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『一徹者』は、紅葉の色に染まりけり。

作者: 机の上の地球儀

こちらは「ボイコネライブ大賞」に応募する小説となります。


紅葉もみじ

自由気まぐれな性格で、動くたびに簪の鈴の音がチリンと響く。一徹と契約を結んでおり、呪文を唱えると、紅葉は一時的に自身の力を一徹に貸すことができるようになる。400年近く生きているため、あらゆる時代の言葉遣いが混ざっている。他人の命の灯火のおかげで命を繋いでいるが、天寿までもう長くないことを、一徹に必死に隠している。


一徹いってつ

元人間。紅葉と契約したことで時が止まり、人と呼べる存在ではなくなってしまった。すぐに軽口を叩くが、その実、紅葉に心酔している。紅葉と対等になりたいがために剣技を磨き、今では紅葉の力に頼らなくても、そこそこの相手を倒せるくらいには強くなっている。


言霊硝子屋ことだまがらすや

買い手にピッタリと合う言霊を詰めた硝子瓶を売る商人。胡散臭い糸目で、その顔には常に笑顔を貼り付けている。薄い唇からは、ペラペラと毒にも薬にもならない出鱈目が溢れてる。恋愛調香家は、掛け替えのない、とても大切な友人。


恋愛調香家れんあいちょうこうか

紅眼と白髪を身に宿す“白癩あるびの”の少女。可憐な乙女の姿には不釣り合いな行動力を持ち合わせているため、友人の硝子屋はいつも気が気ではない。様々な香りを調合することができるが、一番得意なのは、相性の良い2人を結び繋ぐ“恋愛香水”。


狂気染め師:

依頼とあらば、黒く紅く。対象の心を歪んだ狂気に染め上げる。その効果は、恐ろしいことに対象が死ぬまで続くという。三度の飯より金が好きで、帳簿をつけるのが趣味。童子様ほどではないが、その見た目と裏腹に迷宮横丁ではかなりの長寿で、博識。


影縫い和裁士わさいし

酒呑童子に仕える剣士。対象の影を縫って動きを止めたり、糸を引いて操ったりすることができる。服飾和裁もお手の物で、身にまとう着物は全て自作品。ぶっきらぼうだが、根は熱く真面目な男。


幸復堂こうふくどうの女亭主:

硝子屋が言霊硝子を売る路地裏で、立派な丸硝子が特徴の大きな茶店「幸福堂」を営む女店主。しかしその広い店内はいつも伽藍堂で、実際の生業は、依頼主の代わりに報復や仕返しを行う「幸復堂」の仕事人。


酒呑童子しゅてんどうじ

皆に童子どうじ様と呼ばれている。この町を取り締まる心優しき鬼であり、新しいもの好きな蒐集家これくたあ。自由に身体の大きさを変えることができ、最大身長は一座の山と変わらない。宴会と酒をこよなく愛しており、懲りずに呑み過ぎては和裁士に怒られている。……が、今は誰かに狂気に染められて、おかしくなっている。





真っ暗な室内。真っ赤な着物に真っ赤な口紅のその人は、かなり憔悴しきった様子で畳に臥せっている。


紅葉:(咳き込み血を吐く)……はぁ、はぁ、はぁ……まだ、大丈夫。わちきは、まだ……。絶対に、気付かれんように。見つからんように。“ぬしさん”にだけは、絶対……!




女亭主:「狭く怪しい路地裏の、4つ目の角を右曲がり。その更に奥に現れし、迷宮横丁3番地。……道端の荷車に並ぶは、色んな形の硝子瓶。その傍で煙管きせるを吹かす、怪しい和装の“言霊”屋」




硝子屋:おいでませおいでませ!迷宮横丁3番地、言霊硝子屋ことだまがらすやはこちらです。ご用とお急ぎでない方は、よってらっしゃいみてらっしゃい!大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に!……おっと、そこ行く巻き毛のご令嬢!ほらほら、どうぞお近くに!


女性客:え、わたくし、ですか……?


硝子屋:えぇえぇ、そうですとも!貴女のような可憐なご令嬢には……こちらの瓶はいかがです?ほーら掲げて陽に透かしゃ、ぼやけた恋する桜色!


硝子屋がその桜色の瓶を掲げると、その瓶から靄のようなものが溢れ出し、女性客の方が聞こえ始める。


女性客:「貴方だけを想います。……そう、ずっとずっと。そうしたらいつか、きっと、貴方様はわたくしを見てくれるはず……!」


硝子屋:ふふふ…あはははは!いやはや、良かったですねえ、お嬢さん。脳内思考御花畑の君に、とてもお似合いの陳腐な言葉だ。


女性客:な……なんですかこれは……!


硝子屋:あぁ、失礼。説明がまだでしたね?これは“言霊硝子瓶”……と、言いまして。その人にピッタリの硝子瓶には、その人にピッタリの言葉が詰まっているのですよ。……人間にはそれぞれ、心の奥底に“秘めた本音”というやつがありますでしょう?


女性客:わたくしの、ほん、ね……?


硝子屋:えぇ。裏の顔、とも言いますか。貴女は今、一方的にかの人に恋し、慕い、依存している。……しかしそれは、酷く自己本位的で傲慢だ。好意というものは、相手をおもんばからず押し付けたら、ただの迷惑になってしまう。貴女はかの人のことを、“本当に” 想っているのですか?


女性客:かの人を……“本当に” 想う……。


硝子屋:ん?……おや、言霊の色が……


女性客 : 「……そう、分かってる。見ているだけじゃ、黙っているだけじゃ、何も変わらない。ちゃんと、この気持ちをお伝えしなきゃ……!」


硝子屋:……変わって、しまいましたね。……ふふ、あははは!いやはや、なんともつまらない。これではもう、蔑みようがありません。


女性客:あのっ、わ、わたくし……あの人に振り向いてもらえるように頑張ります!硝子瓶、ありがとうございました!では……!


硝子屋:……なんと、まるで嵐のようなご令嬢だ……。まあ、“ココ” に迷い込んでくる人間にしては……些か可愛すぎる方、でしたね。ふふ。




硝子屋:……しかしあのまっすぐさだけは、彼女に……少し似ていたかもしれません、ね……。








ヒラヒラと色付いた葉が落ちる中、紅葉は舞うようにその中を進んでいく。


紅葉:奥山に もみぢ踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき。


一徹:んだそれは。


紅葉:あちらの世界で、なんとか太夫だゆう、という方が詠んだ句だそうな。もっとも、もうとっくの昔におっ死んでおりんすが。


一徹:あんたに悲しいなんて感情あんのか?


紅葉:なんざんす、また好かねえことを。わちきだって、馴染みを想い泣く夜もありんす。


一徹:はっ、てめえと同じにされちゃ、そのなんとかってのも死にきれねえだろうさ。



紅葉:おや、わちきにはそんなに魅力がないざんすか……?


一徹:……いいや。あんたを見ていると俺ァ“ぞっとする”ね。


紅葉:なら、死出しでの旅路までを、心中立しんじゅだてしてくれなんし。ほら。ゆーびきーりげーんまん、うーそ……


一徹:それを違えた時には、お前が俺を殺せばいいさ。


紅葉:ならばそん時ゃ、落ちた紅葉の茶も黄も、ぬしの血で赤く染めてやりんしょう。一面まあっかの絨毯を、このわちきが道中しなんす。……あっ、と……。


よろけた紅葉を、一徹がスッと支える。


一徹:あ、っぶねえな、全く。


紅葉:ふふ、ぬしさんに抱き締めてもらいとうて、つい……。ッ!?


突如、草陰から物音がし、一徹がバッと振り返った。


一徹:……あん?ここで客たあ無粋じゃねえか。


紅葉:ぬしさん。


一徹:……あぁ。


一徹が剣を抜く。


一徹:……汝穿つは、妖艶なる籠の鳥。弾け唄え、そして舞狂え……穢れし咎を持つ者の、生の螺旋を断ち切らん。欺瞞と欲に溢れしこの地を、己が仇の棺と成せ!


一徹が呪文を唱え出すと、辺りにビュウビュウと風が吹き荒れ、紅葉の絨毯が空に巻き上がった。詠唱が終わった瞬間、紅葉の目が赤く光り、それが合図かのように、一徹の剣が目の前の敵へと振り下ろされた。


一徹:おらァ!


紅葉:おさらばえ。


チリン、と鈴の音が響き、斬られた者たちの身体から、ポウ、と、光の玉が浮かび上がった。








紅葉:ふふ、ぬしが妖徳ようとくのない人柄で良かったざんす。おかげで、わちきが強くなれるのでありんすから。


一徹:そーかよ。


紅葉:それに……死んだあの人らも本望ざんしょ?こーんなに美しいわちきの周りを、こうして光の玉として飛び舞えるのでおりんす故。……ん、ゴホッ、ケホッ。


一徹:なんだあ?馬鹿は風邪引かねえってのは、嘘だったか。


紅葉:またそうわちきをからかって!ほんに野暮でありんすね!“おなご”には、優しくせんとモテないざんすよ!ふん!


そう言って、拗ねた紅葉が先を行き、やがて見えなくなってしまった。


一徹:……チッ、気付いてねえと思ってんのか……。赤い口紅で吐血を隠し、赤い着物で染みを隠す……紅葉、てめえは……てめえだけは……。








酒呑童子:「さて、時計の針は巻き戻り、舞台は変わる。迷宮横丁を通り過ぎ、人気の無くなったその先。ひっそりと佇むは一軒の荒ら屋。看板も何もないが、そこは何かの店のようで……?」




荒ら屋に足音が近付いてくる。それは入り口の前でピタリと止まり、そおっと引き戸が開かれる。


染め師:……ん?……おやおや、迷い人……ではありませんね?ココに来られたと言うことは、あなたはまさしく囚われ人……。


依頼主:え?あ、いや、あの……済みません。道に迷ってしまって。えっと、とらわれ、びと……?


染め師:えぇ、そうです。確かに “囚われ人”、と申しましたよ、お客さん。私はこの場所で “狂気染め師” を生業としておりまして。……貴方、どなたか憎い方がいらっしゃるでしょう。恨みつらみに囚われ逃げられず、自身の危険性りすくも厭わずに相手を陥れたいと切に願う……そんな対象が……。


依頼主:…?恨み?えっと、おとし、いれたい……?あの、一体何の話を……?


染め師:……あぁ、なるほど……自覚がない?人間は本音を建前で隠さなくてはならない生き物だと、重々承知はしておりますが……いやはや全く不便ですねえ。 “ココ”に来られるほど、疎ましく思う人間がいると言うのに……なんとまさか、自身でさえそれに “気付いていない” 、とは。はて、それとも……自己防衛のための忘却でしょうか。……ハァ。私は、回りくどいことは嫌いなのですが。


途端、染め師が目を細め、その口元から笑顔が消える。


依頼主:……ッ!あ、あの、済みません、大丈夫です、えっと、お仕事中にお邪魔してしまって済みません。あの、失礼しま……、っ!?


客はここから逃げようと戸に手をかけるが、先ほど簡単に開いたはずの引き戸が、何故かピクリとも動かない。


染め師:……そもそも、囚われ人しか入れないのですからね、この染め屋には。……んん〜?どうしました?そんな真っ青な顔をして……。


依頼主:戸が、開かない……!なんで……!


染め師:嫌ですねえ、そんなに焦らなくても良いじゃないですか。私は貴方に危害を加えたりなどしませんよ。……私は、ね?


依頼主:ぁ、あぁあ……。


染め師:おやおや、怖いですか?どうもこういう時の私の容貌は、人には恐ろしく映るようで。……和裁士さんには、蛇みたいだ、なんて言われるのですよ。


依頼主:わ、さいし……。


染め師:……えぇ、そうです、“普通は”、ただ着物を仕立ててくださる……和裁士さんです。……クフフ、何かおかしいですか?和裁士と染め師、この2つは仕事柄、切っても切れぬ間柄でしょう?それは現世でも同じこと。……ささ、では話してくださいな。誰かを狂気に染めるなら、対価は己の明るい未来。闇を恐れぬ囚われ人のみ、私が受けましょその依頼。


依頼主:ま、待ってください。対価?そんなの聴いてな……、


染め師:お客さん、怖じ気づいても、もう遅いのですよ。……全ては貴方が選んだこと。誰かを恨んだのも、ココに来てしまったのも。この世の全てが、自身が選択した結果とその末路に他ならない。……そしてそれで、このあと貴方がどう“堕ち”ようと、それは私には全くあずかり知らぬところ。……クッフフ。あぁ、これだから狂気染めはやめられません。


染め師:ほぉら。


染め師:染め上げましょう。永遠に一生付き纏う、美しき狂気に……ね?


依頼主:う、うわぁあああああ……!


染め師:それでは。いただきます。








酒呑童子:ふふ……あぁ、ころころ、ころころと愛い目玉じゃ。我が宝物殿に収めし如何な“蒐集品これくしょん”より価値があり、そして美しい。


酒呑童子:……故にこそ、無類の輝きに惑わされ、この目にたかる虫の悉くを……儂が潰してやらねばなあ……?……酒呑童子:和裁士。


和裁士:……ここにおります、酒呑童子様。


酒呑童子:言霊硝子屋……あやつを呼べ。毒の言霊、呪言じゅげんの硝子瓶を、いくつか童子が所望だと。


和裁士:呪いを……?童子様、一体どうしてそのようなものを……うぐッ!


童子がその爪で、ピッと和裁士の喉元に赤い線を引いた。和裁士の首から、たらり、と血がしたたった。


酒呑童子:余計な勘繰りをするでない。契約の繋がりがある以上、お前は儂の手駒にすぎん。吠え立て歯向かう駒など、我楽多がらくた同然よ。……行け。


和裁士:…………はっ。








酒呑童子:儂が頼むとなれば、あやつは極上の呪言を揃えてこよう。……己が虫と見なされているとも知らずに。ふふ、ふははは……!








調香家:「……切っても切れない間柄?……ふふ、染め師さんったら、和裁士さんのいらっしゃらない所で、縁だのゆかりだの、珍しく可愛いお話をしてらしたようですね?『“中の人間”からは金を。“外の人間”からは希望を。どちらにせよ、染め師の狂気は高くつく』……以前、和裁士さんがそうおっしゃっていましたもの。……私も気をつけなくては。……あら?今度の舞台は……あぁ、緑茶のいい香り」




和裁士:邪魔するぜ、幸復堂。


女亭主:おや、和裁士かい。……ん?あらあらまあまあ、一体どうしたってんだい?あんた程の剣の腕を持つ者が、喉元に傷なん……、ッ、こりゃまさか、酒呑童子様の爪痕……?


和裁士:ただの擦り傷だ。


女亭主:最近童子様が、古今東西あらゆる骨董集めに傾倒して、お仕事が少し疎かだとは噂に聴いたが……子供のように可愛がっていたあんたに、こんな傷をつけるなんて……。


和裁士:だから!こんなん傷の内にゃ入らねえって!


女亭主:キャッ!


和裁士:……あ。……済まねえ。


女亭主:いや、あたしこそ済まなかったね。……用はなんだい?


和裁士:……硝子屋に伝言を頼む。酒呑童子様より、呪言の硝子瓶をいくつか見繕って欲しい、と。








和裁士:(本来の童子様はお優しい方だ。仕える者のことも、きちんと考えてくださる。……何故あのようにお変わりになってしまったのか……心当たりがあるとすれば……)


和裁士:狂気、染め師……?








一徹:足りねえ、足りねえ……こんなんじゃ、ぜんっぜん足りねえ!


一徹の足元には大量の血溜まりができ、空にはいくつかの光の玉が飛び交っていた。


一徹: クソ、クソ、クソォ……ッ!どうしたらあいつを助けられる、どうしたら、どうしたら……ッ!一体、俺は……!


???:黄泉の“天寿”を全うしようとせん者の命を、無理矢理に引き延ばし続ける愚か者……クフフ、なぁんて美味しそうな、一縷の希望。


一徹:誰だ……!?……ッ!……てめえは、あん時の……?


???:歪み澱んで、鬩ぎ合った正義など……もう、欠片しか残っておりませんねえ。


一徹:は……?


???:ありますよ。お連れさんを助ける方法。もし私の力をお望みなら……そうですねえ。前回は“アレ”を対価に頂きましたから……今回のお代はそう……。“コレ”を、頂きましょうか?








和裁士:「ずっと、ずっとずっと。……地獄というものがあるのなら、その果てまでもお供しようと思ってきた。そう誓って進んできた。……しかし、今の童子様には……いや。んなこたぁ、一人悶々と考えていてもらちがあくもんじゃねえ、か……。……次の舞台は、またも迷宮横丁3番地。言霊硝子屋の奴が、相も変わらず、荷車に例の硝子瓶を広げている」




女亭主:こら、硝子屋!


硝子屋:あいてっ!


女亭主:まーたうちの前で怪しい物売って。そんな胡散臭い店広げられたら、こっちの商売上がったりだよ。


硝子屋:何を言います、幸“復”堂のご亭主。憎き仇に一泡吹かす、恨み晴らして咲かす笑顔!貴方に幸せな復讐を。……幸復堂さんに訪れるお客さんなんぞ、私の店を奇異とも思わんでしょうよ。


女亭主:ふん、本当に憎たらしい減らず口だよあんたは。


硝子屋:意気は揚々腰低く、ってね。お褒めにあずかり光栄至極にございます。


女亭主:あんたのどこが腰が低いってんだい。……まあいい。ちょっと、仕事を一つ頼まれてくれないか。……呪言の硝子瓶を、また何個か売りつけて欲しいんだが……。


硝子屋:まあた呪いですかあ。私は呪詛や詛呪の類はどうも苦手で……。


女亭主:厭味や屁理屈、皮肉や野次はしこたま売るくせに。商人あきんどが選り好みするんじゃないよ。金の匂いには一も二もなく食いつく……それが商売人ってもんだろ?


硝子屋:……はあ、女亭主様はほんに揚げ足取りが得意でらっしゃる。


女亭主:ほーう?良いんだよ別に。あんたがやらないなら、破怪組はかいぐみの若頭にでも頼むだけさ。


硝子屋:んんんん!やります!やりますとも!喜んでやらせていただきます!


女亭主:まああんただって、詳細を聞けば嫌でもやる気になるさね。……依頼主は、酒呑童子様だ。


硝子屋:……まさか。嘘やはかりごとが嫌いなあのお方が……。


女亭主:……さあてどういう風の吹き回しか。


硝子屋:……しかし、これを逃す手はない。


女亭主:おやおや。……あんたの目が開かれるのなんざ、何百年振りに見たかねえ。……ふふ、こりゃ楽しみだよ。……あんたがそう本気になるってことは……やはりあの娘の目は、酒呑童子様が……?


硝子屋:亭主、ここからこの件、貴女は触れない方がいい。ここで幸復堂を営むからには、中立中庸、なぁなぁ曖昧でないと……フッ、やっていけませんからねえ。


女亭主:ハッ、あんたがあたしの心配とは。明日は雨か、ひょうか嵐か。……気をつけるんだよ硝子屋。お優しい童子様でも……目となればきっと別だ。


硝子屋:分かっていますよ。ようやく機会が巡ってきた。待っててください童子様。返してもらいますよ。あの子の「目」を。






女亭主:……まあ、そもそも“お優しい”ところが残ってんのか……分かりゃしないがね。








場面は数百年前に移り変わる。狂気 染め師の荒ら屋から放り出された客……一徹に、通りを歩いていた女が近づいてくる。


紅葉:おやまあ、なんと汚く薄汚れたお人でありんしょう。……これ、ぬし、ぬしさんったら。


依頼主:……ん、んん。


紅葉:生きて、おりんすね。……何がおしたか存じませぬが、こんなところで転がってちゃ迷惑ざんすよ。




紅葉:おや、ぬしさん……“現世での繋がり”を……断たれて、いるざんすね。……はて。……あぁ、ここは染め屋の近くざんすか……。ぬしさん、何か対価を支払ったのでありんすかえ?


依頼主: 現世との、繋がり……?はは、そういうことか、あの詐欺師……。俺は、もう一生、ここから帰れないってことかよ……?


紅葉:“との”繋がりではなく、“での”……ああ、いや。自分の置かれた状況は、何となくは、分かるようでおりんすね?……そんなら……暫く“借り”ても、良うざんすね……。


紅葉、俯く依頼主の顎をクッと持ち上げる。


紅葉:ふむ、面構えも良うす。ぬし、わちきと契約しなんし。


依頼主:……契、約……?


紅葉:わちきと契約すりゃ、暫くはこの世界で生きられるざんしょ。ぬしのような青臭い小童こわっぱ、人間のままじゃ、すぐにどこかの下卑蔵げびぞうの餌になるでありんすよ?


依頼主:こわ……っ!?俺は!これでももう18だ!


紅葉:んふふ、そりゃ失礼を。




一徹、汗だくで夢から醒める。




一徹:……ッ!な、んだ……夢、か。……チッ、なんでまた、あいつと出会った頃の夢なんか……。はは。俺としたことが、とんだ弱気で呆れちまう。これは人間だった頃の名残か……?


一徹は、布団から億劫そうに起き上がる。


一徹:……過去を振り返ってなどいられるか。あんな奴に依頼までしたんだからな……もう、後には引けねえ。


一徹が見下ろしたそれは、誰が見ても綺麗な、汚れのない掌であった。だが、彼にとっては……。


一徹:……殺して、殺して、殺して。俺の手はもう、真っ赤に染まった紅葉色だ……。




再び過去の回想へ時は戻る。数ヶ月前の一徹が、怪しい人物と対峙している。




一徹:“コレ”をいただくって……一体何を……。


???:おや、見えませんか?


一徹:……からかってやがるのか?


一徹がカチャリ、と剣に手を遣る。


???:おぉ、怖い。ほんの数百年前は、あんなに可愛かったというのに。あの時の可愛い人間は、一体どこに行ってしまったのか……。クッフフ。いや。からかっている訳ではないのですよ。貴方には見えないかもしれませんが……“コレ”は……そうですね。貴方と彼女の“関係性”とでも言いましょうか。対価としていただく暁には、貴方と彼女の間には何の繋がりも無くなる、ということです。


一徹:は?繋がり、が……?


一徹:(つまり、思い出、記憶、今までの全てを、対価にしろ、と……?)


???:いただく時期はすぐではありません。また後ほど取り立てに伺いますので。……いかがです?悪くないご提案かと。


一徹:ほんと、てめえはイカレた良い趣味をしてやがる。……良いぜ、くれてやるさ。あいつを消させないと、そう誓うのならば。


???:なんとまあ強欲な。私は全知全能の神ではありませんよ?今までの天寿を……そうですねえ。


怪しいその人物は、懐に忍ばせていた算盤そろばんをはじきながら、ニタリと笑った。


???:……貴方の努力にもよりますが……まあ……精々倍くらいには引き延ばせるでしょうか。……クフ。いかがします?


一徹:ハッ。……もう一度てめえの狂気、買ってやろうじゃねえか。依頼してやんよ……染め師。


染め師:クフフフ……!まいど。







硝子屋:「夢を、見ていた。かつて、彼女と出会ったあの日のことを。まだ彼女が、世界を、色を、その目で見ていた時のことを」




硝子屋:さあさあ、そこの僧衣ろおぶの乙女、言霊硝子はいかがかな?


調香家:ことだま、がらす……?


硝子屋:えぇえぇその通り!十人十色の硝子瓶、貴女の形は如何様か!栓を開ければこの通り、貴女の言葉が溢れ出……る……


調香家:「硝子瓶を並べた、あの荷車にぐるまに座る方と、仲良くなりたい」


硝子屋が硝子瓶を開けた瞬間、調香家の心の声が、周りにブワッと響き渡った。


調香家:……!や、やだ、何これ……!


硝子屋:……おや、これ、は……。




硝子屋:(彼女が焦って硝子瓶の蓋に手を伸ばすと、その僧衣の下の、見事な白髪があらわになった。隠そうとする彼女の目と私の目がかち合い……その時初めて、私は彼女の目が、それはそれは美しい赤色をしていることを知った。……それが、私と調香家との出会い。少しずつ少しずつ仲良くなり、私たちは……やがて友達になった)




硝子屋:恋愛、調香家?


調香家:えぇそうです。……ご存知ですか?


硝子屋:いや、まあ、言葉としては。しかし、私は言葉にはうるさいが、香りには疎くて……。


調香家:ふふ。いつも、通りに響く素敵なお声で。お話ししたいって、ずっとずっと思っていたのです。


硝子屋:(風が私たちの間を吹く度に、彼女の甘い香りが鼻に抜けて。その度に、私は自分の上掛けの匂いを、隠れて確認したものだった)


調香家:私の香りは、人を幸せにするもの。誰かを悲しませる香りは、調合しません。


硝子屋:そ、れは……何だかこちらの耳が痛い。


調香家:あら。硝子屋様だって嘘はお嫌いでしょ?いくらその人の胸が痛もうと、それは悲しませる、というのとは少し違いますもの。ハッキリ真実を告げるのは、つまり、相手を心底想い、正したい、という気持ちからでしょう?


硝子屋:は、い……?


調香家:お優しいのですよ、硝子屋様は。……そもそも皆、私の姿を怖がって近づきもしません。稀に近付いてくる方がいたとしても……それはこの、紅眼が欲しいからでしょう。


硝子屋:その“あるびの”?の目、ですか……?確かにその透き通る白い髪も、紅玉こうぎょくの眼も……とても美しいと思いますよ。


調香家:不気味では?


硝子屋:まさか。その目を奪う輩が現れたなら、私のところに逃げておいでなさい。……友の誓いに則って、私が貴女をお護りしましょう。


調香家:ふふ。やはりお優しい。……だからこそ、やはり……。


硝子屋:ん?


調香家:……いえ!なんでもありません!




硝子屋:(……しかし、次に会った時、彼女の目はなくなっていた。可憐な花柄の布が一枚、なくなった2つの穴を隠していた)




調香家:……詳しくは聞かないでくださいね。……あの、これからも……お友達でいてくれますか?


硝子屋:それは……もちろん。


調香家:!……あぁ、良かった!




夢の中の調香家が微笑んだ瞬間、突如頭から酒を浴びせられ、硝子屋は現実に引き戻された。見上げると、そこには瓢箪ひょうたんを片手に笑う、酒呑童子の姿があった。




硝子屋:う、ゲホッ、ゴホッ……あぁ、どうも、酒呑童子、さま……。これ、はこれは。このような高いお酒をご馳走になってしまって。……びしょ濡れだ。


酒呑童子:……なに、遠慮は要らぬ。儂の瓢箪からは、酒が無限に湧くからのう。それよりも……、


酒呑童子が、横たわる硝子屋の腹を蹴る音が、鈍くその場に響いた。


硝子屋:うぐ……!


酒呑童子:酒呑童子の御前であるぞ。いつまで横になっておる?無礼であろう。


硝子屋:ははは……これは不敬、を……お詫び致し、ます……。


酒呑童子:どうした硝子屋?いつもの語りは。


硝子屋:いやあ……あまりの熱い歓迎っぷりに、思わず声が出なくなってしまいまして、ね……。


硝子屋が、フラフラと立ち上がる。


酒呑童子:この目玉が欲しいなどと抜かすからじゃ。


硝子屋:その目は……調香家の、ものです。


酒呑童子:今は儂のものよ。


硝子屋:とびきりの呪言をご用意したはずです。それに……今後も童子様にお尽くしします。そうここに誓いますから。


酒呑童子:白癩あるびのの眼は万能の妙薬。然るべき方法で煎じて飲めば、不老不死になることも出来る。……その価値に、お主と硝子瓶とが釣り合う天秤は、我が宝物殿にもありはせぬ。


硝子屋:なら、どうすれば。どうすれば、お返しいただけますか。


酒呑童子:そもそもこれは、あの娘が自ら差し出したものだと知っておるのか?……なぁ、硝子屋よ。


硝子屋:みず、から……?


酒呑童子:ハッ、この儂が、無理矢理目を抉り取ったとでも思うたか!


硝子屋:いえ、まさかそんな。しかし……、


酒呑童子:鬼に横道おうどうはない。


硝子屋:……それは、存じております。童子様が不正やたばかりがお嫌いだと言うことは。


酒呑童子:……全く、お主は何も知らんのだな。あの娘はお主のために、この目を差し出したというのに。


硝子屋:……は……?


酒呑童子:あぁ、しかしそんなことはもうどうでも良いのじゃ……この目はもう……、


童子の様子が、明らかにおかしい。その身体は、いつの間にかぶくぶくと、形のない水のように揺れている。


硝子屋:どうじ、さ……


酒呑童子:こノ目はモウ、わシのモノだ……!


硝子屋:!?う、うわあぁあああぁあ!?!?!?!?








一徹:おらぁ!……ふはは……自身を染めるって聞いた時ァ驚いたが……やってみりゃ何てこたぁねえ。身体が軽い。相手の動きが止まって見える。殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……!おっと。


一徹が、地面のぬかるみに足を取られる。その地は、何であろうか、一面赤く、粘っこい液体で覆われている。


一徹:……お、っと……流石に殺りすぎたか。地面がぬかるんで歩きにきぃな。……ハッ、見事に一面まあっかな絨毯だ……。


その液体とは……まさしく血であった。


一徹:赤色の狂気……そう、赤は紅葉の色……俺ァ今、手だけでなく全身紅葉色に染められてるってことだなァ?……ふふ、あははははは!あぁ……気分がいい。もっと、もっと殺して……紅葉に力を……!


その時、背後から近づく一人の男がいた。


染め師:おやおや、随分派手に遊びましたねえ。


一徹:おお、染め師か!おかげでこォんなに光が集マッた!見テくれ!これだケありャ、モミじも喜んでくレるに違えネエ!


染め師:ふむ……。狂気と理性との境が曖昧になってきておりますね。これでは希望する光を集め終わるのが先か、はたまた身が滅ぶのが先か。……うぅん、それにしてもいい狂気だ。このまま果てるのは勿体ない。……しかし、育った狂気を染め粉に戻すには、最低でも3つの狂気を掛け合わす必要がありますからねえ……。……紅葉、さん?でしたっけ。どうせなら彼女も染めておけば……いや、それでもまだ1つ足りない。


一徹:……もみジ。あァそうだ、紅葉にはバレないようにシないと……あいつには、あいつに、だけは……。


染め師:あぁ、なんと口惜しい。何か方法があれば……。








女亭主:「過去は未来へ、未来は過去へ。全ての行動は一つの線になる……それが運命。誰かは誰かを想い病を隠し、誰かは誰かを想い剣を振るい血を浴びる。そして誰かは誰かを想い目を取り返そうともがき、しかしその誰かは誰かを想い…………ははっ、本当に、この世は儘ならないことばっかりだ。……あんたも、そう思わないかい?」




酒呑童子:儂に面会を求めたのはお主か、女。


調香家:はい、この町で恋愛調香家を営んでおります。


酒呑童子:ほう、お主が。噂は耳に入っている。この町にそういった明るい仕事が増えるのは良いことじゃ。……して、今日は何の用かの?


調香家:有名な蒐集家これくたあである童子様には、この目の価値がお分かりになるかと。


そう言って、調香家が着ていた僧衣替えを脱ぎ捨てると、輝くばかりの白髪と、透き通る紅眼あかめが現れた。


酒呑童子:……!は、話には聴いておったが、儂も実際に見るのは……。ふむ、白癩というのは……本当にそのような赤い瞳をしておるのじゃな……。


調香家:…………。


酒呑童子:……ふっ、蒐集家か……。初めはただ飢えを凌ぐためだった。気付けば縄張りを持っていた。次はそれを拡げるために武器を取った。……儂の蒐集癖は、そんな血なまぐさい過去の名残じゃ。あの宝物殿も、元は敵の戦意を削ぐため、斬った奴らの遺骸を飾っていた場所……。


酒呑童子のまっすぐな瞳が、調香家を射る。


酒呑童子:……力になれることは少ないぞ。


調香家:……私はこの目のせいで、友人にまで危害が及ぶのではと、気が気ではないのです。


酒呑童子:友人?


調香家:最近、できたのです……とても大切な友人が。……その方は、私の容姿も気にせず、ありのままを受け入れてくださった。……なのに、私の容姿で、いつか傷付くことがあるやもしれないと……。


酒呑童子:女は絵空事を語るのが好きなものだが……その目のことならば話は別よ。……ハッキリ言おう。そう遠くない未来、お主が危ぶんだ通りになる。籠絡ろうらくするにしろ強奪するにしろ、“大切な友人”とやらは……邪魔になるからの。


調香家:今まで運良く生きてこられました。しかし……危ないことも沢山ございました。友人は、私を護ると……いえ、そんなことを口にしなくても、あの方はきっと身の危険も省みず飛び出してしまう。……そういうお優しい方なのです。


酒呑童子:……して、儂に一体何をして欲しいと?


調香家:この目を、


調香家は一瞬躊躇い、しかし次の瞬間には覚悟を決めたのか、大きく息を吸って酒呑童子を仰ぎ見た。


調香家:この目をどうか、預かってください。







紅葉:お、っと……。


調香家:わ!済みません。たまに香りを読み間違えてしまって。お怪我は?


紅葉:いえ、わちきは……、ッ!?あんた、その目、どうしたでありんす!?


調香家:あぁ、これはもう随分と前からですから。痛くもないし、大丈夫ですよ。……それより、ぶつかってしまって済みませんでした。これ、どうぞお詫びに。試作品ですし手前味噌ですが、とてもいい香りがしますので。


紅葉:これは……。


調香家:では!


調香家が、少し離れてからハッとしたように紅葉を振り返る。


調香家:……そうだ!それー!殿方にも合う香りですのでー!あっ、それとー!その真っ赤なお着物、とてもよくお似合いですーーー!ではー!またどこかでーーー!


紅葉:あ、ちょ、待ちなんし!……まったく、見た目と違ってなんとまあ嵐のような……。……でも。……なぁんて綺麗な硝子瓶……。








酒呑童子:「あの人間も愚かなものよ、自身を狂気に染めるとは。己が狂気染めの対象になるなど、想像しただけで虫酸が走る。……あぁ、蛙がうるさくてたまらんのう。またも舞台は一軒の荒ら屋。……ハァ。本当に、ここに人が住んでおるのかと疑いたくなるほどの佇まいじゃ……、おや、あれは……」




荒ら屋に足音が段々と近づいてきて、手荒に引き戸が開く。


染め師:おや、また珍しい方が。いらっしゃい、和裁士さん。何かご用でも?それともこの私めとお茶でもしに?


和裁士:……フン、てめえなんぞ、用がなけりゃ会いに来る訳ねーだろ。


染め師:いやはや、この不況に仕事があるのはありがたいことです。最近は危険性りすくを負わない、真面目な方が多いですからねえ。


和裁士:人の破滅を喜ぶ守銭奴め。……御託はいい、てめぇに“染めて”欲しい男がいる。


染め師:おやおや、お得意の“影縫い”をすれば良いのでは?


和裁士:……すっとぼけやがって。俺の影縫いは万能じゃない。てめぇみてえに、永遠に操れる訳じゃねえ。


染め師:そうでしたねえ。“操作”している間は、和裁士さんはその対象につきっきり。その点狂気は良いですよ?一度染めたらそれっきり。対象は永遠一生、未来永劫、真っ当な道は歩めない。


和裁士:……全く悔しいが、その能力は真に一流。ほんと、敵にだけは回したくねえ奴だよ、てめぇは。


染め師:クッフフ。……さ、それでは聞きましょうか?今回の依頼対象には……。


染め師の目が一層細くなり、キラリ、と光る。


染め師:何色の“狂気”をご所望で?


和裁士が、覚悟を決めた表情でスゥッと息を吸った。


和裁士:白を。


染め師:……それは、どういう。


和裁士:染め戻してくれ、と言った方がいいか。……酒呑童子様を、白く染めてくれ。


和裁士:クフフ、これは面白い。……しかし、染め戻しは、染めた本人でなければ施工不可能。私には、逆立ちしても無理ですねえ。


和裁士:てめえの仕事じゃ、ねえってのか……?


染め師:おや、なんとまあ。私があんな雑な仕事をするとでも?不本意ですねえ。……大方、半人前の染め師が失敗でもしたのでしょう。私の見立てによると、今の酒呑童子様を染めているのは、“執着”と“敵意”の2つ。……同じ染め師として腹立たしい限りですよ。一人前の狂気染め師ならば、混ぜ物などせず、綺麗に単色に染め上げますからね。……クフフ、硝子屋さんには同情致します。厄介なお人から、厄介なものを取り返さなくてはならないのですからねえ。


和裁士:……チッ、もうそこまで耳に入ってんのか。……今の童子様には、かつての優しさなど欠片もない。攻撃的になられ、あの女の目に、異常な固執をしておられる。それでも、俺は童子様には逆らえねえ。


染め師:……契約というものは、本当に厄介ですねえ。人間との契約は相手の真名が呼ばなくなるし、そうでなくても……制約だらけの危うい繋がりです。……童子様には、元々蒐集癖がおありで?


和裁士:……あぁ、蒐集家これくたあというらしい。あちらもこちらも関係なく、珍しいものを集めるのが好きでな。


染め師:そこに付け込まれ、染められたようですね。


和裁士:しかし、あの目については……本来ありゃあ、あの女から一時預かっていただけで……。


染め師:預かっていただけ?クフフ。……染められた者に、道理など理解できません。もはや童子様は、あの“目”を手放す気は無い。


和裁士:てめえにも、為す術はねえってことか……。


染め師:……いえ?方法など如何様にも。でもそうですね。私もちょうど依頼が重なっておりまして。一徹さんの分もありますし……ハァ、まとめて全て終わらせられたら楽なのですが。


和裁士:一徹?誰だそりゃ。


染め師:私の依頼主の1人です。


和裁士:ほーん。……言わなくても分かってんだろうが……対価なら……言い値を支払う。


染め師:和裁士さんより、童子ご自身にいただく方が、私に利があります。よって、あなたからの支払いは結構。……ですが。あぁ、そうか、そうだそうだ……一徹さんの狂気と?童子様の2つの狂気……ひぃ、ふぅ、みぃ……おやおや、足りますねえ。


和裁士:ハァ、一体なんだ。


染め師:クフフ。この仕事、俄然やる気が出てきました。硝子屋さんには申し訳ないですが、一徹さんもお呼びして、チャチャッとまとめて儲けさせていただきましょう。ささ、あなたにも少しだけ手伝ってもらいますよ。……“影縫い”の出番です。








紅葉:ぬしさん、この傷は……。


一徹:あぁ、昨日ちと因縁をつけられてな。当然返り討ちにしてやったさ。


紅葉:また血の気の多い……はあ、ぬしってお人は……「返り討ちにしてやった」ではござりんせんよ。何もこう、毎晩喧嘩しんでも良いでありんしょう?ぬしさんの身体がもたないでおりんすよ。


一徹:あぁ?母親みたいなことを言いやがるな?


紅葉:またそうして軽口を。……ねぇ、ほんに……たまにとても、おっかない顔をしてるざんすよ、ぬしさん……。


一徹:心配いらねえよ。……お前は何も心配しないでいい。


紅葉:ぬし、さん……。






紅葉:(近頃のぬしさんはどうも変ざんす。上掛けなんぞ、洗っても洗っても、濃ゆい血の匂いが取れんせん。……あ。そうでありんす……あのもらった香水を振りかければ……)


紅葉は、戸棚に大事にしまっていた香水瓶を取り出し、シュッと一徹の上掛けに振りかけた。


紅葉:ふふ、なんてあでやかな香りでありんしょう。……ぁ。


その時、紅葉の周りを飛んでいた光の玉が1つ、パツリ、とはぜた。


紅葉:キリが……ありんせんね……。どんなに光を集めようと、もうこの身体が維持できんせん……ゴホッ、ん、ゴホッ、ケホッ。


暫く咳き込み、口元を抑えた手を離すと、その掌は赤く濡れていた。


紅葉:……また、血が。赤い赤い、わちきの色……。


紅葉が、懐かしそうに、そして悲しそうに、天井を仰ぐ。


紅葉:あぁ、思えばぬしさんには、随分と長く一緒にいてもらいんした……でも。そろそろ……返してあげるべきでありんしょうね……。








染め師:「盤は整いました。後は流れに身を任せるだけ。果てに誰が笑い誰が泣くか。それが分かるのは……最後まで見届けるあなた方のみ。クフフ……たまりませんね。希望と狂気の混じり合う、なんとも芳しい、良い空気だ……。では、今暫く、お付き合いを」




調香家:……ッ!これは……!?どういうおつもりですか、和裁士さん……!


和裁士:どういうつもりも何も。あんたが逃げるものだから、こうするしかねえだろう。


調香家:……ッ!影縫いとは卑怯ですよ……!


和裁士:……俺は影縫い和裁士……真っ当な道からは……ちぃと外れてるからな。


調香家:私はッ!今すぐあのお方の元に行かねばならぬのです!何度もそうお伝えした筈……!


和裁士:……そう言われてもな。悪いが、染め師が足止めしとけって言うからよ。本当は、てめえなんざどうなろうと、俺には関係ないんだがなあ……ハァ、クソが。


調香家:和裁士さん……!お願いです。貴方も酒呑童子様がお狂いになっているのは承知しているのでしょう?あのお方を……硝子屋様を、童子様のお屋敷に行かせてはいけないの!あのお方が……!あのお方が死んでしまう……!


和裁士:俺とあいつじゃ、ほとんど接点がないんでね。仲も、悪くなけりゃ良くもねえ。……知ったこっちゃねえな。


調香家:……なんてことを!


和裁士:だがな。硝子屋なら問題はねえ、それは保証する。あいつの口の上手さは、あんたもよく分かっているだろう。


調香家:私は、ただ護られるだけは嫌なのです!それに、あの目は私が童子様に……!


和裁士:それを俺に言われてもな。……恨むなよ。あんたを行かせちゃ、俺があいつに殺されちまうんでね。


女亭主:コラ!女に乱暴すんじゃないよ、和裁士の坊ちゃん。


和裁士:……幸復堂。……悪ぃが下がっててくれ。別に傷はつけやしねえよ。


女亭主:引き留めるにもやり方ってもんがあんだろうさ。……全く。……童子様のお屋敷から不穏な淀みが見えると、うちの下働きが報告に来てね。硝子屋もあんたも、本当にご苦労なこったよ。……ほら。調香家の嬢ちゃんはあたしに任せな。……ただし、早く戻ってくるんだよ。みんなでお茶でも飲もうじゃないか。あたしの奢りさ。


和裁士:……。チッ。わあったよ。じゃあ、女は頼む。……ッと!


和裁士が空中にある見えない糸らしきものを引くと、瞬間彼は幸復堂の屋根の上におり、また糸を引くとすぐに姿が見えなくなった。


女亭主:……なんとまあ見事な。あの、糸?ですぐに移動できるのは、奴の強みだねえ。あれがありゃ、市場の安売りをハシゴするのも楽だと思わないかない?


調香家:…………。


女亭主:ふむ……。さて、と……。ほら、調香家の嬢ちゃん。焦っても仕方ないからね。あんた、お茶は何が好きだい?最近は紅茶だって仕入れているんだよ。あんたみたいな高襟はいからな嬢ちゃんにはこの方、が……ウッ……この匂い、は……嬢ちゃん、まさか……?


調香家:……大丈夫、身体に優しいものでお作りました。ほんの少し、寝ていただくだけです。


女亭主:ハハッ、見かけよりとんだ、お転婆なんだ、ね……。


女亭主が眠りにつくのを確認して、調香家はそっと毛布を掛けた。


調香家:済みません、幸復堂さん……。……盲目だと、皆さん少し油断するのかしら。私には香りで、皆様と同じように何だって見えるというのに……。さ、急がなくては。








調香家:あ、っと……!


紅葉:ッ、あんたは……!ねえあんた、以前もらった香りをまとった男を見んせんかったかえ?黒髪で、少し長くて、背はこのくらい!目つきはキリリとして男前で、そんで……!


調香家:お、落ち着いてください!……お、男?


紅葉:わちきったら、変だと思っていたのに、つい昼寝なんぞしちまって……気付いたら……。ぬしさんは、昼間にわちきを置いて出ていくことなんぞ、今まで一度だってござりんせん!1人で出かけるのはいつも夜分で、だから……!


調香家:お渡ししたのは……確か試作品の……くんくん……おや、これは……。


紅葉:わ、分かるのざんすか!?


調香家:えぇ、えっと、あの……?


紅葉:あぁ……紅葉でありんす。


調香家:紅葉さん。私たちどうやら……同じところを、目指しているようです……。








一徹:一体なンだ、いキナり呼び出したリして……俺ァ紅葉の目ヲ盗んでこっソリ来てンダ、用件は、はヤく終わらセテくれ。


染め師:えぇえぇ、あなたはここにいてくれるだけで構いませんよ。……すぐに終わります。


一徹と染め師は、長屋を抜けた先の、広い原っぱのような場所に立っていた。辺りには、もわっとした黒い靄が充満している。


染め師:それにしても。……あぁ、何という下劣な狂気。……美しくありませんね。


と、その時、見えない糸を伝って、和裁士が長屋の屋根から飛ぶようにこちらに降りてくるのが見えた。


和裁士:……っと。依頼したんだ。まどろっこしい事言ってねえで早くしろ。


染め師:おや。凄いところから登場しますねえ、貴方は。頼んだことを放棄とは、なんとまあ怠惰な。調香家さんの足止めをお願いした筈ですか?


和裁士:あの女にゃ今、幸復堂が付いてる。問題はねえだろ。


染め師:ほう、そうですか。なら、貴方の後ろにいらっしゃるのは……他人の空似ですかね?


和裁士:あ?……な!?お前……!


調香家:えっと……すみません……。


染め師:しかも、1人増えている……。


紅葉:ぬしさん……!


一徹:もみ、ジ……?


調香家:あれが、一徹さん……?えっと……明らかに染められているのですが。


和裁士:てめえ……本当に見えてねえんだろうな?


調香家:目は、まったく。


和裁士:流石硝子屋の友人だけあって、食えねえ女だ。


紅葉:ぬしさん、一体この方達は……!説明してくれなんし!


染め師:無駄ですよ、紅葉さん。今の一徹さんには何も理解できちゃいません。


紅葉:……その風貌……染め師ざんすか。


染め師:おや。ご存知とは嬉しいですね。……一徹さんですがね。貴女が隠していたことは全てご存知ですよ。力を、光を集めるために、こうして私に依頼して、自身を狂気に染めてしまった……おっと。


和裁士:な……ッ!


調香家:きゃあっ!


紅葉:……ッ!?


皆の横を、巨大化した酒呑童子の左手が掠めた。


調香家:……う。あ、あれは……酒呑童子、さま……!?なんて、大きい……!


和裁士:……あれが童子様だと思うか?……自身の大きささえ調整できなくなってやがる。今のあの方は……ただのバケモンだ。


酒呑童子:やラぬやラヌやらヌ……!こレは!儂のもノジゃ!儂ノ目じゃ、儂ダけの……!誰にモくレテやるものカ……!


調香家:……ッ!?酒呑童子様が握っていらっしゃるのは……!


酒呑童子の右手に掴まれた硝子屋は、それでも尚逃げ出そうともがき、呻き声を上げていた。


染め師:えぇ、硝子屋さんですね。なんともまあ……あの方があれほどの窮地に立たされるのも中々ないですし、もう少し見物でも致しますか?


調香家:ふざけないでください!


和裁士:染め師!!!


染め師:はいはい。……それでは一仕事しましょうか。……少し離れてくださいね?一徹さんからもですよ、紅葉さん。


紅葉:ぬしに、ぬしさんに一体何をするでありんすか……!


染め師:元に戻すだけですよ……つまり、色抜きのお時間です。


染め師が唇にシィ、と人差し指を当てる。……辺りは静寂に包まれた。


染め師:……壱に陰り弐に淀む。参肆さんしに狂い伍に染める。……3つの狂気が集いし時、つ目の業がこの手に宿る。敵意と執着に溺れし色を、美しい殺戮で覆い包みましょう……いざ。狂気染め 6の型 ……白妙抜染はくみょうばっせん


和裁士:クッ……あぁ……悔しいが……染め師の腕は……一流だ。


染め師が言い終わると、突風のようなものが巻き起こり、酒呑童子と一徹の2人が悶え始める。


酒呑童子:ぐわぁああああああ……ッ!?


一徹:うわぁああああああ……ッ!?


紅葉:ぬしさん……!?


調香家:硝子屋様ぁ!!!!!


突風が止むと、染め師は何てことない表情で、にこりと笑った。


染め師:お2人は問題ないですよ。ほぉら。


紅葉:!?ぬしさんたちの口から、黒い……絵の、具?が……、


染め師:クフフ、これは狂気の染料の元となるものですよ。あぁ、ほら見てください。なんとまあ綺麗な狂気でしょう。


調香家:筆に、吸収された……?


染め師の持つ筆に、一徹と酒呑童子の口から漏れた、黒い絵の具のようなものが吸収されていく。


和裁士:てめえの手にかかれば、大事おおごともただの些末事だな……終わったのか。


染め師:えぇ。材料さえ揃えば、あとは簡単ですから。ほぉら、童子様だっていつも通り小さく……いえ、平常時でも結構なご体格ですが。


紅葉:ぬしさん?ぬしさん……!


一徹:もみ、じ……?


紅葉:あぁ、あぁ……!一体どうしてこんなことを。わちきのために、こんな……!


一徹:済ま、ない……。


調香家:硝子屋様!


硝子屋:これは、一体……狂気染め師に助けられるとは……。


染め師:クフフ、もちろん……対価をいただきますよ。命の対価ですから……その重み、分かっていらっしゃいますね?童子様の分とまとめて……どさくさに紛れてその手に握ってる“両目”……どちらもいただきますよ。


硝子屋:な……!?これは、彼女の目です……!私が支払うべき対価なら、それは何か私の……、


調香家:構いません!それを、対価に。


硝子屋:……!?


染め師:頂戴します。ではこの目は、紅葉さんに。


紅葉:わ、わちきに?


染め師:ええ。これで、無茶をしない限りは。……また暫く光に頼らずに過ごせるでしょう。そぉれ!


染め師が調香家の両目を掲げると、目は優しく光り、紅葉自身もその光に包まれた。


紅葉:……ッ!か、身体が、軽い……?


染め師:クッハハ!思った通り!万能の妙薬は本当に、不可能さえ可能にしますねえ。いやはや、面白い!……もっと大きい金儲けもできたでしょうが……使用方法と結果を確認しないと、苦情くれえむになりかねませんからねえ。クフフ。


一徹:あぁ、紅葉、紅葉……!良かった、良かった本当に……!


染め師:倍は生きられるように、という依頼でしたからね。当初の予定とは違いますが、上等な染め粉も手に入りましたし、依頼主様も結果正気で、かつ満足してらっしゃる……いやあ、これにて依頼は完了ですかねえ!


和裁士:本当にてめえは……。いやまあ、童子様が元に戻りゃ俺はそれで……、童子、様……?……ッ!お前ら!伏せろ!


和裁士が酒呑童子を振り返った瞬間、狂気抜きが済んだはずの童子の爪が、一同に降りかかった。


紅葉:ぬしさん!危な……!あぁッ……!


一徹:……!?もみッ……な、なん、で、おい……おい!!!!!!


紅葉:カハッ……。だい、丈夫でおりんしたか、ぬしさん……?


一徹:……ッ、俺は平気だ。馬鹿野郎、なんで庇いやばかった!


紅葉:元は、わちきがぬしに力を与え守る契約、でありんしょう……?ふふ、いつの間にか、ぬし一人でも十分戦えるようになって、守られることが増えてしまいんしたが。


一徹:契約って、んなの、あんたが怪我したら何の意味も……!


染め師:……なんと、この私が失敗とは……これだから下劣な色は嫌いなのです。


和裁士:クソが。いくら平常時のお姿でも、童子様相手じゃ本気でいくしかねえぞ……。俺が次の折に童子様の影を縫う。……てめえのやり残しには、てめえで最後まで責任を持てよ。


染め師:えぇえぇ、分かりましたよ。……それでは行きますよ……壱ッ!


和裁士:弐ッ!!!


染め師:参ッッッ!!!!!!


和裁士:ぐッ……!


染め師:はぁあッ……!


和裁士が童子の影を縫い、身動きのできない同時から、染め師が強制的に残りの狂気を引きずり出す。2人が力を合わせた瞬間、酒呑童子はその場にバタリ、と倒れた。


酒呑童子:うぅう……。


染め師:……はぁ、はぁ……今度こそ完璧に……抜け、ました。そもそもがかなり杜撰な色染めでしたからね。……きちんと元通りの童子様に戻るまで、少し時間はかかるかもですが。


和裁士:あぁ、ほんに“完璧”だぜてめえは。チッ。そうだ、女は……?!


振り返ると、紅葉を抱き抱えた一徹が、ひたすら紅葉の名を呼びながら涙を流している。


一徹:紅葉、もみじもみじもみじ……!


紅葉:そう、言えば……久方ぶりに、名前を呼んでくれた……ざん、すね……。契約を、結んだ時ァ……それ、はそれは……いこう、愛らしゅう坊ちゃんで……、


一徹:やめろ、紅葉、もう話すな。絶対に、俺が助けてやる。絶対……絶対てめえを死なせたりなんかしねえ。だから、だから……!


紅葉:ふふ、ほんに、ぬしさ、は……仕様のない、おひ、と……ゴホッゲホッ……


一徹:紅葉……!……クソッ!名前なんか、いくらだって呼んでやる。あんたが側にいてくれたから、俺ァこうやって、


紅葉:なぁ、ぬしさん。わちきは……わちきはぬしを……。あぁ、わちきには、ぬしの名前さえ呼べんせん……。


染め師:お邪魔しますよ。……全く、無茶をしない限りは、と言った直後にこのような。


一徹:染め師……?


紅葉:あぁ……あなた、なら。……おたのん申し、んす……染め師、さん……この“関係”を、切って、くれんす……。


一徹:紅葉、何を……?


染め師:元よりそのつもりです。それでは対価、いただきますよ、一徹さん。


一徹:対価って……何も今じゃなくたって……!俺ァまだ紅葉と……!やめてくれ、今紅葉の記憶を失うなんて……!


染め師:取り立ては後ほど、と申しましたでしょう?……それに、誰が記憶、と言いましたか?


一徹:へ……?


染め師:やることは単純明快簡単です。お2人の関係、つまり……“契約”を頂きます。紅葉さんと一徹さんの間のこの契約を、こう、手でスパン、と。……一閃。


和裁士:……け、契約を手で切る?いや、もう切った、ってのか……?てめぇはほんと、どんだけの力を隠し持ってんだ……?


染め師:こう見えて、そこそこ生きていますからねえ。あぁ、上手に切れました。


紅葉:……一徹、さん……?


一徹:……え?


紅葉:あぁ、やっと、やっと初めて名前が呼べる。一徹さん、一徹さん……!てんとう、お慕い、して、おり、んした……。


一徹:……は、なんで。やめてくれ紅葉。いつもみたいに軽口を叩いて、それで……!


紅葉:一徹さん、は……?


一徹:俺……?


紅葉:軽口でなく、ほんに、わちきのこと、を……。


一徹:想ってるさ、慕ってるさ……!決まってんだろ?!愛してる、愛してる、愛してる、紅葉……紅葉……本気だ、俺は、ずっと……心中立しんじゅだてしたろーが、なあ……?


紅葉:……ふふ。よう、ござりんし、た………。


紅葉は微笑みながら息絶え、その身体は、無情にも光となって消えていった。


一徹:ッ、紅葉っ!紅葉ーーーーーーッ!……ぁ、あぁあああああぁあああ……っ!


染め師:いやあ!本当に今回は良い仕事をしましたねえ。


調香家:これを見て、なんとまあ呑気な……!紅葉さんはっ、紅葉さんは……っ!


染め師:……ハァ。紅葉さんには名前があった。それはつまり、“元人間”だということです。ならば……黄泉の天寿を全うし、契約という束縛から解き放たれたのならばつまり……輪廻の輪に戻り、


硝子屋:やがて……生まれ変われる……?


染め師:……対価は全て頂きました。一徹さんと紅葉さんのように、心底想い合った者同士の契約は、それはそれは上等な歪みと澱み、依存と狂気を蓄えます。……今更お釣りはいらないでしょうね?……クフフ。しばらく、染め粉には困らなそうです。……まあつまり、私の意図するところではありませんが、今、一徹さんの魂は……、


調香家:契約から解放されて、綺麗さっぱり、まっさらな状態。……つまり……今の一徹さんは、ただの、人間……?


硝子屋:よって、いつか輪廻の輪にも戻れる……?


一徹:紅葉と、同じ……?


和裁士:狂気を抜いても、変わらず全身紅葉色だな……ハッ、だからてめえのやり方は気に入らねえ。


和裁士が、ギロリと染め師を睨む。


調香家:一徹さん!紅葉さんと、また、会えるかもしれませんよ……!


和裁士:あんたの頭は本当にめでてえな。幾ら互いに輪廻の輪に戻れても、同じ時代同じ場所に生まれ変わるかは誰にも分からねえ。人間同士かも分からなければ、年齢が近いかも、今回と同じ性別になれるのかさえも……、


硝子屋:それでも、いつか。


和裁士:あぁ?


硝子屋:……それでも、いつかは。……希望を持ったって良いではありませんか。だって彼らはもう人間なのです。弱く儚く、そして……とても真っ直ぐで愚かな生き物。


和裁士:……ハッ、違えねえ。


調香家:……ッ!一徹さん?!身体が!


気付けば、なんと、一徹の身体が消えかかっている。


和裁士:ッ!?……契約が無くなり、人間に戻ったってこたぁ……そうか。


染め師:そういえば。人間には過分な月日をこちらの世界で過ごしてきた訳ですから、身体は限界……盲点でした。……まあ、良かったではないですか。これですぐ輪廻の輪に戻れるのですから。


調香家:あなたって人は……!


一徹:ははっ、本当だ……身体が……透けて、やがる……。


硝子屋:……ッ!


硝子屋が咄嗟に懐からからの硝子瓶を出し、一徹の方へ掲げる。


硝子屋:……一徹とやら!想え、そなたの言霊を!


一徹:……ッ!?


硝子屋:早く!


その瞬間、一徹の口から靄のようなものが溢れ、硝子屋の持つ瓶へと吸収されていく。


一徹:「絶対紅葉を見つけ出す。性別が違っても、年齢が離れていても、例え同じ生き物でなくても……!幾度輪廻を繰り返しても、必ず……!何回だって見つけてやる……!」


一徹:うぐ……ッ、紅葉、今、行くから……な……、


一徹を、紅葉を包んだものと同じ光が包む。


調香家:一徹さん……!


調香家が手を伸ばした瞬間、光は一徹ごと消えてしまった。しかし、彼の最期の顔は、間違いなく笑顔であった。


和裁士:消え、ちまった……。ッ、言霊は?!


硝子屋:無事、引き出せ、ました。……あぁ、綺麗な赤だ……。


調香家:お2人は……すぐ、会えるでしょうか……。


硝子屋:言葉は力を持っております。……大丈夫、言霊にしてしまえば、後は運命がお2人を誘いましょう。あの方は……ほんに一途な一徹者いってつもののようですからね。……それよりも……済みません、貴女の……目が。


調香家:元より私には無用なものです。視覚が無い方が香りに集中できますから。……本当に、あなたってお人は、お優しい……私なんぞのために、こんなにボロボロになって……。でも、分かっていただきたいですね。私には目なぞより、あなた様の方が大切だということを。


硝子屋:私は……貴女に笑っていて欲しいだけなのです……。


調香家:……私は。……私はあなた様とは、護られるだけの関係よりも、対等な存在でいたいのですよ、硝子屋様。だって……私たちはお友達でしょう?


硝子屋:……でしたら、様付けはどうなんです?


調香家:え?……では……硝子屋さん?


硝子屋:はい。……調香家さん。


向き合って、2人は照れ臭そうに微笑む。


染め師:あの〜……ところでその硝子瓶……どうなさるおつもりです?お売りに?


硝子屋:おっと、相変わらずなんと無粋な。……ふふ。いえ?大事に取っておきますよ。流石にこれを売るだなんて出来ません。……私にも、“蒐集癖”というものが、芽生えるかもしれませんね?


染め師:なぁんだ、お金の匂いがしましたのに。


和裁士:……色々と勘弁してくれ……。


硝子屋と調香家は、それ見て、今度こそ声を出して楽しそうに笑い合った。








女亭主:いらっしゃい!酒呑童子様に和裁士の坊ちゃん。好きな席に座りな。約束通り、今日は私の奢りさね。ま、茶と菓子しかないが、たまにはお酒抜きで楽しんでおくれよ。


和裁士:……あー……約束が遅くなっちまったな、幸復堂。


酒呑童子:いやはや、面目無い。此度は本当に世話になって……。


女亭主:なんのなんの。酒呑童子様もしっかり色抜きされて良かったじゃないか。それに……あたしゃ結局寝てただけでなぁんにも。


調香家:そ、その節は済みません……。


女亭主:良いんだよお。それにしても、あんたの作る香りってのはすごいんだねえ。今度あたしに合う香りを作っておくれよ。


硝子屋:銀杏ぎんなんの香りとかどうです?


女亭主:が〜ら〜す〜屋?!


硝子屋:あいてっ!


調香家:ふふっ。


酒呑童子:わっはっはっ。


和裁士:はぁ……。








酒呑童子:いやあ、久々に美味い茶を飲んだ。こいつは剣と縫い物の腕は良いが、料理や掃除などはからっきしでなあ。


和裁士:……文句がおありなら、ご自身でやってください。


酒呑童子:いや〜しかしな!こいつの作るつまみは中々のもんでな!次回寄り合う折には、皆をうちに招待して宴をしようじゃないか。な?


和裁士:言っておきますが……童子様と張り合えるほどの酒豪はおりませんからね。ほどほどに、してくださいよ?


酒呑童子:う、うぬ……。


硝子屋:張り合えるとしたら……染め師くらいでしょうかね。


調香家:一応、お誘いはしたのですが……。


和裁士:あいつが、毒にも薬にもならねえことをする訳ないだろうが。


硝子屋:ふふ。ですね。








硝子屋:さあて。しっかり休憩しましたし、もう一仕事しましょうかねえ。


硝子屋がんんんっと伸びをする。


女亭主:あんた、まあたうちの前で店広げんのかい。近所迷惑にならないようにしておくれよ。ほら、童子様たちはもう少しいられるんだろ?


酒呑童子:……折角だ。儂らはもう少し、のんびりしていくことにしよう。


和裁士:はい。


調香家:では、私ももう一杯。


女亭主:あいよ!


硝子屋:どうぞ皆様ごゆっくり。では。








硝子屋:よってらっしゃいみてらっしゃい!大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に!


迷宮横丁を歩く人通りが、硝子屋の声に、荷車の前に押し寄せる。


硝子屋:ほらほら押さない、お待ちなさいな。背高のっぽの君にはこちら!瓶を一振りあら不思議!澄んだ水色淀んだ緑!


男性客:「俺は、お前らとは違うんだ……!」


硝子屋:はははっ、これはこれは!その器に不釣り合いな、とても高い自尊心をお持ちなのですね?


硝子屋が、掲げた手を高らかに二度叩く。


硝子屋:ハイハイ皆様ご静聴!言葉は力を持っております。取り扱いにはご注意を!……割れて漏れだせば何が起こるか……売り手の私にも分かりませぬ。……嗚呼とかくこの世は生き辛い。懇篤こんとくな紡ぎは人を惑わし、辛辣な嘆きは人を狂わせる。さあさあ、お売り致しましょう。貴方にピッタリの硝子瓶……入る言葉はなんざんしょ?さあさあ買うた、さあ買うた!




硝子屋:それはお客様……貴方の生き様次第 ……なのですよ!


硝子屋の荷台の硝子瓶の中で、紅葉色の言霊が、キラリ、と光った。




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