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第8話【元カノ】

「......奏緒かなお

「......ようやく会えた」


 ドアの間、久しぶりに見た彼女は、全体的に少し痩せた雰囲気を感じとれた。

 表情からも疲れの色が窺える。


「どうしてここがわかった?」

「あんた、もう私の職業を忘れたとは言わせないわよ? 人探しのプロを舐めないことね」


 呆れた顔でため息交じりに奏緒が答える。

 なるほど、本職スキルを存分に振るったということか。 

 奏緒はこう見えて興信所、いわゆる探偵事務所に勤務している。

 なんでも女性ながらに若手期待のエースだそうで、給料は下手なサラリーマンよりも全然高収入。

 でなければヒモの俺を養うなんて不可能だ。


「とりあえず中に入れてもらえると助かるんだけど。それともどこか外の方がいい?」


 動揺している俺とは違い、奏緒は職業柄なのか淡々と尋ねてくる。

 

「......ちょっとだけ時間をくれ。安心しろ、お前が帰るまで部屋の中に閉じこもったりしないから」

「......わかったわ」


 若干のラグがあったあと、奏緒は頷いた。

 俺はドアを閉めると、一旦大きく息を吐き出し、自分自身を落ち着かせるために深呼吸を何度か繰り返した。

 奏緒の性格上、いつかは俺の居場所を探し当てるのではないかと予想はしていたが――まさかこんな早くにやって来るとはな。完全に意表を突かれた。

 本当ならどこか外で話し合いたいところだが、生憎あいにくと俺はこの部屋の合い鍵を持っていない。

 かと言って家主の許可無く他人を室内に入れるわけにもいかないし、急がないともうすぐ世愛せなが帰ってきてしまう――どうする?

 短い時間で頭をフル回転させた俺は世愛にメッセージアプリで、


『いま知り合いが家に遊びに来たいって言ってるんだけど、部屋に入れてもいいか? あとできればお昼は外で食べてきてくれると助かる!m(_ _)m』


 と、謝罪の絵文字付きで伝えた。

 メッセージは送信して間もなく既読が表示され、それから数回深呼吸をして待っていると、


『OK』


 アルファベット二文字の淡白な返事が世愛から送られてきた。

 嫌に物分かりのいい返信が少々不気味だが、いまはそんなこと気にしている余裕はない。


「家主の許可を得たから入っていいぞ」


 俺は再びドアを開け、奏緒を部屋の中に招き入れた。

 パンプスの『コツ』という音が玄関に響き、俺と世愛だけの空間に奏緒がいるという事実に違和感を覚えた。


「不用心よ。カメラがあるなら、扉を開ける前に相手が誰かちゃんと確認なさい」


 リビングに向かう途中、無言の空気に耐えられなくなったのか、俺のあとをついてくる奏緒がぼそっと漏らした。

 

「......そんなことを言うためにわざわざ来たんじゃないだろ?」


 俺は敢えてすぐには返事をせず、リビングまで案内したところで重い口を開いた。

 すると奏緒をこちらに体を向けて勢いよく頭を深々と頭を下げ。


「あの時はごめんなさい! 私としゅんは、決してあんたが思っているような関係じゃないから!」


 そう謝罪を述べた。


「仕事のこととか、あんたのことでちょっと悩みがあって......最初は相談に乗ってもらっていただけだったのに、まさか瞬があんな大胆な行動に出るとは思ってもいなくて......」


 ウソだな。

 瞬は知り合った専門の時から奏緒に対し猛烈にアタックしていた。

 俺と彼女が付き合い始め同棲してからも、言動を見ていればまだ未練があることは明白だった。

 それを予想していなかったの一言で片づけるにはあまりにも簡素だ。

 素直に俺への愛想が尽きたと言ってくれればいいものを......。


「探偵失格だな」

「だよね」

「仮に奏緒の言うことが本当だとしても、何も家でしなくてもいいだろ」

「それは! ......私も軽率だったと思う。瞬を信用し過ぎたツケね」


 図星だったようで、奏緒は上げた顔を背けうめいた。

 探偵という職業の経験上、尚更男女の関係が友情だけで収まるとは限らないのは奏緒もわかっているはずだ。

 例え相手が自分の知り合いだからといって例外は有り得ない。

 

「もちろん、あのあと瞬はすぐに家から叩き出したわ。もちろん二度と私たちの前に現れないよう伝えてある。もし約束を破ったら法的手段に出ることも付け加えて」


「そうか」


 別にもう奏緒のことも寝取った瞬のこともどうだっていい。

 俺はあの家に戻るつもりは微塵もないんだからな。

 この部屋に入れたのはあくまで奏緒との関係を正式に終わらせるため――他の気持ちは一切は存在しない。


「それにしてもあんた、元気そうなのは安心したけど......なんで一人暮らしの女子高生なんかと暮らしてるのよ?」


 探偵とはいえ、やっぱり俺と世愛の関係までは調べられなかったか。

 そりゃそうだ。この契約は雇い主と雇われた側、二人しか知らないのだから。


「世愛は俺の幼馴染の妹でさ、俺が路頭ろとう彷徨さまよっていたところをたまたま偶然再会してさ、今の流れに至るわけだ」


 俺は奏緒の目を見ながら、極力平静を装ったつもりで説明した。


「ふーん、幼馴染の妹ねぇ」


 奏緒は歯切れの悪い言い方をし俺に疑いの眼差しを向ける。

 探偵相手に騙せるかどうかは疑問だが、この際完璧じゃなくていい。 

 要は今この場を乗り切れればいいのだから。


「まぁいいわ、じゃあ尚更その子に迷惑かかってるだろうから、今晩にでも家に帰ってきなよ」

「ああ.........は?」


 奏緒の思いもがけない一言に素っ頓狂な声が出てしまう。


「お前、正気で言ってんのか?」


「当たり前でしょ。あんたには私が必要なの。完全に回復して社会復帰できるまで、私が引き続き養ってあげるから」


 こいつはこの一ヶ月間、俺が《《あの時のこと》》を何度も夢で疑似体験していることを知らずに言っているんだろうな。

 俺にとって瞬に目の前で奏緒を寝取られた事実よりも、俺としている時より奏緒の奴が気持ち良さそうにしていたことの方が余程ショックだった。

 ましてや二人が情事をしてしまった部屋に戻ったとして、これまでみたいな普通の暮らしなんてできるわけないだろう。


「あんたがこうなったのには私にも責任がある。それに未成年、しかも若さ溢れるJKと一緒に住んでたら、いくら幼馴染の妹でもいつか絶対間違い起こすわよ?」


 力説しているところ申し訳ないが、共通の友人と間違いを起こした女に語られても説得力は皆無だった。

 奏緒はおそらく、もう俺を恋人としては見ていない――そう確信した時。


「待ってください」


 声の上がった先、リビングの玄関側の入り口方向へと振り返れば――そこにはいるはずのない世愛が、険しい表情で立ち尽くしていた。

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