第30話【愛憎】
「風間さん!!」
「げっ!? 風間!? なんでここが!?」
瞬の部屋のドアを開けた先、俺の目に映ったものは、細身の男に馬乗りにされた世愛。
その様子を瞬が三脚を使いビデオカメラのようなもので撮影していた。
......プツン。
――いま、自分の中で何かが切れる音が、はっきりと聴こえた。
俺の身体は無意識のうちに駆け出し、土足の状態で部屋に侵入。
瞬ごと三脚をなぎ倒し、細身の男に向けてまるでサッカーボールでも蹴るかのように蹴り上げた。
「がはっ!!」
衝撃で男は吹っ飛び、壁に激突。
ずるずるとその場に崩れ落ちる男に、続けて顔面向けて前蹴りを喰らわせる。
「あがっう!!」
鼻はグニャリと曲がり、あっと言う間に鼻から血が滴る。
蹴りつける度に頭を壁に打ちつけ、目からも体液を流す。
蹴るのをやめると、男は自分の血で赤く染まり始めた床に、ゆっくり顔を埋め倒れた。
「......ちょっ! 違うんだよ風間! 俺は平田さんに脅されただけで――」
瞬に標的を変えた俺は、奴の方へと身体を向け、両手を前に出して後ずさりする奴をじりじりと追い詰める。
玄関の外へ飛び出そうとしたところ、奴の襟元を掴んで、そのまま部屋の中へと勢いよく投げ捨てる。
「......なぁ! 俺たち友達だろ!? これは冗談! お遊びなんだよ! 本気にすんなって! だから許してくれよ!? なぁ!」
――うるせぇな。お前ちょっと黙れよ――
床を背にして許しを請う瞬をとにかく黙らせたくて、俺は奴の左肩を全力で蹴り上げた。
「がぁっ!!!」
瞬は目を見開き、左肩を押さえて大きくのたうち回る。
――だから、喋んなって言ってんだろ――
今度は痛みで苦しむ瞬の胸ぐらを掴み、奴の口元めがけ、追い打ちの右の拳を叩き込む。
「ぐっぁ!!?」
声にならない声を上げ、さらに苦痛で顔を歪ませながら床に転がった。
――お前みたいな奴はさ、生きてちゃいけないんだよ――
胸の中からドス黒い負の感情がとめどなく溢れ、目の前の男を殺してしまえと何者かが耳元で囁く。
「ぐっぅ!!!」
馬乗りにして何度も何度も、俺は瞬の顔を殴りつけた。
最初こそ顔を手で覆っていたものの、徐々にガードは開いていき、最終的には突き抜ける。
手は力無く崩れ、いつしか瞬は息をするだけの肉塊に変わっていた。
それでも俺は殴り続けるのを止められなかった。
自分の拳が、血で染まっているとも知らずに......。
「何してんのあんた!?」
遅れて部屋に乗り込んできた奏緒が、俺を止めようと後ろから羽交い締めにする。
それでも身体は一向に殴るのをやめようとしない。
諦めた奏緒は目の前に立ち、我を失った俺の頬を思いきりひっぱたいた。
「――あんたは世愛ちゃんの父親なんでしょ!? あんたが捕まったら、世愛ちゃんは一人ぼっちになっちゃうの! 父親だったら、子供に寂しい思いをさせるんじゃない!!」
奏緒の強い言葉に、俺はようやく我に返った。
世愛が心配と恐怖が入り混じった様子で、こちらを見つめている。
目の前の瞬はというと......顔中痛々しいまでにあざと腫れ。
口端と鼻からは血を流し、身体を痙攣させて気絶しているようだった。
奏緒が止めてくれなければ、流石にちょっとヤバかったかもしれない。
「......悪い。つい頭に血が上っちまって......」
瞬を掴んでいた手を放し、俺は世愛の元へと駆け寄った。
「大丈夫か? こいつらに何か酷いことされなかったか?」
「......うん、大丈夫」
世愛は力無く俺に微笑んだ。
何もされていないとは言っているが、彼女の片方の頬はぶたれたように赤くなっていた。
俺がもっと早く駆けつけていれば......後悔の念が俺を襲う。
「......なんなんだよ......お前らは」
細身の男・平田は、床を這いつくばりながら怯えた視線を向ける。
声は枯れたように掠れていて、辛うじて聴き取れるくらい酷いものに。
「平田高尚さん、ですね?」
床に転がっていたビデオカメラを拾い上げ、奏緒は冷淡な口調で問う。
「......なぜ私の名前を?」
「あなたのやったことは言い逃れのしようがない、未成年に対する拉致監禁容疑。加えて強姦罪。どちらも犯罪ですね」
「この男が、頼みもしないのに勝手に世愛ちゃんをここに連れてきたんだ! 私は無実だ! だから見逃し――あぁぁぁぁぁぁっ!!」
この期に及んで無駄な言い逃れを始めた平田に、奏緒の堪忍袋の緒が切れた。
パンプスのヒールの部分で平田の手の甲を踏みつけた。
「大の大人が二人がかりで未成年の女の子を襲って......恥ずかしくないの!?」
奏緒は比較的スマートな体型だが、とはいえ体重をかけられたら当然痛い。
みしみしとヒールが食い込み、平田の顔が激痛で歪む。
「私はね、あんた達みたいな薄汚い男が大嫌いなのよ!!」
ダメ押しと言わんばかりに、全体重をかけてさらに強く踏みつける。
部屋中に事件の首謀者の悲鳴が響き渡り、見ているこちらまで痛さが伝わってくる光景。
できればこの男も俺の手で瞬みたいな目に合わせたかったが......その必要はなかった。




