第116話
フランドールは帰宅した際に、したたかに酒を飲んでいた
それで帰ってすぐは、食事も摂らずに就寝しようとしていた
しかし暫く横になったところで、寝付けなくて起き上がる
やはりアモンに負けた事が、頭から離れなかった
今までも魔物に、負けた事はあった
それを言うなら、騎士時代には他の騎士に敗けた事もある
さらに言えば、義父であるバルトフェルドには一度も勝てなかった
そういう意味では、彼よりも強者はいくらでも居るのだ
しかし今回の敗北は、意味が違っていた
「くそっ!」
ダン!
フランドールは悔しくて、私室の机を殴る。
殴ると言っても、今は夜も遅い時間であった。
周りに迷惑にならない様に、力加減はしている。
それでも拳には、鈍い痛みが走る。
それが余計に、彼の苛立ちを増していた。
あのアモンという男…
使徒だと言っていたな
魔王とも言っていた
さしずめ魔物の王という事か…
そう考えれば、彼があれほどの従者を連れているのも納得である。
女神に選ばれた、使徒であるのだ。
それに魔物の王であれば、強い従者を従えていても当然なのだろう。
しかしフランドールは見誤っていた。
あの時の魔物は、従者では無く一兵卒であったのだ。
そこに気が付かず、何とか自身を納得させようとする。
強い従者だったかr、負けたのも当然だと何とか納得しようとしていた。
だがしかし…
オレは大きなミスを犯していた
あそこでアーネストが来ていなければ…
オレは…
アモンに対して、フランドールはいきなり宣戦布告してしまった。
周りに居るオークを侮り、愚かにも喧嘩を吹っ掛けてしまったのだ。
相手は話し合いをしに来たのに、それは愚かな行為であった。
アーネストが止めていなければ、どうなっていたか分からない。
それが堪らなく悔しかった。
アーネストを馬鹿にしていた訳では無かった。
しかしいつの間にか、彼は魔術師という事で彼を弱いと思っていたのだ。
そんな彼に救われた事で、ますます惨めな気分になっていた。
それがあの場で、アーネストを拒絶してしまった理由だった。
フランドールは気が付いていなかたが、そういう理由でアーネストを拒絶してしまった。
その事がさらに、彼を惨めな気持ちにさせていた。
助けてくれたアーネストを、拒絶してしまった。
それが彼自身、自分の愚かさを痛感させていた。
オレは何て愚かな事を…
これではアーネストどころか、ギルバートにも会わす顔が無い
惨めだ…
フランドールは自身を責めて、惨めな気持ちになっていた。
それで自棄を起こして、酒に逃げ出していた。
しかし酒を飲んだところで、気分が晴れる事は無かった。
却って酒を飲んだ事で、ますます惨めな気分が増していた。
「くそっ!」
バン!
フランドールは苛立って、再び机を叩いていた。
しかしここで、部屋にもう一人の人物が居る事に気が付く。
彼女は部屋の入り口で、じっと彼にどう声を掛けようか躊躇っていた。
「どうされたのですか?
そんなに荒れて…」
「え?
ミスティ?」
「お邪魔しています
従者の方には止められたんですが…
心配になりまして」
「どうして?」
「あなたが落ち込んでいると聞きまして…」
部屋の入り口では、ミスティが黙って立っていた。
彼女は少し前に、従者に無理を言ってここに来ていた。
しかし荒れたフランドールの様子を見て、声を掛けられずに佇んでいた。
その目は心配そうに、フランドールをじっと見詰めている。
「ふふ…
笑いに来たんですか?」
「とんでもない!
あなたが傷付いていると聞いて…
心配しましたのよ」
「心配?
怪我もしていないのに?」
「でも…
心は…
プライドは傷付いているのでしょう?」
「ぐっ…」
「魔物の王に負けて、アーネストに救われて…
それで悔しくて…」
「うるさい!」
バン!
フランドールは苛立って、机を叩いた。
それで心配して、従者がそっとドアを開ける。
「フランドール様
大丈夫ですか?」
「お前達は下がっていろ」
「フランドール様!
そんな事を言ってはいけません」
「なに?」
「彼等は心配してくれているんですよ」
「心配だと?
オレを笑い者にしているんだろう?」
「そんな事はありません」
「そうですよ
我々はフランドール様の事を…」
「うるさい、うるさい、うるさい
黙れ!」
「フランドール様…」
ミスティは、最初は黙って聞いていた。
しかしフランドールの癇癪を見て、彼の前に進み出る。
そしてキッと睨み付けると、彼の頬を叩いた。
苛立ち従者に当たる彼を、諌める為の行動だった。
パシン!
「いい加減になさいませ
みっともない」
「ミスティ…」
「ミスティ様
何もそんな…」
「情けないですよ!
確かに魔王に負けた事は、同情すべき事でしょう
ですが彼等に当たるのは、みっともないとは思わないのですか?」
「ぐうっ…」
ミスティに叩かれた事で、フランドールの酔いは醒めていた。
酒に逃げて荒れていたが、彼女の言葉が胸に刺さる。
魔王に負けて情けない醜態を晒した事は、今はもう仕方が無い事だ。
しかしここで、さらに醜態を晒す事は情けない事だった。
ミスティの言葉に、フランドールは今さらながらに、自分の行為の愚かさを思い知る。
「私は…」
「魔王に負けた事は仕方無いでしょう
その後にアーネストに、思わず当たってしまった事も…
彼なら理解していると思います」
「アーネスト…が?」
「ええ
あの子は聡い子です
それにギルバート坊っちゃんに、普段から負けていると思っています
ですからあなたの悔しさも、あの子には理解出来るでしょう」
「アーネストが?
ギルバートに負けている?」
「ええ
あの子は魔術師ですが…
坊っちゃんと並んでいたいと努力しています
ですから普段から、坊っちゃんの力に負けていると悔しがっていました」
「あの…
アーネストが?」
「ええ」
それは予想外の言葉だった。
フランドールは、アーネストは色々出きる優秀な少年と思っていた。
無意識に見下してはいたが、それでも自分よりも優れているところがあると思っていた。
しかし当のアーネストは、ギルバートの強さにコンプレックスを抱いていた。
一緒に並び立ちたかったが、彼の力では魔物を倒す事は難しい。
だから簡単に魔物を倒せる彼の力に、憧れと劣等感を抱いているのだ。
「あの子は強い子です
ですから自身で鍛えて、いずれ坊っちゃんの隣に立とうと努力しています」
「アーネストがか?」
「ええ
度々魔力枯渇で倒れながらも、真剣に魔法を学んでいます
それは坊っちゃんの隣に立ちたいと、あの子が真剣に思っているからです
それを…」
「私は…」
「あなたはどうなんです?」
「私は…」
「もっと努力を…
すべきなのでは?」
「私は…
まだまだなんだな?」
「ええ」
ミスティは頷き、従者の方を向いた。
「さあ
ここは私に任せてください」
「ですが…」
「あなた達には、あなた達しか出来ない事があります
今は待つ事です」
「しかし…」
「良いから
ここは任せてください」
「はい…」
ミスティの言葉に、従者達は引き下がる事にする。
どの道夜も遅いので、明日の仕度も必要だった。
ここは彼女に任せて、彼等に出来る支度をする必要があった。
彼等はミスティとフランドールを残して、私室のドアを閉める。
「ミスティ?」
「あなたには…
もっと自信が必要なのね」
「え?」
「フランドール様…」
「ちょ!
待て…
んむっ」
「今は…
私に任せてくださいませ
その身を預けて…」
「ミス…ティ…」
二人は唇を重ねると、熱い吐息を交わした。
そうして重なり合う様に、寝台にその身を投げ出す。
フランドールは王都では、それなりに人気のある領主であった。
しかし選民思想者との争いで、側に置ける様な女性は居なかった。
だからこういった行為は、未だに数回しか経験が無かった。
「ミスティ…
君はこういうけいけ…んむ」
「黙ってて…
恥ずかしいのよ」
「ミスティ…」
「それに…
そういうのは聞くのは野暮よ」
「えっと…んむっ」
「っはあ…ああ…」
「ミスティ…」
「抱いて
今は全てを忘れて…
私にぶつけて…ねえ…」
「ああ…
ミスティ…」
ミスティが上になり、フランドールの服を脱がそうとする。
しかし慣れていないのか、彼女は紐を外すところから躓いていた。
それでフランドールは照れながら、自分の衣服を脱ぎ始める。
その間にミスティは、ローブを脱いでシーツの中に入る。
恥ずかしそうに上気した顔で、フランドールを見詰める。
「ミスティ…」
「フランドール…あふっ
ああ!
ああん」
艶めいた声を上げて、ミスティはフランドールのキスを受ける。
それは首筋や二つの丘を巡って、やがて彼女の秘密に触れる。
それでミスティは、さらに艶やかな声を上げて反応する。
それでフランドールはさらに興奮して、ミスティの秘密を暴こうとする。
「あん
だ…め…」
「ミスティ?」
「灯り…
消して…」
「ん?
あ、ああ…」
フランドールは興奮して、灯りを消す事を忘れていた。
寝台の上のシーツの中で、ミスティは下着だけの姿になっている。
その裸体が露わになって、白い肌がシーツの中から見え隠れする。
それが堪らなく色っぽくて、フランドールはますます興奮する。
灯りを消すと、彼は重なる様にミスティの身体に乗り掛かった。
「あん
いやん」
「えっと…
どうしたら…」
「え?
フランドールはそういう経験は?」
「えっと…
実はほとんど…」
「そうね
先ずはキスして
あむっ、はあん」
「ああ
んむっ、はあ、はあ…」
二人の息が重なり、シーツの中で互いの身体が絡み合う。
ミスティにリードされながら、フランドールは彼女の身体を探索する。
そうして十分に堪能した後に、いよいよ彼女の秘密を掻き分ける。
そうして昂った自身を、彼女の中に侵入させる。
「ミスティ…」
「聞かないで
恥ずかしいのよ」
「ごめん
こ、こうだな」
「もう
そこじゃあ…
はああっ、ああ…」
「こ、こうか?」
「そこっ
入って…ああ!」
ミスティは涙を浮かべて、ギュッとフランドールに抱き着いた。
それでフランドールは、一気に彼女の中に侵入する。
それが痛かったのか、彼女は思わず苦しそうな声を上げる。
しかし昂ってしまったフランドールは、もはやそれを止められなかった。
「ああっ
痛いっ」
「え?
ミスティ?」
「いい…から…」
「ちょ
もう…がまん…」
「ああ
もっと、やさし…うごいて…」
「あ、ああ
こうか?
これで良いのか?」
「あ、ああ
はああん」
「うっ
はああ…」
夜の寝室に、若い男女の甘い声が響いた。
従者達は、それを聞こえないふりをして支度を続ける。
彼女がフランドールを、慰める為に行ってくれているのだ。
邪魔は出来ないと、聞こえないふりをする事にしたのだ。
それから暫く、二人は激しく抱き合っていた。
一頻り放出して、フランドールは疲れてミスティの上に重なった。
そんなフランドールを、彼女は愛おし気に抱き締める。
それでミスティは、彼が自分の中を満たしている事を実感していた。
「ミスティ…」
「ばか
そんなに見ないで
恥ずかしいの」
「でも…
君ははじめ…」
「そういう事は言わないの!
デリカシーが足りないわよ」
「え?
ごめん」
「ふふ…」
二人はその後も、暫く抱き合っていた。
何度もキスをして、お互いの事を確認する。
「ふふ…
あなたがこの中に…」
「すまない
子供が出来たら…」
「その時は、しっかり責任を持ってよね」
「あ、ああ
オレは親父とは違う」
「え?」
フランドールの父親は、王都の豪商だった。
彼の母親は娼婦で、妾としてその商人に囲われていた。
しかしフランドールが産まれた時に、彼等は商人から捨てられてしまった。
それでフランドールは、私生児として一人で育ったのだ。
彼の母親もまた、幼い彼を育てられる余裕など無かったからだ。
「オレの親父は…
実の父親は商人だったらしい」
「らしいって?」
「母さんとオレを捨てたんだ」
「捨てたって…」
「それから母さんは、一人でオレを育てようとしたらしい
だけどそんな余裕は無くてな」
「それって…」
「母さんは娼婦だったんだ」
「え?
でも、王都では娼館は…」
「ああ
違法だな
だから碌に金を稼ぐ事も出来なくて…」
「そんな!
それじゃあ…」
「ああ
だから捨てられたんだ
小さい頃にね」
フランドールはミスティの上で、ポツポツと身の上話をする。
それはバルトフェルドにも、話した事が無かった話だ。
バルトフェルドが知っているのは、孤児として育ったフランドールだった。
その上で商人が後見人を求めて、バルトフェルドに申し出をして来た。
その商人が彼の父親かは、分からず終いではあったが。
「孤児として王都で育ち…
色んな事をしたよ
かっぱらいとか盗みとか…
およそ貴族らしからぬ事をね」
「でも…
あなたはバルトフェルド様の子として…」
「ああ
偶然会った警備隊の隊長さんがね
オレには剣の才能があるって
それで警備隊に入ってね…」
「そんな事があったのね」
「ああ
そしてバルトフェルド様に引き合わされてね
あの方の義理の息子として引き取られたんだ」
「そう…なのね」
「ああ」
フランドールは知らなかったが、実は商人が引き合わせていたのだ。
彼が貴族の子息となれば、なにかと都合が良かったのだ。
それで何人かの貴族に話を通して、偶然バルトフェルドにもその話が行ったのだ。
バルトフェルドは、当時は子供が生まれていなかった。
それで後継者として、剣の才のあるフランドールを引き取ったのだ。
だからフランドールは、自分は子供を見捨てないと誓っていた。
自分の様な苦労を、産まれて来る子供にはさせたくなかった。
だから彼は、誰が相手でも認知しようと思っていた。
それで選民思想者の女性からの、アプローチは断っていた。
彼等と関りを持てば、バルトフェルドに迷惑が掛かる。
いくら魅力的な女性でも、選民思想者ではお断りだった。
それで女性との経験は、娼館での経験しか無かった。
「私自身が苦労したんだ
そんな苦しみを、産まれて来る子には遭わせたくは無い」
「そう…ね」
「ああ
だから君が良かったら…」
「でも、私も選民思想者なのよ?」
「だった…
だよね?」
「え?」
「知っていたさ
そのぐらいは」
「知っていたの?
それなら何故?」
「何故って…
君は彼等から、見切りをつけて離れたんだろう?」
「そう…
そこまで知っているのね」
「ああ」
ミスティは、実は選民思想者の仲間だった。
ダーナに居たのは、彼等からの命令でここに潜入していたのだ。
しかし彼女は、彼等の教義に疑問を抱いてしまった。
ダーナで暮らす内に、選民思想に疑問を抱いたのだ。
「彼等の…
選民思想って、結局為政者の為の言葉なのよ
自身の欲望を満たす為に、弱者を食い物にする…」
「それが選民思想なんだろう?」
「ええ
そうね
だけど私は、貴族では無いの」
「そうなんだ」
「ええ
私は王都の、小さな雑貨屋の娘だったの
それが王都の民こそ、選ばれた民だなんて信じて…」
「それで選民思想に?」
「ええ
そうしていれば、贅沢な暮らしが出来ると思ったのよね
父さんや母さんを、楽にしてあげられるなんて信じて…」
「そうか…」
王都の選民思想者も、貴族と市民とは別物である。
市民は選ばれた市民として、活動していれば贅沢な暮らしが出来る様になる。
そう信じて彼等の仲間に入信する者も少なく無い。
彼女もそうした、言葉に騙されて入信した者達の一人だったのだ。
しかし言葉巧みに入信しても、実際には一向に暮らしは良くならない。
いつかは国王を倒して、帝国市民として贅沢な暮らしが出来る。
そんな言葉で誘われるが、実際は使い棄ての駒でしか無いのだ。
いざとなればトカゲの尻尾切りの様に、簡単に棄てられてしまう。
それに気が付いて、彼女の様に離反する者も少なからず居るのだ。
「君は彼等と、袂を分かったのだろう?」
「それはそうだけど…
元々は選民思想者として、この街に潜入したのよ?」
「それでも、今はこの街の為に戦おうとしている
違うかい?」
「それは…」
フランドールの言う通り、彼女は選民思想者から抜けていた。
彼等がアルベルトに反抗した時に、彼女は離反する事にしたのだ。
アルベルトの人柄を見て来て、考えを改めさせられたのだ。
それでギルド長に全てを話して、この街の為に生きると誓ったのだ。
アルベルトの元にあったリストは、彼女の様な離反した者達からの報告で出来上がっていた。
「私は…
アルベルト様に会って考え方が変わったの
このまま一部の者が栄えても、それで幸せにはなれないと気付かされたの」
「そう…か」
「ええ
あの方は違っていたわ
常に街の市民の事を考えていらっしゃって…
心を砕いてくださっていたわ」
「聞いた通りの方だったんだな」
「ええ
ですから私達は、選民思想から抜ける事にしたの
それでギルド長に相談して、誰が入信者か密告したわ」
「辛くは…
無かったのか?」
「そうね
最初は裏切るのを躊躇ったわ
でも彼等が、何をしようとしているのかを知って変わったわ
彼等は街を滅茶苦茶にしようとしてたの
それは許される事では無いわ」
「そうだな…」
選民思想者達は、ダーナの街で大規模な武装蜂起まで考えていた。
それは彼等以外の、市民をも巻き込んだテロ行為だった。
それでは成功したとしても、市民に多大な犠牲が強いられる。
それが納得出来なくて、彼女は密告を決意したのだ。
「選ばれた民以外は、犠牲になって当然なんだって…
そんなの認められ無いわ」
「そんな考えを?」
「ええ
自分達は選ばれた民だから、何をしても許されるなんて考えているのよ
そんなの間違っているわ」
「そう…だな」
それはフランドールも感じていた。
だからこそ彼は、そんな選民思想者を嫌いになったのだ。
「それで…
私とこうなって…」
「聞かないで
後悔はしていないわ」
「でも…
はじめ…」
「そういう事は言わないの」
「むう…」
「そういうところを気を付けてください
デリカシーが無いと言われますわ」
「気を付けるよ…」
フランドールも経験が乏しかったが、実はミスティは初めてであった。
だからこそ痛かったし、シーツには血が滲んでいた。
それでも傷付いたフランドールが放って置けなくて、こうして慰める事にしたのだ。
これで彼が、明後日の魔物との戦いに専念出来るのなら、それで十分だと思っていた。
それだけミスティは、フランドールに好意を寄せていたのだ。
「あなたを見ていると…
危なっかしくて」
「私が?」
「ええ
いつも何かに追われている様な…
そんな感じがするの」
「追われて…」
「無理はしないで
坊っちゃんやアーネストは、私達とは違うの」
「違うって…」
「坊っちゃんは王家の…
アルベルト様と同じで、帝国の皇族の血を引いてらっしゃるわ」
「それって選民思想じゃ?」
「違うわ
皇族の者達は、生まれ付き何かの力を持っているそうよ
それで嘗ては、皇帝として君臨していたのよ」
「皇帝の?」
「ええ
今の皇族はそれほどでも無いみたいだけれど…
昔の帝国では、剣で地面や川を割っていたと聞くわ
そんな化け物みたいな力を持つ血筋なのよ」
「地面を割るとか…
そんな事があり得るのかい?」
「多少の誇張や比喩はありそうね
でも考えてみて
魔法でもあれだけの事が出来るのよ」
「魔法だけで…」
そう考えれば、ギルバートの力にも納得が行くだろう。
皇族の血を引くので、生まれ付き大きな力を秘めていた。
そう考えれば、フランドールが敵わないのも仕方が無いのかも知れない。
しかし問題は、アーネストも力を持っている事だった。
彼はギルバートと違って、あれ程の力を持つ理由が無いのだ。
「それじゃあアーネストは?」
「そうね
アーネストは努力をしているわ
それこそ何度も死にそうになりながら…」
「死にそう?」
「ええ
魔力枯渇の事は…
話したわよね」
「ああ
ギルバートに負けていて…」
「ええ
魔力枯渇って危険なのよ」
「え?」
「魔力切れでも危険なの
それよりも魔力を使うから、身体にさらに負担が掛かるわ
それで毎年、無茶をした魔術師が亡くなっているわ」
「亡くなって?」
「ええ
無茶して魔力枯渇に陥って…
そのまま亡くなるの」
「そんな事が起こっているのか?」
「ええ
残念な事にね」
「じゃあアーネストも…」
「ええ
危険な事をしているの
何度も注意しているのに、聞こうとしないわ
坊っちゃんに負けたくないんだって…」
「それであれほどの力を…」
「ええ」
そう考えれば、アーネストが力を持っている事にも納得が行く。
生まれ付き魔力が高かったと聞くが、それ以上に努力をしているのだ。
だからこそ魔力も豊富だし、多くの魔法を使えるのだろう。
頭が良いと感じられるのも、それだけ勉強しているからだろう。
「それじゃあ私が勝てないのも…」
「そうよ
比べる必要が無いの
あなたはあなたでしょう?」
「それは…」
「フランドール
あなたには、あなたにしか出来ない事がある筈よ」
「私にしか…
出来ない事…」
「そう
比べる必要なんて無いの
あなたも戦う必要はあるでしょうけど…
常にあなたが魔物に勝つ必要は無いのよ
この街が守られれば…
それで十分なのよ」
「街が守られれば…」
「ええ」
ミスティはそう言うと、フランドールの下から抜け出す。
「あん
抜けちゃったわ」
「あ…」
「ふふ
次は魔物の侵攻が終わってから…ね」
「ミス…」
「駄目よ
今夜はもう寝なさい」
「でも…
もう一度…」
「だ・め・よ
しっかりと寝てね」
ミスティはそう言って、下着を直してからローブを着る。
その間もフランドールは、寝台の上で余韻に浸っていた。
それほど先ほどの甘い一時が、彼の心を満たしていた。
それで惨めな思いも、アーネストに嫉妬していた気持ちも消え失せていた。
「また…
こうして会ってくれるかい?」
「ええ
無事に街を守ったら…
その時には…」
「ああ
必ず守ってみせる」
「頼みましたわよ
あなたの力が必要なのよ」
「ああ
任せてくれ」
フランドールが頷いた事で、ミスティは安心したのだろう。
そのまま衣服を直すと、いそいそと部屋を後にした。
途中で従者達に会ったが、顔を隠して帰って行った。
声が外に漏れ出ていた事は、彼女も知っていたのだ。
それで彼等も知っていると感じて、そそくさと出て行った。
「フランドール様…」
従者は小声で、部屋の中の主に声を掛けた。
しかしフランドールは、満足したのか眠っていた。
それを見て、従者も安心したのだろう。
心の中でミスティに感謝しながら、そっとドアを閉めた。
まだまだ続きます。
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