第111話
アーネスト達は、今日はなかなか魔物に遭遇しなかった
オークの集落やワイルド・ボアが食い荒らした痕跡は見付けたが、肝心の魔物の姿が見当たらない
オークはギルバート達の方へ向かっていたし、ワイルド・ベアは周りに見当たらなかったのだ
実はこの痕跡は、前日のワイルド・ボアが食い荒らした跡だった
だから付近には、他には魔物は居なかったのだ
アーネストはさらに奥へと踏み込み、魔物を探す事にした
オーガが荒らした跡や、ワイルド・ボアの痕跡は見付かったが、肝心の魔物の姿が見えない
痕跡の感じからして、魔物が居たのは数日前だろうと判断出来た
昨日今日の痕跡では無い以上、その付近に魔物が居る可能性は低いだろう
諦めと苛立ちを感じながら、アーネストは索敵の為に魔力を放つ
得られるのは野生動物の物と思われる、小さな魔力反応のみだった
「ダメだ
痕跡は古いし、反応も動物の物だけだ」
アーネストはつい、苛立ちを声に出していた。
「そうか?」
「その魔力の反応は、本当に魔物じゃないのかい?」
「え?」
「魔力の反応はあるんだろう?」
「そうですねえ
ゴブリンやコボルトにしても小さいんですよ
それは人間よりも弱いので、恐らくは猪か何かでしょう」
「そうか
ワイルド・ボアでもないのか」
兵士は残念そうにしていた。
オーガが居ないのなら、せめて肉でも捕りたかったのだろう。
しかし現実は、他の魔物も居なかった。
「なあ
どうせなら、そいつでも良いから狩らないか」
「え?」
「どうせこうしていても、時間の無駄だろう
ならせめて、魔術師達に的当ての練習をさせないか?」
「なるほど…」
兵士は尚も諦めきれないのか、その動物を狙ってみようと提案してきた。
オーガが狩れないのなら、せめて魔法を当てる訓練だけでもしておこうと言うのだ。
このまま街に戻っては、狩りに来た意味が無くなる。
それだけは防ぎたかったのだ。
「そうです…ねえ…
良いでしょう
ならその反応を確かめましょう」
「お、おう」
兵士は諦めかけていたのか、アーネストの言葉に喜びを隠せない。
しかし猪だったら、わざわざ狩っても大した肉にはならない。
その場でバラして焼いた方が良いだろう。
上手くすれば、その煙や匂いに釣られて魔物が来るかも知れない。
そんな打算を抱きつつ、アーネスト達は魔力反応を追ってみた。
「猪か熊か…」
「いや、小さいから栗鼠とか野鳥の可能性もありますよ」
「え?
そうなのか?」
「ええ
最初に言いましたよね
反応は小さいと」
「う、うん
そうだな」
栗鼠や野鳥かも知れないと聞くと、途端に兵士の様子は落胆に変わった。
それでも的にはなるだろうと、反応を追ってみる。
暫く音を立てない様に進むと、少し開けた場所に鹿の姿が見えた。
それは大人の鹿だったが、餌になる物が少ないのか少し瘦せている様子だった。
「珍しいですね」
「そうか?」
「ええ」
「鹿ならその辺に…」
「この辺には鹿は居ませんから、森の奥から出て来たんでしょうね」
「ふうん」
「でも、珍しい事では無いだろう?」
そんな話をしながら、魔術師が鹿に狙いを定める。
動いていないのなら、この距離でも外せないだろう。
「しかし、なんだな」
「え?」
「猟師をやってた爺さんの話だが
普段見慣れない獲物を見付けたら、それは森の異変だって
まさにこれがそうなんだろうか?」
「ん?」
「魔物が来たから、こいつは逃げて来たんだろう?」
「そうか!」
兵士の爺さんの話で、アーネストは今の状況に気が付いた。
しかしアーネストが上げた声で、鹿が驚いて逃げ出してしまう。
何とかマジックアローが当たって、2匹は倒す事が出来た。
しかし他の数頭の鹿は、森の奥に逃げ出してしまった。
「ダメですよ
急に声を出しちゃあ」
「鹿が逃げたじゃないですか」
「あ…
ごめん」
「で、何ですか?」
「ああ
魔物から逃げているから、鹿は痩せているんだろう
それなら、鹿の逃げて来た方に…」
「魔物が来ている?」
アーネストはもう一度索敵をしてみて、鹿が移動していた方角を確認する。
それは森の北東から南西に向けて移動していて、確かに反応はそういう動きをしていた。
「付近には居ませんが、北東から向かって来ていますね」
「そうか
そうなると…
そっちから魔物が」
「北東?
そっちは坊っちゃんが居る方向に近く無いか?」
「え?」
「確かに
坊っちゃんが問題無く前進していたら、遭遇する可能性はあるな」
「もしかしたら、坊っちゃん達から逃げたんでは?」
「それは無いでしょう
この鹿達は、さっき逃げて来たという様子ではありません
むしろ数日前から逃げて来た筈です」
「そうか?」
「それならば、他の魔物が坊っちゃんの近くに居るって事だよな?」
「ええ
そうなりますね」
鹿が居る場所には、何ヶ所か草を食んだ痕跡があった。
たった1日で、ここまでの草を食べる事は無いだろう。
そう考えるならば、魔物からここに逃げて来た可能性が高い。
ギルバート達が居る方角に、何某かの魔物が居る可能性が高かった。
そう考えるならば、向こうで魔物と交戦している可能性も高かった。
「大丈夫かな…」
「大丈夫でしょう
あっちはおじさんも居るし、ミスティも着いています
こっちより安心でしょう」
「将軍だろ」
「そうかなあ
あれで将軍も色々と…」
「あ…」
将軍の性格は、兵士達も熟知している。
だから将軍が我先に、魔物に向かって行く可能性も知っていた。
急に不安になってきたが、それをここで心配してみても何もならない。
彼等が無事に魔物を倒す事を、祈るしか無いのだ。
「それで
こいつはどうします?」
「そうですね…」
魔術師が鹿の死体を引き摺って来て、それを目の前に置く。
3頭を倒したが、このまま放置するには勿体無かった。
「ここで解体するしか無いな
持って帰るのも邪魔だし」
「そうだな
すぐにバラそう」
「それでは私がやりましょう」
「こいつの実家は狩人の出なんです
ですから子供の頃から慣れています」
「うえ…」
「この場で解体するんですか?」
「ああ
その方が荷が軽くなるからな」
「骨は必要無いでしょう?」
「皮は使えるが、後は肉だけだな」
「臓物はどうします?
埋めますか?」
「この場で焼いてしまいましょう
魔物の餌になってしまいます」
「それでは、それはこちらでやります」
兵士がナイフを抜くと、さっそく鹿を解体し始めた。
猟師の息子という事だけあって、彼は慣れた手つきで鹿を解体して行く。
それに耐えられないのか、魔術師達は視線を逸らして待っていた。
そして取り出された臓物を、魔術師達が魔法で焼く。
「慣れたものですね」
「爺さんの手伝いをしてたからな」
「へえ
何でならなかったんです?」
「ん?
ああ、猟師にか?」
「ええ」
兵士はあっという間に2匹の鹿を解体して、肉を木の枝に刺し始めた。
それを魔術師達が燃やした臓物の周りに、突き刺して炙り始める。
他の兵士が枝を集めて、そのまま焚火も用意した。
即席の串焼きを用意しつつ、彼は質問に答える。
「それはな
ここでは猟が不安定だったからだ」
「不安定ですか?
でも獲物には不自由しなかった筈では?」
「そうでも無いんですよ」
「そうそう
今では魔物を狩れますがね」
「鹿などの獣は、それほど簡単には見付かりません」
「その為に狩場があるんですよ」
「いつも狩りをしていては、行事の際に獲物が居なくなりますからね」
「なかなか大変なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ
当時は魔物が居なかったですし、猟に出ても狩れない日がありましたからね
収入は不安定なんですよ
おふくろはそんな爺さんを見てて、オレには安定した仕事をしろって」
「それが兵士?」
「いや
オレは元々、警備兵だったんです
それが腕を買われてね
将軍に誘われて、今は中隊長ってわけですよ」
その兵士は他の兵士と変わらない仕事をしていたが、実は中隊長だった。
今は有事なので、部隊の編成が変わっている。
そうで無ければ、彼は数名の兵士を連れて街中を巡回していただろう。
だから本来は歩兵を率いている彼も、他の兵士に混じって訓練に参加していた。
「え?
中隊長さんなの?」
「知らなかった」
「これは無礼を…」
「はははは
いやいや、今回は一般の兵士として参加しているんだ
ヘンディーさんにはそう頼まれたからね
そこは気にせんでください」
兵士はそう笑いながら話し、串焼きを地面に刺して行く。
他の兵士が集めて来た枯れ木が、臓物を焼く炎で燃え上がる。
小さな焚火の火が、串に刺された肉を炙り始めた。
その焼けた匂いが、食欲を刺激して腹が鳴り始める。
「さあ、こんなもんだろう」
「ええ」
「まだ生焼けですから
しっかりと焼いてください」
「加工していない肉は、寄生虫が湧いている可能性があります」
「こっちにも火をくれよ」
「もう1匹も解体したぞ」
「火口箱を…」
「これでどうでしょう?
火の精霊よ
私の呼び掛けに応えてください
この小さな枝に、あなたの息吹を与え給え
ファイヤー」
「便利ですな?」
「はははは」
「火口箱が無くても、簡単に火が着くんですね」
「そうでもありませんよ?」
「魔力も消耗しますし」
「それでも火口箱が必要無いんです
便利でしょう」
「ははは」
以前の火口箱は、木屑や火打石を入れた物であった。
それが最近は、コボルトの魔石で火を点ける火口箱が流行していた。
この兵士も持っていたが、魔石の使用回数を考えれば些か高額な物であった。
魔石の魔力が切れれば、新しい魔石を入れないと火を点けられないのだ。
そんな火口箱を個人で持っているという事は、彼の給料が良い証だった。
そんな便利な魔道具も、魔術師が目の前に居たら霞んでしまう。
魔道具とは魔術師が居ない時に、その代わりを果たすだけの物だからだ。
魔術師が魔法で火を点ける方が早かった。
精霊に助力を乞う事で、魔力を消費して簡単な魔法を行使する。
枯れ木に火を灯す程度ならば、数秒も掛からず灯す事が出来た。
焚火のパチパチという爆ぜる音と、肉の立てるジュワジュユワという音が響く。
そのハーモニーに、肉の焼ける旨そうな匂いが食欲を掻き立てる。
アーネストがポーチから小瓶を取り出して、肉に振り掛けて行く。
するとハーブの利いた香辛料の香りが、辺りに漂い始める。
「こ、これは…」
「随分と旨そうな匂いが…」
「って大丈夫か?
こんな匂いを出してたら、それこそ魔物が…」
「でも、その為の焚火でしょ?」
「あ…うん」
この匂いを嗅げば、腹を空かした魔物が近付いて来るだろう。
その事も含めて、こんな場所で焚火をしているのだ。
決して小腹を空かして、こっそりと肉を食べようとしている訳では無いのだ。
あくまでもこれは、魔物を誘き寄せる為に行っているのだ。
「しかし、どこにそんな物を仕舞っておくんだ?」
「へ?」
「本とか、小瓶とか
お前は色んな物を出してるだろ?」
「ああ
このポーチの事かな?」
「ああ
…って小さい!」
「え?
本も出していたよな?」
「そこからなのか?」
アーネストが小物を仕舞っていたポーチは、小脇に抱える小さなカバンの様な物だった。
そこから本や小物を出していて、普段は杖も仕舞われている。
そんな小さな鞄から、大きな書物まで取り出しているのだ。
兵士が驚くのも当然だろう。
「これは収納魔法を掛けてあってね
魔術師なら結構持ってますよ」
「一緒にするな!」
「そんな高額な物は…」
「魔道具って高額なんだぞ」
「オレは高くて買えないぞ」
「そうだ
それにギルド長のポーチでも、本が2、3冊ぐらいしか入らないんだ
お前のは特別だ」
「え?
そうなの?」
言われてみれば、杖を持ったままの魔術師が多い。
それは杖を歩行の助けに使っている事もあるが、収納する物が無い為でもある。
そんな便利なポーチを持っているのは、この場では3人だけだった。
そして高性能のマジックポーチは、アーネストしか持っていない。
「ああ
お前の師匠さんが、国王から貰った物だ
大事にしろよ…」
「そうそう
ガストンさんの形見なんだろう?」
「ギルド長のより、高性能な筈じゃ」
「え?
そうなんですか?」
「ああ
普通のポーチはそこまで容量は大きくないし、値段も高額なんだ
それぐらいなら、金貨100枚はくだらないだろう」
「そんなにするんだ…」
「ああ
普通のマジックポーチでも、金貨10枚以上は必要だぞ」
「お前と一緒にするな」
金貨100枚とは、地方の領主の年収に匹敵する。
そもそも、普通は年収でも金貨数枚あれば良い方だ。
そして収納の魔道具等は高額で、数年分の年収になるのだ。
稼いでいる魔術師でも、なかなか買える物では無かった。
「オレが買うんだったら、数年は貯金しないと…」
「お前じゃ無理だろ
すぐに本を買うから」
普通の本1冊でも、銀貨数枚は掛かる高額な品になる。
銀貨数枚とは、街の宿屋で1泊出来る価格だ。
羊皮紙で出来た本で銀貨1枚、紙なら5枚以上になる。
本が如何に高額か分かる話だ。
羊皮紙の加工も容易では無いし、インクも高額な商品なのだ。
「そんなわけでな
魔物の討伐は、良い小遣い稼ぎなんだ」
「そうそう
魔石は銀貨数枚になるし、オーガのなら金貨1枚だぜ
数が狩れれば、すぐにポーチが…」
「馬鹿
人数で割るから、そんなに貰えないだろ
せいぜい銀貨数枚だ」
「そうだぞ
お前は前回は貰えていないが、そこまでの金額じゃないさ」
「そうなのか?
新しい魔道具も欲しかったのに…」
「どの道マジックポーチは、そう簡単に作れる物では無い
今回の魔物の襲撃には…」
「そうなんですか?」
「ああ
時間も掛かるけど
問題は素材なんだ」
「安価な素材では、大した物は作れない」
「そうかなあ…」
魔物の討伐は、狩れば狩るほどお金になる。
魔物の数が報酬に影響するので現実的ではないのだが、一山当てたくなるのは分からなくもない。
何よりも魔石は、下級の魔物では取れない事もある。
だから魔石が手に入れば、どうしても高額で取引される。
日々の暮らしには、銀貨1枚でも十分である。
銀貨1枚が、銅貨10枚の価値に当たる。
銅貨1枚で、黒パン1個やリンゴ2個に相当する。
宿屋や酒場で、酒1杯と食事をしても銀貨1枚ぐらいで十分に足りる。
銀貨100枚が金貨1枚相当になる。
地方の税収の高さで多少は前後する事もあるが、大体の硬貨の価値はこんなものだ。
だから金貨100枚となれば、余程の高額な物となる。
例えば大きな屋敷を建てるとか、国王に献上する武具1式等といった物だろう。
「へえ…
そんなに高い物なんだ」
「ギルド長もちゃんと説明しとけよ」
「でも、そんな物でもアーネストだと…」
「ああ
こいつは、そういうところは無頓着だからな」
「ん?」
そう言われている当のアーネストは、ポーチの中からガラクタと本を取り出してみてた。
空のポーションの小瓶や鳥の羽、わけの分からない物も混じっている。
幾つか悩みながらも捨てたが、ほとんどが再び仕舞われた。
「な…」
「ああ…」
物を大事にしているのか?
それとも価値は気にしていないのか?
高価なポーチにはガラクタが仕舞われていた。
その中には、幾つかの端材とポーチも仕舞われていた。
それはアーネストが、自分で作ったマジックポーチだった。
「そんなに高額なのか?
親父は簡単に作っていたのに…」
「そうそう
簡単に作れ…なに!」
「高額な…え?」
「オレも作ってみたけど、そんな高額で売れるのか…」
「おい!」
「え?」
魔術師達は、アーネストが手にしたポーチに注目する。
「どうしたんですか?」
「いや、いま簡単にって…」
「作ったって…」
「え?
ああ
親父が魔道具を作っていたって、以前に話したよね?」
「いや、ガストン老師では無くて…」
「ん?
オレの本当の親父の事だよ?」
「何?」
「アーネストの父親って?」
「魔道具作りの細工師だよ?
王都で店を持っていて…」
「流行り病で亡くなったって人か?」
「ええ」
「それで作ったってのは?」
「これですが?」
「作ったのか?」
「っていうか、お前も作れるのか?」
「ええ」
アーネストは事も無げに、手にしたポーチを見せる。
そこから確かに、小さな物が取り出された。
その普通のポーチに見える物も、実はマジックポーチだったのだ。
「作れるのか?」
「お前が作ったのか?」
「どうやって?」
「えっと…
普通にコボルトの皮で…」
「出来るのかよ?」
「いやギルドでも、そう簡単には作れないって…」
「コボルトで出来るのか?」
「え?
はい
大した収納能力はありませんが…」
アーネストの作ったのは、コボルトの皮で作ったポーチだった。
それはアーネストの父親が、魔道具作りが出来るからだった。
それから暫く、アーネストは作り方を質問される。
マジックポーチの作り方を、魔術師達が学びたかったからだ。
自分でつくれれば、自分だけのポーチを持つ事が出来る。
それに加えて、作ったポーチを売る事も出来るからだ。
「その…なんだ
準備はもう、良いのか?」
「ええ
私は良いですよ」
「そうだな
結局魔物は出なかったし」
「でも、マジックポーチの作り方が…」
「それは後で良いだろう?」
「そうだぞ
今は魔物を狩る訓練の方が重要じゃ」
「それにいざとなれば、アーネストに作ってもらって…」
「でも、それは魔物の侵攻が終わってからだよ
それに王都に向かう用事もあるんだ」
「そうか…」
「王都に向かうって?」
「ええ
ギルに着いて行く約束があるんですよ」
「そうか…」
「良いから行くぞ
そろそろ魔物が近付いて来る」
「そうじゃな
準備をせねば」
折角肉を焼いたのに、みなが雑談をしながら食べていても魔物は現れなかった。
どうやら本当に、近くには魔物は居ない様だ。
それで魔物を探しながら、このまま街に戻る事になった。
「どうする?
このまま帰るか?」
「そうですね
このまま帰るのは…」
中隊長が改めて聞いてくる。
このまま帰るのは嫌だが、肝心の魔物が居ないのだ。
帰りながら道中で、魔物が居ないか探すしか無かった。
「もう少し、狩をしてみるか?」
「そうですね
ここでじっとしていても、魔物は見付かりそうにないですしね」
「帰りながら探しましょう」
「ですな
定期的に魔法を使って、周囲を確認しましょう」
一行は暫く歩き回って、周囲の魔力を探ってみる。
しかし見付かるのは、先ほど逃げ出した鹿だけだった。
その鹿を魔術師達が、魔力の矢を使って狩って行く
中には気配に敏感な鹿も居たので、なかなか思うようには狩れなかった。
しかし10匹以上の鹿を狩ったので、肉が余計な荷物になってきた。
一々立ち止まって焼く事も出来ないので、余った肉は兵士が抱えて歩く事になる。
それで兵士達からも、肉が邪魔だと不満の声が上がっていた。
「おい、アーネスト
そのお前のポーチに入れれないか?」
「嫌ですよ
肉の匂いが着きますから」
「そうは言っても、中はガラクタばっかりだろう?」
「ガ、ガラクタ?
これは触媒でもあるんですよ」
「へえ
そうには見えないがな」
「それは勉強不足でしょう
この羽1枚でも、魔物の接近に…」
アーネストがそう言った時に、魔力に反応して羽が淡く輝き始めた。
それは魔導王国時代に、魔物の羽毛から作られたと言われる魔道具であった。
彼の父親が持っていた物で、本物かどうかは分からない。
しかし効果としては、周囲の魔力に反応する特性があった。
そしてその羽毛が、強い魔力に反応したのだ。
「っ!」
「何?」
「どうしたんだ?
急に光り始めたぞ」
「みなさん、すぐに円陣を組んでください
早く!」
「え?」
「お、おう」
「これは…
これほど強い魔力に反応するなんて…」
アーネストが慌てて告げて、魔術師達が集まって来る。
羽毛は魔力に反応して、徐々に輝きを増していた。
これだけ輝くという事は、それだけ強い魔力を有した者が近付いて来ている証なのだ。
兵士達も殺気を感じて、剣を引き抜いて魔術師達の周りに集まる。
「みなさんも集まって
どこから来るか…
あっちか!」
「むう?」
「こっち?」
アーネストは羽毛の輝き方から、魔力の近付く方向を探る。
慌てて兵士達は、アーネストが指差した方向に向いて身構える。
小楯も左手に身構えると、視線を森の中へ向ける。
しかしそこには何も無く、静かな森が鬱蒼と続くだけだ。
何かが迫って来ている様には、とても見えなかった。
「何だ?
何が来るんだ?」
「移動が速い?
狼…なのか?」
「何!
狼だと?」
ウオオオオン
ワオオオオン
狼と思える遠吠えが、遠くから聞こえてくる。
しかしそれは、聞きなれない異様さを感じさせていた。
狼にしては、何ともいえない不安さを感じさせる。
それにここ数年は、森では狼は見られる事は無かった。
魔物の接近で、他の場所へ移動していると思われていた。
遠くからガサガサと音がして、何かが駆けて来る音がする。
どうやら本当に、何かが迫って来ているのだ。
兵士は油断なく、その何者かに備えて身構えていた。
「みんな備えて
いきなり襲って来ますよ」
「お、おう
分かっている」
「来るなら来い!
狼なんざあ…!!」
「な、なにい!」
ウオン
ズザザッ!
何者かが飛び出して、兵士達に向かって飛び掛かる。
「う、うわあっ」
アオオオオン
ガルルル
飛び出して来た狼は大きく、先の鹿が可愛く見える大きさだった。
それが大きく跳躍し、兵士の一人に襲い掛かる。
兵士は飛び掛かられた事で、その大きな魔物に押し倒されていた。
必死で小楯で身を守ろうとするが、その牙が小楯を噛み砕かんとしている。
「くっ!」
「マズいぞ
あれでは盾がもたん」
「大いなる魔力よ
我が手に宿って撃ち抜け
マジックアロー」
シュバババ!
咄嗟に魔術師が魔法を放ち、魔力の矢がその頭に突き刺さる。
魔物はまともに矢を受けて、衝撃で後方に飛び退いた。
ズドドド!
ギャワン
威力は低かったが、頭に数本の魔力の矢が刺さっていた。
魔物は痛みに堪え兼ねて、兵士から身を離した。
その隙に仲間の兵士が、倒れた兵士を後方に引き離す。
そして他の兵士達が、小楯を構えながら前に展開する。
「気を付けろ」
「こっちに…」
「あ、ああ」
「あ、あぶねえ…」
「油断はするな
まだまだ居るぞ」
「食らえ
マジックアロー」
シュドドド!
キャインキャイン
後方から、さらに2匹の狼が飛び出す。
その片方に、魔術師が放ったマジックアローが突き刺さる。
頭から胸元まで矢を受けて、その狼は地面にのたうち回った。
それに兵士が止めを刺して、再び身構えて襲撃に備える。
「先ずは1匹…」
「しかし数が多いぞ」
「それに狼にしては…」
「おい
こんな大きな狼が居るものか
こいつは魔物だろう?」
「そうだな…」
ガサガサ!
ウウウウウ…
ガルルルル…
繁みを掻き分けて、さらに大きな狼が8匹も兵士達の前に現れた。
「何て大きな…」
「美しい…」
「しかし魔物だ
油断するな」
その姿は美しく、森の中に居たとは思えなかった。
濃緑色の毛は美しく波打ち、身体は野生の動物らしくがっしりとした筋肉に覆われていた。
しかしその大きさは大きく、全体に1m以上の大きさの狼が並んでいた。
その爪は鋭く地面に突き立てられ、牙は大人の指ほどもあった。
「フォレスト・ウルフ…」
「え?」
「狼の魔物、フォレスト・ウルフです」
「やはり魔物か…」
「しかし狼の魔物だなんて」
「ええ
ランクG
最低ランクの魔物ながら、その中では強力な魔物になります」
「これで?」
「最低ランク…」
「狼なのにか?」
「そうです
ゴブリンやコボルトと同じ、弱い魔物になります」
「マジか…」
アーネストの言葉に、兵士達はゴクリと唾を飲み込む。
最低ランクといっても、相手は魔物である。
普通の狼とは、別物と考えた方が良いだろう。
それもこれだけの大きさだ、力も相当強いと考えられる。
「魔力はほとんど持っていません
攻撃は単純な牙と爪だけ」
「いや、牙と爪と言ったって…」
「あの大きさだぞ」
「嚙まれたら無事では済まないだろう
噛み付きにはには注意しろ」
そう言われた意味が分かったのか、狼の内の1匹が目を細めてアーネストを睨む。
アーネストも狼の視線に気が付き、警戒しながら杖を構える。
そしていつでも魔法を放てる様に、早口で呪文を詠唱し始める。
「大気に漂う魔力よ
我が手に集まれ…」
グルルルル
アーネストは油断なく身構えて、狼の攻撃を警戒する。
そうしながら、兵士に聞こえる様に簡単な説明をする。
「しかし単体でも素早く危険で…
群れになると1ランク上がって、ランクF相当になります」
「だろうな…」
「集団か…」
「そこは狼と同じだな」
「へ、へへ…
肌でも感じるぜ
こいつは強敵だ」
「気を付けてください
まだ周りにも居ます」
言われて数人の兵士が、後方や左右に向いて身構えた。
魔術師達は狼と気付いてからは、周囲に潜む危険を感じて身震いしていた。
どちらから来ても良い様に、彼等は呪文を唱えて準備を始める。
しかし恐怖心から、何人かが呪文を間違えて失敗していた。
予想外の魔物の急襲に、アーネスト達は窮地に立たされていたのだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。