第123話
轟音が響き渡り、北の城門の前に大きく煙が立ち上る
それは大爆発と言うに相応しく、住民を不安に貶めた
住民達は恐れ慄き、一部の者は家に逃げ戻って窓を閉め切った
それでも街を守りたいと思う者は、恐怖に震えながらも持ち場に残る
ここで物資を届ける事が兵士を助け、街を待る事に繋がると信じていたからだ
立ち込める煙の中に、大きな影が姿を見せる
それは身長が2mは優にある、熊の魔物のワイルド・ベアであった
その周りには、大きな犬の様な姿が見える
フォレスト・ウルフも同時に召還した様だ
次第に煙が晴れて来て、その姿がゆっくりと現れる。
しかし予想に反して、魔物はその場から動こうとしなかった。
いや、動けなかった。
「む?」
「どうした?」
「何故動かないんだ?」
よく見ると、魔物は苦しがっていた。
その煙に咽て、視界と嗅覚を奪われていたのだ。
アモンが放った爆煙が、魔物達を苦しめていた。
「今が好機だ!
弓兵は狼を狙え!」
「は、はい」
「今はワイルド・ベアはどうでも良い
先ずは少しでも、フォレスト・ウルフを倒せ」
「倒せなくても良い
視界と脚を狙って負傷させろ
機動力を奪うんだ」
「はい」
ギリギリ!
将軍の指示に従い、弓兵達は弓を番える。
魔物達が苦しんで、動けない今は好機だった。
「どうするんだ?」
「い、良いのかなあ?」
「構わん、撃てー!」
「はい」
ヒュンヒュン!
シュバババ!
一斉に矢が放たれて、フォレスト・ウルフ目掛けて飛んで行く。
それはフォレスト・ウルフの、目や脚に向けて放たれていた。
ギャワン
キャイーン
50匹も居たフォレスト・ウルフだが、その場で煙に苦しんでいては躱しようが無い。
次々と矢に倒れて、フォレスト・ウルフはあっという間に10匹も居なくなっていた。
「なん…だと?」
「ダカラアレホド、ケムリハダメダト…」
「ええい!
すぐに向かわんか」
「マッタク…」
「ムチャヲイイナサル…」
フォレスト・ウルフ達は、煙に視界を奪われながらも前に進んだ。
使徒の命令は絶対で、逆らう事は出来なかったからだ。
それにそのままそこに居ても、間違いなく狙撃されるだろう。
しかし前に出ても、そこには騎兵が残っていた。
「今だ、突撃!」
「うおおおお」
騎兵が再び突撃して、フォレスト・ウルフを切り飛ばして行った。
そのまま残るオークにも襲い掛かり、彼等が煙に苦しんでいる間に打ち倒していった。
煙は思ったよりも広範囲で、残っていたオークにも影響が出ていた。
煙で視界が奪われて、咳き込んでいる間に倒されてしまう。
「くっ…むむむむ」
「ドウシマスカ?」
「ワイルド・ベアは?」
「マモナクシカイガハレマス
ソウナレバ…」
「ようし
目に物見せてやる」
アモンはニヤリと笑うと、ワイルド・ベア指示を出した。
「そのまま前進して、奴等を蹴散らせ」
グガアアア
グオオオオ
ワイルド・ベアは視界を覆う煙を振り払い、ゆっくりと前進を始める。
まだ視界がハッキリしていないので、すぐには動けないのだ。
しかも嗅覚は、煙の影響で衰えてしまっている。
どうやら獣と言っても、それぐらいの分別はある様だった。
ワイルド・ベアは迂闊に飛び出さず、アモンの指示を無視して慎重に進み出る。
「おい!
何やっておる
早く人間共を倒さぬか」
「くそお
今度はこいつが相手か」
「構うな
先にオークをやれ」
「今の内に奴等を叩くんだ」
「少しでも数を減らすんだ」
防壁の前のオークも倒され、残る歩兵のオークも数体となった。
そこへワイルド・ベアが迫り、唸り声を上げて襲い掛かる。
ワイルド・ベアは、先ずは手前に出ている歩兵達を狙って来る。
歩兵達も懸命になって、ワイルド・ベアを食い止めようとする。
乱戦になったが、ワイルド・ベアの大きさが徒となっていた。
乱雑に振るわれた腕は、騎兵も襲ったがオークにも当たっていた。
オークは頑丈な金属部分鎧を着ていたが、それすら紙の様に切り裂く。
そうして腹まで切り裂かれたオークが、ワイルド・ベアの周辺に倒れていた。
グガアアア
プギイイイ
ブモオオオ
「くそっ
ケントがやられた」
「それでもオークが居なくなった
それで十分だ」
「仇は討ってやる」
騎兵は馬を操って、ワイルド・ベアから距離を取る。
しかしワイルド・ベアも素早く動き、間合いを詰めて強靭な腕を振るった。
また一人、騎兵が馬ごと切り裂かれる。
馬の頭が柔らかい果実の様に潰れて、そのまま騎兵の身体も切り裂いた。
爪の触れた場所はズダズダに切り裂かれて、騎兵はそのまま吹き飛ばされる。
グガアアア
ズガッ!
「ぐぼあっ」
振るわれた爪は鋭く、頑丈な筈のクリサリスの鎌を容易くへし折る。
そのまま次の騎兵を横薙ぎに切り裂き、ワイルド・ベアは次なる獲物を探す。
その間に他の騎兵が、ワイルド・ベアの後方に回り込む。
クリサリスの鎌を構えると、彼は後ろから切り掛かった。
「うおおおおお…」
シュバッ!
ズガッ!
グゴガアアア
しかし鎌は途中まで突き刺さったところで、魔物の頑丈な筋肉に防がれていた。
彼の技量では、スキル無しではワイルド・ベアを倒せるほどでは無かったのだ。
だから途中で防がれて、振り返った魔物の攻撃をまともに受けてしまう。
ワイルド・ベアの重たい一撃が、彼の手にする鎌の柄をへし折っていた。
グガアアアア
ブン!
ゴガン!
ミキミキ!
「ぐぼあっ」
そのまま魔物の爪は、乗っていた馬の頭にも振り下ろされる。
ブヒヒ…
ズガッ!
ブシャッ!
馬も首を切り裂かれて、断末魔の声を上げる。
馬の首は深々と切り裂かれて、宙を飛んで行く。
その様を見て、周りの騎兵達は浮き足立っていた。
以前に出会ったワイルド・ベアよりも、今回の魔物は強かった。
「将軍
今度こそ…」
「そうだな…」
「オレも出ます
これ以上は彼等を死なせません」
「左は任せてくれ
私が切り込んで来る」
「坊っちゃん!」
「行くなとは言うなよ」
「しかし…」
「行きましょう
そして決着を付けるんです」
「ええ」
フランドールも頷くのを見て、将軍も覚悟を決めた。
フランドールもミスティを送った後に、ギルバート達に合流していた。
新たな魔物の出現に、兵士達の指揮に戻って来ていたのだ。
そして戦場の様子を見て、今度こそ打って出るべきだと判断していた。
ここでごちゃごちゃと言っても、魔物は向かって来るだろう。
それならば少しでも、ギルバートが危険な目に遭わない様にする必要がある。
無理に引き止めるよりは、一緒に出て守る方が容易いだろう。
そう判断して、ギルバート達は一斉に馬に乗って駆け出す。
「なあに、死にはしないさ」
「しかし…
今回は10匹ですよ?」
「そうです
危ないですよ」
「それでもオレ達なら…
それに騎兵も居る」
「分かりました」
「急ぐぞ
これ以上は死なせられない」
三人はすぐさま救援に向かった。
その後ろには騎士達も着いて来た。
彼等はフランドールが連れて来た、王都より来た騎士達だった。
「フランドール様」
「私達も一緒に」
フランドールの騎士達が、後ろに着いて来た。
彼等は騎士ではあるが、ダーナの騎士に比べると実力が劣っていた。
ダーナの騎士はオーガと戦った事があったが、彼等はそれが無かった。
精々がオークまでだった。
「お前達
あれはオーガとは違うぞ」
「分かっていますが…」
「オレ達はフランドール様の騎士です」
「何処までもご一緒しますぞ」
「お前達…」
「ようっし
いっちょ暴れましょう」
「ああ
今度はこっちの番だ」
「はい
行きましょう」
将軍は鎌を振り回すと、先頭に立ってワイルド・ベアに向かって行った。
ギルバートも左の熊に向かい、フランドールも右へ向かって行った。
ワイルド・ベアはギルバート達に気が付き、咆哮を上げて迎え撃とうとする。
ゴガアアアアア
グゴガアアア
「これを片付ければ…」
「全てが終わる」
「守れるんだ、オレ達の街を」
「そうだ
大切な人達を守る為に…」
「フランドール様…」
「続け
負けるな」
騎士達も後ろから続き、魔物に向かって鎌を構える。
しかしワイルド・ベアの咆哮に怯えて、馬が怯えて前に進まなくなる。
騎士達は何とかなっても、馬は騎士ほど強くは無かった。
魔物の咆哮を受ければ、その場で恐怖で動けなくなっていた。
グガアアアア
ヒヒーン
ブヒヒーン
「おい、どうした」
「くそっ、ここまで来て…」
「仕方が無い、馬から下りて戦うぞ」
「止むを得んな
行くぞ」
見れば騎兵達の馬も怯えて、上手く逃げ出せないでいる。
ギルバート達も馬を捨てて、徒歩で魔物に向かって行った。
このまま馬に乗っていては、上手く魔物に近付けない。
それならば馬から降りてでも、魔物に立ち向かうしか無かった。
「うおおおお」
ガキーン!
グオオオオ
ワイルド・ベアの鋭い爪が、鎌の刃を防いで弾き返す。
それでも騎士達は、何とか魔物に向かって攻撃を繰り返す。
愚直な攻撃だが、こうするしかこの魔物に勝つ手段が無かった。
下手なスキルで隙を作るよりは、普通に鎌を振るって攻撃した方がマシだったのだ。
「くっ
こいつ…手強いぞ」
「ええ
今までのワイルド・ベアとは違います」
「攻撃の隙も少ない」
「膂力も今までの奴とは違うぞ」
「しかし…」
「負けられない」
防壁の向こうでは、逃げて来た騎兵や兵士達が怪我を直す為に運ばれて行く。
魔物達はアモンの指示に従い、なるべく兵士達には止めを刺さなかった。
それで彼等も、重傷を負ってはいたが生きていた。
それを横目に見ながら、アーネストは指示を出す。
「急げ
魔術師は魔法で応戦するんだ」
「はいよ」
「分かったぞ」
「でも、どうするんじゃ?」
「頭を狙うんだ
兵士に当たらない様に気を付けろ」
「任せろ」
「ワシ等でも活躍出来るところを見せてやる
マジックボルト」
「マジックアロー」
魔術師達は魔物の頭を狙って、魔法を放って行く。
効果は低く、ほとんどが浅手を負わす程度だった。
ワイルド・ベアの毛皮は、多少の魔法を軽減させる事が出来る。
しかしそれでも攪乱出来るので、撃っている間は騎兵が狙われる事を防げた。
少しでも騎士や騎兵達を守る為に、魔術師達は続け様に魔法を放った。
「しっかり狙えよ」
「おうさ
マジックアロー」
グガアアアア
ビリビリビリ!
痛みに堪え兼ねて、魔物は思わず咆哮を上げる。
城壁の上という事で、魔物からは十分に距離が離れている。
それなのにこの距離でも、何人かの魔術師が恐怖に怯える。
ここまで離れていても、魔物の咆哮の効果は十分だった。
「ひ、ひいい」
「ここでも効くなあ
騎士達は大丈夫か?」
「怯えている者もいるが…」
「それでも何とか…」
「持ち堪えておるな
マジックボルト」
シュバババ!
グゴオオオ
魔術師達は懸命になって、何とか魔法を唱え続ける。
しかし攻撃魔法では、ワイルド・ベアの頑丈な毛皮を突き破れなかった。
ワイルド・ベアを倒すには、アーネストやミリアルドの様に強力な魔法が必要だろう。
ミリアルドは戦場を見て、歯嚙みをしながらアーネストに振り返る。
「アーネスト
オレに出来る事は?」
「ミリアルド
今のあんたでは無理だ
これが終わったら…
覚悟しておけよ」
「え?」
「フランドール殿の臣下に相応しい様に
じっくりと仕込んでやる」
「え…っと?」
「魔力枯渇で眠れなくなるからな
くっくっくっくっく」
「お、お手柔らかに頼むぜ…」
「ここは良いから、向こうで怪我人の治療を手伝ってくれ
人手が足りないからな」
「分かった」
ミリアルドが全力を出せば、あるいは魔物の毛皮を焼く事は出来ただろう。
しかし確実にダメージを与える事は、彼の魔力でも難しそうだった。
アーネストが褒美として教えた魔法でも、それは難しいだろう。
ミリアルドは頷いて立ち去ろうとするが、最後に一言だけアーネストに言った。
「フランドール様を…
頼んだぞ」
「ああ」
アーネストが頷いたのを見て、ミリアルドは安心して後ろへ下がった。
アーネストはその後姿を見送って、再び指揮に戻った。
「任せろ
必ず守る」
「アーネスト?」
「左の魔物が出て来る
ギルの前に出さない様に牽制しろ」
「は、はい」
「マジックアロー」
ドスドス!
グガアアア
ワイルド・ベアの眼に刺さり、ワイルド・ベアは苦悶の悲鳴を上げた。
それに気が付いて、ギルバートは後方へ飛び下がった。
振るわれた爪が、さっきまでギルバートと戦っていたワイルド・ベアの腕を切り裂く。
あのまま振り返らないでいれば、横からの攻撃を食らっていただろう。
ギルバートの新しい剣は、ワイルド・ベアの素材を使った剣だった。
魔物の骨粉を練り込んだ金属を、長剣の形に加工した新しい技法の剣だった。
まだ試作段階で、耐久性や強度が増す事しか分かっていない。
それでもギルバートの力に耐えられると、期待して送られていた。
ギルバートは後方を振り返り、アーネストに感謝する。
この剣を作れた事も、今の攻撃を防いだのもアーネストのお陰だ。
「ありがとうな
アーネスト」
グガアアアア
魔物は苦悶の声を上げて、切り裂かれた腕を振り回す。
それを見逃さず、ギルバートは跳躍した。
片方が腕を切り裂かれた事で、もう片方のワイルド・ベアに集中が出来る。
跳躍した状態から、片目になった魔物に目掛けてスキルを放つ。
この状況ならば、スキルの後の硬直があっても、もう一方のワイルド・ベアは攻撃出来ないだろう。
「バスター」
ザン!
グガア…
1匹のワイルド・ベアが、首を刎ねられて息絶える。
それに合わせて騎士達が出て、腕を切り裂かれたワイルド・ベアの腕や脚を切り裂く。
ギルバートの攻撃を見て、彼を守ろうとして前に出て来たのだ。
ギルバートを守る為に、彼等はスキルを使ってワイルド・ベアに攻撃する。
「食らえ、スラッシュ」
「ブレイザー」
ズザン!
ザシュッ!
ゴアアアアア
スラッシュが魔物の足を切り裂き、ブレイザーが腕を切り裂く。
両腕が切り裂かれた事で、魔物は防御をする事が出来なくなる。
そして切り裂かれた腕では、満足な攻撃が出来なかった。
それで咆哮を上げて、噛み付こうとする。
グガアアアア
「うひい」
「耐えろ
まだ倒れていない」
「せりゃああああ
バスター」
噛み付こうとする熊の脚を踏み台にして、一人の騎士が跳び上がる。
魔物の噛み付きは空振り、その頭は隙だらけになる。
そしてそこに向けて、騎士が振り下ろす剣が迫った。
魔物の首筋に向かって、その剣が振り降ろされた。
ズザン!
「よし…」
グガアア…
しかし熊が振るった最後の一撃が、空中に居る騎士の胸を叩いた。
傷付いて切り裂かれていたが、その膂力は恐ろしいものだ。
振るわれた腕の爪が、騎士の胸元に突き刺さる。
ブン!
ズガッ!
「ぐはっ」
騎士は胸元を切り裂かれて、そのまま地面に叩き付けられた。
一目で即死と分かる状態で、仲間も思わず目を背ける。
胸元から突き刺さった爪は、腹を切り裂いて臓物をぶちまけた。
飛び散る臓物が、湯気を上げて地面に飛び散った。
「くっ」
「フランドール様の真似をするから…」
「馬鹿だな…」
「しかしこれで…」
「ギルバート殿を守れた」
「それにワイルド・ベアか?
あの魔物も倒せた」
身の丈に合わない無茶をするからだと、彼の死は残念がられた。
これで決まっていれば、彼は暫くは時の人になっていただろうが、残念ながらその器では無かった。
それでもワイルド・ベアを倒せた事は大きかった。
これで彼等騎士でも、ワイルド・ベアを倒せる事が証明出来た。
その向こうでは、将軍が大剣を振るっていた。
「ふうんぬうう」
ズドン!
ゴガア…
力任せに振るった大剣が、バランスを崩した魔物の胴を切り裂く。
そのまま将軍は剣を振り抜き、その勢いでもう1匹のワイルド・ベアの攻撃を弾く。
その大剣は、ギルバートが使っていた剣だった。
ギルバートが新たな剣を得た事で、スカル・クラッシャーは将軍に譲られていた。
その大剣を手にした事で、将軍はより力任せに戦えていた。
グガアアアア
ガキーン!
その向こうではフランドールが剣を振るい、魔物の腕を切り裂く。
こちらも新たな細剣を送られた事で、ワイルド・ベアを切り裂く事が出来ていた。
こちらもギルバートと同様に、魔物の骨粉を使った剣だった。
「せりゃあああ」
ザシュッ!
ガアアアア
「今です、脚を狙ってください」
「はい」
「掛かれえ」
ズバッ!
ザクッ!
グオオオオ
しかしこちらは、単独で戦ってはいない。
騎士達に囲んでもらって、隙あらば騎士達に攻撃を任せる。
そうする事で、誰一人欠ける事無く戦う事が出来ていた。
騎士達の攻撃に魔物がバランスを崩して、さらにその胸と首に剣を突き立てる。
「うらあああ」
「せりゃあああ」
ズドッ!
ザシュッ!
ゴガア…
魔物が切られた腕で騎士を振り払い、数名が跳ね飛ばされる。
しかし腕を切り落とされていたので、その攻撃は致命傷にはならなかった。
軽い打撲はあっただろうが、負傷は軽いものである。
騎士は立ち上がりながら、残りの魔物を睨んでいた。
「後2体…」
「まだだ
まだやれる…」
グガアア…
ゴアアア…
残る魔物は、ワイルド・ベアが2匹だった。
騎士や騎兵に囲まれて、その魔物も後が無かった。
「アモンよ
もう良いだろう?」
「ん?」
「どうしても…
最後の魔物を倒すまで、認めない気か?」
「そうだな…」
アモンも、もう勝敗が決したと感じたのだろう。
椅子から立ち上がった。
そうして勝敗を告げようとした時、不意に騎士の一人が呟いた。
「おい…
何だこれ?」
みながそちらを見ると、魔物に黒い靄が巻き付いていた。
それは以前に見た事のある、不吉な黒い靄だった。
その靄を介して、魔物が強力になったのだ。
あの時と同じ黒い靄が、残されたワイルド・ベアに巻きついていた。
グガ…?
ゴアア?
ドクン!
魔物も気が付いたが、それが何であるか分からなかった。
ただその黒い靄からは、奇妙な感覚が伝わってくる。
全ての者を殺せと、囁く様な気がした。
そして魔物の全身に、不意に強烈な魔力が流れ込む。
「それでは、これで決着と…
む?」
「何だ?」
「これは…
まさか!」
ドクンドクン!
ギルバートはハッとしてアモンを見る。
しかしアモンは気が付いていないのか、怪訝そうな顔をして見ていた。
「アモン
あんたは可愛い子供と言っておきながら、こんな残酷な仕打ちをするのか?」
「何の事だ?」
「とぼけるな
あの黒い靄の事だ」
「何の事だか…」
ドクドクドクドク…!
言っている間にも靄は大きくなり、それは魔物を包んでいった。
それは魔物を苦しめて、より大きくなって行く。
そして同時に、周囲の魔物の死体にも巻き付き始める。
それに合わせて、脈動する様に黒い靄は広がって行く。
「みんな離れろ
これはあの時と同じだ」
「あの時?」
「ベヘモットが呼び出した、あの黒い骸骨の事だ」
「え?」
「まさか…
あの時の事か?」
「あの黒い骸骨…」
騎士達は分からなかったが、騎兵達はその生き残りが多かったので思わず後退っていた。
「何い?」
「何だ?」
「何が起こっているんだ?」
騎士達も意味が分からなかったが、少しずつ後ろに下がる。
靄はどんどん大きくなり、魔物の遺骸を包んで行く。
しかしあの時と違って、靄は死体を吸収する事は無かった。
死者が死霊として生き返る事も無く、ただ死体から黒い靄が出て来て魔物に吸収されていった。
「何だ?
何が起きている?」
離れた場所で、アーネストも事態を見守っていた。
何かが起きているのは分かるが、それが何なのかが分からなかった。
あの時と同じと考えるならば、靄が魔力を集める働きをしている筈だ。
そして集められた魔力で、より強力な魔物が呼び出される事になる。
しかしこの黒い靄が、あの時と同じとは限らない。
「どうやら…魔力が集まっておるのう」
「魔力?」
「そうじゃ」
「ワシも魔力を探知する方法を学んだが、その魔力が集まって行く様子を感じられる」
「何だって」
アーネストも慌てて索敵魔法を発動して、魔力の流れを見る。
そうすれば、確かに魔力が渦巻いて1点に集まって行くのが感じられた。
それはギルバート達の近くに集まり、2匹の魔物に注がれていた。
その注がれた魔力で、魔物の魔力が弾ける。
「何だ?
何かがおかしい」
「そうじゃのう
中心の反応が弾けて消えて…
いや
これは新しい反応に集まっておるわい」
「これは…!
危ない!
離れるんだ、ギル!」
アーネストが叫ぶと同時に、急激に周囲の空気が変わった。
それはまだ夏の暑さを感じていた空気が、急激に冷やされて真冬の様な冷たさに変わっている。
まるでそこだけ、真冬になってしまった様だった。
ギルバートもその様子に気が付き、慌てて兵士に逃げる様に告げる。
周辺にはまだ、騎士や騎兵が残っていたからだ。
「マズいぞ!
すぐに離れるんだ」
「は、はい」
「急いで逃げろ!」
ビュオオオオ!
ゴウッ!
空気が音を立てて集まり、同時に周囲の空気が冷たくなる。
慌ててみなが離れるが、数歩も行かない内に大きな音がした。
まるで周囲の空気が一点に集まり、弾けた様に感じられた。
そしてその一点から、冷たい吹雪が吹き荒れ始める。
パリン!
ビュオオオオオ!
高い音が、ガラスが割れる音を彷彿させた。
ガラスは貴族が持つ物で、世間的にはそこまで普及はしていなかった。
しかしその割れる音は聞いた事があるので、みなはそれが大きくなって聞こえた気がした。
それと同時に気温が下がり、周囲に氷が張り始めていた。
パリパリパリーン!
ドシャーッ!
ビュオオオオオオ…!
次々と破砕音が続いて、それから何かが落ちて来る音がした。
それは上空に集められた空気が、冷やされて固まった氷だった。
次々と空から、氷の塊が落ちて来て砕ける。
それらが落ちて来る事で、周辺の空気はさらに冷え込んで行く。
そして轟音を立てて冷たい空気が吹き抜けて行く。
それに煽られて、周りに居た者は数m吹き飛んで行った。
ギルバートや将軍も煽られて、必死になって踏ん張っていた。
その空気の流れの向こう側に、何か大きな姿が見えた。
「これは…
どういう事だ?」
「ハッ
ワレラニモワカリマセン」
「リカイデキナイジタイデス」
吹雪が吹き抜けて止むと、そこには3mの大きさの熊が居た。
しかしその姿は変わっており、真っ白な新雪の様な毛をした大きな熊になっていた。
牙と爪は黒々と黒曜石の様に輝き、その頭は角の様に尖った毛が立っていた。
そしてその大きな熊は、その巨体に合わせた大きな咆哮を上げる。
グオオオオオオ
ビリビリビリ!
咆哮が轟き、それだけで正面に居た騎士が吹き飛ぶ。
それは恐怖を引き起こす効果だけでは無く、同時に吹雪を纏っていた。
吹き飛んだ騎士は雪に包まれて、寒さで震えていた。
まともに食らい続ければ、寒さで凍傷や凍え死んでしまうだろう。
「何…だ?
これは…」
「初めて見る魔物だ…」
「さ、寒い…」
「凍えてしまう…」
騎士だけでなく、騎兵までが恐怖に震えていた。
将軍も膝が震えていて、ギルバートも顔を叩いて意識を覚醒しようとする。
フランドールは騎士に支えられて、何とか踏ん張っていた。
それでも油断すれば、意識が飛びそうになっていた。
支えてくれている騎士の声に助けられて、彼は何とか踏み止まっている。
それでも気持ちが挫けそうになり、歯を食いしばって堪えていた。
騎士達が居なければ、彼も立ってはいられなかっただろう
彼が立っていられるのも、周りに居る騎士達を守りたかったからだ。
それでも少しでも気を抜けば、意識が飛びそうになる。
そして驚いていたのはアモンもだった。
アモンはまさに、決着が着いたと宣言しようとしていたのだ。
それなのにこんな邪魔が入って、驚いていた。
この魔物の出現は、彼が仕込んだ事では無かった。
「何だ…
あの魔物は
何が起きてるんだ?」
「サア」
「アモンサマノシワザデハナイノデスカ?」
「うむ
ワシはそんな回りくどい事は…」
アモンも何が起きたか分からず、ただ茫然として見ていた。
何が原因で、何でそうなったかは分からない。
しかし分かる事が一つだけある。
誰かが何かを仕込んでいたのだ。
こうなる事を見越して、自分の子供達に何かを仕込んでいたのだ。
「誰がこんな…
…仕込んだ?
まさか?」
アモンはハッとする。
考えてみれば、この戦いも仕組まれた事だった。
人間達の話しからも、彼等は魔物達と敵対するつもりは無かった。
それを互いに戦わせる様に、仕組んだ者が存在するのだ。
そういえば、これも仕組まれた事なのか?
そもそも、女神様がこんな事をするなんて…
それに、あの子達をくれたのは、他ならぬ女神様では無いか
それがこんな…
アモンは女神様の真意が分からず、ただただ困惑していた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




