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ツンデレ生徒会長に『備品』呼ばわりされた俺、これから君に無双します。  作者: サイトウ純蒼
第六章「最高の文化祭」
58/82

58.最高の文化祭【後編】

 特に何も起きなかったのだが優斗を部屋に泊め、朝一緒に登校するシチュエーションに優愛はひとり興奮していた。


(ま、まるで同棲しているカップルみたいじゃん……)


 朝、男性が顔を洗ったり歯を磨く姿がとても新鮮だった。一緒に目覚めて一緒に食べる朝食がこんなに楽しいものだとは思ってもいなかった。

 それは優愛自身、あの土砂降りの朝の出会いからずっと分かっていたことだった。



(私は彼に惹かれている……)


 男嫌いや生徒会長というくだらないプライドから彼につらく当たって来た。それは単にかまって欲しかったからあんな態度をしてきたのだろう。だけど今は違う。素直に思える。



 ――()()まで傍にいて欲しい


 父親でもない妹でもない、彼と最期まで一緒にいたいと心から思える。



「優愛、体は本当に大丈夫か?」


「ふん! 当たり前でしょ。今日は大切な日、全く問題ないわ!」


「そうか、それは良かった」


 またそんな態度をする。

 私は馬鹿。本当に馬鹿。そんな馬鹿な女の子だからこそ、あなたに最期まで見守って欲しい。『死』を現実のものとして受け入れ始めていた優愛。彼女の中で小さな変化が起こりつつあった。






 文化祭二日目、最終日。

 この日も良く晴れた空の下、生徒達の大きな声が学校に響いた。


「いらっしゃーい!!」

「おいでおいで、見て行って!!」


 出店を構えたクラスからは大きな声が響く。日曜日と言うこともあって昨日より家族連れなども目立つ。もちろん生徒会の優愛達も忙しく立ち回る。



「優愛ぁ~、大丈夫だったの~??」

「もう平気なの、優愛ちゃん?」


 ルリや琴音など皆が優愛の顔を見ては心配して声を掛ける。優愛が親指を立ててそれに答える。



「平気だよ! ごめんね、心配かけて」


 昨日は寝込んでしまった優愛を心配した皆だったが、いつもと変わらず元気な顔を見せる彼女を見て安堵する。優愛が優斗に言う。



「さ、行くわよ!」


「あ、ああ」


 ふたりは急ぎ会場へと走り出す。





「おーい、上杉君!!」


 校内のトラブルや準備に駆けまわっていた優斗と優愛。そんな彼に大きな声が掛かった。


「お、平田!」


 マッチョで日に焼けた元水泳部の平田。生徒会の募金や水泳大会で一緒になった校内でも有数のイケメン。そんな彼も今は部活を引退し受験勉強をしている。

 優斗が模擬店に立つ平田の元へ小走りに行き声を掛ける。



「お疲れ」


「元気そうだね、上杉君」


「まあな。店は順調か?」


 優斗は平田のクラスが出すイカ焼きの模擬店を見ながら尋ねる。


「ああ、順調だ。それより君達って付き合ってるって本当?」


 平田は優斗と、その後方でひとり待つ優愛を見ながら尋ねる。驚く優斗。



「は、何だそれ?? 何でそうなる??」


「なんでっていつも仲良く一緒にいるし、まあ昨日は残念だったが君達って似合いのカップルだよ」


「マジかよ……」


 苦笑いする優斗。平田が言う。



「本当だよ。それにしても上杉君は凄いねえ。ミスターコンも獲っちまうし、勉強もスポーツもできる。しかもイケメン。君に弱点なんてあるの??」


 平田が冗談交じりに尋ねる。優斗が答える。



「あるさ。とりあえず香ばしく焼かれたイカ焼きなんてのは俺の弱点のひとつだ」


 そう言いながら平田が手にして焼くイカ焼きを食べたそうな目で見つめる。平田が笑って言う。



「あはははっ! ほらあげるよ!!」


 そう言ってイカ焼きを手渡す平田。優斗はそれを受け取り財布を出そうとすると、彼はそれを首を振って断った。



「いいって。宮西勝てせてくれたお礼だよ」


「それとこれとは別だって」


 平田には無理やり募金の手伝いはさせるし、水泳大会にも強引に出て貰っている。お礼を言うのはむしろ生徒会の方である。



「楽しかったよ、水泳大会も。それに昨日のミスターコンもすごく楽しかった。そのお礼だよ」


 そう言って差し出すイカ焼き。優斗は笑顔でそれを受け取り答える。



「ん、まあじゃあ有難くもらうよ。めっちゃ美味そうだからな!!」


「ああ、それからこれもう一本。()()の分」


 そう言って差し出されるイカ焼きを見て優斗が戸惑う。



「え、彼女って??」


「は? 決まってるだろ、後ろで待たせている彼女だよ」


 そう言って無理やりイカ焼きを優斗に手渡す。何かを言おうとした優斗に平田が言う。



「あー、俺忙しんでじゃあな!!」


 そう言って無理やり優斗を追い払う平田。優斗は軽くお礼を言い、後ろで待っていた優愛の元へと戻った。



「何を話していたの?」


「え、まあ、色々と。あ、これやるよ」


 そう言ってイカ焼きを一本手渡す。優愛がそれを受け獲り言う。



「まあ、あなたにしては気が利くわね。ちょうどお腹も減って来たところなので頂くわ」


「あ、ああ、そうか。それは良かった。美味そうだしな」


 そう言って一緒に食べ始める優愛と優斗。

 そんなふたりを模擬店から見ていた平田は「やっぱり付き合ってんじゃん」ひとり苦笑した。






 たくさんの人が訪れた文化祭。その二日間にわたる熱い文化祭もついに最後のイベントの時を迎えた。

 暗くなり始めた空の下、宮西宮北両校の生徒が特設ステージが設けられた宮西のグラウンドへと集まって来る。初日の『ミス・ミスターコン』そして最終日の『ステージイベント』。盛り上がりと言う点ではもう大成功であろう。



「優愛ちゃん、頑張って!」

「優斗さん、ファイトです!!」


 琴音に計子、そしてルリは今回生徒会として裏方に回る。その生徒会の出し物が優愛と優斗が率いるバンド。

 ステージイベントには宮北宮西両校の生徒会を始め、希望するクラスや部活、個人も参加できる。その中から書類審査を経て選ばれた合計八組の参加者が今宵ステージに上がる。

 優斗や鈴香の様にバンドで出場するグループの他に、演劇を行う者、マジックを披露する者など様々だ。ただ皆知っている。このステージイベントが両校の対決だと言うことを。



「ああ、全力を出すぜ!!」


 気合十分の優斗に対し、優愛の顔色は良くない。ステージと言う経験のない場で歌う重圧。自分の歌で宮西全勝が掛かるプレッシャー。未経験の優愛が不安になるのも無理はない。



「優愛」


 優斗が声を掛ける。


「バンドはひとりじゃない。皆で力を合わせてやるもの。気負うなよ!!」


「あ、当たり前じゃない!! 大丈夫よ!!」


 少しだけ心が軽くなった。ボーカルと言う重責。それを良く知っている優斗だからこその言葉であった。




「優斗様~!! ミスグランプリの鈴香がやって来ましたよ~!!」


 そんな優斗達の耳に甲高い声が響く。宮北高校生徒会会長の鈴香だ。前日に一応ミスグランプリを受賞している。



(十文字鈴香……)


 それを見た優愛の頭に昨日の光景が思い出される。鈴香が言う。



「あら~、大きな口叩いておいて私に負けた神崎さんじゃないですか~」


「ふん!」


 優愛が顔を背けて応える。本当は自分の勝ち。だけどそんなことはもういい。



「鈴香、これから大切なステージだ。邪魔しないでくれ」


 優斗が場の空気を読めない鈴香にややむっとして言う。鈴香が答える。



「ごめんなさい、優斗様。でも鈴香も今夜は全力で行きますわ~!!」


 優斗ファンとは言え、生徒会長としてさすがに宮北全敗は避けたい。優斗同様何でもこなす鈴香はやはり大きな壁である。優斗は笑顔で去り行く鈴香を見ながらそう思った。




 暗くなった空に星が輝き始める。風も冷たく感じる初冬の夕暮れに、その寒さを吹き飛ばすほどの歓声が夜空に響く。ステージイベントは開始と共に熱狂に包まれた。

 演劇やマジックショーですら火がつきやすい高校生達によってグラウンドに大歓声が響く。そして鈴香率いる宮北生徒会のバンドがステージに上がるとこれまでにない盛り上がりを見せる。



「鈴香様ーーーーっ!!!」

「きゃー、カッコいいーーーっ!!」


 男女から熱い支持を受ける十文字鈴香。頭脳明晰で運動神経も抜群。スタイルも良い美少女はまさに皆の憧れ。そんな彼女がステージに立つと割れんばかりの歓声が起こった。鈴香がマイクを持って言う。



「みなさーん!! 今日は鈴香の為に集まってくれてありがと~!!」


 ひと言ひと言に盛り上がる会場。鈴香はそれを楽しむように語り掛ける。



「昨日は鈴香の為にみなさん投票してくれて感謝してるわ~!! 今日もよろしくね~!!」


 今日のステージイベントも昨日同様にスマホから投票できる。鈴香とて負けられない。宮北生徒会として全敗は避けたい。鈴香がマイクを持ち言う。



「じゃあ、聴いてください。鈴香の歌を!!」



 目立ちたがり屋で騒がしい十文字鈴香。

 だが選曲したのは意外にもバラード。大きなバンドの演奏の後、鈴香がしっとりと歌い始める。



「上手……」


 皆がそう思った。

 ある意味叫んで盛り上げれば簡単なステージイベント。それを鈴香は自前の歌唱力でしっとりと、そして熱く歌い上げる。



(見事だな……)


 ステージ裏で聞いていた優斗も鈴香の歌唱力に驚く。ここでバラードを選んだのも自信の表れであった。やがて会場を黙らせた鈴香の歌が終わると、観客から一気に歓声が上がった。



「きゃあああ!! 素敵ーーーーーっ!!!」

「鈴香さーーーーん、カッコいいいいい!!!!!」


 大きな拍手に大歓声。鈴香は満足そうな表情で感謝を述べるとステージを降りる。




「さあ、行くぞ!!」


「はい!!」


 最後に優斗と優愛のバンドが準備を始める。この日の為に何度も練習をしてきた。もう迷うことはない。全力で楽しむ。



「上杉さーーーーん!!!」

「優愛ちゃーーーーーーーん、頑張れ!!!」


 最後の出場者である優斗達がステージに現れると、鈴香同様大きな歓声が起こる。会場では昨日突然体調を崩した優愛を応援する声も多く響く。



(頑張って!!)


 ステージ脇から裏方として見ている琴音達も応援する。優愛がマイクを持って話し始める。



「みんな、今日は来てくれてありがとう!! 昨日は心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。今日はいっぱい楽しんで行ってね!!!」


 男嫌いの怖い生徒会長。そんなイメージを持つ優愛の思わぬ優しい声に会場からは驚きと喜びの声が上がる。そして優愛と優斗がお互い目で合図して演奏が始まった。



「優愛ちゃん、凄い……」


 見守っていた琴音が思った。

 選曲は鈴香と違って軽快なオリジナル曲。優斗の前の学校の軽音楽部の曲だが、ライブで使うには持って来いのノリの良い曲。鈴香にも負けぬ劣らぬ優愛の歌声に会場が一体となって盛り上がる。



(楽しい、楽しい、なんて快感なの!!!)


 大きなステージ。真っ黒な空に当たりを埋め尽くす観衆。それらが自分の奏でる歌と一体となって鼓動する。耳には観客の声と優斗達の楽器の音。ひとりじゃない。ここに居るのはひとりじゃないと力も湧き出て来る。



(よし、行ける!!)


 斜め後ろでギターを弾いていた優斗は抜群のパフォーマンスで歌い続ける優愛を見て勝利を確信した。とても初めてとは思えないステージ度胸。観客の盛り上げ方も上手い。

 順調だったステージ。しかし()()が優愛を襲った。




(あれ? 体が、力が入らない……)


 ステージで大声で歌っていた優愛に異変が起きる。

 力が出ない。眩暈がする。いつもの副作用。最悪のタイミングでそれが小さな彼女を襲った。




(優愛……??)


 真っ先に気付いたのは優斗。彼女と一番長く時を過ごした彼だからこそ、その小さな変化に気付く。足の力が抜け、手の動きがおかしくなる。優斗が素早く彼女の元へと移動する。



「ええっ!? うそっ!!!」

「やだ、カッコいい!!!!」


 優斗はギターを持ったまま優愛の隣に立ち彼女を支える。力なく優斗にもたれ掛かる優愛。優斗は優愛のマイクを掴み、そして()()歌い始めた。



「きゃああああ!!! 上杉先輩ーーーーーっ!!!」

「素敵すぎるうううううう!!!」


 元々ボーカルをやっていた優斗。優愛から受け継いだマイクを持って歌うことも全く問題なかった。逆に観客は優愛を支え優斗が歌うことをステージの演出だと思い、大歓声が起こる。




「優斗君……」


 優斗の腕に抱かれながら小さくその名を口にする優愛。抱かれながら目に映る彼は眩しくてこの上なく素敵だった。優斗がマイクを手にしながら軽く優愛にウィンクする。耳には観客の大声援。優愛が思う。



(こんなことされたら、もうダメになっちゃうじゃん……)


 優斗に抱かれ少し回復した優愛が涙を流しながら優斗を見つめる。そして優斗は優愛をぎゅっと抱きしめたまま彼女を立たせる。



(あっ、凄い……)


 目の前には無数の観客達。

 皆が手を振り、声を上げて応援している。



 震えた。

 体が震えた。


 心が震えた。


 素晴らしい景色。見たことも経験したこともない景色。


 ()()()な優斗に抱かれながら一緒に見る景色。

 優愛は自然と優斗の手にしたマイクを一緒に持ち、ふたりで歌い始める。



 観客の声は聞こえなくなっていた。

 完全に自分の世界に入っていた。

 目に映るのは優斗の顔と声。それだけ幸せだった。もう何も要らないと思えた。



 演奏が終わるとこの日最高の拍手と声援が送られた。暗い空に響く割れんばかりの歓声。拍手、称賛の叫び。

 でも何も覚えていない。もうそんなことどうでも良かった。ただあったのは感謝のみ。優斗への心からの感謝だけであった。




『心震わせる景色を見る』


 優斗に抱かれながら優愛の『叶えたいリスト』が、またひとつ叶った。

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