表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
135/190

第128話

兵士達が街に帰還する時、最初は戦勝ムードで大賑わいになっていた

住民達の一部も手伝いに出ていたので、魔物の軍勢は見えていた

その軍勢に勝利したのだから、騒ぐなと言う方が無理だろう

しかし多くの死者も出ていて、将軍やギルバートは寝たまま運ばれていた

その姿を見ては、次第に住民達の勝利の喜びも薄らいでいった

勝てたものの、思っていた以上に犠牲が大きかったのだ


領民達には詳しい経緯は省略して、後日報告する事となった

先ずは怪我人を運び、治療が優先される事になったのだ

フランドールも軽傷とはいえ、火傷や打撲の治療が必要だった

将軍も引継ぎは部隊長達に任せて、宿舎で治療に当たる事となった

そして…


血だらけのギルバートを見て、ジェニファーは卒倒しそうになっていた。

夫に続いて息子まで失うと思ったのだから、仕方が無いだろう。

直ちにメイド達に湯を沸かせて、治療の為の魔術師や司祭を手配する。

しかしメイド達がお湯に浸したタオルで拭くと、そこには傷は残っていなかった。

精霊女王が抱擁した時に、どうやら身体の傷も癒されていたのだろう。


「さすがは精霊女王が治療しただけある

 傷一つ残っていなかったか」

「精霊女王ですって?」

「ええ

 ギルがこうなった時、その精霊の女王様が助けてくださったんです」

「精霊の女王…

 まるで物語の様ね」

「そうですね…」


アーネストはジェニファーから、ギルバートの傷の話を聞いてそう答えた。

ジェニファーとしては、息子が血だらけだったのに傷が無い為に不審に思って聞いたのだ。

しかしアーネストからは、予想外の答えが返って来た。

まるで物語の様に、精霊の女王が現れて治療をしたと言うのだ。

こんな時で無ければ、ふざけるなと言っていただろう。


「何ですの?

 その精霊女王というのは?」

「さあ?」

「さあって…

 あなたは見たんでしょう?」

「すいませんが、ジェニファー様

 私も気を失っていたんです

 事態を知ったのは事が終わってからです」

「そう…

 誰かそれを…

 その時の状況を詳しく知る者は居ませんの?」

「うーん

 今のところは色々と問題がありますので

 現在は箝口令を敷いています

 詳しくは方針が決まりましてからで…」

「そう…

 話せないって事ね?」

「ええ」


ジェニファーとしては、色々と聞きたい事もあった。

だが、どちらかと言えばお喋りなアーネストが、こうして黙しているのだ。

そうである以上は、これ以上は聞かない方が良いのだろうと判断した。

何か聞かない方が良い様な事が、この話の中にありそうなのだ。

だだギルバートの安否だけは、気になっていたので聞いてみた。


「でも、これだけは教えてちょうだい

 ギルは…大丈夫なの?」

「さあ…

 それも…」

「え?

 何でなの?」

「傷は癒えましたが、まだ意識が…」

「傷って…」

「頭も打っていましたからね

 それで意識が戻らないのかも」

「そんな…」


確かに傷は癒えたのだろう。

メイドがタオルで拭いた際にも、古傷は残っていたが額の傷も消えていたらしい。

しかし肝心の意識が、メイドが着替えさせている間も戻っていなかった。

気付け薬も検討されたが、今は休ませるべきだとそのまま寝かせている。


アーネストもギルバートが、狂暴化した事は伏せたかった。

だからこそ封印の件も、ジェニファーには伏せる事にしていた。

それで頭を打って、意識が戻らない事にしている。

実際には封印が解けた事で、思った以上に身体に負担が掛かっているのだろう。

しかし本当にこのまま、目を覚ます事が無ければ…。

そんな不安を打ち消したくて、アーネストは頭を振った。


「でも、きっと大丈夫

 なんてったって、あのギルですよ?

 そんな簡単にどうにかなるなんて…」

「そう…

 そうよね」

「今はゆっくりと休ませましょう」

「そうね

 私達がしっかりとしなくては…

 すぐに手配をしましょう」

「え?」

「マリア

 ギルが起きたら、すぐにでも食事が出来る様にして

 エレナはヘンディーの所へ行っているから、あなたが中心になってやってちょうだい」

「はい、奥様」


総メイド長のエレナは、夫であるヘンディーの看病に向かっている。

今は代理のマリアが側に控えて居た。

彼女はジェニファーの命を聞いて、直ちに仕事に掛かった。

先ずは食事を用意する為に、彼女は食堂に向かった。


「フランドール様の手伝いにも回ってちょうだい

 あの方も間もなく、治療から戻られるでしょう」

「はい」

「まだ、ギルも意識が戻っていないし、フランドール殿も…

 少々気が早くないですか?」

「いいえ

 すぐにでも温かい食事を出来る様にするのが、私達貴族の嫁の務め

 それに…

 あなたも食事ぐらいはして行くんでしょう?」

「へ?

 ああ…

 良いのですか?」

「良いも何も…

 フィオーナが心配していましたわよ」

「い?

 何で…

 そこでフィオーナが?」

「ふふふ

 心配しているわよ」

「ぬぬぬぬ…」


内心は、アーネストも早く自分の家に帰りたかった。

そこにはアーネストを心配する、彼のメイド達が待っている。

しかしギルバートの事が心配で、帰るに帰れないでいた。

だから食事の申し出自体は有難かった。

実は先ほどから、空腹で胃が鳴いていたのだ。


「いいですね

 食事ぐらいはして行きなさい」

「ですが早く戻らないと…」

「フィオーナが怒るわよ?」

「むむ…

 そう…ですね」

「安心しなさい

 あの子達にはハリスが伝えていますから」


いや、そういう事じゃないんだけど

それならそれで、何で早く帰って来なかったか怒られるんですけど

あれで彼女達も、心配していてうるさいんですよ?

無事を伝えるだけじゃ無くて、早く帰って来て無事な姿を見せろと怒られるんですけど


内心で泣きそうになりながら、アーネストは笑顔で食事の提供を受ける事にした。

確かにここで逆らえば、フィオーナがまた不機嫌になってしまう。

何でフィオーナの機嫌を心配するのか、そこへの理解はアーネストには無かった。

しかし何故か、フィオーナの機嫌を損ねてはいけない様な気はしていた。


一方その頃

ギルバートは暗い場所にポツンと座り込んでいた


あれから何時間経ったのだろうか…。

そこは暗く、まるで光が差さない場所だった。

夜の森や荒野でも、月や星の光が届くだろう。

ここはそれすらも無く、全くの暗闇に支配されていた。


ポツンと座っていたが、彼は独りでは無かった。

その正面にはもう一人、彼と同じぐらいの年頃の少年が座っていた。

少年は一人で、暗い闇の中で膝を抱えて座っていた。


その容姿は鏡に映した様にギルバートに似ていて、瞳と髪の色にしか違いが見れなかった。

その少年はジェニファーの血を受けて、瞳は薄い緑色で、髪には銀糸の様な銀髪が混じっていた。

しかし決定的な違いは表情で、それはまるで全てを拒絶する様な激しい憎悪に歪んでいた。

目の色は憎悪に染まった、赤い光に明滅している。


この少年を…オレは知っている

いや、理解していると言うべきかな?


数日前から、少年はギルバートの夢の中に何度か現れていた。

あの全力を出した後の夜からだ。

理由はよく分かっていなかったが、それがもう一人の自分であると何となく理解はしていた。

正確には自分を生かす為に殺された、もう一人のギルバートだろうと思われる。


あれが…

もう一人のオレ

本当のギルバートなんだろう…


それは今も彼の口から紡がれる、呪詛の様な言葉から理解出来た。

彼はアルフリートに掛けられた呪いを解く為に、禁術の素材に使われた。

彼の心臓が抉り出されて、その生き血がアルフリートの存在を隠す為に使われた。

それで女神はアルフリートの存在を見失い、亡くなったと思ったのだ。

ギルバートの怨嗟の言葉は、その事に対する恨みの声なのだろう。


『殺せ…

 壊せ…

 全てを破壊しろ…』


繰り返し紡がれる言葉は、全てを拒絶して、破壊しようとしていた。

その言葉の中に時々含まれている言葉が、彼が誰なのかを示している。

彼はアルフリートの中に在りながら、外の情報を得ていたのだろう。

父であるアルベルトが、魔物に殺された事も知っていた。


『父さんを殺した奴等を…

 私の幸せを奪った奴等を…

 私の全てを奪い去った奴を…

 赦さない…

 赦さない…』


その憎悪は魔物に向けた物か?

はたまた使徒に向けられていたのか?

それは分からなかったが、一番強烈な憎しみは恐らく自分に向けられている物だろう。

彼は自分を奪ったギルバートを…。

いや、アルフリートを憎んでいるのだ。

ギルバート、いやアルフリートは激しい憎悪の視線を受けながら、そう確信していた。


まだ確認は出来ていないが、恐らく彼は自分の中にずっと居たんだろうと認識していた。

それがどういう原理だか分からないが、何となく理解は出来ていた。

黒いモヤモヤした感情が、心の奥底から湧き上がる。

全てに怒りを感じて、全てを打ち壊したくなる感情。

それが沸き上がる大元が、恐らく彼なんだろうと理解していた。


それでも戦闘中は、何とか感情を押さえる事が出来ていた。

しかしアモンからの激しい一撃を受けた時、胸元に熱い何かが弾けたのを感じた。

今思い返せば、あれはエルリックに貰った首飾りだったのだろう。

あのアミュレットが封じていたのは、この身の奥底に眠るもう一人のギルバートだったのだ。


あの瞬間から辺りは真っ黒に塗り替わり、二人だけになってしまった。

そしてアルフリートは、ギルバートから激しい憎悪の念を受けていた。

このもう一人のギルバートと向き合い、彼の激しい憎悪を受け続けていたのだ。

それでギルバートは、いやアルフリートは黒い靄の様な負の感情の渦に飲み込まれていた。


アルフリートは叫び、懇願して彼に助けを求めた。

そして友であるアーネストや、頼れる将軍にも呼び掛けた。

フランドールや部隊長、周りに居た筈の騎兵や騎士達にも呼び掛けた。

しかし誰も応えてはくれない。

ここには居なかったのだ。


死んだ父親や家で待つ母、妹達の名前も呼んでみた。

その度に少年の憎悪の眼差しが、強く激しくなる様な気がしたが構わず呼び掛け続けた。

しかし、応えは何一つ無かった。

誰も、何も応えてくれなかった。


女神様にも見放されたのか、応えは得られない。

何一つない暗闇の中で、より一層激しい憎悪を向けられながらギルバートは叫び続けた。

誰かに応えて欲しくて、彼は叫び続けていた。

そしてそんな長い時間を過ごす中で、彼の心はやがて絶望に蝕まれて行く。


暗く黒い負の感情の渦の中で、アルフリートは何時間も責められ続ける。

そんな中で何時間経ったのだろう?

不意に光り輝く少女が、この暗い世界に現れた。

その少女の姿は、夢の中で逢っていたあの少女に似ていた。


姿は似てはいるのだが、何故か少女は淡い緑色の光の様な姿で現れた。

まるで光の塊の様なのだが、何故かその姿が少女である気がしていた。

しかしあの窓辺の少女ならば、その様な姿になる筈は無いだろう。

それにその少女は、何故か自分の事をお兄ちゃんと呼んでいた。


『ごめんね、お兄ちゃん』

「お兄ちゃん?」

『今の私には、まだこれだけしか出来ないの』


少女は何故か、アルフリートの事をお兄ちゃんと呼んでいた。

しかしギルバートの妹ならば、この少女ほど成長はしていない。

それに窓辺の少女ならば、アルフリートはすぐに気が付いただろう。

しかし何故か、彼はその少女の事を思い出せないでいた。

出逢っていたのが夢の中だったからなのか、アルフリートは思い出せなかった。


「君は誰だ?

 お兄ちゃんって…

 オレの妹なのか?

 フィオーナなのか?」

『ううん』

「それではイーセリアなのか?」

『ううん』

「それでは…

 君はだれなんだい?」

『ごめんなさい

 今はまだ…言えないの』


自分の本当の姿

アルフリートの妹なのだろうか?


アルフリートの問いかけには答えず、彼女は淡い光を振り撒いた。

アルフリートは何故か、少女が悲しそうにしているのを感じる。

光の塊なので、顔の輪郭しか分からない。

顔の様子が分からないのに、何故かそう感じるのだ。


『この子の気持ちは救えない』

「この子?

 本当のギルバートか?」

『うん

 救えないけど…

 静める事は出来るから』

「静めるって…

 あいつを救えないのか?」

『うん

 それは出来ない事だから』

「出来ない?」

『うん

 あの子はもう、この世界には居ない子なの』

「居ないって…

 ここに居るじゃないか!」

『ううん

 ここは現実世界じゃ無いの

 だからあの子も、本当はもう…』

「本当は?」

『ごめんなさい

 救ってあげられなくて…』


そう言いながら、少女は光を振り撒いて行く。

少女は悲しそうに、少年に淡い光を振り撒いた。

すると先ほどまでは憎悪の声を上げていた少年の声が、少しずつ小さくなっていった。

一時は激しく罵る様な声だったが、それは小さく呟く様にまで収まった。

そうして少年の姿も、朧気に薄らいで消えて行く。


『ごめんね

 こんな事しか出来なくて』

「君は誰だ?

 一体…

 これは何なんだ?」

『いずれは、あの子も解放してあげないと

 でもね、それまではお兄ちゃんが守ってあげて

 お願いね』

「答えてくれ

 ここは何処なんだ?」

『わたしはもう…いく…』

「おい!」


アルフリートは懸命に、その光の少女に呼び掛けた。

しかし少女の声は、次第にか細く弱々しくなる。

疲労や苦しみでは無く、何か力を使い切ったという感じだろうか?

弱々しく聞こえ難くなって行く。


『気を付けて、もう一人のめ…

 ふみゃあ

 もう…げんか…』

「おい!

 待ってくれ!」

『うにゅう…』

「教えてくれ、君は誰なんだ

 そしてどうしてオレを…」


少女は現れた時と同様に、不意に光の塊に変わった。

そうしてキラキラと淡い緑色の光を振り撒きながら、そのまま消えて行ってしまった。


「待て!

 待ってくれ!

 オレを一人にしないでくれ!」


しかし応えは無く、声もしなくなった。

後には再び暗い世界と、憎悪で睨み続ける少年だけとなる。

それから再び、二人きりの世界に取り残されていた。


あれから何時間が経過したのだろう?

今は夜なのか?

それとも朝なのか?

魔物はどうなったんだ?

アモンは?

アーネスト達はどうしているのだろう?

みんなは無事なのだろうか?


しかし誰も応えてくれない。

少年の呪詛の声だけが続き、暗闇に絶え間なく響いていた。

それだけが、この世界の全てであるかの様に。

しかし未だに、彼はこの世の全てを呪っていた。

まるでそれだけが、彼の全てであるかの様に…。


声が小さくなった事は助かったが、未だに呪詛の声は続いている。

ささくれていた心が少しだけ収まった気がしたが、それも長くは続かないだろう。

こんな所に長く居ては、気が狂ってしまいそうだ。

少年の気が狂った様な振舞は、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。

そんな思いさえしてくる。


ああ…

自分もこのままここに居続けて、やがて気が狂ってしまうんだろうな

彼の様にこの世界を憎んで、呪詛の言葉を吐き続けるのだろうか?

そんな事は嫌だけれど…

もうどうにもならないや…


アルフリートが諦めて、溜息混じりに愚痴り始めた頃に不意に声がした様な気がした。

それは微かだが、自分を呼んでいる様な気がした。

その声は遠くから、自分を呼んでいる様な気がする。

その声に耳を澄ませると、次第に何かが聞こえて来る気がした。


…ちゃん

…いちゃん

「誰だ?」


アルフリートは声のした方を向く。

深く暗い闇の中に、天から日が差す様に光が差し込み始める。

それは最初は淡く弱々しい光だったが、やがて少しづつ強くなって来た。

そして気が付けば、その光が世界を満たし始めていた。


「光が…」

「行くのか?」


気が付けば、少年の呪詛の様な言葉は止んでいた。

天から降り注ぐ光が、少年を照らしている。

そして少年は正気を取り戻したのか、ギルバートをジッと見詰めていた。

その目には憎しみの赤い光は失われて、代わりに意思の力を感じさせる眼光が備わっていた。

年の割には鋭い視線で、彼はアルフリートを見詰めていた。


「ボクは…

 お前が憎い」

「だろうな…」

「ボクの全てを奪い

 ボクの幸せを奪った」

「そうらしいな」

「ああ

 お前は何も知らないだろう

 何も知らずに、何も知ろうとしなかったがな…」

「オレは…」

「いや

 知らなかったんだろう?

 だが同罪だ」

「…」

「ボクの命を…

 父さんの命も…」

「それは…」


ギルバートはそれは、魔物がやった事だと言いたかった。

しかしそこで、ギルバートはその言葉が間違いだと気が付いた。

彼の言いたい事は、そんな事では無い。

彼の聞きたい言葉は、そんな言葉では無いのだ。


「ボクは赦さない

 お前も…

 ボクをこうした全ての物を、赦さない!」

「すまない…」

「謝るな!

 謝られたところで、ボクはもう…」

「でも

 オレはそれしか言えない

 すまない」

「だから謝るんじゃない!」


少年は落ち着いていたが、それだからこそその怒りの大きさと絶望がひしひしと感じられた。


「謝ってくれても意味が無いんだ」

「だけど…」

「言い訳も聞きたくない

 ボクはもう…

 この世界には居ない」

「それでも…」

「覚えておけ」

「…」

「光を失い、希望が絶望に変わる時

 ボクは再びお前の前に現れるだろう

 その時こそ…」


お兄ちゃん!


その時、再び声がした。

今度ははっきりと聞こえて、辺りを柔らかな光が包み込む。

彼女の自分を呼ぶ声が、全ての闇を消し去った。

そうしてアルフリートを包むと、深い絶望と憎しみの闇をも振り払う。

気が付けばもう一人の自分、ギルバートの姿は消えていた。

アルフリートは…ギルバートの意識は徐々に回復して来る。


「ぐ…ぎ…

 があ…」


闇はその姿を隠し、光の彼方へと消え去る。

柔らかな光が差し込んだそこは、何も無い白い空間だった。

その真っ白い世界の真ん中で、ギルバートは光を浴びながら意識が覚醒して行く感覚を味わっていた。

そうして柔らかな温かい光の中で、愛する少女が自分を呼ぶ声が聞こえた。


お兄ちゃん、起きて

もう!

夕ご飯をたべようよ

「せ…り…あ…」


セリアの幼く甘えた声がする。

微かにフィオーナが宥めるこえがして、ジェニファーの物と思しき溜息も聞こえる。

身体を揺すられる感覚を感じて、ギルバートの意識が覚醒して行く。

それと共に、徐々に周囲の騒がしさが聞こえてくる。

まるで夢から覚める様に、意識が次第に覚醒して行った。


「お兄ちゃん

 お兄ちゃんってば

 もう…」


セリアが…呼んで…いる…

起きなくっ…ちゃ…


夢現の感覚の中で、妹が自分を揺すり起こそうとしていると感じた。

いつもの様に甘えて、自分を起こそうとしているのだ。

その頃にはギルバートは、アルフリートであった事を忘れていた。

そしてもう一人の自分、もう一人のギルバートに会っていた事さえ忘れていた。


「もう

 お兄様は怪我をしたのよ?」

「ふみゅう?

 でも怪我して無いよ?」

「それは治ったから…」

「ねえねえ

 早く起きてよ」

「はあ…

 しょうがない子達ね」


仕様が無いなあ

一人でも食事は出来るだろうに

偶に部屋で寝てたら、こうして起こしに来るんだか…ら…

いつまでも世話の掛かる…

オレの愛する大切な…


「お兄ちゃん」

「う…ああ…」

「ギル!」

「お兄ちゃん」

「起きるよ!

 起きるって

 うるさいなあ、もう」


ギルバートは起き上がった。

意識がハッキリしてきて、うるさく起こす妹に溜息が出そうになる。

まったく、一人でご飯ぐらい食べろよとか思いながら伸びをする。

この頃には既に、あの夢の中の様な出来事はすっかり忘れていた。

そして少年や少女の事も、頭の中から消え去っていた。


「あ…

 れ?」


起き上がってみると、そこはいつもの自分の私室で、ベットの脇ではセリアが膨れっ面をしていた。

何でここに居るのかすら、理解出来ずに首を傾げる。

既に意識はハッキリしていたが、魔物と戦っていた事は忘れてしまっていた。

そして何故みなが集まって、こうして騒いでいるのか理解出来ないでいた。


「もう、早く起きてよ

 お腹空いたんだから」

「お前なあ

 もう一人でも…」

「ギル」


しかし、ギルバートの言葉は最後まで続かなかった。

母であるジェニファーが、泣きながら抱き着いて来たからだ。

その両脇には、フィオーナとセリアが立っている。

ギルバートは状況が理解出来ずに、慌てて周囲を見回した。


「え?」

「良かった

 良かったわ…」

「あれ?」

「ギル…

 心配したんだぞ」

「ん?」


気が付くと私室にはアーネストも立っていて、何故か涙ぐんでいる。

その隣にはハリスも居て、こちらも目頭を押さえている。

そして私室の入り口に目をやると、そこには使用人達も覗き込んでいた。


「え?

 何事?」

「お前は意識を失っていたんだ」

「え?」


アーネストが代表して、説明を始めた。


「使徒のアモンが切り掛かったのは…

 覚えているか?」

「へ?

 あれ?」


ギルバートはまだ混乱していた。

先程の暗闇の世界の中での事は、確かに現実の事の様に感じていた。

しかし覚醒する中で、すっかりその事を全て忘れ去っていた。

それでギルバートは、状況が理解出来ないでいた。


「ここは私室で

 オレは寝てて…

 セリアが夕飯に起こしに…あれ?」

「駄目だ、こりゃあ…」

「そうねえ」

「頭を打ったのが原因かな?」

「そうね

 頭を強く打つと、一時的に記憶が無くなると言うわ

 でも、それでも…」

「ええ

 生きているだけ…

 マシですね」

「え?

 生きている?」

「事態が飲み込めていない様なので、先ずは夕食でもしながら話そう」

「そうね

 そうしましょう」


アーネストのその提案に従って、一同は食堂へ向かう事となった。

みんなが安堵に涙を浮かべる様子に、ギルバートだけが頭を捻っていた。

しかしその頭からは、先の少年の事は全て消えて無くなっていたのだ。

ギルバートがこの事を思い出すのは、もう少し先の事となる。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ