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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
136/190

第129話

食堂に一同が揃うと、暖かい食事が用意された

温かい野菜のスープに、焼き立ての黒パン

ワイルド・ボアのステーキに、庭で採れた果物の盛り付けも用意されていた

それは戦勝祝いに用意されていたのだが、ギルバートは御馳走に驚いていた

どうやら魔物との激闘を、すっかり忘れている様子だった


使用人が忙しく動いて、食事の提供をする

よほどお腹が空いていたのか、セリアは2枚目のステーキに手を付けていた

それを呆れながら見て、ジェニファーは1枚目のステーキを食べていた

そんなセリアの様子を、心配そうにフィオーナは見ていた


「今日はどうして、こんな御馳走なんだ?」

「おい

 本当に覚えていないのか?」

「ん?」


アーネストはギルバートの言葉に、呆れながら答える。


「お前…

 あれからずっと寝てたんだぞ?」

「あれ…から?」

「アモンと戦ってからだ」


「アモン…

 え?」


「まだ思い出せないのか?」

「…」


ギルバートはソースと脂が滴るのにも気付かず、ステーキを持ち上げたまま硬直した。


「魔物の侵攻があっただろう?」

「あ…」

「魔王アモンが現れて…」

「そう…だ

 魔物の侵攻があって、アモンの用意した魔物が現れて…」

「ああ

 そいつ等も倒したよな?」

「あ、ああ…

 そうだ

 白い熊の魔物と戦って…」


少しずつ思い出して来る光景。

オークの集団を倒して、ワイルド・ベアが出て来た。

それから白い熊が現れて、何とか倒した事。

その後にアモンに剣を渡されて…。


「え?」

「ん?」

「アモンに剣を貰った」

「ああ

 思い出したか?」

「ああ

 それからアモンが…」

「お前に打ち掛かったな」

「そう、その…

 その後?」

「はあ…」

「ん?

 オレはどうなったんだ?

 それにアモンや魔物は?」

「思い出せないのか?」

「ああ…」

「あんな事があったのに?」

「あんな事?」

「ああ」


アーネストが溜息を吐く。

どうやらギルバートは、アモンが打ち掛かったところから覚えていない様子だった。

アモンが打ち込んだ後から、彼は獣の様に唸って暴れていたのだ。

それもアモンが苦戦するほど、恐ろしい力で彼に向かって行ったのだ。


「何だ…

 あの時から意識が無かったのか」

「う…

 多分」

「そうか…」

「それじゃあ仕方が無いか」


食堂が静まり返る。

ギルバートが意識を取り戻したのは良いが、肝心のその時の記憶が無かった。

アーネストとしてはその時の様子を知りたかったが、それも覚えていない様子だった。

ギルバートはただ、疲れて眠っていただけに見える。

しかし実際には、負の魔力に囚われて狂暴化していたのだ。


暴れた内容に関しては、フランドールや将軍からあらましを聞いている。

しかしギルバート自身が、どういった状況だったのかは分からずじまいだった。

それを知るであろうアモンやエルリック達は、既に帰ってしまっている。

あの現象に関しては、後は想像するしか無かった。


「呆れたなあ

 じゃあ、本当に覚えていないのか」

「う…

 そうらしい」

「はあ…

 やれやれ」

「もう

 その話は後でも良いんじゃない?

 食事が冷めますわよ」

「はい」

「そうします」


ジェニファーに窘められて、二人は話題を変えようとした。

そこでアーネストはニヤリと、悪戯っ子の様な悪そうな笑みを浮かべる。


「そうすると…

 あの事も覚えていないのか」

「あの事?」

「ああ

 お前が美少女と抱き合って…」

「え?」

「ちょっと!

 どういう事!!」

「お兄ちゃん…」

「お兄様!

 不潔ですわ!!」


アーネストが漏らした一言に、ギルバートは激しく責め立てられる。

しかし本人は覚えていなかった。

そもそも戦闘をしていた事も忘れていたぐらいなのだ。

それが少女と抱き合ったと言われても、当然覚えていなかった。


「ち、ちょと待て

 何だ?

 それは?」

「はあ…

 どうやら本当に覚えていないみたいだな」


何が何やら分からない事で、母や妹達から冷たい視線を浴びせられる。

困惑と羞恥に、ギルバートは顔を赤くして反論する。

しかしアーネストは、さらにニヤニヤ笑いながら続ける。

彼としては心配させる親友に、少しは思い知らせてやろうという魂胆なのだ。


「な、何だよそれ!

 本当にあった事なのか?」

「うーむ

 これは問題だ」

「え?

 本当にあった事なのか?」


アーネストはニヤニヤ笑いながら、ギルバートの方を見る。

それはどうやって料理してやろうかと、獲物を前にした猛獣の様な顔をしていた。

ギルバートはしまったと思ったが、既に時遅しだった。

覚えてい無い以上、それが本当かどうかは確認出来ない。

そのお相手の少女とやらに、確認するしか無かった。


しかしこの場に居ないという事は、その少女が何処の誰かなのかも分からない。

そもそもそれが本当なのかも怪しいものだ。

それでも母や妹からは、誤解されて冷やかな視線で見られるのは間違い無い。

ギルバートは謀ったなと、アーネストを睨み付ける。


「そうかそうか

 覚えていないのか」

「アーネ…」

「ギル

 どういう事かしら?

 詳しく説明しなさい

 く・わ・し・く!」

「そうよ!

 女の子と抱き合っていただなんて…」

「ふみゅう?」


ジェニファーは鋭い視線を向け、フィオーナも怒りに真っ赤に顔を染めていた。

魔物と戦っていた筈なのに、戦場で女の子と抱き合っていただなんて。

しかも誰も知らない女の子だろうと思われた。

美少女と言うからには子供だろうが、戦場に出る者の中に女の子は居ない筈だからだ。

それに知り合いであるのなら、そのままギルバートを心配して着いて来ていただろう。

しかし帰って来てから今まで、その様な少女とやらは現れていなかった。


どこの誰とそんな関係になっていたのか?

母と娘は詰問する姿勢になっていた。

セリアだけはステーキと戦っていたが…。


使用人達も興味深く見守り、沈黙して見ていた。

彼等にしてみれば、ギルバートがやっと女の子に興味を持ったと嬉しかったのだ。

これで少しは、後継ぎを見られる可能性が上がる筈だ。

アルベルト亡き今、ギルバートに早く後継者が現れる様に使用人達は望んでいたのだ。


しかし同時に、どんな女の子なのか心配もしていた。

戦場に現れて、何と抱き合っていたと言うのだから。

少々問題のありそうな少女だと思われても、それは仕方が無いだろう。

場合によっては相応しく無い相手として、物理的に離れてもらう必要もある。

口元をニヤけさせながらも、みなが真剣に聞いていた。


「アーネスト

 それは何処の誰なの?」

「何処のというのは…」

「え?」

「そこは分かりません」

「分かりませんって!」

「それじゃあ誰なのかも分からないの?」

「名乗りはしていました

 精霊女王と名乗っていましたね」

「精霊女王?」

「女王様?

 まさか…年上?」

「え?

 それはさすがに…」

「まあ…

 素敵な女性でしたの?」


ジェニファーは不信感を露わにし、フィオーナは勘違いをして頬を染めた。

どうやら名前で勘違いをして、変なロマンスでも想像した様子だ。


「あー…

 違いますよ

 女王様と名乗っていましたが、少女と言ったでしょう?

 少なくとも、見た目は子供でしたよ、年相応の…」

「どのぐらいの歳なの?

 家格はどうなの?

 ギルに相応しいの?」

「なあんだ

 年上の女性じゃないのか…」

「おい?

 フィオーナ?」


フィオーナは近しい歳と聞いて、明らかに落胆していた。

彼女はどうやら、年の差のあるカップルのラブロマンスに期待していた様子だった。

しかしそうで無いと聞いて、少し興味を失っていた。


「歳は…

 いえ、姿もよく分かりませんでした」

「え?」

「どういう事?」

「見た目は確かに、オレ達とそう大差ないぐらいの年頃に見えました」

「見えました?

 じゃあ…

 見た目通りじゃ無いって事?」

「少女の様に見えて、年上だって事なの?」

「それが姿もハッキリとは見えていなくて…」

「え?」

「ますます分からないわ

 どういう事なのよ」


アーネストはどう説明したものかと、思案する。

彼も気絶していたので、精霊女王がどの様な人物かは見ていないのだ。

あくまでも聞いた話で、詳細は想像するしか無かった。

説明する相手がフランドールや将軍では、そこまで詳しく聞けないのは仕方が無いだろう。

それでも聞いた情報から、アーネストはある程度の推測は出来ていた。

それが合っているかどうか、確認は難しかったが…。


「彼女は恐らく…

 本来の姿では無いのでしょう

 光の様な姿で現れましたし」

「それは…

 本物の聖霊様?」

「光?」


フィオーナは何故か、光と聞いてセリアの方を見ていた。

それが何なのかは不明だったが、当のセリアは2枚目のステーキを平らげたところであった。

今はフルーツの皿に手を出そうとして、器をひっくり返しそうになる。

メイドの一人が慌てて、フルーツを切って皿に出した。

それを嬉しそうに食べる様子を見て、フィオーナは頭を振っていた。


違う

そんな…筈は無い


大人達が魔物に振り回されている間、フィオーナはセリアと庭で遊んでいた。

いつもの様に花々に水をやり、果物を収穫したりしていたのだ。

そんな折に突然セリアが騒ぎ出して、光に包まれて消えてしまった。

フィオーナは妹が消えてしまい、慌てて庭を探した。


しっかりと見ていなかったと叱られるのを恐れて、彼女は大人に相談しなかった。

しかしそれは正解だった様だ。

1時間も経たない内に、彼女が庭で寝ているのを見付けられたのだ。

だが本人は、消えている間の事は覚えていなかった。

だからフィオーナも、あれは自分の勘違いだったのでは無いかと思っていた。


まさかそれが精霊女王に繋がるとは思えず、彼女はその事は黙っている事にした。

女王などと呼ばれる者が、この妹とは思えないのだ。


「その…精霊女王?

 その娘はなんでギルに?」

「ええっと…

 それがまだ、よく分からない事が多くて

 そのうち分かりましたら報告します」

「どうして?

 何が分からないの?」

「そうよ

 抱き合っていたんでしょう?

 お兄様とその…

 お付き合いされているの?」

「いや…

 どうやらそんな話は…」

「当たり前だ

 オレは知らないぞ」

「ギル…

 お前は知っている筈じゃあ…」

「いや、覚えが無いって」


ジェニファーは母として心配して、尚もアーネストに食いついた。

しかしアーネストも詳しく話せないので、困ったような顔をしていた。


「ええっと

 今話せるのは精霊女王が現れて、重傷だったギルを癒した事だけです」

「それが…抱き合う事と何の関係が?」

「えっと…」

「そうよ

 お付き合いされていないのなら、抱き合うなんて不自然でしょう?」

「フィオーナ…」

「フィオーナ

 今はそういう話では無いのよ」

「でも、変な話しじゃないの

 お兄様は覚えていらっしゃらないし

 いきなり戦場で…抱き合うだなんて」

「あ…

 説明が上手くなかったな」


アーネストは説明しても良いかと、親友の方をチラチラと見る。

しかしギルバートは、その時の事は覚えていなかった。

だから早く説明しろと、ギルバートも目で訴えていた。

仕方が無いと、アーネストは続きを説明する。


「抱き締めて、キスをして…

 傷を癒した?」

「はあ?」

「き、キス?」

「ななな!」

「ふみゅう?」


アーネストは苦笑いを浮かべながら、言葉を選んで答えた。

しかしその言葉がマズかった。

最初のところでは、抱き合っていたという説明だった。

それでもジェニファー達は、興味深々という感で聞いて来ていたのだ。


「何ですって!

 キ、キスした?!

 ギル!」

「はいい!」

「お兄様!」

「はひ」


ギルバートは母と妹から、激しく責める様な視線を向けられた。

アーネストもしまったと思ったが、既に遅かった。

いくら傷を癒す為とはいえ、年頃の娘が抱き着いてキスまでしたのだ。

それも愛する男では無く、面識が無さそうな相手なのだ。

ギルバートが知らないと言った事が、事態に拍車を掛ける。


「ギルバート

 その娘さんとの関係は?」

「え…っと」

「お兄様

 キスするなんて、どういったお関係なのかしら?」

「さ、さあ?」

「責任は取るつもりなの?」

「え?

 でも、知らない子だよ?」

「知らないって!

 知らない女の子とキスしたの?」

「いや、だって

 オレ…意識が無かったんだろ?

 な?

 アーネスト」

「さあ?」

「さあって!

 オレは覚えが無いぞ?」

「それは…

 マズいんじゃないか?」

「おい!

 裏切る気か?」


アーネストはジェニファーを見て、それからフィオーナの方も見る。

どちらも厳しい視線でギルバートを見ていて、ここは下手な事を言えないと思えた。

だからアーネストは黙って腕を組むと、知らないと言わんばかりに首を振った。

オレも気絶していたので、詳しくは知らないという事だ。


「お、おい!

 アーネスト!」

「すまない

 オレも気絶していたからな

 フランドールやおじさんから聞いただけなんだ」

「おい!

 何だよそれ

 無責任…」

「無責任は誰かしら?」

「そうね

 それだけの事をする仲なのに、名前も知らないだなんて…」

「私の教育が間違っていたのかしらね

 これはしっかりと躾ける必要がありそうね」

「そうですわ

 お母さま、今後の為にもハッキリとしましょう」

「ええ」

「えっと…」


二人は顔を見合わせて頷くと、立ち上がってギルバートの横へ向かった。


「さあ

 向こうでお話ししましょう」

「お兄様

 行きましょう」

「え?

 オレ、まだステーキを食べてる途中で…」

「良いから

 別室でお話ししますわよ」

「そうですわ

 どう責任を取るか、ハッキリしておきましょう」


二人はにこやかに微笑むと、ギルバートの腕を掴んで立ち上がらせた。


「ちょ、待って!」

「待ちません!」

「そうですわ

 ここは男らしく、潔く」

「た、助けて

 アーネスト

 ハリス

 誰でも良いからー…」

「うるさい

 黙って着いて来る」

「そう

 責任は取らないとね」

「うわああ…」


ギルバートは引き摺られて、控えの部屋へと拉致された。

使用人達は目を伏せながらも、そこはまだ仕事に使うのに…と思っていた。

アーネストも手を合わせて黙祷し、友の平安を祈った。

セリアだけはフルーツを食べ終わって、キョトンとした顔でその光景を見送っていた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


セリアは何が起こったのか、よく分かっていない様子だった。

メイドが顔を拭いてやりながら、優しく説明をする。


「男の人は女の子に、キチンと責任を取る必要があります

 不誠実な行いは、しっかりと改めさせる必要があるんです」

「ふみゅう?」

「好きでもない女の子に、簡単にキスしてはいけません

 そういう事なんです」

「うーん

 でもセリアは、お兄ちゃんの事大好きだよ」

「それは…」

「ふふふ

 そういう事では無いんですよ」

「ふみゅう?」


セリアの言葉に、メイドはどう答えようか迷った。

既に妹として引き取られたが、確かにセリアなら問題は無いだろう。

他の問題が出てきそうだが。

だが、それをどう説明すれば良いのか?


「お嬢様には…

 まだ、ちと早いでしょう」

「そうですねえ」

「うにゅ?」


セリアはよく分かっていない様子で、使用人達もそれ以上の説明は避ける事にした。

そうした事は、ジェニファーがいずれするだろう。

ここは上手く誤魔化して、この場を退散させた方が良さそうだ。

お説教はまだまだ続くだろう。


「さあ、お嬢様はもうお休みの時間ですよ」

「うう

 まだ起きていたいの

 お兄ちゃんとお話ししていないし」

「でも、あまり遅くまで起きていますと、お肌によろしくないですよ」

「うう…」

「早く休まれて、明日お話ししましょう?」

「うにゅう…」


納得していない様子だったが、セリアはメイドに連れられて退散して行った。

後にはハリスと、グラスに葡萄酒を注ぐアーネストが残された。


「それで…

 お話し出来るのは、そこまでですか?」

「そうですねえ」

「私はアルベルト様の仕事を手伝っていました

 坊ちゃまの出自も知っておりますが?」

「それでも…です

 まだ不確定な事が多過ぎて…」

「使徒の事ですか?」

「それもあります

 それに女神の事も…」

「女神様ですか」


ここでアーネストは、一旦言葉を切った。

いくらハリスとはいえ、この先は危険な話しであった。

彼も敬虔な女神教徒である。

女神が怪しいだなんて、迂闊には言えないのだ。



「女神様はどうして…

 何をお考えになられているのか」

 そこが分かりません」

「そうですか…

「ひょっとしたら…

 いや、そんな筈は…」

「何です?」

「女神様は、実はお二人いらっしゃるとか…」

「お二人ですか?」

「ああ

 そう考えると辻褄が…」


二人は小声でひそひそと話していた。

いくら内緒の話とはいえ、この世界の神の話だ。

あまり迂闊な事は言えない。


「兎に角

 この事はまだ話せません

 何がどうなってこうした事態になっているのか?

 精霊女王の事も含めて、資料が少な過ぎます」

「アーネスト様でもですか?」

「そうですねえ

 王城の書庫でも閲覧出来れば…或いは?」

「王城ですか」


王城と聞いて、ハリスは少し考え込む。


「坊ちゃまと…

 一緒に行かれるんですよね?」

「そうだ…なあ

 そういう予定ではある」

「それならば国王様にお話されて…」

「閲覧許可が出るとは限らないぞ?」

「それでも…

 ハルバート様ならば、良きお考えも浮かばれるでしょう

 お話されてみては?」

「そうだな

 やるだけやってみるか」


許可が出るかは分からないが、王都に向かった際に調べてみよう。

そうすれば、少しは分かるかも知れない。

それに国王ならば、当時の事を覚えているかも知れない。

アルベルトに聞けなかった以上、彼から聞くしか無かった。


二人が話していると、フランドールがローブを纏って現れた。

その顔は浮かない表情をしており、アーネストを見ても不機嫌そうな様子を隠さなかった。

彼は未だに、ギルバートが危険だと思っているのだ。


「おや?

 フランドール様、おかえりなさいませ」

「ああ

 すまないが食事の用意をしてくれ」

「はい

 畏まりました」


ハリスが目配せをして、メイドがキッチンに向かった。

そこは先の控え室を通るのだが、食事の支度をする為には仕方が無い。

ギルバートはまだ、男が不用意にキスなどする物では無いと叱られていた。

理由が理由だから仕様が無いのだろうが、相手が不明なのが問題なのだろう。

キスだけなのだから良かろうに、とメイドは思いながら通り抜けた。


二人が怒っているのは、ギルバートに女の子に対する免疫が無いからだ。

その為に隙だらけで心配なのだ。

確かに意識を失っていたなら不可抗力だろう。

それに治療の為にしたという話だった。

しかしその事で責任を取れと言われたら、この国の常識では逃げられなくなる。

未婚の女子が身を捧げる様な行為をしたのだ、責任は重大と見られるだろう。


その辺を含めて、もっとしっかりしろと責められているが、当の本人は困っていた。

意識が無かったのなら、どうすれば良かったと言うのだろう。

この事で、ギルバートはますます女性が怖いと思った。


食堂ではフランドールが、不機嫌そうな顔をして葡萄酒を手にしていた。

メイドがキッチンに向かった事で、控え室の喧騒が聞こえて来る。

アーネストはいたたまれなくなって、フランドールの方を見る。

フランドールが不機嫌そうなので、アーネストは止む無く質問してみる事にした。


「まだ…怒っているんですか?」

「ああ」

「しかし、再び封印はされたんですよ?」

「それでもだ」


フランドールは、不機嫌そうに葡萄酒を呷る。


「考えてもみろ

 ギルバートが再び暴れ出したら、誰が押さえるんだ?」

「フランドール殿」

「だってそうだろ?

 私は彼を、傷付けたくない」

「しかし封印されているんですよ?」

「解けてしまったら?

 実際にあの男は、解かさない様にと言っていただろう」

「エルリックの事ですか

 確かに言っていましたが…」

「それに、彼もそれで誰かを傷つけたら

 後悔して深く傷つくだろう…」

「それはそうですが、場所を考えてください」

「それ…あ、うむ」


フランドールはアーネストを見て、それからハリスを見た。

周りも見回すが、幸いにもメイド達は居なかった。

メイド達まで居たら、説明するのは難しかっただろう。

彼女達では、執事の様に黙って聞く事は出来なかっただろう。


「坊ちゃまが何か?」

「いや…」

「すまない

 今はまだ、この事は内密にして欲しいんだ」

「はあ…」

「知られては困る事もある

 頼むよ」

「分かりました

 聞かなかった事にします」

「助かる」


ハリスは何か言い掛けたが、アーネストの様子を見て黙った。

これだけ言うのだろうから、余程の事なのだろう。

時機を見て公表されるまでは、黙っているしかない。


「兎に角

 今は様子を見るべきです

 早計な判断は下さないでくださいよ」

「ああ

 分かったよ…」


フランドールはぶっきらぼうに答えると、再び葡萄酒を呷った。

これ以上は何を言っても無駄と判断して、黙る事にしたのだ。

そこへメイドが食事を運んで来たので、フランドールは黙って食事を始めた。


その様子を見ながら、アーネストとハリスは黙って顔を見合わせた。

彼が不機嫌なのは困った事だが、原因が原因なので話題にするのも難しい。

黙って食事を続けるフランドールを見ながら、アーネストも葡萄酒を呷った。

あまり酔いたくは無かったが、このまま気まずい雰囲気にも耐えられない。

苦い酒を飲みながら、明日からどうするのか考えていた。


折角魔物は退けたのに、今のままでは街はバラバラだろう。

多くの死者が出て、明日は広場で合同の葬儀も開かれる。

傷付き倒れた者も多く居る為、残された者だけで行わないとならない。

再び領民に強力を求めて、行事を行う者を集める必要があるだろう。


「魔物はまだまだ出ると言うのに、このままではマズいな…」


アーネストは溜息を吐き、グラスに残った葡萄酒を飲み干した。

まだまだ続きます。

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