第127話
フランドールの詰問は、みなを不安に陥れた
彼の疑問は当然であり、この問題の危険性は見過ごせなかった
ギルバートが本当は王太子アルフリート殿下であるにしても、魔物の様な危険な存在では見過ごせない
今は安らかに眠っているが、いつ先ほどの様に暴れるか分からないのだ
騎兵や騎士達は、今までは敬愛する前領主の息子としてギルバートに接して来ていた
しかしあの姿を見た後では、それも難しいだろう
アーネストは、もう一つの疑問にも目を向けていた
ギルバートが暴れたのは分かった
確かにそれは危険な事なのだろう
そしてアモンが封印を解いたので暴れたと言うのは本当だろう
しかしそれなら、エルリックは何しに来たのだ?
「ギルの事は分かりました
それで?
あなたは何故ここへ?」
「おい、アーネスト
彼は危険だぞ!」
「いいえ、危険ではありません
ここで何が起こったかは分かりません
しかし今後も危険なら、何らかの対策を取れば良い事
そうではありませんか?」
「それはそうだろうが…
危険じゃないか?」
「危険なのは封印でしたか?
それが解けたらでしょう?
そうでなければ、今まででもそうなっていた訳で…」
「確かにそうだが…」
「むしろ封印がしっかりとしていれば、ギルは強力な味方なんですよ?
そもそも危険だと言うのなら、魔物の方が危険でしょう?」
「むう…」
フランドールが尚も危険と言うが、アーネストはエルリックの方を見ていた。
エルリックがここに来た理由は、恐らくは封印が解けた事に関係するのだろう。
そしてわざわざ来たという事は、何か封印に関する手段がある筈だ。
そうで無ければ、ギルバートが大人しくなった理由が無いのだ。
アーネストは先程、ギルバートが暴れている時は気絶していた。
目覚めた時には、ちょうど精霊女王が消えた時だったのだ。
だからこそアーネストは、精霊女王を見ていなかった。
それでギルバートが寝ているのは、エルリックの仕業と思っていた。
「何かあるんでしょう?
今までも封印していたんでしょうから…」
「ああ…
うん
でも自信は無いかな?
一度は強引にとは言え、破られてるわけだし」
「しかし、ギルを元に戻したんでしょう?」
「それは違うんだ」
「それは先程…
アーネストは見ていなかったのか?
精霊女王を…」
「精霊女王?」
「いや
見ていないのら分からないか…」
しかしエルリックは、自信が無さそうにしていた。
無理も無いだろう。
封印は破られたばかりか、力も増していて抑えるのもやっとだった。
もしあそこで精霊女王が現れなければ、こうして無事に収めれたかは自信が無かった。
アーネストは見ていなかったが、精霊女王が居なければギルバートは元に戻らなかったのだ。
「それに…」
「それに?」
「彼が望んでいても、本物のギルバート?
ややこしいな
ギルバートが興奮していては、自力で封印を破る恐れがある」
「自力で…」
「どうしてそうなるんだ?
今までは大丈夫だったんだろう?」
「どうやら、父親が殺された事も原因みたいでね
憎しみの心に捕らわれていてはどこまで出来るか…」
「憎しみ…
父親が殺されたって、もう一人のギルバートは知っているんですか?」
「ああ
表面には出て来ては居ないだろうが、普段から感情や外界からの刺激は受けている
恐らくこうしている間にも、我々の声が聞こえているだろう」
「それで封印が弱まっているのか?」
「弱まっていたのは、魔物との無理な戦闘もあるんだ
そうした原因が積み重なって、封印が弱まっていたんだ
そこにアモンの奴が…」
「ワシのせいか?
既に封印は弱まっていて…」
「でも、あんな無茶をしなければ解けなかったんだぞ
それを刺激して、封印を壊させて…」
「それは…すまなかった
しかしワシはもう壊れると思って…」
「もう良い
そんな事よりも、今は封印が出来るかどうかが重要なんだ
どうなんだい?」
「ううむ…
もう一人のギルバートが邪魔をしなければ…
あるいは…」
そう言ってエルリックは、ギルバートの方を見ていた。
黙って寝ている様に見えるがもう一人のギルバートが居て、今も聞き耳を立てているのだろうか?
何を思って、何を考えているのだろう?
憎しみというのなら、今も憎悪を滾らせているのだろうか?
アーネストもギルバートの方を見ながら、複雑な思いを抱いていた。
そんな二人のやり取りを見て、フランドールが苛立った様に言う。
彼としては、このままギルバートを放置出来ないのだ。
先程の様子に恐怖を感じていて、今すぐにでも拘束したかったのだ。
「このままでは危険だ
言いたくは無いのだが、彼を拘束させてもらうぞ」
「そ、そんな!」
「それはあまりにも酷い」
「しかし再び暴れ出したらどうする?
もう先ほどの光る少女は居ないんだろう?」
「精霊女王の事か?」
「そうですね
さすがに無理でしょう」
「その女王というのは…
もう来てくれないのか?」
「ええ
先程も無理を押して来てくれたのです
当分は無理でしょう」
「それならどうするんだ?」
フランドールの言葉に、騎兵達が不満の声を上げる。
幾ら危険だと言っても、ギルバートを拘束させるなど許されないと思っていた。
前領主の息子と思って慕っていたし、それに王太子となれば迂闊な事も出来ないだろう。
しかし危険な事には変わりが無い。
彼等がどうするべきか思案をする間にも、フランドールは騎士に命じて縄を用意させる。
「おい
街に戻って拘束用の縄を用意しろ」
「はい」
「待ってください」
「そうですよ
あの方は王太子でもあるんですよ」
「それでも…
危険だろう?
さっきみたいに暴れても、もう精霊女王とやらは来てくれないんだろう?」
「それはそうですが…」
「どうにかならないんですか?」
「そうですよ
先程の話しでは、封印は出来るんでしょう?」
「出来るのなら封印をしてくれ
そうなれば私も…」
「むう…」
「あんたもあの精霊女王?
あれの兄なんだろう?」
フランドールは不満そうに、エルリックの方を見ていた。
精霊女王が現れた時に、確かにエルリックは兄と言っていた。
それが本当ならば、彼はその女王の兄という事になる。
それならば、彼にも何某かの力があるのだろう。
しかしエルリックは、先ほどから無理だと言うばかりであった。
フランドールとしては、そんなエルリックの事も信用出来なかった。
「なあ
本当に精霊女王と言っていたのか?」
「ああ
不思議な光の様な少女が現れて、ギルバートを大人しくさせたんだ
アーネストは見ていなかったのか?」
「ああ
残念ながら、気絶していたからな」
「そうか…」
「あいつの妹らしい」
「精霊女王が妹…ねえ…」
「そんな目で見るなよ
私も本来なら精霊王だったんだ」
「精霊王…
物語の存在と思っていたが、実在するとは…」
「言っておくが、過去の事だぞ
私は今では、単なる女神様の使徒なんだ」
「単なるって…
お前も立派な女神様の使徒なんだろ?
自覚を持てよ…」
エルリックは過去の事と言っていたが、アモンはそうは思っていなかった。
確かに精霊王としての力は失っているだろうが、使徒としての力を持っている。
その気になれば、例え覇王と言っても子供だ。
何らかの方法で抑える事は出来るだろう。
「その…
精霊女王だとかがギルを鎮めたのか?」
「そうだ」
「はい」
「こう…
抱き着いてキスをして…」
「ふううん…
キス…ねえ」
こういう時にだが、アーネストはニヤリとしていた。
あの初心なギルバートが、精霊の女王とやらに抱き着かれてキスまでされたのだ。
正気だったらどんな顔をしただろう。
「しかし妙ですよね?」
「そうだよなあ」
「何が?」
「あの少女は…」
「ああ」
「確かお兄ちゃんって言っていましたね」
「あっちがお兄ちゃんだろ?」
「ですよね?」
「それなのに…」
「ん?
ギルの事もお兄ちゃんって言っていたのか?」
「ええ」
「変ですよね?」
「坊っちゃんの妹となれば…」
「あり得ないですよ?」
「ううむ…」
アーネストがエルリックを見るが、騎兵達はそうではないと言う。
「いえ
あちらの方では無く、坊っちゃんの事をそう呼んで…」
「そうです
坊っちゃんの事をお兄ちゃんと言っていました」
「確かに妙だなあ…」
アーネストは尚もエルリックを見るが、彼は何かを隠しているのか視線を逸らした。
「それに…」
「何だか聞いた事がある様な…」
「え?」
「そうですよ
姿こそ見た事無い少女でしたが、どこかで見た様な…」
「ああ
あの…
独特な喋り方を聞いた様な…」
「うーん
益々謎だな」
精霊女王の事も気になったが、騎士達が縄を持って来たので話が中断した。
フランドールは騎士達に拘束する様に指示を出すが、騎士も相手が王太子とあって判断に迷っていた。
このままフランドールに従って、ギルバートを拘束しても良いのだろうか?
そう考えてしまって、拘束する事を躊躇っていた。
「さあ、すぐに縛るんだ」
「しかし…」
「王太子様ですよ?」
「だから何だ?」
「いや…あのう…」
「いい、貸せ!
私が縛る」
フランドールは苛立ち、騎士から縄をふんだくった。
そのまま縄を持ってギルバートを拘束しようとするが、騎兵達が立ち塞がって邪魔をする。
「させませんよ」
「そうですよ
坊っちゃんを縛るだなんて…」
「お前等、何のつもりだ」
「坊っちゃんに縄を打つなんてさせません」
「そうですよ
私達が認めませんよ」
「だったらどうする
また暴れさせるのか?」
フランドールは苛立ちながら、吐き捨てる様に言った。
しかしアーネストは進み出ると、静かにフランドールの肩を叩いた。
「その必要は無さそうです」
「何だって言う…
ん?」
見るとエルリックが進み出て、静かにギルバートの前に跪いた。
「やるだけやってみます
それで駄目な時は…
私が残ります
押さえる事ぐらいは出来るでしょう」
エルリックはそう言って、呪文を唱えながら懐から何かを取り出した。
それは銀製のネックレスで、中央に魔石が填め込まれていた。
以前見た首飾りとは違って、今回のは古ぼけた首飾りであった。
しかしそれから感じる魔力は、以前の物の比では無かった。
「精霊よ
古の竜よ
女神様の聖名に於いて、契約を成せ
この忌まわしき護符の力を持って、彼の者の負の力を封じ給え
聖なる封印を持って、負の心を封じ給え
Seal me in the sacred name of the Goddess.」
無事に呪文を唱え終わり、エルリックは首飾りをギルバートの首に掛ける。
首にネックレスを掛けたところで、淡い光がギルバートを包んだ。
そうして全身に文字の様な物が浮かび上がり、発光し始める。
「おお…」
「これが封印?」
「以前の物よりも強力な封印になります
しかし…」
「しかし?」
「この光が収まらなければ、封印は完了しません
なかなか上手く行かないですね…」
「光が収まれば良いのか?」
「ええ
それで理性で抑えれる様になるでしょう
しかし忘れないでください
一度は破られています」
「どうなったらマズいんだ?」
「特に怒りや憎しみといった負の感情が高まった時、また破れる可能性があります
そういう事が無い様に、気を付けてください」
エルリックがそう言うと、ギルバートを包む光が消えてネックレスの魔石が輝いた様な気がした。
そしてギルバートの身体に浮かび上がっていた、文字の様な光も収まる。
どうやら封印自体は成功した様だった。
しかし見た目には、何も変化は見られなかった。
「本当に…
大丈夫なのか?」
「ええ
このままそっと連れ帰って、休ませてください
くれぐれも余計な事をして、封印を破らない様に」
「封印か…」
「ええ
どっかの馬鹿みたいな事はしないでくださいね」
エルリックはそう言うと、思い出したかの様にアモンを睨んだ。
アモンは慌てて視線を逸らすと、口笛を吹いて誤魔化していた。
「ありがとうございます」
アーネストは素直に礼を言い、エルリックに頭を下げた。
「止してください
これは当然の事ですし、私にも責任があります」
「しかし、あなたに指示したのは女神様でしょう?」
「そう…なんですが
些か疑問があります」
「と、言うと?」
「あれは本当に、女神様なんでしょうかね?」
「おい!」
アモンが怒りに満ちた顔で睨む。
しかしエルリックは続けた。
そもそもアモンも、女神の行動には疑問を感じているのだ。
信じようと思っているが、疑問は感じている。
だからこそエルリックが疑問を持つ事に、反応して怒っているのだ。
「妙だとは思わないのか?」
「そりゃあ…
思わなくは無いが…」
「出された指示と違う指示が出ている」
「そうなんじゃが…
そもそも神託がな…」
「ええ
例えば、人間を滅ぼせと言う指示と殺さずに試せという指示だ」
「ああ
そうなんだよな」
「それに人間に神託を下しておきながら…
我々には無かった」
「うむ…」
エルリックの言葉に、アモンも不満そうだが頷く。
確かに滅ぼせと言ったのも女神だが、その後になるべく殺さない様に嘆願していた。
どちらも女神からの指示だったが、それだからこそ混乱していた。
だからこそ、実際に手渡された魔物以外には連れて来なかった。
しかし魔物の中には、明らかに危険な物が仕組まれていた。
あれは下手したら、この国すら亡ぼす様な危険な魔物であった。
そんな物を仕込んでおきながら、殺すなと言うのもおかしい。
それを用意したのも女神なのだ。
「そういえば
あの魔法はどうやって覚えた?
確か一度は魔法は取り上げた筈だが?」
「それは女神様の指示で、魔導書を渡していたからな」
「そうか…
そこでも指示が…」
「ああ
スキルは封じる様に指示が出ていた筈だ
それで一時は書物も焼かせて…」
「あれも女神の指示なのか?」
「あ、ああ…
歴史を隠す必要もあったが、魔法やスキルを忘れさせる意味もあったんだ
だからこそ、多くの魔導書も焼かせていたんだ」
「帝国の焚書に、そんな意味が…」
「おかしい
何かがおかしい」
「ああ」
二人の使徒は頷き合い、互いに疑問を持っていた。
それは互いの仕事に違いがあったが、指示が食い違うという事は同じだった。
一方で人間を滅ぼす様に指示を出しておきながら、他方で人間を守る様に指示を出していた。
そんな食い違いの指示を、同時に出していたのだ。
アモンが指示に疑問を持つのも、当たり前だろう。
「ワシはもう一度、女神様にお目通りして来る
このままでは納得がいかん」
「そうだな
しかし、最近は再びお姿を見せられていらっしゃらない
素直に会えるのか?」
「ううむ
分らん
分らんが…」
「行ってみるしか無いか」
「ああ」
二人の言葉に疑問を覚えて、アーネストは聞き返した。
「なあ
姿が見えないのに、どうやって指示を受けていたんだ?」
「ああん?」
「それは…
直接声が聞こえるんだ
使徒はそうやって、指示を受けている
信託と原理は同じだ」
「それならば、どうしてそれが女神様だと思ったんだ?」
「そりゃあ…」
「神託を降せるのは女神様だけだ
他ではあり得ん」
「そう…なのか?」
「何だと?」
「そもそも
女神様は姿を見せられていないんだろう?」
「そりゃあそうだが…」
「一度は現れておられる
特に14年前の時には、久しぶりにお姿を見せられた
だから私は、素直に禁術の書を渡したんだ」
「そうか…」
使徒の話には嘘が無かったが、疑問が残った。
姿を見せた事もあったが、それ以外は声しか聞いていない。
それに従って動いていたわけだが、その指示がちぐはぐでもあった。
これでは信用も無いだろうに、相手が女神では使徒は従うしか無かったのだ。
「気になる事はあるが、お姿を見られるまでは信じて従うしかない
だからワシは、神殿に向かって確認する
お前はどうする?」
「どうすると言っても…
今は指示を受けていないし」
「ならば、こいつ等を殺せと言われたら?」
「な!」
「どうするのじゃ?」
アモンが物騒な事を言ったが、エルリックは悩む事無く答えた。
「今のところは従えない」
「女神様の指示でもか?」
「ああ
この子達には可能性を感じている
だから…
従えない」
「ふん
勝手にしろ!」
アモンはそう吐き捨てる様に言うと、腹心のオークを連れて去ろうとした。
しかし振り返ると、フランドールの方をじっと見詰めた。
「あー…
おほん」
「?」
「開戦前にはああ言ったが、貴様はよく頑張った」
「え?」
「これはワシからの褒美じゃ」
そう言ってアモンはもう一方の剣を腰から外して、フランドールに向かって放った。
先のギルバートを試した剣の、もう一方の対になる剣だった。
フランドールはそれを受け止めると、黙って抜いてみた。
小振りだが1mほどの刀身は黒く輝き、柄に飾られた魔石には魔力を感じられた。
小剣よりも長剣に近かったが、重くてしっかりとした造りの剣である。
「竜の牙から作られた逸品だ
大事に使うが良い」
「り、竜?」
「ああ
以前カイザートと…
いや、そこは重要では無いな」
「ん?」
「兎も角珍しい逸品じゃ」
「良いのか?」
「うむ
ワシは勇敢な武人は好きじや
だから褒美は、その者に似合った物を授けておる」
「ありが…とうございます」
フランドールは一瞬悩んだが、素直に受け止めて頭を下げた。
その様子を満足そうに見て、アモンは頷いた。
「ふふふ
先日は失礼な事を言ってすまなかった
お前はまごう事無く、勇敢な戦士じゃ」
「認めて…
くれるのか?」
「ああ
小僧にやった剣も、同じドラゴントゥースから作られた剣だ
大事に使う様に伝えておけ」
そう言いながら、鞘をギルバートの前に放った。
この剣は本来なら、2本で1対になる剣なのだろう。
しかしアモンでなければ、これを両手に持って振り回す事は出来ないだろう。
フランドールでは、両手でやっと振れるほどの重たい剣だった。
それをアモンは、両手にそれぞれ持って軽々と振るっていたのだ。
「では、ワシはこれで行く
さらばじゃ」
「ア!
アモンサマ、カエリグライハ…」
「タノミマスカラアレハ…」
慌てて側近のオークが叫ぶが、構わずアモンは高笑いを始めた。
側近の言葉も虚しく、再びアモンは爆発をさせる。
「ふはははは…」
チュドーン!
直後に轟音を轟かせて、盛大に煙が辺りを包んだ。
もうもうと煙が立ち込めて、周囲を白煙で埋め尽くす。
そのまま笑い声だけ暫く残して、戦の魔王は去って行った。
後に残されたのは、煙に巻かれて咳き込むフランドール達だけであった。
「最後まで騒々しい…
けほけほ」
「あのオーク…ごほん
可哀想に…ごほんごほん」
「いつもああなのか…げほげほ」
「まったく
煙たくて…ごほごほ」
みなは色々と思う事はあったが、その残された煙で咳き込んでいた。
煙が晴れたところで、エルリックも立ち上がった。
彼はマントで口元を覆って、咳き込む事は無かった。
どうやらアモンが爆発させる事を知っていて、それに慣れている様子だった。
「さて、私も去ろうと思う」
「そうですね」
「まだ聞きたい事は、色々とあると思う
しかし、私も話せない事が多い」
「それは分かりました
ですが…」
「ですが?」
しかしアーネストには、確認しておく必要がある事が残っていた。
「ですが、これだけは確認させてください」
「何だい?」
「これで戦いは終わったんですか?」
「ああ
他の魔王が指示されない限りは、暫くは何も起きないだろう」
「他の魔王ですか…」
「ああ
こればっかりは、女神様の指示次第だろうね」
「分かりました」
アーネストは頷いたが、続けて将軍が尋ねた。
「それでは、魔物ももう出ないんだな?」
「いえ
それは無いでしょう」
「え?」
「既に新たな魔物は放たれていますし
そもそも魔物には指示が出ていませんからね」
「そんな…」
「当然でしょう
一々魔物に、女神様が指示を出す事はありません
その為の魔王であり、使徒ですから」
「それなら、その使徒の指示で…」
「私達も、女神様の指示が無い限りは出来ません
後は魔物達が勝手に…
好きに動くでしょう」
「だったら今後も…」
「ええ
魔物は増え続けるでしょうね」
エルリックは、それは仕方が無い事だと言った。
そもそも、女神は人間と接触させない為に結界を張ったのだ。
魔物を守る為であって、人間を守る為ではない。
それに、明確に人間を守る様には指示を出していない。
そうである以上は、勝手な事は出来ないのだ。
「そういう訳で、魔物がどうするかは彼等次第です」
「そんなあ…」
「それではまた魔物と戦わないと…」
「まあ、逆に考えれば、アーマード・ボアの様な獲物も増えるわけですから
そこは考え方しだいです」
「自由に狩っても良いのか?」
「ええ
さすがに、魔物が攻めて来るのに狩るなとは言わんでしょう
他の魔王にも話は通しておきます
好きにしてください」
エルリックの言葉に、フランドールが答えた。
「分かりました
それでは、こちらで自由に狩らせてもらいますよ?」
「うん」
「そこは良いのか…」
「もう無いのなら、私も行くよ」
「はい」
「では、また何かある日まで」
「もう…来なくて良いです」
「そんな
冷たい事を言うなよ…」
エルリックは落ち込んだフリをして、しょげながら去って行った。
森の入り口に差し掛かる頃には、転移でその姿は消えていた。
後に残された面々は、これからどう説明するべきか悩みつつ、凱旋する事となった。
ギルバートを始めとした意識を失った者達は、馬車や荷車に乗せられて運ばれる。
住民は勝利に酔っていたが、兵士達は暗く沈んでの帰還であった。
魔物の侵攻は止めれたが、魔物は依然として残されているからだ。
まだまだ続きます。
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