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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
131/190

第124話

その魔物は、アモンも知らない魔物であった

通常の魔物からは掛け離れた存在で、その能力は未知数であった

見た目は白く雪に包まれた様な姿で、ウィンター・ベアという魔物には似ていた

しかし咆哮はするが、吹雪を吐き出す様な能力は無かった筈だ

そこを考えても、知らない未知の魔物であった


アーネストも魔物は、ウィンター・ベアと推測していた

しかし彼も、文献に載っていた魔物とは違うと思っていた

文献には強力な膂力からの爪と、岩をも噛み砕く強靭な牙に注意とあった

吹雪の咆哮などといったものは、どこにも書かれていなかった

それは記述漏れとは思えないし、当時の著者が知らなかったとは思えなかった


それに…

アモンの様子がおかしい

彼もこの魔物は知らない様子だ


アーネストは遠目に戦場を見ていたので、彼の様子は見れていた。

そして彼が魔物が現れた事に、驚くのを疑問に感じていた。

もし彼が仕込んでいたのなら、あんな驚いた様子は見せないだろう。

しかし、今はそれどころではない。


「ギル、そいつの正面に回るのは危険だ

 側面や後ろに回って攻撃するんだ」

「アーネスト…

 分かった」


ギルバートは寒さで感覚の鈍った身体を動かし、魔物の正面から離れようとした。

将軍も聞こえていたので、部隊長に指示を出した。


「聞こえたな

 ダナンも正面には立つな

 ハウエルも左から側面に回れ」

「はい」

「動ける者は側面に回れ」

「負傷した者は下がれ

 防壁の向こうなら治療も出来る」

「はい」

「良いか、死ぬなよ

 死んだらオレが、ぶっ殺すぞ」

「はい」


無茶な命令だが、部隊長からしても必死なのだろう。

兎に角、部下を死なせたくない一心で、彼等は懸命に指示を出した。

寒さで感覚の鈍った身体では、攻撃する事は出来なかった。

今は先ずは後退して、魔物の攻撃を見極める必要があった。


ゴガアアア

ビュオオオオ!

「ぬおおおお」


将軍が正面に立って、剣を盾代わりに必死に囮になる。

その間に負傷者を運んで、騎士達も後方に下がって行く。

寒さにやられて、多くの騎士が震えていた。

革鎧では無いので、寒さに対しては弱かったのだ。

フランドールも寒さに震えて、唇を真っ青にして運ばれていた。


「フランドール様

 しっかりしてください」

「私は、良い…

 早く、みなを…」

「はい

 すぐに負傷者は運びますので」


フランドールは慣れない寒さと、強烈な咆哮の影響で意識が混濁していた。

騎士達も王都暮らしの者が多くて、こんな寒さには慣れていなかった。

それに寒さに慣れている者でも、夏のこの暑さから急に真冬の様に冷えては身体が追い着かないだろう。

ほとんどの者が寒さに震えて、剣を握る力も失っていた。


次々と負傷者が運ばれる中、アーネストはどう対策をするか考えていた。

しかし具体的な考えが浮かばずに、いたずらに時間だけが過ぎて行く。

そもそも夏の様な暑さの中で、急激に冬の様な寒さに晒されるのだ。

その様な状況に耐えられる者など、人間には存在しないだろう。


「くそっ

 雪や冷気を吐き出す熊なんて、どうすれば良いんだ」

「まるで冬の様だからな」

「冬をどうにかしろって…

 魔術師にでも無理だよ」


思わず口から出た言葉に、ミリアルドが答える。


「なあ

 燃やしたらどうだ?」

「馬鹿か!

 あんな大きな熊を…」

「いや、寒かったら焚火や暖を取るのに燃やすだろ?

 周りで火を焚いたら…」

「焚火?

 暖を取る…」

「ああ

 寒かったら暖める

 常識だろう?」

「そうか!

 そうだな

 すぐに焚火をして、凍傷に罹りそうな者には暖を取らせよう」

「すぐに薪を集めます」

「がははは

 オレ様の頭が役に立ったか?」

「ええ

 そんな単純な事が思い付かないなんて…

 単細胞な脳の方が思い付き易いか…

 うむ」

「おい!

 それはオレの事を…」

「そうなれば暖めれば…」

「って、おい!」


ミリアルドの意見は負傷者への処置と思われて、すぐに兵士達が薪を集めに向かった。

しかし薪なんてすぐには集まらない。

まだ季節は夏なので、枯れ木や枯れ枝はそうそう無い。

街に戻って集めるにしても、焚き付け用の枝など早々に集められないだろう。

住民達が走っているだろうが、時間が掛かる。


それに吹雪の影響で、そこらに落ちる木の枝は湿っていた。

湿っている木の枝では、火を起こす事も難しい。

そして湿った木の枝では、燃やした時に煙が上がって視界を奪われる。

暖を取る為とはいえ、煙に視界を奪われては危険である。


「凍傷になりそうだ

 何とか暖める方法は無いのか?」

「だから、それこそ火魔法で…」

「ああ!!」

「何だよ」

「そうだよ、火魔法だ」


ミリアルドの言葉で、ようやく魔術師達は気が付いた。

薪が無いのなら、魔力で補えば良い。

幸いここには、火魔法ぐらいなら使える魔術師は幾らでも居る。

寒いのなら人数でどうにかすればいい。


「すぐにやろう

 我、女神様に乞う

 汝が子に暖かな火の温もりを与えたまえ

 ファイヤー」


直接人に当てては危険だ、火傷を負ってしまうだろう。

だから近くに火を魔法で出して、魔力で維持を続ける。

そうして燃えてる間は、暖が取れるだろう。

しかし放ってみて分かったが、火魔法の効果が落ちていた。


「うう…

 暖かい」

「ブルブルブル

 ああ…でも、暖かい」

「しかし…」

「この程度なのか?」

「うう…むむ…」

「どうした?」

「おかしい

 こんな筈じゃあ…

 はあ、はあ」

「ん?

 もう終わりか?」


何故か火の燃える時間が短く、発した火の大きさも小さかった。


「良いか

 直接当てるなよ

 それこそ火葬になるぞ」

「分かっとるわい

 なんならお前を火葬して、焚き付けにするか?」

「勘弁してくれ

 分かったよ、もう黙るよ」


余計な事を言った兵士が、魔術師に脅されて黙る。

そんな同僚を見て、仲間が燃えそうな物を探して来る。

直接火を出しても、そんなに長くはもたないからだ。

何かを燃やしていれば、それだけ長く火がもつだろう。

兵士は柵を剣で切り付けて、薪の代わりとして持って来た。


「ほら、そこの柵を壊してきた」

「馬鹿、それが無かったら…」

「もう、魔物はアレだけだろう?

 なら大丈夫だ」

「そりゃあそうだろうが…」

「危険じゃ無いか?」

「凍える方が危険だろうが」


兵士は柵や台を壊して、焚き付けにする為に集めて来た。

それに魔術師達は火を点けて、燃やして焚火を作った。

火魔法が長続きしない以上、こうするしか手が無かった。


「これだけでは足りないな

 まだまだ必要だ」

「今、街で住民が集めています」

「うう…

 寒い」

「早くしてくれ

 凍えそうだ」


寒さに凍える騎兵や騎士達を集めて、焚火の側で手当てをしてやる。

その焚火を見ながら、アーネストはブツブツと呟いていた。

何か考えがあるのか、さっきからしきりに何かを書き記している。

それが一段落して、アーネストは一枚の羊皮紙をミリアルドに手渡す。


「そうか…

 寒いのなら…燃やせば」

「だから、オレが言っただろう

 燃やせば暖かくなるって」

「そうだよ

 魔物に火魔法を…

 しかしどうやって?」

「アーネスト?」

「あれでは無理だし

 こっちでは…

 これか?

 ミリアルド!」

「何だよ」

「この魔法を使ってくれ」

「え?」


アーネストは羊皮紙に書き付けた、一つの魔法を手渡す。

ミリアルドはそれを見て、難しそうな顔をする。


「こりゃあ…

 呪文があれば使えるのか?」

「ああ

 触媒は要らない

 大気中の魔力を触媒にして作れる

 あとは呪文を間違えなければ使える…

 筈だ」

「筈?」

「後はお前の魔力と、集中力次第だ」

「そうか…」


ミリアルドはそう言われて、難しそうな表情を浮かべる。


「アーネスト

 あんたじゃあ…」

「確かにオレなら、魔力は十分でしょう

 ですがこの状況…」

「この状況?」

「ええ

 火魔法の…

 火の精霊の力が落ちています」

「何だって?」


氷の魔物が現れてから、明らかに大気の様子が変わっていた。

冷気が強まって、周囲の空気が明らかに冷え切っていた。

上空には黒い雲も集まり、晴天だった空を覆っていた。

そして冷え込んだ影響か、雪もチラつき始める。


「見てください

 城壁も凍っている」

「凍って…」

「そこまで冷え切っているんです

 上空を見てください」

「何だ?

 あの雲は?」

「魔物が放った冷気だけならば、ここまでの影響は出ません

 しかし冷やされた空気が…

 大気の精霊と水の精霊に作用して…」

「何だか分かんねえが、それでどうなんだ?」

「恐らく一時的なんでしょうが…

 この辺り一帯が真冬の様な状態になっています」

「そりゃあ見れば分る

 それでどうしたってんだ?」

「その影響で火の精霊の力が落ちているんです」


魔物単体の力では、ここまでの効果は無かっただろう。

しかし周辺の気候にまで影響が出ていた。

それが魔物の力なのかは不明である。

しかしこれが魔物の力であるのなら、さすがに高位の魔物が危険だというのは納得だ。

天気や気候まで操られては、人間ではとても太刀打ち出来ないだろう。


そして周辺の気候が変わってしまった事で、精霊にも影響が出ていた。

大気や水の精霊の力が強まり、その代わりに火の精霊の力が弱まっていた。

それで魔術師達も、火の魔法の効果が落ちていた。

魔法という物は、精霊の助力を得て発動する。

その精霊の力が弱まれば、必然的に魔法の効果も弱まってしまう。


「精霊の力が弱まれば、魔法の効きが落ちてしまう」

「あ…

 それで…」

「ああ

 魔法の効果も落ちている

 そして必要な魔力も増えて…」

「それじゃあ、オレがその魔法を使っても…」

「いいや

 君だから出来るんだ」

「ふえ?

 何で?」

「それは君が…

 君にドワーフの血が流れているからだ」

「え?

 オレに…

 ドワーフ?」

「ああ

 そうだ」


ミリアルドは普通の者に比べれば、筋肉質でがっしりした体格をしている。

魔術師をしているにも関わらず、彼は生まれ付きそういう体格なのだ。

それは彼の先祖に、ドワーフの血が流れているからだろう。

だから体格もしっかりしているし、少し背も低いのだ。


「オレに…

 ドワーフの血が?」

「ああ

 だから君ならば、土と火の精霊と相性がいい筈なんだ」

「火と土の?

 しかしオレは…

 土魔法は使った事も…」

「しかし火の精霊とは相性が良いだろう?

 オレよりもよっぽど上手く、火の魔法を使えている」

「オレが…ですかい?」

「ああ

 そうだろう?」

「と、とんでもねえ

 アーネストの方が…」

「そうでも無いさ

 オレは魔力で無理矢理やっている感が強いんだ

 しかし君は、火の精霊に愛されている

 だから簡単に火球の魔法も身に着けられた」

「え?

 そうなんですかい?」

「ああ」

「そうじゃな」

「ワシ等が苦労しておるのに、お前さんはすぐに身に着けおった」

「そうじゃそうじゃ」


気が付けば、周りの魔術師達も頷いていた。

アーネストの話が本当ならば、確かに納得出来る事であった。

ミリアルドは火の魔法が得意であった。

それは彼に、ドワーフの血が流れている為だった。

だからこそアーネストは、彼に賭けてみる事にした。


「やれるか?」

「やるしか無いんだろう?」

「ああ

 この中で火魔法が得意で、これを使えそうなのはお前と私だけだ

 そして今の状況じゃあ…」

「なら…

 やるだけだ!」


ミリアルドは意を決して、アーネストと共に前に出る覚悟を決めた。

今まではなんだかんだと言って、弱そうな魔物にしか挑んで来なかった。

正直あんな恐ろしい魔物の前に行くのは御免だが、ここで行かないわけにはいかなかった。

街を守りたいし、何よりも尊敬するフランドールの為に、ここは勝利を掴む必要があった。


「この勝利を…

 フランドール様の為に

 オレはやります」

「よく言った

 騎士のみなさん、強力してください」

「はい」

「我々は何をすれば良いんでしょう?」

「先ずは…」


アーネストは作戦を伝える。

それはおおよそ作戦と言える物では無かったが、急造なので仕方が無かった。

それでも逆転の芽を掴むには、これぐらいしなければ無理だろう。

アーネストも決死の覚悟を持って、魔物に挑む決意をする。


アーネスト達が後方で作戦を練っている間にも、ギルバート達は魔物と戦っていた。

と言っても、それはおおよそ戦いとは言えない物であった。

将軍が寒さに震えながら、魔物の注意を引き付けるが迂闊には近づけなかった。

近くに寄っても咆哮で動けなくなり、吹雪を浴びせられるだけだ。


吹雪を浴びせられると、冷たさで身体が硬直して体力を奪われたり凍傷に罹ってしまう。

1回、2回受けただけでは痺れる程度だが、続けて受ければ指先の感覚が無くなる。

そのまま浴び続ければ、剣を握る事も困難になってしまう。

将軍も時々避難しては、ポーションを飲んで凌いでいた。


「うう…

 手の感覚が無くなる」

「将軍

 無茶はしないでください」

「そうですよ」

「馬鹿野郎

 お前達では1回でも耐えられんだろう

 オレが注意を引くしかない」

「しかしポーションでは、痺れは治まっても凍傷までは…」

「今は堪えるしか無いんだ

 後ろでアーネストが何か考えている

 それまで…

 オレが何とかする」


兵士達を防壁の陰に逃がして、将軍は懸命になって魔物の前に出る。

そうして耐えられなくなれば、一旦退いて物陰に隠れる。

ポーションを飲んで痺れを回復すると、再び魔物の前に飛び出して行く。

そうでもしなければ、魔物が兵士の方に向かって行くからだ。


「あ!

 坊っちゃんが危ない」

「くそっ

 オレがまた出る

 お前らは坊っちゃんを下がらせろ」

「しかし将軍も…」

「ぐわっ」

「無茶です」

「無茶でも…

 何でも…

 構わん」


将軍の代わりに前に出たギルバートが、続け様に受けた咆哮に吹っ飛んだ。

寒さで身体の動きが鈍り、まともに正面から受けてしまったのだ。

寒さで震えながら懸命に立ち上がろうとするが、感覚が鈍って上手く立ち上がれない。

アレンが飛び出して肩を貸すが、ギルバートは震えて唇も紫になっていた。


「坊っちゃん

 下がりましょう」

「ひ、ひかひ

 まら、ひょうふんが…」

「うおおおお」

ゴガアアア

ビュオオオオ!

カコーン!


吹雪の勢いに、将軍の持つ大剣が軋む。

その大剣に向けて、氷の塊が打ち付けられる。


「ぐ、くう」


何とか将軍が前に出て、再び剣を盾にして吹雪を防ぐ。

その間にアレンが、ギルバートを支えながら離れる。

さらに吹雪が強まり、将軍は何とか物陰に隠れる。


「坊っちゃん

 すぐにポーションを」

「あ…ああ」


ギルバートは震えながらポーションを呷り、身体の痺れが治まって行くのを感じる。

活力を与えるポーションが寒さに弱った身体を労り、傷の痛みを抑えるポーションが痺れを治す。

このポーションが無かったら、この場の全員が既に死んでいただろう。

しかしそのポーションでも、一時的な回復でしかない。

そう長くは耐えられないだろう。


騎兵部隊の面々も、将軍が危なそうな時には魔物の気を引いていた。

それで何とか時間は稼げているが、それでもこのままでは全滅は時間の問題だろう。

どうしたものかと思案していると、騎士団が馬で駆けて来た。

魔物の咆哮に怯えるので近くまでしか来れなかったが、そこからアーネストの姿が見えた。


「ギル

 今から魔法を試してみる

 効果が出たら、一斉に攻めるんだ」

「良いですか?

 オレもやりますから、必ず倒してください」

「何だ?

 何をする気だ?」

「ミリアルドがか?

 何をする気だ?」


騎士達の馬の背に乗った、アーネストとミリアルドが呪文を唱え始めた。

二人は同時に呪文を唱え、魔力が大気に満ち始める。

この魔法自体は、普段ならアーネスト一人でも完成させられただろう。

しかしこの状況では、アーネスト一人では難しい。


「おお、女神様

 汝ら子等に炎の加護を

 火の精霊よ、我等に力を貸し給え

 寒さに暮れるその身に、暖かき火の温もりを授けてください

 雄々しく燃え盛る火柱を、熱く高く燃え上がらせてください

 フレイム・ピラー」

「女神様

 我等に炎の加護を

 火の精霊よ、我等に力を貸してください

 熱く燃え盛る炎で、この場に温かき安らぎを

 敵なる者達に、炎による報いを与え給え

 フレイム・ピラー」


呪文が完成して、二人の中から魔力が迸る。

それは魔物を中心にして燃え上がった。

それは炎の火柱で、魔物や地面を炎に包む。

そしてその炎の暖かみが、凍り付いた地面を温めて行く。


シュゴオオオオ!

ボオオオオ!

ゴアアア…


激しく燃え上がる火柱に、しかし魔物は耐えていた。

これだけの魔力の炎を受けながらも、魔物はその中で耐えていた。

そして次の瞬間、魔物は強烈な咆哮を上げた。

その咆哮の中に、猛烈な吹雪の冷たさが吹き抜ける。


ゴガアアアア

ゴオオオオ!


今までにない猛烈な吹雪に、魔法の火柱は搔き消される。

折角作り出した炎も、魔物の咆哮に掻き消される。

この程度の炎では、魔物の作り出す吹雪は消せなかった。

そうしてアーネストは、悔しそうに地面を殴り付ける。


「くそっ

 これさえも効かないのか?」

「まだだ

 まだやれる

 行くぞ、ミリアルド」

「はい」


「おお、女神様

 いと輝かしきあなたの聖名をもって

 ここに一つの奇跡を起こしたまえ…」

「女神様よ

 オレ達に軌跡を見せてくれ

 あんたの聖名をもって、ここに奇跡を…」


再び二人が呪文を唱え始めるが、今度は熊も警戒して二人に向けて咆哮を放つ。

先程の魔法に関しては、咆哮の方が勝っていた。

だから今度も、咆哮で掻き消せると判断したのだろう。

魔物は咆哮を上げて、勝ちを確信していた。


ゴガアアアア

ビョオオオ!


先の咆哮に力を使ったからか、今度の咆哮は少し弱かった。

同じ咆哮でも、連発は出来なかったのだ。

しかしそれでも、十分な威力のある咆哮だった。

危険を感じて、将軍が受け止める為に剣を構えて前に出る。


「ふうんぬうう」

ゴウッ!

ビュオオオオオ!


不意に吹雪が途絶えて、熊の放つ咆哮も止んでいた。

熊は力の使い過ぎか、荒く肩で息をしていた。

口元からは涎も垂れている。

どうやら連発し過ぎたせいで、息切れを起こした様だった。

野生の熊と変わらず、そこは知能が足りなかったのだろう。

調子に乗って、咆哮の力を使い過ぎたのだ。


「我等は聖なる聖名において、炎の奇跡を求めたもう

 邪悪なる者を縛り、封じ込める力を与えたまえ

 燃え盛る炎の輪よ、激しく立ち上がれ

 フレイム・ウオール」

「女神様よ

 精霊様にお願いして、奇跡とやらを起こしてくれ

 フランドール様が、ギルバート坊っちゃんが危ないんだ

 お願いだ、オレ達に力を…

 燃え盛る炎の力を貸してくれ

 フレイム・ウオール」



再び呪文が完成して、魔力が流れ出して行く。

アーネストはキチンと呪文を唱えたが、ミリアルドは出鱈目な呪文だった。

しかしそれでも、きちんとした手順を踏めば魔法は完成する。

必要な量の魔力と、必要になる呪文のキーワード、それにイメージがあれば完成する。

今回はミリアルドが居る為、火の精霊の力を借りる事が出来る。

しかし問題は、ミリアルド自身が保有する魔力量の総量だろう。


二人が完成した魔法の中で、魔力がみるみる吸い取られて行く。

アーネストはそうでも無いが、ミリアルドは若干苦しそうだ。

二人の魔力が直径10mほどの輪を作り、その輪は魔物の中心にして炎の輪を作った。

その輪の中では、魔物は力を奪われて動作も緩慢になっていた。

先の咆哮の影響もあって、魔物はすっかり力を失っていた。


「今だ!

 やってください!」

「ギル

 今がチャンスだ」


ミリアルドは額から汗を垂らしながらも、必死になって叫んだ。

かなりの魔力を放出しているのだろう、足元がふらついている。


「大丈夫か?」

「ほら、ポーションだ」

「あ、ありがてえ…

 ちょうど…喉がかわ…」

「ほら

 無茶をするな」


騎士達が支えて、ミリアルドの口にポーションを宛がう。

魔法の行使で両腕が塞がっているので、口に咥えて飲み干す。

しかしすぐに魔力が尽きて、またふらつく。

騎士は何本かポーションを持って来ていたが、すぐに尽きるだろう。

それまでに魔物を何とかしなければならない。


「ようし、やるぞ」

「はい」


ギルバート達も、ポーションを飲んで回復する。

こちらは体力なので、ある程度はポーションを飲む事で回復する。

ギルバートが気合を入れて抜刀すると、騎兵達もそれに倣う。

将軍も立ち上がると、腰に手を当てながらポーションを飲み干した。


「気力十分

 やります!」

「ああ

 頼んだぞ」

「今度はこっちの番です」

「目に物見せてやりましょう」


地面に突き立てていた大剣を引き抜き、将軍は大きく構える。

魔物の周りは炎で囲まれているが、維持をする為に魔力は抑えてある。

炎の中に突っ込んでも、軽く火傷をする程度だった。

それでも熱気はあるので、魔物の体力を奪っていた。

この魔物の元になっている魔物は、雪山に生息する魔物だ。

だから熱い炎の中では、その力を奪われて行くのだ。


ゴガアアア

ボフッ!


魔物は悔し紛れに咆哮するが、それは不発に終わってしまう。

咆哮は小さく、吹雪も起こらない。

先に力を使い切っていて、その上で炎の輪に囲まれている。

この中では魔物も、満足に力を使えなかった。


「チャンスだ、行くぞ!」

「おお」

「一気に片を付けましょう」

「うわああああ」

「とりゃあああ」


騎士が、騎兵が、一団となって炎に飛び込む。

ギルバートと将軍も飛び込んで、魔物に向かって行った。

彼等は駆け込みながら、魔物に向けて剣を大きく振り被る。


「うりゃあああ」

「せりゃあああ」

グガアアア

ブオン!

ガキーン!

「うわああ」

「ぐぎゃあああ」


それでも熊は強く、太い腕で騎士達を弾き飛ばす。

剣も兵士の剣では、魔物の毛皮に弾かれていた。

咆哮や吹雪は無くとも、この魔物は格上の強力な魔物だった。

兵士や騎士では、この魔物に太刀打ち出来ないだろう。


「くそう

 こいつ、動くぞ」

「直接攻撃でも、これだけ強いのか」

「何て膂力だ

 数人掛かりでも吹き飛ばされたぞ」


騎兵の一人は胸に大きな爪痕を残し、担がれて後ろに下がる。

その他の者も、地面に叩き付けられて気を失っていた。


「気を付けろ

 爪も十分に強力だ」

「ふううん」

ガキン!

ゴガアアア

ブンブン!


熊は腕を振り回して、近付く騎士達を弾き返す。

立ち上がって両腕を広げて威嚇しては、咆哮を上げながら腕を振り回す。

時々四つん這いになると、突進も仕掛けて来る。

咆哮は吹雪の効果は無くなっているが、それでも十分に恐ろしい。

聞いた者達の戦意を削いで、恐怖心を植え付ける。


突進に飛ばされる者も居たが、爪で裂かれるよりはマシだった

しかし、徐々に魔物の力は弱まって行く。

段々と大振りになって、疲れて動きが止まり始めた。

振り回す腕の間隔も大きくなり、隙が見え始める。


「今だ、動きが止まってる」

「振り抜いた瞬間がチャンスだ」

「しかし剣が刃が立たないぞ」

「それでもやるんだ

 うおおおおお」

「気合いだ気合

 気合を入れれば何とかなる」

「そんな無茶な

 あひゃあ」

魔物の攻撃を避けて、騎士達が一斉に剣を振るう。

しかしやはり毛皮に妨げられて、効果的な一撃を与えられなかった。

動きは止まっていても、頑丈な毛皮が刃を防いで思う様に傷を与えられない。

魔物も弱っていたが、炎の勢いも弱ってきていた。

十分な手傷も与えれないままに、遂に炎が半分ほどの大きさになってしまった。


「ミリアルド!」

「あ、あとは…た…」


ミリアルドが気を失い、馬上から崩れる様に落ちる。

アーネストも玉の様な汗を流して、必死に歯を食いしばって堪えていた。

それを振り向いて見た将軍は、意を決して叫んだ。

ここが正念場だ。


「坊っちゃん!」


二人は目を見て頷く。

それで意思が通じたのか、将軍が剣を前方に構えて突っ込んだ。

これまでも何度か、騎士達の攻撃の合間に打ち込んでいた。

しかしギルバートや将軍でも、魔物には十分な傷を作れなかった。

魔物を切り裂くには、もう少し踏み込んで全力で振り抜く必要があった。

それを可能にするには、魔物の攻撃を何とか防ぐ必要があるのだ。


「うおおおおお…」


将軍が叫びながら、魔物に向かって全力で突っ込んで行く

そしてその後ろに、ギルバートが続く。


「ああああああ…」

ゴガアアア

ガキーン!


将軍の大剣に阻まれて、熊は大きく体制を崩した。

二人はこの瞬間を待っていた。

魔物の腕を切り裂く事は出来なかったが、魔物の全力の攻撃は防げた。

これで魔物は、次の攻撃まで大きな隙が出来る。

その将軍の背中を駆け上り、ギルバートが宙に舞う。

魔物に出来た大きな隙を、この好機を逃さない為に。


「はああああ…」


みながこれで決まる、そう思って見上げた。

しかしそこには、苦し紛れに振り上げられた熊の右腕が迫っていた。

このまま振り切れば、ギルバートは間違い無く熊の爪を受けるだろう。

切り裂かれてしまえば、ギルバートでも死んでしまうだろう。


「っちい」

ガアア…

「危ない!」

「坊っちゃん!」


空中で成す術も無く、ギルバートに向けて爪が振り下ろされようとしていた。

まだまだ続きます。

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