々で処理すべき危険な案件ばかりであった。


アーネストとハリスがこっそりと片付けていたので、事が公に出る事は無かった。

領主代行のフランドールには、未だにハリスが行っている様に見られていた。

反領主派の台頭と選民主義の反乱は予想外だったが、それ以外は順当に処理されていた。

それも冒険者ギルドに働きかけて、別件として処理されたからだ。


「私には…

 面倒臭い政治の遣り取りは興味ありませんね」

「そうか?

 一城を持って采配を振るうのは楽しいぞ」

「そうですかねえ?」

「それは君が、魔術師だからかもね

 私は自身がどこまで出来るのか、試してみたいと思ってしまうよ」

「はあ…」


アーネストが興味無さそうなのは、実際にそれの嫌な面を知っているからだ。

しかしフランドールは知らないので、暢気に夢想を膨らませていた。

彼として領主として、色々な政策を行いと思っていた。

この街をより良くする為に、為政を行いと考えていた。

そしてその姿を、愛するミスティに見せたいとも思っていた。


こりゃあ…

ボクが居ない間はハリスが大変だろうな


アーネストが居なくなると、ハリスが主に裁決を下す事になるだろう。

その時にフランドールが関わるかどうかは、ハリスの腕に懸かっている。

少しは減ったとはいえ、未だに選民思想者は潜んで居るのだ。

上手く回せれば良いのだが…とアーネストは心配していた。


フランドールの機嫌が治った様なので、彼の私兵達も安心していた。

昨日の件から今まで、常に不機嫌そうな表情を浮かべていた。

彼が不機嫌なままでは、行事の進行に影響が出ていただろう。

主が渋面を作っていては、葬儀はより暗い物になっただろうから。

これで恙無(つつがな)く、合同葬儀が行われるだろう。


「それでは、家族の者達に最期の別れをさせます」

「うむ」

「女神様への祈りは、対面の後に広場で行われます」

「司祭や教会の関係者は?」

「はい

 既に到着しております」


兵士が示す先に、白いローブに身を包んだ一団が控えて居た。

それを確認してから、フランドールは式の決行を宣言した。

あまり引き伸ばしても、領民達の不満が増すだけだ。

こんな暗い行事は、早目に済ますに越した事は無い。


「ここに第2次魔物侵攻に於ける、犠牲者の合同葬儀を執り行う

 犠牲者の家族となった者達よ

 家族に最期の別れを済ませるが良い」

「はい」

カランカラン!


宣言と共に8時の鐘が鳴り響き、死者の家族がその亡骸へと集まって行く。


「うう…あなたあ…」

「ねえ、パパは?

 パパはどうしたの?」

「お兄さん…」


「お父さんはねんねなの?」

「そ、そうよ…

 うう…」

「おっきしないの?」

「そう…よ…

 うう…」

「ねえ

 お母さん…」


「安らかな顔ね…」

「まるで眠っている様ね…」


あちこちで家族が集まり、亡くなった者達の顔を見ている。

その顔には涙を浮かべて、安らかに眠れる様に祈っている。

中にはその死を信じられずに、泣いて抱き着く者も居た。

しかし兵士が優しく引き離して、他の家族が慰めていた。


そのまま悲しんでいては、死者が安らかに旅立てない。

そうすれば死体に縛られた魂が、亡者として死体を支配してしまう。

そうなればもう、焼いて滅ぼすしか方法が無くなる。

そうならない為にも兵士達は心を殺して、家族を死体から引き離すしか無かった。


カンカラン!

「時刻だ

 式を始めるぞ」

「はい」

「女神様への祈りを捧げる」


やがて9時の鐘が鳴り、女神への祈りを捧げる為に住民達は広場へと移動した。

空は青々と澄み渡り、祈りの声は天まで届いていた。

まだまだ続きます。

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