46.手作り弁当で幸せタイム
『夏合宿の時の料理、めっちゃ美味かった。家事は得意なのかな? 未来の旦那さん、幸せだな!!』
先日のHRで優斗が琴音に言った『彼女のいいところ』、隣で聞いていた優愛はそのひとつひとつが面白くなかったが、特に料理についてはひとしきり強く頭の中に残っている。
早朝起きてきた優愛が台所に立って思う。
(確かに普段あまり料理はしないけど、私だってやればできるんだから!)
優愛は事前に買って置いた食材をまな板に並べ包丁を振り回す。優愛の頭の中に自分に言ってくれなかった『料理が上手』と言う言葉がぐるぐる回る。
「そりゃ、あいつは普通に料理上手だけど、それは普段やっているからでしょ? 私だって本気を出せば……、きゃっ!」
魚を切ろうとした優愛が包丁で指の先を切ってしまう。滲み出る赤い血。それを水で洗いながら言う。
「なんでこんなに包丁って切れるのかしら! 危ないでしょ!!」
血が止まるのを待って再び食材と格闘し始める優愛。
「はっ、はっ、はあっ!!」
大きな掛け声を発しながら包丁を回す優愛。それはまさに料理が苦手な人間の調理風景そのものであった。
「よし、できたわ」
登校時間間近になってようやく作り上げた弁当。たまご焼きに焼き魚、ほうれん草のおひたしにサラダと見た目は良い。ただ故意なのか無意識か、ひとり分にしては随分と量が多い。
「仕方ないわね。これは仕方ないことなのよ」
そう言って二人分の弁当を用意する。
「本当に仕方ないからあいつにひとつあげるわ。これを食べさせて、私も『できるお嫁さん』って理解させなきゃならないし……」
そう言いながら棚に入った薬を見つめる優愛。少し暗い顔になって小声で言う。
「私、お嫁さんになれるのかな……」
先が見えない自分の人生。いつかそんな日がやって来るのだろうかと、自然と涙がこぼれ落ちた。
「はい、じゃあ次のグループ!」
午前中の体育の授業、男女別に行われる授業だが、体育祭前と言うこともあり今日は特別に全体で100m走の練習が行われている。カラッと晴れた秋晴れ。湿度も低く晴れていても暑さは感じない。
ピッ!
教員の笛の合図でスタート位置についていた優愛達が一斉に走り出す。並んで走り出した女子達。だがすぐに優愛だけがひとり置いて行かれる。
「はあ、はあ、はあ……」
皆とはずいぶん遅れて優愛がゴールする。男嫌いで恐れられている無敵の生徒会長も、病気のこともありここ最近は思うようには体が動かない。両膝に手をついて息をする優愛にルリが近付いて言う。
「優愛ぁ~、大丈夫~??」
ピンク色の髪を後ろでしばり、いつもとは雰囲気が違うルリ。少し顔を上げて答える。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと薬が……」
そう答えた優愛の目に、少し離れた場所で走る男子達の姿が映る。
(速っ……)
それは銀色の髪を風に靡かせながら走る優斗の姿。背の高い彼がまるで飛ぶようにどんどんと他者を引き離してゴールする。
「うひゃ~!! 優斗、速いねえ~!!」
隣で見ていたルリのその速さに声をあげる。
「ほんと。どこが人並みよ」
ふたりは他の男子生徒達から称賛を浴びる優斗を見ながら言う。
「これでリレーも勝てるかな?」
「大丈夫だよ~、ルリも走るし~」
優愛が笑って答える。
「そうだね。宮西の全勝、よろしくね」
「了解~!!」
ルリが敬礼のポーズでそれに応え、優愛がまた笑った。
「それではこれで授業を終わります」
担任が午前中の授業を終え教室を出て行く。お昼になり皆が昼食の準備を始めガヤガヤと騒がしくなる。
「さてと……」
背伸びをし、小さくあくびをしていた優斗に隣りに座っている優愛が声を掛ける。
「あ、あのさ……」
心臓の鼓動が聞こえてしまうほど大きく鳴る。手には汗が滲み、顔はかあと熱くなる。優斗が答える。
「ん? なに」
対照的にいつも通りの優斗。優愛が言う。
「ちょ、ちょっと大事な話があってさ、体育祭の……」
来週に迫った体育祭。宮北に全勝すると言う目的を持ったふたりには絶対負けられないイベント。優斗が答える。
「そうなのか? 分かった、じゃあ今日の生徒会で……」
「ううん、今聞いて欲しいんだけど、屋上に来てくれる?」
意外な言葉。それでも優斗は何かを察して頷いて答える。
「うん、分かった。すぐ行くよ」
「ありがと……」
優愛は小さくそれに答え、手にした小さな鞄を大事そうに抱えて教室を出る。彼女が出て行った後で優斗が立ち上がると、友人が声を掛ける。
「優斗ぉ、メシ買いに行こうぜ~」
よく購買に一緒に行く友人。優斗が答える。
「ごめん、今日もう買っちゃってさ。適当に食べてて」
優斗はそう言うと今朝買った菓子パンの入ったカバンを持ちひとり教室を出る。
(優斗さん……?)
そんなやり取りを横目で見ていた計子がすっと立ち上がった。
「うわー、気持ちいいな!!」
屋上にやって来た優斗が、ドアを開けた瞬間体に感じる風を受けながら言った。
秋晴れと言う言葉がふさわしい澄んだ青い空。薄い雲と高い空。涼しげな風が気持ちいい。
「あ、優愛ー」
優斗は屋上のコンクリート部に座っている優愛を見つけて歩み寄る。
白い肌。風に靡く艶のある黒髪。見た目だけなら清楚なお嬢様系生徒会会長。
「お、遅いわよ! 何やってたの!!」
口を開かなければの話である。優斗が隣に座りながら言う。
「ごめん、すぐ来たつもりだったけど。それで、話って?」
優愛が前を向き、少し恥ずかしそうに言う。
「あ、あのさ、体育祭だけど、私、あまり競技に参加できなくて……」
優斗が頷いて言う。
「分かってるよ。副作用が辛いんだろ? 出られる種目だけでいいよ」
「うん、ごめん。本当は運動好きで色々出たいんだけど……」
「無理するなって。その分俺が頑張るから。宮北には絶対負けられないしな」
「そうだね……」
少しの静寂。優斗が尋ねる。
「話しって、それだけ?」
一瞬びくっとした優愛が優斗を睨みつけるようして言う。
「それだけって、私にとっては大切なことなのよ!!」
「あ、ああ、そうだよな。ごめん……」
優斗が頭に手をやり謝る。優愛が思う。
(ごめん、違うの。そんなことは優斗君だって知ってる。今日呼んだのは……)
「優愛の分まで一生懸命やるから安心してくれ。絶対、宮西を勝たせるから!」
「うん……」
力強く話す優斗を見て優愛が少しだけ動揺する。優斗が立ち上がりながら言う。
「じゃあ、俺お昼食べて来るから。またな!」
そう言って手を上げて立ち去ろうとする優斗。優愛が弱々しく手を伸ばし言う。
「あ、あのさ……」
「ん?」
呼び止められ振り返る優斗。綺麗な銀髪が太陽にあたり一瞬輝く。優愛が顔を真っ赤にして言う。
「あ、あのさ。今朝、私、お弁当作ったんだけど、ちょっと作り過ぎちゃって。も、もしさ、もしあなたがどうしても食べたいって言うのならば、あ、あげてもいいんだけど……」
そう言いながら優愛は自分の隣に置いた鞄の中からふたつの弁当箱を取り出す。ひとつは女性用の小さなもの、もうひとつは作り過ぎたとしても大き過ぎるようなとても大きなもの。
優斗は手にしてたバックをすっと後ろに隠し優愛に近付いて言う。
「優愛が作ったのか?」
「え、ええ。そうよ……」
優愛は自分の心臓の鼓動が耳の中で鳴り響き、はっきり会話が聞こえない程になっている。
「食べてもいいのか?」
「あ、あなたがどうしても食べたいって言うの……」
「食べたい!」
(え?)
優斗はそう言うと再び優愛の隣に座る。そして嬉しそうな顔で尋ねる。
「マジでいいの? めっちゃ嬉しいんだけど!!」
優斗の嬉しそうな顔を見て優愛の顔も自然とほころぶ。優愛は特大の弁当箱を優斗の膝の上に置くと恥ずかしそうに反対側を向いて言う。
「は、はい。どうぞ。味は知らないからね」
弁当箱を渡された優斗がそれを開き声を上げる。
「うわ! めっちゃ美味そうじゃん!! いただきまーす!!!」
そして勢いよくご飯を口に入れて行く。
「美味っ!! 優愛、普通に美味いぞ!!!」
そう言いながらたくさんあったご飯がどんどんなくなって行く。優愛が照れながら言う。
「あ、当たり前でしょ! 今日はちょっと失敗したけど、本当はもっと美味しく作れるんだから!」
口にたくさんのご飯を詰めながら優斗が言う。
「ふぁ、本当か? じゃあ、また食べさせてくれぇ」
「い、いいわよ! そこまで頼まれたら仕方ないから次は体育祭の時にでも……」
そう言いつつも自らハードルを上げてしまった優愛の顔が少し引きつる。ほとんどご飯を食べ終えてた優斗が言う。
「いやー、まさか優愛の弁当が食べられるとはな。ありがとう、また楽しみにしてるぜ!!」
「い、いえ、いいわ、そんなこと。それよりさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
風に吹かれる優愛。その顔はずっと赤いままだ。
「私もさ、いいお嫁さんになれるかな……?」
「え? お嫁さん?」
優愛が無言でうなずく。優斗が言う。
「なれるさ」
「ちょ、ちょっとあなた! 適当な返事しないで……」
「適当じゃないよ。そんなこと適当には言えない」
優斗が優愛の顔をじっと見つめて言う。
「心からそう思って言ったんだけど、ダメだったか??」
優愛が少し下を向き、首を振って答える。
「ううん、いいよ。ありがと」
「一緒に頑張ろうな!」
「え!?」
驚いた優愛が顔を上げて優斗を見つめる。優斗が言う。
「ん? 来週の体育祭」
「え、ええ、そうね。頑張りましょう……」
(は、恥ずかしいぃ!! わ、私ったら何を勘違いして……)
優愛は再度顔を赤ながら少し苦笑し、自分の弁当を食べ始めた。
(神崎さん、優斗さん……)
屋上の鉄のドア。その少し後ろでふたりを見ていた計子が、小さくため息をつきながらそっとドアを閉めた。




