第44話【来訪者】
「.........だーッ! もうムリー! 世愛っち休憩にしよー!」
私服姿の金髪お団子ギャルJKが、我が家のリビングのテーブルに突っ伏し発狂している。
月に一回あるか無いかの、三人の休みが重なった今日。
日曜の朝からJK二人組は、家で学年末テストに向けた勉強会を開いていた。
「あともうちょっとの辛抱だから我慢しなさい」
集中力の切れたかすみを見向きもせず、世愛は一人黙々と勉強を続けながら声をかける。
「私だって集中しようと頑張ってるよー。でもさ、勉強してる横からカレーのいい匂いがしてきたら無理に決まってるじゃん」
「自分の集中力の無さを人のせいにするな」
恨めしそうな視線をカウンターキッチン内にいる俺に送られても困る。
俺はあくまで職務に忠実に家事をしているにすぎない。
そこまで言うならお前だけ別の部屋で勉強しろと、文句の一つも言いたくなるのを黙って呑み込む。
「でもまぁ、腹が減っては何とやらだ。もうすぐ出来上がるから、勉強は一旦その辺にしておけ」
「はーい」
「待ってました!」
いつまでもダラダラされては無駄に時間が過ぎて行くだけだ。
俺が合図を出せば、かすみは背筋をピンと立ててテーブルから身体を起こす。
エサを待ってる犬か、お前は?
「ねぇねぇ風間氏?」
「なんだよ」
「このカレー、盛り付け方変わってるね」
二人がテーブルの上を片づけ終わったのを確認し、出来上がったばかりの昼食を持っていくと、かすみが珍しい物でも見ているかのような視線を向ける。
「ああ。カレー丼だからな」
「カレー......ドゥン? 何それ?」
きょとんと二度瞬きをしてから、かすみは頭の上に疑問符を浮かべ傾けた。
「いやいやいや。世間知らずなところがある世愛ならともかく、下町育ちのお前が知らないわけないだろ」
「風間さん、いま何気に私をディスったね」
俺から器を受け取ったばかりの世愛がジト目をこちらに向ける。
「だから本当に知らないんだって。私の家、昔から滅多に外食なんかしないし」
......マジか。
世愛に続いてかすみまで知らないとは。
軽いジェネレーションギャップを感じ、手で額を抑えてしまう。
「カレーライスと何が違うの? 盛り付け方?」
「カレーのルーと一緒に和風だしも入ってるんだよ」
「......言われてみれば、スパイスの香りに混じってほんのりおだしの香りもするね」
かすみは器に顔を寄せ、匂いを嗅ぐ。
口から声にならない声が漏れ、まだ食べてもないのに幸せそうな表情を見せる。
「風間氏は何でも知ってるね。さすが先人」
「先人言うな」
かく言う俺も、カレーライスとカレー丼の明確な違いを知ったのは専門学校生だった時。
学校の近くにお蕎麦屋さんがあって、よく奏緒を含めたサークルの仲間たちと利用していたっけ。
店のおばちゃん、元気かな?
今度三人の休みが重なったら、二人をお店に連れて行くのもありかもしれない。
「かすみは将来、どんな仕事に就きたいんだ?」
「どうしたん? 藪から棒に?」
三人での昼食の最中。
俺はふとかすみに対して気になったことを口にしてみた。
「いや、お前来年受験だろ。ぼちぼち将来のことについて考えてるのかなーと思って」
「もちろん」
「どんな職業だ?」
「......笑わない?」
食事の手を止め、隣に置いてあったクッションを抱きはじめたかすみ。
こいつにしては珍しく上目遣いで恥じらう態度を見せていて、不覚にもちょっとドキっとしてしまった。
「私もかすみの将来の夢、聞いてみたい」
「世愛っちまで......」
「誰もお前の夢を笑ったりなんかしねぇよ。いいから言ってみろ」
「.........イラストレーター」
俺と世愛の押しに負けて、かすみは俺たちの反応を気にするかのように呟いた。
「......「意外だな」「意外だね」」
「ほら~ッ! こういう反応するのわかってたから言うの嫌だったんだよ~!」
見事に声が語尾を除いて揃ってしまった俺たち。
かすみは恥ずかしさでクッションに顔を埋め、足をジタバタさせている。
「悪い悪い。お前の見かけから一番遠そうな職業が出てきたもんだから、ついな」
「かすみってそんなに漫画とかゲームが好きだったんだ」
「うん。私、中学の時にいろいろあってさ......ぶっちゃっけ一時期、引きこもってた時期があったのよ」
昔を語るかすみの声音は、一滴の寂しさを含んでいた。
「その時に見た、ある絵師さんのイラストに勇気づけられてさ。私もこんな風に誰かの力になれるような絵を描きたい! って思ったのがきっかけだったんだ」
「じゃあそれまで絵を描いた経験は――」
「ないない! だから必死になって独学で勉強したよ。その人のイラストを何度もトレースして描いたり、SNSでいろいろ検索したり。思いつくことは何でもやったかな」
俺にも心当たりがあるが、若い時は好きなことに対し、寝る間も惜しんでとにかく何でも吸収しようという好奇心が強く働く。
いま昔みたいなことをやれと言われても、おそらく身体がついていかないだろうな。
「夢が叶うかなんてやってみなければわからない。けど、私はイラストレーターになれようがなれまいが、絵はずっと描いていくつもり。道は一つだけじゃないから」
生き生きと夢を語るかすみの表情は、おっさんの俺には眩し過ぎた。
社会に出て、この世の残酷さを知ったあとでも、かすみにはできるだけ今のままでいてほしい。
一度どん底の挫折を味わった俺だからこそ、そう願わずにいられなかった。
余計なお世話かもしれんが。
「なるほどな。お前もお前なりに、将来のことを考えてて安心したよ」
「親には「もっと堅実な職業に付け」って言われてるけどね」
「んなもん見返してやれ。俺は応援してるよ」
「私も」
「二人とも、ありがとう......」
瞳を潤ませかすみは微笑んだ。
話を振った俺が言うのアレだが、どうもこういったしんみりした空気は苦手だ。
「でも、私服のセンスはもうちょっとどうにかした方がいいと思うぞ?」
「ひどッ! それイラストレーターと関係無くない!?」
よし。これでいい。
見慣れた表情で俺に絡むかすみ。
その二人をふわりとした笑顔で世愛が見守る。
バイト先でのいつもの日常。
今日は場所こそ違えど、ごく当たり前の時間が、俺には堪らなく幸せに感じた。
......そんな、日々の幸せをかみしめていた時。
テーブルの上に置かれた世愛のスマホが振動した。
手に取って画面を見るなり、世愛は眉を上げて、
「――風間さん隠れて!!」
叫びに近い声で告げた。
「は? いきなりどうしたんだよ世愛?」
「おいおいどうした世愛っち?」
「いいから早――」
困惑する俺とかすみ。
急に焦り出した様子の世愛は、テーブル越しに俺の右腕を掴む。
その勢いで手にしていたスプーンを床に落としてしまった。
ガチャリ
玄関の方からカギが開錠される音とともに、扉が開く音が聞こえた。
この部屋の鍵を持っているのは、俺と世愛の二人だけのはず......。
歓談の最中を突如襲った謎の現象。
俺と世愛の様子を見て、かすみも何かを察したらしく、ソファの物陰に隠れた。
世愛の手をそっと振り払うと、俺はソファから立ち上がり、二人に背を向け玄関側のドアに少しだけ近づく。
廊下をゆっくりと歩く足音の後、ドアが開き、俺たちの前に姿を現した者は――どこかで見覚えのある、しかし名前が出てこない、スーツ姿の若い男だった――。




