なにゆえ其れを求めたのか、な話。
「うーむ、流石は豪華客船。客人をもてなすのに船内に森を作っているとは」
戦士はそう言い、腕組みをしたまま周囲を囲む木々を堪能していた。青々とした葉、赤い実、膝まである雑草。
それらはどう考えても船内とは思えないのだが、甲板から戻ろうと扉を開けたのだ。戦士はここが船内だと確信していた。しかし。
「皆とはぐれたのは頂けない。さて、これは動くべきか、動かざるべきか……」
人影の見えない森を見つめ、戦士が顎に手をやり唸っていると。
「きゃぁあああ!」
「今のは……、子女か!?」
森の奥深くから響いてくる悲鳴に、迷うことなく戦士が力強く足を踏み出した。背負う斧を手にし、邪魔な木々を薙ぎ倒しながら走っていけば、“何か”に襲われ尻餅をついている少女の姿が見えた。
「無事か!」
“何か”が振り下ろした武器を斧で受け止め、そこで戦士は気づく。
「お、俺、だと……?」
そう。その“何か”は戦士だった。
ただし、赤目の、理性も知性の欠片すらも見えない獣と化していたがな。
「グォぉおおお!」
獣が咆哮を上げる。それは空気を震わせ、木々を揺らし、葉を散らせていく。その咆哮から守るように、戦士は少女を庇うと、忌々しげに獣を睨みつけた。
「怪我はないか!」
「せんちゃ、あのひと、こわい……」
戦士はしがみつく少女の頭を撫で宥めてやる。怖がるのも仕方がない、自分でさえあの獣は醜く、直視したくないのだから。
「ウオオオおお!」
再び咆哮を上げ、斧を振り上げた獣を見て、戦士は斧を片手で持つともう片手で少女を持ち上げた。
「くっ、一旦引くぞ!」
「うん……!」
獣が振り回す斧を右に左にと避け、同時に木が同じ方向へ倒れるように切り込みを入れていく。重さで木々が倒れるのを煙幕代わりにして、二人は更に奥へと走る。
それにしても、と戦士は思い出す。
この森、どこかで見たことがあるのだ。
「……」
「せんちゃ?」
どうやら足が止まっていたらしい。少女に呼ばれ、戦士は首を横へ振り、安心させるように笑ってみせる。
「いや何、なんでもない。ちと森林伐採をやりすぎたかと思ってな。魔法剣士殿がいたら“花粉が飛ぶ”と叱られそうであるな」
「ふふっ」
少しは気を緩ませられただろうか。戦士は「歩けるか?」と少女を降ろす。少女もまた「だいじょうぶ!」と力こぶしを作るが、もちろん細腕にそんなものあるわけがない。
「はっはっは、ならば頼りにしよう! 俺がもし戦うことになっても、一人で頑張れるな?」
「うん!」
元気な声に頷いてみせ、戦士は改めて森に目をやる。
現実だが事実ではない。つまるところ、この森を抜け、元の世界へ戻るには、事実が何かを突き止めなければならないのだろう。
「何が事実なのだ? それになぜ俺が……」
やみくもに歩いても体力を消費するだけだ。戦士は近くの木を切り椅子代わりにすると、少女を座らせ、更に葉を集め、魔法石を放り込んで火をつけた。
「あったかぁい」
「うむ、腹は空いてないか?」
「だいじょう」
グゥ。
「……だ、だいじょうぶ! すいてない!」
少女はそう言い手をぶんぶんと振り、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
「いや、俺も丁度腹が空いていたのだ。これが現実ならば、実もまた食せるだろう」
戦士は近くの木から真っ赤な実、林檎をもぎ取り、それを軽く拭いてから一口かじった。甘酸っぱく、果汁滴るそれには、毒など入っていないようだ。
もうひとつもぎ取り、また軽く拭いてから少女に渡してやった。しかし少女には少し大きいのか、上手くかじることが出来ないでいる。
「おっとすまん。よし、これでいいか?」
戦士は林檎を両手で持つと、豪快に真っ二つにしてみせた。少女の目が一瞬丸くなった後、小さく「ありがと」と聞こえる。更にそれをふたつに割ってやり、計四等分になった林檎をとりあえずひと欠片少女に渡した。
「……せんちゃ」
「うむ?」
「せんちゃは、ひと、きらい?」
なぜ少女がそれを聞いてきたのかはわからない。あの白髪の仲間が、しょっちゅう“人間は嫌いだ”と言っているせいかもしれない。まぁ、最近はあまり言っていない気も……しなくはないが。
「俺は……」
戦士は燃え続ける火を眺め、それから思い出すように目を閉じた。
一番古い記憶は、確か森に迷ったとかいう旅人を助けた時だろうか。その森に母親と二人で暮らしており、ある日、薪にするための木を拾いに行ったのだ。
狼という、凶暴な犬型の魔物に襲われていた旅人を助けたまではよかった。その際、自分の真っ赤な目と本来の姿を見られたのだ。
旅人は逃げた。幼かった戦士でも気づいた。自分はどうやら違う存在で、旅人が言うところの“化け物”なのだと。
それでも別によかったのだ。母親と一緒にいられたなら。
「……俺は」
「ヴォぉおおお!」
またあの遠吠えが聞こえ、戦士はすぐさま斧を手にした。少女が緊張した面持ちで立ち上がり辺りを警戒する。二人がそのまま森に注意を払うこと、どれくらいか。
その獣は赤目をギラリと光らせ、疾風の如く森から飛び出してきた。その姿は少女の知る戦士のものとはかけ離れたものであり、少女が見比べるように戦士とその獣を交互に見る。
「せんちゃ……?」
口から飛び出すほどの鋭く巨大な牙。
尖った耳に、まるで蛇のような長い尻尾。
全身を覆うような黒くて硬い体毛。
“魔族”というより“魔物”と呼ばれるそれに近い見た目は、普通の人間が見れば腰を抜かしてしまうだろう。
「この醜い化け物が! 二度と俺の前に現れるな!」
戦士が獣の首を斬るように斧を振り払う。だが獣はそれを片手で押さえ、そして斧ごと戦士を引きずるように振り回すと、そのまま地面へと叩きつけた。
「がっ……」
「せんちゃ!」
駆け寄ろうとした少女の前に、涎を垂らす獣が立ち塞がった。喉を鳴らたびに聞こえてくる声に、全身の毛が逆立つのが嫌でもわかる。
「逃げろ!」
戦士が叫ぶ。
「いや! こんなの、こわくない! ほんとにこわいのは……!」
少女は獣に向かって走り出す。好都合だとばかりに獣が両手を振りかぶり、力強く振り下ろす!
「……っ」
それをかわした少女が、獣の懐へ入る。そのまま抱きつくように体当たりをし、腰に手を回した。
「何をしている! 早く離れ」
「だめ! ひとりは、だめ。さみしいよ」
獣は少女を引き剥がそうと身体を捻り、時には少女の髪を掴んで引っ張りはするものの、なぜだか少女を本気で引き剥がそうとはしていない。
「せんちゃ。せんちゃのきらいは、だれでもない、じぶんだよ。いっしょ。ちからのない、じぶんがきらいなの」
「自分が……」
「すきになることはだいじ。でもまずは、がんばったって、じぶんがじぶんを、ほめるのがだいじ!」
それを聞いた戦士の口から笑みが零れた。
「そうか、そうだな」
重い音と共に、戦士が斧を地面へ落とした。ついに少女が振り払われ、小さな悲鳴が上がる。
「この……っ、いい加減にせんか! この糞餓鬼が! だから俺は子供なのだ!」
走り出した戦士が拳を引き、そして獣の頬を力いっぱいぶん殴った。獣は軽々と吹っ飛び、地面に叩きつけられ、痛みからか頬を押さえて身体を丸くした。
「せ、せんちゃ……」
流石に予想外だったのか、少女が目を丸くし、その様子を眺め続ける。
「自身の弱さに甘えるでない! ぶつければ、破壊すればいいと思ったか! それをして受け入れてくれる者など、どこにもいないのだ! 自ら歩み寄り、理解をし、また受け入れなければ、到底俺たちのような者は生きてはいけん!」
そうして戦士は膝をつき、獣の手を取った。
「だからこそ、俺は“俺”を受け入れよう。大丈夫だ。今いる者たちは、少なくとも俺を俺だと見てくれる。いや、気になどしていない、か」
「せんちゃ!」
呼ばれて辺りを見渡せば、森が溶けるように形を変え始め、そして甲板へとその姿を戻した。荒れていたのが嘘のように、今はとても穏やかだ。
「戻ってこれたようだな」
「そーのおかげ?」
どうやらロディアが“しょうたん”と呼んでいたのを真似し、自身を“しょう”と言いたいようだが、如何せん口が上手く回らず“そう”と言ってしまったようだ。
「はっはっはっ、うむ。そう殿が気づかせてくれたからだ。感謝するぞ」
「うむ、かんしゃ!」
朗らかに笑う少女を肩車し、戦士もまた双子の元へ向かうため再び船内へと足を踏み入れた。




