第41話【娘からの頼みごと】
「風間さん、おかえり」
あやねぇたちを自宅に送り帰ってくると、世愛が珍しく玄関まで出迎えてくれた。
「おう。ただいま......って、まだ風呂入ってなかったのか」
世愛は出かける前と服装が一緒だった。
時間も夜の10時過ぎと、それなりに遅くなってきたから、てっきりもう済ませているもんだと。
無理を言ってなんとかバイトを早めに切り上げることができた俺は、その足で真っ先に家に戻った。
あやねぇは思ったより元気そうで安心したが、まだ無理をさせるわけにもいかないので、今晩はめぐるちゃんと一緒に家で夕飯を食べて行ってもらった。
「風間さんに話があってさ。待ってたんだ」
「なんだよ急に」
畏まった口調の世愛に、俺はつい身構えてしまう。
とはいえ玄関で立ち話もあれなので、とりあえず話はリビングでという流れに。
「で、話しって何だよ?」
リビングの壁にコートをかけ、洗面所で手洗い・うがいを済ませて戻ってくれば、ソファの上に背筋を伸ばした状態で世愛が座っていた。
「うん、あのね......風間さんに三者面談に出席してほしいの。私の保護者として」
「............いや、さすがにそれはヤバいだろ?」
言っている意味を理解するのに、数秒ほどラグが発生してしまった。
「いくらなんでも学校側に気付かれるだろうし、俺にとっても世愛にとってもリスクがあり過ぎる」
「大丈夫。風間さんのことは私の叔父さんということで話は通しておくから。安心して」
「安心とかそういう問題じゃなくて、倫理的にNGだって言ってんだ」
JKに金で雇われ父親として一緒に住んでいる時点で、NGも何もないんだが。
さすがにこれは雇い主からの命令でも引き受けることはできない。
「第一お前には、この部屋の名義人だったか、親戚がいる。今までもその人と三者面談してきたんだろ? また頼めばいいじゃねぇか」
「それは無理」
「なんで?」
「......」
肝心なところで世愛は黙って顔を背けてしまった。
こいつと保護者代わりの親戚の間には、いったいどんな溝があるというのか。
考えても無駄に呻き声しか出てこない。
「......どうしてそこまで俺に拘る必要があるんだ?」
方向を変えて、俺は世愛に再度訊ねてみた。
ゆっくりと顔を俺の方に向け、世愛は、
「――風間さんに、学校での私を見てほしいの」
と呟いた。
「奏緒さんは学生時代から風間さんのことを知ってる」
「なんでそこで奏緒の話が――」
「いいから聞いて」
いつになく真剣な眼差しで制されてしまった。
「彩矢花さんは、子供の頃の風間さんを知ってる。過去の風間さんを知らないのは私だけ。それってフェアじゃないと思うんだ」
淡々とした口調で発っしているが、意思はしっかりと言葉に乗っている。
「でもどう頑張っても時を戻すことはできない。当たり前だよね。過ぎた時を戻すなんて、神様くらいしかできない所業だもん。だから私は考えたんだ」
世愛は一呼吸おいてから、
「――風間さんに、もっといろんな私を見て、知ってほしいって」
俺の目を見据えて、気持ちを伝えてきた。
真っすぐに、何か決意のようなものを感じるその瞳を向けて――。
「ダメ......ですか?」
俺がずっと黙っているもんだから、世愛が不安気に訊ねる。
「......言ってることが無茶苦茶だな」
「自分でも、無理なお願いしてるのはわかってる。だけど――風間さんじゃなきゃ嫌なの」
どうやら世愛の意思は固いらしい。
やれやれ......世愛って、見た目の割に結構頑固なところがあるよなぁ............まぁ、なんとなく折れてはくれない気はしていたが。
「いつだ?」
「え?」
「俺、いまスーツ一着も持ってねぇんだよ。だから買いに行かないとダメだろ」
「――それじゃあ」
泣きそうだった顔に灯りがともる。
「わかったよ。そこまで世愛が俺じゃなきゃ嫌だっていうなら、しょうがねぇから三者面談に出席してやる」
「風間さん大好き!」
「うおっ!! ったく......これで成績の件で怒られたりとかしたら承知しないからな」
勢いよく世愛は俺の腰に抱き着き、顔をぐりぐりと押し付けた。
「風間さんも知ってるでしょ? 私、成績だけは良いんだよ」
世愛は顔を上げ、にへらとした笑顔で俺に微笑んだ。
娘の手のひらで上手く転がされている、なんとも情けない父親だ、俺は。
「そうだ。スーツ買いに行くなら私も一緒について行ってあげる」
「別にいいよ」
「遠慮しないの。お店の人に選んでもらうより、私に選んでもらった方が愛着が湧くでしょ?」
「愛着は湧くが、恥ずかしいというかなんというか」
「スーツ代、出すって言ったら?」
「......よろしくお願いします」
「うん。正直でよろしい」
ホント、父親の扱いが上手過ぎて将来が恐ろしい......。
喜ぶ世愛の顔が、小悪魔に見えなくもない。




