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ツンデレ生徒会長に『備品』呼ばわりされた俺、これから君に無双します。  作者: サイトウ純蒼
第五章「優愛のいない体育祭」
43/82

43.ふたりの約束

(いい歌ね。聴けば聴くほど味が出るわ……)


 優愛は学校への電車の中で優斗から渡された楽曲を何度も聞き返す。頭の良い優愛。既に歌詞はすべて覚えて目を閉じていても歌える。



(あいつはカラオケのノリで良いって言っていたけど……)


 カラオケの歌と、皆の前でステージに立ちバンドとして歌うのではやはり違う。今更ながらそのプレッシャーを感じ始め胃が痛くなる。



(今日は初めての合わせ。上手く歌えるかしら……)


 体調の悪い優愛とは別に、優斗は既に数回軽音楽部のメンバーと練習を行っている。優愛は今日初めて練習に合流するのだが考えるだけで震えてしまう。



「頑張れ、私っ!!」


 優愛は自分に言い聞かせるように声を出して鼓舞する。きっと大丈夫、優斗がいれば大丈夫なのだと自然に思えた。






「あ、あなたは緊張しないの??」


 授業を終えた優斗と優愛が、軽音楽部の部屋へ向かいながら話をする。バンドなど全く未経験の優愛。初めての練習に緊張で体が固まる。



「緊張? んー、あんまりしないかな。だってギターだし」


 優斗が答える。


「どうして?」


「どうしてって、やっぱなんだかんだ言ってもバンドの華はボーカルだからね。みんなの視線を集めるのがボーカル。だから今回俺は脇役でいいよ」


「バ、バンドの華……」


 今更になって夏合宿のノリで簡単に決めてしまったボーカルという責務が、予想よりずっと重いことに気付き始めた。カラオケでも良く『歌上手!』と褒められていたのだが、もうそんなこと言っている話ではない。




「お疲れー」


 優斗が慣れた感じで軽音楽部のドアを開ける。


「お、優斗。お疲れ!」

「来た来た!」


 軽音楽部の部室はとても広く、簡易的なスタジオの設備を整えた部屋である。

 簡易的とはいえ部屋にはしっかりと防音処理がされており、各種アンプにドラム、そしてミキサーも置かれている。スピーカーも小型だがきちんとした音が出せるものだ。

 今回バンドのメンバーに入れられたドラムとベースの男子高生が、優愛の姿を見て顔を引きつらせながらやって来る。



「あ、あの、神崎さん。どうぞよろしく……」


 バンド未経験者とは言え、相手はあの男嫌いで有名な『神崎優愛』。今回も半ば強制的にバンドをやらされている。


「え、ええ、よろしくね……」


 きつい言葉を掛けられると思っていたふたりは、意外と優しい態度の優愛を見て胸をなでおろす。優斗が部屋にあったギターを手にしながら言う。



「じゃあ、早速始めようか!」


「了解っ!!」


 それに合わせて皆が楽器の準備を始める。各人の音出しと調整は何度もやっているのでいつも通りに位置につく。今日は初めて優愛がその真ん中に立って歌うのでバランス調整は必要だ。優斗が優愛に言う。



「じゃあ、始めるけどいい?」


「え、ええ。いいわ……」


 緊張する優愛。全身から汗が噴き出す。優斗が合図する。



「じゃあ、行くぜ!!!」


 その声に合わせてドラムが軽快に音を叩き始めた。






「どうだった? 初めてやってみて?」


 暗くなるまでバンドの練習をした優斗と優愛達。薄暗くなった帰り道をふたりならんで歩く。



「思ったより楽しかったかな。それよりあなたのギターに驚いたわ」


「まあ、結構やってたしね。で、優愛はどう? やれそう?」


「分からないわ。もう喉が痛いし」


 それでも優愛は優斗が思っていたよりもずっとよくやっていた。歌が上手とは琴音達から聞いていたが、カラオケレベルではないほど上手い。ただやはり場慣れしていないのと、時折音程が狂う。自分の出来に納得できない優愛が言う。



「あなたもボーカルやっていたんだよね?」


「ああ」


「喉痛くなかった?」


「よく痛めたよ。だから喉のケアはしっかりとしていたし、トレーニングもした」


「トレーニング?」


「ああ、ボーカルトレーニング。まあ高校生の部活レベルのもんだけどね」


「ボーカルトレーニング……」


 優愛がその言葉を小さく繰り返す。



「それをすると歌がもっと上手になるの?」


「ああ、上手になる」


「本当に?」



「なるよ。優愛は今でも十分歌が上手いけどそれって感覚で歌えている部分が多いんだ。それをきちんと理解して歌う。音域を広げたり、表現力・歌唱力を向上させる訓練も行う。何よりさ……」


「うん……」



「歌うことに自信がつくのが大きいよ」



「そうだよね……」


 カラオケしか経験のない優愛。すべてが初めてで不安な気持ち。それを無くすのが練習でありボーカルトレーニング。優愛が言う。



「ねえ」


「なに?」



「そのトレーニング、あなた教えられるの?」


 優斗が少し間を置いてから答える。



「できないことはないけど、俺よりもっと適任者がいる」


「適任者? だれ??」


 優愛が優斗を見つめながら尋ねる。



「女の子で、とーっても歌が上手い子」


「女の子?」


 優愛の顔がちょっと複雑な表情となる。優斗が言う。



「希望なら紹介してあげてもいいけど……」


「いいけど、なによ?」



「約束をして欲しいんだ。ひとつは無理をしないこと。体調が悪かったらすぐに休む。歌うってめっちゃ疲れるから」


「それは分かってるわ。カラオケでもいつもバテバテになるし、今日も疲れたわ」


 優斗が頷いて言う。



「了解。で、もうひとつが」


「なに?」



「何があってもその子と仲良く最後まで練習すること」



「仲良く、最後まで?? 何それ? まるで私がすぐに喧嘩でもしそうな言い方じゃん」


 ぷっと頬を膨らませて優愛が言う。


「ちょっと説明が難しいけど、そのふたつを守ってくれるなら紹介するよ」


「いいわ。約束する。ところで変な人じゃないわよね?」


 優斗が笑顔で答える。



「ああ、変な子じゃない。とーってもいい子だよ」


 優愛は結局最後まで優斗の笑顔の意味が分からなかったが、少しでもバンドが成功するならば何でもしておきたいと思った。




「なあ、優愛。もうひとつお願いがあるんだけど」


「なに? そんなに紹介するだけでいくつも約束しなきゃいけないの?」


 歩きながら優愛が言う。優斗が首を振って答える。



「あ、いや、これはバンドとは関係のないことなんだけど」


「バンドのことじゃないの? じゃあ何なの?」


 優斗は隣に歩く美しい黒髪が風に揺れる優愛を感じながら言う。



「前にさ、俺が見ちゃった『叶えたいリスト』ってあったろ? あれ、ちゃんと見せてくれないかな?」


 それを聞いた優愛の足が一瞬止まる。優斗が言う。



「俺、優愛と一緒にあれを叶えるって約束したんだけど、未だちゃんと見ていなくてさ。何が書いてあったか全部覚えていないんだ」


 再び歩き出した優愛が言う。



「いつ私があなたと叶えるって約束したわけ?」


「あれ? 違ったっけ?」


 少し首を傾げる優斗。優愛が言う。



「違うわ。あれはあの紙を勝手に見たあなたが、勝手にそう言っただけのこと」


「そうだっけ?」


「そうよ」


 優斗がポケットに手を入れながら言う。



「いいじゃん。見せてよ」


「……」


 黙りながら優愛が思う。



(見せたい。絶対に叶わないものもあるけど、優斗君と一緒に頑張るだけでも嬉しい……)


 だがやはり素直になれない優愛。恥ずかしさもあり簡単には見せられない。



「なあ、優愛」


「ど、どうしても見たいの?」


「見たい」


 優愛が立ち止まって言う。



「じゃあ、ここに書くこと全てをちゃんと叶えてくれること。それが条件。いい?」



「ああ、約束する」



「やっぱり馬鹿ね、あなた」


 そう言って優愛がくるりと優斗に背を向ける。そして鞄の中に手を入れ一枚の紙きれを取り出し、背を向けたまま差し出す。



「はい、約束は守ってよ」


「了解、ちゃんと守るから!」


 そう言ってその紙を手にする。



「写真撮ってもいい?」


「好きにしたら」


「サンキュ」


 優斗は手にした紙をスマホで撮影すると、しばらくそのメモを見つめてから優愛に返した。



「ありがとう」


「別にいいわ。それよりそんな約束しちゃっていいの? 全部なんて無理よ」


「大丈夫、きっと何とかなるさ」


「何それ」


 優愛がやや呆れた顔になって言う。



「まあ、期待せずに待っておくわ」


「期待してくれてもいいんだぞ」




 ――じゃあ、期待する



 その言葉を飲み込んだ優愛が言う。



「帰るわよ。もう真っ暗」


 既に辺りは暗闇に包まれ幾分風も冷たくなっている。優斗が言う。



「でも星は綺麗だな」


 優愛が真っ黒の空を見上げる。



「そうね。期待しておくわ」



「え? なんか言ったか?」


「何でもないわ。独り言」


「ん、そうなのか」


 優斗がそう言いながら歩き出す。優愛もその横に並んで一緒に歩き出した。

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