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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第103話

アーネスト達は1時間近くの休息の間に、干し肉や水で軽く食事をした

食事をする間も話題は尽きず、魔物の生態を考察していた

魔物は何で魔石を食べるのか?

そして、それはどの様な影響を与えているのか?

考察を話している間に時間は過ぎて、応援の兵士達がオーガの遺骸を回収に来た


兵士達がオーガの遺骸を回収する前に、魔術師の一人が羊皮紙を取り出す

そこにはギルドへの伝言が記されており、口頭で伝えつつもくれぐれもよろしくと頼んでいた

羊皮紙は黄ばんで粗悪な物で、文字は何とか読める程度の代物だった

紙は木材から作られていたが、製法に手間が掛かる為に割高だった

だからこうしたメモを書くには、安価な羊皮紙が主に使われていた

無くしてしまう心配があったのか?

魔術師はしつこいぐらいに熱心に、兵士に伝言を伝えていた


「分かりましたから

 必ずギルド長に伝えますんで、こちらはよろしくお願いします」


兵士はうんざりした様子で答えてメモを懐に仕舞うと、仲間とオーガの遺骸を抱えて立ち去った。

アーネストは後に、この時に彼に注意をしておけば良かったと思った。

そうしていれば、彼はあんな事にはならなかっただろうから。


兵士が帰って来たところで、再び魔物を狩る為に移動する事になった。

魔術師が見付けた反応のあった場所を目指し、一行は移動を開始する。

10分ほど掛けて反応があった場所に近付くと、今度はアーネストも魔力を感じ取れていた。

そこにはワイルド・ボアが、数匹集まっていた。


「どうですか?」


兵士の一人が聞いてきて、アーネストは眉根を顰める。

確かに反応があり、それはコボルトよりは大きくオーガより弱かった。

ワイルド・ボアは思ったよりも元気で、草を食べて寛いでいる。

それで魔力も回復したのか、その身体から魔力を感じ取れた。


「恐らくワイルド・ボアで間違いないでしょう

 数は…

 大体12匹ってところでしょうか?」

「そうですね

 私も12匹に感じます」

「他には居ない様子ですね」

「ええ

 他の魔物は周囲には居ません

 今が好機でしょう」


他の魔術師も頷き、魔物の数は間違い無さそうだった。

問題はこれ以上近付くと、魔物に感づかれそうだという事だった。

そこは少し開けた場所で、遮蔽物も無い。

それに相手は野生の魔物だ。

臭いや気配でバレてしまうだろう。


「ここから距離を取りつつ、兵士と魔術師で囲みましょう」

「そうですね

 それが一番間違いが無いでしょう」

「だとすれば、誰がどう動くかですね」

「ええ

 魔術師では動きが遅すぎる…」

「かと言って、我々兵士では音がしますからね」


魔術師が着ているのは、動き易いローブやトーガという服装だ。

これは衣擦れの音しかしないので、魔物にも勘付かれ難いだろう。

しかし動きが遅いので、魔物に近付く間に逃げられてしまう。

それに魔術師達は、近接戦闘には向いていない。


だからと言って、兵士では鎧を着ている。

軽い革鎧であるが、それでも動けば音がしてしまう。

近付くにしても、あまり近くまでは進めないだろう。

結局は魔術師達が牽制の魔法を放ち、兵士が接近する必要があった。


兵士が等間隔で広がって囲み、魔術師達が一斉に魔法で狙い撃つ。

漏れた魔物を兵士達が囲みつつ、魔術師が兵士に当たらない様に魔法で戦ってみる。

無理そうなら合図を送って、兵士達で魔物を追い込んで掃討する。

言葉で言えば簡単そうだが、今日組んだ急造のメンバーで連携が取れるのかが問題だ。


「兎に角、合図は重要です

 これに関しては危険を冒してでも伝わらないといけない

 だから兵士のみなさんには、声を出して伝えてもらいます」

「分かりました

 他の魔物を呼び寄せるリスクはありますが、同士討ちをするよりはマシでしょう」

「何か問題がありそうな時は、声に出して伝えます」

「頼みますよ」

「はい」


その他にも連携について話し合い、各々が持ち場に散って行く。

先の8名が8方向から囲み、アーネストと残りの7名が一人ずつ同行する。

7名は魔術書を読みながらでやっとだが、数本のマジックアローを放てる。

狙いに不安があるが、そこは練習あるのみだ。

最初の攻撃は、彼等魔術師がする事となる。

その中には、先の魔術師も入っていた。


兵士は2名ずつ付き添い、何かあったら魔術師を守る事になる。

彼等は魔術師の傍に立ち、小型の盾を構えていた。

残りの兵士は待機して、不測の事態に備える事となった。

等間隔に伏せて潜み、合図があるまで待機する事になる。


「それでは散開しますが、合図があったら魔法を放ってください

 それ以外は声を上げて伝えます」

「はい」

「くれぐれも無茶はしないでください」

「ええ」

「分かっております」

「アーネスト様もお気を付けて」

「ええ」

「みなで無事に帰りましょう」

「そうですね」

「無事に街まで戻る事が重要です

 怪我等をしない様に気を付けてください」

「はい」


兵士はそう言うと、それぞれの持ち場に向かった。

魔術師達もそれに従い、それぞれの配置に着く。

移動位置に到着したら兵士達が合図を送って、魔術師達は呪文を唱え始める。

それぞれが呪文を唱えて、魔力が周囲に漂い始める。


魔術師達の魔法は、精霊に魔力(マナ)を差し出して自然現象を行う物がほとんどだ。

魔力の矢(マジックアロー)ですら、そういった魔力を変化させた物になる。

だからこそ呪文を唱えつつ、魔力を放出して現象を起こす事になる。

それで周囲に魔力が満ちて、魔力に敏感な者は察知してしまう。


魔物達もそれに気付いたのか、不意に周囲を警戒し始めた。

やはり野生の動物と同じで、周囲の魔力の変化に感づいたのだろう。

しかし気付いたと言っても、正確な場所までは把握出来ていない。

精々大きな魔力を感じて、警戒をし始めた程度であった。


「不味いな

 奴等が警戒を始めた」

「そうですね」

「慎重に狙ってください」

「はい」

「上手く当たれば良いが、みなさんも気を付けてください」

「はい」


魔物の様子を見つつも、兵士達も緊張して剣の柄を握る手に力が入る。

魔術師達の周りには、魔力で出来上がった矢が数本浮いている。

それをいつでも放てる様に、彼等は集中して魔物に狙いを定める。

そして再び合図が伝わり、魔術師達が一斉に魔法を放った。


「マジックアロー」

シュババッ!


一斉に魔法の矢が飛び、魔物の眼や頭に突き刺さる。

今度はしっかりと狙っていたので、見事に魔物の目を射抜いていた。

普通の矢では刺さらない場合もあるが、これは魔力で作られた矢だ。

目標の魔物の身体に深々と、魔力の矢は突き刺さって行く。


ブモオオ

プギイイ


あちこちで悲鳴が上がり、ワイルド・ボアの頭に向けて魔法の矢が刺さった。

しかし倒れたのは3匹で、残りは健在だった。

眼をやられた魔物は闇雲に駆け出し、他の魔物や木にぶつかっていた。

中にはその場で激しく暴れて、牙を宙に突き上げている魔物も居た。


第2射が放たれて、さらに6匹の魔物が力なく倒れた。

ここで3匹が走り出して、囲みの外へ向かって行った。

どうやら勘で魔法の矢が飛んで来た方向に、向かって駆け出した様子だ。

慌てて魔術師達は呪文を唱え始めるが、その内の1匹が囲んでいる一角に向かって進んだ。


「危ない!」

「逃げるんだ」


兵士が魔術師の前に出て、寸でで魔物にタックルをかました。

彼は横から飛び出して、魔物の脇腹に向けて体当たりをした。

そこで魔術師が大人しくしていれば良かったのに、彼は慌てて逃げ出そうとした。

彼は先ほどのメモを渡していた魔術師で、呪文を唱える事も出来ずに恐怖で逃げ出していた。


「ひっ!

 うわあああ」

「いかん」

「動くな

 危険だ」


その声に反応したのか、魔物は彼に向かって最後の突進を敢行した。

兵士は短刀を引き抜くと、慌てて魔物に止めを刺そうとする。

しかし魔物は身体を動かし、兵士の脇を抜ける様に駆け出す。


「くっ!」

「不味い

 マジックアロー」

シュババッ!

プギイイイ


慌ててもう一人の魔術師が、何とかマジックアローを放った。

彼は魔物が突進して来ても、慎重に呪文を唱えていたのだ。

接近されても、マジックアローの勢いで逸らせると考えたのだ。

そして魔法は狙いを外さず、魔物の身体に突き刺さった。


それでも突進していた勢いは殺せず、魔物は絶命しながら魔術師に突っ込んで行った。

多少は勢いは殺せたいたが、それでも突進は止められ無かった。

彼が後方に気付いていて、それを躱せば良かったのだろう。

いや、そもそも悲鳴を上げずその場に踏み止まっていれば、兵士が魔物を押さえていた筈なのだ。


プギイイイ

ドガッ!

「ぐっ、がああ」


魔術師は跳ねられて、木に打ち付けられた。

兵士であれば身体強化や日頃の鍛えもあって、軽傷で済んだだろう。

しかし身体を鍛える事の無い魔術師では、木に打ち付けられただけでも大変だ。

彼は打ち付けられた衝撃で、骨折と脱臼をしていた。


「う、うう…

 うがああ」

「大丈夫か?」

「おい!

 すぐにポーションを!」

「は、はい」

「肩も脱臼しているぞ

 添え木を持って来てくれ」

「はい」


連れの魔術師は、慌てたのかマジックポーションを取り出す。

しかしポーションの色を見て、兵士は慌てて首を振った。


「違う!違う!

 そうじゃない!」

「え?」

「もういい、変われ」


もう一人の兵士がポーションを取り出して、駆け寄った兵士に手渡す。

それを肩や腹に掛けて、残りを無理矢理魔術師に飲ませる。

ポーションの苦い味で、魔術師は意識を回復する。


「う、ううん…」

「おい、大丈夫か?」

「息はしているな

 だが…」

「骨折もしているだろうな」

「ポーションを掛けたが…

 魔術師だからな」

「ああ

 当分は安静だろうな」


魔術師は生きていた。

額から血を流して意識は混濁していたが、どうやら即死は免れた様だ。

大きな猪の魔物の突進を受けたのだ。

生きているだけマシだろう。


「これは酷い」

「うん

 すぐに街に戻ろう」


しかし衣服はあちこち破けて、その下の身体には打撲の痕が残されていた。

その様子から魔術師は何ヶ所か骨折していた、口から血も吐いていた。

吐血は一時的なものだろうが、それでも内臓の損傷が心配だった。

しかも左脚は変な方向に向いていて、右手も骨が見えていた。


「これは…」

「ああ

 もう、右手は満足に使えないかも知れないな」

「そんな…」

「骨が見えるほどの骨折だ

 ポーションでも完治は難しいだろう」


同僚が重傷を負い、魔法が使えなくなったかも知れない。

仲間の魔術師は、そんな彼の様子を見て震えていた。

内心は自分も逃げ出しそうだった。

一歩間違えれば、ああなっていたのは自分かも知れない。

改めて、魔物の恐ろしさを味わったのだ。


応急手当で折れた木を括って押さえて、兵士達は魔術師を抱えた。

魔術師はそれだけで、傷の痛みに呻いていた。

しかし意識が混濁しているので、話す事は出来なかった。

その間にも他の魔物は止めを刺され、兵士や魔術師達が駆けて来る。


「おーい

 大丈夫か?」

「ああ

 だが、魔術師の一人が重傷だ」

「至急街まで運ばないといけない」

「そうか」

「腕が折れてるぞ

 こりゃあ杖が持てなくなるかも知れんな」

「くっ…

 オレが早く魔法を当ててれば…」

「仕方が無いさ

 あれで命が助かったんだ」

「そうだぞ

 あの状況で良くやったもんだ」


兵士達は魔物がへし折った木を使って、急造の運ぶ為の台を作る。

それを担架の様にして魔術師を乗せると、街に向かって運んで行った。

これで護衛の数が減るので、街に帰るしか無くなる。


「大丈夫かなあ」

「ああ

 腕や脚が曲がっていた」

「あれは相当な勢いで突っ込まれたな」

「骨が見えていたよ」

「あれではもう、まともに腕が動かせないんじゃ…」

「杖が持てないんじゃあ…

 あいつも引退じゃな」

「そうじゃなあ

 後は魔道具作りか、研究職しか出来んじゃろう」


魔術師達はひそひそと話して、同僚の様子を心配していた。

魔法の発動には、触媒か発動する媒体の杖が必要だ。

魔力を使うだけでは、精霊の助力を得る事は難しい。


そして正しい呪文と、それが行うイメージを作る必要がある。

正確には手の動きは必要無いのだが、イメージや媒体の杖を持つ必要がある。

手は不自由ではない方が、魔術師にとっては重要なのだ。

でないと魔力が向かう先に杖を向けられないし、何か触媒を用いる時にも不便だろう。

彼は油断をしていたのか、魔物の恐怖に負けて大きな代償を払う事となったのだ。


「みんなも、魔物の危険性は改めて認識したと思う」

「はい…」

「少しの油断が判断を狂わせて、大きな怪我になってしまう」

「はい」


アーネストは改めて魔術師達に告げて、気を引き締めようとした。

ここはまだ森の中で、いつ魔物が出て来るのか分からないのだ。

帰還する為にも、まだ森の中を移動する必要がある。

だからこそこの後も、気を引き締めて移動する必要があった。


「今日はもう、終わりにしましょう」

「そうですね

 少し予定より早いですが、このまま続けるわけにも…」

「ですね」

「倒した魔物の死体は、また兵士達で運びます」

「お願いします」

「応援が来ましたら、街に帰りましょう」

「ええ」

「先に戻った彼等が、応援を連れて来ます

 それまでは警戒しつつ、街に向けて移動しましょう」


兵士も賛同して、今日の狩は終わる事となった。

まだ日の加減から、時刻は2時頃だろう。

しかしこのままやってみても成果は上がらないだろうし、意識が他に行って怪我をするかも知れない。

魔術師達の多くが、同僚の怪我に動揺している。

それなら多少は早くても、街に帰った方が良いだろう。


「怪我をした彼は心配だが、みんなも自分の心配をする様に

 いつ魔物が来るのか分からない

 油断していたら、次は自分だと思っていて欲しい」

「はい」

「分かりました」


アーネストの注意を素直に聞き、魔術師達は魔物の危険性を再認識した。

それで数名の魔術師が、周囲の魔力を探り始める。

今の騒ぎを聞きつけて、他の魔物が近付いて来る恐れもある。

警戒して、魔力を探る必要があった。


「付近に魔物の居る様子は無いかい?」

「そうですね…」


魔術師が二人、周囲の魔力の流れに手中する。

しかし次の瞬間に、彼等は顔を引き攣らせて悲鳴を上げる。


「あ!」

「ひっ!」

「どうした?」

「こ、これは?」

「何ですか?

 これは…」

「大きな魔力が…

 こっちに向かっています」

「何?」

「何だって!」

「先ほどのオーガよりも大きい」

「倍くらいの魔力が一つ

 急速にこっちに向かってます」

「ひっ」

「倍ぐらいって…」

「まさか…

 ワイルド・ベア?」


魔術師の報告に、兵士達も顔を引き攣らせる。

オーガより強いとなると、アーマード・ボアかワイルド・ベアしか居ない。

しかもオーガの倍ぐらいとなると、恐らくワイルド・ベアだろう。

単純な魔力の大きさだけでも、その魔物は恐ろしい相手なのだ。


「オレ…

 まだ戦った事が無いんだ」

「大丈夫なのか?」

「坊っちゃんでも苦戦したんだろう?」

「将軍でも手も足も出なかったって…」

「馬鹿

 そんな筈が無いだろう」

「そうだぜ

 苦戦したらしいが、倒したって」

「だけど将軍でもそうなんだろう?

 オレ達じゃあ…」


兵士達は緊張する。

先の戦闘の話しで、相当に危険な魔物だと聞いていたのだ。

ギルバートが苦戦をして、将軍が返り討ちに遭って負傷した事になっていた。

それはあくまでも、兵士に危険だと認識させる為の話しであった。

だから実際よりも、多少盛った話になっている。


だが結果として、今回はそれが徒となっていた。

兵士は恐れてしまい、魔術師達も震え上がっていた。

そんな恐ろしい魔物に、勝てる訳が無いと思っているのだ。

しかしその中で、アーネストだけは不敵な笑みを浮かべていた。


「丁度良い

 魔術師でも工夫すれば、戦えるんだって証明してやる」

「え?」

「アーネスト様?」

「ここは私が…

 オレがやります

 みなさんは下がってください」


アーネストの言葉に、兵士達は武器を出して身構えつつも、アーネストの後方で待機する。

アーネストは不敵な笑みを浮かべると、杖を出して呪文を唱え始める。

それは強力な魔法を使う為の、下準備に必要な魔法だった。

単独ではその魔法を、使う事が出来ないのだ。

アーネストの様な魔力を持つ者でも、扱うのが困難な強力な魔法である。


「大気の精霊よ

 我が呼び掛けに応え給え

 汝が御力を持って、この地に雷雲を召喚し給え

 大地を穿つ雷撃、雷雲を呼び給え

 I summon thunderclouds」

「大丈夫かな?」

「いや

 あのアーネスト様だぜ」

「任せよう」

「そうだな

 何やら呪文を唱えてらっしゃる

 邪魔はしない様にしよう」


兵士はアーネストの技量を信用して、不測の事態に備えて魔術師達を守る為に身構える。

そんな中、アーネストは呪文を唱えて雲を呼びだした。

それは黒い雷雲で、雷の力を内包した黒い雲だった。

それがアーネストの頭上に、もくもくと集まり始めた。


「風の精霊よ

 我が願いを聞き届け給え

 敵を眠りに誘う、安らぎの息吹を吹き届け給え

 眠りの雲(スリープ・クラウド)


アーネストはさらに呪文を唱えて、目の前に今度は白い雲を起こした。

これは霧の様に目の前に広がり、白い靄の様に辺りを包み込む。


「何だそれ?」

「スリープクラウド

 効かないとは思うけれど、動きを押さえれるでしょう」

「すり…

 何だ?」

「スリープ

 つまり眠らせる魔法ですよ」

「凄いな…

 高位の魔法なんだろう?」

「そうでもないらしいぞ」

「でも馬鹿みたいに魔力を使うらしい

 見てみろ」

「あのアーネストさんでもポーションが必要なんだ…」


兵士達には意味が解らず、その白い靄を不審そうに見る。

そこで魔術師達が、それが眠気を誘発する雲だと説明する。

正確に言えば、雲というよりは霧に近いだろう。

眠りを誘発する空気を、雲の様に周囲に出す魔法なのだ。


しかし多量の魔力を必要として、本来ならば数人で完成させる魔法である。

今回は限られた範囲で、迫る魔物を油断させる為に使われている。

だから眠りの効果よりも、目隠しと油断を誘う事に意味があるのだ。

だから薄くて効果が低くても、十分に役立ってくれるだろう。


「大地の精霊よ

 我に助力を与え給え

 敵を寄せ付けぬ、鋭い棘を突き出し給え

 大地の棘(ロックスピアー)


いくらアーネストでも、単独ではその魔法は無理があった。

アーネストはポーションを呷って、少しでも魔力を回復する。

続いて呪文を唱えると、今度は地面から小さな岩の棘が突き出る。

岩は小さな突起で、数㎝程度の物が無数に突き出している。


「これは足止めのロックスピアー

 踏んだら突き出ますから用心してください」

「なるほど

 これがあるから、オレ達は邪魔なんだな」

「そういう事です」


ロックスピアー自体は、見た目は小さな棘にしか見えない。

しかし踏み付けると、それは地面から突き出して来る。

込められた魔力にもよるが、最大で数十㎝の刃の様な岩が突き出す。

油断した敵は、それで地面から突き刺される事になる。


「大気の精霊よ

 我が呼び掛けに応え給え…」


更に呪文を唱えていると、轟音と共に、木々が折れて魔物が飛び出して来た。

魔物は姿を現すと同時に、獰猛な吠え声を上げる。

それは原初の恐怖を呼び起こして、兵士達をも震え上がらせる。


ゴガアアアア

ビリビリ!


その姿は大きな熊で、オーガに近い巨体と赤黒い毛皮が特徴的だった。

熊は挑発的に咆哮を上げながら飛び出て、数人の兵士と魔術師達が恐怖で腰を抜かした。

その咆哮の効果で、彼等は恐怖に竦んでしまう。

魔物はそのまま飛び出すと、前足を振り上げながら迫ろうとする。


ガ…グガア


しかし眠りの雲に突進して、少しだが魔物はよろける。

眠りの雲の効果で、少しだけ意識が飛び掛けたのだ。

続けて前に脚を踏み出したところで、地面から岩の槍が突き出た。

魔物は意識が飛び掛けた事で、足元の罠を踏み抜いてしまった。


槍はワイルド・ベアの脚に突き刺さり、膝上まで突き上げた。

肉が割けて、岩の槍が皮膚を食い破る。

膝まで貫かれて、魔物は苦悶の吠え声を上げる。


ワイルド・ベアの表面は、剣を寄せ付けない強靭な毛皮が覆っている。

それは魔力を込める事で、強靭な防具となるのだ。

しかしそれも、魔力を持った武器の前では無意味なのだ。

魔法で突き出た岩の槍は、魔力を帯びた岩で出来ている。

だから魔物の毛皮を食い破り、膝までズダズダに引き裂いたのだ。


ズドッ!

ザシュザシュッ!

ゴ…ガアア

「雷の力を借りて、我が敵となる者を貫き給え…」


堪らずワイルド・ベアの動きが止まり、そこでアーネストの呪文が完成した。


「喰らえ

 ライトニングジャベリング」

バチバチバチ!

ズドシュッ!


輝く稲妻が宙を走り、大きな熊の巨体を貫いて行く。

その数は4本。

2本が胸を貫き、残りは喉と右腕を貫く。

右腕は二の腕で貫かれて、そこを焼き切ってしまった。


ズドーン!

ゴ…ガ…

ズズン!


雷は魔物の身体を貫き、その先にある木をも破壊する。

それほどの威力のある魔法が、魔物を貫いたのだ。

さしものワイルド・ベアも、胸や腹を焼き貫かれては無事では無かった。

ワイルド・ベアは口から煙を吐き出し、少しふらついてから倒れる。

その際に魔法の効果が切れたのか、地面から突き出た槍も消えていた。


ズシンと音を立てて、熊の魔物は絶命して倒れた。

辺りには焦げた様な匂いが立ち込めて、魔物は動かなくなった。

その腕や胸には、焼き貫かれた痕が残されている。

そしてその傷跡からも、一筋の黒い煙が立ち上っていた。


「や、やったのか?」

「倒したのか?」

「お、オレが確かめて来るよ」

「おい

 危ないぞ」

「なあに

 あれだけの魔法を食らったんだ

 死んでいるさ」


兵士の一人が近付き、剣で魔物の顔や腕を刺してみる。

しかし魔物は絶命しているので、ピクリとも動かなかった。

その場で兵士は、手を振って安全だと合図を送る。


「す、すげえ!」

「本当に一人で倒しやがった」

「さすがはアーネスト様だぜ」

「…」


兵士は喜んでいたが、アーネストは腑に落ちない顔をしていた。

何か不満そうに、顔を顰めたりしていた。


「どうしたんだ?」

「いやあ

 あまりにも呆気なかったんで」

「おい!」

「呆気無いって…」

「ワイルド・ベアは初めてだったんで

 気合を入れてやり過ぎちゃいましたね」

「そんな事言えるのは、お前や坊っちゃんぐらいだって

 将軍でもやっとなんだぞ」

「そうだぞ」

「そうですね

 素早い動きと咆哮が厄介らしいですから

 将軍では相性が悪そうですね」


アーネストはそう呟きつつも、初めて遭遇したワイルド・ボアを無事に倒せてほっとした様子だった。

しかし過剰に魔法を使って、その顔色は一気に悪くなっていた。

気が抜けたところで、彼はふらふらと足元が覚束無くなる。

兵士の一人が慌てて近付いて、その肩を支えてやった。


「どうです?

 魔術師でも上手く立ち回れば、こんな魔物でも倒せるんですよ

 みなさんももっと冷静になって、落ち着いて対処…」

「そんな事出来るのはお前だけだ!」

「こんなの相手に出来るか!」

「腰が…

 腰が抜けた」


アーネストはにこやかに微笑んで、魔術師達の方を向いた。

しかし彼等は、それどころではなかった。

恐怖に腰を抜かし、中にはこっそり失禁している者も居た。

だから誰でも出来そうな発言に、些か切れ気味に反論していた。


「オレの母ちゃんよりも…

 怖かった」

「死んだと思ったよ」

「ああ

 さすがに今回は、無理だと思った」


一人の魔術師に至っては、酔って帰った時の奥さんの鬼の形相より怖かった様子だった。

ともあれ彼等は、無事に倒せた事に安堵していた。

まさかアーネストが、ここまでの魔法を披露するとは思ってもいなかった。

それはまさに、物語に出て来る様な魔法であった。

まだまだ続きます。

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