第105話
エドワードが率いる部隊は、夕刻の閉門時間ギリギリに帰還した
成果は上々で、オーガの討伐数も12匹になっていた
帰還中にオークの集団も発見して、城壁の近くで掃討もしていた
その為に時間が遅くなったが、歩兵達はやりきったと満足気であった
城門を潜る頃には、兵士達は疲れ切っており、中には肩を貸す者も居た
エドワードもさすがに疲れたのか、兵士に支えられていた
しかし怪我をしている様子は無く、その顔は満足気に緩んでいた
寧ろこれだけの戦果を挙げたのに、軽傷の者しか居ないのが驚きであった
「おかえりなさい」
「ああ
今戻ったよ」
「大丈夫ですか?
あの…
その…」
「ああ
これは負傷したのでは無いんです」
「そうそう
隊長はさっきも、オークを切り倒してな」
「ははは
それで疲れ切ってしまってね…」
「すまないがポーションを持って来てくれ
傷の手当では無く、疲労回復用のポーションだ」
「それと水も無いか?」
「実はほとんどの者達が、連戦で水を飲み切ってしまってね」
「はい」
城門で兵士に挨拶をしながら、エドワードはにこやかに笑顔を浮かべた。
頼まれた兵士は、慌ててポーションや水の手配をする。
傷や病には効果が低いが、疲労回復用のポーションも存在する。
柑橘類を絞った汁と、薬草を配合したジュースの様なポーションだ。
それらが用意されている間に、兵士達は成果を報告していた。
「成果は上々だよ
怪我人の手当てを頼みますよ」
「はい
と言っても、ポーションで十分ですね」
「うん
そこまでの怪我はしていないと思います
一応、そちらの二人は休ませてあげてください
オーガに吹っ飛ばされましたから」
「だ、大丈夫で…痛っ」
「ほら、無理はしないで」
「すぐに担架用意させます
おい!」
担架が用意されて、負傷した兵士が運ばれた。
オーガの攻撃は防いだものの、吹っ飛ばされて打撲を受けていた。
外傷は無いものの、衝撃で内臓にダメージがあるかも知れない。
数日は安静にさせる様に指示を出して、エドワードは街に入って行った。
そこにはエドワード達が狩った以外に、まだ他の部隊が狩った魔物の遺骸も残っていた。
「ほおう
アレはワイルド・ベアですか?」
「はい
アーネストが魔法で仕留めたそうです」
「そうですか
さすがですね」
「ええ
一人でアレを仕留めるとは…
いや、将来が楽しみですね」
「ふむ
魔法で…
これは焦げた痕がありますね」
「ええ
雷を撃ったそうです
凄いですよね」
兵士はそう褒めていたが、エドワードは顔を顰めていた。
彼からすれば、アーネストもまだ子供なのだ。
そんなアーネストやギルバートを、戦場に送り出さなければならない。
エドワード隊長は、そんな状況を心配して憂慮しているのだ。
「そうは言っても、彼はまだ子供ですよ」
「え?
はあ
まあ、まだ成人は迎えていませんですね」
「成人もなにも、まだ11でしょう
まだ12に満たないのに…」
「え?
そう言えば…
まだ成人の儀を受けていませんですね」
「彼も坊っちゃんもまだまだ子供なんですよ?
それなのに…
私達大人は頼ってばかりで…」
「はあ…」
「そうでしょうか?
彼も坊っちゃんも、もう立派に大人顔負けの活躍をしています
ここは頼るべきではありませんか?」
「それは違うでしょうに…」
エドワードはそう言う兵士を情けないと思いながらも、実際に頼らなければならない現状を嘆いていた。
本来は大人が前に出て、彼等を安全な街の中で守るべきなのだ。
それなのに、逆に多くの大人が安全な街の中で大きな顔をしている。
あまつさえ、先日はそんな彼等を排除しようとした者までいた。
それはフランドールの排除が目的だったとはいえ、この街の自治権まで狙われていた。
情けない事に、彼等は自分達の方が上手く治めれると思い込んでいたのだ。
それは統治の問題では無く、単に利権を独占して旨い思いが出来ると言う浅はかな考えであった。
そうした大人達が居る街を、少年であるギルバート達が守っている。
その皮肉な結果に、エドワード隊長は忸怩たる思いを感じていた。
「頼れる大人が居ないから…
子供が大人の代わりをしているんじゃないですか?」
「それは…」
「まあ、君を責めてるわけではありません
ただ、もっとしっかりとして欲しいのです
私達は守らなければならない者に守られています
そこのところを、もう少し考えてください」
「は、はい」
エドワードの言葉に、兵士は何かを気付かされた様にはっとした。
守る筈の領主や子供に戦わせて、自分達は安全な街に居たのだ。
それを当たり前の様に、守ってもらえば良いと言っていた。
そんな自分の発言に、彼は気が付いて恥ずかしいと思い直していた。
「申し訳ありません」
「いえ、良いんですよ
君は気付ける良識のある人だから、つい私も年甲斐もなく注意してしまいました」
「いえ、そんな…」
「今の気持ちを大事にして、君の出来る事をしてください」
「はい!」
兵士は敬礼をして、エドワードの元から去った。
兵士はエドワードを、ただの引退した老兵と思っていた。
しかしこうして話してみると、人間的にも出来た隊長だったんだと思い知らされた。
そしてそんな隊長の為に、もっと頑張りたいと思っていた。
こうしたところが、エドワード隊長やフランドールのよいところである。
彼等の様な指導者が居れば、この街はもっと大きくなるだろう。
「あんな隊長に出会っていれば…
いや、腐っていても仕様が無い
今のオレに出来る事、それだけでもしよう」
さっきまでは覇気の無い兵士だったが、エドワードの言葉でやる気が漲ったのか。
彼はその日から暫くは、真面目に仕事をする事になる。
暫くな辺りが辺境の兵士らしい事なのだが、彼のやる気は周りを驚かせていた。
それが広がらなかったのが、残念な事ではあった。
エドワードは疲れていたが、隊長としては有能であった。
部下の兵士達は解散して休ませたが、自分は魔物の遺骸を検分して回っていた。
こうして検分する事で、戦闘中には気付けなかった事にも思い至る事がある。
彼は魔物の遺骸を見て、色々と検証を行っていた。
「これは誰の部隊が?」
「はい
こちらはフランドール様が討伐されました」
「ふむ
状態も良いし、魔法を使った形跡が無いね
魔術師達はどうしていたのかな?」
「そうですね
聞いた話では、足止めや牽制に回っていたそうです」
「なるほど
攻撃魔法と言っても、直接的な物では無いのか」
「そうですね
直接攻撃する以外にも、味方を守ったり仲間を強化したり…
使い道は色々あるそうです」
「そうか…
それを指揮する者も、なかなか良かったのでしょうね」
「ええ」
魔物の遺骸には、アーネストの様な直接的な痕跡は無かった。
その代わりに、兵士の攻撃をサポートする魔法が多く使われていた。
それで多くの魔物の遺骸に、魔法による痕跡が残されていなかった。
そして隊長は、さらに魔物の大きさにも着目していた。
今回の戦闘で倒された魔物は、あまり大きな個体は居なかったのだ。
「意外に小さいな」
「そうですね
理由は分かりませんが、未成熟な個体が多い様子で…」
「ふむ
何かから逃げて来たのか…」
「逃げて?」
「いえ
あくまでも私の感想です
これはもっと調べる必要がありますね」
「はあ?」
「そう言えば
坊っちゃんの部隊の魔物は?」
「それが…」
兵士は1体のオーガをチラチラと見て、言い難そうにする。
そこには1体のオーガが、剣によって倒されていた。
しかしこちらの魔物にも、肝心の魔法の痕跡が残されていない。
こちらの部隊には、攻撃魔法が得意な者達が同行していた筈なのにだ。
「何かあったのですか?」
「ええ
まあ…」
「ん?」
エドワードは兵士が問題を起こしたのかと思って、顔を険しくする。
しかし兵士は、慌ててそうでは無いと否定する。
「いえ
兵士は問題は…
指示通りにしていたみたいですし」
「ん?」
「実は…」
兵士は魔術師達が起こした問題を話し、最後にこう締め括った。
「問題は色々ありますが、一番は、仲間を攻撃した事でしょう
許されませんよ」
「はははは
なるほどねえ」
「笑い事ではありませんよ」
「そうですね
ですが無事に戻って来たんでしょう?」
「ええ
まあ…」
「それならば、坊っちゃんやヘンディーが黙っていないでしょう
今頃はこってりと絞られて…」
「いえ
代わりにフランドール様が、その場を収めてくれました」
「ふむ
なるほど…
彼がねえ」
「え?」
「いや
実に貴族らしい
上手く収めたのなら、それで良いでしょう」
「はあ…」
兵士は仲間が魔法で火傷を負った事を聞いていて、憤慨していた。
しかしエドワードは、それでも問題無いと判断していた。
将軍やギルバートがいるので、彼等で処理出来ると判断していたのだ。
むしろ問題は、それらを起こさせた兵士にも問題があるという事だった。
将軍が居ながら、そんな下らない騒ぎが起こった事が問題なのだ。
「しかし…
確かに問題ですね」
「ええ
いきなり魔法を…」
「いえ
それも問題ですが、それ以外にもありますよ」
「え?」
「悪いんですがその兵士達は、今どちらに居ますか?」
「はあ
兵士達なら、将軍と食事に向かいました」
「そうですか
それでは、私もそこへ行きましょうか」
エドワードはそう言うと、検分はもう良いのかその場を後にした。
兵士は難しい顔をしたエドワードを、訝し気に見送った。
彼は微笑んでいる様に見えたが、何とも言えない雰囲気を纏っていた。
実は笑っている様に見えたが、内心は呆れていたのだ。
エドワードが食堂に向かうと、そこでは喧騒が起こっていた。
騒ぎの中心は食堂の奥で、兵士達が口汚く魔術師達を罵っていた事だった。
その奥には将軍が一人で、むっすりとして座っていた。
エドワードがは騒いでいる兵士を横目に、奥の将軍の元へと向かった。
「将軍」
「ん?
ああ、エドワード隊長
おかえりなさい」
「これは、何の騒ぎですか?」
「ん
ああ
実は昼間にな、魔術師達と揉めてな」
「それは聞きましたが…」
「憂さ晴らしぐらいはさせてください
あんなに馬鹿共とは…」
「ヘンディー…」
「へ?」
将軍は言い難そうに、難しい顔をして答える。
エドワードは何か言いた気に、将軍の顔を見ていた。
そこへ一人の兵士が立ちあがり、二人に近付く。
「これはこれは隊長
おつかれさまです」
兵士はコップに葡萄酒を入れており、息は酒臭かった。
「酒の許可を出したんですか?」
「ああ…
だが一杯だけだ」
「それは…
明日も行軍なんでしょう?」
「そんな固い事は言わないでくださいよ
た・い・ちょ・う」
将軍は渋い顔をしていたが、兵士が収まらないので酒を出して誤魔化したのは明白だった。
それに微妙な表情をして、エドワードは溜息を吐く。
兵士の憂さを晴らすのに、酒を出すなとは言わないが、これでは駄目だろう。
よく見れば、エドワードの眉間には青筋が浮かんでいる。
「将軍…
あなたが居ながらこれでは…」
「いや、ううむ…」
「そんな事より隊長
聞いてくださいよお」
「…」
「おい
馬鹿、止めろ」
兵士はそんな空気も読めずに、エドワードに絡んで来た。
「昼間は馬鹿魔術師達が…」
「その話なら聞きました」
「ならなんでオレ達が怒っているか、分かるでしょう」
ここでエドワードは、将軍の方を睨む。
将軍は両手をヒラヒラさせて、首を振った。
エドワードは溜息を再び吐くと、目を瞑って意を決した。
このままヘンディーに任せていても、彼等は調子付くだけだろう。
「貴様ら!
弛んどるぞ!」
「あひい」
食堂に怒声が響き、兵士の持っていたカップも吹っ飛んだ。
その怒声は凄まじく、まるでワイルド・ベアの咆哮の様だった。
普段は温厚なエドワードの怒声に、食堂はしんと静まり返った。
怒鳴られた兵士は、腰を抜かしてその場に座り込む。
「聞けば魔術師は相当素行が悪く、最悪だったそうだな」
「は、はひ」
「だったら何故止めぬ」
「はへ?」
エドワードは声を抑えていたが、迫力に負けて兵士の返答はしどろもどろだった。
「それでも、貴様らはこの街の護り手である兵士だよなあ」
「はい」
「それが今、ここで何をしている?」
「え?」
「魔術師達のした事も、確かに問題がある
坊っちゃんや将軍が怒るのも、納得がいく」
「え、ええ…」
「だが、貴様らがここでしているのは…
何だ?」
「え…と」
「ただの思い通りにならないという、憂さ晴らしだろうが!」
「はい!」
最後の方はまた怒声に変わり、兵士も思わず大声で返事した。
「向こうが悪いのは分かる
しかし、ここで悪口を言ってて何になる?」
「そのう…」
「明日の行軍に、支障を来さんのか?」
「ええっと…」
「腹が立つのは分かる
それで酒を飲みたくなるのもな
だが、明日の行軍では忘れて行かんとな
それでないと、街も守れないが自分の身も守れなくなるぞ」
「…はい」
エドワードの言う事も尤もだろう。
憂さを晴らしたところで、明日の行軍でまた顔を合わせる事になる。
実際はフランドールが、その辺も考慮して妥協案を出していた。
しかしそれが無ければ、明日も同じ結果になる可能性は十分にあった。
だからこそ彼等が、身体を張ってでも止める必要があったのだ。
「貴様らもだ!
騒ぐの良いが、ほどほどにしろ
聞けば馬鹿をやったのは一部の魔術師だろう
後に禍根は残すなよ」
「は、はい」
「明日には身体を張ってでも、馬鹿をするのを止めろ
良いな!」
「はい」
エドワードはそう言うと、チラリと将軍の方を見た。
将軍はバツが悪そうに、頭を掻いて誤魔化していた。
恐らくは将軍も注意をしたのだろうが、今日はそれでも収まらなかった。
だからここで、エドワードが締めた事は正解だった。
彼が悪役になってでも、兵士達を叱る必要があったのだ。
「でも…
また奴等が増長したら…」
「その時は、その時でしょう
将軍が何とかしますよ」
「い?
オレが?」
「ヘンディー?」
「えっと…
はは…」
「止めますよね」
「へいへい」
エドワードはそう言って、ニヤリと笑って将軍を見る。
今度は将軍が溜息を吐き、立ち上がって語りだす。
エドワードが締めた事で、兵士達の気の持ち様も変わっていた。
それで今回は、将軍の注意にも耳を傾ける事が出来た。
「諸君らが不満を持つのは分かる
オレも腹に据えかねているからな」
「ですよね」
「ああ
だがそれでいつまでも、ぐじぐじ言ってても仕様が無いだろう」
「ですが…」
「あいつら反省してませんよ?」
「オレ達は大人だ
明日には忘れて、足並みを乱さない様にするぞ」
「忘れるって…」
「明日は違う部隊ですが、またやられませんか?」
「その時はその時だ
兎に角オレ達の仕事をこなす
それを忘れるな」
「はい…」
将軍にまで言われれば、兵士ももう文句は言えなかった。
隣の同僚が肩を叩き、大人しく彼は座った。
そうして仲間の兵士達も、馬鹿騒ぎをする事を止めていた。
場は完全に白けて、不満を言う者はいなくなっていた。
「さあさあ
これで騒ぎは終わりだ
明日も早いんだから、早く休みなさい」
「はい」
エドワードが最後に締めて、兵士達は大人しく食事に戻った。
中にはまだ不満そうにする者も居たが、これ以上騒いでも自分が悪くなるだけだった。
いつまでも引き摺っていては、みっともないだろう。
彼等は席に戻って食事を続けるか、そのまま片付けて宿舎に戻って行った。
兵士が大人しくなったのを見て、エドワードも食卓に座った。
彼は将軍の座った席に、合い向かいに腰を下ろした。
部下が気を利かせて、エドワードの分の食事を取りに行く。
「すいません」
将軍は向かいに座ったエドワードに頭を下げて、一言謝った。
「いえ、良いんですよ
これは誰かが、悪役になってでも締めませんとね」
「ええ…」
エドワードはニコニコしていたが、今のでエドワードに不信感を持った者は居ただろう。
しかしそれでも、誰かが締めなければいけなかった。
そうでなければ、彼等は増長するか反抗していただろう。
そうなってからでは、遅すぎる事もあるのだ。
特に今は、魔物が街に向かって迫っている。
そんな状況で魔術師達と、対立しているのは得策では無かった。
「申し訳ない
オレでは出来ませんでした」
「まあ、普段がありますからね」
「お恥ずかしい」
「確かに、隊長が怒ったところを見た事がありませんものね」
「でも…
これじゃあ隊長が悪者ですよ」
隊長に食事を用意しながら、兵士は口を尖らせていた。
彼は長年、エドワード隊長に付き従って来た兵士だった。
だからエドワードが、悪者になるのに納得がいかないのだろう。
しかしエドワードは、損な役回りも必要だと思っていた。
「良いんですよ
それで部隊が纏まるなら」
「はあ」
「だから将軍をしていたんだよ
オレよりももっと向いてるよ」
「はははは
怪我が無ければねえ…
ヘンディーに任せてはいられませんよ」
「でしょうね
今日もオーガを狩っているし…」
ここで兵士が持って来た食事を、エドワードの前に並べる。
固い黒パンに野菜のスープ、肉厚のワイルド・ベアのステーキが野菜と共に載せられていた。
旨そうなジュワッと音を立てる肉が、食欲をそそった。
これは今日獲れた肉を、さっそく焼いた物だった。
本来は熟成するのだが、魔物の肉は獲れたてでも旨かった。
「これは…
旨そうな」
「今日獲れたワイルド・ボアの肉です」
「フランドール様が倒していましたからね」
エドワードはワイルド・ボアの肉を切ると、焼き立ての肉を頬張った。
「うまい
しっかりとした肉でありながら、口中で柔らかく溶けて行く
新鮮なワイルド・ボアの肉は、極上ですな」
「はははは
このまま魔物が増えてくれれば、旨い食事には困りませんな」
「ですがそれでは、隊商が通行出来なくなる
そうなると香辛料が減りますよね?」
「ううむ…
それはそれで、困りますな」
「ええ
困った事です」
将軍はエドワードの評価に気分を良くして、ワイルド・ボアが本当に増えないか祈っていた。
しかし実際に魔物の数が増えれば、他で弊害が増える。
隊商が来れなくなれば、香辛料の入手が困難になる。
そうなればワイルド・ボアの肉に、掛ける香辛料が不足してしまう。
旨い肉の魔物だけが増える等という、都合の良い事は起こらないだろう。
「それで?
明日は大丈夫なんでしょうか?」
「そうですね…」
エドワードはパンをスープに浸しつつ、口の中に放った。
スープの中にも、よく煮込んだワイルド・ボアの肉が入っている。
それで普通の野菜のスープよりも、コクが濃厚になっていた。
そのスープに浸してから、エドワードは黒パンを食べていた。
「うーん
フランドール殿が妙案を考えてくれたので、恐らくは」
「そうですか」
エドワード隊長からしても、フランドールには資質があると感じられていた。
問題は彼が、まだまだ若いという事である。
何かに躓けば、彼は道を踏み外す恐れがあった。
それだけが不安な要素である。
「彼には指揮官の素質があります
期待しましょう」
「そうですね」
「このまま成長すれば、良い領主になるでしょう」
「でしょうな」
「問題は魔術師達ですな」
「今日の失敗を糧に、明日は上手くやってくれれば良いんですが」
「そうですね
本番を前に、問題が出たのは良い事です
そう思うしかありませんですね」
「ええ」
エドワードは肉をペロリと平らげて、葡萄酒で流し込んだ。
濃厚な肉の旨味を含んだ、ソースを葡萄酒で流し込む。
そうしなければ、いつまでも口中にソースの旨味が残ってしまう。
名残惜しいが、それを葡萄酒で流し込んだ。
「魔物が侵攻して来たら
城門に籠るのは得策ではありません」
「ええ」
「例え城壁があっても、破壊されては意味がありません」
「そうなんですよね」
「今度の魔物は大型が主になります
打って出るしかないでしょう」
「そうですね
近付かれる前に、城門の前の広場で迎え撃つしかないでしょう」
「あそこを越えられたら…
後は在りませんからね」
「ええ
必ずあそこを死守して、魔物を押さえこみましょう」
大型の魔物の前では、城壁など柵と大差ないだろう。
そのまま殴られて、前回と同様に破壊されてしまう。
壊されて街に侵入されては、住民の避難する場所など無いだろう。
だから使徒は、街を捨てて逃げる事を提案してきたのだ。
しかしこの街で産まれ育った者は、ここを捨てる事は出来ないだろう。
恐らく死ぬ事となっても、街に残る事を望むだろう。
それならば兵士達も、死ぬ気でここを守るしかない。
その為にも魔術師達が前に出て、城門を守りつつ応戦するしかない。
城門の上からの攻撃では、広場に広がる魔物の軍勢に対しては効果が低いだろうからだ。
城門から牽制しつつ、騎兵で魔物の侵攻を防ぐしか無いだろう。
そうして魔物の侵攻を押さえて、一気に殲滅を計る。
あまり長引かせては、今の兵数では危険である。
なるべく短期決戦で、相手である使徒を退かせる必要があった。
「明日と明後日の訓練で、少しでも連携のコツを掴みたいですな」
「ええ
3日後には魔物が来るでしょうから、残された時間は少ないでしょう」
「そうですね
少しでも遅れてくれれば良いのですが…」
魔物の軍勢が到着するまで、後3日しか残っていなかった。
残された時間は、無情にも過ぎて行く。
少しでも魔物と戦って、兵士を鍛える必要があった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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