第114話
魔王が派手に去って行った後、アーネストはフランドールの元へと向かった
放っていたわけでは無かったが、魔王との交渉が先だった為に近付く事も出来なかったのだ
それにアーネストは森の入り口側に立っていた
フランドールが立っていた、城門の前の広場とは離れていたのだ
そこへ向かうには、先ず魔王をどうにかしなければいけなかった
森の中に待機していた兵士達と共に、アーネストはフランドールの元へ駆け寄った
そして助け起こそうとした時、彼は冷たくその手を払い除けた
乾いた音が響き渡り、その手は拒絶される
彼の眼には屈辱と怒りが宿り、無言で立ち上がろうとしていた
パーン!
「放っておいてくれ!」
「フランドール?」
「無茶です」
「黙れ!
触るな!」
「フランドール様…」
「ちょ?
どうして?」
フランドールは何度もよろけながら、それでも意固地になって立ち上がった。
そして剣を支えにしながら、よろよろと城門へ向かって歩き始めた。
彼はアーネストの行動を見て、自身の愚かさに苛立っていた。
話しをしに来た者に、戦いを挑んでしまった。
そして負けてしまい、同情までされていたのだ。
「フランドール殿…」
アーネストは呆然とその背を見詰めて、黙って見送るしか無かった。
彼は良かれと思って、彼を救おうとしたのだ。
しかしその事が、却って彼のプライドを傷つけてしまった。
その事が、彼の拒絶する背中が語っていた。
「さっ、手を貸して」
「せえのっ」
「う…ぐうっ」
「しっかりしろ」
「すぐに手当てしてやるからな」
「くっ…
不甲斐ない」
「仕方が無いさ
相手は女神様の使徒だったんだ」
「しかし…
フランドール様を守れなかった」
「守れたじゃないか」
「そうだぞ
フランドール様は無事だったんだ」
「くそっ!」
次々と兵士が立たされて、城門の中へと運ばれる。
怪我こそしていなかったが、強く打たれた衝撃でまだ一人では立てなかった。
全身が衝撃で痺れて、思う様に立てなかった。
仲間に支えられながら、彼等は街の中に入って行く。
「ちくしょう…」
「あんなオークなんぞにやられるなんて」
「しかし奴等は強かったぞ」
「ああ
それに知性もあった」
「そこらに居るオークと違って…
はるなんたらオーク?」
「違う違う
ハイキングオークだろ」
「それじゃあ散歩だろ!」
兵士は名前を忘れてた。
聞き慣れない名前という事もあるが、オークだと侮っていたからだ。
しかし実際には、彼等は知性のある強い生き物であった。
魔物という色眼鏡が無かったら、人間と勘違いしていただろう。
「名前なんてどうでもいい
要は奴等は…
普通のオークじゃねえって事だ」
「そうだ」
「そうだけど…
どうする?」
勝てそうにも無いと思うけど、誰もそれを言う勇気が無かった。
彼等の実力を見た後では、そう簡単には勝てそうには無かった。
しかし魔物の侵攻を防ぐには、彼等を撃退する必要がある。
負けてしまう訳にはいかないのだ。
「そうだね
今のあんたらじゃあ、勝てないだろうね」
「こ、このっ!」
「アーネスト!」
「事実だろう?」
アーネストはあっけらかんとして、兵士に事実を突きつけた。
あんなあっさりと負けたのだ、命が有っただけでも見っけもんだろう。
勝てない以上は、何とか勝てる術を見付けるしか無かった。
使徒であるアモンも、それを暗に示していた。
「ボク達魔術師なら、方法は違えど一泡吹かせただろう」
「な…
言わせておけば」
「オレ等だって、本調子だったら負けないんだぞ」
「そうですか?」
「ああ」
「なら、明後日の決戦では、見事生き残ってくださいね」
「あ…」
「うう…」
「余程の自信がお有りの様子ですからね」
「あ!
おい!」
「アーネスト?」
アーネストの言葉に、兵士達の反論も詰まる。
明後日までには、もう時間が無いのだ。
死なないでという言葉は、アーネストの優しさだろう。
このまま戦ったのでは、負けるのは目に見えていた。
「くそう
こうなったら」
「ああ
すぐにでも特訓だ」
「ああ…
無茶はしなさんな」
「まだ身体は動かんじゃろう」
「そうですよ
少し休んでてください」
「うるせえ!」
無理に立ち上がろうとする兵士達を、発破を掛けたアーネストまでが止めた。
ここで無理をしても、怪我をするだけだろう。
せめて少しでも休んで、身体の痺れぐらいは取り除くべきだろう。
「まったく、無茶をなさる」
「そうそう
フランドール様も…」
みなは口には出さなかったが、今頃はフランドールも、訓練場へ向かっているだろう。
さっきのオークに着いて行けなかった事を悔やんで、素振りでもするつもりだろう。
このまま負けたままでは、悔しくて一睡も出来ない。
だからこそ、その悔しさを素振りでもして発散させる必要がある。
「魔力切れを起こしていたんです
十分に身体強化が出来れば、少しはマシになるでしょう」
「そうだなあ
ワシ等も何か使えないか、調べてみよう」
「何か手段がある筈じゃ」
「うむ
あの使徒も何か、手がある様な事を言っておった」
「このままでは負けてしまうからのう」
魔術師達はそう言うと、そそくさとギルドへ向かって走って行った。
普段なら走るも嫌がるのに、時間も惜しいとみえる。
彼等はギルドに戻って、何とか対抗策を探す事にする。
アーネストも帰って、何か対策を練ろうと思った。
「良いですね
くれぐれも無茶はしないでください
あなた達が倒れたら、街を守る人が居なくなります」
「ぐ…」
「分かったよ」
「すいません
彼等の代わりに、守備兵を呼んでください」
「ああ
こいつ等じゃあ、暫くは出来ないだろう」
「交代で見張ってください
アモンは魔物を引き下がらせると言っていましたが…」
「うむ
言う事を聞かない者も居ると言っていたな」
「ええ
一応見張ってください」
「ああ」
「任せろ」
アーネストはまだ元気な兵士に頼んで、代わりの兵士の要請をした。
彼はアーネストの行軍に着いて来た兵士で、まだ走るぐらいの余力は残っていた。
代わりの城門の見張りを出来る兵士を、宿舎に呼びに向かう。
その間は、元気な兵士達が交代で見張る事になるだろう。
「それまでは我々が残ろう」
「お願いしますね」
「ああ
任せとけ」
中隊長がそう言い、代わりが来るまでの見張りを買って出た。
そして同行した兵士達も、ここに残ると言ってくれる。
しかし彼等も、狩りに同行して疲れている。
一刻も早く交代して、休憩を取って欲しかった。
「良いんですか?
みなさんも疲れてるでしょう」
「なあに
あのアモンって奴も言っていた
魔物は攻めて来ないんだろう?」
「確かに言っていましたが…
言う事を聞かない魔物も居ます
気を付けてください」
「ああ
分かっている」
確かにアモンは言っていた。
これから来る部隊以外は下がらせると。
しかし同時に、命令を聞かない魔物が居るとも言っていた。
そういった魔物が、攻めて来ない事を祈るしかなかった。
「そうですね
それではお願いします」
「ああ
任せておけ」
中隊長はドン!と胸を叩いて言い、兵士を連れて城門へ向かった。
「そういえば…
ギル達はどうしたんだろう?」
「え?
聞いてませんか?」
「そうか…
フランドール様しかいらっしゃらなかったからな」
横になっていた兵士が、怪訝そうに呟く。
「どういう事?」
「坊っちゃんと将軍は、魔物の戦いで倒れら…」
「何だって!」
兵士の言葉を途中までしか聞かずに、アーネストは駆け出そうとする。
しかし場所が分からずに、再度兵士に確認する。
「何処だ!
ギルは何処に居る?」
「え?
邸宅へ戻られて安静に…」
「邸宅だな!」
アーネストは疲れも忘れたのか、慌てて駆け出した。
その様子を見て、兵士達は溜息を吐く。
実際には疲労で、疲れた休んでいるだけだった。
しかしあの様子では、話そうとしても聞かないだろう。
「やれやれ…」
「碌に聞かずに飛び出したよ」
「こりゃあ騒ぎになるぞ」
「オレは知らねえ」
「おい!」
残された兵士達は、慌てて駆け出したアーネストが邸宅でどんな騒ぎを起こすか想像した。
それでとばっちりを食らうのも面白く無いので、知らない振りを決め込んでいた。
アーネストは走った。
魔力切れは治っていたが、身体はまだ鉛の様に重たかった。
それでも構わず、友の身を案じて走った。
そうして領主邸宅の前に来ると、欠伸をしている門番に噛み付いた。
「何をしているんだ
ギルは?
ギルバートはどうしたんだ?」
「え?」
「倒れたんだろう?
怪我は?
無事なのか?
大丈夫なんだろうな?」
「は?
はあ…」
「何でそんなに暢気なんだ!」
「え…
でも、坊っちゃんは寝てるだけで…」
「寝てる?
起きれないほど負傷しているのか?」
「いえ
ただの疲労だそうです
強い魔物を倒す為に、魔力を使い過ぎたって」
「え?」
「ですから
疲れてお休みになっているんです
お静かにお願いしますよ」
「寝てる…だけ?」
「ええ
ですから先ほどから申しているでしょう
疲れて眠っているんです」
アーネストはそれを聞いて、へたへたと座り込んだ。
友の一大事と駆け込んだが、ただ寝ているだけだと聞いて力が抜けたのだ。
そこへ騒ぎを聞きつけて、ジェニファーが娘を連れて現れた。
「どうしたのです?
騒々しい」
「あ…
ジェニファー様
アーネストが…」
「あら?
アーネスト
どうしたんです?
そんな泣き腫らした顔をして」
「ああ
アーネストが泣いている」
「どうしたの?
お腹痛いの?」
ジェニファーの言葉に、セリアとフィオーナがアーネストを見る。
アーネストは安堵して、思わず涙を流していた。
二人はアーネストが泣いているのを見て、駆け寄って背中を摩る。
特にフィオーナは、悲しそうな表情で心配していた。
「大丈夫?」
「もう
また変な物を食べたの?
仕様が無い人ねえ」
「痛いの?」
「大丈夫?」
的違いな事を言いながらも、二人は心配して慰めようとする。
「い…いえ
ギルが
ギルが倒れたと、聞いて」
「まあ
それで…」
「無事で…
良かった」
「まあ…
走って来たのね
仕方が無いわねえ」
ジェニファーは呆れながらも、息子の事を案じて泣いてくれるそんなアーネストを可愛く思った。
肩に手を置き、優しく諭す様に言う。
普段のジェニファーなら、少しは辛辣な言葉を発しただろう。
しかし息子を心配してくれて泣いている姿を見れば、可哀想にも思えた。
「ギルを案じてくれるのは嬉しいわ
でもね、大丈夫
今日はちょっと、疲れて休んでるだけ」
「は、はい…」
「あなたも疲れているでしょう
少し休みなさい」
「はい…」
「フィオーナ」
「はい」
「アーネストを食堂に案内して
ハーブティーでも淹れてあげなさい」
「はい
お母さま」
ジェニファーに優しく促されて、アーネストは食堂へと通された。
フィオーナが先頭に立って、メイドにハーブティーの用意を命じる。
いつの間にか母の真似をして、メイドに指示する事も覚えていた。
このまま成長すれば、素敵なレディーに成長出来るだろう。
その道中にもジェニファーは、アーネストに優しく語り掛けた。
「大丈夫
大丈夫よ
あの子は強い子です」
「はい」
「きっと父親に似たのね」
「はい」
「ふふ
いつの間にか、アルベルトに似て来て…」
「ええ…」
「泣いてくれるのね
あの子の為に」
「はは…」
泣き腫らしたアーネストを、二人が心配そうに見上げる。
「大丈夫?」
「アーネスト…」
「だ、大丈夫ですよ
ただ…
安心してしまって」
娘二人も、アーネストを案じて優しい声を掛けた。
普段はお転婆なセリアも、優しく手を握って見詰めてくる。
小馬鹿にしてキツイ言葉を投げ掛けるフィオーナも、心配そうに見詰めてくれていた。
そんなフィオーナを見て、アーネストは頬を赤く染めていた。
そうして食堂に案内して、お茶と菓子が用意された。
砂糖は貴重な物なので、甘いクッキーは領主の館でもそうそう用意されない。
それでも疲れているだろうからと、一皿だけ用意された。
アーネストはそれを、一口齧ってみる。
「甘い…」
「うん
美味しい」
「こら、セリア」
アーネストの前に用意されたのに、ちゃっかりセリアも1枚食べる。
甘いクッキーが美味しかったのか?
それともアーネストが落ち着きを取り戻したからだろうか?
フィオーナも微笑みながら、クッキーを1枚摘まんだ。
「うん
美味しいわ」
「もう
フィオーナまで
仕様の無い子達ね
夕飯がもうすぐ出来るから、あまり食べないのよ」
「はーい」
二人が元気よく返事をするのを見て、アーネストの顔にも笑顔が戻った。
甘い菓子を食べた事で、少しだけ元気が戻って来た気がする。
魔法は集中力も使うので、甘い物は疲れを取ってくれる。
アーネストは思わず、優しい笑みを浮かべてフィオーナを見詰めていた。
「あ!
アーネストが笑った」
「もう
そんな顔して見ないでよ」
フィオーナが口を尖らせて抗議する。
最近は年頃なのかませてきて、アーネストの事を意識し始めていた。
それでも女の子だからだろうか、フランドールの方を見詰める事が多くなって来ていた。
ジェニファーもそれには気が付いていて、これ幸いと見合いの計画を練っていた。
ギルバートはまだ早いと止めていたが、貴族の婚姻は早い。
ジェニファーとしては、この話は早めに決めたかった。
ギルバートが息子では無い事が判明した為に、色々と問題が起こっていた。
このままでは夫である領主を無くしたジェニファーは、未亡人として実家に帰るしか無かった。
しかしジェニファーとしては、愛する夫の墓からは離れたくは無かった。
だからフランドールとフィオーナが結婚すれば、その母としてこの地へ留まれる。
危険な龍の背骨山脈を越えて、王都に戻る必要も無くなる。
ジェニファーがこの街に残るには、この方法しか無かったのである。
しかしその事が、アーネストの心を苦しめていた。
本人はまだ、気付いていなかったが、アーネストはフィオーナに恋をしていた。
いや、それはまだ、憧れであったかも知れない。
そこまで気持ちが動いていないので、何とも言えないもやもやとした気持ちになっていた。
それが為に酒の席で思わず口走ったり、知らず知らずにフィオーナを目で追っていた。
それに何となく勘付いた為に、フィオーナはアーネストに冷たく当たっていた。
お互いが意識しているのに、互いを牽制している。
思春期にありがちな、もどかしい初恋のやり取りであった。
母親であるジェニファーも、二人のそんな遣り取りに気が付いていた。
それで最近では、どちらをフランドールとくっつけるか悩んでいた。
隣でクッキーを齧っているセリアには、まだこういうのは早かった。
彼女はまだまだ、お菓子や花と戯れる方が好きな様子だ。
フィオーナとアーネストの様子を見て、ジェニファーも何とかしてあげたいとは思っていた。
フランドールの件や、夫が亡くなっていなければ或いは違っただろう。
アーネストにも貴族に叙爵される話は来ている。
そうなれば、身分的にも問題は無かった。
しかし残念ながら、二人の恋は実らない可能性が高かった。
何よりもフランドールが、ここの領主に納まる事が決まっている事が大きい。
それならば二人が気持ちに気付く前に、事を起こした方が良いのかも知れない。
ジェニファーはそんな苦い思いを飲み込みながら、二人を見ていた。
どちらを選ぶにしても、早く決めた方が良さそうだった。
メイドが厨房から出て来て、食事の準備が整ったと告げる。
じゃあ私はとアーネストが席を立とうとしたが、ジェニファーがそれを止めた。
今日のジェニファーは、いつもと違っていた。
それは息子を心底心配してくれる、アーネストの姿に心を打たれたのかも知れない。
「良いから一緒に居なさい」
「は、はい…」
アーネストは居心地悪そうに、チラリとフィオーナを見た。
フィオーナもそれに気が付き、頬を染めながらそっぽを向いた。
二人は何となく意識をしながら、その気持ちに答えを見出せないのだろう。
あるいは気が付いていたのなら、彼女も対応を変えていただろう。
しかし二人の様子を見て、やきもきする自分に気が付いた。
もおう、もどかしい!
何で気付かないの?
これじゃあ、あの頃の私やアルベルトに…
心の中ではそう思いながらも、ジェニファーは淑女然として落ち着いて座っていた。
応援してあげたいが、そうも出来ない。
彼女の心の中も、もどかしい状況であった。
執事のハリスが部屋へ向かい、ギルバートを支えながら戻って来る。
ギルバートはまだ、疲労から歩けない状態だった。
身体に負傷は無いが、疲れで立つのもしんどいのだ。
「ギル!」
「…」
ギルバートは片手を上げて応える。
「来てたんだな…」
「当たり前だろ
心配かけやがって」
「大丈夫だ
疲労で倒れただけだ
そう…
疲れた…」
「そ、そうか」
ギルバートはそう言って、しんどそうに椅子に座ろうとする。
「どこか痛むところは無いか」
「いいや」
アーネストは心配して駆け寄り、ギルバートを支える。
「大丈夫だ
もう、大分良くなったから」
「そうか
それならば良かった」
アーネストはホッとしながらも、ギルバートを支えて食卓に着かせる。
しかしギルバートは、大丈夫だと言いながらもどこか様子がおかしかった。
それは顔色とかでは無く、気持ち的に余裕が無さそうなそんな様子だった。
「本当に大丈夫か?」
「ああ
問題無い」
「そう…か?」
アーネストは気になったが、本人がそう言う以上はそれ以上は何も言えなかった。
親友の暗い表情を心配しながらも、アーネストは自分の席に戻る。
「アーネストは心配性ねえ」
「馬鹿ね
それが男の友情ってやつでしょう」
「そおう?」
「そうなの」
フィオーナは訳知り顔でそう言ったが、これは違うだろうとジェニファーや使用人達は思った。
この世界に薄い本の文化があれば、間違いなく題材にされただろう。
いや、既にその様な話題があったが、本人達は気が付いていなかった。
「それで?
どうしてそうなったんだ?」
「ああ
実は…」
「実は?」
「いや
今は止そう」
「ん?」
ギルバートは事情を説明しようとして、母や妹が居るので躊躇った。
アーネストもその様子を見て、深くは聞かなかった。
「分かった
後でフランドール殿が来てから聞くよ
その方が良いんだろう?」
「すまん
助かる」
「良いって事よ
それに…
食事は旨く召し上がらんとな」
「そうだな」
「旨く、旨く」
「こら、セリア
まったく…」
セリアが真似をして、フィオーナが窘める。
食堂が笑い声に包まれ、暫し穏やかな空気が流れる。
しかしここで、フランドールが居ない事に気が付いた。
いつもなら既に、邸宅には戻っている筈だった。
「そう言えば…
フランドール殿は?」
「あ…」
アーネストは思い当たる事があった。
しかし他の者達は、あの件を知らなかった。
だからフランドールが、戻らない理由を知らない。
それで戻って来ない事を、心配し始める。
「あら
そういえば、まだ戻られないわね
どうしたのかしら?」
「街には戻ってらっしゃる筈です
私も報告を受けましたから」
「そうよねえ
帰って来たと聞きましたわよ」
ハリスもジェニファーも、フランドールの帰還の報告は受けていた。
だから夕食にも、そのまま来ると思っていた。
しかし肝心の、フランドールの姿は見られていなかった。
彼は今も、訓練場で素振りをしていた。
「お部屋にもまだ、戻られていません」
メイドも見掛けていないと答える。
そこで一同は、事情を知っていそうなアーネストに視線を向ける。
「あ…
あはははは…」
「何を隠してる?」
「言わなきゃ…
駄目?」
「ああ」
「弱ったな…」
「何があった?」
「実は…
先ほど城門で、挨拶に来た魔王とひと悶着があって…」
「何だって?」
「魔王?」
「そう、魔王
例のアモンって奴が尋ねて来てて…」
「そんな報告は聞いてないぞ!」
「だよね…」
アモンの件は、まだ領主邸宅には知らされていなかった。
その場にアーネストが居た事から、アーネストが報告すると思われていた。
それでアーネストは、どう説明すべきか悩んでいた。
「恐らく内々に済ませようとしたんだろう
でも、フランドール殿はそのアモンに喧嘩を売って…」
「それで?
フランドール殿は無事なのか?」
「そんな
フランドール様!」
「大丈夫…かな?
プライドはズダズダみたいだったけど」
「そう…か」
負けたと聞いて、ギルバートはおおよその事情を察知した。
魔王に負けた事で、フランドールのプライドが傷付いたのだろう。
それで彼は、この場に顔を出し難くなっているのだと判断した。
「今は少し、そっとしてあげよう
そのうち腹が減って、帰って来るから」
「それなら良いが…
負けたのか?」
「ああ
完膚なまでにな」
「そうか…」
せっかく明るくなりかけていた食卓が、再び暗く沈んでしまった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




