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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第122話

遂に戦闘が始まり、ダーナの北の城門の前で両軍が入り乱れる

先ずは騎兵が突進して、オークの部隊の正面に突っ込む

しかしオークは長柄の斧を構えて、その突進を受け止める

数頭の馬が、突進の衝撃に耐えられずに倒れる

そのままオークに首を狩られて、騎兵の数人は足である愛馬を失った


最初の突撃の勢いを殺されて、騎兵達はその場で鎌を振り回す

しかしオークも長柄の斧なので、しっかりとそれを受け止める

馬上の優位がある筈なのに、オークは臆する事も無くそれを正面から受け止めた

そして膂力の差を活かして、次第に押し返し始める


「くそっ

 私も出るぞ」

「駄目です

 フランドール殿」

「そうですぞ

 まだ騎兵が戦っています」

「しかし正面は既に、幾人かやられているぞ」


騎兵はオーガを倒せるほどの猛者が集まっている。

身体強化も使って、オークの一撃をいなしていた。

しかしオークは集団戦にも慣れている様子で、器用に斧を振り回しては騎兵を打ち倒す。

既に10名以上が犠牲になり、馬やオークにその死体が踏み潰されていた。


オークの振り回す長柄の斧が、兵士の身体を切り裂いて行く。

それはまるで、紙を切り裂く様に容易く、鎧ごと兵士を切り裂く。

肩から肺まで切り裂かれて、血反吐を吐いて倒れる者。

腕や脚を切り飛ばされて、そのまま大地に倒れ伏す者。

中には何とか斧を受けても、そのまま勢いで吹き飛ばされる者もいた。

そうした者達は、地面に倒れ伏していた。


森が切り拓かれていなければ、彼等は大木に叩き付けられていただろう。

そういう意味では、彼等は運が良かったのだろう。

地面に叩き付けられたてはいたが、それで死ぬ事は無かった。

多少の怪我はしていたが、彼等は何とか生き延びていた。

少なくとも、斧で切り殺される事は無かった。


「このままでは…」

「いえ

 部隊長は伊達ではありませんよ」


見ればアレンやエリックが奮戦して、オークの1体を切り倒した。

ダナンとハウエルも鎌を振り回して、味方が押されない様に支えている。

一進一退の攻防を続けて、正面は乱戦になっていた。

しかし正面は押さえれても、他は魔物の方が優勢だった。


「右翼が抜けるぞ」

「弓部隊、撃てー!」

「おう」

「左翼は任せろ

 ファイヤーボール」


弓が唸って矢が飛び、右翼から出たオークの頭に突き刺さる。

深手では無かったが、視界を奪われたオークは苦悶の声を上げる。

それを見逃さず、騎兵が向かって止めを刺した。

騎兵が振り回す鎌が、オークの肩から肺にまで深々と突き刺さる

それでオークは血を吐いて、斧を振り回しながら倒れる。


左翼では火球が唸りを上げて飛び、着弾の衝撃で火の粉を飛び散らす。

近くに居た騎兵は何を逃れたが、オークは炎に巻かれて悲鳴を上げる。

新たに弾ける効果も込められた、火球が唸りを上げて飛んで行く。

呪文に新たな言葉を加える事で、効果が上げられる事が証明された。

それでミリアルド達は、その炸裂する火球を放っていた。


ドガン!

ゴガン!

ゴオオオオ…!

プギイイイ…

「危ねえ…」

「よっしゃ!

 狙い通り」

「やりやしたね」

「ああ

 見事に命中だ」


ミリアルドはガッツポーズを決める。

しかし少し離れた場所から、ミスティの叱責が飛ぶ。

どうやら騎兵達の一部が、近くで魔法が爆発した事に驚いた様だった。

火球は見た事があっても、炸裂する火球は初めてだったのだ。


それはそうだろう。

この魔法はまだ、開発されて間もない魔法だったのだ。

だからこそ兵士達も、火球が弾けるとは思っていなかったのだ。


「あんたねえ

 もっと気を付けなさい

 騎兵さんが驚いてるでしょう」

「そうは言っても、しっかり狙ったぜ?

 ちゃんとオークだけを燃やしただろう」

「そういうもんじゃあ…」


ミスティは呆れていたが、ミリアルドは内心安堵していた。

思ったより飛んだので、着弾が騎兵に近かったのだ。

次はもっとよく狙って、味方を困らせない様にしようと思っていた。


そして少し離れた場所では、フランドール達が戦場を眺めていた。

フランドールは隙あらば、戦場に出ようとして兵士に止められていた。

そんなフランドールを見て、ギルバートが話し掛ける。


「どうです?」

「ううむ…」

「味方は意外と頑張っています

 まだフランドール殿の出番ではありませんよ」


ギルバート言われて、フランドールは返答に困っていた。

早く魔物に向かって行きたいが、領主という手前そうそう簡単には出れないのだ。

実際にフランドールは、兵士達に止められていた。

今出て行くのは、魔物の群れに突っ込んで行く様なものだ。

乱戦に突っ込んで行くのは、いくらそれなりに強いフランドールでも危険だ。


戦闘は膠着状態だったが、少しずつだが死者は増えていた。

それは両軍とも同じで、互いに相手の攻撃を押さえるのに必死になっていた。

中には傷付いて、後方に後退するオーク兵も少なからずいる。

戦いから外れてくれるので、それはそれで安心だった。


「ふはははは

 やるではないか」


アモンは上機嫌で戦場を見回す。

それは本当に戦いが好きで、戦場を生きる場所とする戦いの魔王らしい言葉だった。

魔物の軍勢は少しづつ、後退して人数が減っている。

兵士の方も負傷者が出ていて、傷の浅い者は後退していた。


どうやら魔物達の方も、負傷者には止めを刺そうとはしていない。

瀕死の者には止めを刺すが、負傷者は見逃してくれていた。

それで兵士達の方も、重傷のオークの後退を許していた。

お互いに力量を試す様に、負傷して後退する事を認めていた。


「アモンサマ

 ダイブンヘラサレマシタヨ」

「ニンゲンモナカナカニ、ヤルヨウデス」

「そうじゃな

 この程度では、大した打撃にはならぬか」

「ソウデスネ」

「サクジツノツカレテイタトイウノモ、アンガイホントウナノカモ」

「ふははは

 そうでなくてはな」

「ソンナタノシソウナ…」

「ナカニハシシャモイルンデスヨ」

「そうだな

 思ったよりはやるようじゃな」

「ドウサレマス?」

「これならば、次の一手を掛けても良かろう」

「むむ

 奴も何かする気だぞ」

「気を付けろ!」


アモンの言葉に、ギルバート達は警戒した。

少し離れているが、アモンが動いたのは見えている。

アモンは椅子から立ち上がると、右手を挙げて合図を送った。

それは今まで温存していた、オークの騎兵部隊だった。


「それでは伏兵を出させてもらおうか

 これには対処出来るかな?」


ズガーン!


爆音が鳴り、戦場の左右に煙が立ち上がる。


「え?」

「伏兵の…意味…」


考えてみれば、わざわざ向こうの陣地のギルバート達に聞こえるぐらい大きな声で宣言している。

それに宣言したり、爆発や煙の演出で伏せている意味が微妙になっていた。

煙の中では1組のオークがワイルド・ボアに乗っており、それが左右に現れていた。

しかし彼等は煙に咽ていて、暫く動けなかった。


「何を考えているんだ?」

「分からん…」


「さあ、オーク騎兵部隊(ライダー)

 左右から進軍して攻めるのだ」


呆気に取られていたが、アモンの言葉にフランドールが反応した。

こちらも騎兵部隊は120名居るが、先ほどの戦闘で数が減っている。

このまま騎兵同士が戦っても、こちらの方が不利だった。

それをフランドールが、指揮して出ようとしていた。


「今度こそ私が…」

「いえ

 ここは歩兵に任せましょう」

「そうですね

 幸い防壁がありますから

 負傷しても中で手当てが出来ます」

「え?」

「こちらに誘い出しましょう

 そして城壁で戦いましょう」

「え?

 私の意味…」


しかしやる気に満ちたフランドールを他所に、歩兵達に声が掛かる。

下手に前に出るよりは、ここで城壁を使って戦った方がマシだろう。

歩兵たちを下がらせて、城壁に魔物達を誘い込む。

その際にも数名が倒されたが、魔物達は倒れた兵士を無視する。

やはり殺す為に戦うというより、純粋に戦いを楽しんでいる様子だ。

彼等は人間を滅ぼすよりも、純粋な力試しを楽しんでいるのだ。


「くっ

 あっちでも一人やられたぞ」

「お前達

 しっかりと押さえるんだぞ」

「おう!」

「任せてください」

「なあに

 奴等が出来たんだ

 オレ達も奴等の突進を押さえるぞ」

「おう!」

「このままゆっくりと引き込むぞ」


歩兵達が防壁の前に出て、オークライダーの突進に備える。

そこは未知数の敵ではあったが、オーガとの戦闘で自信を着けている。

歩兵達は気合を入れて待ち構えた。

そして攻撃を受けながら、ゆっくりと後退する。

オークライダーの攻撃は直線的で、歩兵達は上手く躱しながら誘い込みに成功する。


「大丈夫なんですか?」

「…」

「厳しいでしょうね」

「しかしあいつ等はオーガとも戦った

 ワイルド・ボアに乗った騎兵など初めてだが…

 どこまでやれるのか」

「それなら!」

「それでも…

 ですよ」

「そうですよ」

「彼らにも歩兵の意地があります

 少なくとも、簡単には抜けさせませんよ」


フランドールの心配は分かるが、ここで簡単には出させられない。

少しでも戦力を温存して歩兵で押さえさせないと、アモンが何をして来るか分からないのだ。

オークライダーは現れたが、まだワイルド・ベアやフォレスト・ウルフも温存されている。

それらの魔物の事を考えれば、ここで全てを出し切る訳にはいかないのだ。


「いざとなれば私達も居ます」

「そうです」

「足止めなら任せてください

 大地の精霊よ

 その御力を持って、植物を動かし給え…」

「倒せないまでも…

 せめて足止めぐらいは…

 我が呼び掛けに応え給え

 敵の足を掴み、その動きを封じ給え…」


魔術師達も参戦する意思を見せて、呪文を唱え始める。


「ミスティさん…」

「フランドール様

 御安心してください

 私達が魔物を、この先には行かせません」

「そうですよ

 ここで封じ込めます」

「その間に倒してください」

「ミスティ…」

「フランドール…」


ミスティは自信を持って言い切り、フランドールはそれに頷いた。

この二人の間には、言葉にならないやり取りがある様だった。


「分かりました

 兵士の身をまもってください」

「はい

 お任せください

 風の精霊よ…」


ミスティはそう言うと、さっそく呪文を唱えた。

ミスティの紡ぐ言葉に従って、彼女の周囲に魔力が集まる。

それは微かに発光を繰り返して、周囲に網目の様な模様を浮かび上がらせた。


ブモオオオ

プギイイイ


オークライダー達が鳴き声を上げながら、器用にワイルド・ボアを操って向かって来る。

豚人間が猪に乗って突進してくる。

絵面は凄く滑稽だが、それは実に恐ろしい部隊だ。

その突進力もさる事ながら、膂力の強いオークが乗っている。

振り回す長柄の斧も、十分な脅威だろう。


「構えろ!」

「おう!」


ドドドドドド!

ガシーン!

グワッシャーン!


「ぐおお」

「ふぬぬぬ…」

プギャアア

ブギイイイ


ほとんどの兵士が突進に耐えて、オークの突撃を押さえる。

オーク自体は強敵だったが、ワイルド・ボアには兵士も慣れて来ていた。

だから歩兵でも、何とかその突進を盾で止める事が出来る。

オークはワイルド・ボアを止められて、慌てて斧を振り回した。

兵士も必死に応戦して、剣で斧を受け止める。


しかし馬上?猪上の優位から、膂力のある斧を受け切れずに、兵士は次々と倒される。

ワイルド・ボアもその場から突進して、衝撃で吹き飛ばされる者も居た。

さすがにオークが斧を振り回すので、兵士達も迂闊に近付けない。

それで思わぬ反撃を受けて、倒れる者は少なく無かった。


「くそっ」

「なかなか手強いぞ」

「くっ

 このままではここを…」

「ソーン・バインド」

「マッド・グラップ」

「スネア―」

ブギイイイ

ブモオオ

ドガッ!

ズシャッ!


幾つかのオークライダーは、魔法の効果で足止めされる。

そのまま倒れる者も少なく無いが、中には拘束を振り払って突っ込む者も少なくは無かった。

魔術師達も想像以上の魔物の突進に、さらに魔力を込めた魔法を放つ。


「駄目だ」

「ソーン・バインドは効くが、それほど長くは拘束出来ないぞ」

「くそお、マッド・グラップでは無理か」

「スネア―でもすぐに抜けられます」

「構わん

 このまま放ち続けろ

 マッド・グラップ」

「もっと魔力を込めるのよ

 呪文も大事だけど、魔力の分拘束力も強まるわ

 ソーン・バインド」


魔術師達は必死に呪文を唱えるが、茨の拘束以外は効果が薄かった。

それに集団で入り乱れているので、下手な攻撃魔法は唱えられなかった。

マジックアローがある程度は狙えるものの、それでも誤射の危険があるのだ。

混戦に兵士が苦戦していると、後方から声が届いた。


「お待たせ

 そこは魔法に気を付けてね

 ライトニング・バインド」


ミスティが魔法を発動させると、稲光が走り魔物を数体纏めて包んだ。

それはソーン・バインドよりも強力な、雷を使った拘束魔法だ。

しかし多大な魔力を必要とし、呪文の詠唱も繰り返す必要があった。

その分発動すれば、強烈な雷が敵を拘束する。


バシュッ!

プギャアアア

ブモオオオ


魔物の悲鳴が上がり、6組のオークライダーが光に包まれていた。

それは雷の魔法の拘束で、強烈な電流が魔物を包み込んだ。

茨の様な雷の鞭が、魔物に絡みついて拘束する。

断続的な電流が流れて、その動きも塞いでくれる。


電流自体は魔力依存なので、そこまで強力なものではない。

だが痺れさせる事が出来るので、より拘束を強める事が出来る。

それに電流なので、耐性がある者は少ないだろう。

だからこそ魔物の群れにも、この魔法は有効だった。


「すごい…」

「一気に6体も止めたぞ」

「良い…から…

 早く…止めを」

「あ、はい!」


ミスティは魔法を行使し続けるのも辛いらしく、切れ切れに言葉を口にする。

断続的に電流を流すので、その間にも魔力を消耗する。

ミスティほどの魔術師でも、そう長くは発動出来ないのだ。

ミスティは既に、魔力切れが近い状態になっていた。

それを聞いた兵士が、慌てて止めを刺しに向かった。


「まったく、無茶を…」

「ア、アーネスト…さん…」

「あなたの魔力では、発動でも精一杯でしょう

 魔力切れを起こしますよ」

「ふふ…

 フランドールが…頑張って…

 私も…頑張らな…」

「ミスティ?」

「あ、いや…

 何でも…無いわ…」


アーネストはマジックポーションの瓶を空けて、ミスティに飲ませてやる。

ミスティはハアハアと荒い息をしながらも、何とか魔法を維持しながら飲み干す。

マジックポーションで、少しだけだが魔力が回復する。

しかし急がなければ、本当に魔力切れになってしまう。


「うりゃあああ」

プギイイイイ

ブゴッ

「終わりました!」


最後のオークに、兵士が剣を突き刺した。

オークは胸を貫かれて、そのままワイルド・ボアの上で倒れる。

兵士の声がして、やっとミスティは魔法を解いた。

そのままその場で座り込み、呼吸は荒くなっていた。


「はあ、はあ…」

「ほら、もう一本」

「すみま…せん」

「無茶して…」


ミスティは何とか瓶を受け取ると、不満を漏らさずに一気に呷った。

それほどまでに切迫していて、今飲まなければ昏倒するところであった。

それでもここに向かって来る、6体のオークライダーを倒す事が出来た。

それは大きな成果である。


一気に6体倒せた事で、そこは少しづつだが持ち直し始めた。

他の場所でも何とか維持して、少しづつだが魔物は倒されて行く。

殺す事は出来なくても、そのままワイルド・ボアに乗って後方に下がって行く。

それだけでも十分だった。


しかし歩兵の犠牲も多くて、既に30名以上が死んでいた。

今も怪我人が出ていて、他の兵士が支えながら何とか担いで運ばれて行く。

それだけオークライダーは、危険な相手だった。

機動力が上がった事で、歩みの遅いオークの弱点を補っている。

それだけでも十分な脅威なのだ。


「無茶、でも

 ここで、何とか…

 フラン、ドールに…」

「良いから

 良いから、分かったから

 少し休んでください」


アーネストはそうミスティに声を掛けて、さらに数本のマジックポーションを持って来させた。


「もっとポーションを」

「はい」

「このままでは昏倒してしまいます」

「はい」

「全く…

 あなたの魔力では、本来は3体でも危険なんですよ」

「ミスティ

 大丈夫ですか?」


そこへミスティを心配して、フランドールが駆け寄る。

彼は離れた場所で、兵士達の指揮を執っていた。

しかしミスティが倒れそうになったのを見て、心配して駆け寄って来たのだ。

それだけミスティを心配していたのだ。


「よく言ってあげてくださいね

 彼女は魔力切れの先の魔力枯渇を起こしています」

「そ、そうか」

「フラン…ドール…」

「あのまま無理をしていたら、命にも係わっていたでしょう…」

「え?」

「魔力切れの先は魔力枯渇です

 そうなったら、命の危険もあります」

「あ、ああ…」


アーネストの警告に、フランドールは硬直する。

まさかそこまで無茶をしているとは思っていなかったのだ。


「フランドール殿からよく言ってください

 いくらあなたの為とは言え、危険ですから」

「あ、ああ…」

「止して…

 アーネ…」

「他ならぬあなたの言葉なら

 彼女も聞くでしょう」

「え?

 それは…」

「ばか…」


アーネストの含ませる様な言葉に、ミスティはほんのりと頬を染めた。

何か言いたかっただろうが、息が上がっていて言葉が上手く出せない。

しかしフランドールも、ミスティの様子を見て気が付く。

どうやらアーネストには、二人の想いは気付かれた様子だった。


「ア、アーネ…」

「はいはい

 邪魔者は去りますよ」


アーネストはウインクをして、手を振りながら離れる。

後に残された二人は、気まずそうに見詰め合う。

そして互いの手を重ねて、しっかりと絡ませた。

そのままそっと唇を重ねる様を、兵士達は見ない様にしていた。


「おい…

 あれ…」

「言うな

 今は戦闘に集中しろ」

「くそう

 ミスティ様が…」

「オレの憧れのフランドール様が…」

「え?」

「はあ?」

「良いから戦闘に集中しろ!」


変な事を言う者も居たが、兵士達は再び戦闘に向かった。

フランドールは黙ってミスティを抱きかかえると、そのまま運ぼうとした。

ミスティは真っ赤になりながら、顔を覆って呟く。

実はあれから、二人はまともに顔を合わす機会が無かったのだ。


「フ、フランドール…」

「しっ

 何も言わなくて良い

 暫く向こうで休んでいなさい」

「は、はい…」

「良いね

 これは命令だ」

「っ…

 はい」


フランドールはそう言って、ミスティの口に指を当てて黙らせる。

そのままミスティを抱きかかえると、彼は休ませる為に奥に運んだ。

それは世の女性が憧れそうな、所謂お姫様抱っこという物であった。

行き遅れたミスティとしては、フランドールに抱き抱えられる事は恥ずかしくて死にそうだった。

いつかは愛する男にされたいと思っていたが、まさかこんな場所でされるとは思わなかった。


確かにフランドールとは、彼女は想い合う仲ではある。

しかしあの夜から、まだ二人きりで話す機会は無かった。

だからミスティは、自分だけの一方的な思いだと思っていた。

しかしこの様子では、フランドールもミスティの事を想っている様子であった。

だからミスティは、そのままフランドールの腕に抱かれていた。

暫しの間戦場の喧騒が消えて、二人だけの時間が流れていた。


ミスティがフランドールにお姫様抱っこで運ばれたのを見て、魔術師達は奮起していた。

大切な娘と思っていた、ミスティに幸せが訪れたのだ。

高齢の魔術師達は、娘の幸せを守る為に奮起していた。

娘を守る為に、彼等は魔物を防ごうと奮起していたのだ。


「おい

 見たか?」

「ああ

 遂にあの娘も…」

「そうとなりゃあ、ワシ等も頑張らんとなあ」

「おう」

「孫娘が…」

「ミスティが幸せになる為にもな…」

「邪魔なこいつ等を…

 片付けんとな」

「ワシもやるぞおお

 アース・バインド」

「おい!

 それは…」


地面が不意に隆起して、魔物の1体の足元から鋭い岩が飛び出す。

それはワイルド・ボアを貫き、その上に乗ったオークにも刺さった。

しかし使い慣れない魔法を使い、彼の魔力は切れそうになる。

そこまで魔力を使ってでも、ミスティ達を守りたかったのだ。


「どうじゃ、はあはあ」

「お前、魔力が…」

「そうじゃぞ

 無理をするな」

「なあに、ポーションはたんまりある

 それに…な」

「ミスティか…」

「孫娘の様に思っておった

 あの子が幸せになれるなら…

 もう少し頑張らねばな」

「うむ」

「そうじゃな」


男はそう言うと、ポーションを呷った。

他の魔術師達も、ポーションを呷って魔力を回復する。

そうして気合を入れ直すと、彼等は再び呪文を唱え始める。

魔物の侵攻を防ぎ、これ以上の被害を防ぐ為だ。


「なんじゃ

 抱っこが目的じゃないんか」

「あほう

 そんなわけあるか」

「まだまだ元気じゃのう

 それならワシも、ストーン・バレット」

「おお?」

「それは先日教わった…」

ズガガガ!


地面から小石が浮き上がり、魔物目掛けて撃ち出された。


「ほおう」

「これは…」

「面白い魔法じゃな」

「どうじゃ?」

「しかし兵士に当たるじゃろう」

「そこは考えとるわい」

「ならオレは

 ライトニング・ウイップ」


今度は電撃が走って、魔物に絡みついた。

先ほどのライトニング・バインドの下位魔法で、単体に電撃の鞭を当てて縛る。

威力はそこそこあるが、対象が単体に限る。

それでも魔力の消費が少なくなるので、覚えれば応用が利く。


「ふう

 これなら何発か打てる」

「お前はそれを覚えたんかい」


先日の報酬で、アーネストから幾つかの魔法を教わっていた。

魔術師達にとっては、魔法が何よりの報酬になる。

だからアーネストから教わった魔法を、魔物に試したくて仕方が無かった。

魔術師達が色々試していると、拘束されたオークを倒した兵士が声を掛けた。


「おい

 真面目にやってくれよ」

「なんじゃと?」

「ワシ等は至って真面目じゃぞ」

「そうじゃ

 真面目に魔法を試しておる」

「誰の魔法が一番効くかをな」

「おい!」


いつの間にか魔法の披露の場になっているが、彼等は真面目にやっているつもりだった。

何よりもミスティ達を、守りたいと思って頑張っている。


「おい…

 頼むから真面目に戦ってくれよ」

「分かっておるわい」

「次はこいつでどうじゃ

 大気の精霊よ

 ワシの呼び掛けに答えてくれ

 その息吹で敵を戒めておくれ

 風の戒め(ウィンドウ・バインド)

ゴウッ!


吹き抜ける風が、魔物に向けて吹き抜ける。

これが一部の魔物であるなら、そのまま拘束出来るのだろう。

しかしオーク・ライダーには、この魔法は無意味だった。

兵士は溜息を吐きながら、次の魔物に向かって行った。

同僚が倒されて、切られそうになっていたからだ。


「ったく…

 ちっ!

 うおおおおお」

「むっ?」

「あそこにも魔物が」


それを見て、また魔術師が呪文を唱える。


「ほれ

 これでどうじゃ?

 ライトニング・ウイップ」

「お?

 お前さんも覚えたんか」

「ああ

 まだ試していなかったが、これは使えそうだな」


オークは振り上げたままの態勢で、そのまま痺れて固まっていた。

兵士はそれに切り掛かり、倒れていた同僚も下からワイルド・ボアに止めを刺した。


「最初からそうやってくれよ…」

「何にせよ助かった

 次に向かうぞ」


助け起こした同僚と共に、兵士は次の魔物に向かって駆けて行く。

オークライダーもその数は減っており、残る魔物は少なくなっていた。

中央で戦う騎兵達も、オークの兵士をほとんど倒していた。

それを見て、アモンはニヤリと笑った。


「これも退けるか

 面白い」

「気を付けろ

 いよいよ本命が出るみたいだ」

「騎兵部隊を下がらせろ」

「一旦体制を立て直すんだ」


アモンが再び魔物を出すと見て、ギルバートが警告を発する。

将軍も指示を出して、奇襲に備えて体制を整えに掛かった。

いよいよワイルド・ベアが出て来るのだ。

万全な体制で無いと、一気に崩されるだろう。

騎兵達が号令を聞いて、一気に踵を返した。

それを合図に、轟音が鳴り響く。


ドガーン!


今まで以上の音を立てて、煙がもうもうと立ち上っていた。

まだまだ続きます。

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