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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第112話

森の中で、アーネスト達は狼の群れと対峙する

その狼は大きく、濃緑色の美しい毛並みをしていた

狼の魔物フォレスト・ウルフ

ランクGの魔物ながら、集団ではランクF扱いになる危険な魔物だ

その力は強力で、オークにも匹敵するだろう


最低ランクとは言え、目の前に居る数だけでも8匹居る

周囲にも数匹潜んでいるので、オーガに囲まれているのと変わらない威圧感がある

そして魔物は、低く唸りながら身構えて周囲を囲んでいた

今にも襲い掛かって来そうな迫力に、兵士達は飲まれそうになっていた


「しっかりしろ!

 それでもお前らは、オーガと戦ってきた兵士か!」

「は、はひ」

「そ、そうだぜ」

「オレ達はオーガも倒せたんだ

 こんな犬っころなんて…」

ガルルル

「ひいっ」


強がっていても、相手は未知の魔物だ。

しかも魔物でなくとも、狼は厄介な獣である。

それが魔物に変わるので、どれほど危険か分からない。

どんな攻撃が来るか分からない為に、余計な恐怖心が募っていた。


「大丈夫

 みんなをやらせない」

「アーネスト?」

「何をする気だ?」

「魔術師なりの戦い方を…

 見せてあげましょう」


アーネストは呪文を唱えて、周りに魔力を展開して行く。

それは兵士達より外側で、周りの魔物に向かって広がって行く。


「暗き夜を…常しえの眠りに…」

「何をする気か知らんが、魔物も黙っとらんじゃろう

 マジックアロー」

シュババッ!

ウオン!


魔術師が低く構えた狼に向けて、魔法の矢を放つ。

それは牽制であったが、そのまま待っていれば、狼はアーネストに飛び掛かっていただろう。

それを見越しての牽制であった。

この行動を契機に8匹は距離を取って広がり、狙いを絞らせない様に身構えた。


「くそっ

 迂闊に出れないな」

「よせ

 今は前へ出る事より、襲われて怪我をしない事を心掛けろ」

「兵士は盾を構えて魔術師を守れ」

「はい」

「オレが牽制するから

 魔術師は何とか魔物を攻撃してくれ」

「はい」


中隊長が前へ出て、他の兵士を庇う様に構える。

ここで前へ出させたら、その兵士はたちまち襲われて死ぬだろう。

盾を構えさせて、魔物の攻撃を防がせる事に専念させる。

アーネストが何をする気かは分からないが、ここはそれを待つのが賢明だろう。

中隊長が前に出て、魔物に意識を集中させる。


「我が魔力は大いなる混沌の微睡み!

 食らえ、這い寄る(クロウリング・)混沌の息吹(ケイオス)


アーネストが叫ぶと、周囲に黒い煙が沸き上がる。

それは一気に広がり、周囲数mを覆いつくした。

それと同時に、強力な魔力が流れて、周囲の魔物を襲っていった。

黒い靄が放つ魔力が、魔物に襲い掛かって行く。


「こ、これは…」

「闇の魔法?」

「ど、どんな効果があるんじゃ?」

「へ、へへ

 ボクの、取って置き、ですよ」

「あ!

 おい

 アーネスト」


アーネストがふらつき、横に居た魔術師が慌てて支える。

そのせいで彼の魔法はファンブルして消えてしまったが、その代わりの効果は絶大だった。

黒い煙が出た割には、魔物が襲い掛かって来なかったのだ。

それは煙を警戒したのもあるだろうが、魔物はその場から動けなかった。


視界が奪われた今なら、狼にとっては絶好の機会だっただろう。

何せ彼等は、嗅覚で相手の居場所を判別出来るのだから。

それなのに魔物は、何故かその場から動けなかった。

まるで黒い靄から、何か攻撃を受けて動けなくなった様だった。


「この煙は…

 いや、すぐに晴れるのか」

「しかし魔物が…」

「攻撃して来ない?」

「まさか?

 絶好の機会じゃろう?」

「何故なんじゃ?」


広がった煙は速度をそのままに、すぐに掻き消えて行った。

しかし広がった際には、確かに何かの光の様な物が魔物を襲っている様に見えた。

そして煙が晴れた先には、ふらつき倒れる狼の姿が見える。

まるで眠る様に、魔物は力無くその場に倒れる。


「すぐに…

 止めを

 そんなに、もちませ…」

「ああ

 分かった」

「行くぞ」

「全員で掛かれ

 1匹も逃すな」

「はい」


兵士は直ちに飛び出して、倒れている狼に止めを刺しに向かう。

そのまま狼に近付くと、首筋と胸に剣を突き刺す。

魔術師達も周囲に魔法を放ち、魔力のある方へ向けて攻撃した。

靄が晴れても、姿を隠した狼までは見えなかった。

それで魔力を元に、魔物を狙って放った。


「マジックアロー」

「マジックボルト」

ギャイン

キャワン


次々と魔物の断末魔が聞こえて、周囲にあった気配が消えて行く。

無事に草叢や藪に隠れた、狼の魔物も倒せた様だ。

魔力を探りながら、魔術師達が魔法を放つ。


「あと…どれくらいだ?」

「あっち

 あそこにまだ1匹、残っている」

「分かった

 マジックアロー」

シュババッ!

キャイイイン


「これでもう、周囲には魔物は居ません」

「そうか」

「無事に倒せたか?」

「ええ

 少なくとも、周囲に魔力はありません」

「姿を隠せたとしても、魔力までは隠せんでしょう」

「なら良いのだが…」


魔力が無くなった事で、魔物は全滅したと判断する。

どの道魔力まで隠せるのなら、探すだけ無駄だろう。

そこまで隠れれるのなら、兵士や魔術師では探せない。

斥候の兵士にでも、見つけ出すのは困難だろう。


「それで

 あれは何だったんだ?」

「あれ?」

「ああ

 さっきの魔法だ

 普通の魔法じゃ無いだろう?

 一体何をしたんだ?」

「へへへ…」

「闇の魔法じゃ

 危険な魔法じゃろうに…」


中隊長はアーネストに質問した。

アーネストは魔術師に膝枕をされて、青い顔をして休んでいた。

魔力枯渇まではならなかったが、一気に魔力を使い切って魔力不足で頭痛になっていたのだ。

ポーションを飲まされながら、アーネストは苦笑いを浮かべる。


「うう…

 どうせなら、美人のお姉さんの膝枕が良かった…」

「馬鹿野郎

 そんな奴が魔術師に居るか」

「一番マシなのでも…ミスティの姉さんだぜ…」

「おい、バレたら殺されるぞ」

「うう、ブルブル」


そんな馬鹿な会話をしていたが、中隊長は溜息を吐きつつもう一度質問した。

アーネストの答えは、どうにも誤魔化す為の言葉に感じたのだ。

それだけ今の魔法が、危険で使ってはならない魔法に感じられた。

だから中隊長は、念押しで確認をする。


「もう一度聞くぞ

 あの魔法は何だったんだ?」

「あ…

 ええっと

 答えなきゃ…ダメ?」

「ああ

 どうやら坊っちゃんに、しっかりと叱ってもらう必要がありそうだからな」

「はあ…

 バレてるか」


アーネストは観念したのか、ポツポツと説明を始めた。

そもそも闇の魔法という物が、聞き慣れない言葉である。

しかもその言葉に、何か不穏な物を感じられる。


「あれは…

 教会の禁書の中にあったんです」

「禁書?」

「ええ」

「確か閲覧禁止の書物が何冊か…

 それでも厳重に管理されていた筈だが?」

「そうです

 その管理が正しいのか疑問になって、調べたんです」

「なに?」

「教会の決定に疑問じゃと?」


教会のしている事に疑問を持つという事は、女神様に疑問を持つという事だ。

それはこの世界に住む者にとって、どれだけ危険で罪深い事だろうか。

この世界を生み出し、人間を作った女神様を疑うと言うのだ、罰が当たっても仕方が無い事だ。

しかしアーネストは、禁書に関して不信感を持ったのだ。


「何と恐れ多い…」

「お前、よりによって教会を疑うとは…」

「そうは言うけど、そもそも魔物を(けしか)けているのも女神様なんだよね

 だから、禁書にも何か書いてあるんじゃないかって…」

「じゃからと言って…」

「よりによって、教会の禁書をか?」

「言っとくけどこれは、アルベルト様にも許可されていた事だからね

 司祭様にも事情を話して、特別に見せてもらったんだ」


アーネストが不審感を持ったのは、ギルバートに掛けられた禁術が原因だった。

禁術と言っても、それは危険な魔法から変な魔法まで色々ある。

中には効果が不明で、女神に対する不敬という事で禁術になった魔法もある。

アーネストが特に関心を持ったのは、女神の呪いとそれを無効化する魔法だった。

しかしいくら調べても、その様な魔法は見付からなかった。


「という訳で、調べてみたんですが…」

「なるほど

 女神様が呪いを…ねえ」

「そんな事があるのか?」

「しかし実際に、坊っちゃんは瀕死だったのだろう?

 確かにここに来られた時には、とても身体の弱い赤子だったと…」

「そうじゃな

 今は元気になられたが、クリサリスの王族にしては…」

「そういえば、お身体が弱いという話でしたな

 ですが今では…

 それは呪いが解けたという事ですか?」

「いや

 そんな話は聞いた事が無いがな」

「ええ

 老師が…

 師匠が解呪したという話なんですが…

 そこも不明でして」

「なるほど

 ガストン老師か

 それならば…」

「しかし解呪の方法も、魔法も不明とは…

 それではどうやって?」

「それも分かりませんでした

 なんせ魔法どころか、呪いの事も記録がありませんでして…」

「そうじゃな

 もし女神様の呪いがあったとしても、教会が記録を残すまい

 教会や女神様への不信感に繋がり兼ねんからのう」

「ええ

 それで見付かりませんでした」


アーネストは禁書庫を調べたが、それに関する記録は見付からなかった。

代わりに幾つか、危険な魔法の呪文を発見した。

その中の幾つかを、特別に許可を得て記録させてもらえた。

それはあくまでも、魔物に対して使う為だった。

それでも使った者が、副作用で暫く影響を受ける。


「その魔法の中の一つが、先の混沌の息吹です」

「混沌の息吹…

 ねえ…」

「名前からして、危険な予感がするな」

「ええ

 とても危険な魔法です」


そう言って一息吐くと、アーネストはマジックポーションを呷った。

そろそろ回復してきたのか、顔色も良くなってきていた。


「それで?

 どんな魔法なんだ?」

「そうさなあ

 お前があんなに長々と呪文を唱えるところなんぞ、ここ数年見た事も無かったぞ」

「ああ

 いつもは詠唱破棄をしたり、簡略化しているもんな」

「一度の詠唱では、闇の精霊の助力は得られません

 それに間違えずに、何度も詠唱する必要があります」

「間違えずに?」

「それで何度も…

 同じ呪文を詠唱していたのか」

「それだけ危険で、難しい魔法なんですよ」

「危険?」

「ええ

 混沌から力を引き出し、周囲を巻き込んで倒す

 広範囲の魔法です」

「倒す?

 それならば…」

「ああ、いや

 効果は混乱や昏睡、一番効いた状態でもそのまま目覚めなくなる眠りです

 ですから効かなかった場合を考えて、早急に倒して欲しかったんです」

「なるほど

 主な効果は眠りなわけだ

 それで倒れていたんだな」

「ええ

 恐らくは倒れていたのは、ほとんどが眠っただけでしょう

 あくまでも意識を奪う程度の効果ですが…」

「それだけでも十分じゃろう」


混沌の息吹には、対象になった相手に様々な効果を与える。

その中の主な効果が、相手の意識を強引に奪う事にある。

最悪命さえ奪い兼ねない、深い深い眠りへと誘う。

それ以外にも、麻痺や混乱、永続的な睡眠と様々な効果を重複させて掛けさせれる。

しかし魔法に対する抵抗力があれば、効果を無効化させる事も出来る。

フォレスト・ウルフも抵抗力があったのか、睡眠以外の効果を抵抗していた。


「じゃが、それなら

 普通に眠りの雲を出しても良かったんでは?」

「そうだなあ

 お前なら、眠りの雲が使えただろう」

「いえ

 スリープ・クラウドは範囲が狭いんです

 それに抵抗される恐れも十分にあります

 私の持つ魔法では、あれが一番効果が広範囲なんです」

「そうか

 奴等は周囲を囲んで居たから、それを狙ったんだな」

「はい」

「広範囲か…」

「戦術魔法という奴じゃな」

「ええ

 普通の魔法では、1対1が基本ですからね」


アーネストが調べた魔導書からも、ほとんどの魔法が1対1の魔法だった。

数体を狙える魔法もあるが、広範囲に効果を発揮する魔法は少ない。

そういった魔法は、戦術魔法と呼ばれる別の系統の魔法となる。

そして戦術魔法は、帝国の焚書でほとんどが失われていた。


「それで…

 危険とは?」

「あ…」


アーネストは誤魔化そうとしたが、中隊長は睨んでいた。

禁術と呼ばれるからには、それ相応のリスクが存在するのだろう。

それはこの魔法にも、危険な副作用があるという事だ。

溜息を吐きながら、アーネストは続ける。


「実は使うのは、初めてなんですよ

 効果が効果ですし、危険ですから…」

「うむ」

「そう簡単には使えんじゃろうな

 副作用もあるみたいじゃし」

「ええ

 そうなんですよ」

「試すのも危険なのか?」

「ええ

 しっかり集中しないと制御出来ないし、練習で周りの人が被害を受けたら…」

「そりゃそうだなあ」

「試さんで正解じゃ」


確かにあの様な効果では、迂闊に試す事は出来ない。

周囲に人が居た場合には、巻き込まれる恐れが十分にあるだろう。

それ以外にも、実は問題があった。


「それに…

 使う魔力も馬鹿に出来ませんし」

「と、言うと?」

「私の魔力は、大人の魔術師の数人分を超えています

 それでもほとんどすっからかんになりました

 簡単には使えませんよ」

「なるほど

 状況と魔力の残量を考えて、アレを使ったんだな」

「はい」

「しかし数人分とは…」

「戦術魔法ですからな

 本来ならば、数人が同時に詠唱するのでしょう」

「そうだな

 こいつが何回も詠唱していたのは、一人で数人分詠唱したって事だな」

「数人分?」

「何という馬鹿な事を…」

「下手したら魔力枯渇で、危険な状態じゃったぞ」

「…バレたか」

「分かるわい」

「まったく」


アーネストは並外れた魔力を有している。

それでこんな無茶な方法も、強引にする事が可能だった。

しかし並みの魔術師であったなら、1回の詠唱で魔力がほとんど無くなっていただろう。

複数回唱える事が出来るのも、アーネストだからである。


「そうですね

 こいつは優秀な魔術師であるだけでは無く、普段から過酷な練習をしてましたからな」

「過酷な?」

「ええ」


そう指摘されて、アーネストは顔を赤らめて俯く。


「こいつは子供の頃から、毎日の様に魔力枯渇になるまで魔法を使っとりました」

「魔力枯渇になると、回復した時に魔力の上限が増えます」

「まあ、僅かながらですがね」

「という事は

 使えば使うほど、魔術師は強くなれるのか」

「…そうですが」

「そうなんじゃが

 そんなに簡単な事じゃあありませんぞ」

「魔力枯渇とは酷い頭痛で昏倒し、大人でも倒れてしまうぐらいなんです」

「それを小さな子供が、歯を食いしばって続けるんですよ」

「それはまた…」

「それにこいつは、倒れてもまた繰り返すし」

「起きて魔力が回復したら、また使うんですよ

 困った事に」

「へ?

 そんな危険で苦しい事を?」

「ええ」


さすがに中隊長も絶句していた。

大人が昏倒する様な頭痛を、小さな子供が毎日の様に耐えていたと言うのだ。

それは大変な苦痛であっただろう。

しかも回復してすぐに、また昏倒するまで使って繰り返すのだ。

並みの神経では、そんな事は出来ないだろう。

アーネストもまた、生粋の魔術師だったのだ。


「全ては坊っちゃんと並ぶ為に」

「仲の良い坊っちゃんの親友である為に

 宮廷魔導士になるんだとか言って聞かなくて…」

「おい

 止めろよ」

「ふおっふおっふおっ

 生意気な子供じゃと思っておったが、お前はやり遂げた

 それは誰にも真似出来ん事じゃて」

「そうそう」

「こいつも魔法馬鹿なんですよ」

「お前らとは違うよ

 オレはただ…」

「ふふふ

 坊っちゃんと一緒に居たかった

 それだけだよな」

「悪いか」


魔術師達の優しい眼差しに、アーネストは照れて黙り込む。

こういうところは、まだまだ年相応な子供なのだ。

強がって見せているが、ギルバートと離れたく無いのだ。

それで一生懸命訓練して、ここまでの魔術師となったのだ。


「そういう事か」

「…」

「それなら、今日の事は黙っておかないとな」

「え?」


アーネストはガバリと起き上がると、中隊長の眼を見詰めた。


「オレ達は何も見ていない

 アーネストが眠りの魔法で魔物を眠らせて、魔術師が頑張って倒した

 それだけだ」

「黙っててくれるのか?」

「ああ

 坊っちゃんにはそう報告をする」


中隊長はそう言って微笑むと、優しくアーネストの肩を叩いた。


「その代わり

 しっかりと頭痛を治しておけよ

 じゃないと心配されるからな」

「あ…

 はい」

「それと

 二度と危険な事はしない

 するなら相談してからにしてくれ」

「はい…

 善処します」


言われてアーネストは、再びポーションを呷った。

不味そうな顔はするが、苦いとは一言も言わない。

そういえば、アーネストはそういう不満は滅多に言わない。

大人でも文句を言うのに、あまり苦しいとか言わないのだ。

我慢強いのか、それとも子供らしく負けず嫌いなのか、不満は一切言わなかった。


「さあ

 これで狩も出来たし、そろそろ帰りましょうかね」

「そうですな」

「さすがに疲れたわい」

「それで

 結局副作用とは何なのじゃ?」

「話を蒸し返さないでください」

「しかし気になるのう」

「魔力が切れる事ですよ」

「それだけか?」

「ええ

 それだけです」

「それなら良いのじゃが…」

「オレ達も魔力切れだからな

 無茶は出来ないぞ」

「うむ

 ポーションで回復せねばな」


年配の魔術師は、マジックアローの連発で魔力も気力も使い果たしていた。

遠くの魔物を狙うのは、集中力も必要なのだ。

ポーションで回復しても、狙えるほど集中出来るか自信は無かった。


目頭を揉み解しながら、ポーションの苦みで顔を顰める。

そんな様子を見ながら、中隊長は荷物の事を思い出した。

そういえば、ワイルド・ボアの干し肉を預かっていた。

鹿の肉の魅力に負けて、すっかり忘れていた。


中隊長は兵士の一人に伝えて、運んでいた荷物から干し肉を出させる。

それは美味しそうな匂いを放っていて、魔術師達もすぐに気が付いた。


「なんじゃ、それは?」

「ワイルド・ボアの…

 干し肉?」

「そうです

 坊っちゃんからの差し入れです」

「そういえば、何か言ってたな」

「鹿の肉も良いですが、こいつも旨いですよ

 ポーションの苦みも忘れさせてくれるでしょう」

「おお

 これは…」

「旨い」


魔術師達は、我先に干し肉に噛り付こうとする。


「あ!

 先に食べちゃダメですよ

 ポーションが余計に…」

「うげえ

 不味い…」

「ああ

 だから言わんこっちゃない」


一行はワイルド・ボアの干し肉に舌鼓を打ち、暫しの休息を楽しんだ。

兵士も交代で警戒をして、ゆっくりと休憩をした。


「これだけ休めば、魔力も十分に回復したわい」

「今なら、熊が出ても平気じゃ」

「止めろよ

 そういう事言うと、本当に出るんだぞ」

「何い!

 そりゃ本当か?」

「さっそく論文に纏めなければ」


兵士の苦言も、魔術師達の平常運転の前では形無しであった。

いつもの様にわちゃわちゃと論説を始めて、それを兵士が諌める。


「まだ魔物が居るかも知れません

 お静かに」

「論文がどうこうは、帰ってからにしてください」

「そうかのう?」

「そうしよう

 これ以上は御免じゃ」


魔術師達が大人しくなったところで、一行は帰還する事になる。

フォレスト・ウルフの遺骸は、先に城門に向かった兵士が応援の兵士を連れて来る事になっている。

彼等が馬車で来て、遺骸を回収する手筈になっている。

後は気を付けて、街に帰還するだけだ。


昔から言われているが、狩は帰って来るまでが狩りである。

帰りに何が待ち受けているか分からない以上、先の兵士の言う通りだ。

それこそ熊が、道の真ん中で待ち構えていてもおかしくないのだ。

兵士は警戒しながら、森の中を進んで行った。


油断なく進んで、森をゆっくりと抜けて行く。

もう少しで森を抜けて、街の城門が見えて来る筈だ。

しかし森の出口に差し掛かった時、不意に前方から騒がしい声が聞こえ始めた。


「な、何だ?」

「戦闘が起こっている?」


確かに怒号に紛れて、獣の声が聞こえて来る。


「まさか、本当に熊が出たのか!」

「そうじゃあないだろう

 熊ぐらいじゃあこうまで騒がない

 魔物が現れたんだ」

「だが城門の前だろ

 何でそんなに騒いでいるんだ」

「兵士が沢山残って居ただろう

 騎兵部隊も居る筈だ」

「胸騒ぎがする」


中隊長はそう言ったが、ここで駆けだすわけにはいかなかった。

何よりも魔術師達が居るし、この先の状況が分からないのだ。

多少は早歩きになるが、警戒しつつ前進を続けた。

ようやく森を抜ける頃、城門が見える手前で中隊長はみなを止めた。


「どうしたんじゃ?」

「しっ!

 静かに」


中隊長は先を指差し、そこに何が居るかを示した。

そこには鎧に身を固めた大きな男が立っており、その周りには魔物が取り囲んでいた。


「ふはははは

 どうした人間共

 お前らの力はこんなものか」


その眼前には数十名の兵士が倒れており、鎧を着た魔物が傍らに立っていた。

どうやら兵士達はみな打ちのめされているが、生きているらしく苦痛に呻いていた。


「折角挨拶に来てやったのに、その程度の実力とはな

 このまま滅ぼしてやろうか」


男はそう言うと、くっくっくっと含み笑いをしていた。

どうやらこの男が魔物を率いて、この北の城門を攻めている様だ。


「くっ、何だあいつは…」

「街が攻め込まれているのか」

「待て

 今、迂闊に出ても、あまり変わらんだろう」


中隊長が指し示した先には、膝を着いたフランドールの姿も見えた。

完全武装したオークとは言え、フランドールが膝を着く相手だ。

後ろから奇襲してもどれだけのダメージを与えられるのか分からない。

中隊長が判断を決めかねていると、アーネストが一人で前へ歩いて行った。


「ま、待て

 アーネスト」

「しっ

 みなさんはこちらで待機してください

 私が話して来ます」

「しかし…」

「大丈夫です

 私はあれが、誰だか知っています」

「何だって?」

「ここは任せてください」


アーネストはそう言って、一人で男の方へ向かって行った。

本当に誰だか知っていて、勝算がある様子で向かって行ったのだ。

中隊長を始めとして、みなが祈る様に見ていた。

まだまだ続きます。

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