第109話
フランドールが順調に狩をしている頃、ギルバートも魔物を狩っていた
最初はオークの集団に遭遇し、倒している間に追加のオークが現れた
総数で27匹のオークを狩り、一息を着く頃には魔術師達は魔力切れ間近だった
ポーションを飲みながら、彼等はワイルド・ボアの干し肉を食べていた
干し肉が旨いので、ポーションの薬草の苦みが余計に不味く感じる
マジックポーションも基本は、薬草を煮詰めて濾して作る
魔力を回復する事を促す薬草を煮詰めて、そこへ魔力の元になる薬草を加える
これは特殊な環境で育った薬草で、後味にえぐみが残ってしまう
ただせさえ不味いポーションが、この薬草のせいで余計に不味くなるのだ
だから魔術師達は、極力魔力切れを起こさない様に気を付けている
「うう…
不味い」
「この飲んだ後に残る苦みが…」
「だから干し肉があるだろ?
先に食べるからだ」
機転が利く者は、干し肉を後で食べていた。
その方が口直しになって、ポーションの苦みを押さえれるからだ。
それを干し肉が美味いからと、多くの魔術師が先に食べてしまっていた。
それで魔術師達は、苦いポーションを顔を顰めながら飲んでいた。
「それにしても多かったな
あれでさらに増援が来てたら、魔力枯渇で倒れていたぞ」
「そうなったらもう、暫くは頭痛で魔法も使えないからな」
「いや
昏倒してそれどころじゃないだろ」
「そうだぞ
場合によっては命を落とすぞ?」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって…」
「知らないのか?」
「ええ」
「初めて聞きました」
「おい!」
無理して魔法を使っていたら、魔力切れの頭痛から意識を失ってしまう。
そうすれば酷い頭痛に苛まれて、魔力が回復しても呪文が唱えれなくなる。
それに魔力枯渇になったら、ポーションを飲んでも回復が遅くなる。
意識を失って昏倒する危険もあるが、戦場での魔力切れは危険な事だった。
さらに保有魔力を超えてしまえば、場合によっては生命の危機に陥る。
意識を失って昏倒するだけでは無く、心停止等を起こす恐れがあるのだ。
それは魔術師ギルドで、新人の時に教えられている事である。
しかし多くの魔術師が、それを真面目に聞いていなくて知らないのだ。
だから無茶をして、命を落とす魔術師が毎年数名いるのだ。
「ギルドで教えているだろうが」
「ええっと…」
「そんな話し、聞いた事があるか?」
「オレは知らないぞ?」
「坊っちゃん
多くの魔術師が、そういう注意事項を真面目に聞いていません
それで毎年、魔法の使い過ぎで亡くなる者がいるんですよ」
「亡くなるって…」
「ええ
文字通り、調子に乗って魔法を使い過ぎて、そのまま亡くなるんですよ」
「そんな馬鹿な事…」
「いいえ
居るんですよ」
「今年も2名居ました」
「2名も?」
「ええ
困った事に…」
兵士達は仕事で、亡くなった者の状況を調べる必要がある。
彼等は死亡者の状況を検分する際に、魔術師の死者も当然調べている。
そうして調べて見ると、彼等の愚かしさを思い知らされるのだ。
ギルドで教えられているにも関わらず、魔法の使い過ぎで亡くなってしまう。
そんな馬鹿な死に方をする者が、少なからず居るのだ。
「そんな馬鹿な事を…」
「するんですよ」
「研究馬鹿とはよく言ったものです
常識が欠如していますからね」
「ギルド長に注意されているのに、魔法を使い過ぎるんですよ」
「それも初歩的な魔法を、死ぬまで使うんですよ?
頭痛や吐き気もするでしょうに…」
「それでも死ぬ事は無いだろうって
そうやって死んでしまうんですよ」
「それは…」
「坊っちゃんの身近にも居るでしょう?」
「あ…」
兵士の言いたい事は、何となく理解が出来た。
確かにアーネストも、無茶な魔法の使い方をする事がある。
最近は魔力が増えたので、そこまでの危険な事はしていない。
しかし以前は、よく魔力切れで昏倒する事があったのだ。
「ね?
あり得るんですよ
魔術師であるからこそ」
「そう…だな」
兵士の言葉を、ギルバートは否定出来なかった。
それでギルバートは、話を変える事にした。
これ以上この話をしていれば、アーネストの事を突っ込まれてしまう。
だからギルバートは、これからの事を確認する。
「そ、それよりも
これからどうするかだな」
「あ…」
「坊っちゃん…」
「まだ狩るかどうかだが…」
「そうですね」
「先ずはこのオークの遺骸を、回収させますか?」
「そうだね
休む時間も必要だし、その間に回収してもらいましょう」
「はい
それでは応援を呼んでまいります」
「ええ
お願いします」
兵士が街に応援を呼びに行く間に、ギルバート達は休憩をしていた。
その間にも、比較的元気な魔術師はオークの死体を検分していた。
昨日の事もあったが、オークの生態も依然不明であった。
ここで暮らしていた様子もあったので、どんな生活をしていたのかも調べられていた。
「こいつ等は何を食ってるんだ?」
「オーガは他の魔物を食ってただろ?
こいつ等もそうじゃね?」
「そうか?
ここに木の実や猪の骨があるぞ」
「…」
「早く言えよ」
ワイルド・ボアの様に大きく無く、普通の大きさの猪の骨が散らばっている。
恐らくそのまま食べたのだろう。
火も使った形跡はあるが、骨には焦げた跡は無かった。
生の猪の肉を切り取り、そのまま齧り付いていた可能性が高かった。
「そのまま…
焼かずに食ったのかな?」
「こっちのは焦げている
そこは好みなんじゃないか?
生で食べる奴の方が多いみたいだけれど」
「そうだな
塩や香辛料も無い
オレ達とは食生活が違うんだろう」
「旨い不味いじゃない
ただ腹を満たす為だけに、食っている感じか」
「だろうな」
魔物達は食事に関しては、旨い不味いでは無いらしい。
そこは人間とは違って、食べる事に楽しみがあるのかも知れない。
しかし旨い食べ物を食べる習慣が無い事は、少し寂しい気がした。
魔術師達ですら、香辛料や塩を必要としていた。
それを使わないで、味気ない食事しかしないのだ。
彼等にはそれが、耐えられ無いだろうと感じられた。
「旨い食べ物を食うのが幸せだろうに
魔物って可哀想だな…」
「そうじゃあないだろう
オレは母ちゃんの方が…」
「おい!」
「それよりも
魔物の味覚がオレ達と同じとは限らないだろう
ひょっとして…」
「そうだよなあ
オレ達人間の方が、旨そうに見えているかも」
「人間をか?」
「あり得るな」
魔術師だけでなく、兵士までそれを想像して思わず身震いをする。
魔術師の一人が、仲間の一人を見ながら発言する。
しかしその失言に、仲間から激しい突っ込みが入った。
「どうだろう?
こんなおっさんじゃなくて、可愛い娘の方が…」
「違うだろ!」
「そうだぞ
魔物にとって、美醜の基準は違う…」
「それも違うだろ」
「そうそう
美味しそうに見えるかは、人間と違うかも知れん」
「肥ってる方が好みかもよ?」
「止せよ
お前の方が好みかも知れないだろう?」
「おい!
止せ」
「オレよりも…」
その魔術師は肉の柔らかさ等も考えて言っていたが、勘違いされて叱られていた。
言い方がマズかったのだろう。
そして誰が美味いか、魔術師同士で話し合いが始まる。
兵士はそんな魔術師達の様子を見て、呆れた表情を浮かべる。
「決してそんな意味じゃ無いのに…ぶつぶつ」
「ははは…」
「何にしても、興味深いな
オークは雑食なんだな」
「オーガは肉食か」
「コボルトやゴブリンは雑食だな
ワイルド・ボアを家畜として狩っているし」
「そうだな」
「あれは肉だけじゃなさそうだな
雌なら乳も採れるし、乗り物にもしているぞ」
「そういえば、乗っているのを見たぞ」
「乗り心地はどうなのかな?」
魔物の生態の話をしている間に、街に向かった兵士が帰って来た。
応援の兵士も多数着いて来て、荷車も用意されていた。
これで狩ったオークも、街に運ばれる事になる。
そうしてギルバート達は、再び狩りに向かう事が出来る様になる。
「只今戻りました」
「ご苦労
荷台も用意したのか」
「はい
数が多いですから」
「そうだな
その方が安全だろう」
「ええ
さっそく荷台に運びますね」
オーガの様に大きな魔物なら、荷車で運べないから担いで行く事になる。
しかしオークは人間と大差ない大きさだ。
荷車を使えば、一度に多くの遺骸を運べる。
問題は狭い場所が通れない事だが、ここ数日オーガが暴れた為に開けた場所が多くなっていた。
1台につき6、7体の遺骸を載せて、兵士達はオークの遺骸を運んで行った。
これで再び、狩りに向かう事が出来る様になる。
今度はもっと大きな獲物か、ワイルド・ボアを狩りたいところである。
しかし望んだところで、倒したい魔物が出るとは限らない。
「さて
これで魔物の死体は片付いた」
「はい」
「また狩りに出られるな」
「ええ」
「しかし時間が時間ですので、そう長くは探せませんよ」
「もう少し奥に行こうか
オーガはこの辺に居そうにないからな」
「そうですね…」
「周辺には居そうにありませんからね」
ギルバート達の目的も、オーガの討伐による訓練だ。
だからオークでは、些か不満が残っていた。
確かに連携の訓練は出来たが、オーガではあんなに簡単に倒れないからだ。
オーガを倒せる様にならなければ、魔物の侵攻に耐えられ無いだろう。
ギルバートは休息を取っている、将軍の元へ向かった。
将軍は休息をしながらも、兵士達の斥候した観測結果を聞いていた。
その傍らには、休憩を終えたミスティも立っていた。
近くには痕跡しか無かったが、確かにオーガは近くに来ている。
既に移動した後だろうが、10匹以上の痕跡があったからだ。
「ふうむ
こりゃあ他の部隊にぶち当たっているかも知れんな」
「え?」
「だってそうだろう?
痕跡の古さから、昨日今日の物では無いだろう
それなら、東か西へ移動している
じきに他の部隊に当たるだろう」
「それなら、我々の部隊はハズレを引きましたか?」
「かも知れん」
「将軍
それは本当ですか?」
「坊っちゃん…」
「痕跡が古いんですよ」
「魔物も移動しているみたいですね
近くには魔力を感じません」
将軍の言葉に、ギルバートは落胆していた。
昨日はミリアルドのせいで中止になり、今日は空振りに終わりそうだ。
連携の訓練は出来たが、これではオーガとの戦闘訓練にはならない。
だからと言って、魔力を感じない以上は周囲には居そうもない。
「そうですね
近くには痕跡しかありませんし
魔物は既に、この場から離れているでしょう」
「そうですか」
「どうしますか?」
「そうですね…」
ギルバートは悩んでいた。
魔物がまだ近くに居ると思って、さらに奥へ進もうと思っていた。
しかし肝心のオーガが居ないのでは、これ以上進むのも無駄かも知れないのだ。
痕跡が古い物では、追って行っても発見出来そうに無いのだ。
「どうします?」
「予定通り、奥へ進みますか?」
「うーん」
「坊っちゃんも気が進みませんか」
「将軍?」
「いやなに、オレも気になっているんです
何か嫌な予感がして…」
「嫌な予感…」
そういえば少し前から、何とも言えない不穏な空気を感じている
これが将軍が言う、嫌な予感なんだろうか?
うなじがゾワゾワする様な、何とも言えない気配の様なものが感じられる。
じっとしている事が出来ない様な、何とも言えない落ち着かない気分になっていた。
ギルバートは嫌な空気を振り払う様に、頭を振った。
単なる考え過ぎだと、ギルバートは頭を振ってみる。
しかし将軍は、表情を険しくしていた。
彼は何かを感じて、懸念している様子だった。
「どうされましたか?」
「いや…
確かに…
嫌な空気を感じる」
「おや?
坊っちゃんもですか
そうなると、ますます良くない」
「これは何なんですか?
うなじがゾワゾワする様な…」
「ふうむ」
「坊っちゃん
それは歴戦の戦士が感じる、殺気を孕んだ空気です
これが感じられるという事は、坊っちゃんもその域に達したという事ですよ」
「そうだな」
「殺気?」
「そうです
魔物が待ち伏せている、そいつの放つ殺気ですよ」
兵士も何かを感じるのか、落ち着かない様子になる。
ミスティだけが、何も感じられずに首を捻っていた。
しかし確かに、少しずつだが嫌な気配を感じられる様になっていた。
それは少しずつだが、強くなっている気がする。
「だが、さっき付近には魔物の反応が無いと…」
「そうですね
近くには居ない様です
ですが強い殺気を感じます」
「殺気ですか?
私は何も…」
「将軍
これはオーガでは無いのかも」
「そうだなあ
奴等はもう、近くには居ないだろう
そうするとこの殺気は…」
「他の危険な魔物が、急速に向かって来ているのでは?」
「え?」
兵士の何気ない一言に、将軍は慌てた様子で立ち上がった。
「いかん!
すぐに魔物の襲撃に備えさせろ!」
「はい!」
将軍の叫びに、兵士は慌てて駆け出した。
そして周囲に、魔物が近付いている事を警告する。
将軍も兵士も、殺気が近付いて来ていると確信したのだ。
「おい!
魔術師のみんなはすぐに立ち上がれ!
魔物が迫って来ている」
「オレ達も中央に集まるんだ
魔術師達を守れ!」
「え?
ええ?」
「何だ、何だあ?」
「魔物?」
「呪文の準備をしなさい
すぐに攻撃出来る準備を…」
ゴガアアア
ガルルル
ミスティが叫ぶが、既に時遅しであった。
魔物の吠え声を聞き、数名が恐怖に硬直する。
そして魔術師の元に向かう兵士の背後から、大きな影が飛び出した。
影は大きな腕を振り上げて、その兵士に目掛けて振り下ろそうと迫る。
兵士は気が付いていないのか、その背中に凶爪が迫っていた。
「危ない!」
「くそっ」
「間に合えー!
マジックアロー!」
シュババッ!
ガキガキガキーン!
その鋭い鉤爪に魔法の矢が当たり、寸でで兵士は身を躱す。
魔術師が魔法を放った事で、僅かだが爪の軌道が逸れたのだ。
そうで無ければ、彼の身体は切り裂かれていただろう。
兵士は転がる事で、何とか魔物の足元から離れる事が出来た。
「うひいい」
「早く態勢を整えて!
風の精霊よ
私に力を貸してちょうだい」
「うわあああ」
「あわわわ…」
兵士は転がりながら魔術師達の元へ向かい、何とか難を逃れる。
そこで影は立ち上がり、大きな咆哮を放った。
その咆哮を受けて、数名が痺れた様に硬直する。
グルルルル
グガアアア
「あひゃあああ」
「あぶわわわ…」
現れた影は大きな熊と狼で、その姿は禍々しくも美しかった。
先の獣の爪は、狼の様な魔物が放ったものだった。
これがワイルド・ベアならば、逸らす事も出来なかっただろう。
襲われた兵士は、運が良かったと言える。
しかし狼の背後から、絶望が熊の魔物の姿で現れた。
黒い艶やかな毛皮に包まれた、2m越えの巨大な熊がその姿を現した。
以前のワイルド・ベアに比べると、その大きさは一回り大きかった。
その周りには、狼の姿をした魔物が付き従っていた。
狼は濃緑色の毛並みが美しく、猪の様な大きさをしている。
「ワイルド・ベアに…
狼?」
「新種の魔物だ!」
「新手の魔物が現れたぞ」
「フォレスト・ウルフ?
初めて見たわ」
ミスティは魔物の正体に気付き、魔物の名前を告げた。
それは草原に生息すると言われる、フォレスト・ウルフという魔物であった。
魔物はワイルド・ベアが2匹と、フォレスト・ウルフが5匹であった。
フォレスト・ウルフ
大きな狼の魔物で、大きさが大きくなっただけで、特に普通の狼とは違わない。
しかし体格が良くなった分動きは素早くなっていて、その厄介さは狼を上回っている。
素早い突進からの噛み付きと、鋭い前足の爪が武器になる。
美しい濃緑色の毛皮は丈夫で、ワイルド・ボアの皮より丈夫だった。
そして何よりも、魔法を使える個体が居る事が脅威である。
全ての個体では無いが、魔法を使って攻撃して来る事があるという。
それだけに、ランクはGと低いものの、厄介な魔物とされている。
「気を付けて
毛皮はマジックアローでも貫けるけど、爪はそうもいかないわ
爪と牙には気を付けて」
「はい」
「くそっ
素早いから躱されるな」
「こっちに回り込め
囲むんだ」
「回り込まれない様に、しっかりと動きを見るんだ」
さっきのマジックアローも、爪で弾かれて防がれている。
下手に撃てば、味方にも当たってしまうだろう。
何よりも魔術師では、正確な射撃が出来ないのだ。
だからこそ兵士が囲んで、接近戦で倒す必要があった。
「怯むな
魔術師はワイルド・ベアの足止めをしろ
兵士は狼の相手をするんだ」
「フォレスト・ウルフよ」
「そう、フォレスト・ウルフだ
素早い動きに…」
ガウ
1匹のフォレスト・ウルフが跳躍して、将軍に向かって飛び掛かる。
将軍の動きなら、躱せずに当たると判断したのだろう。
しかし将軍の隣には、ギルバートが身構えていた。
腰のショートソードを素早く抜刀して、狼の牙を受け止める。
「ふん」
ガキーン!
グルルル…
フォレスト・ウルフは自慢の牙を防がれ、着地すると唸り声を上げる。
簡単に噛み殺せると思っていたが、防がれた事に驚いている様子であった。
そのままじりじりと前を移動し、ギルバートと将軍の隙を伺う。
その間にも残りの4匹の狼は兵士に囲まれて、隙を見逃さない様に周囲をゆっくりと見回していた。
ガルルル
グルルル
ワイルド・ベアはその後ろに立ち上がり、魔術師達の様子を見ている。
狼よりは知恵が回るらしく、魔法で狙われるのを警戒している様子だ。
ミスティも呪文を唱えたが、迂闊に放てないで待機していた。
魔術師の立つ位置が、魔法の発動する軌道上になるのだ。
「ううむ
これはマズいな」
「ええ
私達と魔術師達が分断された為、下手に動けば危険です」
「しかし、逆に挟み撃ちになっている
魔物も下手には動けんだろうな」
「魔法を警戒しているわね」
「ええ
特にワイルド・ベアは…」
「坊っちゃんはフォレスト・ウルフに警戒してください」
「そうですね
先ずはこいつを」
ギルバートはフェイントで狼を誘うが、その動きを見透かしてか狼は目の前で睨み続ける。
さすがに獣である、簡単なフェイントには引っ掛からない。
ギルバートは悔しそうに、魔物を何とか誘えないか試していた。
「くそっ
なかなか隙を見せない」
「坊っちゃん
焦らないでください」
目の前の狼を倒せれば、将軍とワイルド・ベアに向かえる。
そうすれば、兵士も狼に集中出来るだろう。
それか魔術師達が、魔法でワイルド・ベアを牽制出来れば良いのだが…。
それすらもワイルド・ベアに、警戒されて見破られている。
下手に撃っても躱されると、その向こうのギルバート達に魔法が向かうだろう。
それを考えてか、魔術師達も下手に魔法を撃てないでいた。
グルルルル…グガア
不意に我慢が出来なかったか、将軍に向かって狼が跳躍した。
一瞬、ギルバートは反応したが、すぐに向こうの狼が見ているのに気が付いた。
それでギルバートは、そのまま構えたままで待機していた。
将軍は既に抜刀している。
狼の跳躍にも反応出来るだろうと考えたのだ。
「ふううん」
ガキン!
ギャワン
将軍が剣で防ぎ、そのまま剣を顔に叩き付ける。
将軍の思わぬ反撃に、狼は顔に傷を作って後方に飛び退いた。
そこに将軍が踏み込み、大きく剣を振りかぶる。
狼は着地したままの態勢で、将軍の追撃に反応出来ていなかった。
「ぬああああ」
将軍の気迫に負けたのか、狼の動きは止まっていた。
その背後の狼も、ギルバートを警戒して動けなかった。
そこで将軍の振り下ろした剣は、1体の狼の身体を叩き割った。
背中から首筋に掛けて、将軍の剣が切り裂く。
「ふうんぬ」
ズダン!
ギャワン
狼は肩から切り裂かれて、腸を地面にぶちまける。
そのまま叩き付けられて、狼の魔物は絶命していた。
その動きに反応して、片方のワイルド・ベアが振り返る。
ゴガア…
「今だ
マジックアロー」
「マッド・グラップ」
しかしその動きを、魔術師達が見張っていた。
魔術師達が魔法を放ち、片方のワイルド・ベアに目掛けて魔法の矢が飛んだ。
ワイルド・ベアは慌てて魔法を払おうと腕を上げるが、足元が泥濘んでいてバランスを崩す。
そのまま態勢を崩して、ワイルド・ベアは頭に矢を受けた。
ズドドド!
ザスッ!
ゴガア…
マジックアローが腕から胸に刺さり、浅手ながら傷を負わせる。
ワイルド・ベアの毛皮は、剣を防ぐほどの強靭なものである。
しかし魔法に関しては、その効果も半減するのだろう。
魔術師達の放った魔法の矢は、魔物に突き刺さっていた。
だがしかし、その隙を狼は見逃さなかった。
狼は本能的に、魔法を放った魔術師を狙っていた。
ガルルル
跳躍した狼は、魔法を放った体制のままの魔術師に目掛けて鋭い爪を振り下ろす。
それに気が付いた兵士が、何とかその爪を防ごうとする。
「危ない!」
「くそっ」
兵士が咄嗟に剣を振るうが、その剣は弾かれて牙が向かって来る。
もう一人の兵士が飛び付き、魔術師をそのまま押し倒した。
狼の牙は兵士の肩に噛み付き、鋭い牙が皮鎧を突き破った。
兵士の革鎧も、コボルトの毛皮を使った頑丈な物に変わっている。
それでもその鎧を、いとも容易く貫いていた。
「ぐ、がああ」
「くそお
この野郎!」
「放しやがれ」
兵士の肩は噛み砕かれて、大きな牙の痕が残される。
仲間の兵士が剣を振るうが、狼は素早く避けると再び跳躍して逃げた。
「ダメだ
思ったより素早いぞ」
「下手に剣を振り回すな
味方に当たるぞ」
「くそっ」
ガルルル
もう1匹の狼が、次の獲物を狙って跳躍する。
兵士は混乱して、大きな隙が出来てしまっていた。
その隙を狙う様に、狼の魔物は跳躍して噛み付いて来る。
「ぐう…
っく」
「さあ、このポーションを…
キャア」
再び魔物が飛び掛かり、その牙は兵士を手当てしていたミスティに向かっていた。
このままでは、ミスティが襲われていただろう。
しかしその動きを、横から阻む者が居た。
「させるか」
ザクッ!
ギャン
その動きを見張っていた兵士の一人が、何とか狼の首へ剣を突き立てる。
彼は魔物の動きを見て、飛び掛かって来る隙を窺っていた。
そしてミスティに飛び掛かったのを見て、素早く横から突き刺したのだ。
狼の勢いもあったので、剣は深々と突き刺さった。
しかしそれが逆に災いして、狼の断末魔で動かした爪が兵士の顔や腕を切り裂いた。
「ぐ、がああ」
「大丈夫か?」
すぐに他の魔術師がポーションを取り出し、兵士の傷の手当てをする。
しかし傷は深くて、右目はザックリと切り裂かれて失明していた。
左腕の傷も深く、骨まで見えていた。
添え木で固定しなければ包帯も巻けそうに無かった。
魔術師は何か添え木になる物は無いかと、周囲を見回す。
まだフォレスト・ウルフ3匹残っているし、ワイルド・ベアも健在だ。
将軍が負傷したワイルド・ベアに切り掛かったが、もう1匹はギルバートと睨み合っていた。
ワイルド・ベアはこの二人が強敵と判断し、魔術師を襲う事を諦めていた。
その代わり、魔術師の方はフォレスト・ウルフが睨んでいる。
兵士の技量では、何かの隙が出来なければフォレスト・ウルフに切り掛かる事が出来なかった。
両者は睨み合い、互いに隙を狙って身構えていた。
まだまだ続きます。
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