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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第119話

東の門では、魔物に襲われる事も無く、無事に冒険者達が帰還していた

時刻は夕刻に迫り、慌てて帰って来る冒険者達も多く居た

ギリギリまで採取をして、少しでも多く稼ぎたかったからだ

今回の採取は領主からの依頼で、報酬も普段よりも割高となっている

この際に少しでも多く稼ぎ、良い装備に変えたかったのだ

そうすれば侵攻が終わった後に、魔物を狩りに出れるかも知れないからだ


冒険者達は籠や荷車に一杯の素材を抱えて、意気揚々と帰還してきた

その事で後に、ハリスとギルドマスターが頭を抱える事となるが、それはまた別の話だった

彼等が持ち帰って素材が、街の防備を増す為の材料になる

そう考えれば、少しでも多く持ち帰った方が良いに決まっている


夕刻を過ぎても、城門の前では作業が続けられていた。

突貫工事の柵と防壁は出来たが、そこへ罠を仕掛けていたのだ。

冒険者達が職人を手伝って、簡単な罠を仕掛けて回る。

罠には守備側からだけ分かる様に、目印が付けられていた。

間違って守備側の兵士達が、その仕掛けに引っ掛からない為に印がつけられていた。

しかしおっちょこちょいな冒険者が、それに掛かって邪魔をしていた。


「おわっ!」

ガラガラガラ!

ガシャーン!

「こら!

 そこっ、何をしている」

「た、助けてくれ~」

「はあ…」

「まったく…」

「何度引っ掛かりゃあ気が済むんだ…」


脚にロープが絡み、吊り下げられた冒険者の男が叫んでいる。

それを支えながらロープを切り、数人掛かりで助け出す。

それだけで数人の作業が中断して、また罠も張り直さなくてはならない。

本日何度目かの中断に、冒険者達は溜息を吐いていた。


「また作り直しだ…」

「いい加減にしろよ」

「だってよ…」

「だってじゃない!

 お前、何度目だ

 次やったら朝まで放置だからな」

「そんな

 魔物に食われちまうよ」

「お前みたいな役立たず、魔物に食われてしまえ」

「うう…」


男は罠の作り方は詳しかったが、肝心の罠にすぐに掛かってしまう。

だから折角作った罠が、すぐに無駄になってしまう。

既に3回も引っ掛かり、それだけ罠の優秀さが分かるが、男の情けなさも露呈されていた。


「どうする?

 もう1つ2つ作っておきたかったが…」

「仕方が無いだろう

 ギリギリまで粘ろう

 まだ魔物は来ていない」

「はい」

「やれやれ…」


早速壊れた罠にロープを張り直され、新たな目印が付けられる。

今度も枯草と土が被せられて、仕掛けが見えなくなる。


「もう掛かるなよ?」

「え?

 う、うん」


男を促して、冒険者達は次の罠を作りに向かう。

その作業中に、不意に兵士が叫ぶ。


「魔物だ!

 魔物が現れたぞ!」

「何!

 くそっ」

「後少しだ

 ここだけは仕上げるぞ」


冒険者達が作業を続ける中、兵士は上司を呼びに向かった。

他の罠を作っている冒険者達も、作業を中断するか続けていた。

中断する者は足場を直して、通行に問題が無い様にする。

下手に足場が崩れたままでは、逆に兵士の通行の邪魔になるからだ。


現れた魔物はオークが2匹で、立派な鎧を着ていた。

まるで騎士の様に鎧を身に着けて、長柄の斧を構えて立っていた。

その様子を見た冒険者が、思わず声に出す。


「おい、アレ…」

「まるで騎士だな」

「そうだな

 こっちの騎士様より立派だぜ」

「おい

 止せって」

「でも…そうだろう?

 向こうの方が筋骨隆々としていて…

 強そうだぜ?」

「そりゃあそうだが

 怒られるぞ」


オークは人間とあまり変わらない身長だが、人間よりも筋肉が発達していた。

肩や腕も太く大きく、脚もがっしりと筋肉に覆われている。

それが金属の部分鎧を身に着けて、不動の構えで立っている。

顔が豚の様でなければ、屈強の騎士と勘違いしただろう。


「良いから、さっさと作業を終わらせろ

 痕跡を残すなよ」

「でもよう

 バレねえかな?」

「良いから下がれ

 しっかりと罠を隠してな」

「ああ」

「気を付けろ

 奴等は動かないが、何をするか分からねえ」

「そうかなあ?

 何か待っている様な…」


近くで警戒していた兵士が、気まずそうに注意した。

彼もオークに何か感じていたが、それを言う訳にはいかない。

それよりも冒険者達に作業を早く終わらせて、安全な場所に避難させたかった。

彼らを守って戦う事になれば、厄介な事になるだろう。


しかしオークは動く事も無く、まるで誰かを待っている様子だった。

間もなく兵士に呼ばれたのか、ギルバート達がやって来た。

オーク達は身動ぎ一つせずに、じっと兵士達の動きを見ている。

まるでこちらの動きを、見守っている様子だった。


「魔物が現れたって?」

「はい

 あちらです」

「何しに来たんだ?

 戦いは明日だろうに…」

「分かりません

 しかし先ほどから、ああやってじっとしていて…」

「じっと?

 何もしないのか?」

「ええ

 こちらを見ているだけで…

 何しに来たんだか…」


兵士が前に立って、ギルバート達を案内する。

ギルバートにアーネスト、それにフランドールと将軍も来ていた。

フランドールはオークの姿に反応し、悔しそうに歯軋りをする。

彼が負けたオークが、今そこに立っているオークなのだ。

その悔しい記憶に、フランドールは苛立っていた。


将軍も兵士を倒したオークを前に、厳しい表情を浮かべる。

こちらはオークの技量を見抜いて、これが集団で向かって来ては危険だと判断していた。

オークは見た目こそオークだが、その構えは自然体で隙が無い。

金属部分鎧(プレート・アーマー)を着ている事で、さらに倒す事は困難になるだろう。


オークはギルバート達をトップと判断したのか、一礼をして森の中へと向かって行った。

まるで誰かの元へと案内するかの様に。


「おい!」

「フランドール殿

 先ずは着いて行きましょう」

「そうですよ

 彼等は案内に来た様ですよ」

「しかし…」

「フランドール殿

 忘れたんですか?」

「ぐうう…」

「そうですな

 あれで後方を見なくとも、隙がありませんな

 迂闊に向かって行っては…」

「将軍…」

「おじさんも

 戦いに来てるんじゃ無いんですよ」

「す、すまん…」


フランドールは負けた事もあって、オークには良い印象が無かった。

しかしギルバートは、彼等の様子に戦う気が無いと感じていた。

そしてアーネストも、昨日の件もあって警戒はしていなかった。

将軍だけは、何故か戦いたくてうずうずしてはいたが…。


オークに案内されて森の中を進むと、そこには天幕が貼られて簡単な陣が作られていた。

そこの真ん中に立派な椅子が置かれており、そこに長身の男が座っていた。

男は黒ずくめの鎧姿で、椅子に座ってのんびりと待っていた。

まるで部下のオーク達が、襲われる事など考えていないのだろう。

無事に命令通りに、ギルバート達を案内出来ると信じているのだ。


「ふはははは

 よく来た、人間の代表者よ」

「あれが…アモン?」

「ああ

 昨日会った男だ」

「魔王…ね

 確かに凄く強そうだ」

「ぐう…」


フランドールだけが、彼等の力量を見抜けなかった。

それで昨日も負けたので、将軍までもが相手の力量を褒めるのが悔しかった。

しかし言われてみれば、アモンには隙は無かった。

歴戦の戦士としての強さと、王者としての自信が窺える。

これほどの者が従えるのが、ただのオークである筈が無かった。


「ふむ

 昨日の子供か」


アモンはそう言って、眼を細めて邪悪な笑みを浮かべた。

それは悪そうな笑みに見えるが、実はそれほど悪くは無いのだ。

彼の見た目が悪そうに見えるので、笑顔まで悪そうに見えていた。

尤もアモン自身が、それを狙って悪そうに見える姿をしている。

彼からすれば人間を滅ぼす魔物の王なので、この様な姿をするべきだと考えているのだ。


「私はアーネストと申します

 こちらがギルバート

 あなたが探していた者です」

「ほう

 この子供が…」

「アーネスト?」

「女神が何を求めているのか分からないが…

 どうやら、お前をご指名の様子だ」

「オレを?」

「そうだ」


アモンは呟くと、ゆっくりと席を立った。

彼は引き締まった身体で、見た目はそんなに大きくなさそうに見える。

しかし立ち上がってみれば、将軍を優に超える長身の戦士であった。

その2mはあろうかという長身が、一行を見下ろす。


「ワシもベヘモットも、女神様が何を求めているのかは…

 分からない」

「分からない?」

「ああ

 申し訳ないが、詳細は知らされていないのじゃ」

「そんな…

 それなのに人間を滅ぼすと?」

「うむ

 それなにじゃがな…」

「違うのか?

 神託では人間は罪を精算すべきと…」

「ああ

 確かにその様な神託が下された様じゃな」

「下された様じゃ?

 知らないのか」

「うむ

 ワシ等には下されておらん

 ワシ等は人間に下されて神託を聞いて、驚いたぐらいじゃ」

「それじゃあ…

 何故こんな事を?」

「そうじゃな…」


アモンは一瞬躊躇ったが、話すべきだろうと考えたのだろう。

言葉を選びながら話し始める。


「ワシ等には…

 本来ならワシ等にも神託は下される」

「しかし下されなかったと…」

「そうじゃ

 こんな事は初めてでな

 いや、二回目だったか?」

「二回目?」

「いや

 今はそれは関係は無い」


アモンの言うそれは、実はギルバートが産まれた時に下された神託の事だった。

しかし今は、その神託の件は関係が無かった。

今は女神から、その罪の清算をすべきという神託が下った件の話をしている。

そしてその神託の裏では、彼等には別の命令が与えられていた。


「神託は下されなかった

 ただこの街に居るであろう少年が、選ばれた者であるかも知れない

 だからそれを見極める為にも、ここを攻める様にと仰せつかった」

「選ばれた…者?」

「ああ

 それしか聞いていない

 それが何を示しているかは…」

「分からない?」

「ああ」


アモンはそう言いながらも、ギルバートを凝視していた。

それは知っているが、話せないという事なのだろう。


「ベヘモットも言っていたけど、覇王の卵ってやつか?」

「え?

 あいつ、そんな事を言ってたのか?」

「ああ

 よく意味は分からなかったけど…

 知っているのは死んだアルベルト様とベヘモットだけだろう

 他は分からない…」

「そうか…

 まさかな…」

「何なんだよ

 その覇王の卵って?」


将軍が気になって聞いたが、アモンは答えなかった。

それは余程重要な事で、大きな問題なのだろう。

アモンの表情が、先ほどよりも険しくなっていた。


「それはワシの口からは言えない

 ただ、それなら納得だ

 この子は危険だ」

「危険?」

「ああ

 神にも悪魔にもなれる逸材だ」

「え?」

「神?」

「あ…

 あくまでも比喩だぞ

 それだけの能力を秘めた可能性の…卵だ」

「卵?」

「ああ

 どうなるかは、そいつ次第だ

 だがベヘモットが気に掛けていたとなると、もしかしてがもしかかもな」

「それで…女神に狙われていると?」

「女神様な!」

ビリビリ!


アモンは怒気を孕んだ目で、アーネストを睨んだ。

ベヘモットはそこまで怒らなかったが、本来ならば不敬な行いなのだ。

そして彼等は、その女神様に選ばれた使徒なのだ。

言葉次第で、危険な状況になると改めて思い知らされる。


「す、すまない」

「言っておくが、不敬罪で今、ここでお前達を殺して良いんだぞ

 あくまで女神様からお願いされたから生かしておいている

 その気になったら、こいつ等で…

 明日の日が出る前にでも滅ぼせる」

「させるか!」


フランドールはそう叫ぶと、剣を構えてアモンを睨んだ。

その眼はアモンを睨んではいたが、構えた剣は震えていた。

昨日と違って、今は力量の差を思い知らされていた。

それでも前に出たのは、彼の気持ちの現れなのだろう。


「何だ?

 昨日の兵士じゃないか」

「兵士では無い」

「フランドール殿はダーナの領主になる方です」

「こいつがか?」

「ぐぬう…」

「彼は領主になる者です

 それは失礼では無いですか?」

「そうです

 このダーナを守ろうと…」

「ん?

 ダーナ?」

「お前が攻め込もうとしている街だ」

「ああ

 ダーナって言うのか」

「知らずに攻める気だったのか?」

「ふん

 人間の町なんぞ何度も名が変わるからな

 それこそ攻め滅ぼされてな」

「それは…」

「何度も何度も

 愚かな争いを繰り返しおって」

「それは…

 確かにそうだが…」

「しかしそれなら、攻める場所を間違えないのか?」

「間違えても構わんさ

 ついでに滅ぼすだけじゃ」

「そんな非道な事を…」

「女神様のお願いだからな」

「くっ」

「それだけの事で…」

「それだけ?

 女神様の仰る事は絶対だ

 それがなんであれな」

「言っても無駄だろう

 我々とは考えが違うんだ」


彼等は女神の使徒なので、女神の指示が全てなのだろう。

それが何であれ、命じられれば従うのみなのだ。

例えそれが間違いであっても、女神の指示であるのなら問題は無いのだ。

それよりも彼には、別の関心事があった。


「しかし、これが領主ねえ…

 はははは

 弱いわけだ」

「くそっ!」

「止しなさい」

「フランドール殿

 何も学んでいないんですか?」

「しかし…」


フランドールが堪えきれずに、思わず剣を振り被って前に出る。

しかし将軍が後ろから、羽交い絞めで押さえ付けた。

アーネストも思わず、窘める様な口調になる。

この少し前に、昨日の事を謝罪されていた。

しかしフランドールは、再び同じ過ちを繰り返しそうになっているからだ。


「ふん

 事実だろう」

「うう…

 離せ、離してくれ」

「駄目ですよ

 ここで向かって行っても、昨日と変わりませんよ

 今は押さえてください」

「しかし…」

「昨日の繰り返しをしたいんですか?」

「ぐぬう…」

「ふん

 小僧の方が分かっている様だな」

「ええ

 あなたの部下には勝てそうですが、あなたには…

 正直自信がありません」

「はははは

 そうだろう

 しかしこいつ等を見て、まだ勝てると言うとは随分と自信過剰だな」

「いいえ

 勝てる根拠がありますから」


アーネストが代わりに前に出て、アモンとの舌戦を続ける。

フランドールの為にも、ここは一泡吹かせたかったのだろう。

それにアーネストも、アモンの言動には些か腹が立っていた。

彼等は女神の言葉を、何も考えずに妄信しているからだ。

使徒として人間の上に立つのなら、少しは自分でも考えろと思っていたのだ。


「自信は良いが、こいつ等も強いぞ」

「そうですね

 でもギルバートや将軍も居ます

 それにフランドール殿は、明日には疲れは抜けているでしょうから」

「ほう

 昨日は疲れていたから、負けたと言うか」

「くそお」

「フランドール殿

 挑発に乗らないでください」


アーネストはフランドールに注意して、アモンから気を逸らさせる。

このまま挑発に乗ったら、明日での戦闘でも危険だろう。

フランドールがどうしても来たいと言うから連れて来たが、これは失敗したと思い始めていた。


「ふふふふ

 良いのだぞ

 このまま殺してやっても」

「アモン

 あなたも引いてください

 それは女神様のご意思ではないのでしょう?」

「ぐ…

 分かった」

「そもそも

 今日は顔見せのつもりなんですよね」

「そうだ

 そこの奴がワシに噛み付くから…」

「言い訳しない」

「ううむ

 なかなか(したた)かじゃな…」


舌戦では、アモンもアーネストには勝てない。

アモンは悔しそうに、アーネストの方を睨んだ。

それでフランドールも、少しは気持ちが晴れていた。

自分では舌戦でも、彼には勝てそうには無かった。


「それで?

 明日は朝からの戦いという事で良いんですか?」

「ああ

 貴様らの時間に合わせてやる」

「それならば、こちらは7時の鐘で集まるつもりだから…

 8時の鐘で開戦で良いかな?」


将軍の言葉に、アモンも頷く。


「ああ

 それで構わん」

「それならば…

 それまではそちらは、ここに野営するのだな」

「ああ

 なんなら夜襲を掛けて来ても良いぞ

 それはそれで面白そうだからな」

「良いのか?」

「おい

 本気か?」

「冗談に決まっているだろう」


アモンの夜襲の話に、アーネストが即答した。

しかしこう答えた事で、アモンは夜襲を警戒しなければならなくなった。

冗談で口が滑ったとはいえ、オークには余計な警戒が必要となった。

こういった言葉での戦いでは、アーネストの方が一枚上手なのだ。


「本当にしないよな?」

「さあ?」

「う…

 お前、本当にベヘモットに似ているな

 お前なら、あいつと仲良く出来るだろう」

「するか!」


その頃遠く東の平原で、ベヘモットは人間の軍勢と向かい合っていた。

それは騎馬に乗った兵士達で、対するベヘモットの軍勢は人間に似た狐の獣人の軍だった。

彼女の従える、子供達の一つである。


クシュン!

「あら?

 風邪かしら?」

「大丈夫ですか?」

「ええ

 私達魔王は、風邪など引かない筈ですから」

「え?」


じゃあ、何で風邪って言った?


そういう突っ込みを我慢しながら、狐の獣人はベヘモットに聞いてみる。

今はそんな事よりも、目の前の人間の軍勢の方が重要なのだ。


「奴等は攻めて来ますかね?」

「そうねえ

 彼等は移動する家だから、この場所に拘りは無いわ

 でも…

 いい加減飽き飽きしてるでしょうね」


そう言いながら、ベヘモットはニヤリと笑う。

それは悪戯が成功した、子供の様な笑みだった。


「ねえ…

 東の勇者さん」


そう言ってベヘモットが見詰める先には、一人の若者が騎馬の上でこちらを睨んでいた。

彼が騎馬民族を率いていたが、何度も魔物に襲撃されてここで反撃しようと待ち構えていたのだ。

勇者と呼ばれた者の側には、同じ様に剣を構える戦士が守る様に立っている。

ここ数字は彼等と、ベヘモットは対峙し続けていた。


「今回はネクロマンシー以外の許可も出てるのよねえ…

 妖狐族(あなた達)の力を、見せ付ける時だわ」

「はい

 存分にご覧ください」

「ええ

 頼んだわよ」

「はい」

「さて

 東の勇者は、どんな戦いを見せてくれるのかしら…」


そう言ってベヘモットは、妖しく視線を細めて見ていた。

若々しい東の勇者は、まさにベヘモットの好みであった。

ベヘモットが男か女か、はたまたそれ以外なのか。

それは神のみぞ知るであった。


ベヘモットがそんな戦いに身を投じている頃、ノルドの森では会談が終わろうとしていた。

アモンはこのまま、森の中で陣を張って待ち構える事になる。

そして明日の朝から、いよいよ戦いが始まる事になる。

しかしアーネストは、ここでアモンに質問をする。


「それでは、明日開戦という事で」

「ああ

 それまで暫し、束の間の平和を楽しむが良い

 わっはっはっはっはっ」

「それは良いけど

 勝った後はどうなるんだ?」

「ああん?

 まだ勝ったわけでも無いのに、何寝惚けた事言ってる」

「いや

 お前や魔物は引き下がるのか?」

「そりゃあ…

 こいつ等に勝てたら、大人しく引き下がるさ

 そう約束したからな」

「他の魔物は?」

「え?

 それは知らんさ」

「はあ…」

「やっぱり…」

「ん?」


アモンが引き下がっても、他の魔物はそのまま残り続ける。

彼等が引き連れる魔物以外は、彼等は責任を持つつもりがないのだ。

これは以前のベヘモットの時にも、同様の問題が起こっていた。


「それじゃあ…

 お前らが去っても、魔物は引き続き出るんだな?」

「そりゃそうだろ

 そもそも、こいつ等は元々ここに住んでいたんだ

 それをお前等人間が、攻め滅ぼして土地を奪ったんだろうが」

「そうなのか?」

「そうなのか…って

 ほんの数百年前の事だろ

 何でお前らは、そう忘れ易いんだ」


アモン達からすれば、人間が魔物を追いやった事になる。

しかしそれも、長い時を生き続ける魔王だからこそ言える事だ。

ギルバート達人間からすれば、それをやった当事者はとうに亡くなっている。

それを今さら言われても、どうしようも無いのだ。


「…数百年って」

「オレ達は生きてないよな」

「む?」

「そもそも、人間は70ぐらいまでしか生きられない

 100年も昔の事でも、覚えている人が居ないんだよ」

「はあ?」

「だから

 100年後にはオレ達も居ないの!

 当然今日の話も、100年後でも覚えていられないだろう」

「え?

 そうなの?」

「エエ

 ワレワレデモシンデシマイマス」

「シトサマノヨウニハイキレマセン」


側近のオークも、それが正しいと認めた。

彼等はアモンに比べれば、よっぽど理性的で公平な性格だった。

だからアモンの説明には、さっきから納得が行かなかったのだ。


「え?

 話せたの?」


将軍だけは、別の事で驚いていたが…。


「兎に角

 こいつ等以外には責任は持てない」

「それなら、その魔物が殺されても文句は無いな」

「ああ

 昨日も言ったが

 この世は弱肉強食だ

 弱い奴は殺される」

「分かった」

「他には無いか?

 これで良いのか?」

「ああ」

「後は、明日の戦いで決めるまでだ」

「そうか」


それで会談は終わりとみなされて、ギルバート達は帰って行った。

後に残されたアモンは、複雑な表情をしていた。


「アモンサマ?」

「ドウサレマシタ?」

「うむ

 いや…」


ここでアモンは、彼等に聞いてみる事にする。

側近のオーク達の方が、人間の事に詳しそうだったからだ。


「ワシはあいつ等が…

 楽しみや利益の為にお前らを狩ると聞いていた」

「ソウデスネ」

「ソノヨウナモノガオオイデショウ」

「しかし実際は、あいつ等自身も何も知らずに…

 お前達と互いを憎み合って戦っているのだろうか?」

「ソウデスネ

 タシカニコノチニツイテハ、センダイカラモキイテイマセン」

「カコニナニガアッタノカ?

 ソレハトウニンシカワカラナイノデハ?」

「ソモソモ

 ワレワレハアモンサマノセンシデス」

「ニンゲントハナンジュウネントアッテオリマセン」


そうオークの側近は言って、自分達が憎んでいない事を示した。

彼等はハイランド・オークと言って、高山に住む別種のオーク達なのだ。

だから過去に何かあったとしても、今は人間の近くには住んでいない。

だから人間とも接点が無く、何も感じていないのだ。


「しかし、小鬼どもはどうだ?

 あれも長命では無いだろう」

「ソウデスネ

 ヤツラノバアイハ…

 イキテイルモノスベテヲネタンデイマスカラ」

「カンガエカタガ、ソモソモチガイマス」

「そうか…」


アモンは納得したのか、してないのか、複雑な表情を崩さない。

言われてみれば、小鬼では比較にならないだろう。

そもそも普通のオークでも、人間を憎むだとか考えていない。

ただ食料の一つとして、見付けた人間を狩っているだけだった。


「女神様は何を考えて…

 いやそもそも、これは本当に女神様のお考えなのか?」


アモン達使徒には、今回の神託は下されていない。

女神の命令として、伝言が届けられただけなのだ。

エルリックから神託の事を聞いて、命令が間違い無いと思っていた。

しかし考えてみれば、直接の命令も受けていないのだ。


「それに、覇王の卵

 あれは本当なのだろうか?」


アモンは自身の判断に疑問が生じて、このまま明日の戦いをして良いのか悩んでいた。

エルリックからは、是非とも覇王の卵を見極めてみてくれと言われている。

そしてベヘモットからも、代わりに戦う様に言われていた。

尤もこちらの方は、失敗したベヘモットから引き継いだだけだった。

それでも女神の為に働けると、勇んでここまで来たのだ。

それがここに来て、疑問を感じ始めていた。


「そもそも、あいつの言う事を信じていれば…」


今さらながら、言われた言葉を信じていた事が悔やまれる。

しかし賽は既に投げられているのだ。

今さら引き返せはしない。


「いや、止めておこう

 今さらどう言おうと、始まった以上は止められない

 それならばせめて…

 今は戦いを楽しもう」


戦いの魔王は、悩むのを諦めた。

元々頭を使う方では無いし、何も考えないで戦いを楽しむからこそ、戦いの魔王と呼ばれているのだ。

だからこそ次の瞬間には、全てを忘れて明日の戦いを楽しみにしていた。


そんな彼だからこそ、今日会談した面子の名前を憶えていないし、側近の名前も憶えていなかった。

側近のオークがダリとガルと何度言っても、未だに憶えれないのだった。

ダリとガルは、そんな主を見て溜息を吐くのであった。

まだまだ続きます。

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