56.最高の文化祭【前編】
(やだ、体がだるい……)
文化祭当日の朝、目を覚ました優愛がベッドの上で思った。今日から大切な文化祭。生徒会長の自分が頑張らなきゃいけないのに、ここ数日の疲れが出たのか体が重い。
(薬のせいで体力が落ちているのかな……)
腫瘍の浸潤が確認されてから再び薬の量が変更された。先の見えぬ治療。そもそも先があるのかも分からない。
「メッセージ……」
ベッド脇に置かれたスマホには琴音から『今日は頑張ろうね!』というメッセージが届いている。優愛が起き上がって言う。
「そうよね、最後の文化祭。全力でやらなきゃ!」
優愛が自分に言い聞かせるように強く言った。
文化祭初日。空気が少し冷たい快晴の土曜の朝。宮西・宮北高校合同文化祭が両校二か所で同時開催された。
宮西宮北、それぞれの制服を着た生徒達がお互いの学校を歩く。特別に用意された巡回バスも好評で、皆それぞれの出し物を見学して回っている。一般開放もされており生徒の家族や友人などの姿も目に付く。
「いらっしゃいませー!!」
「美味しいですよ~」
学校内には模擬店も多く出展されており、文字通り祭りのような賑わいだ。生徒達が事前に準備したお店や出し物の発表に忙しく走り回る。
「ルリと琴音は体育館機材の調整ね。計子はどこ行った? 優斗、あなたはすぐに私と来てちょうだい!!」
生徒会の仕事も忙しかった。
文化祭実行委員が実務を多く担っているが、やはり実際始まるとトラブルが尽きない。一般の生徒達が楽しく文化祭を満喫しているのに対し、優愛や優斗達は専らフォローや調整係となっている。
「あら~、優斗様ぁ~、こんな所にいらしたのですね~!!」
忙しく立ち回る優斗に大きな声がかけられる。
「鈴香?」
宮北生徒会長の十文字鈴香。真っ赤なツインテールを揺らしながら歩いて来る。周りは突然現れたスタイル抜群の美少女に目を奪われる。
「ずっとお探し申しておりましたわ~、是非文化祭はこの鈴香とご一緒しませんか~??」
忙しさで発狂しそうな優斗に対して、宮北生徒会長は随分と暇のようである。優斗が言う。
「悪いけど俺は凄く忙しいんだ。また後でな!」
そう言って優愛と共に立ち去ろうとすると、優愛と鈴香がじっと睨み合っていることに気付いた。優愛が言う。
「随分と余裕ね、このあと私に負けるとも知らずに」
鈴香は今夜宮北で開かれる『ミス・ミスターコン』を頭に浮かべて答える。
「あら~、どこのどなたが負けるですって?? 予定表見ませんでした? 【ミスコングランプリ受賞予定:十文字鈴香】って」
宮北から送られて来たミス・ミスターコンのパンフレット。そこにはメールに書かれていたのと同様に鈴香の受賞予定の文字が書かれていた。優愛がむっとして言い返す。
「見たわ。あの不愉快な印刷ミス。全部捨てたけど」
「まあ!」
さすがにその言葉は聞き逃せなかった鈴香。すぐに優愛に詰め寄って言う。
「面白いじゃないですか~、神崎さんが私に勝てるとでも思っているんですか~??」
「勝てるわ。いや、勝つわ。どう考えても負けるはずがないから」
「おほほほっ、まあ、素晴らしいご自信ですこと~、楽しみにしておりますわ。あなたの泣きべそ」
「鈴香! 挑発するような言い方はよせ。優愛もさあ、行くぞ」
優斗に注意された鈴香がしゅんとして言う。
「分かりましたわ、優斗様~、今宵は私と一緒にグランプリの栄冠を楽しみましょうね~。それでは~」
鈴香はそう言って手を振って立ち去っていく。優愛が言う。
「何あれ!? ほんと大っ嫌い!!」
結局優愛の怒りはミス・ミスターコンが始まるまで収まらなかった。
夕方過ぎ、場所は宮北高校特設グラウンド。
東の空はもう暗く明るい星が輝き始めている。冷たい北風が舞い始めるがそんな寒さもここに集まった人達の熱気を冷ますことはできない。
ステージに立った司会が大きな声でマイクに向かって叫ぶ。
「お待たせしましたーーーーっ!!! ミス・ミスターコンを開催します!!!」
「おおーーっ!!!」
「きゃーー!!」
会場に集まった熱気あふれる高校生達。今年初めて開催されるコンテストに皆興奮を隠せない。宮北の文化祭実行委員がステージに上がり投票の方法を説明する。
集まったのはざっくり500名以上。皆スマホを持って説明を聞き、コンテストが始まるのを今か今かと待っている。
「き、緊張するわね……」
ステージの舞台裏で待機していた優愛がぼそっと口にする。隣にいた優斗が答える。
「結構人集まってるな。両校の生徒もだいぶ来ているし」
グラウンドの外にまで溢れた人。皆の期待度がうかがい知れる。
「優斗様~、是非ふたりでグランプリを取って、勝者のヴァージンロードを歩きましょう~!!」
その後ろから同じくコンテストに出場する鈴香が声を掛ける。
「おい、ヴァージンロードじゃ結婚になっちゃうだろ。大丈夫か、お前も?」
しかもその役目は父親じゃねえか、と内心突っ込みを入れる。優愛が鈴香に言う。
「正々堂々と勝負しましょう」
「当然ですわ」
睨み合うふたり。更に優斗にも声が掛る。
「上杉優斗、もう一度あなたに勝負を挑む」
優斗が振り返るとそこには黒髪の長髪の男、世良康生が腕組みをして立っていた。優斗がやれやれと言った顔で言う。
「ああ、そう言えばお前も出るんだったな。お手柔らかに頼むぞ」
世良は眼鏡に手をやり優斗に言う。
「リレーでは敗北しましたが、男を競うこの争いでは私の勝利は揺るがないでしょう。残念ですがあなたは早々にお帰りの準備を……」
バン!!
「ぎゃっ!!」
そう話していた世良を鈴香が遠慮なしに殴る。
「あなたね~、私の優斗様が誰かに負けるとでも言うの?? 顔洗って出直して来なさい!!」
「ぎょ、御意! 申し訳ございません……」
世良はそう言うと興奮で頬を赤くしながらその場を立ち去る。
「どれだけ変態なんだよ、お前ら……」
優斗が呆れた顔で呟く。
「では、ご入場をどうぞ!!!!」
そうこうしているうちにコンテストは始まり、一年生代表から順番にステージへと上がっていく。
「きゃー!!」
「素敵ーーーーーっ!!!」
各学年から選ばれた男女が颯爽とステージ上を歩く。歩き方は自由。素人のステージだが、知り合いが出ているという状況に会場は否が応でも盛り上がる。最初は学生服。順番が回って来た優斗が先にステージへと向かう。
「じゃあ、優愛。先行くぜ!」
「ええ、頑張って!」
少し前までは『備品』として罵っていた相手。それが今は心から応援している。
「上杉さーーーん!!!」
「優斗おおおお!!!」
優斗がステージに上がると、これまで以上に声援が大きくなった。優斗は苦笑いしながら軽く手を上げステージ上を歩く。
注がれるスポットライト。背が高く銀色の髪を風に靡かせて歩く優斗は女生徒ばかりでなく、男子生徒からも声援が飛ぶ。
(優斗さん、普通にカッコいいわ……)
(なんて計算された歩き方。素敵です!!)
(やだ、優斗君、痺れちゃう……)
舞台裏から見ていた琴音達がじっとその姿を見ながら思う。
「さて、次はわたくしですわ~!!」
優斗と入れ替わりに今度は宮北生徒会長の鈴香がステージへと向かう。
「きゃーーーーー!!!」
「鈴香様あああ!!!」
赤く長いツンテール。長い足に大きく膨らんだ胸。誰もが認める美少女でありながら才色兼備の生徒会長鈴香。登場と共に地の利もあり優斗同様大きな声援が起こる。
「さすがね……」
最後の出番となった優愛が不安そうにそれを見つめる。考えてみれば自分の美を競うことなどこれまで一度もなかった。ミスコンなんて初めて。今更ながら勢いで出場すると言ってしまった自分は短慮だったと思う。
「でも、行くわよ!!」
優愛が気合を入れてステージへと歩き出す。
「頑張れ、優愛!」
優斗の声に優愛が親指を立ててそれに応える。大きな声援。優斗や鈴香に負けないぐらい大きな歓声が巻き起こった。
「では結果発表です!!!」
全員のステージが終わりスマホによる投票も終えた後、司会が皆に向かって言った。出演者は皆ステージに上がり緊張した面持ちとなる。結果発表を前にそれまで盛り上がっていた会場も静まり返る。
「ではまず男子の部から。発表します!!!」
皆の視線がステージ上に置かれた電子表示板に注がれる。そこには大きく参加者の名前が抱えておりその横に投票の数字が表示される。そして数字が浮かび上がった。
「おおおおお!!!!」
「おめでとーーーーっ!!!」
上杉優斗:354票
世良康生:98票
吉田真司:42票
ぶっちぎりの優斗の優勝であった。
(マジかよ……)
驚く優斗に宮北文化祭実行委員より真っ赤なマントと王冠が載せられる。優愛が言う。
「こんなに差がつくんだ……」
「優斗様なら当然の結果ですわ~!!」
鈴香も満足そうに言う。壇の上に置かれたグランプリ用の椅子に座った優斗。司会が続ける。
「さて、それでは次はいよいよミスグランプリの発表です。さあ、どうぞ!!!」
会場中の視線が電子掲示板に注がれる。そして結果が表示された。
「おおお……」
「うそ……」
十文字鈴香:203票
神崎優愛:203票
西田佳代:59票
両校の生徒会長が全くの同数。思わぬ結果に会場が騒めく。司会が叫ぶ。
「これは凄い結果になりました!! 規定によりおふたりによる再投票となります!!!」
その言葉に会場は更にヒートアップ。宮北と宮西の美人生徒会長同士による一騎打ち。盛り上がらない方がおかしい。
(優愛、大丈夫か……)
少し離れた場所に座ってその様子を見つめる優斗が心配する。ここ最近の疲労、慣れない仕事。人前での話にこの様なステージ。優斗の顔が徐々に険しくなる。司会がマイクを持って言う。
「ではおふたりに最後の投票に向けてお言葉を頂きましょう!!」
そう言ってステージ上に立つ鈴香にマイクを向ける。
「皆さ~ん!! 宮北の鈴香で~す!! 投票は是非この私にお願いね!!」
そう言ってスカート端を持って少し上げウィンクする。
「鈴香様あああ!!!!」
「うおおおおおおお!!!!」
会場中の男達がその色香に心臓を撃ち抜かれる。続いて視界が優愛にマイクを向ける。優愛はそのマイクを奪い取って叫ぶ。
「わ、私に入れなさいよ!!! いい? 分かってる?? 入れなかったらただじゃ済まないから!!!」
「神崎さーーーーん!!!」
「きゃーーー!!!」
女生徒、そして実は一部の男子生徒からも熱い支持を受ける優愛。勝負の行方は全く分からない。司会が言う。
「さて、じゃあ再び投票をお願いします!!」
会場にいた皆が手にしたスマホを持ち投票を始める。ステージ上にいる出場者達にももちろん投票権はあり、優愛や鈴香もスマホを取り出して投票し始める。司会が叫ぶ。
「さあ、結果が出ました!! グランプリはどちらの手に!?」
電飾掲示板に表示される文字と得票数。皆の視線が一斉に集まる。
「おおおおお!!!」
「ええ!! うそぉ!!!!」
表示された数字。それはステージ上にいた優愛や優斗だけでなく、会場にいた観客全てに驚きをもたらした。




